どこまでも広がる緑の草原に、人が通ることで自然に形作られたのだろう道が伸びている。
空は青く、快晴だ。朝早い空気が僅かに冷たさを感じさせる。
4人が思い思いの装備を整え、道を前にして立っていた。
「今日は遅れなかったよ、褒めて!」
笑顔でレイがマミに抱きつこうとする。それを手に持った杖で割って入り、眠そうに諌めるのは布製のローブを身にまとい、いかにも魔導師然としたハイローズだ。
「だから女にすぐひっつくなって。そのうちセクハラで訴えられてしまえ。それにな、時間どおりに来るのは当たり前だ。対して褒められるようなもんでもねぇ。」
そんで?この道を真っすぐ行けばいいのか?と地図を眺めているモッチィに向かって彼が問う。彼女は、しっかりとして軽そうな革製のワンピースに身を包み、鉄製の槍を背負っている。
「ええ。合っているわ。この道を進んで、少し外れたところに湖があるの、それが約束の場所として指定されているエラフィタ湖。」
順調に行けば、夕方には着くはずよ。そうモッチィが言い終わる前のことだった。マミが魔物の気配を感じたのは。
方向は、みんなが地図に向いている背中側の茂み。息の数からして、敵は2体。なにやら金属音がするところを見ると、魔物ではなく人間という可能性もあるが、今は早朝だ、その可能性は低いだろう。マミは何も言うことなくその場から走り出し、茂みに向かって駆け出した。
「!?」
ハイローズが、先程まで隣りにいた少女がいなくなったことに気づき、あたりを見回したときには既に戦闘が始まっていた。
「なにやってんだ、あいつ!?」
声に反応して残りの二人がマミの方を向く。彼女は2体の魔物を相手に剣をふるい始めているところだった。
敵は水色の爬虫類が鎧を着たような魔物。右手には剣を、左手には盾を携え、リズミカルに飛び跳ねながらマミの剣戟を盾で、剣で弾き返している。マミの動きも悪くないはずなのに、攻撃は一向に敵にあたっている様子が見えない。
「一人で行くには荷が重そうね、レイ、あなたもう一匹を引き受けられる?」
「もちろん、行ってくるよ!」
レイが細身の剣を抜き駆け出す。マミが一体の魔物を剣で弾いた直後、もう一体が後ろに回り込んで剣を振りかぶっているところに割り込むような形で彼が助太刀に入る。
「レイさん…?」
「なに不思議そうな顔してるのさ、一人で突っ込んだらだめなんだって!」
若く細い少年にしては力が強いようだ。剣を受け止め、マミほど手間取ることなく受け流して剣を押し返す。畳み掛けるように敵の剣へ叩きつけ、マミから魔物を引き離して完全な一対一の距離に持っていく。
「こっちの魔物は任せて!そっちはマミが倒してね!」
急な援軍に戸惑いを見せつつもマミが返事をする。天使界のときではなかったことだ。そもそも4人組で魔物を討伐することなどないし、天使が担当する魔物は誰かと割り振ることもない。誰かに見つけた魔物の討伐を頼むこともない。
「っこの…!」
何度剣を振っても器用に左手に持った盾が攻撃を受け流してくる。キィン、と金属同士がぶつかりあう音がよく響く。空いているところを狙っているのだが、どうも読まれている気がしてならない。
任された敵だ。自分でどうにかしなければならない。焦るマミの剣が今まで以上に大きな音をたてて盾とぶつかる。魔物に傷を負わせることはできなかったものの、会心の一撃だ、相手が大きく盾を構えたままのけぞった。
「よし…!」
このまま畳み掛けよう。そう思ったマミが下から剣を振り上げるようにもう一度力強く地を踏むと、後ろから鋭い声が飛んできた
「止まれ!そこにいろ!」
びくっとなって、一瞬。踏みとどまったマミの視界の先に飛んできたのは魔物一体を包み込めるほどの大きさの火の玉だった。何が起きたのかわからないマミの正面で、先程まで交戦していた魔物が火の玉に飲まれて苦しんでいる。火はとどまるところを知らず、魔物を燃やし尽くさんとしている。カランとなって手に持った盾を落とし、膝から崩れるようにして魔物が地に伏した。ところどころ見えている四肢は黒く焦げ付いて痛々しいとまで思わせる。魔物が死んで特有の光を放ち始めると、火は徐々に勢いを弱めて消えていった。
「今のは…?」
突如現れた火の玉に飲み込まれて魔物が死んでいった。理解が追いつかず呆然としているマミの隣にレイが走り寄ってくる。
「マミ!そっちも無事終わったようで何よりだよ!よく敵に気づいたね、僕全然気づかなかっ」
「てっめぇ、一人で魔物に突っ込んでくんじゃねえよ!!!!」
レイの言葉を遮ってハイローズがマミに指を突き立て大声を上げる。
「魔物に気づいたんだったら最初にまず俺らに言ってから突っ込め!一人で行って、変に怪我して回復に手間取らさせたら命取りだぞ!?そんでこれはレイにも言えるが、まずチームでお前ら戦ったことないだろ!俺ら魔法使いは後ろに黙って控えているだけじゃねえ、こっちもこっちで攻撃の機会を伺ってるんだ。それなのにお前らときたらまるっきり一人で戦いやがって、連携取る気がないとこっちが困るんだよ!」
「連携、ですか」
「そう、連携だ。最後にとどめを刺すのは誰だっていい。自分が動いた後のラグが生じるときに他のやつが戦ってくれたほうが効率がいいだろ?最後のメラだってそうだ。あのままお前が急いで畳み掛けようとするよりかは、俺がとどめをさしたほうが早かった。だからお前を止めた。わかったか?」
「ええと…」
難しい。マミの頭に浮かんだのはその言葉だった。隣にいるレイも、なんの話をしているのかわかっていなさそうな表情を浮かべている。
ハイローズの後ろで槍を横にしながら話を聞いているモッチィもやれやれといった顔でこちらを見ている。なるほど、どうやら自分の戦い方ではこの4人で戦うことに適していないようだ。
しかし、あまりにもわからないことが多すぎる。まずは少しずつ聞いてみることにしよう。マミは質問を投げかけようとハイローズの目を見返した。
「連携、というものもとったことがなく、今までは基本的に一人で魔物と戦っていたのでよくわかりませんでした。これから教えていただきたいと思うのですが、その前に一つ伺っても良いですか」
「あ?なんだ、連携素人」
「あの、さきほどハイローズさんが魔物にとどめをさしたあの火の玉はなんなのでしょうか。魔法というものなのですか?」
その場が凍りついた。アホ面をうかべていたレイまでもがマミの方を驚いたように見る。
モッチィが目を見開いた。
「………まじか、おまえ、そこからか…」
マミに差し向けていた杖が勢いを失ったように下を向く。ハイローズががっくりと肩を下げてため息をつく。
「呪文も知らないで、やっていけんのかよこいつら…」