「よくぞ参った、ウォルロ村の守護天使マミよ」
一階とはうって変わって厳かな雰囲気に包まれた二階、長老の間。
年老いてたっぷりと白いひげを蓄えた天使界一立派な羽を背負う。この天使こそが、長老オムイ様である。
私は師匠とともにではあるが村を一回りし、村人が魔物に襲われるのを防いだ旨などの報告をする。長老は優し気な笑顔で私の話を聞いていた。
「守護天使としての地上での初めての役割、ご苦労じゃったな。して、どうじゃ?一人でもやっていけそうかな?」
確かめるように私の目を覗き込む。
「どうにかやっていけるとは思います。師匠が離れて心配ではありますが…」
「けっこう、けっこう。はじめなど、そんなものでよい。マミはよくやっておるよ、慣れればすぐにいい守護天使となろう。さて、ではそんなマミに次なる役目を与えよう。」
ぽんぽんと長老は私の肩をたたいて、大仰に腕を上に掲げ、マミの持つ星のオーラを見つめた。
「これを、世界樹に捧げることですか?」
「そうじゃ。さあ、世界樹のもとへ向かうがよい。」
私は一礼してからその場を後にする。
***
天使界の3階層から外壁部分を回って上ると行き着く頂には、巨大な樹が生えている。
長きに渡り、樹は枯れることなく生い茂り、成長することもなく天使界の頂上にそびえて居た。葉は常に若々しい緑を照り返している。師匠よりも何倍も大きいため、木の根元に立ち真上を見上げると、大きすぎる枝や多数の葉に阻まれ、空の青を目に入れることさえ叶わない。
カリナ曰く、この樹がいつから、何のために生えているのかはよくわかっていないらしい。記録に残されてもいないために、記録以前から生えているのか、口頭で語り継ぐはずのなにかが廃れていったのかどうかもわからない。
700年以上生き続けているオムイ長老でさえ何も知らないのだから、きっとそれよりもずっと長く、この樹は世界中を見守り続けていることになるのだろう。
畏怖と尊敬の念を込めて、この樹は、”世界樹”と呼ばれている。
特別な儀式のとき以外は、守護天使以外この樹のもとへ行くことすら許されてはいない。
なびく風に身を任せ、揺れる葉のこすれる音に交じり、階下の天使たちの話し声が聞こえる。
私は人よりも優れた聴覚を持っているそうだ。カリナも言っていた通り、少し騒がしい場所であろうと、物陰に隠れた程度では私の耳はその衣擦れや呼吸音をもとらえることができる。
今も耳をすませれば(盗み聞きになってしまうが)この層にいる天使たちの会話を聞くことができた。
「近頃、世界樹に力がみなぎってるらしいわよ」
「それって、もしかするととうとう女神の果実が実っちゃうんじゃないの?」
「そうかもな。そしたら俺たちの代で、あの世界樹が実を結ぶ決定的瞬間が見られるってことになるかもな!」
力がみなぎっている。
最近よく聞く世界樹の噂の一つである。
生まれつき魔力量に乏しい私にはいまいち理解しかねる概念なのだが、目の前に悠然とそびえるこの樹は確かに生の感覚を覚えさせる。
まるで、偉大で優しい神かなにかが、その場にいらっしゃるかのような。
そのなにかに惹きつけられるように私は世界樹の幹に手を触れる。
次の瞬間、今まで抱えていた星のオーラが共鳴し、あの言い表しがたく淡い輝きを帯び始めた。そのまま星のオーラを持つ手を天へ掲げる。光は手から舞い散る羽のように宙に浮き、世界樹の中に吸い込まれていく。
すべてが樹に取り込まれるやいなや、世界樹は先ほどの淡い光とは違い神々しいまでにまばゆい金色の光を放った。
「……………」
言葉を、失った。
綺麗だなあ、だとか、美しい、だとか。そんな中途半端な言葉であらわせば、きっとこの光を殺してしまう。
ただ、口を開けて呆然としている外なかった。
「どうだ、ウォルロ村の守護天使マミよ。」
不意に背後からかけられた声にびくりとなる。私の足音にも気づかないほど魅入っていたのかと笑う声の主の正体を悟り、私は息をついて振り向いた。
「師匠」
「星のオーラをささげられた世界樹は実に美しいだろう。」
私が返事をすると、師はそのまま近くにたち、私の隣で、風に揺れる世界樹を見上げる。
「人間たちからオーラを受け取り、世界樹に捧げる…。そして、いつかこの樹に女神の果実を実らせること。これが、われらが使命。」
とてつもない力を秘めているという、女神の果実。
師は樹を見上げたまま続きを語る。
「お前が星のオーラをささげたとき、世界樹が激しく輝いたろう。あれ程までまばゆい光を放つようになったのは、最近のことなのだ。」
「それでは、世界樹に力がみなぎっているという噂は…」
「本当のことだ。オムイ様も、700年で世界樹の輝きが明らかに変化していると仰っていた。つまり…」
「女神の果実が実る日も近いということですね。」
私が師の方を見て聞くと、師もまた私と目を合わせて頷いた。
天使たち全員が心待ちにしている女神の果実が実を結ぶ瞬間。それに立ち会うことができたならどんなにか喜ばしいことだろう。す、と世界樹の幹をなでると心なしか樹の満ち満ちた力が私に流れ込んでくるようだった。
過ぎた願いだろうか。是非、自分が捧げた星のオーラで、だなんて。
「だから、期待している。マミ。」
「…はい、師匠。」
何を期待しているかなど、聞き返すまでもない。頭の中によぎった願いは、師の言葉で一瞬のうちに現実感を帯びた。
できることなら自分の手で。カリナも師匠も見ている前で、あの光の輝きの先を見てみたい。
「こうしてはいられませんね。私、再びウォルロ村で使命を果たしに行ってまいります!」
深く一礼をしてから、私は踵を返す。
師の行ってこい、とつぶやく声を背に受け、足取りは軽やかに。
見習い守護天使マミはウォルロ村のある地上へと意気揚々と降り立つのだった。