「ぐぅー、ぐぅー!」
『あいつ、ナニやってんの?』
声高らかにぐぅー!と叫ぶレイをサンディが怪訝そうに見る。若干引いているのか。
「眉根が寄ってますよ。サンディさん。…お腹が減ってるというアピールだそうです」
レイの視線の先には沸騰した水に実を入れかき混ぜるハイローズの姿がある。正午を回って随分立っている。マミがいる水辺にもいい匂いが漂ってきていた。
「そんなに腹の虫を再現してもな、食べ物はやってこねぇんだよ。食べられる木の実を持ってきた時点でお前の仕事は終わったの。おとなしく待ってろ!」
「そうよ、レイおとなしく待ってなさい。あとはこいつが全部どうにかしてくれるわ。」
「てめぇはなにもやってないだろ…!」
「あら、私は水を汲んできたわよ?」
「綺麗かわからん水を処理無しで飲めるわけ無いだろ…?結局俺の手持ちの水を使ったのを忘れたのか」
「そうだったかしら。なんにせよ、約束の夜までには時間があるじゃない、ゆっくり過ごしましょうよ。」
モッチィが朗らかに笑う。呆れ返るハイローズの隙をついてレイが木の実をつまもうとするが、敢え無く彼に蹴り飛ばされる。
『なんか、のんきネ。アンタみたい。』
「失敬ですね。私はこうやって与えられた任務を全うしているというのに」
『敵が約束した地で魚釣ってるアンタもアンタヨ』
会話しているうちに魚がもう一匹釣れる。マミの横にあるカゴの中には3人分の魚が集まった。サンディが釣れた魚たちに近寄っては『クサッ!』と鼻をつまむ。そんなに臭いなら嗅がなければいいのに。
「そういえば、袋の中で見つけた暇つぶしってなんなのですか?」
『そうそう!』と意気揚々にサンディが袋から一冊の小さい本を取り出す。ずかん、と拙い字が得体のしれないほどいろいろな色や文字の形で装飾されている。中をめくると、1ページごとになにかのイラストと文字による説明が加えられていた。
よくみるとそれは先程まで相対していた魔物たちの絵で、それぞれの姿や技、動きなどに言及したメモのようなものだった。
「ウパソルジャー…、たまに盾で攻撃を弾いてくる、うざい。横に飛び跳ねながら歩いてくる、キモカワ。目が小さいのが減点…」
『こ、声に出して読まないでヨ!ハズいっしょ!』
絵の造形は決して良いとは言えない。マミに絵心が無いため口が裂けても言えないが、そっくりというほどではない。ただ、それが絵を見てなんの魔物なのかが分かる程度にはしっかりしていた。
『アンタたちが戦ってる間が一番暇だからサ!見てるついでに書いてみたってワケ!ね、アタシの絵、うまくね!?アンタ描いてみてよ、隣でいいからサ!』
「えぇ…」
一瞬思いとどまったがサンディはとどまる様子を見せない。自分が使っていたのであろうペン(見たことのない素材でゴテゴテに飾り付けされている。色は派手だ。)をマミに持たせてきた時点でマミは諦めた。
先程まで相対していたはずの魔物を絵に起こすのは存外難しかった。天使界にいた頃は人間の肖像画などを見ては「似ていない」と思ったことも多々あったが、これからはその認識を少し改めようと感じた。何事も経験してみないとわからないものだ。
「人様の書いた本に、落書きだなんてのはあんまり許された行為じゃねぇな」
「!?」
後ろから急に振りかけられた声に驚いてマミがペンを落とす。
「魚、かかってたぞ。呼んでもこねぇから何してんのかと」
いい本、持ってんな。釣れた魚をカゴに入れながらハイローズがマミの持っていた「ずかん」に目をやる。サンディはいつの間にか隠れてしまったし、マミは気になるのかと問うてみる。
「魔物の記録だろ。ぜひ見せてほしいね、食事中にでも」
***
「美味しい!!美味しい!!」
涙を流さんとばかりにレイが魚を頬張る。モッチィも声には出さないが、顔はほころんでいる。マミもよそわれた木の実の鍋をすくって口に入れるが、外で作ったとは思えない味だった。彼はかなり器用な人間なのだろう。あるいは、こういったことに慣れているか。
「食事中に魔物の本見てるなんて奇特な人がこの世にはいるものなのね」
横目でモッチィがハイローズの方を見る。彼は魚を加えながら先程のマミが読んでいたずかんを片手に、自身のものと思われる手記に何かを書き込んでいた。
サンディの描いていた絵よりも相当写実的な絵が各ページに描かれていた。特徴などがびっしりと書かれているそれは、文字通り「魔物図鑑」とよんでも遜色ないだろう。
「ね、ね。ハイローズはそんなに魔物が好きなの?」
レイが何気なく聞いた。ただ、何気なく聞いた一言だろうに、彼の返答はあまりにも冷たかった。
「…あ?」
思えば会ってから起こってばかりいる彼だが、今までのは怒ってはいなかったのだろう、と直感的に思わせる声。顔すら動かさずに手を止める。レイが笑顔で食べていた魚はゆっくり口から離れていった。マミも、食べるのをやめた。
「…魔物が好きなんていうやつは、魔物に喰われて死ぬだけだよ。俺は、あんな奴ら嫌いで嫌いで仕方ないんだ。…嫌いなやつを殺すのに熱心に調べてんだ、悪いかよ」
彼はそれきり口をきかなかった。しばし沈黙の後、彼が食べきった皿と「ごちそうさん」という言葉だけを残して少し離れたところに見張りに行った。
残された3人は他愛もない話で盛り上がった。ハイローズの話題にはなんとなく、触れなかった。
日が落ちかけ、そろそろ月がのぼってくる時間だった。
誤字修正済み。報告ありがとうございます 2020/5/21