かつて呼ばれていた名は   作:なめこしいたけ

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黒騎士7

ざ、ざ、馬が土を蹴る。

 

馬が走り出すよりも早く、だ。

 

先程のハイローズの指示に従い、三人が武器を携えて駆け出した。マミがやや左、モッチィが直線に、レイがやや右側に黒騎士を3方位から囲むようにまっすぐ走っていく。騎士がそれに気づき、包囲を抜けようと馬の首を引くも、

 

「数がいるってのは、有利だよな、なぁ?」

 

進行方向にメラが飛んでくる。一発の火力は弱くとも、何発も、馬の近くを掠めるように。それで誘導には十二分だった。熱さにすくんだ馬で、騎士は馬を扱うことすらままならない。

 

「ーっ小癪!」

 

「賢いって言うのよ。騎士様。」

 

いち早くたどり着いたモッチィが馬の正面に煙の影から現れる。風のように空気を裂く槍は今度こそ馬の脚を捉えた。槍は抜かなくていい。そのまま戦線から離脱する。突如と言わんばかりに受けた一撃に馬が悲鳴を上げている。

 

モッチィが逃げるまでもなく黒騎士の狙いは更に近づいてきた二人に定まる。

 

「ひいいいい、こっち見ないでよ!!!」

 

「黙れ、ダマレ、姫を出せ!!」

 

騎士が馬を捨て上空に飛び上がる。身長をゆうに超える長さの槍が月にきらめいた。マミの驚いた表情が黒光りする槍に反射している。

 

「とんだ…!」

 

最高点に飛び上がる刹那。槍の嵐が降り注いだ。まるで雨だ、あたったらひとたまりもない、五月雨の突きが月光を背に落ちてくる。斬りかかろうと構えていたレイとマミが距離を取れずに守りの体勢にさせられる。槍を防ぎ、またすぐ突かれては避ける。

 

一瞬の隙さえ許されない。どんどん黒騎士の影が近づいてくる。近づくほどに威力が増してくる。

 

(こんなの、訓練でもお目にかかれないですよ…!)

 

マミが、重い一撃をやっとのことで弾き返した。

 

視界の端で最後の雨がレイに降りかかる。

 

レイの足運びが悪い。

 

弾き返したまま、体勢を戻せなかったのか。

 

剣を振り上げる動作にはいれていない。

 

首筋に汗が伝う。

 

まずい。

 

 

ー間にあうか。

 

 

「我、稲妻なり!!!!」

 

黒騎士の槍に雷がほとばしる。バチバチバチィと雷撃音が剣を振り上げようとするレイに襲いかかる。

 

「「レイ!!!!!」」

 

五月雨の槍から逃れていたモッチィとハイローズが叫ぶ。焦げ臭い匂いが漂う。雷が落ちたかのように黒騎士のいたところには黒煙が立ち込め、誰一人姿すら見えない。

 

 

 

 

ぽた、ぽたと血が落ちてくる。どことなく焦げ臭いのは気のせいじゃない。目の前で血を流している部位は暗くて見えないが、雷撃に焦げているのだろう。

 

「ま、み…」

 

「ご無事で。」

 

突き飛ばされ、地に尻もちをついた形で見上げる。こちらを背にした少女の左脇の下を槍がかすめている。槍の先はレイの真横を通り、地面に刺さっている。小さくばちばちという音がまだしている。地面の槍の先からか、はては先の突きの音がまだ響いているのか。

 

「外した、カ」

 

「外してませんよ」

 

マミが痛む左腕で黒騎士の槍をがしりと抱え込む。地面に軽く刺さっているのもあるのか、槍は黒騎士が思った以上に自分の手元に戻ろうとしない。

 

「娘、放せ!!」

 

マミが薄く笑みを浮かべて剣を捨てた右手をまっすぐ黒騎士に向ける。

 

「空気を揺蕩う風の力よ、我が手に。」

 

「ーーーっ」

 

「この距離なら、外しませんよ!!!」

 

バギ、とマミが言い放ち、右手から竜巻が起こる。小さい、それでも人を吹き飛ばすには不足ない竜巻が黒騎士に近距離から直撃する。ゴウっと風が黒煙を消し去り、槍を残して騎士が飛んでいった。勢いよく吹き飛ばされた騎士は初め彼が現れた崖に打ち付けられ、そのままゆっくり倒れ伏した。

 

ふらつくマミががらん、と槍を地に落とす。レイがマミを支えようと手をのばすが、彼女はその手を振り切り、血を流したままの黒騎士まで走っていく。

 

「止まれ、マミ!今から俺がとどめを刺す、離れろ!」

 

「…」

 

バギが放たれてすぐ、止めとなるメラを打つ準備が整えられていた。ハイローズの詠唱の声はマミの耳にも届いていた。彼が魔物を異常に憎んでいる様子から、この黒騎士をこの場で殺してしまうだろうということも予想がついた。

 

多くの国民を守るためなら、不穏となる一人の黒騎士は殺すべきだ

 

理屈はわかる。レイが言ったとおり、ドクロを載せた黒騎士は人外の存在だ。殺して然るべきなのかもしれない。でも

 

「離れませんよ、私が、この「人」を殺させません。」

 

「人だろうが人じゃなかろうが関係ねぇだろ!!俺らの依頼は…」

 

「あなたが依頼を完遂させたいなら、そのまま私ごと燃やせば良い。私は退きません。人間はすべて守るべきだと私が思ったから、私は退きません。」

 

「んっの…」

 

「落ち着きなさい、ふたりとも。」

 

モッチィが今にも倒れそうなマミの横に駆けつける。多少警戒したマミに「見張ってはおきなさい、いつ動いても良いように」とささやき、槍をかすめた左腕の治療にはいる。幸いに貫いてはないようだ。多少やけどの痕が残ってしまうだろうが、ホイミで完治が可能な範囲だろう。モッチィが止血を済ませて魔法をかけ始める。

 

「黒騎士、黒い馬に乗った槍を携えた騎士。歴史書で読んだ記憶があるのよね。亡者となればなおさら、私の記憶と合致する。」

 

だからなんだってんだ、とハイローズがメラを構えた杖をひとまず下ろす。

 

正規のルートで入手した本じゃないからあんまり言いふらさないでね。とモッチィが前置きをする。

 

「胸の紋章、ルディアノ王国のもので間違いないわ。王国を守る黒バラの騎士、300年ほど前に滅びた国の人よ。おそらくはね。」

 


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