「ですから」
怒気満ちる空間で、ただ一人モッチィの声が響く。目の前で今にも立ち上がらんと鎮座する王を前に声が震えた様子はなさそうだ。むしろ、話が伝わらないことに苛つきさえ感じているように思える。
「かの黒騎士はルディアノ王国から来たらしく、婚約者を探しているだけのようでした。その婚約者、メリア姫という絶世の美女が姫君に瓜二つだったということだそうです」
「…それでどうしたというのじゃ」
マミたち一行が帰ってきた瞬間の期待に溢れた顔はもう見る影もなく、隣の王妃は既に涙を浮かべている始末である。だから殺しておくべきだったんだ。こっそりハイローズがマミの隣でため息をつく。
「姫君がメリア姫ではなく、フィオーネ姫であるという誤解は解けました。故に黒騎士がここに攻めてくることは金輪際ございません。ここにいる4人が証明いたします。彼の代わりにお伝えしに伺いました次第です。」
「だからどうしたというのじゃ!!!」
玉座に拳を打ち据え、国王が叫ぶ。おとうさま、となだめる娘の声は届かない。黙っていろと言わんばかりに腕で制されてしまう。レイの背筋が伸びる。護衛の兵士が固唾を飲む音が聞こえた。
「求めた姫じゃなかった?だからもうこの国を襲うことはないと?そんなもの、口からでまかせに決まっておろう!そなた達はそれを信じてみすみす戻ってきたというのか!!」
「ですが、あの者が嘘をついているようには思えませんでした!」
状況に耐えかね、マミが立ち上がる。
「ばかやろ…!」
「しかし、わしはルディアノという王国という名前すら聞いたことはない!そんな国がないということが嘘の証明となろう。控えよ。わしはそなたと話してはおらん。」
「…っ!」
「…国王様はルディアノという国をご存知でない、と…?」
信じられないというようにモッチィがつぶやく。
「知らぬな。モッチィといったか。今回の件、黒騎士を葬り去るまでは褒美の件はなかったことにする。」
はやく行け、娘の命がかかっておる。
王がゆっくりと息を吐いて座につく。モッチィが目を伏せ、踵を返そうと足を引いたその時だった。
「どうして、信じてあげられないの…?」
か細い声で姫が喋った。
「本当に婚約者さんを探して、元の国に帰れなくて、困っているのかもしれないのに…。」
「聞き分けよ、フィオーネ。お前を守るためなのだ。」
姫はそれ以上喋らなかった。足を引いたままのモッチィと目が合う。少し考えたように胸の前に組んだ手をぎゅ、と握り。
「ーーー、え?」
モッチィの手を掴んでそのまま走り出した。
「おい、フィオーネ!…どうしたというのだ…わしは、お前が…」
「モッチィさん!」
失礼いたします、と礼儀正しく場を去ろうと頭を下げたのはハイローズだけで、レイとマミは姫に連れ去られるように駆けていってしまったモッチィを追う。階段を降りるのではなく、奥に見える扉から外へ出たようだ。兵士たちの間では「どうして姫様はそんなに黒騎士の肩をもつのだろう」という会話がされているのがマミの耳に届く。
考えてみれば奇妙な話だ。
ゆっくりと、走り去っていった3人と姫君の姿を追いながらハイローズが考え込む。
モッチィ曰く今や死んで当然の時代の黒騎士が今の時代に現れ、婚約者を探している。似ているからという理由で狙われて、本来なら怯え隠れ暮らしても良いはずだ。泣きはらした顔のあとが一つや二つくらいあってもいいだろう。度胸のある姫とは聞いていたが、随分器量の広い姫だな。自分を殺そうとした相手を信じられるだなんて。
***
「…いらっしゃってくれましたね。こんなところまで、連れてきてしまって申し訳ございません。」
城の北東、一角の部屋にはいると一国の姫が頭を下げて待っていた。
「…王族の者が、そう簡単に頭を下げてはなりませんよ。」
無礼な真似をしたことをハイローズが謝り、促されるままマミたちが座る椅子の空いている席に腰掛けた。フィオーネはそうですね、とほほえみながら悪びれた様子はあまりない。前回会ったような涙を流す儚さも持ち合わせてはいない。どちらかといえば、止めなければともに歩まんとしてしまいそうなほど真っ直ぐな姿だった。
「それで、どうして私を引っ張ってきたのかしら。」
既にいた3人は少し打ち解けたらしい。王族へ話す態度ではなく、軽くモッチィが尋ねるのに合わせてマミとレイの緊張感も殆どないように見えた。
「皆様は、ルディアノ王国を探してらっしゃるということでよろしいですか。」
「ええ、構わないわ。黒騎士がメリア姫を迎えに行くって言ったのはその王国だし、ひとまず彼にもう一度会うにしても、会わないにしてもそこに出向くほかないわね。」
「異論はない。だが、ルディアノという王国はこの辺にはないんだろ?」
「ええ。近くに王国を名乗る国などございません。」
モッチィに話しかけたつもりが、姫に答えられてしまった。あまり身分を気にせず会話に参加できる人間なのか。
「ですが、先程モッチィさんに歴史書の話を伺った通り、ルディアノはこの近くに存在していた国と考えて良いと思います。」
「ん~…それは、なんで?モッチィさんも場所を知っているわけじゃないんでしょ?」
「
「…わらべうた、ね。姫様、失礼ですがそれを暗唱することなどは」
可能です。もう何度も、歌い尽くした歌ですもの。
百合のように可憐に笑う姫は、懐かしむように歌を歌い始めた。