かつて呼ばれていた名は   作:なめこしいたけ

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ルディアノ王国4

恐る恐る、レイが紫に淀んだ池に指を近づける。ぼこ、ぼこと不定期に生じる泡が弾けてはあたりに散り、焼けるような音を立て、かろうじて生えていた草を飲み込んだ。その様子を見て、慌てて指を引っ込める。

 

「触らないほうがいいですよ、腫れますから」

 

「なに、お前。あれに指突っ込んだの…?」

 

以前、キサゴナ遺跡で。とマミがハイローズに応じる。ハイローズは心底軽蔑するようにまじかよ、と息をついた。

 

「あの遺跡も随分古いと思いましたが、こちらは中々…古いとすら言い難いですね。」

 

モッチィの回復を待ち、エラフィタ村を出て数日、4人はセントシュタイン地方の北の果てにたどり着いた。いくつかの丘を登り、一番高いところだ。これより北には進めないだろう。そして、

 

「…なんと…これが…ルディアノ王国の今の姿というのか…?」

 

たどり着いたのは、4人だけではなかった。背後から弱々しく声がし、振り返ると馬から飛び降り、この場所の様子を見て駆けてくる黒騎士の姿があった。

 

「城壁もろくにないし、人なんてもってのほかね。城というには見る影もないくらい、ところどころ瓦解してる。…黒騎士さん、ここは本当にルディアノ王国で間違いないかしら」

 

モッチィが手近にあった柱を撫でると、柱は欠け、一部は砂と化して風に吹かれた。モッチィの言う通り、目の前に広がる光景は王国や城というより、どうみても廃墟だった。レイが指をかざしていた毒沼は入り口だけではなく、あらゆるところに散見される。なんとか残っている建物の中からは、魔物の気配も感じられた。

 

正面に目を据えて動かない黒騎士は、やがてうなだれるように頭を下に振った。間違いない、我が王国だ。そういう彼の姿は何もかもを理解できていないことをありありと示していた。

 

「こうしては…いられない…!」

 

はっとし、電撃を受けたように顔を上げ、脱力しきってしまった体をよたつかせ、彼は城の中心部に向かって叫ぶ。

 

「ーーーメリア姫っ…姫ーー!」

 

4人の後ろから騎士の呼び声に応えるように馬が走り抜け、騎士はそのまま城へ向かって乗り込んでいく。攻め込んだ合図と取られたのだろう、魔物の意識が一斉に濃くなった。

 

「…乗り込むなら、静かにやってほしかったな、レイ?」

 

悪態をつくハイローズが同意を得ようとレイの方を向いてぎょっとする。瘴気がまじる世界に、さっきまでの無邪気さを置いてきてしまったように、彼が持つ目は鈍く青をたたえた。

 

「さっきまであったもの、なくなったのに…人はあんなに強くいられるなんて、ありえないよね」

 

「…レイ?」

 

「ねぇ、あの人はなくなって、もう会えないってことを受け止められる時が来るのかな。」

 

素朴な疑問。ただの質問。そのはずなのに誰も答えられなかった。その質問は黒騎士に対するものではなく、自分を重ねて「いつ受け止められる時が来るの、教えてよ」と問い縋っているようで。

 

何かを答えようとしたハイローズの喉が鳴る。それを皮切りに、レイがなんてね、と茶化して場を濁す。

 

「もしかしたら黒騎士みたいに姫も生きてるかもしれないよねっ」

 

瞳はいつものように明るい青に変わっている。さ、いこういこうと先を急かす。

 

気にしなくていい。

 

放っといてくれ。

 

そういう態度が透けてハイローズの目には見えていた。彼はたまらずレイの手を掴んだ。

 

「おい、誰かこいつの手握ってやれよ。こわがってんぞ、幽霊いっぱいいる城だから」

 

「んなっ!怖がってなんかないよ!!」

 

「あら、じゃあ私が一緒に歩いてあげようかしら。怖がりレイくん?」

 

敵が近くに来たら離すからね!といいつつレイは手をにぎるようだ。レイが横を通り過ぎる瞬間、ハイローズはつぶやいた。

 

「ごめんな、答えてやれなくて。」

 

レイは一瞬だけハイローズの方を振り向いて、目の青をきらめかせた。困った笑みをよぎらせて、モッチィの隣についた。

 

 

 

 

 

「…本当に怖がってたんですか?」

 

「さあな。早く行かないと黒騎士に置いてかれるぞ」

 

「そうですね」

 

 

真意は、わからない。

 

***

 

 

「っぎぃぃいぃいあああああっ」

 

悲痛な叫び声を上げながらレイが剣を振るう。がちゃがちゃと響かせて崩れ落ちるのは骨である。がいこつ、そういうのが正しいのだろう。骨ばかりとなった魔物が城中を徘徊しており、見つかると途端に襲いかかってくる。

 

「怖いからって、あんまり暴れまわると崩れちゃいますよ、レイさん!」

 

何体もの群れで現れるがいこつ。先陣を切ったレイがうち漏らしたものをマミが相手取る。不意を付いたところから現れるものは最小限に火力を抑えたメラが次々に燃やしていく。

 

「さすが骨だとよく燃えるわね」

 

がいこつが襲ってくる気配が落ち着き、一息つけるときを見計らってモッチィが回復を施す。こうして一行は着々と城の探索を進めていた。

 

「にしても、マミは深追いしすぎじゃねえか?」

 

「追ってこない敵は倒さなくてもいいんだよ、マミ」

 

ハイローズの意図を理解できたと自慢気にレイがマミに指を立てる。マミは少々言いづらそうに顔を背けた。

 

「…全部、倒さなくちゃいけないんです。」

 

あのな、と口を開きかけたハイローズをマミがきっ、と見つめ直す。

 

「怒られるのはわかっています。理由はいえませんが…。今回に限っては、全部倒したいんです。」

 

「それが、お前が言う人間を守るってことに繋がるのか?」

 

訝しげにハイローズが尋ねる。マミはそれに頷き、通った道だけで良いとの旨を伝えた。モッチィの仲介もあって、彼は渋々認めることになった。

 

「あ!見て、なんか部屋があるよ!綺麗に残ってる!」

 

レイが声を上げる。城の内部を随分進んできた。穴が空いているところも多く、上に上がるにつれて危険度も増してきたが、レイの言う通りその部屋は綺麗だった。汚さといえば、放置されていたがゆえのホコリや虫の死骸でとどまっていた。

 

「これ…」

 

部屋に飾られていた一つの女性の絵を見て、モッチィが目を丸くした。一同がつられてその絵を見ると、思い思いに声をだして驚きを示した。

 

すすけて色はわからない。だが、分からないにもかかわらず色をつけろと言われれば、塗ることができるだろう。まるでフィオーネ姫と同じ姿だった。ふわふわとした髪も、おそらくは金色だろう。芯が通った意思固き瞳、毅然とした表情も全て、彼女にそっくりだった。

 

「これが、メリア姫なのか…?」

 

「なにか挟まってますね、ええと…」

 

額縁の端に、一つの紙の切れ端が刺さっていた。ホコリを丁寧に払うと、マミは書いてある文字を読み上げた。

 

「メリアは行きます。遠い異国の地へ。あなたのことを忘れたのではありません。ルディアノの血が絶えぬ限り、私は、あなたをいつか…」

 

そこまで読んだ刹那、城全体を揺るがすような大きな揺れが起きた。自然現象ではない、なにかがぶつかりあって起きた衝撃だ。

 

「上だ!!!」

 

揺れが収まる様子はない。何かが戦っている。一方は黒騎士だろう。なら、もう一方は…?考える暇もなく、部屋を後にし、階段を駆け上がっていくのだった。

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