かつて呼ばれていた名は   作:なめこしいたけ

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ルディアノ王国6

「やめろよこのうねうね女ーーー!!!」

 

叫び、斬りかかる。勢いに気圧されたのか、魔女の気がそれ、その瞬間を逃さず彼の剣はマミとの間に割って入る。胸にあてられていた短剣は一振りで弾き飛ばされ、弧を描いて床に転がっていった。

 

「ーー、なにを…!」

 

獲物をなくした魔女が舌を打ち、レイから飛び下がる。掴まれた足が離され、支えを失ったマミの体が動かぬままに落ちていくのを、レイが抱きとめた。

 

「黒騎士から守ってくれた、マミみたいでしょ」

 

に、と歯を見せて笑ったのも束の間で、すでに回復魔法をかけようとしているモッチィにマミを受け渡すと、剣をまっすぐに魔女へと向けた。

 

魔女は落ちた短剣を拾い上げ、足から生える一本の手を引っこ抜く。意思もなく動く手の平で短剣の刃先を綺麗に拭うと、切り刻まれた腕が床に投げ捨てられる。

 

「1,2,…3人か。仲間か?だまし討ちだなんて小賢しいじゃないか」

 

「おいうねうね、てめえの気配感覚は狂ってやがるんだな」

 

「…!」

 

いつの間に隠れていたのか、玉座の影から杖が伸びる。ちり…、と空気を燃やしながらハイローズが魔力の蓄えられた杖を魔女に向け振りかざす。

 

それなりの火力のメラが打ち込まれ、呪いの衝撃ほどでもないが城を揺らす。すすが舞い、爆炎が魔女を黒く覆う。

 

 

 

「…動けるかしら。」

 

「っけほ、…はい。あの、」

 

麻痺を治す満月草の辛味が喉を焼く。身体に自由が戻ってきた。苦しむ黒騎士は相変わらずだが、戦いの影響を受けないよう、部屋の隅に移動させられていた。マミに呪いをかけようと魔力を分散したからだろうか、呪いの影響は少々弱まっているように見える。

 

「詮索は後。あいつを倒すんでしょ、」

 

立ち上がり首を向ける。あの程度で倒せるような相手ではないことは明白だ。すすが晴れると、自分で生み出したのだろう、溶けかけた氷塊に囲まれ、涼しい顔をした魔女がこちらを睨みつけていた。

 

「なるべく相手の目を見るなよ、レイ」

 

「わかってる、ああ、もう怖いったらないよ」

 

「マミ!」

 

玉座からレイの後ろに付くように戻ってきたハイローズが背中越しに話しかける。

 

「…俺達は、お前が守りたいと言った意思を守るために来た。この城で潰えた意思を紡ぐ。手伝わせろ。」

 

先程まで死ぬかもしれないと感じていた恐怖はどこにもない。状況は変わらないし、死ぬかもしれないことにも変わりはない。

 

今まで一人だったのだ。天使の職務をまっとうするのにも、稽古も、師についていくのも。隣にいた同期のカリナでさえ、一緒になにかを遂げることはなかった。

 

はじめての言葉が口を突く。

 

「はい…手伝ってください。お願いします。」

 

「道筋は作る。任せろ。」

 

手伝って、と明確に他人を頼る言葉。

 

意表を突かれたのか、レイが驚いた目で振り向いて、目を合わせて歯を見せた。

 

「っはは、」

 

「なにがおかしい、小僧!!!」

 

相当な距離があったはずだが、魔女は一瞬で距離を詰めてくる。

 

「なぁんも。あんたには死んでもわかんない、よ!」

 

一手一手が重いマミの代わりにレイの一太刀は軽い。その分、剣を振る速度はマミよりも早い。精度を気にせず短剣を受け切るだけなら、目を見ずとも可能だと言わんばかりだった。

 

「マミ、よろしく!」

 

足元からざわ、と腕が伸びる。複数の腕がレイを捉えようと服を掠めるが、飛び去るレイには届かない。伸び切って無防備な腕だ。

 

「やあぁ!」

 

マミが足を据え、一振りすると赤黒く変色した腕はぶつんと切れ、魔女の身体から簡単に離れた。

 

多少は痛みを感じるのだろうか。離れた腕を口惜しそうに見捨て、魔女が息を飲む音がした。追い打ちはかけず、短剣が迫るのを避けレイが飛んだほうとは反対に身を寄せると、図ったようにメラの支援が飛んできた。

 

魔力をためる時間が短く、先程の威力はないがその火球は魔女に直撃した。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

じゅぅ、と肉の焦げる匂いがして魔女の叫ぶ声が部屋に反響する。パキ、パキと氷を生成する呪文が火の中から聞こえてくる。警戒を怠らずに、レイとマミが一度距離をとって魔女の姿を探した。

 

突如、

 

「ーーーヒャド!!!」

 

荒れる声が高らかに宣言した。氷塊は魔女の周囲に生まれるのみならず、一直線に飛ぶ大きな投擲物となって火の影から飛んできた。狙われているのはマミやレイではない。めがけて飛んでいく先には黒騎士の姿があった。

 

「くそ、」

 

てっきり自分の身を守るためだけにヒャドを使うと想定していたハイローズの初動がわずかに遅れる。メラでは間に合わない。モッチィは黒騎士の治療に集中していて気づいていないだろう。

 

「レイさん、待って!!」

 

「…またないよ」

 

気づくと氷塊の軌道上にレイが立っている。剣を構えているものの、彼の力で破壊できる大きさじゃない。それは、

 

「はははははっ!!!かかったね、これだから人間は面白い…!!」

 

自分の命で氷を止めるという捨て身の行為にほかならない。

 

「レイさん!!!」

 

***

 

「げ、ほ、…っげ、ごぽ」

 

氷に腰から下を全て囚われている。ヒャドを放つやいなや魔女はレイに飛びかかってきていた。黒騎士を身を張って守らせるように、氷を飛ばし、それができる所に位置していたのが彼だったから。

 

氷は徐々に赤く染まっていく。魔女の血ではない。紛れもないレイの血で。

 

左肩に深々と刺さっている短剣は淡緑に光りを帯びて魔女に力を注いでいるように見える。

 

氷をとかそうと込めていたハイローズの杖の灯火が消える。このまま魔女に打てば、レイもただでは済まない。斬りかかろうにも、完全に人質に取られている。マミが歯をぎしり、と噛み締め魔女に強い眼差しを向けた。

 

相当愉快なのだろう、悦に入った魔女が嬉しそうに短剣をえぐる。

 

「ぅ、ぐぁあああ、や、」

 

「クククク、ははははは…ねえ坊や、貴様の命はこのまま私のものにしてやるよ、光栄だねぇ?」

 

「やだ…レイ!」

 

モッチィがたまらず遠くからホイミをかける。回復力は弱まるが、レイが死ぬよりはマシだろう。だが、

 

「馬鹿、モッチィ、そんなことしてきついのは…」

 

治され、短剣でえぐられ、生命力を魔女に吸われ続ける。この世の地獄みたいなことを、彼に味わい続けろというのか。

 

「わかってるわよ、でも…!」

 

「そうだろう、そうだろう。その不安、恐怖、地獄、最高の闇の世界のスパイスだ!もっと私の機嫌が良ければ、貴様ら全員我が下僕にしてやったものを…!」

 

回復されても流れる血は止まらない。マミの方にまで血の匂いが漂ってくる。失血が多く、苦しそうなレイが息も絶え絶えに口を開く。

 

「だれ、が下僕になんかなる、も…か。」

 

喉の奥から血が出てるのだろう。コプ、と喉を鳴らして咳き込んだ。

 

「モッチィさん!このまま回復をしてい、よ」

 

僕は、大丈夫だから。耐えきってみせるから。

 

モッチィがその姿に唇を噛む。

 

振り切れる限りの魔力を注がんと、集中を込める。

 

「あんたは!私が絶対に死なせないから…!!」

 

レイが言い切られる前に凍傷で傷ついた力を振り絞り、手を魔女の短剣に添える。ぐ、と力を込め魔女を動かさない。

 

「な、放せ…!」

 

マミは、駆けた。

 

レイはこのまま魔女を引きつけるつもりだ。ここで決着をつけるために。

 

なら、魔女だけを殺してみせる。

 

「…なるほど」

 

魔女の近くでできていた氷塊を蹴り、天井高く跳ぶ。羽はなくとも、空中でのバランスのとり方など身体に染み付いている。

 

狙いがレイを助けることではなく、自分であると悟った魔女が天井にいるマミに向けて短剣を持たない方の手をさしかざした。

 

「わざわざ隙の大きい空中からだなんて…」

 

「愚策なんかに、させねえよ」

 

魔女の手から放たれた匕ャドがマミに近づく直前でメラに掻き消された。追うように撃たれた連続の2発目が高温の蒸気を吹き飛ばし、マミの障害を消す。

 

「ーーーーッくそ、放せ、小僧!」

 

「彼は道筋を作ると、そう言いましたから。」

 

空中から真っ直ぐに突き立てた剣が、重力の勢いのままに頭から魔女の頸を貫いた。骨を砕く。剣に伝わる神経を切る感覚ごと、全てを魔女になげうった。

 

ごしゃり。ととどめを刺す音が全員の耳に届いた。

 

 

 

 

やがて、手から離れた短剣が氷に何度かぶつかり、床に落ちる。ぐったりとレイの足元に覆いかぶさるように、魔女は膝から崩れ落ちた。

 

「ク、フ…」

 

「もう助かりませんよ。あなたに手向ける言葉はありません。」

 

「助からないのは…レオコーンもでしょう…もう戻すことができない……亡き時代への絶望にまみれ、さまよい歩くが…い…」

 

がく、と魔女が事切れる。

 

「戻すことができないだなんて、魔物の戯言です。ここにはまだ諦めていない人がいるんですから。」

 

事切れた魔女が空気に消滅すると、レオコーンにかかっていた呪いも同時に解けていった。モッチィが弾かれたように飛び出し、レイの介抱に手を付ける。

 

「亡き時代の者…か」

 

「…もう、でて来られて良いと思います」

 

そういったハイローズの方を向き、黒騎士がぽつぽつと「私は、間に合わなかった、」と言い出すのをハイローズは目で諌めた。コツ、と高い靴の音が部屋の入口から鳴り響く。

 

ふわ、と金に輝く髪が揺れる。

 

一歩、一歩。

 

踏みしめ、歩く。毅然とした足音の主に向け、ハイローズが仰々しく頭を垂れた。

 

「姫。騎士レオコーンがお帰りになられましたよ」

 

「ええ、ええ…」

 

白い顔に百合の花が咲き誇る笑顔で、

 

「おかえりなさい、レオコーン」

 

「…メリア…メリア姫…!!」

 

メリアと呼ばれた白百合の姫が黒騎士の手をとった。




ぱふぱふ、入れられなかった。
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