「あらあら。まあまあ!あんなに探していた指輪だったのに、上着のポケットに入っていたなんて!」
ここはウォルロ村の中心に位置する、村長の家に次いで大きな建物である教会の中。礼拝所の椅子に座って感嘆の声をあげているのは、数年前に夫を亡くした老婆である。
彼女の祈りの言葉曰く、先日、夫からもらった婚約指輪がいつの間にかなくなってしまっていたらしい。家じゅう、それこそすべてをひっくり返すような勢いで探したのにも関わらず、その指輪が見つかることはなかったそうだ。
家の外も探したものの、見つかることはない。
夫との大切な思い出が詰まった何よりも大切な指輪。
藁にもすがる思いで、この老婆は一心不乱に礼拝所でこの村の守護天使たる私に祈りをささげていたのだ。
その祈りの現場を発見したのが、2日程前のこと。
人間たちが思っているよりも天使というのは人の思いを機敏に察知できるものではない。祈りがテレパシーのように伝わるなどもってのほかであり、私たち守護天使は常にこういった盗み聞き(極端な言い方ではあるが)によって人々の願いを耳にする。
本題の指輪は、近所の犬が、老婆の家の前に落ちていた指輪を宝物として茂みの中に掘った穴にしまい込んでいたところを発見した。これが先ほど。日が沈み、あたりがだんだんと闇に覆われ始める時間のことだ。
天使の姿が見えないのは人間に対してだけであり、動物は自然に私たちの姿をその目にとらえる。故に私は、自慢げに宝物を見せてくる犬のコレクションの中からその指輪を発掘しただけにすぎないのだが…。
「もしや…!これも守護天使様のおかげね……。ありがたや、ありがたや!この老婆、二度と指輪をなくすことなどしませんよ!!」
姿の見えない目の前の私に向けて、老婆は心底うれしそうな顔をして感謝の言葉をささげている。
たとえ過程がどうであれ、このように老婆という一人の人間の悩みが晴れたことに変わりはない。
天使として当然のことをしたまでのことですよ。
届かないとわかっている言葉をつぶやきながら、私は老婆の感謝の気持ちから生まれた星のオーラを回収する。
この村の信仰心の高さも相まって、私はここ数日で多くの星のオーラを集めた。
時にはこの老婆のような探し物を発見し、
時には労働につかれた男性の馬小屋の馬の糞を撤去したり、
時には女性の洗濯物を手伝ってみたり、
魔物から村人を守ったり、壊れているものを直したり………
「大したことは、やってないんですけどね。」
思わず独りごちてしまったが、事実である。大した事どころか、むしろ雑用や後始末の気が強い。まあ、気がかりがあるとすれば、この村に現れるといわれている幽霊の噂くらいだが…
「元気でやっているようで何よりだ、ウォルロ村の守護天使マミよ。」
「師匠!」
考え事をしながら進むと、協会のすぐ隣にかかっている橋の上から、軽装とはいえ、旅支度に身を包んだ風である師匠の姿が見えた。夕闇でよく見えないだけかもしれないが、普段の守護天使としての役目を果たすときの恰好とは少し異なる見慣れない服装に、ほんの少し違和感を感じてしまった。
…これは師の友たるラフェット様に聞いたことなのだが、守護天使の人を私に継いだのを機に、師匠は世界を回る旅に出ようというのだ。
「もしかしたら、イザヤール様、”エルギオス”とかいう人探しに行くんじゃない?」
「か、カリナ、その話は天使界ではタブーだって、ラフェット様が…」
「わかってるけどさ、あの二人いつもおんなじ話してるじゃない?急にそんなこと言いだすなんて、やっぱり、怪しいと思うんだけどなー。」
話を聞いたカリナとはこんな会話を交わした記憶がある。
そうなのかもしれないと薄々感じてはいるが、禁忌は禁忌だ。私は聞きたい気持ちをぐっとこらえて、師との会話に身を投じる。
「出発なされるのですか?」
「ああ。その足掛かりに、この村に寄っただけのことだ。それに、お前にまだ教えていないことがあったことを思い出してな。」
私は首をかしげる。まだ教わってないことなどがあっただろうか。
「な、なんでしょうか…」
「そう構えることはない。マミよ。私たち守護天使の役目は人間を守り導くこと。」
師はそのままゆっくりと振り返り、暗闇で見づらくなり始めている橋の向こう側を見やる。
「そこに生きているかどうかの差は、基本あり得ない。死した後も悩み、この世に縛られている人間たちを導くことも、また天使たる務め。」
私も師の見るほうを目を細めて見ると、そこには人が立ち尽くしているようだった。橋を渡った先、滝のよく見える畑の前で幽霊が現れる。村ではここ最近のもっぱらの噂だった。もしや、そこに立ち尽くしているのは…
そこまで考えてマミはハッとなる。死んだ人間を導き、成仏させ、そして再び命の輪廻に戻す義務のことを。幽霊に干渉できない人間に代わって、彼らの話を聞かなければならないことを。
「思い出したようだな。さあ、迷える魂はすぐそこにいる。」
私は集めた星のオーラをいったん師に預け、滝の横で立ち尽くしている男性のもとへ向かう。
「だ、誰も俺のことを気付いてくれないんだ…どうしてなんだよぉ…どうして」
「こんばんは。顔を合わせるのは、はじめてになりますね。」
「っ!俺のことが見えるのか!?気づいて…くれるの…か…」
大柄な男は、今にも泣きだしてしまいそうな雰囲気ですすり泣いていた。どうして自分に気づいてくれないのか。母さえも、友人でさえも、目の前にいる自分を無視するんだと。
死したものにはよくあることだ。自分が死んだことに気づくことができず、或いは死んだ事実を受け入れることができず、この世にとどまり続けてしまうということが。
男は、私の姿を認めると息をのんだ。半透明に透け、光輪を持ち、人では持ちえることのない翼を背に負う私の姿を見て、そして静かに、つ、と涙を流した。
「天使様…なのか…」
うなづかないわけにはいかない。次いで彼の口からこぼれる悲しそうな言葉。
「迎えに来たって、こと、なんだよな…?」
再び首を縦に振る。
「あなたを、この世のしがらみから放つために参りました。マミ、と申します。」
「…」
口を開きかけた男が、私に一歩近づいてから涙を拭いた。星空を見上げて、それからまた、私の方を見る。
「なんとなく、気づいちゃいたんだ。もう俺がこの世にいないのかもとはさ。それでもやっぱり、受け入れたくなかったんだろうなぁ…」
彼の口元がほんの少し上がる。にこりと微笑んだ様子の男が青白い手で私の頭をポンポンとなでる。
「ありがとよ、最後に、こんなかわいい天使様がお迎えに来てくれて、俺は満足だ。」
「ありがとうございます。それでは。」
私はぺこりと礼をするように頭を下げ、天使界で習った詠唱を紡いだ。ぎこちないかもしれないが、これが私にできる精一杯の手向けだ。この地上で、懸命に生きた儚く脆い人間への。
「あなたの魂に、星々の祝福があらんことを。」
男の体は詠唱が進むにつれて徐々に透明さを増していく。手や足といった末端の部分が、背景に溶けると同時に暖かな緑色の光となって消えていく。光は私をも包むように数を増す。緑、深い青、新緑色、若葉色。様々な色に変わりながら次第に空へ舞い上がり、ついに男の顔までもが新しい命を告げる光に溶けていく。輝きは時間とともに薄れ、やがて男はそこからいなくなった。世界を惜しむように、かすかに残った光がふよふよとあたりを舞う。
―ありがとう、俺を見つけてくれて。
最後に彼がそう言った気がした。
誤字修正ありがとうございました 訂正させていただきました2020/5/21