ウォルロ村1
「マミさーん、マミさーん、起きてますかー?」
階段を小気味よく登ってくる音とともに、早朝にも関わらず快活な声が響く。声の主は清潔なオレンジ色のバンダナに青色の短い髪をまとめ、水色のエプロンに身を包んでいる。
「今し方起きたばかりです。お早うございます、リッカさん。」
リッカと呼ばれた少女が見慣れない服装をした少女と目を合わせて、にこりと笑う。
「おはよう、マミさん。起きてすぐで悪いけど、水汲んできてもらってもいいかな?」
声をかけられた少女がはい、と返事をする。リッカが部屋を出てから数分もたたないうちに水くみ用の桶をもって二階建ての家を後にする。
巷で名水とされ、病を治すとも噂される水はこの家の目の前を流れる滝が原水だ。村の人々の常水はこの水であり、至る所から水をくむことが可能である。
少女はほんの少しぎこちない手つきで、家の裏の滝つぼへ桶を入れる。柔らかな風が少女の頬を撫で、さわさわと茶色に照る髪の毛を揺らす。そのままふらりと引き付けられるように村の端にある守護天使像の前に立ち尽くす。像の下部には確かに、”ウォルロ村の守護天使マミ”と記されていた。
「……。やはりウォルロ村で間違いないようですね。」
マミが呟いた。
話は数日ほど前に遡る。
雷が天使界を貫き、マミが宙に放られ、自らの意識を手放した後のこと。
彼女が次に目を覚ましたのはふかふかに手入れされたベッドの中だった。
ここはどこだと、からだを動かそうとするも、全身に激しい痛みが走り指先一つも動かすことはできない。
「目を覚ましましたか!!」
そのまま呆けていると声をかけられた。羽はない。光輪もない。つまりただの人間にだ。
リッカと名乗る少女。窓から見えるのどかな風景。絶えず流れ落ちてくる滝の音に、マミはどこか理由もない既視感を覚える。
「この前の大地震のあと、滝に落ちてきたんですよ……」
今まで経験したことのない事態に、彼女の言葉は途中からマミの耳には入っていなかった。
(なぜ、私が見えているのですか…)
目の前の人間は明らかに自分に話しかけている。言葉も通じると思っているようだし、そして何より私が見えている。
なぜか。彼女が特別な人間だとでもいうのか?それとも私が変なのか?
会話を返そうとしても、ひどい痛みに耐えきれず、マミがなぜリッカにマミの姿が見えていたのかが聞くことができたのはマミが元気になって自由に動けるようになってからだった。
マミの思考が眼前に立つ天使像へと戻る。
桶の中にたまった水を覗き込むと、水面に映る彼女に元あったはずの光輪や翼はなく、どこからどう見ても人間のようになってしまっていたのだった。
マミは汲んだ水をリッカに渡すと、いつものように朝食をとると再び天使像の前で物思いにふけっていた。
寝込んでいた時間が長すぎたため、天使界が襲われてから正確にどのくらいの時間が経ったのかがわからない。他の天使達は無事なのだろうか。師匠がこの村を訪れた形跡がないことも心配だ。師匠に限って死ぬなんてことはないだろうが、これほど長い間他の天使と接触せず生きたことなどなかったためどうしても不安に駆られてしまう。
加えて、自分が天使でなくなってしまったのかもしれないという恐怖が常につきまとっていた。
(まずはこの村を出ないことには)
「あ?そこにいるのはニセ天使のマミじゃねぇか?」
「ほんとっすねニードさん、またあそこで像見てますよ」
ここにいても始まらない。そこまで考えてからマミは踵を返して後ろで自分のことを話している二人組へ体を向ける。