かつて呼ばれていた名は   作:なめこしいたけ

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ウォルロ村3

 

大地震の後だと言うのに、この村の人々はたくましい。倒壊した教会の鐘を力を合わせて治す算段を立てていたり、壊れた屋根を周囲の人で協力し補強していたりする。

 

この村で世話になるからには、とマミも手伝いを申し出るものの、やはり正体不明のよそ者という評価が先に来るのだろうか。手出しさせてもらえるものはそう多くない。

 

「…さて、どうしましょうか。」

 

いつまでもこの村にとどまっているわけにもいかなかった。この村の守護天使としての任を果たさなければならないのはもとより、一刻も早く天使界、ひいては自分に起きた事態を把握したい。そのためにも大きな街や、天使界につながるような何かを探したい。

 

マミはいつものようにリッカに頼まれた朝の水汲みを行っていた。

 

「………………。ニードさん。それで、バレていないとでもお思いですか。」

 

「ぎくっ。」

 

後ろの茂みで、素人芸と行っても差し支えない尾行者の息遣いが聞こえた。マミが茂みに向かって声をかけると、影からニードが葉を散らしながら現れた。

 

「よ、よう。元気だな、今日も。」

 

「ええ。そちらもご健勝のようで何よりです。このような朝早い時間帯にどうしたんです?リッカさんに御用なら…」

 

「いうなよ!リッカには内緒なんだ!あいつが絡むと厄介なことになる!」

 

「は?」

 

マミは意図がつかめなかった。村の少年からニードがマミに声をかけるときは十中八九リッカ絡みだと伝えられていた故の返答だったというのに、彼はどうしたのだろうか。

 

そのままマミが口を開けて呆けていると、ニードが近くに寄って小声で呟いた。

 

「今日、水汲みが終わったらでいい。リッカには内緒で、外に出る準備をして村の入り口に来い。…絶対だからな!」

 

返事をする間もなく、彼は走り去る。

 

入れ替わるようにしてマミの耳にはリッカの足音が届いた。

 

「マミさん!遅いから、心配して見に来ちゃった。こんな時間だからニードも起きてないだろうけど、何かあった?大丈夫?」

 

マミは先程のニードの内緒にしてくれと言った剣幕を思い出し、リッカに対しては何もないですよ、と答える。少し物思いにふけってしまっただけです、とも。

 

村の外に出る、とはつまり魔物が出る道を進むつもりなのだろう。そのための準備となるとこちらも手ぶらで行くわけにはいかない。天使界から落ちて来たときに剣は無くしてしまったが、薬草などが入った袋はリッカが見つけてマミに届けてくれたはずだ。

他に魔物と戦うために必要なものはなかっただろうか。

 

そもそも彼は戦えるのだろうか。マミが見ていた限りではそのような訓練を積んでいる様子はなかったが、目の届かないところで何かをしていたのかもしれない。マミはニードが走り去っていった方向を見る。

 

あれほど自堕落な彼が、わざわざ早起きしてまで自分に声をかけて来たのだ。何か理由があるのだろう。マミは思考を巡らせながら、リッカの後を追い、早速準備を始めることにした。

 

 

 

「お、来たな。マミ。」

 

「ま、待ち合わせって、マミのことだったんすか⁉︎ニードさん、俺はてっきりリッカさんとデー………」

 

「お前は黙ってろよ!」

 

「あの…」

 

2人の言い合いになってしまったところにマミが割って入る。ニードがそうだそうだと気づき、わかってる、というようにマミに目配せをした。話し合っていた青年の胸ぐらを掴んだまま悪そうな顔で耳打ちをする。

 

「ほら、俺らは外に行くんだよ。通せ。」

 

青年は驚いた顔で抵抗しようとするも、ニードが借りがあったよな?と言うと諦めてため息をつき、マミとニードに向き直る。

 

「何も見てないっすからね。俺は。ニードさん、これで借りは返したことにしてくださいよ。」

 

「わーかってるって、ほら、ここじゃなんだし、歩きながら話してやるよ。ついて来い、マミ!」

 

 

 

「で、なぜ急に早起きを?」

 

「おう、それはだな…って、聞くところがちげぇだろ⁉︎た、確かに俺は早起きなんか滅多に…いや、あんまししねぇけどさ!」

 

こほん、とニードが咳払いをする。なぜ怒られたのかあまり理解していなさそうなマミに、手に持つ太いヒノキの棒をさし向けた。

 

「俺らが、外に出た理由だよ。」

 

2人は土で舗装された道を歩いていた。道が続く先にあるのは隣の地方へと繋がる峠であり、大地震で途切れてさえいなければ、道を進んでいる限り迷うことはない。

 

「ここんとこ、村に人がこねえんだ。」

 

彼が歩きながら語る。

 

曰く、大地震以来、村に他地方の人が訪れないという。人が来なければ客商売で成り立ち、滝の名水を観光土産と売り出し、さまざまな生活用品を商売で賄うウォルロ村の人々が生きていく術は失われる。

そういえば、とマミも思い当たる。

 

「リッカさんも宿に人が来ないと嘆いていました。」

 

「そう!そうなん……………」

 

ぱっと顔を輝かせてニードが口を開くが、すぐに気恥ずかしそうに居住まいをただし、あらぬ方向を向いてしまった。

 

「ま、まあ、リッカのためってわけじゃねえけどな!親父がなんかしろしろってうるせえから、峠を見に行ってやろうってことさ。」

 

なるほど、とマミが相槌を打つ。世話になっているリッカが困っている要因を見に行くのは悪いことではないし、土砂崩れの起きやすそうな峠の様子を見にいくのも妥当な判断だ。

そして何より、村の外の様子を見ることができる。

 

「いいでしょう。ついていきます。」

 

ところで、とマミが立ち止まり、目の前に差し向けられたヒノキの棒を指さす。

 

「あなたが持っている武器というのはこれだけですか?」

 

「ん?ああ勿論!この辺じゃスライムくらいしかでねぇし、大丈夫だろ!」

 

「……いい気なものですね。後ろをご覧ください。」

 

「ん?」

 

魔物が増えていると言ったのは自分であろうに。そもそも、この辺にスライム以外の魔物を寄せ付けないようにしていたのは他でもない、マミだ。

半ば呆れつつも、彼女はニードが後ろを振り向くよりも早く剣を抜き、背後に迫る魔物へ駆ける。

 

ズッキーニ型の魔物はマミが横一文字に振るった剣に上下に分かたれるやいなや、笑っているような口元を引きつらせる。それはすぐに光粒となり、魔物は空気に溶けていった。

 

「な、マ、…」

 

マミがニードの方を振り返ることなく、剣を見る。ウォルロ村にはないかと思っていたが、店を覗いたら発見した、先ほど調達してきたばかりの銅製の剣である。切れ味がいいとは言えないものの、ここらの魔物を倒すには十分だった。彼女が長い間愛用していた天使界の剣に比べれば少し重く感じるが、しっかりと手に馴染み、使い心地も悪くはない。

 

「守護天使である私がここにいる今、村周辺を守るものはいません。あなたが仰ったように、最近の魔物は活発化しているということも間違ってはいないでしょう。」

 

守らなければ。私が人間を。守護天使として、今もできることを、この手で。

 

マミが剣を鞘に納め、ゆっくりとニードの方を振り返る。

 

「絶対に私の後ろから出ないでくださいね。」

 

マミが剣を鞘に納めると同時に、ニードはゴクリと唾を飲み、こくこくと激しく頷いた。

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