テスラ・ライヒ研究所
北米・コロラドに設立された世界最高峰の頭脳と設備が揃った研究機関であり、日夜文字通りに寝る間も惜しんで科学の発展に身を捧げた人々が奔走していた。
敷地内の実践訓練区画の一つでも、試行錯誤の一旦が行われており。1機のPTが平原を駆けていた。
RTX-010-04R――レオーネと名付けられた機体であり、PTとしては過剰な大出力によって、重力下をものともせず軽快に地表をホバリング走行しているのであった。
そのレオーネに乗るイサム・トウゴウは、アラートが鳴るのと同時に、
『見っけ』
ミサイルの軌道を追いながら索敵すると、こちらに向かって上空を飛ぶ、赤と白でそれぞれ統一したカラーリングされた戦闘機をモニターに捉えた。
どちらも同一の機体だが、従来のものとは異なる独特な形状をしており、何よりその速度はこれまでの常識を過去のものへと投げ捨てんばかりの数値を叩き出していたのだった。
瞬く間に距離を詰めてきた敵機は挟み込むように分散すると、前後から機体の先端に内蔵されたレールガンと、胴体部から放たれたミサイルで攻撃してくる。
回避行動を取りながら、避けられないものは手にしている日本刀型のブレードで斬り払っていくレオーネ。
その間に、溜め込むようにブースタの出力を上げていき、弾幕の切れ目を見切ると、エネルギーを開放し赤色の機体へと加速していく。
『!』
残像すら見える速度で突進していくるレオーネに、赤色の戦闘機のパイロットが一瞬息を呑むが、すぐにレバーやペダルを操作し、
『01間合いに入らせないで!』
『わかっている!――相変わらず、あの打ち込みは心臓に悪いなっ』
オペレーターからの指示に、赤色のパイロットの女性がが緊迫した趣で応える。
『さすがテスラドライブ2個積み。蝶のように舞うね』
一定の距離を保ちながら、削り取るような攻撃に専念していくるスパーリング相手に、どうするか思案していると、背後に白色の機体が回り込んでくる。
『うしっ』
策を纏めると、機体を逃げるように加速させるイサム。それを好機と見た白色の機体は、その後を追いかける。
『待て04追うな!』
『え?』
何かに気づいた赤色のパイロットが静止の声をかけるが、白色のパイロットが反応するより前に、イサムが仕掛ける。
ブレードを地面に突き刺し、強引にブレーキをかけると、反応が遅れた白色の機体が通り過ぎる形で前後が入れ替わる。
『嘘っ!?』
白色のパイロットが、ペダルを限界まで踏み込んで逃げようと加速するも、追撃するレオーネとの距離は離れるどころか縮んでいくだけであった。
『直線レースだけなら負けんですよ』
下段に構えたブレードの柄が展開すると、放出された液体金属が刀身を覆っていき、10メートルだった刃が50メートル級の両刃の大剣に変形し。フルブーストで追い込みをかけると、横薙ぎに振るわれる。
『避けられないッ!』
機体を傾けながら、懸命に回避しようとするも、無常にも刃は届こうと――する寸前で、レオーネが動きを止めて寸止めされるのだった。
『そこまで。演習終了――各機帰投せよ』
通信機越しに、オペレーターからの通達が流れる中。白色の機体のパイロットである女性は、無意識に呼吸止めていたことで肺に溜まっていた空気をゆっくりと吐き出す。
『し、死ぬかと思ったぁ…』
白色の機体のパイロット――アイビス・ダグラスは、ヘルメットを外し手で額の汗を拭う。
演習であることを忘れ、咄嗟に死さえ覚悟してしまう程に、模擬線相手であるイサムの気迫に呑まれてしまっていたのだった。
それは単純に言えば、彼女の実践経験が乏しい故のものでもあるが。例え場数を踏んでいる正規の軍人であっても、多少の違いはあれど、彼女と同じような感想を抱くことになるくらいには、先の一撃は気迫が込められていたので、無理もないことではあるが。
『大丈夫ですかアイビスさん?』
思わず呆けていると、その様子に気づいたのかイサムから通信が入る。
『うん、大丈夫。ちょっと演習だってこと忘れちゃってただけだから』
『ああ、すいません。加減したと思ったんですけど…』
『あ、イサムが悪いんじゃかくて、あたしが未熟なのが悪いんだから、気にしなくていいって』
申し訳なさそうな顔をで詫びてくるイサムに、アイビスは慌ててフォローしていると、僚機から通信が入る。
『何をしている04、エレーブ2。帰投命令が出ているんだぞ』
早くしろと急かす声にそれぞれ応えると、イサムもアイビスも格納庫へ向けて機体を操作するのだった。
テスラ・ライヒ研究所 格納庫
機体をハンガーに固定すると、ハッチを開放しコックピットから出るイサム。整備員と機体の状態を確認していると、所長であるジョナサン・カザハラが声をかける。
「どうだいイサム。新しくなったレオーネは?」
「いい感じですよ。新しいジェネレータも調子いいですし、リューネさんから教えてもらったコックピットも快適で」
そういって体を軽く動かすイサム。今の彼はこれまでの連邦軍のパイロットスーツでなく、柔軟性を重視した素材で構成された、特撮ヒーローもののような独特な形状のスーツを身に纏っていたのだった。
半年前のL5戦役末期に行われた、エアロゲイターの拠点であるホワイトスター攻略作戦『オペレーションSRW』で大破したレオーネに、修復と同時に改修が行われ。その一環としてコックピット周りは、パイロットの動きがダイレクトに反映されるヴァルシオーネのシステムを、パイロットであるリューネ・ゾルダークから提供してもらったものに換装されたのだ。
「では、新型のシシオウブレードはどうかの?」
続いてジョナサンと共に、演習をモニタリングしていた養父のリシュウ・トウゴウが声をかける。
「前よりも間合いを気にしないで振れてメッチャ便利!」
「そうか、そうか。それは何よりよの」
凄い!凄い!と飛び跳ねんばかりに褒めてくれる息子に、満足気に頷くリシュウ。
唯一の兵装であるシシオウブレード改は、その巨大さ故に取り回しに難を抱えており。それを改善すべく、通常の型と同様の形状の刀身の日本刀形態と、SRX計画で用いられているゾル・オリハルコニウム制の液体金属で刀身を補強することで、巨大化させる大剣形態とにわけられる新型である弐式の開発も行われたのである。
「新型の
そういうと、どこか安堵したように生まれ変わったレオーネ――弐式を見上げるジョナサン。
最大の改修点として、ジェネレータをプラズマ・リアクターから『ブラックホールエンジン・ネオ』へと換装したことである。
かつて初期型のヒュッケバインにてテストされた際に、暴走事故を起こし基地を壊滅させてしまったことから。軍より開発凍結の処分を下されたが、マオ社によって問題点の改善案が出されたことで開発が再開され、更なる出力の向上が図られた新型がレオーネに試験導入されたのであった。
そのような経緯があるので、ジョナサンとしては一抹の不安があったが、幾度かの運用を重ねた結果、安全性に問題がないとの確信が得られたのである。
「(もっとも、あの事故は本当に
以前に事故の原因分析に関する資料を見た際に、記されていた欠陥にジョナサンは強い違和感を感じたのである。
ブラックホールエンジンの開発には、PTの生みの親の一人であるカーク・ハミル始めとした指折りの技術者が参加しており、彼らなら見つけることも不可能ではない――いや、気づくことができたであろう欠陥であり、意図的な隠蔽が行われた可能性も示唆されたのである。
そして、開発にエアロゲイターのスパイであるイングラム・プリスケンも参加していたことが、この可能性に現実味を与えていたのだった。
「――これ以上私と04での連携戦闘訓練は無駄だッ!」
不意に格納所内に言い争う声が響き渡り、皆の視線を集めた。
その中心には、先にイサムと演習を行っていた2機の戦闘機『カリオン』の内、赤色に塗装された機体のパイロットスレイ・プレスティがおり、上司であるツグミ・タカクラと同僚であるアイビスとで揉めている様子であった。
「スレイ、あなたとアイビスのコンビネーション訓練は、後々のために必要なのよ」
「あたしが未熟なのはわかってるよ。だから努力して…」
「成果の見えない努力に価値などない。今優先すべきことはこのカリオンを恒星間航行機ではなく、兵器として仕上げることだ、違うか?」
「それは…」
的を得たスレイの言葉に、ツグミらは反論できずにいた。
彼女らが所属する『プロジェクトTD』は、元々DC傘下の研究機関として活動しており、宇宙開発における恒星間航行機開発を行っているのである。だが、DC戦争によってプロジェクトの置かれる環境は激変してしまう――
「我々のスポンサーであるイスルギ重工の意向に従い結果を出さなければ、我々のプロジェクトTDは継続できないのだぞ」
DC戦争での敗戦で組織が壊滅後、行き場を失ったプロジェクトはDCと深い繋がりのあったイスルギの仲介を経て、連邦軍の管轄下で研究を続けることとなったのである。
無論、イスルギとしてはただの善意ではなく。高性能なテスラ・ドライブを開発している本プロジェクトの技術が、自社製品であるリオンシリーズの開発に役立つと判断したという思惑があったからだが…。
「元々DCに所属していた我々が開発計画を消滅させないためには、他に選択肢はない。『流星』ふぜいにこのプロジェクトは務まらん。ナンバー01の私1人で――」
語気を荒くして話すスレイの話を遮るように、眼前に水分補給用のドリンクの入ったボトルが不意に現れた。
『ガ~ウ~』
そして、足元から機械的な音声が流されるので視線を下げると――そこには機械の体をした
それは尻尾を模した部位でボトルを巻き付けて持ち上げており、それをどうぞ、といった様子でスレイに差し出すと、あ、ありがとうと、彼女は慣れない様子だが素直に受け取る。
「『レオ』?」
ツグミが機械仕掛けのライオンをそう呼ぶと、レオは嬉しそうにガウ!と耳を模したパーツをピコピコと動かして反応を示した。
彼?はボトルが収められたクーラーボックスを背負っており、新たにボトルを尻尾で取り出すと、アイビスにも差し出す。
「ありがとうレオ」
『ガウ♪』
アイビスがお礼にと頭を撫でると、レオは嬉しそうに尻尾を振る。それと同時に喧嘩しないで、と訴えるように悲しげに唸りながら彼女らを見回す。
そんな光景を見ていたスレイは、毒気を抜かれたように額を手で軽く抑えると踵を返す。
「――ともかく、今後の訓練は私1人で十分だ」
一方的に言い放つと、スレイは足早に格納を去ってしまうのだった。
残された2人は、その背を複雑そうな顔で見送ることしかできないでおり。そんな彼女らを見てレオが悲しげに鳴くのだった。
「やれやれ。可愛い子ちゃん同士でじゃれつくのは好きだが、ああも刺々しいとねぇ…」
「すみませんカザハラ所長。ウチの妹がご迷惑をおかけしています」
一連の流れを見ていたジョナサンが、困ったように頭を掻いていると、眼鏡をかけた1人の青年が申し訳なさそうに声をかける。
「いやかまわないよフィリオ。君達の置かれた立場を考えれば仕方のないことさ」
ジョナサンがおおらかに答えると、青年――フィリオ・プレスティが、ありがとうございます、と頭を下げる。
彼はプロジェクトTDの責任者であり、スレイの兄でもあるのだ。
そして、DCに身を置く前はテスラ研に所蔵しており、その縁もあり、ジョナサンは再び彼とその研究を受け入れたのである。
「そう言っていただけると助かります。――スレイも本当はプロジェクトTDの兵器利用には納得してはいないのですけど…」
「兄である君の夢を潰えさせたくはない、だから無理をしている面もあるのだろうね。いい子じゃないか」
「ええ、自慢の妹です」
誇らしげに語りながら、フィリオはそれでもと言葉を続ける。
「できれば仲間と打ち解けてほしいとも思うのですが…」
「魚心あれば水心――。友を信ずる心を持ち続ければ、いずれあの子にも届くであろうよ。彼女らはまだ若い、焦らず一歩を一歩を大事にすべき時よ」
「ありがとうございますリシュウ先生。皆にも伝えさせていただきますね。それと、イサム君も訓練に協力してくれてありがとう。君の前に進み続けようと研鑽する姿勢は、スレイやアイビスの良い刺激になっているよ」
「うっす!ここにいる間はいつでも手伝うんで言って下さい!」
「ありがとう、そうさせてもらうよ」
それでは皆さんこれで、と告げるとフィリオはツグミらをフォローしに向かう。
それと入れ替わるように、レオがイサムの元にやって来るとボトルを差し出してくれる。
『ガウ』
「ありがとうレオ」
『~~♪』
ボトルを受け取ったイサムが屈んで撫で回すと、嬉しそうにブンブンと尻尾を振り回すレオ。
「AIの学習もだいぶ進んだね。喧嘩の仲裁までできるとはいい傾向だ」
『ガウ!』
先のやり取りで人に寄り添った姿をジョナサンが褒めると、レオはえへん、と胸を張るような姿勢を見せる。
このレオはレオーネの支援機として開発中の機体の制御AIであり。現状のレオーネでは新型のブラックホールエンジンを完全には制御できず、外部装置の追加が必要になったためである。
そして、戦闘用のボディはまだ完成していないも、AIには高度な学習機能を与えられており、様々なことを学習させるべくAI部だけ先に稼働させているのである。
「っと失礼」
不意にジョナサンの通信機に着信音が鳴り、イサムらに断りを入れると通話に出る。
「イサム?ああ、いるよ。――ん、そうか、わかったありがとう」
「どうかしました?」
『ガウ?』
自分の名前が出たことにキョトンと首を傾げるイサムと、それを真似るレオ。
それに対して、ジョナサンは深刻そうな趣で口を開いた。
「カイ少佐から君宛てに通信が入っているそうだ。――ケンについて、だそうだ」
「!」
その名が出ると同時に、張り詰めた空気に包まれるイサム。
来るべき時がきた――その思いと共に表情からは年相応な幼さは消え、戦士としての闘志を滾らせながら拳を握りしめるのであった。