テスラ・ライヒ研究所
指定された通信室に入ったイサムは、椅子にこしかけると端末を操作し回線を設定すると、モニターに彼の所属する新生教導隊隊長であるカイ・キタムラの顔が映し出された。
「お待たせしましたカイ少佐」
『いや、こちらも急に呼び出してすまんな。そちらはどうだ?機体に調整は順調だとは聞いているが…』
「はい、問題ないです。後は最後の調整を済ませるだけです。――それで少佐、ケンの奴のことですが…」
『ああ、まずはこれを見てくれ』
カイがそういって自身の端末を操作すると、ある映像が表示された。
『――何が起きている!?各機状況を…がッ!?』
『――動きが捉えられない、誰か援護を――うぁぁぁぁ!?』
『――バレリオン隊の反応が消えた!?クソがァ!』
陸専用リオンであるランドリオンのコックピットから撮られた映像であり、友軍からの悲痛な通信と切迫していく戦況が鮮明に映し出されていたのだった。
『来るな、来るなああああああ!』
映像の主が敵を捉えようと懸命に機体を動かすも、敵の影も形も捉えるもこともできず、ただ目まぐるしく動く風景が映るだけであった。
『ひっ!?』
背後からのアラートに慌てて機体を反転させると、目前まで迫っていた敵機が振るったブレードがコックピットを押しつぶし、破壊音と共に映像が途切れるのだった。
「――アリオール…」
僅かに映されただけだが、特徴的なまでに類を見ない形状は、間違いなく兄弟であり宿敵である男が乗る機体のものであった。
『伊豆のレイカー指令から送られてきたもので、中国で撮られたものだそうだ。――現地の部隊では対応できず、かなりの被害が出ているともな、それでお前の力を借りたいと要請があった』
「わかりました、行きます」
『…いいのか?』
即答するイサムに、気遣うように問うカイ。
DC戦争では敵対こそしたが、L5戦役ではエアロゲイターと共に戦ったこともあり、ケンと戦うことに躊躇いが生まれたのではないかと気にかけているのだ。
「はい。あいつも俺との戦いを望んでいるでしょうし、できればそれに応えてやりたいんです。それが兄としての責務でもありますから」
『(兄?)そうか、なら頼むぞ』
決意の宿ったイサムの目を見て、カイは彼に任せて問題はないと判断するのだった。
――お前の方が弟じゃなかったのか?という疑問は、何か面倒なことになりそうな予感がしたので触れないことにした。
『北米方面軍からシロガネが増援として派遣される。それに同行する形になる』
「シロガネってスペースノア級壱番艦の?」
『ああ、修復が終わって北米に回されたそうだ』
なるほど、と答えながら記憶にある白銀の船のことを思い出すイサム。
「(よくぶっ壊されてる印象しかない…)」
ハガネの兄弟艦だが、南極事件でDCに、L5戦役ではエアロゲイターに大破させられており、不遇な目にあっている思い出しかないのだった…。
『それとATXチームも同行するので、その指揮下に入ってもらうことになる』
「了解です」
『では、伝達は以上だ。…さて、お前にも息抜きくらいは必要だろう。ラトゥーニ、いいぞ』
カイが通信を切らず席を離れると、ありがとうございます、と話しながら、入れ替わるように同僚であるラトゥーニ・スゥボータの顔がモニターに映された。
現在教導隊が取り扱っている任務の気密性が高いこともあり、イサムがテスラ研に派遣されてから一月近く、連絡も取れずにいたのである。
『俺は行くが、長く話し過ぎるなよ』
『はい、カイ少佐』
「ありがとうございます少佐」
『気にするな、これも隊長の責務だ。ではな』
そういって席を外すカイ。どうやら、危険な任務に向かうイサムと、それを案じる恋人のために気を回してくれたらしい。
「久しぶり!そっちは変わりない?」
『うん。イサムも元気そうで良かった』
挨拶を済ませると、互いに近況について話し合う。とりとめないことから始まり、次第に仕事についての内容に話が広がっていく。
教導隊は現在、次世代機量産機開発のための試作の一環として、ATX計画で開発された機体のテストを伊豆基地の管轄区で行っており、ラトゥーニはそのパイロットを務めているのである。
「そっか、新型のテストは上手くいってるんだね」
『うん。今のところ予定通りだよ。でも…』
「相方の方はまだ時間かかる感じ?」
『…開発者の間で意見が割れたまま進展がないみたい』
ラトゥーニがテストしている機体は、ヴァイスリッターをベースに発展させたものであり、近接型との連携を前提としているのだが、肝心のアルトアイゼンをベースとした相方がATX計画の責任者であるマリオン・ラドムと、協力者であるカーク・ハミルとの間で仕様について揉め始めてしまい、大幅に遅延してしまっているのであった。
「まあ、俺が暇になってレオーネの調整に専念できたから、ケンの相手もできるしで、いいちゃ、いいんだけどさ」
『――そう、だね…』
ケンの名が出ると、ラトゥーニの顔から笑みが消えてしまい、それを隠そうと俯いてしまう。
「ラト?」
『ごめん、ちゃんと応援しようって決めてたのに…』
「ううん、俺こそ心配させてごめん。君こそ不安な筈なのに…」
『そうじゃない。そうじゃないの』
慌てて訂正するように首を横に振るラトゥーニに、ほえ?と首を傾げるイサム。
『あなたが負けることなんてないと信じている。でも、できればあの人と戦ってほしくもないの。だって『家族』同士で争うなんて、とても悲しいことだと思うから…』
「ラト…」
変なことを言ってごめんなさい、と謝ってくる恋人にそんなことないよ、となだめるように話すイサム。
「君の言っていることは何も間違ってないし、あいつのことを気にかけてくれてすごく嬉しい。だから、謝ることなんてないよ」
『…ありがとう。でも、ケンさんと最後まで向き合いたいっていうあなたの気持ちも大切なことだってわかってる。だから、頑張ってね』
「ありがとう。必ず君の元に帰ってくるから待っててね」
『うん、待ってる。気をつけてね』
テスラ・ライヒ研究所
通信室を出ると、入り口の傍でくつろいで待っていたレオがイサムに気づいて起き上がる。
『ガウ~♪』
すり寄ってくるレオを撫でてあげると、嬉しそうに鳴きながら尻尾を振っている。
そして、時間を確認すると、夕食の時刻をとなっているのだった。
「お待たせ。そろそろご飯の時間だから食堂に行こっか」
『ガウ!』
は~い!といった様子で、周囲をぐるぐると回るレオを連れて食堂に向かうことにするイサム。
食堂に着くと、まだまばらだが人が集まってきており、和気あいあいとし始めている中、券売機式で注文した料理を受け取ると席を探す。
ちなみにレオは、尻尾に内臓されているプラグをコンセントに差し込んで充電しながら、隅の方でうつらうつらとくつろいでいる。
「イサム君っ」
聞き覚えのある女性の声の方を向くと、戦友の一人であるクスハ・ミズハが軽く手を挙げて呼んでくれているのだった。
戦後、彼女も正式に軍に入隊し、今は北米方面軍所属のATXチームに身を置いているが。グルンガストタイプの新型『参式』のロールアウトを控え、T-LINKシステムの調整役として派遣されているのである。
彼女の対面にはアイビスの姿も見られ、彼女もイサムに挨拶するように手を振っていた。
「良かったら一緒に食べる?」
「いいんですか?」
「うん。今日の演習の意見も聞きたいし」
クスハの誘いにアイビスも賛同の意を示す。ならば、断る理由などないので失礼しますと、イサムはクスハの隣に腰掛ける。
「カイ少佐とのお話は終わったの?」
「ええ、ケンの奴がDC残党と一緒に暴れているそうなんで、手を貸してほしいってレイカー指令からの要請があったので、近いうちにここを離れることになりました」
「そうなの…。オペレーションSRWの後は、クロガネの人達と一緒に行方がわからなくなっていたと聞いていたけど、またDCに戻ったんだね」
「ま、あいつならそうするだろうなって思ってましたけど、かなりの負けず嫌いなんで」
「あの、ケンって特務隊の隊長のケン特務大尉のこと?」
話に置いて行かれてしまっていたアイビスが、遠慮がちにだが問いかける。
接点がない筈の彼女が、兄弟分のことを知っていることに思わず意外そうな顔をしながらも、イサムはそうっす、と応えるのだった。
「そういえばアイビスさんもDCにいたんでしたよね、あいつに会ったことあるんですか?」
「うん。ビアン総帥と一緒に何度かプロジェクトに顔を出してくれていたんだ。それで、手が空いていたら教官役をしてくれることもあったし」
恐れ多いといった様子で話すアイビスに、ほえ~、と目を点にしてしまうイサム。
「あいつそんなこともしてたんですか?」
「AMの開発にパイロットとして初期から関わっていたそうだからね、連邦でいう特殊戦技教導隊のような人でもあるし、DCにいた人なら誰もが一目置いていたと思うよ?」
「へ~、あの偏屈がねぇ~」
意外過ぎる事実に、目が点になったまま戻らなくなるイサム。
斜に構えて、大人ぶろうとするな性格のせいで、生意気だ!と良く上級生に喧嘩を売られていたので、一緒に買っては養父母によく怒られていた身としては、そのような敬われる存在になっていることに実感が余り湧かないのだ。
「あいつも立派になって兄として鼻が高いですわ」
「兄?」
「ああ、俺とあいつは血こそ繋がってないんですけど、兄弟同然に暮らしていたことがあったんですよ。年こそ同じですけど、俺の方が兄として世話を焼いていたんですよ」
「…何か逆な気も――「そういえば、イサム君1人で行くの?ラトゥーニさんは?」」
腕を組んでふふん、と得意げに鼻を鳴らすイサムに、思わずツッコミを入れてしまいそうになるアイビスを、クスハが彼女らしからぬ割込みで遮った。
――何故か、何故かはわからないが、凄く、物ぉ凄く面倒なことになりそうな予感がするので、触れるべきでないと念能力者としての直感が警鐘を鳴らしたからである。
「ラトは新型のテストがあるんで来れないんですよねぇ。クスハさんにもすぐに通達がくる筈ですけど、他のATXチームの人達も一緒っす」
「そうなんだ。あ、じゃあブリット君にドリンク作ってあげるって約束してたから、代わりに渡してもらえる?」
「お~いいっすね!ブリットさんも喜びますよ!」
「そうだといいいんだけど…。イサム君にも作ってあげるね」
その言葉にアイビスがえ?と仰天するような声を漏らす。
クスハ・ミズハ――彼女は極度の健康オタクであり、栄養ドリンクの自作を趣味としてるのである。
そして、それを知ったジョナサンが以前、キザッて味見役を買い、白目を剥いて泡を吹きながら地に伏すのを目撃したことがあったからである。
「わ~い!ありがとうございます~!」
命の心配をするアイビスを尻目に、イサムは目を輝かせて飛び跳ねんばかりに喜んでいるではないか。
イサム・トウゴウ――前の戦乱最中に味見役を務めて以降、好物にクスハ手製ドリンク――通称『クスハ汁』が加わっていたのであった…。