シロガネ 通路
海へと逃れた残党を追い海上へ出たシロガネ。その通路に設けられた休憩エリアの一角にて、イスルギ重工のテストパイロットラミア・ラヴレスは、椅子に1人腰かけていた。
「(『本隊』との通信は不可能。言語機能の不調も回復せず。今は当初の『命令』を遂行するしかないか…)」
今の身分と共に送られた使命を胸の内で反復すると同時に、湧き上がるものにどこか不安な趣を見せる。
ATXチームの面々と関わる中で、生まれてから感じたことのない感覚への戸惑い。兵士として最上級な技量を持ちながらも、不適切と評価されかねない言動を見せる彼らに強い疑念を感じるも、興味と呼ばれる感情が日を追うごとに強まっていた。
しかし、彼女自身、そんな感情への自覚はなく――いや、
『~~♪』
そんな彼女の耳に、ガションガションと機械的な音が届く。視界の端に映るのは、黒光りする光沢をもつ機械の獅子――レオであった。彼の尻尾にはモップが巻き付けられており、家事に励む主婦のように通路の隅々まで塵1つ残すまいと磨き上げていく。
「また手伝いか?」
『ガウ!』
傍を通りかける際に語り掛けると、うん!と頷くレオ。彼は暇があればこのように雑務を手伝っており、今ではマスコットのようにクルーらに可愛がられるようになっていた。
その行為を戦闘用に生み出されながらもその術を持ちえない彼なりに、人の役に立とうとしているのだろうとラミアは推察していた。
『ウー?』
「何、ただの考え事さ。――話を聞こうか?いや、大したことではない」
心配そうなレオの頭を撫でるラミア。そんな彼女の表情は、些細な違いと言える、ほんの僅かな笑みを浮かべており。よく接しているエクセレンにさえ見せたことのない、常に張り詰めた気配を漂わせる彼女には非常に珍しい光景であった。
だが、そんな和やかな空気を吹き飛ばすように、戦闘配置を告げるアラートが鳴り響くのであった――
伊豆半島沖・水鳥島
極東方面軍管轄の演習場が整備された小規模の島にて、教導隊とSRXチーム合同での新型機のテストが行われており。その日は新型機同士での模擬戦が行われ、リュウセイの乗るR-1の量産試作機『アルブレード』が、ラトゥーニの乗るATX計画で開発された『ビルドファルケン』に一本を取る形で幕を閉じる――と思われた矢先にDC残党による襲撃を受けていた。
『リュウセイ、無理はするな。お前のアルブレードもまだ調整中なんだからなっ」
カイの駆る
『大丈夫ですカイ少佐!こいつの本体はほぼ完成しています!』
降り注ぐ弾幕を回避しながら、両手にそれぞれ持ったG・リボルヴァーで反撃するも、難なく回避されてしまう。
『とはいえ…。テスラ・ドライブの搭載も終わってりゃ、もう少し上手く戦えたんだけどなッ』
悠々と飛び回る敵に対し、地を這いまわるしかない現状に歯噛みするリュウセイ。そんな彼をライの乗るM型ヒュッケバインMK-Ⅱが上空から援護する。
『ラトゥーニ少尉。ビルドファルケンの搭載が終わったら、ただちにレディバードを発進させろ!』
『でも…。ファルケンも戦力になります。実弾換装すれば…』
後方で機体を格納させているラトゥーニの意見に、カイが待ったをかける。
『駄目だ。ファルケンは先刻の模擬戦で推進機にダメージを負っただろう』
『それに、このアルブレードはともかく、そのビルドファルケンに何かあると、『ビルドビルガ―』の開発にも支障が出るだろ。それに、お前さん自身に何かあったら、イサムに合わせる顔がないからな――っと!』
気負わせないように、少しだけからかうように軽口を叩くリュウセイ。そんな彼の機体を敵の弾丸が掠め、カバーに入ったライに集中しろっ、と叱責されると悪い!と謝りながら反撃する。
『ユウ!あの2丁拳銃の奴も新型ぽいけど、あっちは放っておいていいの?』
『ああ、今回の目標はビルドファルケンだけだ。他は放っておいていいらしい』
一定の距離を保ちながら攻撃を加えてくる敵の陣容に違和感を覚えるカイ。
「(強襲で優勢な状況を作りながら強気に出てこんか…。こいつらは陽動、本命はファルケンか――)」
日陰が差すと同時に、真上からの敵機接近のアラートが鳴るよりも前に、カイがバックステップで回避行動を取ると、アリオールが降下しながら振り下ろしたシシオウブレードが空を斬るのであった。
『ッアリオールか!イサムには悪いが、戦場で合ったならば討たせてもらうっ!』
カウンターで放たれた膝蹴りを、アリオールは翼状のスラスターで受け流しながら、刺突を放つとその腕を裏拳で弾くカイ機。
『カイ・キタムラ少佐とお見受けする。お相手願おう!』
目にも止まらない刃の連撃を、カイは冷静に捌きながら僅かの間隙に徒手空拳の打撃を打ち込もうとする。
コックピットを狙った、砲弾のように放たれた拳を後ろに飛び退いて避け、着地と同時に加速して再度肉迫し刀を振るう。
「(機体性能で互角には打ち合える。――が、討ち取るのは至難…!これが初代教導隊か!)」
期待の性能のみでは勝敗を決定しえないと示さんばかりの相手の技量に、ケンは戦士として立場を超えた感銘を受けながらも、眼前の壁を超えるために、限界の更に先に行かんと己を奮起させる。
――そして、その熱量に応えるように振り上げられた刃が、相手が回避行動を取るよりも数舜早く、敵機の肩へ食い込み切断された装甲が宙を舞い地面へと落ちたのだった。
『!鋭さが増したか!まったく、イサムといい若いと成長が早いもんだ!』
一振りごとに動作が洗練されキレが増していくケン、素直に賞賛の念を抱きながら後退するも、カイはだが、と諭すように構える。
ケンは追撃することなく、片手のブレードに視線を向けると、半ばで亀裂が入っている刀身が映る。
先の交差で一撃を入れたのと同時に、刀身の側面に手刀を打ち込まれていたのである。本来なら腕部を落とせた軌道を逸らし、最低限の被害に収められたのだった。
『そう簡単に道を譲ってやるほど、老いてはいないんでな』
反応が遅れたにも関わらず、的確にカウンターを差し込まれたことに、ケンはそれでこそ討ち果たす価値があるのだと口元に笑みを浮かべるのであった。
『ああ、ラトちん…ラトちんはいずこに…。あ、でも出会ったら殺しあわねばならぬ定め…。なんということだ、これがロミオとジュリエットか…』
『…相変わらず意味のわからんことを…』
他の戦域での戦闘も苛烈さを増す中、ディバイソンの弾幕を避けながら、相手の異様なテンションにライは辟易しながらも、フォトン・ライフルで反撃するもフィールドに阻まれてしまう。
『!動体反応、後方…7時。伏兵かッ!』
戦域からやや外れた位置に捉えた新手を、ライが素早く補足するとライフルのトリガーが引かれる。
放たれた重力弾が、水面ギリギリを隠れるように飛んでいたアラドの乗るリオンに迫り、慌てて上昇すると紙一重の間合いで回避するのだった。
『うわッ、見つかった!』
『アラドッ、何やってんの!?』
『す、すいませんカーラさん…。追加したブースターのせいでバランスが取れなくて、海面と干渉しちゃったみたいで』
相方のゼオラと共に、敵基地に潜入し新型を奪取する役割を与えられていたが、精密な操縦が苦手なのか置いて行かれてしまったらしい。
『ゼオラは?』
『あいつは上手くやれたみたいッス』
『しょうがない。あんたも陽動に加わりな!』
『了解ッス』
『アルブレード必殺ッ。ブレード・トンファァァ!』
ガーリオンの1体に、加速上昇しながら両手にそれぞれ手にしたトンファー状のブレードで斬りつけると、左腕に増設された、リオンと同型のミサイルランチャーを盾にして防がれはするも、破壊には成功する。
『くッ』
『カルタチュラ4後退しろ、無理はしなくていい』
アルブレードに、ロングライフルで射撃しながた僚機を援護するユウキに、後方の電子戦機から通信が入る。
『隊長、南から接近してくる敵影があります。おそらくシロガネで――』
電子戦用装備のリオンが、ヴァイスリッターからの狙撃で撃ち貫かれて爆散していき、途切れた通信に歯噛みするユウキ。
『タイムアウトか…。これ以上は…』
背後から迫ってくるATXチームの機影に、思わず舌打ちしてしまうユウキ。このままでは退路を断たれ孤立してしまう――。目的は達せられていないが、もう引き時であると判断するのだった。
『シロガネ、動きが早いな』
想定よりも早い敵の来援に、情報通りシロガネの艦長は優秀らしい、と賞賛しながらも、カイ機からの攻撃を捌きながら撤退の算段を始めるケン。
『オォらぁ!!』
持ち前の加速力で瞬時に飛び込んで来たレオーネが、大剣形態のシシオウブレード改弐式を上段から振り下ろす。
『チィッ!』
両手のブレードを交差させ受け止めると同時に、機体を横に回転させて亀裂が入っていたブレードが耐えられず折れていくものの、斬撃を逸らすことには成功する――が、大きく体制を崩された所へ、カイ機による追撃が入った。
『ぬぅん!』
コックピット狙いの突き出された手刀へ上体を逸らすが、片翼のスラスターを貫かれ、爆発する前にパージするアリオール。
『ここで覚悟してもらうぜケ――『させるかいィ!!』ぬぁぁ!?』
アリオールを囲むように降り注いだディバイソンのミサイルに、カイ機ともども爆炎で引き剥されるレオーネ。
『エール!シュバイツァー曹長らは!』
『ゼオゼオが潜り込んだみたいだけど、連絡が取れ――おん?』
ビルドファルケンが収容されたレディバードから爆発が起き、その中からファルケンが機外へと動き出していた。
『カルタチュラ7、目標を奪取。機体推進システムに不具合。フォローを要請します』
『成功したかゼオラ!カーラ来い!俺達2機でファルケンを牽引する!』
どこか機械的な、まるで感情を失くしたかのような口調のゼオラだが、ユウキらはそのことを気にする余裕はなかった。
離脱へ入る残党の内、数機がミサイルを展開する。
『カルタチュラ3、5『目くらまし』用意!全機ASRS展開後、ブースト・ドライブ、離脱しろ!』
アラドも撤退に備えようとすると、ユウキら目掛けレオーネが迫っているのを目撃し、咄嗟にブーストを起動させるとそのままレオーネへと
『させるかぁぁぁ!』
『!ふげぇぇぇ!?』
予想外の事態に回避が遅れたレオーネに、アラド機が体当たりを決めると、取っ組み合いの押し合いが始まる。
『アラド!?』
『ちょ!?無茶だって!!』
『大丈夫です!ここは俺に任せて、ゼオラを頼んます――うわわわわ!?』
ブースターの加速で一時だけ拮抗していたが、ただのリオンでしかないアラド機の方が自力の差でみるみると押し込まれてしまう。
『こんのぉ!!』
左腕をミサイルランチャーごと相手に叩きつけると、それをマシンキャノンでロックするアラド。
『え、ちょ――!?』
『くらえェェェェ!!!』
放たれた弾丸がランチャーに吸い込まれると、内臓されたミサイルが誘爆を起こし、自機もろとも爆発に飲み込まれるのであった。
『んぎょおおおおお!?!?!?』
フィールドによって、衝撃でパイロットは激しく揺さぶられるだけで済むレオーネだが。アラド機は左の半身が抉られるように吹き飛ばされながら弾き飛ばされ、それをアリオールが受け止めるとそのまま離脱していく。
『おい、生きているか!?』
通信で呼び掛けるも反応はないも、バイタルは健在であり気を失っているだけらしい。
『――死んではいない、か』
あらゆるセオリーから外れた非常識極まる行動に呆れ果てながらも、取りあえずは安堵するケンなのであった。
『それじゃ、アデュー!!』
海に跳び込んで潜航して逃げていくディバイソン。他の残党機も次々と離脱していき、猛烈な加速力に瞬く間に戦域から消えてしまう。
『レーダーで、追えんか…』
置き土産の新型チャフらしきもので索敵を阻害されており、完全に撒かれたことを認めるとカイは警戒しながらも損害の確認も行う。
『イサム、大丈夫か?』
一番強烈なのを受けたイサムに呼び掛けるが、彼は応える余裕もない様子で破損したレディバードへ向かっており、その意味を理解しているので、カイは彼を止めることはしなかった。
「ラトッ!」
カメラ越しに格納庫を見回し、生体反応を捉えると即座にコックピットから出ると、差し出すように置いた機体の手の平伝いにハンガーへ跳び乗ると、倒れている人影へ駆け寄る。
「ラト?」
紫色の髪に、眼鏡をかけたパイロットスーツを着た少女――まごうことなく恋人のラトゥーニ・スゥボータであった。
ヘルメットを外した頭部から血を流しながら、横たわったまま何の反応のない彼女を認識した瞬間、イサムの絶叫が響き渡るのだった――