兄がボーダーの顔でありまして。 作:麺太郎
『家族が無事なら何の心配もないので、"最後まで"思いっきり戦えると思います』
テレビ画面の中でまだまだ育ち盛りの少年が真っ直ぐと前を向いてそう言い放つ。眼差しはブレず、年齢不相応にどこまでも落ち着いた瞳でマスコミへ答える姿に、画面内の誰もが唖然とした。
「…さいご、まで…」
その様子を画面の前で見ていた幼い子どもは、わなわなと唇を震わせる。未だ8歳ながら平均と比べて利発的な少年は画面の中の彼の言う『最後』というのが一体どういうことなのか分かってしまった。
画面内の少年の名を、嵐山准。幼い少年の名は、嵐山滉といった。滉は、歳の離れた准の弟であった。
ガチガチと歯が鳴るのを感じながらも滉は画面から目が離せない。この世の誰より尊敬し、憧れる大好きな兄の『最後』とはつまり、その命が尽きるまで戦うということである。まだまだ記憶に新しい近界民による大規模侵攻でその被害を目の当たりにした滉は、命が失われること、その重さをよく分かっていた。
無意識のうちに、目の前で近界民に喰われ殺されていった小学校の新しいクラスメイト達の姿と、画面内の兄の姿が重なる。いやだ、そんなの。准兄は強いんだ。誰より強くて、あの時だってぼくを守ってくれた。准兄はぼくのヒーローだ。最後までなんて言わないでよ、最後までぼくのヒーローでいてよ。
…でも、准兄はぼくだけじゃなくて、三門市のみんなのヒーローになるんだ。ぼくがいると、准兄はぼくを気にしてみんなを守りに行けないかもしれない。アニメでも、ヒーローは人質を取られると敵にやっつけられちゃうんだ。なら准兄がみんなを守っている間、ぼくや副兄、佐補姉、ママ達を守るのは?誰が守ってくれるの?
…いや。
「ぼくが守る」
准兄はヒーローだ。ぼくのヒーローで、みんなのヒーロー。でも、准兄のヒーローはいない。准兄が安心してみんなを守れるように、准兄を安心させることが出来るヒーローが必要だ。
なら、ぼくが准兄のヒーローになろう。ぼくがボーダーで強くなって、准兄のお仕事をすこしでもお手伝いできたらきっと、准兄は安全にみんなを守ることができる。そうしたら、准兄が『最後』まで戦う必要はないんだ。よくわからないけど、ぼくが近界民と戦えるようになれば、准兄は心置きなく戦える気がする。
そうと決まれば、そう言って少年はテレビの画面も消さずに家を飛び出した。
未だ近界民との戦争の爪痕が残る三門市。その瓦礫の山々を越え、滉はひた走る。
向かうは最近新しく建造されたボーダー本部、そのトップ。普通に考えれば8歳の少年が防衛機関に入隊出来る道理などどこにもないし、受付で門前払いされてもおかしくはない。そのことにも気付かず、幼な過ぎる少年は町の中においてどこにいても存在を主張する巨大な建造物へ向けて走り続けた。
「…えっ?」
どんな運命の悪戯か。少年がボーダー本部へ向かう途中、まさかボーダーのトップが乗った車に轢かれ、紆余曲折の後に秘密裏に入隊が認められることになろうとは…それから数年後にすべてが公になるまで誰もが予想だにしなかったのだ。
…………………………………
自動で開く扉の前で、1人の少年がノックを3つ鳴らし、声を上げた。
「城戸司令、アキラです」
「…入れ」
「失礼します」
入室の許可を貰った少年は速やかに足音一つ立てず部屋へ歩みを進める。足音を殺すことに慣れているようで、その動作になんら違和感は見受けられない。
「おお!彼がその、噂の諜報部員ですか」
「…まだまだ子供じゃないか」
「ずいぶんとまあ、奇抜な見た目だこと」
生真面目そうな男とメガネの男が言うように、部屋へ入ってきた少年の姿は諜報部員というわりに、いささか奇抜すぎる見た目が目を引いていた。
老人のように真っ白な髪に、墨でも零したような黒い瞳。少年とも少女ともとれる顔立ち。どこか浮世離れした少年の姿はまるで、絵の中から飛び出してきたかのように現実味がない。
「あれはトリオン体だ。本当の年齢や素性を特定されないためにあえて実際とはかけ離れた姿になってもらっている」
「ここまでトリオン体の見た目を作り変えるとは、技術科の苦労が浮かばれるわい」
「確かに一目ではボーダー隊員というより近界民に見えなくもないな」
「だが城戸、おそらくだが実際の姿と見た目の年齢は近いんだろう。こんな子供を諜報に採用するのは…」
「風間という例もある、そこまで過敏になるほどではない」
「その子がボーダーだとバレた暁にはそこかしこからつつかれるぞ。実用するというなら覚悟しておいたほうが良い」
「…城戸司令、僕は何で呼ばれたんですか」
本人を差し置いてわいのわいのと騒ぐ大人たちにしびれを切らし少年は口を開いた。微動だにしない表情筋ではあるが、その目には少しの呆れが浮かんでいる。
「アキラ、私がお前を秘密裏に入隊させてから2年が経ったか。これまでは試運転のため私個人の諜報部員として働いてもらっていた。しかし上層部全員がお前の存在を認知し利用することが出来れば、そのサイドエフェクトの運用方法にも幅が出るだろうと思い顔見せに来てもらった」
「つまり、僕は城戸司令お抱えのちょーほー部員ではなく、ボーダーのちょーほー部員になるということですか?」
「その通りだ。やれるな?」
「まあ、これまでとやること変わらないなら断る理由は別に無いですけど…」
アキラと呼ばれた少年は頭を掻いて肯定した。そこで、生真面目そうな男、忍田から質問が飛ぶ。
「君はサイドエフェクトを持っているのか」
「…城戸さん、」
「言っても構わん。もとよりそのためだ」
城戸の方を向いて確認した少年は頷き、忍田へ向き直った。
「…僕のサイドエフェクトは、『視界ジャック』です。他の人が見ているものを僕も見ることができます」
「なるほど、そうか。これまでどこからか湧いてきていたメディア側に都合の悪い情報は君が"見て"いたんだな」
営業部長の唐沢はこわいこわいと手を振りつつも、彼の能力を情報操作にどう利用出来るのか考え始めた。事実マスコミがボーダーにとって不利な情報を掴んだ際、そのもみ消しに大きく貢献したのは少年のサイドエフェクトである。相手にとって不利な情報を得ることに関して、このサイドエフェクトは有用であった。
「近界民の視界もジャックできるのであれば、防衛任務の際オペレーターとして現地に立てば防衛効率は圧倒的に上がるな」
メガネの男、林藤はあごひげを摩りながらつぶやいた。
「しかし、実地訓練は十分なのか?いたずらに放り出しても使い潰すことになるぞ」
「トリガーの扱いに関しては既に教えこんである。お前たちに頼みたいのは、その戦闘訓練に関してだ」
「なるほど、彼を諜報だけではなく戦場でも使えるようにしておきたいということか」
「そのへん、君はどう思ってるんだ?」
「え」
少年は話を5割も理解できていなかったため、忍田からの言葉に反応が遅れる。なんたってティーンになりたての小学生だ。自分が今どういう状況なのかすら分かっていなかった。
「君は市民を、命をかけて守れるのか?」
『市民を守れるのか』
「守る…」
その言葉を聞いた瞬間、少年の纏う空気が重く、そして鋭くなる。忍田にとっては幼い少年を止めるための牽制に過ぎないそれは、彼にとって最大級の禁句であった。
思い出すだけで殴り殺したいほどに腹が立つ、かつて兄に守られるだけだった非力な自分。兄に守られることを当たり前だと思っていた自分、そしてそう思っている市民達。
正義感の楔は、市民のためにきっと最後まで少年の兄を戦場につなぎとめるのだろう。その時兄を『守る』のは自分だ。
数拍をおいて少年は忍田の目をしっかりと見返した。その瞬間、忍田は思わず腰を浮かせかけた。
目があった瞬間、脊髄を撫であげられるような悪寒に襲われたのだ。
明確な『殺意』。彼が何に対してそこまで怒りを覚えているのかは分からないが、その瞳には確かに憎悪とも呼べる燃えるような怒りがあった。爛々と光る眼差しに、問いかけた忍田は勿論、周りの人間はみな気圧されてしまう。
「…それこそ、『最後まで』。僕は"誰とでも"戦える。」
いざとなれば市民やボーダーと戦うこともやぶさかではない。少年は言外にそう言っていた。
「そ、うか…それは、たのもしいな」
幼さに似つかわしくない苛烈さを目の当たりにした唐沢が言葉を絞り出すと、それに目を向けた少年の目から、最初から無かったかのように殺意がかき消える。儚げな見た目よりも激情型なようだ。これはまた扱いが難しいものを飼ってくれたなと、根付は頭を抱えた。
「それで、僕が戦えるようになるにはどうしたらいいんですか、城戸司令」
「…お前はトリガーの中ではどれが手に馴染んでいる?」
「スコーピオンが一番使いやすいとは思います」
「では、私の方からは風間を指導に出そう。お前と体格も近いから学ぶことは多いはずだ」
「遠距離適正も見ておきたいな。東に頼んでみるか」
「じゃあうちからは迅を出そうかな」
「「はァ!?」」
林藤の何気ない一言に、鬼怒田と根付が声を上げた。少年はその名を聞いて一瞬硬直したが、すぐに気を取り直した。迅とはボーダー入隊以来の付き合いでありもう一人の兄のような存在であったからだ。迅自身も少年の素性をサイドエフェクト込みで城戸司令に言い含められており、率先して面倒を見るようにしていた。
「あいつは今黒トリガーの使い手だ。指導には向かないと思うが?」
「おいおい、スコーピオンを開発したのは迅だろ。弧月の扱いにも長けてるし、近接戦闘において不足ということはない。ただノーマルトリガーを使えばいいだけの話だ。それに、」
林藤はちらと少年の顔を見る。彼はこの状況でもなお憮然とした態度を貫いていた。震え一つ起こしていないのが見て取れる。
あれは、深い絶望を知っている目だ。
「彼には大規模侵攻を最前線で経験した男の指導が必要だと思うけどな」
トリオン体の設定により表情筋が殺されていることが、相手に多大な誤解を与えているとは誰も知らない。それこそ、設定を命じた城戸司令でさえも。
……………………………………………………
「よっアキラ、元気してたか?」
「悠兄」
「それは正隊員の制服だな。ようやく貰えたのか」
「まあね。それにしてもまさか悠兄が僕の先生になるなんて」
「ははは、迅先生と呼んでくれたまえ」
「調子いいなあ」
「…おい、説明しろ」
「何々、迅、知り合い?」
「俺の弟」
されるがままの無表情の少年をわっしわっしと撫でくりまわす男、自称実力派エリート迅悠一は朗らかに笑いながら答えた。
「はぁ!?お前兄弟いたのかよ!信じらんねえ」
「ずいぶんと年の差があるな」
「まあ嘘だからね」
「は?」
数秒の沈黙後、迅はアステロイドとスコーピオンで蜂の巣になるが自業自得である。
「ちょっとちょっと!俺がノーマルトリガーだったら緊急脱出してたところだよ!」
「生身で穴だらけにしてやろうか」
「ごめんなさい」
「悠兄…」
残念なものを見る目で弟分に見られ、実力派エリートはさらに心に傷を負った。
「悠兄は僕がボーダーに入ったときから良くしてくれてるんです」
「一緒にスコーピオンの開発もしたもんな」
復活してなでこなでことアキラの頭を好き放題にしていた迅は、アキラの頭が鳥の巣になったあたりでアキラのボディブローにより再度沈められた。
「ほう?トリガーの開発に携わっていたのか」
「いてて、…この子のサイドエフェクトのおかげで問題点の洗い出しがスムーズだったからずいぶん助かったよ」
「そんな経緯があって、スコーピオンが一番手に馴染んでるんです。悠兄にもちょくちょく教えてもらってたんだけど…」
「実力派エリートはそこかしこから引っ張りだこなんでね、こうやって任務としてじゃないとあんまり構ってやれなかったってわけ」
迅はようやく本格的に面倒を見てやれるのだと、アキラの頭に顎を載せながらによによ笑っている。
「ははあ、それでか」
「…だが、似ているなお前たち」
「え?」
風間は改めて二人を見比べ、思い立ったようにつぶやいた。
「髪型、目つき、歩き方。わりとそっくりだぞ」
「確かに色違いの迅って感じだなこりゃあ」
「「人をポケモンみたいに 言うなよ/言わないでください」」
「いよいよ以て兄弟だな」
初対面からサイドエフェクトの影響でアキラの正体を知ってしまっている迅は、その言葉にアキラをちらりと盗み見るが、とくに気にしていない様子だったので安心して2人に向き直る。城戸司令の操作によりトリオン体換装時は感情の機敏が分かりづらい少年ではあるが、2年の付き合いにもなると彼が何も気にしていないこと…もっと言えば、迅と兄弟に見えると言われ少し喜んでいることを感じ取れた。これは入隊当時には見られなかった傾向だと迅は内心喜んだ。
だがまあ、兄に関して少しばかり複雑な思いを抱く少年にとって、兄弟の話はあまり触れたい部分ではなかった。
「はいはい、この話は終わり!訓練室へ行こうかお三方」
ぬるい勘違いからのスタート。
×威圧感 ○ボーッとしてるだけ