サトウカズマはおうちにかえりたい   作:コウカローチ

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地獄の職場(比喩ではない)

 地獄に朝はない。

 太陽や月が昇る代わりに罪人の魂が降ってくる。

 あの手のひらサイズの火の玉が、空の彼方から落ちてくるのである。

 かといって雪やあられのようにキラキラしているわけでもなく、くすんだ汚い色の魂がボタボタと泥のような音を立てて落ちてくる。そんな光景に情緒などない。

 下級悪魔と成り果てた俺の寝起き一発目の作業はこうして落ちてきた魂を拾い集めることから始まる。

 罪人の魂に直接触ると生前の記憶や邪念、煩悩、不浄な思考が頭の中に流れ込んでくるので最近は手袋をしている。

 

「なんで俺はサキュバスのお姉さん達と働けないの?」

 

 拾い集めた魂をカゴに放りながら周囲を見回し『同業者』達に愚痴ったが、返事は返ってこない。

 地面に散らばった魂を手づかみ、または直接口にくわえてカゴに運んでいるのは獣に近い姿の下級悪魔、グレムリンたちだ。あいつらは見た目も中身も人間に近い俺とは違って頭の中まで動物レベルだから魂から漏れ出る記憶に何かを感じることはないのだろう。

 

 よく見ると、拾った魂をカゴに入れる前に軽く咀嚼して、悪感情らしきものを絞り出している個体もいた。朝メシのつもりか?

 俺は後で食事が支給されるのでここでつまみ食いしたりはしない。というか罪人の魂から直接悪感情を得るのは抵抗が強い。

 別に同じ人間に手を出すのは気が引けるとかではなく、地獄に落ちたばかりの濃い邪念は普通に気持ち悪いからだ。

 ちなみに邪念に触れるとこういうのが聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 “可愛いよ!可愛いよ!安楽少女とっても可愛いよ!ペロペロ!ペロペロペロペロ!!!”

 

 “スライムの中・・・あったかいナリィ・・・“

 

 “・・・・・・マンティコアにも、穴はあるんだよな・・・”

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 今日は変態のまま死んだ罪人が特に多かったようだが、酒、金、女、暴力などについての低俗で品のない邪念が内包されているのがほとんどだ。

 

 こうして無造作にかき集められた魂が地獄の各所から一箇所に集積されることになっている。

 その後は俺よりも魔力があり、魂の性質を鋭く見抜く目を持った、中級悪魔やホースト先輩達のような契約もなく暇を持て余した上位悪魔が罪状ごとに仕分けるのだ。殺人、窃盗、詐欺、女性関係、邪教崇拝etc.・・・・・・と手際よく作業が進んでいく間、俺たちは待機という体の休憩時間である。

 直接手を触れないと魂の中身を判別できない俺のような下級悪魔では参加しても作業効率が落ちるだけなのだとか。

 

 こうやって仕分けが終わった魂は色の違うカゴに分けられているので、それぞれの罪業に合わせた地獄のエリアに運搬するのが次の仕事になる。俺の周りではグレムリンが殺人者の魂の詰まったカゴを口にくわえ、遠く離れたエリアではサキュバス達が昏睡レ○プをはじめとした姦淫の罪を犯した魂を収めたカゴを肘にぶら下げ、談笑しながら飛んでいく。

 それぞれの魂に相応しい地獄への招待が終わればそのまま解散、サキュバスたちは魔界の巣に、グレムリンや俺は地獄のどこかで適当に寝られる場所を探す、わけだが・・・。

 

 

「・・・・・・・・・サキュバスの巣、なんて素敵な響きなんだ」

 

 

 折角地獄に来たんだ、お近づきになるのは悪いことじゃない。なにせ今や同じ悪魔なのだから誰に憚ることもない!

 今の俺の目標はサキュバスと仲良くなること。地獄にも潤いは必要だ。

 

 そうは思うが、実現は遠い。サキュバスは仕事が終わるとさっさと帰ってしまう上、飛行能力が俺よりも高いので追いかけても上手くいかない。

 そもそも悪魔とは言え女子の群れに話しかけるコミュ力があれば引き籠もりになどなっていない。アクセルのサキュバスとの間にあった交友も俺が上客だったからこそのビジネスライクなものに過ぎないのだ。

 

「アーネスの姐さんってサキュバスとは違うんだよな?全身ムチムチだけど」

「言葉に気をつけな新入り。あんなおチビどもと一緒にするんじゃないよ!」

 

 女子グループと仲良く出来るきっかけがつかめない俺は、一人孤高を貫く高嶺の花、上位悪魔のアーネスとの会話イベントを進めることにしていた。

 アーネスの姐さんはホースト先輩の同僚で、同じ主人に仕えた仲だとか。雄々しく剛健なホースト先輩と対照的に露出多い格好に出るとこは出て締まるとこは締まった体には、どうしてアクセル勤務のサキュバスじゃなかったのだと遣り場のない思いが湧いたものだ。

「アーネスの姐さんの羽ってすごく立派だと思うんだよ、俺はこんなひょろっとしたボロボロの羽で、ちょっとコンプレックスがある身としては、素直に羨ましい」

「そりゃどうも。悪魔ってのは物質的でなく魔法的存在だからね、肉体の出来の良さこそ高位生命体であることの証さ」

「なるほどなー。サキュバスのお姉さん達って、羽も角もどちらかというと可愛らしいサイズだもんなー。でも、あんなに小振りな羽なのにスムーズに飛べるのはなんでなんだ?」

「なんだ、まさか今までその貧弱な羽を使って自力で飛んでいたのかい?普通は『飛行』の魔法を使って羽の能力を補助するんだよ。そんなことも知らないって、あんた知能が発達したグレムリンの変異種だったのか?」

「お、俺のことはここでは置いといて・・・・・・『飛行』魔法・・・・・・そういえばアクアがそんなこと言っていたような・・・マンティコアには羽はあるけど魔法で飛ぶとか・・・・・・」

「アクア?」

「いや、なんでもねー。アーネスの姐さんも飛ぶときはその立派な羽に魔法をかけているのか?」

「さっきから姐さんってなんなのさ・・・・・・まぁ、そうだね。羽だけで飛ぶと大きい音が鳴るし、細かい動きができないしね。あんたは下級悪魔にしちゃよく働いているからなんだったら後であたし直々に教えてあげてやってもいいけど?」

「いいのか!?そのムチムチした胸と同じくらい立派な羽を使って手とり足とりご教授願えるんですか!?」

「サキュバスじゃねえっつってんだろ!!」

 

 +++++++++++++++

 

 

 

「おう、新入り。ちょっと来い」

 

 モンスターに欲情し、不正にモンスターを飼育していた変態貴族の魂。

 モンスターに欲情し、危険なモンスターを無断で繁殖させた変態冒険者の魂。

 モンスターに欲情し、秘密でモンスターを街中に持ち込んでいた変態一般人の魂。

 それらをまとめて針山地獄に放り込んでいい感じにミンチにしてきた帰り、俺はホースト先輩に呼び止められた。この上位悪魔は見た目のゴツさに反していい先輩ではあるのだが、滲み出す魔力が俺とは比べ物にならないので、どうしても萎縮してしまう。人間だった頃は公爵級悪魔にさえ啖呵を切っていたが、同じ悪魔になってしまうとこんなものである。敬意なんて持ち合わせてないのについ腰が引けて先輩呼びしてしまうのだ。

 そんなホースト先輩からどんな指示が来るのかと近づいたところ、

 

「お前、今日から魔界の方で寝起きしていいぞ」

 

 ・・・・・・・・・魔界とは、地獄に密接する悪魔や魔族たちだけのエリアのことで、地獄を悪魔の職場とするなら魔界は悪魔の居住区に当たる場所で・・・・・・・・・。

「えっ、マジですか!?魔界!?地獄と違って地面が舗装されていて住居もあってまるで一つの街の様相をなしている魔界!?」

「お、おう?・・・・・・お前はグレムリンもどきにしてはよく働くし、だったら地獄で住み込み従業悪魔にしておくのもアレだと思ってな。入居申請したら意外と簡単に通ったぜ。認可をくれた公爵様に感謝しとけよ」

「悪感情を得るための嘘とかじゃないですよね!?」

「下級悪魔から搾り出すほど腹は空かしてねえよ。それに悪魔は契約の生き物、人は騙すが契約は守るし嘘はつかねえ。それが掟だ」

「わーい!やっと屋根のあるところで眠れるぞぉお!!馬小屋以下の環境からの脱出だあああ!!」

「あぁ、聞いてねえ・・・そこまで感情を剥き出しにする悪魔なんざ初めて見たぞ俺様は。ま、喜んでくれたようでなによりだぜ」

「それじゃ、今日はこれで上がるんで!!」

 

 こうして、意気揚々と俺は帰路に着いた。新しい住居なのだから帰るというのも変な話だが、少しテンションが高くなっているのかもしれない。

 なにせ今までは寝床もないまま雑魚寝でやり過ごしていたのだから。

 地獄はとにかく荒涼としたもので、寝そべるのに丁度いい岩を探すのにも三日かかった。近くに火炎地獄があったせいで寝苦しくなり、岩を引きずりながら寝心地のいい場所を探すのにさらに二日かかった。グレムリンらは特に眠ることもなく仕事が終われば悪感情のつまみ食いをしにどこかへ消えてしまうのだが、俺は食欲だけでは満足しない、睡眠も欲しいのだ。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・睡眠欲だけではなく、性欲も満たしたいところだが、今の俺にはそれはできない。サキュバスのお姉さん達は人間としか“そういうこと”をする理由がないので俺を相手にはしてくれないだろう。

 

「食って、寝て、働いて・・・それでいいじゃないか。悪魔に性欲はないはずだし」

 

 職場以外に話し相手がいないせいかすっかり独り言の癖がついしまった。

 他にも人間だった頃の習慣が根付いている、睡眠欲や性欲がそれだ。このままずっと悪魔のまま、悪魔として地獄で暮らしていれば、いずれ俺の魂まで悪魔になるのかもしれない。

 

「しかもどうだ、地獄は命の危険もないホワイト企業だし?メシの種は尽きることなく降ってくるし?先輩たちは優しくてナイスバディだし?しかもしかも?家まで手に入っちゃった」

 

 歩けば足の裏が傷だらけになりそうな荒野も、教えてもらった飛行魔法のおかげでさらに楽に移動できるようになった。おかげでもう目的地に到着した。

 そこにあったのは人骨らしきパーツや血のような色の煉瓦を使って組み上げられた、一人暮らしにはなんの不足もない小屋。ホースト先輩から聞いていた特徴と一致する。

 

「ほらみろよー、地獄に相応しい粗悪な住処を覚悟してたのに、小洒落た小屋なんか貰えちゃったよー・・・めぐみんならもっと大喜びしてたであろうデザインだけど・・・地獄ってやっぱいい職場だわー・・・」

 魔界は地獄と違って平らに舗装された地面に街灯や噴水らしきものまで設置されている。

 人間の街並みと違うところといえば、家と家の間がちぐはぐに離れていることや、傾斜のきつい斜面や崖の途中といった明らかに人間じゃ出入りできない位置にも平気で建造されているくらいだろうか。自在に飛べる悪魔向けだからこその自由な建築なのだろう。

 

「わーお、しかも家の中はまっとうと来た」

 

 子供のものらしい、小さな頭蓋骨でできたドアノブを回した先、部屋の内装はまさしく「普通」だった。シンプルなベッドと、簡素なキャビネット、地獄のその辺で転がってそうな岩を加工したテーブルと椅子。全体的な色合いが赤や黒に偏っている事を除けば一人暮らしを始めた大学生の部屋って感じだ。

 俺はベッドにどっかりと寝そべる。体感で数週間ぶりに背中に当たるクッションがひどく懐かしい。

 

「これで地獄にも安住の地ができたわけだ」

 

 天井を見上げながら確認するように呟く。

 俺は地獄に馴染み始めていた。

 

 

 +++++++++++++++

 

 

 地獄に落ちた。

 

 それは字面にすると酷いものなのだろう。魔王を倒した勇者に対する仕打ちではないと万人が同情してくれるだろう。あるいはアクセル一の鬼畜男には相応しい最期だと笑って流されるのだろうか?

 

 だが、地獄に落ちなかったらどうなっていたのだろう?

 ちょっと考えてみる。

 俺のパーティメンバーじゃまず到達出来ないダンジョンの奥底で、女神であるアクアでも絶対に蘇生できないくらい粉微塵に成り果てて死んで、エリス様の元に送られ、次の転生先を選んで、というところまではフローチャート通りだろう。

 

 行く先は「何もない天国」か「見知らぬ赤子の人生」

 

 俺は楽な暮らしがしたいだけであって何もしたくないわけじゃない。自分で言うのもなんだが性欲と金銭欲は人並み以上だ。ミニマリズムを極めきった天国と相容れない。

 だとすれば、真人間で常識的で英雄で勇者である俺を地獄に放り込んだこの世界か、生まれ故郷ではあるが俺のような落伍者に厳しい日本で新たな命としてオギャーと生まれ直すしかないわけだが______

 

 

 ___そこに、「佐藤和真」はもういない。

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まぁ?

 

 それを思うと?

 そう考えると?

 地獄の生活も悪くないんじゃない?

 肉体的にも名義的にも佐藤和真ではなくなったわけだが?

『俺』は今ここでこうして生きているし?

 適度に体を動かせるルーチンワークもあるし?

 衣食住の問題もたった今コンプリートしたし?

 幸い俺は一ヶ月以上誰とも会話せず部屋にこもっていられるニートと呼ばれた上流階級。悪魔の友人なんて作らなくてもいいし必要ない。職場に気のいい先輩がいればそれで十分以上だ。

 

 結論。

 地獄で第二の人生を当たり障りなく謳歌しましょう!

 

 俺はそこまで頭の中で組み上げた「住めば都理論」を反芻して、

 

 現状への感想を再確認すべく嘘偽りない言葉で表現した。

 

 

 

 

「・・・・・・みんなの所に帰りてぇなあ」

 

 

 

 悪魔は人を騙すが、自分は騙せないらしい

 

 あの世界じゃグレムリンがダンジョンにいた。ホースト先輩やアーネスの姐さんも召喚されてあの世界にいたらしいし、どこぞの地獄の公爵もあの世界じゃアルバイターだった。

 世界最大のダンジョンの一部、瘴気の濃い場所は地獄につながっているらしい。魔王城には地獄につながる魔法陣が設置されてあるらしい。

 

 あの世界に帰る方法はどこかに存在することを俺は知っている。

 

 だからどうしても、益体もないことに頭を悩ませてしまう。

 

 あの世界じゃ魔王が倒されてから何日経ったのか、とか

 魔王を倒した俺の銅像でも建ててくれないか、とか

 あいつらは魔王城から無事に脱出できたのか、とか

 アクアは天界に帰ることはできたのか、とか

 ダクネスはまた後先考えず突っ走ってないか、とか

 

 

 めぐみんは、俺のせいで泣いたりしてないか、とか

 

 

「・・・・・・・・」

 

 

 地獄での新生活は悪くない。

 

 でも、ちょっとだけ『調べ物』くらいはしてみるか。

 

 

 と、そこでノックの音がした。

 

 ノックができるほど文化的で知性のある地獄の住人となると・・・・・・。

 ベッドからのっそり起き上がった俺に、ドアの向こうから甘ったるい声が流れ込んできた。

 

「ごめんくださぁい、ご近所さんとして挨拶に来ましたぁ。わたしぃ、サキュバスの___」

「はいはいはいはいはい!!今開けます!!!」

 

 

 

 待望していたサキュバスエンカウントチャンスに、俺はドアに向かってすっ飛んだ

 

 あの世界に帰還する方法を調べるのは明日にしよう、そうしよう。

  

 




書籍版はともかく、WEB版の方は読んでいなくとも話が分かるように微調整中。

次回、元カズマさんが豚と愛の逃避行を敢行します

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