サトウカズマはおうちにかえりたい   作:不浄庭園

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逃避行までは書き切れなかった
ごめーんね!


豚に身受(しんじゅ)

 邪神の思いつきによって悪魔に、それも大した能力も持たない下級悪魔に転生させられた俺こと佐藤和真、原理は不明だが名前まで取り上げられているため正確には『元』佐藤和真とかいう未確認生命体として地獄と魔界を行き来する毎日を送っている。

 しかし俺は心まで堕ちたわけではない。地獄には落ちたが、心だけは人間のままのつもりだ。

 悪魔の体に人間の心、それが今の俺。

 

 

 そんな俺は今何をしているかといえば、

 

 

「デビルブロー!!!!」

「のわあっ!?」

 

 俺の悪しき魔力を帯びた拳がハゲ頭に突き刺さる!

 

「き、ききき貴様ぁ・・・なんの前触れもなく何をしようと痛っ!!?」

「おいおいおいおい!!随分な態度じゃねえか!そんな干物みたいな体でよぉ!!生前は随分迷惑かけてくれたなぁおい!!くらえ!!邪悪なるグー!!」

「ごふっ!なんの、恨みでワシをぼへっ!ワシほどの、人物にこんな・・・狼藉がはっ!許されると思っておるのかぁ・・・!」

「忘れてるのか!?ここは地獄で、俺は悪魔なんだぜおっさんよぉ!!つまり、ここじゃ悪いことした奴を叩いたり、物理的に炎上させたり、凍結させたりするのは正義なんだぞ!」

「あ、悪魔?・・・そんな、小枝のような、ひ、貧弱な羽で・・・?」

「うるっせー!俺もそう思ってるよ!!んなこたどーでもいい!!謝って!!ほら、早く謝って!!魔王討伐後にようやく会えた顔見知りがお前みたいなおっさんだった俺によぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

 ___オヤジ狩りに勤しんでいた。

 

 

 +++++++++++++++

 

 

 

 

 「人間どもの世界に行く方法?一番楽なのは召喚してもらうことだな」

 

 

 新居を斡旋してもらった日から何日経ったのかは昼夜の概念のない地獄では分からないが、新しいベッドの上で寝起きした回数が3回を越えた頃、俺はようやくホースト先輩と食事を共にする機会を得た。

 今までは、仕事場である魂の集積所でどっしり構えた上位悪魔たる先輩と、配達業者よろしく地獄のあちこちを飛び回る下級悪魔の俺とは予定がなかなか合わなかったので、この機会を幸いと地獄からあの世界に舞い戻るための手段についての質問を投げてみたところである。

 

 で、これがその答えだ。

 

「召喚・・・地獄にいる俺たち悪魔が向こうに喚ばれて飛び出てってことだけど、じゃあアレか?行き来は向こうの人間の意思次第で、こっちから向こうに行く方法はないのか?」

「こっちから?悪魔が自分から人間世界に行く動機なんざ新鮮な悪感情の食べ歩きぐらいしかねえだろ、お前そんなケチくさいメシばっかり漁るのはやっぱ不満だったのか?」

「いや、人間界に関心事があるんだよ。地獄って食事はともかく娯楽が無いじゃん?普通のグレムリンと違って知力のある俺にとっては一日が長くて長くてしょうがないんだよ」

「娯楽ねえ・・・悪魔のくせに俗っぽいやつだなお前は。悪魔は契約果たしてなんぼだろ」

「その契約ってのも人間と交わすものなんだろ?だったら食べ歩きでなくとも自分から契約を結んでくれそうな人間を探す方法ってのがあってもおかしくないと思うんだけど・・・」

 

 俺用にわざわざ支給してもらった食事を咀嚼しつつ対面に腰掛けた先輩と会話を重ねる。ぶっちゃけ先輩には何のメリットもない会話である以上、あくまで雑談っぽく話を繋げないと先輩がうんざりして話を切り上げる可能性もあるので注意が必要だ。

 ちなみに俺用の食事というのも、当然罪人の魂である。ただし地獄に来てから十分な時間責め苦を受け続けた結果、ほとんどの邪念や煩悩が絞り出されきった絞りカスであり、それゆえに俺が触れたり齧りついたりしても不快な思念を放つことはない。その分悪感情も「かじられるのは嫌だ」とか「強く握られるのは嫌だ」といったシンプルで淡白な味しかしない。味のなくなったガムを噛み続けている気分だ。

 

「自分から行く方法なあ・・・人間界にある物を使って間接的に自分を顕現させるか、地獄のどっかにあるっつう人間界と溶け合わさった入口まで歩くくれえか」

「・・・歩いてあの世界まで行けるのか!?」

「人間界のどっかに濃厚な瘴気の吹き溜まりができりゃ、地獄につながる可能性もあるって話で、狙ってできることじゃねえ。『運の悪かった悪魔』がうっかり向こうに滑り落ちた挙句、討伐されるって場合がほとんどだな、地獄側からしたら事故と一緒だ」

「うーん・・・運が悪くないとあの世界に行けないのか。俺には無理だな」

「はあ?」

 

 ちなみに悪魔でありながら冒険者カードを持っている俺だが、ステータスは冒険者時代の頃とほぼ変わっていない。悪魔になったからといって魔力が上がったり逆に知力が下がったりもしていない。

 言うまでもなく幸運のステータスも他の追随を許さない数値なので、エリス様が地獄にこない限り地獄で一番幸運な悪魔は間違いなく俺だろう。嬉しいニュースだ。

 

「いや、別に嬉しくねえわ・・・」

「なんの話をしてんだお前は」

 

 嬉しくないニュースだと、魔王や爆裂魔法で巻き添えにした他のモンスターの経験値が入りレベルは10以上アップしたのにステータス全体は大して伸びていないことか。ダクネスはともかくめぐみんにまで力負けしたままカンストしてしまったのかもしれない。

 

「それで、もうひとつの方法だっけ?間接的に自分を顕現させる、ってどういう方法なんだ?」

「あぁそれか、お前みたいな余分な残機の無い悪魔にゃ縁のない方法だぜ?」

「いやいやいやいやいや、ここまで聞いたんだし最後まで教えてくださいよ、せんぱぁい!!」

「・・・下級悪魔は俺様に媚びてくるもんだが、お前の媚び敬語は気持ちわりいな」

 

 ホースト先輩が微妙に嫌そうな顔をしながらこっちを見てくる。この悪魔は何故かアーネスの姐さんより表情豊かなのでそれがよく分かる。

 とはいえ嫌そうな顔をしながらも話を切り上げたりはせず、話を続けてくれるようだ。

 この先輩は意外と面倒見がいいのかもしれない。

 

「しょうがねえなあ。地獄に行く方法のもう一個ってのはな、自分の残機だけを人間界に送って、それを核に土や石で自分の体を作るって方法だ」

 

 そんな説明を聞いて俺には思い当たる節があった。

 地獄の公爵こと元魔王軍幹部のバニルである。あいつは仮面を中心に砂をかき集めて体を作っていた。めぐみんの爆裂魔法により仮面を破壊してもなお『残機が減った』の一言であっさり復活していたのはこういうカラクリだったのか。あの仮面は本体ではなく残機の象徴で、それを地獄から送り込んできていたのだ。

 

 そもそも公爵級の悪魔をホイホイ召喚できる奴がそのへんにいるわけないもんな!

 

 ホースト先輩の説明は続く。

「本体が地獄にいるのは通常召喚と一緒だが、こっちの方法は異物を取り込んで存在している分、悪魔としてはとんでもなく弱体化しちまう。だから俺様でもこの方法は使いたくねえ、残機の無駄遣いになるしな」

「なるほどな、自力であの世界に行くのはあんまり現実的じゃないのか・・・」

 

 ということはバニルはあの状態でも本領ではなかったのか、底が知れないにも程がある。

 俺は食い終わった魂を吐き出した。他の魂に比べると随分透き通った綺麗な色になっていた。

 俺が咀嚼した事で悪感情と罪業を全部吐き出しきったのか?

 

「おっ、いいもん見たな新入り、魂の浄化完了の瞬間だ。俺様も久々に見たぜ」

「浄化?じゃあこの魂ってどうなるんだ?」

「そりゃ、地獄を卒業するのさ、その後どこに行くのかは知らんが。ま、見てればわかるぜ」

 

 いいものを見た、という割に先輩は大して態度を変えず俺が吐き出した魂を顎で示す、

 地獄での長い責めと悪魔によるしごきに耐え切った魂は軽くなった身を翻しながら天へと登っていった。

 

 くすんだ火の玉だったそれは地獄の赤黒い風景の中で白く輝き、ゆらめく火を尾のようにして精一杯泳いでいく。その光景は、なんだか人間の魂の強さと美しさを全力で体現しているようで・・・。

 

 

 

「受精を目指す精子みたいだな」

「し、新入り、お前・・・・・・」

 

 

 

 先輩が滅茶苦茶微妙な表情をしながらこっちを見た。悪魔はお世辞を言えても嘘をつけないのでしょうがない。俺は悪魔に成り立てなのだからなおさらそういう人間との違いに慣れていないのだ。もちろんそんな弁解はしないが。

 

 魂はもう見えないくらい高く昇っている。先輩はどこへ行くのか知らないといったが、多分女神様の所に行くんじゃないだろうか、と俺には推測できた。

 アクアが日本で死んだ若者、エリス様がモンスターに殺された人間、レジーナが自殺者とかを相手にしているのだから、地獄をクリアしてきた魂を相手にしている女神もどっかにいるのだろう。

 

 

 ・・・・・・・・・ん?そう考えると悪魔って人間の転生を手伝っているのか?

 

 

「なあ先輩、悪魔がこうやって悪人を更生させて転生を手伝っているってことはさ」

「あん?」

「人間と悪魔って実は結構仲良くやっていけるのか?」

 

 不殺主義の大悪魔であるバニルや、貴族として立派に勤めていた(過去形)高位悪魔ことゼーレシルト伯、冒険者との共存を苦にしないサキュバスのお姉さん。人間との折り合いをつけて生きている悪魔はいないでもない。だから俺の言っていることもそれほどトンチンカンではないと思うのだが・・・。

 

「仲良くねえ・・・。邪神様に相当長いこと仕えていた俺様は、まだ人間に召喚された経験はねえからなあ・・・・・・・・・・・・経験はなくとも予定はあるが」

「予定?」

「昔の話だよ、気にすんな」

 

 俺がこの質問をした理由は何となくじゃあない。『保証』が欲しかったからだ。

 

 

 ___もし俺が悪魔のままでも、かつての仲間に受け入れてもらえる___

 

 

 そんな都合の良い可能性が運良く存在すると、地獄に来て以来一番頼りになる先輩からの保証が欲しかった。

 

「その仲良くってのはよお、どういう意味合いだ?長期の契約を結んだ悪魔が契約主と行動を共にしている内に最後はダチになるなんてよくあるぜ?召喚も契約もビジネスだが、そこに楽しみを見出す奴はざらにいるからな。まぁ、契約が終わるまでの間柄だがそれはしょうがねえ」

「うーん・・・・・・そういうビジネスライクで短期的な関係じゃなくてさ、もっとこう、しがらみのない友人関係とか純粋に仲間としてっていうのが理そ・・・もとい興味があるんだ」

「なあーんだそりゃあ?親友になってから裏切って悪感情でも毟ろうってか?グレムリンもどきにしちゃ贅沢嗜好じゃねえの・・・・・しかし、友人なあ・・・・・・」

 

 立派な牙の生えた顎に手をやり、雄々しい角を傾けながら再び深く考え込むホースト先輩。この先輩が真剣な表情をすると顔のパーツがごついせいでかなり怖い雰囲気になるので早いとこシンキングタイムを終えて欲しい。

 

 俺みたいな下級悪魔との会話に真面目に付き合ってくれた先輩は、色々と思い出すことでもあったのかあちこちに目線をやったあと、長い思考を終えて俺の方を見た。

 

「俺様から言わせれば、悪魔と人間が仲良くなるってのは無理な話じゃねえ。悪魔は人間より高位な生命体ではあるが、人間の理解者でもあるからな。友人にはなれる」

「おお!」

 

 その言葉に俺が喜んだところで、先輩は一言付け足した。

 

 

 

 

「だが、仲間にはなれねえ。この俺様が断言する」

 

 

 

 

 +++++++++++++++

 

 

 

 アホだが気のいいムードメーカー、宴会芸の得意な賑やかアークプリースト、アクア

 

 頭のおかしい爆裂狂だが、俺の大事な恋人未満にして名実ともに最強となったアークウィザード、めぐみん

 

 性癖に致命的なほど従順だが、それでも死なず崩れず倒れない鉄壁のクルセイダー、ダクネス

 

 

 それぞれが内に問題を抱えていながら、さらにその尖った性格ゆえにどこからともなく問題を持ち込んでくるという歩く台風のようなパーティメンバー。

 それなりに沢山のクエストをこなし、ベテランと呼ばれてもおかしくないレベルにまでなったにも関わらず安定感というものが生まれることは全くなく、どれだけ作戦を立てて準備を重ねても何故かしょっちゅう命懸けになってしまう、そして俺が命を落としてオチがつくポンコツパーティメンバー。

 

 悪魔になって嘘がつけなくなった今なら自覚できるが、俺はあいつらになら命を懸けてもいいと思っていたんだろう。うん、多分、そんな気がする。口には出さないけど。

 

 ・・・とまあ、安定志向だったはずの俺が何度も何度も命を危険に晒してきたのに不思議とパーティを解散しなかった理由が、男のツンデレとかいう需要不明な属性が俺にあったからだという事実が判明した・・・・・・・・・のだが、状況は全く好転していない。

 

 

 悪魔のままでは人間の『友人』にはなれても『仲間』にはなれない。

 

 

 あの後、その理由を先輩に反論の隙なく説かれた俺はそれはもう落ち込みに落ち込み・・・。

 

 

「それでぇ、私としては筋肉質で力強い男の人の魂がほしいのにぃ、姦淫の罪を犯した魂って生前はブクブク太った貴族とかぁ、勢いだけのチンピラばっかりなのよぉ?ありえなくなぁい?」

「うんうん分かる分かる」

「ほんとに分かってるぅ?なんだか胸ばっかり見てなぁい?」

「見てる見てる」

「・・・・・・悪魔だからって正直すぎなぁい?」

 

 何か喋るたびに連動して胸がふよふよ揺れるご近所サキュバスさんと歓談することで癒されることにした。

 

「・・・そうだなあ、貴族は権力で好き放題している奴も多いらしいからなあ。俺の知ってる貴族も変態と変質者ばっかりだったし」

「そうなんだぁ、変態の魂が吐き出すドロドロした悪感情がスキって娘の方がメジャーなのは分かるんだけどぉ、私はヘルシー志向っていうかぁ、ケンゼンな精神?そういう純粋な魂を踏み躙りたいのにぃ・・・」

「いやいやいや、健全な精神の持ち主は地獄に来ないだろ」

「そっかぁー、やっぱり人間界に行かないとダメかなぁ、私はまだまだレベルが低いから不安なんだよねぇ」

「サキュバスは女性冒険者から全力で排除されるしなあ、俺もレベルは40を越えたけど悪魔としては雑魚だし、召喚してくれそうな知り合いもいないから行けそうにないよ。・・・・・・あれ?サキュバスってどうやって人間界に行ってるんだ?残機を使ってどうにかするのか?」

「残機を使う方法は弱っちゃうから普通はしないよぉ!だから先に人間界に降りた公爵様や知り合いのつよぉい悪魔の方々に召喚してもらうよう申請するんだぁ」

「なるほどねえ・・・そういうシステムだったのか」

 

 このサキュバスは地獄生活では俺より長いわけだが、ホースト先輩達のように強力な魔力を滲み出させているわけではないので肩肘張らずに話せる相手だ。こういう打ち解けやすさ、コミュ力こそが男に取り入ることに長けたサキュバスたる所以なのかもしれない。加えて揺れるおっぱいを眺めることで滋養強壮効果があるというのだから言うことなしだ。

 

「噂によるとぉ、魔王様が倒されたっぽいしぃ、今なら軽い旅行くらいならできそうだとおもわなぁい?」

「へえ、サキュバスにとっても魔王ってのは怖いものなのか?」

「んーとねぇそれもあるけどぉ、魔王退治に頑張ってた冒険者さんがこれを機にいーっぱい引退しちゃうかもでしょ?だから討伐されないかもーって、こと」

「ああ、そういうものなのか?冒険者なんだから魔王がいなくたってクエストをこなして食っていかなきゃだろ?カエルとかゴブリン狩ってさ」

「そーゆー意識低い冒険者ばっかりじゃないでしょお?なんかぁ、勇者候補っていうのがいるらしくってぇ、その手の子達はみんな魔王退治に必死だったらしいよぉ?」

「ああ、あの日本人の奴らか・・・・・・俺は宴会好きの駆け出し冒険者しか知り合いにいないから考えてなかった。そりゃ他人にラスボスを倒されちゃ、燃え尽き症候群になる奴も出るわなあ」

 

 俺には全く理解できないが、某ミツルギのようにアクアにもらった力で真剣に打倒魔王を目指していた連中もいたんだろう。王都でも沢山見かけた気がする。そんな奴らにとって、その場の流れ、もののついでで魔王を倒しちゃった俺はどう映っているのだろうか。・・・・・・まさか逆恨みなんてしてないよな?

 

 まあいいや、それより申請書が出せれば俺もあの世界に戻ることができるという新情報の方が大切だ。

 あの世界にいる悪魔、それも権力とかを持ってそうなのは見通す悪魔のバニルか、残虐公ことゼーレシルト伯か。バニルとはダンジョン最奥の財宝の採掘を手伝う約束をしているので、地獄を出たいと言えば快く手伝ってくれそうだ、そもそもかの残虐公は現在俺とダクネスのせいでエリス様とアクアから日常的にシバかれているから申請書どころではないだろう。

 

「ところでさ、その人間界に行く申請書?それを俺に用意してもらえないか?」

「ん?いいのぉ?あなたそーんなに弱そーなのにぃ?」

「弱そうで悪かったな。・・・その、なんだ、あの世界にはまだ果たしていない約束があるんだ」

「・・・・・・ふぅん?」

 

 まぁ、約束といってもダンジョンの財宝云々はさっき思い出したことなんだが。

 

 それとは別に、俺にはもう一つ約束がある。

 

 

 ___「アクアを連れ戻したら、その日の夜に二人で凄い事をしましょう。それまでは・・・・・・」

 

 

 約束の内容について詳しく言うつもりはなかったが、サキュバスは急に真剣になったように細めた目で俺を見た。彼女も下級悪魔ではあるが「約束」を重んじているのは先輩たちと同じらしい。それが伝わってくる豹変っぷりだ。

 そして、顎の下をなぞりながらしばらく考え込んだ後サキュバスはぷるんとした唇を開いた。

 

「じゃあぁ、私の頼みごともぉ、聞いてもらっちゃおっかなぁ?」

 

 

 +++++++++++++++

 

 地獄が意外とホワイト企業だったり、上級悪魔が割と話せる奴ばっかりだったり、魔界が形だけはちゃんとした街だったりと悪魔になってからの生活は意外性に囲まれている。

 意外、というのは「思ったよりまとも」という意味だ。そしてまた、その例に違わずご近所のサキュバスからの依頼もまた意外だった。

 

 

 「覗き魔、ねえ・・・地獄の中でも犯罪行為かよ」

 

 

 俺は目の前にいる相手の背中に話しかけた。

 場所は俺たちの住居がある場所から少しばかり離れただけの岩場、身を隠すのに適したサイズの大岩がゴロゴロしており、そこにいたこいつが犯人に間違いないだろう。

 

 そう、サキュバスからの頼まれたのは『覗き魔を追い返すこと』だった。

 

 地獄や魔界の意味を見失いそうなになるほどに「思ったよりまとも」な女性問題に最早なにも言えない。ちなみに探すのに苦労はしなかった。こいつからは色欲の感情がダダ漏れだったからだ。

 

 悪魔の俺に感知出来るような感情を漏らす存在、覗きなんてする段階で知能がある奴とは思ったが・・・・・・まさか『人間』とは。

 

 そう、魔界の住宅街に忍び寄ってサキュバスを窃視していたのは人間だった。魂の状態ではなくガッツリ五体満足の生身の人間である。ただし、健康体とは言えなさそうだが。

 やせ細った体なのに腹の周りにだけだらしなく付いた脂肪。ハゲ散らかした頭にしぶとく残った金髪。頭髪に反して胸毛やすね毛だけは一丁前にモジャモジャだ。

 一言でいうと、痩せたハゲ豚。

 

 ・・・・・・・・・いや、そもそもなんでこんなところに人間が?

 

 地獄とは魂を洗う場所、だから何千年と続く更生施設と言えなくもないのだが人間が生身でここにいる理由にはならない。加えて、ここは地獄ではなく魔界、さらに意味不明だ。  

 強いて言うなら牛乳工場の社員寮に牛が侵入している、とでも言えばいいのか。

 まあ、俺にとってはそこにどんな事情があるかなんてどうでもいい。俺のような新入り下級悪魔が知らなかった経緯があるのだろう、何も考えずパパッと済ませるか。

 

「おら、あんただろ!俺のご近所サキュバスさんにやらしい視線を送ってたのは!とっくにばれてるから逃げたほうがいいぜ。意地汚く残った髪を燃やされたくないだろ?ほら、『ティンダー』」

 

 そう言いながら指先に初級火炎魔法を灯すと、明かりに反応したのかそいつは振り向いた。特に予想を裏切ることもない汚い顔で、そこにボサボサの髭がぶら下がっている。それでもその醜態に同情や憐憫が湧かないのはそいつが罪人だからか、俺が悪魔だからか。

 

 あるいはそいつの顔にどこか見覚えがあったからか・・・・・・。

 なので、無意識に頭をよぎった名前を口にしただけだったが、そいつは確かに返事をした。

 

 

「アルダープ?」

「・・・なんじゃあ、貴様は・・・」

 

 

 そして、口に出して返事されてしまえばもうそうとしか思えない、こいつアルダープだ!

 

 

 アレクセイ・バーネス・アルダープ

 アクセルの元領主にして、ダクネス曰く『裏で色々悪いことをしていた狡猾な人間』であり、具体的には領主としての責務も果たさないままに金銭問題を丸投げしてダクネスの実家に借金をおっかぶせた悪辣っぷりで俺たちのパーティを巻き込んだ。俺の知らないところで何をしていたかなど想像もできない。というか他人事なので知ったこっちゃない

 

「いやいや、わかるもんだな。随分と痩せて・・・いや、老けたな?体型なんて萎みきってるのになんで分かるのか自分でも不思議だ。悪魔になったから魂とかに敏感になったのかな?」

「なにを、わけの、わからんことを・・・・・・。ワシは忙しいんじゃ・・・、あっちに行っとれ」

「覗き魔になっても偉ぶるのが抜けてないのか・・・まぁ、中身のない人間ほどそれを隠すためにプライドだけは膨らむとはよく聞くけど」

「うぅるさい、何を言っとるのか、わからん・・・ケダモノのような、見た目の分際で、ワシに口答えするな・・・」

「こんなに弱っているなんてな。喋り方に勢いがないし、会話も成立してないぞお前。こっちは色々思い出してきたってのに」

 

 恐らく尊大な口調でこっちを威圧しているつもりなんだろうが全く怖くないし、呼吸が弱っているのか言葉も途切れがちだ。老人に見間違えるほど弱っているのにこの短い会話だけでこっちをイラつかせてくるのは相変わらずで、だから嫌でもコイツに関する記憶がよみがえってきた。

 

 まず、アクセルで倒した魔王軍幹部のデュラハンの討伐報酬が借金でマイナスになったのもこいつのせいだった・・・。

 あと、ダクネスの結婚式を強行しようとしてうちのパーティとダクネスの親父さんにさんざん迷惑を掛けてくれやがったし・・・。

 しかも、結果的に知的財産のほとんどをバニルに安く売り渡す原因になったのもこいつだったな・・・。

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

 

 

「お前は魔界から追い出す前にしばき倒すことにするわ」

「ほあ・・・?」

 

 

 +++++++++++++++

 

 

 

 

 そして冒頭に至る。

 

 これがオヤジ狩りまでの顛末だ。かつてアクセル一の鬼畜と呼ばれ、今や悪魔となった俺とはいえ、まさか本当に理不尽で非道な行為に手を染めると思ったか?これはただの仕返しだ。

 

 やられたら地獄と魔界の果てまで追いかけてやり返す男、それが俺だ。

 

 下級悪魔なりに力を込めてアルダープをげしげしと蹴りつけ、頭を叩いて溜まった鬱憤を晴らす。魂を直接いじめた時よりもやや濁りが多いとはいえ良い悪感情が吹き出てきてお腹も膨れるので一石二鳥である。

 

「悪事がバレて夜逃げしたとは聞いていたが地獄に逃げ延びているとは思わなかったぜアルダープ様よお!」

「アルダー・・・プ・・・?そ、それは・・・?」

「いや、そこでボケ老人化するなよ、俺が老人虐待してるみたいに見えるだろ」

「貴様はぁ・・・なぜ、ワシを、知っておる・・・?」

「逆にお前はなんで自分の名前すら忘れかけてんだ・・・・・・まあいい、教えてやろうか?俺の正体を」

「ひぃ・・・!」

 

 恐らくこいつがアルダープなのは間違いないのだが、痩せた老人を足蹴にし続けるのはだんだんと気が引けてきたので、別のアプローチで怖がらせることにした。

 グレムリンもどきと呼ばれている俺にも申し訳程度の牙や角は生えている。それをグッと見せつけながら威圧すると、アルダープはそれだけで体を縮こませた。目を見開いて手も震えている、もはや崖っぷちに追いやられた虚弱老人にしか見えない。

 

 

 ・・・・・・・・・なんだか、やってることが普通のモンスターと一緒なのだが、俺は後戻りできるのだろうか?

 

 

 いや、これは悪質な覗き魔を大人しく退場させるための戦略的示威行為だから大丈夫!俺の人間性は健在だ!

 そう自分を納得させ、改めて目の前の毛むくじゃら老人を睨みつけた。

 

「教えてやるよ。俺の正体を・・・」

「しょ、正体・・・?ワシには、他の悪魔の・・・知り合いなんぞ」

「くっくっく・・・そりゃあそうだろうなぁ、お互い姿形はもはや別物だもんなあ・・・」

 

 畳んでいた羽を広げ、俺のシルエットが大きくなったように見せかけるとやはり面白いくらい怯えてくれる。

 最弱職として侮られることが多かった俺としてはちょっと楽しくなってきてしまった。

 めぐみんならもっと盛り上げてから自己紹介するのだろうが、俺はここらで正体を明かすことにする。聞いて驚けアルダープ!

 

 

 

「俺の正体は■■■■だ!!」

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・。

 肝心なところで口からノイズが出ちゃった。恥ずかしっ!

 

「・・・何?何と言った?何も聞こえんぞ・・・?」

 

 アルダープが虚を突かれたような間抜けな表情をしているが、多分俺も間抜けな顔をしているので痛み分けである。

 

 そういえば『佐藤和真を名乗る行為』はできないんだった。恐らく俺の冒険者カードの名前欄が塗り潰されていることと、悪魔は嘘がつけないことが関係している。

 俺は自分で話の腰を折ってしまったことは水に流すことにした。

 

「えっと・・・・・・ダクネスのパーティに■■・・・・・・サトウって男がいただろ?『そいつ』が過去にお前のせいで色々あってだな。今、転生した魂が■■■■■■■■■■■■■■■■■■・・・・・・あれえー?」

 

 だが、自分の正体を話そうとすると途中から名前以外の単語も全てノイズになってしまった。悪魔のルールは遠まわしだとしても自己紹介を許してくれないらしい。

 

「ダクネス・・・・・・?はっ!ラ、ララティーナ!き、ききさまぁ!ワシの、ワシのララティーナの関係者か!ぅげほっ!げほっ!」

「おっ、そっちから察してくれたか。そうそう思い出せ、ララティーナお嬢様のパーティに男が一人いただろ?思い出してみ?」

 

 俺から直接開示できなくとも相手に示唆することはできるようだ、これは新発見。まあ魔界に生身の人間なんて今までいなかったんだから今まで気付かなかったのも仕方ないか。

 

「おおお・・・ララティーナ!ワシのララティーナ!」

「なんかちょっとずつ元気になってないか、お前?・・・もっと思い出せって、俺からしたらようやく会えた知り合いなんだぞ?それがお前だってことにはもう眼をつぶるからさ、俺とアクセルでの思い出話でもしようぜ?」

 

 しかし狡猾で知られたはずのアルダープはそこで思考停止してしまい、咳き込みながらダクネスの本名を叫ぶだけだった。こいつダクネス以外に興味なさすぎだろ。

 しかし、ちょっとずつ活気を取り戻しているというか、テンションが上がっているのは目で見てわかる。サキュバスの覗き見にはセラピーのような効果でもあったのか?ちなみに最近気付いたのだが、俺は体に関しては悪魔だからムラムラしたり興奮したりはできない、目の保養にはなるがそれだけだ。

 

 まあ、元気になってきたのならそれでいい。これでお引き取り願う際にちょっと乱暴にできるというものだ。散々足蹴にしてから言うものでもないけれど。

 

「ダクネスの話なら向こうで俺がしてやるからさ。お前は知らないだろうけどあいつ、新しい装備を手に入れたんだぜ、聞きたいだろ?だったらほら、あっちに行くぞ」

「ララティーナ・・・貴様、ワシのララティーナのことを・・・?」

「そうそう、知ってる知ってる。詳しい話を聞かせてやるからほらこっち来い」

「こら、引っ張るな!ワシを誰だと・・・ワシを・・・ワシ・・・?」

「はいはい」

「・・・ワシは・・・」

 

 アルダープが身に纏っていた服はあんまりにもボロボロすぎてどこを掴んでも破れそうなので肘を掴んで無理やり引いていくことにした、軽い体は俺の力でも簡単に動かしていける。悪感情を摂取して体力と魔力が回復したのでさらに楽だ。

 でもどこに連れて行こうか・・・・・・とりあえず地獄でいいかな。間違いなく罪人ではあるだろうし。

 

 

 ・・・・・・・・・と、全く感動的でない、しかし意外な再会とサキュバスからの依頼を済ませようとしたところで。

 

 

「・・・ワシの名前はアルダープ」

 

 

 ボケ老人の気配が消えた。

 

「ワシの名前はアレクセイ・バーネス・アルダープ・・・そうじゃ、アレクセイ家の主にしてアクセルの領主・・・」

「ど、どうした?自己紹介か?あとお前もう領主じゃないからな・・・?」

 

 肘を掴まれたまま、虚空を眺めてブツブツと訳の分からないこと呟いている。

 

 いや、違う。今までの耄碌状態と違って『訳の分かること』を呟いている?

 これはまさか。

 

「アルダープ、お前・・・正気に戻ったのか?」

「山盛りの黄金に、使い捨ての愛人・・・そうじゃ、自慢の息子も・・・・・・正気?」

「おう、正気な。地獄の瘴気じゃないぞ」

「正気・・・ワシはまた、正気に・・・・・・?」

 

 なんか、アルダープがワナワナと震え始めたんだけど。

 地獄も魔界も意外とまともだと思って自分を誤魔化していたところもある俺としてはこういうイレギュラーな反応は非常に不安になるのだが・・・・・・。

 するとアルダープがいきなり叫び始めた!

 

「わあああああああああああああああ!ワシは、ワシはあああ!」

「ふわっ!?いきなりなんだよ!?」

 

 

「また正気に戻ってしまったのかああああああああ!!」

 

 

 という、錯乱した悲痛な叫びと共に___

 

 

「もういやだ!何度狂おうとしても!何度気を触れさせようとしても!何度頭をバカにしても!正気に戻される!狂えない!狂えない!何度も何度も何度も元の状態に捻じ曲げられる!正気に捻じ曲げられるのだ!あいつが、あいつが・・・!」

「狂えない?捻じ曲げ?誰のことだよ___」

 

 

 

 ___()()()が来た。

 

 

 

 

「___はあ?」

「ひい!来たのか!?」

 

 

 そいつは、バニルが着ているのと同じタキシードを着ている。

 そいつは、目が離せなくなるような美青年でよく見ると左右の目の色が違う。

 そいつは、そんな「形」をした途方もなく巨大な魔力と瘴気の塊だった。

 

 

 視線をそいつの方に向けたまま硬直した俺の手元で、アルダープが叫んだ。

 

 

「マクス・・・・・・地獄の公爵・・・・・・マクスウェル・・・!」

 

 

 えっ?

 

 

 ・・・・・・・・・・・・え゙っ?

 

 

 

 




次回こそ豚と愛の逃避行します。
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