サトウカズマはおうちにかえりたい   作:不浄庭園

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悪感情ぱくぱくおいしいです



豚に心中

 人間らしい生活のために太陽が必要だというのは分かってもらえると思う。

 でも、太陽に近寄り過ぎることが危険だということも分かってもらえるよな?

 卑近な例だと熱中症や脱水症状の危険があるし、俺の元いた世界には太陽に近づきすぎたせいで翼が燃え尽き墜落死した男の神話があったはずだ。

 

 翻って悪魔の生活に必要なものは魔力だ。悪魔は物質としての肉体を持たず、魔力ありきで存在しているからだとかなんとか。

 だから悪感情や瘴気を摂取して体内に魔力を作り出す。人間が日光を浴びることで体内に栄養を作り出すように。

 そして人間同様に、大量の魔力をぶつけられることは悪魔にとって危険である。魔力で構成された肉体は膨大な魔力の前では掻き乱され、撹拌されて、___ボンってなるそうだ。

 

 さて、以上の事実を踏まえて現状を端的に説明しよう

 

 

「アルダープ!アルダープ!僕だよ!さあ、逃げられるものなら逃げてみてよアルダープ!」

 

 

 灼熱の太陽が追いかけてきた。

 

 

 +++++++++++++++

 

 

「うおわあああ!来るな!来ないでくれマクス!もうこないでくれえええ!」

「やめてえええ!消えちゃう!俺が消えちゃう!来ないでマクス様あああ!」

 

 俺とアルダープは同じ方向に逃げていた。アルダープが隠れ場所にしていた岩場の奥へと潜り込んでジグザクに抜けていくが、地獄の荒れた地面を歩き慣れていて、さらに羽で浮いて移動できる俺と違ってアルダープは手足がやせ衰えているのもあって足元がかなり覚束ない。

 俺がまだボンッとなっていないのも、アルダープが捕まっていないのも単にマクスウェルとかいう公爵悪魔の追跡がゆっくりとした徒歩だからに過ぎない。

 

「そこの小悪魔!ワ、ワシを引っ張るならもっと丁寧にせんか!」

「うるせえな!助けてもらってる分際で何なんだお前は!頭が治ったと思ったのに性根はそのままか!」

 

 そう、俺はアルダープの腕を引きながら共に逃げていた。

 

 どうして俺達のパーティに危害を加えてきた奴を庇って一緒に逃亡しなければならないんだ?

  マクスウェルの狙いは恐らく俺じゃないし、そもそも俺のような下級悪魔なんて視界にすら入っていないだろうからさっさと一人で逃げるべきなのに、こんなことになったかと一言で言うと、

 

「悪魔ってこんな面倒くさい生態なのかよ!」

 

 今の俺が悪魔だからだ。

 

 俺は既に「申請書を融通してもらう代わりに覗き魔を追い払う」という約束を結んでしまっている。だからアルダープを放置していくことが出来ないのだ。

 マクスウェルが逃げ出したアルダープをどこかに連れて行ってくれる可能性も十分高いと思うのだが、それを保証してくれるものがない上に「俺が追い払う」という条件が満たされない以上契約を破棄したことになるようだ。

  契約不履行を侵した悪魔がどうなるかは知らないが迂闊な真似はできない、こっちは何も知らない成り立て下級悪魔なのだ。

 悪魔の本懐、生態に逆らうことはできない!

 

「あがっ!?」

「こけたっ!?早く起きろ!追いつかれるぞ!地獄に来てまで痛がってる場合か!」

「やかましいわ!下級悪魔風情が、このワシに指図するでない!」

「ああ?俺のおかげで何とか逃げられてんだぞ?どうする?このままあいつに捕まっていいのか?あいつ怒ってるかもしれないぞ?二度と逃げられないように、すんごいことをされてもいいのか!?」

「ひい!も、もういやじゃあ・・・マクスのところはもう嫌じゃあ・・・!」

 

 腕を引っ張られては偉そうに言い返し、かと思えば大悪魔に対して縮み上がって怯える。正気に戻ったかと思えばこの錯乱っぷり、見る影もないし、ざまあとでも言ってやりたいところだが、こいつを走らせなければならないので俺は精一杯声を張り上げた。

 

「ここで終わりじゃねえだろアルダープ!震えるな!奮い立て!お前は仮にも領主にまで上り詰めた男だろ!王族やダクネスの実家に取り調べを受けても何かしら汚い方法で切り抜けてブクブクと私腹を肥やしてきたんだろ!その図々しさをどこに失くしたんだ!ねちっこさこそお前の強みだろ!」

 

 ・・・・・・あれ?

 どうして悪魔の俺が人間を、しかもかつての敵を熱血に励ましてるんだ?

 

 今はもう考えないでおこう。こっちも死ぬか生きるかだ。

 

 アルダープは何とか体を起こしたが、そこで顔を顰めた。なにやら右足を抑えている。

 

「ぐ、うう・・・足を捻ってしまった・・・お前、ワシを背負っ」

「甘えんな。『フリーズ』」

「ふほおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 抑えていた方の足首に向かって氷結魔法をぶちかました。腫れてるなら冷やして治せ。

 爆裂魔法を使ったわけでもない奴を背負ってたまるか!

 

「き、貴様・・・助かった後で覚えておれ・・・」

「助かりたきゃ走れ!この豚骨罪人!」

「ヒューッ!ヒューッ!いいよアルダープ!痛みの悪感情だ!アルダープ!些細な痛みで大袈裟に痛がるところが可愛いよアルダープ!どんどん強い痛みを与えたくなるよアルダープ!」

「なんか喜んでるぞあいつ・・・・・・こわっ、はよ走れポンコツ罪人」

 

 なんとか痛みの止まったらしいアルダープを引いて走り出す。

 そんな俺たちを後ろから、あの甲高い声だけが追いかけてきた。

 

 

「楽しみだ!楽しみだよアルダープ!痛みが恐怖に育つ瞬間が!恐怖が絶望に転ずる瞬間が!他の悪感情が全て枯れ果てるほどの絶望が!ヒューッ!ヒューッ!ヒューッ!」

 

 

 アルダープは大概ダクネスにゾッコンだがこいつもこいつでアルダープに心酔しすぎだろ!巻き添え食ってるこっちのことも気にかけてくれよ!

 しかし、悪感情か・・・。こうして逃げている間にも隣にいるアルダープからは常時、痛みや恐怖をブレンドした悪感情が湧き出ているし、それはマクスウェルだけでなく俺の体内にも栄養として吸収されているのが分かる。

 これならもしかして・・・。

 俺はアルダープを片手で引きずるように走りながら反対の手をマクスウェルに向けて、

 

「『ファイアーボール』!『ライトニング』!『ブレード・オブ・ウインド』!」

 

 中級魔法を連続でぶちかました。俺の習得している中で最も攻撃力の高い魔法が真っ直ぐ標的に向かっていく。直後、礫が弾け粉塵が巻き起こった。一つ一つの魔法に限界ギリギリまで魔力を込めただけあって自己新記録間違いなしの威力だ。

 そして、初級魔法すら撃てなくなるほど魔力を消費した俺はというと・・・。

 

 

「すげえ!魔界の瘴気と悪感情のおかげで魔力がガンガン回復していく!」

 

 

 ピンピンしていた。 

 

「なんなのだ前・・・ちっぽけな悪魔のくせにやるではないか!」

「ふははは!俺は名も無き悪魔!中級魔法を操り、いずれあの世界に舞い戻る者!」

 

 肺に吸い込んだ瘴気と胃に溜まった悪感情が消化され、消耗した魔力を新たに補っていく感覚を初めて理解した。まるで内臓がマナタイトになった気分だ。しかも瘴気なら魔界に溢れている!

 俺には魔王戦において、マナタイトがないと大した攻撃魔法を撃てなかった苦い思い出がある。だから今ちょっと楽しい。ドレインタッチなしで魔法が連発できるのは爽快感があるな。

 

「とはいえあいつの魔力は消えてない、足止めにしかなってないみたいだ!行くぞポンコツ罪人」

「なっ、このワシを、まだ走らせるのか!」

「そうだ走れほら!そして悪感情を吐き出せ!」

 

 分かってはいたが、マクスウェルは土煙の中から平然と姿を現した。焦点の合わないオッドアイも、危うげにふらつきながらも確実にこっちを捕捉している足取りも何も変わらない。

 

 アルダープの腕をわざと強く引いて再度走り出す。そうすることでアルダープから吹き出た痛みと怒りの悪感情が掴んだ手から伝わってきた。

 それと同時、急速に回復した魔力を休むまもなく攻撃魔法につぎ込む!

 

「足くらい滑らせろ!『ファイアーボール』!『ファイアーボール』!『ファイアーボール』!・・・・・・・・・おまけに『ティンダー』!」

「あちっ!?貴様あああ!なぜ今ワシにちょっとだけ攻撃した!?」

「美味しいご飯を製造するためだよ!」

 

 マクスウェルの追跡は止まらない。

 アルダープは相変わらず喧しい。

 俺は未だに下級悪魔のままだけど。

 

 何となく、悪魔の戦い方が分かってきた気がする!

 流石に公爵悪魔に勝てるとは思ってもいないが・・・。

 

 

「これなら負けねえ!」

 

 

 

 

 +++++++++++++++

 

 

 

 

 数分後。

 

 

「これでも撒けねえ!」

 

 

 状況は全く進展していなかった。

 魔界の瘴気と「食い溜め」した悪感情で魔力を高速回復、それでも足りなければ追加の悪感情を補充するためにアルダープを張り倒し、たっぷりの魔力を込めた魔法を放つ。

 別に思い上がったつもりはない。後先考えない魔力を込めても紅魔族の連中が楽々振り回していた上級魔法から二段も三段も落ちるのは見ればわかる。そんなものが公爵悪魔に通じるならバニルが魔王軍幹部なんてやってないからな。

 

 「でも、これはいくらなんでもおかしいだろ!倒せるとは思ってないけど、足止めすらできないのか!?大悪魔ってのはこうも理不尽なのかおい!?」

 

 マクスウェルと俺達の距離は広がらない、狭まりすらしない。こっちは走りながら魔法を放ち、向こうは夢遊病患者のような頼りない足取りで歩いているのに状況は膠着したままだ。

 例えば機動要塞デストロイヤーや巨大スライム状態になったハンスが相手の場合、こいつらにファイアーボールをぶつけても止まらないだろう。

 だが、マクスウェルは青年の姿で、二本の足で歩いているのだ。体がデカいわけでも不定形なわけでも八本足でもない。これだけ攻撃しているなら足を滑らせたり転んだりするぐらいはしてくれてもいいだろ!?暖簾に腕押しでもしてる気分だよもう!

 

 しかし俺にはまだ次なる策がある___

 

「アルダープ!僕だよ!煙の中からこんにちは!それともおはようかい!?ヒューッ!ヒューッ!」

「ぎゃあああああ!驚かすなマクスゥ!おい小枝悪魔!この策で逃げ切れると言っておったではないか!」

「うるせえお荷物罪人!!なんてこった煙幕も効かねえのかよ!」

 

 けど、その策もダメでした。

 

 ありったけのクリエイトウォーターで生み出した水を、荒れた地面の窪みや亀裂に流し込んで巨大な水たまりを作り、同じくありったけの魔力を込めたファイアーボールでそれを一気に蒸発させる。

 その水蒸気に紛れて逃げる方向を大きく変えて隠れ進んだのだが・・・・・・この有様である。彼我の距離はまるで固定されたかのように変化しない。

 

「お、おい小悪魔!近づいてくる!マクスが近づいておるぞ!」

「えっ、嘘・・・!?」

 

 ほとんど俺に引きずられているに等しいアルダープが叫ぶ。必死に走っていて前を見る暇もない俺とは逆にこいつはマクスウェルの方から目が離せないらしい。目が離せないくらいに怖がっているのだろうけれど、こっちが走りにくいから走るのに集中してくれないかな・・・。

 俺も走りながら何度か振り向く、背中を焼くような高密度の魔力はさっきからビンビンに感じているが距離が近づいているかは目で見て測るしかない。

 起伏の激しい岩だらけの大地はひどく見通しが悪い。そんな中を問答無用で直進してくるタキシード姿は確かにさっきよりも近づいているような・・・・・・?

 

「気持ち縮まっただけだろ!慌てんな!」

「そんなことはない!あいつが来る、来とるんじゃ!」

「わあったよ!だったら必死こいて走れよこら!」

 

 しかしこいつ何をいきなり怯えだしたんだ?

 おかげで恐怖の悪感情が湧く量が増えた気もする、それに恐怖に対する絶望のブレンド比が増えた。近くにいる悪魔の俺にはそれが敏感に分かる。

 

「ヒューッ!ヒューッ!ヒューッ!」

 

 マクスウェルが急に声を上げた。見ると嬉しくてたまらないとでもいうように口の端がつり上がった笑みを浮かべている。

 

 そうか、分かった。

 俺がアルダープをひっぱたいて悪感情を引き出すように、マクスウェルはこうやってじわじわアルダープを追い詰め、好みの悪感情を絞っているんだ。

 

「でも、あいつは公爵悪魔だろ・・・こんな地道なやり方で手に入る悪感情なんて高がしれてるんじゃ・・・」

「そうだ!飛べっ!飛ぶんじゃ木っ端悪魔!その小汚い羽で飛んで逃げるがいい!」

「はあっ!?人が気にしてる羽のことをまたストレートに・・・飛んで欲しけりゃもう少し痩せ・・・無理か」

 

 飛んで逃げるという方法は思いついていた。

 これでも俺の『飛行』スキルはそこらの下級悪魔を上回る熟練度を誇る。地獄の地面は整地されてなくて歩きづらいので仕事中はずーっと飛んでいたからだ。

 最初の頃は他の悪魔同様に時と場合に応じて歩いたり走ったりもしていたが、『飛行』スキルを覚えて以来もはや浮きっぱなしである。そりゃレベルも上がるというものだ。

 

 でも流石に人間一人ぶら下げて飛んだことはない。こっちは瘴気と悪感情を補充しながら消費するという自転車操業な状態でようやく逃げているんだ。公爵悪魔相手にぶっつけ本番なんてできるか!

 例えばここで一気に魔力が跳ね上がるようなことがあればいいのだが、瘴気の濃度はどこも一定、悪感情を出してくれる魂は地獄にならいくらでもあるが魔界にはない。

 俺はマクスウェルに打ち込み続けていた魔法を一旦止めて走る方に集中する。

  しかし、走ってもダメ、迎撃してもダメとくればもうどうしろってんだ!

 

「何回言ったか知らんが理不尽にも程があるぞ公爵様はよお!アルダープ!お前痩せるだけじゃなくてもうちょっと小さくなれよ!そしたら荷物よろしく運んでやるからよ!」

「無茶吐かすな!ワシがこの地獄に来て何十年たったと思っとる!小さくなって隠れられるならいくらでもやっておるわ!」

「何十年って、お前一年くらい前までアクセルにいたじゃねえか!」

「何を意味のわからんことを言っとるんだ・・・?お前がワシの何を知っとる!」

「え、なに?俺がおかしいみたいに・・・お前もしかしてずっと逃げてんのか?」

「いや、何度も逃げ切れずに・・・お、思い出させるんじゃない!」

 

  アルダープが過去の惨事を思い出したように竦みあがった。

 

 と、そこで突然、

 

 俺にはピンと来た。

 

 人間だった頃の知識と記憶が今の状況に引っかかるところがあったのだ。

 

 ___いつまでも引き離せないが追いついても来ない

 

 ___本人曰く何十年も繰り返してきたのに

 

 ___どれだけあがいても逃げ切れない

 

 ___絶望

 

 

 

『この私の体は好きにできても、心まで自由にできるとは思うなよ!

 城に囚われ魔王の手先に理不尽な要求をされる女騎士とか……どうしようカズマ、予想外に萌えるシチュエーションだ!』

 

『必死に生きようと無茶なクエストを受け続けた私は、力及ばず魔王軍の手先に捉えられ…組み伏せられて……私はそんな人生を送りたい!』

 

 俺がこの状況から連想したのはそんなどうしようもない回想。

 聖騎士にしてドM、至高のシチュエーションを求めて被虐性癖の道を突っ走る俺たちのパーティメンバーにしてアルダープが地獄に落ちてまでご執心のダクネスのお言葉である

 この切迫した状況であいつの言葉が頭に降りてきたってことは___

 

 

 

「___プレイの一環か?」

 

 

 俺は、足を止めた。腕を掴まれたままのアルダープがつんのめって転ぶ。それでもすぐに起き上がって早く逃げろだなんだとぎゃあぎゃあと喚きだす根性があるあたり只者じゃない。

 だが、逃げ出す必要は、もうない。

 

 公爵悪魔のマクスウェルもまた、動かなかったからだ。

 

 岩場の影でぼんやりと立ったまま、こちらを無表情で眺めている。アルダープが大袈裟に怖がるのが面白いのか偶に手を振りながら。

 その様子を見て俺は深く息を吐いた。

 あー、緊張した。マクスウェルが近づいてきたらアルダープはともかく俺は即消滅するところだった。しかしこれで確信は得られた。

 

 ___やはりこれはプレイだ。

 

 アルダープを適当に逃がし、それを追いかけじわじわ追い詰めるというシンプルなもの。

 逃げ出したペットや囚人を毎回痛めつけ続けるとその内檻から逃げ出さなくなるそうだが、それを模したのかもしれない。

 ダクネスが被虐性癖ならマクスウェルは加虐性癖といったところか。

 

 どうやらアルダープの周りには極端なのしかいないらしい。

 

「おいアルダープ、マクスウェル様とやらの好みの悪感情はどれだ?俺の予想じゃ絶望か焦燥のどっちかだと思うんだが」

「はあ?こんなときに何を言っとる!ああまずい・・・!近づいてきとる、近づいてきとるぞ!マクスがワシに!」

「錯乱してんじゃねえ!ほら、ララティーナのこと教えてやるから!」

「はっ!ララティーナ!」

 

 ダクネスのことを出すと一気に正気に戻った。アルダープが偏執的なのかダクネスがそれほど魅力のある女なのかは知らないが、あの被虐性癖を知っている身としては閉口だ。 

 もしかしたらアルダープはダクネスの外面しか知らなかったのかもしれない。

 

 ん?なんか思いつきそうだ。

 

 これがうまくいけば満足したマクスウェルは追いかけっこを切り上げてアルダープをどこかに連れて行ってくれるだろう、今ならそれが確実だと分かる。

 これは逃避行じゃなかった。保護者の悪魔と罪人の鬼ごっこみたいなものでしかなかった。だから主催者が満足すればそこで終わりなのだ。

 

「絶望だ・・・マクスはワシの絶望を得るために何年に一度かこうやってワシを逃がすんじゃ・・・」

「なるほど、それを追いかけて、逃げ切れないと悟ったお前から絶望をいただくって寸法か。しかし体感で何十年もの間そんなことをやってるのか?絶望したとか言いながら何度も挑戦しているじゃないか。お前には学習能力がないのか?」

 

 こいつの言葉を聞くと脱出の希望を捨てていないような印象を受ける。それは絶望の概念とは矛盾しているんじゃないのか?

 

「それは・・・・・・そうだ、思い出してきた・・・思い出してきたぞ・・・マクスの力のせいじゃ・・・ワシが死ぬこともなく、正気を失わないのも、何度失敗してもそれを忘れてまた逃げ出してしまうのも・・・」

「力?公爵連中がえげつない能力持ちなのは知っているけど・・・なにか?アイツの能力は記憶や人格を弄る系ってことか?」

 

 正気を失わない、失敗したことを忘れる、と聞けば洗脳系能力者みたいだが・・・死なないというのがよく分からない。悪魔なのに蘇生魔法が使えるのだろうか。

 参照できる公爵悪魔の記憶が見通す力を持つバニル一人なのでどうにも予測が立てにくい。

 アルダープは未だマクスウェルから目を逸らさないままその力について言及した。

 

「・・・し、真理をねじ曲げる者、辻褄合わせのマクスウェル・・・奴が力を使えば世界は奴の思うがままなのだ・・・」

「・・・・・・・・・は?」

 

 こいつ今なんて言った?世界を思うがまま?

 

「『ワシを正気に戻す』と奴が決めれば・・・とにかくそうなるのだ、過程や辻褄は全て捻じ曲げられて結果へと紡がれる・・・ああ!そうじゃ!また思い出してきた!・・・い、今までも奴は『逃げたワシが捕まる』という風に辻褄を合わせた上でワシを泳がして楽しんでおったんじゃ!」

「おい!おおい!おいおい!お前ふざけんなよ!!じゃあなんだ?これだけ走っても妨害しても逃げ切れないのは『アルダープが捕まる』って未来が真理として確定しているからか!?最終的にそうなるように辻褄が合うってか!だったら何しても効果がないわけだよ!とんだ骨折り損だ!」

 

 バニルが未来を覗き見る能力で、マクスウェルは未来を好きに設定する能力ってことか?

 

 俺はちっぽけな体に詰まった自分の命と魔力を張っていたのに、実は負け確イベントだとか・・・なんたるガッカリ感!攻略サイトはどこだ!負け確と分かっていたら魔力の無駄遣いなんてしなかったよ!

 俺の中にやるせなさと怒りがふつふつと湧き上がる。これはやり返さないと気が済まない、やり返すべきだ、やり返そう。

 

 もちろん影を踏むのも畏れ多い公爵様に楯突く気はないけど?

 そもそも影が踏めるほど近寄ったらボンッってなるからね、俺が。

 

「アルダープ・・・悪魔が嘘をつかないのは知っているな?」

「はあ?そのまぬけ面を近づけてきたと思ったらいきなりなんだ?それよりマクスが止まってる内に早く逃げんか!」

「まあまあ落ち着け、今から大事なことを伝えるからちゃんと信じてくれってことだ。ララティーナのことだぞ」

「ララッ!?」

 

 俺が足を止めたことで地面にへたりこんでいたアルダープが顔をはね上げた。それに連動したのか絶望と恐怖が少し薄れて別の感情が流れ出てきた。 これは喜悦と、期待か?

 

「・・・ヒューッ!!!」

 

 もちろんそんな喜ばしい感情を喜ばないのが悪魔だ。

 

 アルダープから絞っていた悪感情が途切れたことが気に障ったらしいマクスウェルが追跡を再開する。完全な無表情のまま一歩、踏み出した。

 それだけで地面は轟音と共にひび割れ、衝撃で岩は吹き飛びマクスウェルとの間にあった遮蔽物は全て消え失せた。おまけに飛んできた岩や瓦礫は俺達を綺麗に取り囲むように地面に突き刺さりバリケードとして退路まで断ってくる始末。

 幸運では説明のつかないこの現象は辻褄合わせの本領発揮ということか。

 

「マッ、マクスウェル・・・!怒っておるのか!?こらっ!そこの小悪魔!貴様のせいでマクスウェルが機嫌を損ねたでは」

「ララティーナのお嬢とマクスウェル、どっちが大事なんだよ、いいから聞けって。この名も無き悪魔がとっておきの真実を教えてやる」

 

 一歩踏みしめる毎に修復不可能な亀裂を生み出しながら大悪魔が迫ってくる。俺が不純物を混ぜ込んだ絶望を元に戻して徴収するために。

 そのあとは辻褄合わせの力でアルダープを記憶喪失にでもして鬼ごっこを再開するのだろう。

 

 しかし、甘い。見通す悪魔を出し抜いたカズマさん・・・・・・の関係者からしてみればそれはあまりにも甘い。絶望とは二度と手に入らないものにこそ覚えるものだ。

 

 

 俺はアルダープの耳に口元を寄せると___

 

 

 

「ララティーナな、ファーストキス済ませちゃったぞ」

 

 

 

 +++++++++++++++

 

 

 

「ヒューッ!ヒューッ!すごいよ、すごいや!アルダープ!こんな上質な絶望は何年ぶりだろう!?愛しの君を連れ去ったあの日から・・・・・・あれ?いつだっけ?誰かに手伝ってもらってたような・・・?ああそれにしてもすごい絶望だ!アルダープ!君を選んだ僕の目に狂いはなかった!ヒュッ!ヒューッ!」

 

 整った髪を振り乱し、オッドアイを爛々と輝かせた公爵様がアルダープの周りをはしゃぎ回っている。

 こうして落ち着いて眺めていて気づいたのだが、マクスウェルは後頭部がぽっかり欠け落ちているようだ。イケメンに敵意を抱いている俺でも、あのグロすぎる穴を見て突っかかろうとは思わない。

 一方で、アルダープはというと膝をついて魔界の空を見上げたまま燃え尽きたようにピクリとも動かない。全身は汗びっしょりで周囲には吐き散らかされた吐瀉物や血が泥のように点々としている。数分前まで苦しみもがいていた時の名残だ。

 

 ちなみに俺はアルダープを放って空に避難しました。

 

 

 ララティーナことダスティネス・フォード・ララティーナ、愛称ダクネスの初めてのキスがどこかの誰かのものになったという真実は、それはもう猛威を振るい、結果としてとんでもない量と質の絶望の悪感情を爆発させた。

 

 アルダープは最初、頭を強く殴られたかのように驚愕に目を見開くだけだったが、俺の言葉に嘘がないと理解した途端頭を抱えてそこら中を転げ回り、悶えに悶えて岩や地面に額を打ち付け血とゲロをこびりつけてまわった。骨と皮ばかりの老人とは思えない七転八倒っぷりには、ちょっと申し訳ないと思わなくはないほどに。

 以前クリスから聞いた話ではアルダープの執着はダクネスが子供の頃からのものだったらしい。例えそれが変態性欲だろうと偏愛だろうと、そこらの青少年向け純愛ラブコメなど駆逐してしまうような底知れない感情ではあったのだろう。

 結果としてアルダープは領主の権力と横暴の限りを尽くしてもダクネスを手に入れることはできなかったし、どんな過程があったかは知らないが今や地獄の公爵のおもちゃになっている。

 それでもこいつにとってダクネスは生きる原動力みたいなものではあったのだろう。

 アルダープがダクネスの本性を把握していたのかは今となっては知る由もない、しかし少なくともアルダープがララティーナへ向けていた欲望はぽっきりと根元から折れた。

 正気を失くして絶叫し、食いしばった歯がポップコーンのように四散する様には流石の俺も溜飲を下げざるを得ない。

 

「ファーストキスっては最初の一人だけのもの。こればっかりはどれだけ辻褄を合わせても覆らないもんなあ」

 

 倒れ伏してピクリとも動かない豚骨亡者の周りを踊り狂うタキシードを着た大悪魔を眺めながらしみじみと俺は呟いた。ちなみに暴れまわったアルダープの全身の怪我はマクスウェルが能力を使ってよく分からない感じで治ったらしい。

 

 こうして公爵様には満足頂けたわけだが、ダクネスのファーストキスを頂いた佐藤和真、彼の関係者である俺としては今回の件はギリギリだったと言わざるを得ない。

 

 マクスウェルがちょっと早く遊びを終わらせるつもりだったら俺は情報を集めきる前に消滅していたし、アルダープがファーストキスを自分で奪えなかった程度でショックを受けるような処女厨でなかったらあれほどの絶望は得られずマクスウェルも満足しなかったのだから。

 

「これも幸運パラメータのおかげかな・・・」

 

 そういうことにしておこう。

 俺は名も無き悪魔。地獄随一の幸運の持ち主にして中級魔法を操り、やがてあの世界に返り咲く予定の者。

 

 絶望を余韻まで堪能して満足したらしいマクスウェルがアルダープの腕を引いている。どうやら連れて帰ってくれるらしい。ようやく俺も肩の荷が降りた気分だ。そもそも悪魔の持つ、契約を放棄できないという性質がなければこうも危険にならなかったような気がするのだが・・・。

 上空からの第三者目線でそんなことを愚痴っても意味はないか。

 と、ここでマクスウェルが、ゴリゴリと音を立てながらアルダープを引きずっていた手を放した。どうやら完全に意気消沈して脱力しきった肉体が運び辛いらしい。

 

「そうだ、どうして忘れていたんだろう!アルダープ!アルダープ!絶望上手なアルダープ!今日!君から受け取った極上の悪感情のお返しをしないといけない!ずっと昔に誰かから言われたんだ!僕は忘れっぽいって!ヒューッ!ヒューッ!だから急いでお返しをするよ!」

 

 瞳はキラキラと輝いているが後頭部は底なしの暗い穴が空いた頭を振り向かせ、そんなことを言う大悪魔。これはアクアが「名案を思いついたわ!私ったら天才ね!」と発言した時に匹敵する危険度だと直感した。

 

「アルダープ!大好きな君が元気に魔界を駆け回れるだけの『力』をあげるよ!」

 

 そう言うとマクスウェルは首を下に傾けた。頚椎が折れたんじゃないかと思うほど鋭い角度だ。同時に欠けた後頭部の断面がアルダープを向く、まるで大砲の照準を合わせたように・・・。

 

 

「この世にある我が眷属よ。地獄の公爵マクスウェルが命ず・・・・・・」

 

 

 どす黒い魔力が後頭部の穴からごぽりと溢れ出た。なんだあれ!?俺は全力で羽ばたくと同時に飛行魔法を発動して急速離脱した。

 

 

「汝に我が呪いを!『カースド・ダークネス』!」

 

 

 聞いたことのない魔法が発動し直撃したアルダープが黒い光に包まれる。

 遠目に見ると、かつてダクネスが食らった死の宣告を彷彿とさせる光景だが・・・。

 

「さあ、立って!アルダープ!ヒューッ!ヒューッ!」

 

 明らかにヤバい魔法の直撃を受けてもぴくりとも動かないアルダープに喜色満面のマクスウェルが呼びかける。アルダープはどう見ても走れる様子ではない。

 

 しかし、変化は一瞬

 

 

「・・・・・・・・・・・・ぉ?」

 

 

 アルダープの膝がビクンと痙攣すると、その体がバネ仕掛けのように立ち上がった。その弾みで首が仰け反る。

 

「ヒューッ!ヒューッ!走ろう!走るんだ!走れ!アルダープ!」

 

 その言葉が何かのスイッチだったのか、さっきまで虚脱状態だった老人とは思えない勢いで無茶苦茶に足を動かして地面を跳んでいく。

 だが、目は虚ろで、上半身はグラグラと芯が通っておらず、両腕を振り乱したままだ。

 

 恐らくマクスウェルは洗脳ではなく呪いか何かの魔法を使ったのだろう。今のアルダープはそれのせいで我武者羅に走らされている。それは見えない糸に引きずられている操り人形のようだった。

 

 うわ、マジかよ・・・あれ、両足首が折れたまま走ってるじゃねえか・・・。

 

 マクスウェルはアルダープの隣を難なく並走し、二人は地平線に向かってどこまでも駆けていった。

 

「ヒューッ!さあ行こう!魔界の彼方へ!ヒューッ!ヒューッ!ヒューッ!!」

 

 魔界の中心、その一等地にあるという公爵の邸宅に辿り着くまでにアルダープの両足の骨や筋肉が原形を保っていられたのかどうかは知らない。

 

 

 まあ何があっても辻褄を合わせてどうにかするのだろう。

 

 はい、契約履行。

 

 

 

 




名無しモブ紹介01


『ご近所サキュバスさん』


低身長巨乳。
レベル、ステータスは共に低い。元カズマの新居に挨拶に来た隣人悪魔。

最初から性に奔放な人間よりも貞節を守る硬派で誠実な男性が好み。
もちろんお近づきになった後は背徳的で退廃的な淫蕩の世界に引きずり込むつもりだというサキュバスの鑑。
しかし冒険者にとっては有害なその嗜好を妥協できなかったのでアクセルのサキュバス喫茶には勤務できなかった。

特技は裁縫。普通の毛糸や布地、下級悪魔の皮まで器用に扱う。
ただし男性用セーターを編むと必ず乳首の部分だけ穴が開いたデザインになる。

ちなみに最初からいやらしい目的で近づいてきた元カズマは性の対象として眼中にない。

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