サトウカズマはおうちにかえりたい   作:コウカローチ

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バニルが出た途端、しおりとUAとお気に入りの数が激増しました。
流石カズマさんのグッドビジネスパートナーにして原作中数少ない有能キャラ。

感想は楽しく読ませていただいております。

しかし皆様どうしてバニルがタダで助けてくれると思ってるんですかねえ・・・



BNL48

 

 

 大悪魔バニル。

 

 地獄に来てからこっち、こいつの名前を思い出すことは度々あった。

地獄の公爵にして元魔王軍幹部の見通す悪魔。しかし幹部でありながら恐らく魔王より強い。魔王を倒した俺達のパーティがこいつを仕留めきれていないという事実がその証明だ。

土砂を固めて出来た再生可能の肉体に、高い魔力と長命により蓄積された戦闘経験、果ては人間に憑依する能力まで使いこなし、場を掻き乱したついでに精神攻撃で悪感情までつまみ食いしてくるという徹底した悪魔ぶり。

対悪魔のエキスパートであるアクアに、人類最強の攻撃手段である爆裂魔法を操るめぐみんの二人がいて辛うじて勝利を収めたと思ったら『残機』を使ってちゃっかり復活する始末。あまつさえ自身が討伐されたことすら狙い通りだったというのだからやってられない。所謂「負け確イベの敵キャラ」である。マクスウェルといい、公爵はこんなんばっかりか。

 

だったら戦うよりも味方になっちまうかと持ちかけられた儲け話に一も二もなく乗ったのが俺だった訳だが・・・・・・。

そういや人間だった頃、ダンジョン最奥の財宝をバニルにくれてやるって約束をしたんだった。

 

ん?悪魔にとって約束は絶対だが、人間だった頃にした約束は悪魔になったときどうなるんだ?

 

「そこの最弱勇者の成れの果てよ。例え貴様が人間であろうと悪魔であろうと、約束を踏み倒そうとしている相手が我輩である時点でおしおきは確定であることを忘れてはおらぬか?」

「うおっ!?人の頭を見通すなよ!」

 

 相変わらず絶好調な見通す力にイラついたのは事実だが、なんだか懐かしくなってしまった。アクセルでこいつと何度も積み重ねた商談と打合せを思い出す。

 それはそれとして確認しておかないといけないこともある。俺は覚悟を決めると、バニルの目を見ながら口を開いた。

 

「・・・・・・あのサキュバスさん、実は最初からお前の変装だったとかじゃない、よな・・・?」

「うむ、今の我輩は無間地獄を埋め尽くしかねない量の書類と業務を抱える多忙の身。手の込んだ嫌がらせなどする暇などない。件の淫魔が女子会で貴様の下心に満ちた視線を嘲罵しておる隙を狙って我が残機がこうして足を運んだだけのことである」

「あ。そういえば俺が消滅してないし、お前本体じゃなかったんだな。魔力の圧も俺が耐えられる程度だし」

 

 サキュバスさんへの幻想をぶち殺されなかったことで何とか平静を取り戻した。

人間だった頃の雑談だったかで、バニルは残機を使って30人くらいに分身できるとか言っていた気がする。つまりこいつもその分身の一人だろう。

 

 本体が地獄のどっかで働いているとして、かつてキールのダンジョンで俺達が倒したのが一代目、今もアクセルにいるであろう個体が二代目、じゃあこいつは三代目以降のどれかということか。悪魔のデタラメっぷりがよくわかる。

 

 しかし、もっと重要なことがある。俺はそこに突っ込んだ。

 

「足を運んだってことは・・・さっきの知り合い発言といい、お前、俺の正体に気づいて・・・いや、見通しているのか!?」

 

 仮にもこの大悪魔が知らないことなどウィズやアクアの未来を除けばほぼ皆無と言っていいだろうし、だからこれはほとんど確認みたいなものだ。

 

「ふむ、今の我輩に分かることは微々たるものだが・・・」

 

 バニルは仮面の向きをわずかに調整するようにしながら俺を見て口を開いた。

 

「我輩の目の前にいる矮小な悪魔の魂が、数日前に魔王を倒したものの拠点にしていた街にも戻らないまま忽然と姿を消し、魔王軍の襲撃を退けた後の駆け出し冒険者の街の復興作業の傍ら捜索活動が進められるものの、ギルドにも自宅にも愉快な夢を見られるという噂の喫茶店も含めて影も形もなく、しびれを切らした仲間の一人である短気な魔法使いとおつむの足りないプリースト発案の下、世界最大のダンジョン内の捜索を始める準備として被虐性癖の聖騎士が、同じく復興作業中の王都騎士団に助力を要請してまで探し出そうとしている性欲旺盛な最弱職の男の魂と同一であることくらいしか分からんな」

 

「待て待て待て待て!一息に喋るな!でもお前がほとんど知り尽くしていることだけは分かったぞ!だからもう一回説明しろ!してください!」

「今の発言は初回サービスである。二回目以降は有料となっておるが持ち合わせはお有りで?現物支給制で働いている小悪魔よ」

「この野郎!!」

 

 バニルはまるでテープの早送りのように一瀉千里に喋りきった。おそらく情報に飢えている俺をイラつかせて悪感情を得るためだろう。

辛うじて聞き取れた内容をまとめると、短気なめぐみんとおつむの足りないアクアが俺を探すためにダンジョンにまで突入しようとしていて、被虐性癖のダクネスがダンジョン捜索のために王都に協力を仰いでいる・・・・・・こんなところか?

 

これはなんとなく、冒険者仲間としてあいつらのシンプルな思考回路を知る俺の予想だが・・・・・・アクアとめぐみんが後先考えずにダンジョンにテレポートしようとしたところをダクネスやゆんゆん、もしかしたら魔剣の奴とかが押しとどめ、捜索活動なら一旦王都やアクセルから協力者を募った方が成功率も上がるとかなんとか説き伏せている光景が目に浮かんだ。

 

変態のくせに偶にまっとうな事を言うダクネスと、紅魔族出身でありながら常識的なゆんゆんの面目躍如である。グッジョブだ。

 

しかし、こうしちゃいられない、俺もさっさとあの世界に戻らないと。

渡りに船とばかりに大悪魔バニルも出向いてくれたことだし公爵様のお力とやらを借りてさっさと地獄を脱出してしまわないと!

ホースト先輩達やサキュバスさんに挨拶も無しにいなくなるのは気が引けるからちょっと猶予をもらったほうがいいか?

なにはともかく、俺はバニルに向き直ると召喚について頼むことにした。

 

 

 

「ところでさ、折角来てくれたんだから俺をあの世界に召喚してくれないか?」

「うむ、超断る」

 

 

 

 超断られた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・えっ、マジで?

 俺の中にあった今後の予定が一瞬で真っ白になった。

 

 

「ちょちょ、ちょっと待てって、そういうのいいから、あ、悪感情ならさっき食ってただろ?これ以上俺を揺さぶってどうするつもりだ?」

「揺さぶるも何も、馬車や転移魔法屋が有料サービスであるように召喚儀式とてまた同様。我輩、代価もなしに投げつけられた不躾な頼み事を突き返しただけである」

「うぐっ、それもそうだった。・・・・・・あっ、代価といえばあれがあるだろ!世界最大のダンジョンの財宝!ぶっちゃけ俺がダンジョンごと爆裂したから全部が残っているとは言い難いけど、俺が発掘向きのスキルを取得すればなんとかなるだろうからさ!あれを担保にできないか?」

「一応、我輩が最後に見通した段階では財宝はほぼ全て無傷である。貴様がダンジョン内を逃げ回って距離を稼いだことにより幸運にも爆裂魔法の被災を免れたようだ」

「おお!だったらそれでなんとかなるだろ?」

「虫のいい考え方をしているところ残念だが、かの財宝は貴様の人間だった頃のレベル上げの代価として既に契約済みであるからして、改めて召喚のための代価にはならん。二重契約、というものに抵触するのだ」

「あっ・・・・・・」

 

 そうだった。魔王城に突撃するべく大量のスキルポイントをゲットする必要があった俺はウィズとバニルの協力を得る代価として20億エリス分の買い物をしたのだが、最終的にはダンジョン奥に隠されていた財宝のほとんども渡すことになっていたのだ。

 そして俺は抱えきれないほどの財宝を分けて運ぶため、ダンジョン最奥をテレポートの行き先に登録したわけだが・・・バニルにとっては俺が死んだことで財宝が放置されている今は契約が保留扱いなのだろう。

 しかし、ここで言い負かされる俺ではない。地獄の常識には疎いが、今俺とバニルがしているのはあの世界についての交渉であり商談なのだから。

 

「でもほら、あれだぞ?地獄からじゃダンジョンへのテレポートは出来ないんだから、俺を召喚しないと契約は完了しないぞ?」

 

 論点を変えてみることにした。召喚するための代価の話から、召喚することによるメリットの話へと。

 しかしバニルは先程から俺の話に全く食いついてこない。片手間に仮面の角度を調整しながら憮然としている。

 

「何を勘違いしているのかは知らんが、契約が完了しないことで焦るべきは貴様であるぞ、へっぽこ小悪魔」

「え?どういうことだ?俺が焦る?」

「このまま財宝回収の目処が立たないということは・・・・・・・・・・・・貴様は下賎な下級悪魔の分際で地獄の公爵と交わした契約を一方的に破ったことになるのだからな。お仕置き確定であるぞ」

「確かにそうだけどさ・・・」

 

 そこでバニルは俺に向かって一歩踏み出した。背の高い向こうが俺を見下ろす形になる。

 

「人間は殺さないというのが我輩のポリシーではある。つまり悪魔はその限りではないのだぞ?」

「いっ!?」

 

 今まで聞いたことのないシリアスさを潜めたバニルの声に震え、俺は思い切り後ずさった。無意識の内に飛行魔法まで使っていたようで、それなりに距離は空いたが地獄の公爵は気にも留めずにこちらをじっと見ている。廃威力のビームや光線を持つあいつにとって距離など何の問題にもならないことに遅れて気づいた。

 悪魔なのに冷や汗がダバダバ流れ出す。やべえ、地獄というホームグラウンドに戻ったせいかバニルの雰囲気が絶好調に怖い!

 

「じょ、冗談だよな?・・・お、俺だってあの世界に帰ろうと色々努力してるんだぞ?本当だぞ?悪魔嘘つかない!」

「悪魔は契約と約束を絶対とする性質上、あからさまな偽りを述べられないというだけである。相手の言質や曲解、誤解と無知を利用して人間をだまくらかすくらいは悪魔の義務教育であるからして、アクセルにおいてかつて悪魔以上に鬼畜と呼ばれたどこかの誰かと似た魂を持つ貴様ならどうとでも切り抜けそうであるなあ・・・」

「しないしない!事実そのどこかの誰かだって商談に関しちゃ真摯だっただろ?」

 

 両手を突き出すように降参の構えを取って必死に言い繕っている俺を見て、バニルはフンと鼻を鳴らしてピリピリとした空気を解いた。

・・・・・・た、助かったか?

 

「そうであるな、冗談ということにしておこう。我輩の見通したところ貴様も現状を打開しようと足掻いていたのは事実のようだ。もし貴様がすっかり地獄に馴染んで悪魔としての第二の人生を受け入れていた場合は容赦なく我が本体の力を以て貴様を滅するところであったぞ」

「お、おう・・・・・・そうだよ、お、俺はアクセルに帰る気満々さ・・・!」

 

 面倒見がよくて表情豊かなホースト先輩や一見刺々しいが仕事には人一倍、ならぬ悪魔一倍誠意を以て取り組んでいるアーネスの姐さん、順調に交流を続けているサキュバスさんや素直なペットっぽく見えてきたグレムリンとの生活のことを頭の片隅に置きつつしっかりと応えた。うん、しっかりと応えられたよな?別に地獄になんて馴染んでないよな俺?

 

「もう、怒ってないよな、バニル・・・様・・・?」

「端から貴様ごときに怒りなど覚えておらん。ちっぽけな悪魔が我輩の気分を掻き乱せると思っておるのか?魔王の奴が派手に散って以来、ここ数日煩わしいことばかりで機嫌が悪かっただけである」

「そ、そうか・・・・・・やっぱりあれか?魔王が死んだから残党狩りとかされているのか?お前元魔王軍だもんな」

「我輩のような善良な大悪魔には残党狩りなど無縁に決まっておろう。それに我輩は現役魔王軍の時から数百年不覚をとらなかった悪魔であるからして、地上で何があろうと我が本体は今は机にかじりついて終わらぬ執務に取り組むだけのこと」

 

 「終わらぬ執務」の単語が出ると同時、バニルは仮面の額に手をやるようにしてため息をついた。そんなに仕事がしたくないらしい。

とりあえず不機嫌そうな雰囲気は無くなったので改めて召喚してもらえるように頼みたいのだが、次はどう話を持っていったらいいか・・・・・・。

 

「む?なんだ貴様、無礼極まりなくもまだ我輩をテレポート屋のように利用する気であったか。言っておくが___」

 

 が、しかし。バニルの話を聞きながら思案する俺の目に、その残機バニルの仮面に刻まれた数字が入ったことで思考が停止した。

 

 

 

 

あれ?よく見たら、こいつの仮面に書かれている数字「Ⅱ」じゃね?

 

 

 

 

「___目の前にいる我輩こそが二代目バニルその者であるぞ?訳あってアクセルから地獄に戻っておるのだ」

 

 

・・・・・・・・・あれっ?それって・・・。

 

 

「つまり、なんだ。貴様が例の紙切れを提出できる相手は、地上のどこにもおらんというわけだ」

 

 

詰んでね?

 

 

 

+++++++++++++++

 

 

 

「我が部下の悪魔達からいよいよ突き上げを食らってしまってな。我輩が魔王軍に籍を置いてから数百年に亘って滞った仕事を処理せねばならなくなったのだ」

 

 バニルの説明はそんな風に始まった。その部下とやらに俺は覚えがある。ウィズとバニルで世界最大のダンジョンにレベル上げに向かったとき、その最下層において戦力強化のために召喚されていた屈強な姿の悪魔達のことだろう。

 喚び出されて早々、バニルに対して愚痴ったり文句をつけたりと異様に人間臭いというか、仕事に疲れたリーマンのような空気感を醸していたのが印象的だった。

 

「それで『主導権』を地上から地獄に戻したのだ。冒険者で言うところの、遠征帰りと考えればよい。魔王が死んだことで地上もしばらくは騒がしくなる。良い機会に職場の整理をしておこうと思ってな」

「主導権だの仕事だの、悪魔ってなんなんだよ本当に・・・・・・・・・でもいいのか?お前がいないとウィズが商才の無さを発揮して魔道具屋を倒産させちまうんじゃないか?」

 

 一応、魔王城に遠征に行く前に最高品質のマナタイトの料金20億エリスを払ってはいるが、そもそもそのマナタイトにしてもバニルが別口で手に入れた20億エリスをウィズが一瞬で消し飛ばして仕入れたものだ。

 アクセル随一の商才の無さを誇るウィズの前ではどれだけ潤沢な資金でも風前の灯だろう。

 痛いところを突かれたらしいバニルの口元がへの字に歪むと苦々しく口を開いた。

 

「・・・・・・苦しまぎれの策として、濫費店主には予算を与えておいた。ゼーレシルトに見張らせ、予算を1エリスでも越える買い物をした場合はマジで許さんと伝えた上でな」

「マジで許さんのか・・・・・・というか、もうウィズを止めるのは諦めたんだな」

「悲劇は止められぬ、奴のセンスは世界の終焉まであのままであろう。我輩にできることはただ被害を最小に留められるよう全力を尽くすだけである」

「地獄の公爵に全力を出させるほどのセンスってなんだよ・・・・・・ところでさ、そのゼーレシルトだけど」

「ゼーレシルトに召喚を申請したとしても、通る可能性は非常に低いと言わざるを得んな。奴は貴様の事情など毛ほども知らんのだから」

 

 俺の提案は被せ気味に否定された。さすが見通す悪魔である、イラっとする会話運びだ。

 

「それに奴は基本的に人間の恥辱と劣等感が好きなだけの善良な悪魔でしかない、人間に危険が及びかねない悪魔召喚などするはず無かろう」

「それもそっかぁ・・・書類の上じゃあ俺はザコ悪魔でしかないもんなあ」

 

 悪魔というのは下級であるほど知能が低く、すぐ人間に襲いかかる。これは冒険者だった頃に知ったことだ。めぐみんとゆんゆん、どっちに聞いたか忘れたが。

下級悪魔は人を騙したり貶めたりする知恵を持たないため「苦痛」や「恐怖」といった、爪や牙を使って襲いかかるだけで簡単に手に入る悪感情を狙うからだそうだ。

 

俺は落胆と絶望に近い感情をため息に混ぜて吐き出す。バニルが現れたおかげで光明が見えたと思ったのに、あっさり潰えてしまったことで全身から魔力が抜けてしまいそうだ。

 

 

「バニル様よお、他の俺にもできる方法であの世界に行けないのか?申請書はワヤになったけどさ悪魔があの世界に出る方法は他にもあるんだろ?」

 

 なけなしの希望を振り絞って問いかけてみる。ぶっちゃけこれ以上聞いても心が折れる回答が返ってくる気しかしないが、地獄はとにかく時間が余っているとはいえ広大だし、他に頼りにできる心当たりがない。

 それに久しぶりに会えた知り合いとあっさり別れるのも何かスッキリとしない。

 

「俺には残機がないから、今お前がやっているような分身を地上に送るなんてできないしさ。もう一つの方法としては、なんだったっけ・・・・・・瘴気がどうこうっていう・・・」

「地獄のどこかにぽっかりと空いた陥穽が瘴気を通じて地上に繋がっているという話か?確かに以前アマリリス殿のペットの地獄ネロイドが陥穽より地上に迷い出たことがあったな」

 

 地獄ネロイドというのが何かは知らないが、やはり前例があるらしい。陥穽、つまり落とし穴のような瘴気の吹きだまった場所がどこにあるかなら見通す悪魔なら楽々見つけられるだろう。

 

「悪い方法ではないが、地上の中で地獄と繋がっている場所とは魔王城の一室、世界最大のダンジョンの奥の奥、人間の国々とも魔王領とも大きく離れた未開の魔の森くらいのものだ。大なり小なり仲間の力をあてにしてきた貴様が一人きりで踏破できるものではない」

「えええええ・・・何だよそれ。魔王は倒したのに城は危ないままなのか・・・・・・ってそうだ、魔王軍残党とか魔王の娘とかいるのか・・・」

 

 召喚のための手段が端から消えていく、俺の精神も端っこから追い詰められてきた。

 しかし、相手は地獄の公爵だ。俺の知らない抜け道や裏技があったりしないのか?

 いや、あるに決まっている!こいつはそういう大事なことをいいタイミングまで伏せておいて儲けを上げるタイプだ!

 

「残念だが」

 

 そんな俺の読みをバッサリ叩き切るように、

 

「貴様と我輩では『契約』は成立しない。今の貴様には何もないのだからな」

 

 

バニルが断言した。

そしてニヤリと笑うとさらにこう続けた。

 

「だが、『依頼』ならしてやっても良い」

 

 

「依頼?大悪魔のお前が下級悪魔の俺に?どういうことだ?」

「どうもこうもない。我輩が現在かかずらっている問題の解決のために貴様を起用してやろうと言っておる。そしてその代わりに貴様は晴れて地上に復帰できるというわけだ」

「やっぱり解決手段あったんじゃねえか!もったいぶりやがって!俺の絶望の悪感情返せ!」

「うむ、随分生意気な口をきくな元小僧。断言するが、これは最後の手段であり同時に外法も外法である。だが受けないというのならそれもまたよし」

 

 最後の手段だと断言されたことでやっぱり俺は追い詰められていることを自覚してしまう。俺はこの蜘蛛の糸を掴んでいいのか?ぶら下げているのは大悪魔だぞ?

 

 

「でもまあ・・・・・・受けるよ。お前以上に頼れる奴は地獄にはいないんだから」

「よろしい。ではまずは場所を移そうか」

 

 

 バニルが指を鳴らすと俺達を囲むように魔法陣が現れた。

それは黒い光を放ちながら怪しく輝き、俺たち二人はずるずると足から沈んでいく。しかし地面に埋まっていくような不快感はないので、おそらく転移魔法に似た物だろうと俺はされるがままにしておいた。

 

「お前ってテレポート?使えたんだな・・・キールのダンジョンで戦った時もこれを使えば討伐なんてされなかったんじゃないか?」

「破滅願望を掲げる我輩が敵前逃亡など選択するものか。むしろ討伐できるものならしてみろと盛大に煽って悪感情をせしめる方が生産的であろう」

「まあ悪魔的に考えれば生産的だな・・・」

 

 俺とバニルはついに頭の上まで地面に沈み込んだ。そのままぐんぐん沈み込んでいく感覚だけが続く、テレポートというよりエレベーターだ。地中は真っ暗だがバニルと俺の姿だけは魔法陣の光に当てられ浮かび上がっている。向かう先は地獄の深淵、バニルの仕事場だ。

 

「ところで地獄からアクセルって見通せないのか?できればあいつらが今どうなってるとか、そもそも俺が魔王を爆裂した後のことも知りたいんだけど」

「不可能である。本体ならともかく、今の我輩に地獄と地上を繋ぐ程の力は無い。そもそも両者の時間の流れは速さが違うのでな」

「じゃあさ、何か分かることだけでも教えてくれよ。お前は二代目だから少し前までは向こうにいたんだろ?」

 

 俺が頼むと、バニルは案外素直に語り始めた。またぞろ焦らしたり拒否したりするかと思ったんだが、意外である。

 

「ふむ・・・とある小僧が粉微塵になってダンジョンの欠片と混ざり合ったのと同じ時分、小僧を除いた急造パーティはまだ魔王城におった、近衛兵を全て退けた後でな。直前まではアクセルから魔王城を見通そうにもあの発光女が邪魔しておったのだが、どういうわけか魔王を倒されると同時に天に還ったようであるからして、それ以降のあれこれはしかとこの目に捉えておったよ」

「ふんふん・・・・・・って生き残ったのは知ってるんだよ。お前さっきあいつらがダンジョン捜索を始めようとしたとか言ってたじゃねえか。俺が聞きたいのはその先だよ」

「その先となると・・・元々小僧とネタ種族のぼっちの二人でアクセルまで転移、脱出する予定だったものを、小僧がいつまで経っても戻らんし、そもそも奴の転移魔法は魔王城を登録しておらんことからして、ぼっち娘が爆裂娘のマナタイトを使って二度転移魔法を行使し、辛くも全員脱出となったわけだ」

「ああ、ゆんゆんがテレポートを連発したのか。しかしめぐみんがそう易々とマナタイトを渡したのか?あれ一個で爆裂魔法一発だぞ?」

「ふむ、いい読みだ。さすがは両思いといったところか?」

「ち、ちげえし!めぐみんは爆裂魔法に関しちゃ思考回路が単純だから読み易いだけだよ!」

「うむうむ。美味なる羞恥の悪感情、ご馳走様である。貴様の読みは大当たりであるな。恋の病をこじらせた爆裂娘が大事な大事なマナタイトを渡すことをそれはもう渋りに渋ったせいで魔王軍の残党と出くわしかけたのは傑作であった」

「笑えねえよあのバカ何やってんだ。・・・・・・ところでその話だとアクアはどうなったんだ?」

「あの不愉快な女か?思い出すも忌々しいが・・・」

 

 最初のうちは俺のいなくなったあとの顛末をペラペラ話していたバニルがアクアについて聞くと途端に口が重くなり、仮面越しでもわかるほどの渋面を浮かべた。そんなに女神が嫌いなのかこいつは。

 

「おそらく自身の意思で現界したのだろう、以前より神気を増した状態でアクセルに復活しおった。貴様くらいの小悪魔ならくしゃみだけで浄化できるほどにな・・・」

「ええ・・・今までも十分強くてアホだったのにさらに強いアホになったのかよ・・・アクセルを水没させたりしてないだろうな」

「それどころか今の奴なら世界最大のダンジョンすら隅々まで水没させることすら可能であろう」

「ああ・・・やりそう。『こうすれば詰まったトイレみたいにカズマもダンジョンから流れ出てくるんじゃないかしら!』とか言ってじゃぶじゃぶ流し込みそう・・・」

「少なくとも、薄利店主とゼーレシルトは奴の神気を恐れて避難しておる。おかげで魔王退治記念祭に乗じて出店を構えて儲けに儲ける計画はおじゃんである」

「・・・あのさ、もしかしてお前もアクアから避難するために地獄にきたのか?」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・なんか、うちのバカがすんません」

 

 俺のいないところで仲間が迷惑をかけまくっている。そう考えただけで頭を抱えたくなった。でも今の俺の頭には角が生えているので抱えにくい。

 

 

しかしアクアの奴。天界に帰って、そして俺たちの所に帰ってきたのか・・・・・・。

 

 

「・・・・・・そこな小悪魔。そういう感情は我輩の好みとするところではないのだが・・・」

「う、うるせえ!」

 

 

+++++++++++++++

 

 

なんじゃこりゃ。

 

 

「再三言っておるように我が本体は多忙でな、疲れから魔力の方も乱れに乱れておるので貴様では視界に入っただけで消滅する恐れがある。よって踏み込めるのはここまでだ」

 

 

なんじゃこりゃ。

 

 

「ここは地獄の中層。今は少し事情が違うが公爵直属の悪魔たちの仕事場であり、地獄の中間管理を担う場だ」

 

 

なんじゃこりゃ。

 

 

「ようこそ我が職場へ」

 

 

 バニルの仕事場はどうやら地獄の地下にあったらしい。

しかしここも地獄とはいえ俺やグレムリンの職場と違ってかなり快適そうな作りになっている。

まず地面は赤色の大理石のタイルが敷き詰められ、上品な光沢を放っている。

何らかの魔道具があちこちに設置され気温の管理をしているのか、俺の職場と違って極端に暑かったり寒かったりするエリアもないようだ。

 ホースト先輩級の魔力を漲らせた上級悪魔が書類に目を通してどこかへ持っていき、また別の上級悪魔が机にかじりついて山のような書類に片っ端からハンコを連打していた。

 ダンジョンでバニルが喚び出したときに見かけた連中もあっちこっちにいることにもようやく気付いた。

 

・・・・・・まあここまではいい。

 

 問題はそうやってあくせく働く上級悪魔を上回る機敏さで仕事をこなしたり適宜指示を出したりしている奴だ。よくみるとあちこちに散らばって身を粉にして働いていながらも態度が尊大なので間違いなくここの上司達なのだろうが・・・。

 

「ふむ、書類に不備もなし、隣の領地へ郵送する。準備をするのだ」

「今年度の地獄に落ちた魂の罪状ごとの量の推移と分析が済んだぞ、さあ持っていけ」

「痴れ者め!印鑑を捺すのに朱肉が乾ききっておるぞ!血の池地獄から赤インクをもらってくるのだ!」

「さて公爵の会談に向かう、乗り物を用意せよ。・・・・・・地獄の馬は止めておけ、あやつは公爵の中で一番慈愛に溢れておるからして、悪魔以外の生きとし生けるもの全ては惨殺されることは決定事項である。故にもっと安価な生物に車を牽かせて経費削減を図るが吉とでた」

 

 机に齧り付いて働くバニル。

 機敏に動きまわっているバニル。

 上級悪魔にきびきびと指示を出しているバニル。

 恐らく別の領地へと出張する準備を進めているバニル

 バニルと上級悪魔とバニルとバニルとバニルと上級悪魔とバニルバニルバニル・・・

 

「なんじゃこりゃあああああああああ!!」

 

バニルがめちゃくちゃいる!30体どころじゃねえ!

 残機を使った分身ができることは知っているがここまで増えているとか思うかよ!

 俺の声に反応したのか何人かのバニルがこっちを見た。額の数字以外全く同じデザインの仮面が一斉に向けられると非常に怖い!

ちなみに上級悪魔は多忙のあまり俺のような下級悪魔に見向きもしなかったのだが、それは逆にありがたい。

 

「こ、これが、四六時中ネチネチと羞恥心を煽られ、悪感情を絞られ続けるというバニル地獄か・・・」

「公爵相手に失敬であるぞ木っ端悪魔」

 

 呆然としたままこぼした俺の言葉が耳聡く拾われた。いつの間にかバニル式転移魔法は完了し、大理石のツルツルした感覚を足の裏に感じていた。

 

「な、なんでこんなことになってんだ?こんな光景もしもウィズが見たら卒倒するぞ?」

 

 見ての通り、恐らく分身で仕事を分担しているんだろうが・・・。

 部下の悪魔を含めてフロアをぎゅうぎゅう詰めにする程増やさなくてもいいんじゃないか?見通す悪魔のくせに、先が見通せないくらいの人口密度じゃねえか。

アクセルでウィズの魔道具店をなんとか経営させていた要領の良さや手腕を知っている身としては明らかにオーバーな人海戦術だと言わざるを得ない。

 

「まあ、そのことについて説明する前に経緯を語っておこう」

「当然のように心の声を読むなよ」

 

 俺をここまで案内してきたバニル二代目が仮面を撫でつつフロアを見渡しながら話し始めたことによると、

 

「数百年の間、我が領地ではほとんどの仕事を部下に押し付けていたわけだが、当然ながら中には我輩でなければ処理できないものもある」

 

 そこで新しく近寄ってきた別のバニルが抱えた書類を数えながら説明を補足する。額の仮面には「X」と書かれていた。

 

「公的文書のサインしかり、地獄の現場の視察しかり、公爵同士の会談しかり、インタビューしかり、グラビア撮影しかり、だ」

 

 上級悪魔と打ち合わせ中だったさらに別のバニルがこちらを振り向いて言葉を継ぐ。額の仮面の数字は「XLⅡ」

 ・・・というかグラビア撮影ってなんだそれ。

 

「しかし我輩の体は一つ、これには参った」

 

 改めて二代目バニルが嘆くように額に手をやる。

 

「真なる悪魔の肉体を持つ我輩の本体は、雷が天から地へ落ちる速さの80倍で歩くことが可能であるし、片手で人間の小国を土地ごと持ち上げるだけの膂力もある」

 

 片手で巨大な魔道具を持ち上げ、その性能を確認していたバニルがこちらを見ずにそう言った。額の数字は「XXXⅠ」

 

「故に我が本体が本気で地獄中を駆けずり回れば山とある仕事を終わらせるのは簡単である。だがそのスペックを振るって働こうものなら如何に我が部下といえども巻き添えを食いかねず、グレムリンも確実に余波で全滅する」

 

「本気は出せない。だが、全力で働かなければ仕事が終わる頃には神々との最終戦争が始まってしまうだろう。そこで我輩は考えた」

 

「そうだ、我輩を増やそう、とな」

 

「幸い残機なら国の一つでも建てられる程に残っておったことだしな」

 

 数多のバニルがリレーのように会話を引き継いでいく。なんの意味があるのかわからない。正直今まで見てきた光景の中で一番地獄じみている。

 

「お、俺の周りに集まるな!!お前ら忙しいだろ!」

「だから少しずつ分担して会話しているのではないか」

「新手の嫌がらせにしか感じねえよ!ステレオでペラペラ話しかけられる方の身にもなれ!」

 

 視覚にも聴覚にもバニルの存在は負担が大きい、強い魔力がそこらから溢れているのも関係があるのかもしれない。

 もうさっさとバニルからの『依頼』とやらを解決して帰らせてもらおう。

 俺のそんな心の声を見通したのか、隣に立っていたバニルがわずかに身を傾け、周囲に聞こえないように話しかけてきた。真剣な話をするつもりだろう。

 

「実はこやつら分身はただ仕事のためだけに用意されたわけではない」

「・・・・・・・・・だろうな。俺は地獄の管理職の内容は知らないけど、お前の如才なさを考えれば五人もいれば十分だと思うぜ?」

「フハハ、最弱勇者のお墨付きとは痛み入る。そもそも地獄は地上の数百倍時間の流れが速いため焦ったり急いだりする必要はそれほどないのだ。我輩が仕事を溜め込みすぎたことを差し引いてもここまでの分身は必要ないのは事実である」

「ってことは、あれか・・・・・・仕事以外の理由のためにこんなに残機分身を作ったわけか」

「そして、それが貴様への依頼に繋がるというわけだ。我輩直々に依頼される幸運を噛みしめよ」

 

 そこでバニルはさらに声を小さくした。俺は耳に魔力を集中させることで聴力を強化する。悪魔の肉体に慣れた頃に覚えたテクニックだ。ちなみに視力も上げられる。

 鋭敏になった聴力がバニルの言葉を拾う。

 

 

「あれらは我輩本体の影武者も努めておるのだ」

 

 

地獄の公爵にして元魔王軍幹部、魔王よりも強いと噂のバニルの影武者?  

 悪魔であるこいつは冗談は言っても嘘は吐かない。

だとしても、数百年に亘って残機を減らすこともなかったバニルに・・・影武者?

つまりそれって・・・・・・。

 

「実は我輩、ここ最近何者かに命を狙われておってな」

「やっぱり帰っていいですか?」

「それは不可能である。悪魔が一度承諾した約束は破れないものだ。依頼も同様である」

「ぐっ!」

 

だからさっき会った時、散々こっちの希望を打ち砕くような言動ばっかりしてきたわけか!俺が依頼を拒否できない状況を作るために。

 

 でも待てよ、バニルの命を脅かせるような奴なんてアクアやめぐみん以外に思いつかねえぞ?

 ってことはもしかしたら・・・。

 

「もしかしてお前の命を狙ってるのってアクアか?俺にあいつらのところに行けって言ってるのか?」

 

 もしそうだとしたらバニルは、なんだかんだ言いながら俺があの世界に帰る手筈を整えてくれたツンデレさんになる訳だが・・・。

 

「無論、違う。犯人は地獄にいる我輩を今まで何度も狙い撃ちにしておるのだ。アクセルの地でダンジョン捜索の準備を進めている乱痴気女や爆裂娘に性騎士ではこうはいくまい」

「ですよね!くそったれえ!」

 

 だったらどうしろって言うんだよ。仮にもバニルがこうして影武者を山ほど用意するような大掛かりな防衛策を取らざるを得ないようなレベルの、俺の知らない『敵』がいるんだろ?

 魔王より強いバニルより強い敵ってなんだよ!

 しかもそんな奴を相手に俺に何をさせるつもりなんだ。

 

「無論、調査や情報収集などといった些事を任せるつもりはない。犯人を見つけ犯行を止めるまでが依頼である」

「無茶ぶりすぎるだろ!お前にここまでさせる敵に俺が勝てるかよ!」

「フハハ、謙遜は止すがいい。魔王を倒した手腕を我輩に見せてもらおうではないか!」

 

 バニルは抗議に耳を貸す気配すら見せず、ビシッと俺に指を差すと高らかに告げた。

 

 

「手段は問わん!貴様は我輩の残機を脅かす謎の犯人に一発キツイのをお見舞いするのだ!期待しておるぞ?魔王殺しの勇者の魂を持つ見知らぬ悪魔よ!!」

 

 

やっぱりこの悪魔嫌いだ!

 





・・・かつて気まぐれに限定販売され
淫魔の中でプレミア品となった伝説のバニル様写真集第二弾!


今度のバニル様は48人!

地獄の公爵全員集合、「公爵対談」も収録!

めくるめく悪辣な世界を汝へ!

「BNL48」現在鋭意製作中!

(ただし人間には読めません)

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