サトウカズマはおうちにかえりたい   作:コウカローチ

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ヒロインがいねえ




見通す悪魔と見通しが立たない悪魔

 

 

「指名召喚?」

 

 

 大悪魔バニル。

 魔王を倒した俺ですら倒せるとは思えない、強敵にして不敵な存在。さらに勝ちも負けもトラブルもチャンスも全て儲け話に繋げる敏腕経営者の一面も持つ。ただしウィズの破滅的商才に台無しにされるので後者の顔はあまり知られていない。

 

ともかく俺が知る中で最も厄介で最も有能で最も強力な人物。

 

そんなバニルの命を狙う敵がいるというあまりにも信じがたい事実の詳細を詰めるべく、地獄の奥底にある公爵直下のオフィスのさらに奥にある応接間にて俺は説明を受けることにした。

そして残機分身バニル二号から出てきたキーワードがそう、『指名召喚』だ。

 

「確か・・・特定の悪魔を狙って召喚する方法だったか?」

 

 ホースト先輩との雑談で聞いたことがある。指名召喚はその名の通り召喚したい悪魔を召喚術者が指名できる召喚方式だと。

 

「然り。下手人は我輩を地上に呼び寄せたいのであろう、その指名召喚を我輩相手に繰り返し行ってきておる。公爵パワーで拒否しているが、しつこい上に、精度に関しても無視できなくてな」

 

ただし召喚対象とした悪魔に関する深い知識とその階級に応じた魔力量、そしてなによりセンスを必要とするらしい。才能がなければ高い魔力を払っても別のしょぼい悪魔を呼び寄せて終わりだとか。

 

「公爵悪魔の指名召喚を成功させるには相当な魔力が要るだろうに・・・しかも成功まであと一歩とか何者だよ・・・」

 

 犯人に思い当たる節としてはアクアの送り込んできたチート持ちの連中の誰かだろうか。それなら今件の唐突さも納得がいく。あいつらは最初から強い分、段階を踏まずにいきなり強い連中を相手取ろうとするからな。身の程知らずとも言う。

 バニルの噂を耳にして、ちょっとした名誉欲や好奇心から貰い物の才能を好き放題ふるって悪魔の迷惑も考えずにゴリ押し召喚を試みているといったところか?

 

「しつこいってことは何度も挑戦してるってことか?だったらその召喚術者は結構真剣にお前の力が借りたいのかも知れないだろ。召喚に応えてやったらダメなのか?」

「生憎と今は忙しいのだ。どこの誰とも知らん馬の骨に付き合う義理はない。それにどうやら彼奴は単に我輩を利用したいだけでもなさそうだ」

 

 応接間のソファーにふんぞり返りながら説明してくれていたバニルが、そこで渋面を作るようにして向かいに座る俺に顔を寄せてきた。仮面越しなのに嫌そうなのはよく分かる。プライドの高いこいつにとって命を狙われている近況が気に食わないのだろう。

 しかし下手人とやら、バニルを利用したいだけじゃないってどういうことだ?

「彼奴は我輩を討伐するつもりらしい」

 

 なるほど、命を狙っているとはそういうことか。その不届き者の召喚術者が犯人か。そういう程知らずっぷりはやっぱりチート持ちの行動を思わせるが・・・。

まあ、ぽっと出の才能でイキってるような奴なら魔剣のカツラギの二の舞にしてやれるが、それ以外の可能性、本物の実力者とかなら俺の方が危ないな。

 

「お前を討伐しようとしてる奴ってそれ、もしかしてアクアとかじゃねえよな・・・?」

「貴様は知らんだろうが、ある種の神気は邪悪な魔法陣を無効化することがある。故に強化された奴が召喚術師の傍にいるはずはない」

「そういうもんなのか・・・」

 

 言われてみればアクアはウソを見抜く魔道具を無効化したりしていたな。正確には嘘をつくときに体から出てくる邪気を浄化するとか言ってたっけ?

 ポーションを真水にするわダイナマイトを縮小するわ、加えて召喚魔法までダメにしちゃうのかあの駄女神は。

 俺が一人納得しつつも、いまいち犯人像が確定しない中、バニルは体を起こして元の尊大な姿勢でソファーに収まった。

 

「我輩がそのへんの馬の骨に討伐されることはないが、半端な実力では不発に終わり魔力の空費にしかならん指名召喚をこう何度も命中させてくるとは只者ではない。不器用な聖騎士や爆裂魔法以外の技能を持たぬ魔導師が一生かかっても到達できない領域にいるのは確かだ」

 

 バニルが示しているのが誰かはわかるが、一生とかいうと大袈裟な気が・・・・・・・・・・・・あれ?しないな。

召喚術についてはそう詳しくは知らないが、あいつらだと例え死後転生しても無理だろう。

 さて、犯行方法についてはこうして教えてもらったから、もう少し詳しく周辺情報を教えてもらおうか。

 

「まず経緯はこうだ。地獄に復帰したある日、我輩の残機の一体が何者かに召喚されかけた。無論我輩は抵抗し、やり過ごしたがな」

「召喚されかけるってのはどういう状態だ?」

「引力、とでも言うのか・・・地上に向けて引き上げようとする力と意志を感じたのだ。一流の召喚術師なら我輩が反応する隙もなく地上に喚び出してくるであろうが、こやつの術には見通す力が介入する隙があったために察知、対処できたわけだ」

「隙があった?・・・・・・そいつ只者じゃないとか言ってなかったか?」

「未完成の技術を並外れた才能で補っている様相を魔力の流れから感じたのだ。つまるところ下手人の正体は大魔導師のタマゴ、といったところか」

「なるほどタマゴねえ。将来に期待ってことか、チート野郎じゃあねえな。お前はどうやって対抗したんだ?地面にしがみついたり二段ジャンプで脱出したりしたのか?」

 

常に泰然自若としていた大悪魔が召喚魔法陣からせかせか逃げ出している光景を想像したら笑える。

 

「笑っておる場合か・・・。我輩の対処はもっとクールであるからして、具体的には残機分身の核たる仮面のみを脱皮、下級悪魔を囮に避難したわけだ」

「下級悪魔を囮に?なんでここでグレムリン達が出てくるんだよ?」

 

 さっきまで公爵悪魔の話をしていたのにいきなり出てきた下級悪魔の名前に引っかかった俺はバニルの説明に質問を挟んだ。

 

「無論、我が分身の性能を向上させるために使っているからである。地上にいた頃は砂と土だけを素材にしたお粗末な顕現だったが、地獄においては土と砂の次に手に入りやすい下級悪魔の肉体をも使用することで残機分身一人あたりの業務効率を上げたのだ。ほれ見るがいい」

 

そういうとバニルは上半身の一部を崩壊させた。タキシード服が砂と土になってサラサラと流れ落ちると、その隙間から獣のような牙と瞳が・・・・・・。

 

「うわっ!?マジでグレムリンが埋まってる!?」

 

 バニルの胸元から覗いているのは確かにあいつらの体の一部だった。まるでグレムリンがバニルの着ぐるみを来ているような光景というより、生き埋めになっているようで、同情するしかできない。

以前もバニル人形とかを操ったり販売したりしていたが、こいつの人形趣味もここまでいくのか。

 

「我輩を人形マニアのように捉えるのはやめてもらおうか、これは魔力効率を優先した結果である。」

「お前、人間には甘々なのに悪魔には容赦ねえな・・・あいつらも俺の同僚だったんだが」

「知ったことか。とにかく今日までは何度命を狙われようと組み込んでいた下級悪魔のみを切り離し、下手人の召喚魔法への身代わりにしてやり過ごしていたのだが、人身御供にした小悪魔を見通したところ、全て召喚された先で一も二もなく滅される未来が見えたわけだ・・・。地上と地獄は距離も時間の流れも乖離が大きく、下手人の人相までは見通せなかったがな」

「でも下級悪魔とお前じゃ実力に天界と地獄ほど差があるだろ。身代わりなんて止めて、召喚された瞬間お前直々に召喚者をボコったらだめなのか?」

 

 召喚者をしばき倒して召喚儀式を無効化する。そういう風にして契約も結ばず地獄に帰る方法があったと記憶しているが、バニルはそうするつもりはなかったのだろうか。俺と違って実力は十分以上だろうに。

 

「正式に契約を結ぶ前なら、召喚された悪魔が召喚者を殺害して召喚を無効にするのも有りではあるが、我輩はご存知の通り不殺主義。いざ対面してしまった場合、なし崩し的に契約を結ばされる可能性は零ではないのだ。故に顔を合わせずやり過ごしたほうが吉なのである」

「それもそっかあ。でも仮にも公爵悪魔が顔も知らねえ人間に随分な警戒っぷりだな。アクアが聞いたらクソ煽ってきそうだ・・・」

「ろくすっぽ仕事のできん奴の言葉など響かん。公爵の面子に関わるため訂正しておくと、いくら余分な分身があるとは言え一体でも職場を離れたら困るからこその防護策であり、修羅場さえ越えてしまえばこちらのものである」

「さっきはそれほど分身の数はいらないって言ってなかったか?」

 

 まとめよう。どうやらバニルを狙って召喚しようとしている奴がいて、そんでもって忙しくて手の離せないバニルが身代わりに送り込んだ下級悪魔は高確率で討伐されていて・・・・・・?

 

 

「それってただ単に召喚ガチャに失敗したから処分しただけじゃないか・・・?」

 

 

 なんか、それがしっくり来た。案外バニルが大人しく召喚されれば話は穏便に片付くんじゃないだろうか。

 

「ぬ?・・・ガチャ?聞きなれない単語だが・・・・・・何故であろう、途方もない巨額の動きそうな儲け話の匂いがするのである」

「いや、ガチャ商法に手を出すのは止めとけ、こんな中世でやると冗談でなく社会が傾く。名も無き悪魔が断言するぜ」

 

 アクセルにいた頃、バニルには散々儲け話の元になる知的財産を横流ししていた。

本来著作権違反なり特許権侵害なりで洒落にならない罰を受ける行為であり、そこを異世界マインドでぶっちぎっていた俺でも流石にやってはいけないことくらい分かる。

 

 バニルはそれ以上追求してくることもなく、そして言うべきことも全て言い切ったとばかりに腕を組んでじっとこちらを見つめてくる。いつの間にかその片目は非生物的に赤く光っていた。

 アクアのいない地獄じゃあこいつの能力は無敵だ。俺みたいな小悪魔のことなら先の先まで見通せていることだろう。

 

「さて、悪名高き勇者にして無名の悪魔よ。何か悪辣な策は思い浮かんだか?」

 

 つまり俺に尋ねるまでもなく俺の返答は見通しているわけで。

 

 

 

「わざわざ聞くなよ。こいつを倒す方法なんて一つしか無いだろ?」

 

+++++++++++++++

 

 悪魔も食事はできる。

ただし悪感情や瘴気の摂取と違ってほとんど栄養にならない。

 人間で言うところのタバコや酒と同レベルにまで必要価値が落ちる。

 

だがしかし。

 

「かんぱぁい!」

「おーう、乾杯」

 

「か、かんぱい・・・?」

 

 宴会だった。

俺の前で、というか俺を囲んで行われているのはまごう事なき宴会だった。

 

 血のような色をしたワインと頭蓋骨のようなデザインのワイングラス。

 あとは何らかの肉。匂いと見た目からしてモンスターの肉だとは思う。いくら地獄だからといって人肉とかに出てこられたらどうしようかと思った。

 

「モドキくぅん!」

 

 いつの間にか隣に座っていたご近所サキュバスさんが俺にしなだれかかってくる。小さな衣装に申し訳程度に覆われた胸が遅れて俺の腕にくっついた。

ご、ごちそうさまです・・・。

 

それにしても「グレムリンもどき」から「モドキ君」ってどういうニックネームの変遷なんだよ。名前要素皆無じゃないか。

 

「聞いたよぉ。なんだかよく分からないけどぉ、出世するんだってぇ?」

 

 にこやかに笑いながら細い指先で鎖骨をグリグリ押してくる。なんだかよく分からないがそういうことらしい。 

ことの発端はバニルの仕事場に足を運んだ次の日の仕事終わりだった。

 バニルとの『作戦会議』を終えて帰宅し就寝。その後は下級悪魔として通常営業を再開したのだが、いつもどおり犯罪者と変態の魂を相応しき地獄に叩き込み終えたところでホースト先輩から呼び出しをくらい、気づけば宴会だった。

 悪魔特有の情報網があるのか、俺がバニル領地に出向くことという報せが俺の出世祝いに結びついたわけだ。

 

「って、出世とは限らないだろ、ただの部署替えだって」

「んもぉう、誤魔化しちゃってぇ。公爵様となんだかお話してたんだってぇ?そんな私たちじゃあ考えられないシチュエーション、栄転じゃなきゃなんなのぉ?」

「あー、そっか。確かに色々話はしたけど。やっぱり公爵様ってのは偉い人なのか」

「わぁお、大胆発言~。恐れ知らずぅ!公爵様なんて地獄の底の底のそのまた地下奥深くのお方なんだよぉ?地獄を通じて生と死を含めた全ての概念と世界の行く末を支配するお方なんだよぉ?偉いどころか視界に入れることすら誉れ高いんだからぁ」

「なんだか聞けば聞くほどとんでもない規模の存在だな・・・公爵様ってのはそんなにデカいスケールのお方だったんだな」

「特にバニル様なんてグラビア写真集があっという間に売り切れてプレミアがつくほどなんだからぁ!」

「その褒め方は逆にスケールダウンじゃねえか?」

 

 まあとにかくそういうことだ。

 

「さぁさ、一杯どうぞぉ。サービスサービスゥ」

「ああ、おっとっと・・・・・・淫魔にこういうことをしてもらうのは初めてだな」

 

 俺のグラスにサキュバスさんがお酌をしてくれる。人間の冒険者に取り入るための手管の一つかもしれないが、その注ぎ方はかなり堂に入っていた。

 ただし酒瓶のデザインがやはり地獄的に禍々しいので、意識すると食欲がなくなりそうだ。

 そういえば、バニルが以前言っていたことだが、このサキュバスさんの異性の好みって俺とは離れているんじゃなかったっけ?じゃあこれって社交辞令?俺の出世らしき噂に対する媚か何か?

 

「あ、あのさ・・・あ、あんたの男の好みって_」

「ホースト様ぁ~!お酌しまぁす!」

 

逃げやがった!!

 

 酒瓶を振りながら、ついでに丸っこくてツヤツヤした尻も振りながらサキュバスさんは俺よりゴツい先輩の方に駆けていってしまった。

 俺の周りに残ったのは皿に盛られた何かの肉料理に下品にかぶりつくグレムリンだけだ。他のサキュバスもアーネス姐さんも不参加なのだから仕方ない。

 

しかし、あれだな。悪魔も人間同様に祭り好きなのだろうか。

 そんな風に思っていたら座っていたソファーを大きく傾けて隣にホースト先輩が座った。ワイングラスが俺のやつより数倍大きいし禍々しいデザインなのでむしろ俺より主賓らしい。そのまま豪快に中身をあおったあと相変わらず厳つい牙の生えた顔で俺の方を見た。

 

「おう、グレムリンもどき。公爵領に出向だって?」

「そうなんだよ。何故か出世だと思われてるみたいだけど、結局はより一層コキ使われるだけらしい」

「ははは、公爵様だからな。地獄の業務に誰よりも厳しいし、自分の残機の数が多いからか他者の命の扱いがすこぶる悪いんだぜ」

「それはかなり分かる気がする。共同経営者に殺人ビームを撃ってるのを見たことがあるしな」

「マジかよ、そんなもん食らったら人も悪魔も粉微塵だろ、冗談きついぜ。まあとにかくなんだ、お前のどうにも人間臭いところが気に入られたのかもしれねえが、命まではもってかれんなよ?」

 

 それは紛れもなく、俺の将来を案じての言葉で・・・・・・そして悪魔はウソをつかない。

 俺は体が軽くなるような感じがした。悪魔になって地獄に落とされて以来、初めての感覚だ。

 

「おう、気をつけるよ、俺には残機が全くないしな。先輩から教わった仕事術を活かしてみせるさ。できれば働きたくないけど」

「ああ、俺様からしたら敬意を込めて仕えるなら悪魔より邪神様がお勧めだぜ。悪魔の誘いにはどうやっても下心がこびりつく、命なんざ容易く消し飛ぶような下心がな」

「肝に刻んでおく。大悪魔のろくでもなさは身に染みているしな」

「よし、功労を期待して乾杯」

「かんぱーい!」

 

 ホースト先輩は杯を打ち鳴らし、あの世界にいた頃の苦労譚や邪神様がいかに人格者かという雑談を食っちゃべってくれたあと、俺の周囲にいたグレムリンを鬱陶しがるように威圧した。お前ら、上級悪魔がわざわざ腰を下ろしてくれたんだからどっかいってろよ。

 

 そして、長いようで短い時間が過ぎて先輩も淫魔もいなくなり、気づけば列席しているのは俺とグレムリンだけとなった。料金は先払いで先輩が払ってくれていたのに本人も紅一点のサキュバスも消えてるとかどういうことだよ。

 やっぱり悪魔だから実は飲食が苦手だったのか?夜中までドンチャン騒ぎしていたアクセルの連中との違いか、あるいは人間と悪魔の食事に対する温度差を味わった気分だ。

 

「その割にはお前ら、ガツガツ飯食うのな」

 

 グレムリン達は応えない。くちゃくちゃと飯を食っている。

 

 まあ、ちょうどいいかも知れない。ホースト先輩は結構俺のこと気にかけてくれていたから、心配かけないためにも相談できないこともあった。このケダモノ達になら愚痴っても情報漏洩の心配はないだろ。

 

「バニルの領地に行くのは勿論バニルを狙ってる奴を捕まえるためでな。ついでに俺の望みも果たす、取って置きの作戦なんだぜ」

 

 グレムリン達は答えない。酒瓶の中身を奪い合って、こぼれたワインを舐めている。

 

「犯人は召喚魔法でバニルを狙っているらしいけど、精度が低いみたいでな。ミスって分身の方を召喚してはガチャのバニラカードみたいに処分してるらしい」

 

 グレムリン達は料理を食い尽くした後の皿を意地汚く舐めているが一向に皿は綺麗にならない。

 

 

「で、作戦ってのはこうだ。俺がバニルの分身になる」

 

 

 グレムリン達がついに互いの口の中に残った料理まで奪い始めた。傍目にはディープな口づけをしているようにしか見えない。

 

「俺はバニル仮面も被り慣れているしな。それに加えてバニルの魔力を込めたタキシードを着込めば充分騙せるらしい。心配なのは俺の幸運が邪魔をしないかってとこだけど」

 

 バニルの分身、つまりバニルの魔力の塊の中に入っていたグレムリンはバニルの囮として召喚されていた。今度はそのグレムリンの代わりに俺がなる。文字通りの伏兵だ。

 

歴史の影で人間と悪魔をつないでいたらしい召喚儀式。その失敗を逆利用するという、悪魔からすればマナー違反というか外法スレスレの作戦らしい。

バニル曰く、レストランで意図的に注文された内容と違う料理を出すのと同じだとか、悪魔としての信用を落としかねないとか。だったら最初から召喚されてやれとも思うが俺にとっては渡りに舟なのでそれは言わないことにしておく。

勿論、他のバニル分身が選ばれることもあるだろうけど、いつかは俺の順番が回ってくる。そして、殺しはせずとも犯人を返り討ちにしてバニルへの迷惑行為を辞めさせる。ロシアンルーレットの弾丸になった気分だ。

 

「そういうわけで俺はバニルのところで働かなきゃいけない。いつか召喚される日までな」

 

 グレムリン達が壊れた吹奏楽器のような音を立ててゲップをした。ヘドロみたいな匂いがする。

 お分かりのように全く俺の話は聞いてないが、聞かれないからこそいい。一方的に愚痴るだけでもストレスは緩和される。

 

ここからは本音なので特に聞かれたくないのだ。

 

 

「・・・・・・やだなあ」

 

 

「その犯人、俺たち下級悪魔を何匹も瞬殺してるんだってさ」

 

「俺が向こうの世界に帰るには他に手段がないとはいえさ、なんで死んでからもまた決死の覚悟がいるんだよ」

 

 既に地獄にいるのにまた死ぬかもしれない。人間として何度も何度も死んで、蘇生して、魔王と一緒にまた死んで。

悪魔になったら今、死んじまったら誰が俺を蘇生してくれるんだ?

 

次死んだら完全に終わり?おしまい?

 

 

 グレムリン達は静かにどこかへ消えた。

 

 

+++++++++++++++

 

 

 こうして簡単な荷物だけを手に、地獄の奥底の一歩前、バニルの分身と部下の犇めくオフィスへと職場を移した。

 といっても荷物は冒険者カードと、手袋。それと、サキュバスさんからのプレゼントということで召喚申請書も一応懐にしまっておいた。

 

 

「我らが地獄には、浄化のために百年単位の懲罰を必要とする魂がそこらに転がっておる。故に、たかだか50年生きるだけ長寿と呼ばれるあの世界の人間共と同じ速さの時間を過ごさせていればあっという間に地獄は魂に埋もれてしまうのだ」

 

「故に地獄の時間は地上の数倍の速度で流れておる。その証拠に貴様も見ているはずだ。やせ衰え、老いさらばえた悪運領主の姿をな」

 

 

 今までのような気楽な現場仕事とは違う。助手のような扱いだったとは言え、一つ一つの仕事が重い意味を持ちどれも疎かにできない。普通の社会人ならやりがいや充実感でも覚えるのだろうが、俺にはプレッシャーの方が大きかった。

 

 

「冒険者カードも結局は一つの魔道具でしかない。人間と魔物、技能と魔法、戦士と貴族が明確な線引きもなく混沌としていた時代を切り開くために生み出されたものだ」

 

「破壊力や敏捷性、知性や寿命で魔物に大きく劣っていた人間が自分の魂に刻まれていた数々の『魂の記憶』、つまり経験値を整理整頓し分配することで力を得て対抗しようとしたわけだな。魂の操作、それが冒険者カードの機能だ。・・・かてて加えて、人類の助けとするべく開発した魔法や技能を未来へ受け継がせる意味もあったのかもしれん。そのあたりは子孫を残さない悪魔にはわからない話だが」

 

 バニルが用意したタキシード服に逆に着られるようにして、慣れない分野の仕事をなんとかこなしていく。

 俺の幸運が悪い意味で仕事をしているのか、俺はなかなか召喚されなかった。

よそ見している内にさっきまで隣にいた分身体が仮面だけを残して忽然と消えていたことも一度や二度ではない。

なるほど、これはバニルが対策を練ろうと俺に頼るわけだ。いつどのタイミングで狙ってくるか分からない必殺の召喚術と術者の恐怖、これは屋敷の中に暗殺者が忍び込んでいるのを放置したまま生活するようなものだ。

それと近場のバニルが消えたせいで残された仕事が俺にのしかかってくるのも恐怖だ。

 

 

「我輩たち悪魔は魔法生命であるからして、自己改造は容易であるし、モンスターどもは例え知力が足りずとも獣の本能や直感でどうとでもなるのでデュラハンやリッチーといった元人間以外は冒険者カードなどいらんのだ。魔王軍の中には任務に合わせた体作りのためにわざわざカードを作る魔物もおったがな」

 

 案外バニルがこうやって仕事の合間に雑談を振ってくれなければプレッシャーと恐怖でダメになっていたかもしれない。分身のくせに随分と気の利く奴というかなんというか。

 

地上に帰れるという希望と、地上で死ぬかも知れないという恐怖の二つに板挟みになりながら目まぐるしく働き、目の前で次々と消えていく上司達を見続けること数日___

 

 

 

 

「名も無き働き悪魔よ。見通す悪魔が断言しよう、貴様は数時間後には地上に立っている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日がやってきた。

 

 

 

 

 

 




冒険者カードとか、地獄の時間軸の設定はなんとなく考えただけです。
このすばってギャグ補正なしだと生きていけないくらいシビアなところとか妙にリアリティのある背景設定があるんで妄想しやすいんですよ。



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