サトウカズマはおうちにかえりたい   作:コウカローチ

8 / 10
別のラノベにはまったり漫画描いたりしてました。
映画化おめでとうございますです。


テンセイリーガル ~名無し勇者と小悪魔遣い~

 地上に出るにあたって、俺はいくつもの問題を抱えていた。

 まず、悪魔の俺には地上での味方がいない。

 そして悪魔の俺は多彩な攻撃手段を持っていない。

 なにより最悪なのは生活基盤が全く整っていないことだ。

 贅沢で自堕落な屋敷暮らしに体の芯から馴染みきっていて、悪魔になっても地獄に自宅まで構えていた俺としては雨風をしのげない生活なんて想像するだけで怖気が走る。

 悪魔となった今では馬小屋に泊まったりギルドで飲み食いしたりする資格もないのだから、バニル印のタキシードを差し引いても衣食住の食と住の二つが死んでいる。由々しき事態だ。

 

 差し当たって、まずは食事問題から何とかしてみようと思ったわけだが、まさかその辺の人間をとっ捕まえて悪感情を絞り出すのがマズイことくらいは分かる。しかも下級悪魔の実力と要領では絶望や羞恥のような複雑な悪感情を得るのは難しく、苦痛と恐怖のような直接的なものしか選択肢がないのだから、そうなると捕まえた人間をボコボコにするほかなくなるから尚更だ。

 

・・・・・・・・・ということで。

 

「アクマサン、ドウシタノ?」

 

 俺の目の前には少女が一人、岩に腰掛けるようにして俺を見つめている。まん丸の瞳を無垢に瞬かせて小首を傾げる仕草は、俺でなければ心を奪われていたことだろう。

 

「モシカシテ・・・アナタモヒトリボッチナノ・・・・・・?ウフフ、ワタシタチオソロイダネ・・・」

 

 周囲に人気のない森の中、俺の前にいる少女は悪魔の俺すらも受け入れるかのような無警戒で純朴な雰囲気を惜しげもなく醸し出している。

 しかし俺はその正体と性根をとっくの昔に知ってしまっているので、感じ入るところなどない。

こいつの正体は植物系の人型モンスター、人懐っこい仕草で油断させた旅人の神経を麻痺させ安楽死させる、その名もそのままズバリ安楽少女である。

 つまり容赦なくやっちゃっていい相手というわけで・・・。

 

「『ティンダー』」

 

 下級悪魔特有のくすんだ灰色の指先に種火が灯る。俺はそれを、積んであった小枝の山に放った。枯れ枝ばかりを選んで積んでいたので大した時間をかけずに焚き火が出来上がった。

 

「アッ、タキビ・・・?アタタカイ・・・アリガトウ、アクマサン・・・」

 

 火に一瞬怯えていた安楽少女も目的がただの着火だと知ると、身構えを解いてホッとしたような表情を浮かべた。

 その後、何を思ったのか安楽少女はボロボロの服、に見える植物を編み込んだ布っぽい何かの裾から丸っこいものを取り出した。見慣れない色形だが、おそらく果実の一種だろう。

 

「コレ、ワタシカラノオカエシ・・・ワタシノマリョクガコメラレテルカラ、アクマサンデモタベラレ・・・」

「はい、アウトー!!『ウィンドブレス』!」

 

 手の平から出た風が焚き火の熱をまとって安楽少女に吹き込んだ。温度調整無視のドライヤー攻撃、植物タイプのモンスターには覿面の嫌がらせを決行する。

 

「ヤ、ヤメテ、アツイヨ、アツイ・・・アッツゥイ!アツイ!あっつ、お前えええええええ!なにしやがるバイキン野郎!!」

 

 おっと、化けの皮がはがれたな。さっきまで如何にもカタコト純朴少女のような面をしていたモンスターが熱風に当てられた途端にドスが効いた流暢な罵倒を放ってきた。

 なんでアクア達はこいつに簡単に心を許したりしていたんだ?

 熱による乾燥から逃れようと安楽少女はバタバタと手足を振るが、岩にくっついたままの体はその場から離れることができない。

 

「なんだよ!!やめろっておい!乾く乾く乾く!てめえ悪魔だろ!!とっとと悪感情でも啜ってこいや寄生虫!!」

「こうやってたらお前から悪感情が漏れ出てくるからさ、これでいいかなって・・・」

「いいわけねえだろ!?」

「お前らそれなりに知力があって腹黒なのは知っていたからさ。多少は悪感情も生み出せると踏んだんだが、大当たりだったなー」

「何が大当たりだボケ!!熱っつ!熱っつい!!人間を襲えよザコ虫!!」

「やだよ、人間に手え出したら今の俺じゃ討伐されちまうし・・・ほら、弱肉強食っていうだろ?」

「このやろおおお!ザコのくせに身の程わきまえてんじゃねえええ!」

「それはお前もだろ、弱々しいアピールしといて毒の入った木の実なんてよこしやがって」

 

 安楽少女の叫ぶこと叫ぶこと。数秒前までの儚げな雰囲気など欠片も残っていない。手に持っていた果実やその辺の土を焚き火に向かって投げつけているが、何の効果もない。

まあ、もし火の勢いが怪しくなってもその度に俺がティンダーで着火するけどな。

 やがて直接的な方法ではこの窮地をどうしようもないと悟ったそいつは手を止めるとキッとこちらを睨みつけた。ニヤリとつり上がった口元を見るに何か次の策を思いついたようだ。やはりアクアより賢いのかな、こいつ。

 

「いいのか!?私がこうやって共倒れ覚悟で叫び続けていたら他のモンスターがじゃんじゃん寄ってくるんだぞ!?てめえみてえなザコ悪魔に一撃熊やグリフォンをどうにかできるのかよ!?」

「おっと・・・」

 

 モンスターの仲間入りをした俺にとって人間相手に波風を立てることは自殺行為だが、だからといってモンスターの仲間になったわけではないので強力で凶暴な他モンスターは依然として避けるべき強敵なのだ。

・・・・・・それにしても野菜から魔王軍に至るまであらゆる生命が異常に手強いこの世界において、頭の回る奴はなおさら厄介だ。追い詰められても機転一つで切り抜けようとしてきやがる。

だが、俺はその程度の脅迫には動じない、安心材料を既に用意してあるからな。

 

「残念だったな・・・森の奥ならともかく『ここ』まではモンスターは近よってこないんだよ」

「はあ?」

「ここは『紅魔の里』近辺だからな。お前だって紅魔族の強さは知ってるんじゃあねえか?」

「チッ!」

 

 こいつ舌打ちしやがった。

とはいえ安楽少女ならそれを把握した上でハッタリを掛けようとした可能性もあるが。

とはいえギャンギャン騒がれると別の厄介な奴に見つかる可能性が倍増するので大人しくしてもらったほうがいいのは事実だ。

安楽少女をなだめるべく一旦、落ち着いた声で話しかけた。

 

「分かったって。俺はもうお前らを傷つけないよ」

「だったらその焚き火を消せよ!それが現在進行形でダメージになってんだよ!」

「それは無理だ。これは傷つけるためでなく調理に使うためのものだからな」

「はァっ?」

 

 悪魔は嘘をつかない。この焚き火はちょっとした意地悪に使いもしたが実はそのためだけのものではない。

 

ここで、俺が背をあずけていた大木の裏から一人の人間が出てきた。

焚き火の上にセッティングするための鍋を持ってきてくれていたのだ。

 

人間のカテゴリの中では少女に分類される。小柄な体に大きなマント、焚き火の赤さに負けないほど鮮やかな紅い瞳。彼女は細い腕に抱えた小枝の束を雑っぽく火の中に放り込んだ。すかさず俺が風魔法で酸素を送り込んだことで火の勢いが増していく。

 

「こちらにおわす“こめっこ嬢”は空腹であらせられるからな」

「うん!あんらく少女はスープにして食べる!」

 

 

 水をなみなみに湛えた小さな手鍋を手に、

“バニルを召喚しようとしていた下手人”は大きく宣言した。

 

 

「えっ?は?女の子?」

「うん、このお嬢さんは常に空腹でな。なんでも食っちまうんだ」

「・・・・・・・・・嘘だろ?流石に私まで食わないだろ?」

「悪魔嘘つかない」

「やめさせろおおお!ガキに人型モンスターなんか食わせたらあれだぞ!将来食人鬼になるぞ!」

「だってさ。ようし、こめっこ嬢。こいつはバラバラにして野菜炒めにして食べようか」

「さんせい!」

「いやああああああああああ!!鬼畜!!悪魔!!紅魔族うううう!!!」

「それぜんぶ、私のこと?」

「鬼と悪魔は俺のことだよ。こめっこ嬢は自分でご飯の準備ができるんだからいい子さ」

「そっかー、私、いいこ?」

「悪魔嘘つかない」

「そっか!私!いいこ!」

 

 安楽少女の騒ぎ方がいよいよ止められなくなってきたので、ここらでメインディッシュに移るとしよう。俺は風魔法を中止し、安楽少女を軽く炙り続けていた熱風を止めた。

 安楽少女は肩で息をしながらもこちらを強く睨んだまま歯を食いしばっている。

 目の前であぐらをかいている悪魔と、その膝の上にちょこんと座っている食欲の化身から逃げ出したいのだろうが、安楽少女はやはり岩の上から動けない。

 

「くそぉ・・・レベルさえ上がれば自分の足で走って逃げられるってのにぃいい・・・・・・!」

「えっ、安楽少女ってレベルアップしたら自立できんの?」

「ううん、普通はあるかない!変異種ならあるく!」

「なんだ、焦らせやがって。でも、もしも歩き出したら踊り食いだな」

「おどりぐい!?わたしもおどりぐいしたい!」

「ひいいいいいいいい!?」

 

 もはや怒りより怯えが上回り、震えた声で叫び始めた安楽少女が岩から飛び退こうとジタバタ暴れると、腰の辺りと岩を繋ぐ根っこのようなものがギシギシと唸ったが、切れる気配はない。どうやら変異種ではないらしい。それでも必死の形相で逃走を試みている。

 安楽少女系のモンスターには一切の同情を持たない俺はそんなものを見ても助けようとは思わない。

 ちなみにこめっこはというと、

 

「活きがいい!おいしそう!」

「いやああああああああ!!」

 

絶好調だった。

ちなみにこれはこめっこが冷酷なわけではなく、憐憫や同情より食欲の方が優先度が高いだけだ。

 腹黒で性根の腐った安楽少女とは真逆に、こめっこは発言がちょっと過激だけど根はとってもいい子なのだ。

 

 

 とはいえ、調理のためだからと屁理屈をこねたが、「俺は傷つけない」と口にしてしまった以上はもう攻撃はできないんだよなー。

 

「・・・・・・しょうがねえなー。おいお前、チャンスをやるからちょっと待ってろ」

「は・・・?」

「こめっこ嬢、ちょっとこっちおいでー、ご飯の準備するよー」

「わあい!」

 

 恐怖の上に困惑を顔中に滲ませた安楽少女の前に焚き火を放置したまま俺とこめっこは森の中に消えていった。

 安楽少女を傷つけず、なおかつ俺とこめっこの食事をつつがなく済ませる冴えた方法など悪魔にならずとも俺には簡単に思いつくのだ。

 

「ちょ、お前焚き火消していけよぉ!」

 

そして数分後。すっかり勢いの弱まった焚き火に小枝を追加しながら『それ』を安楽少女の隣に置いた。

 

 

「エ・・・ココドコ?アクマサン・・・?」

「えっ?・・・もうひとりの私?・・・おいそこの悪魔、なんのつもりだよ?」

 

 それはさっきまで喚いていたのとはそして別個体の安楽少女。

 こいつは紅魔の里周辺の森にはそれなりにいるモンスターなので見つけるのにそう苦労はしなかった。少しばかり離れた場所にいた別の一匹を岩ごと担いで連れてきたわけだが予想外に重かったので担ぎ上げたのは最初だけでその後はほとんど引きずってきた。

 

その二体目の安楽少女も持ってこられた当初はあどけなさを装って周囲を見渡していたが・・・・・・・・・。

 

「アレ・・・アナタ、ワタシニソックリ・・・・・・・・・おい、なんだこの状況」

 

 即座になにやらおかしな事態に置かれていることに気づいたらしい、声色が素に戻っていた。こいつらの化けの皮なんて俺にかかれば簡単に引き剥がせるのだ。

 

 鍋を抱えた紅魔族の幼女、焚き火の様子を見る下級悪魔、憔悴しきった同じ種の魔物。

 

「えっ?・・・お前・・・なんでこんなとこで?」

「いいから気をつけろ・・・この悪魔と紅魔族、ロクなことしねえぞ」

「紅魔族・・・あの連中、そういえばここ最近妙に騒がしいけど、それ絡みか?」

「わからない、噂によると魔王がどうにかなったらしいけど・・・」

 

 隣り合うように並べられ、顔をしかめてヒソヒソ話をしている安楽少女たちは見目だけ切り取れば子供同士のいじましさと草木の儚さが同居する一枚絵にならなくもないが、今から行われるのは『食事』である。

 

「今から生き残るためのチャンスをやるよ」

 

 最初にいた安楽少女は思い切り怪訝そうな顔をこちらに向け、二匹目の少女は自分たちの生殺与奪がかなり危うい状態であることを理解し始めたらしく顔が引き攣り始めていた。

 太い枝で作った梁にこめっこから受け取った鍋を引っ掛け、鍋を火にかける。

 

「俺は手出しをしないと言っちゃったからな。だったらこうするしかないだろ?」

 

 怯えと怒り、不安と敵意、その他諸々の小粒で薄味な悪感情をせめて無駄なく堪能するべく安楽少女ズに正面から向き合うと、さらなる悪感情を求めて宣言した。

 

「生き残りたければ隣のそいつに殴り勝て。先に倒れた方が野菜炒めな」

 

俺の言葉を理解した安楽少女達の顔が青く染まった。そしてたっぷりと悪感情が溢れ出す。

 

 地上復帰一日目の俺の食事はこうして始まった。

 

 

+++++++++++++++

 

 

こめっこ。

めぐみんの妹にして紅魔族の将来有望株の一人、めぐみんを破壊の化身とするならさしずめこの子は暴食の化身。許容量を越えた食料を喰らい込む癖があり、愛玩動物ですら食料としてカウントする。

餌付けしてくれる相手に容易く開く欲求に素直で無防備な幼女であり、また、周囲の人間に際限なく食べ物を貢がせる魅力を併せ持つ魔性の幼女でもある。

 かつて魔王軍幹部が攻め込んできた時もグースカ熟睡していたり、なのに幹部へのトドメだけはちゃっかり決めたりと、色んな意味で将来は大物になる予感はしていたが、まさか幼い身であのバニルを苛つかせるという偉業を成していたとは思わなかった。

 

 この子へのファーストコンタクトはこんな感じ。

 

『こ、こめっこ?」

『おお!名前が見とおされた、本物のこうしゃく?』 

 

 思わず名前を呼んでしまったせいで何か勘違いされた気がする。人生初の召喚体験の余韻や、体感で数ヶ月ぶりに知り合いと会えた喜びや、しかもパーティメンバーの関係者であったという奇縁への感慨がごっちゃになったせいで冷静な判断ができなかったのだろう。

 

しかしこれでいいのだ。悪魔は嘘が吐けない代わりに相手の誤解を利用して人間を操るという、だったらわざわざ積極的に誤解を訂正し、身元を詳らかにすることもあるまい。

 俺がバニルそっくりのタキシードを来ているのもその誤解を助長したのだろう。ちなみに仮面の方は召喚される瞬間に勝手にパージされたらしく、今の俺の顔面は牙と角の見えた悪魔面のままだ。

おかげでめぐみんやダクネスが俺を見ても仮面の義賊から■■■■と結びつけることもできないわけだ、ちくしょうめ。

 

『こうしゃくさんですか?』

『ふふ、好きに判断したまえ。ネタ種族の幼女よ』

 

 こめっこのキラキラした瞳に対して公爵っぽく返事してみたが無意味にキザったらしくなっただけだった。仮面を被っていないとカッコつけるのもうまくいかねえなあ。

 

『でもこうしゃくさんの魔力、しょぼい。本当にこうしゃくさん?』

『うっ!?・・・・・・それはねこめっこ嬢、悪魔というのは地上に出る際はほかの物質で依代を作るから本来の力を出せないものなのだよ、強ければ強い悪魔ほど特にね』

 

 まあ俺は残機なしのバリバリ本体なのでこれが全力であり背水の陣なのだが、悪魔全般の話をしただけで俺に関して何か偽りを言ったわけではないのでセーフだ。

 これで、こめっこは召喚魔法の連続行使を一旦は止めてくれるだろう。

しかし、今のままじゃすぐに行き詰まることも分かっている。問題はまだなくならない。

 

 

 そして時は現在に戻る。

 

 

「いけにえの、梨です」

「い、いまはいいかな・・・あとで貰うよ」

 

 昼を少し過ぎた頃、紅魔の里からそうは離れていないが、簡単には見つけられないように木々の入り組んだ森の中に俺たちはいる。

隣に座ったこめっこが果物を差し出してきたのでありがたく受け取り拒否しておいた。

悪魔は一旦契約を交わすと非常に面倒くさいことになると聞いていた俺は迂闊なことはしない。なおかつこめっこの注意を悪魔召喚以外のものに逸らす必要もある。

 安楽少女たちを集めてドつきあいという名のデス・ゲームを開催しているのもそういうわけだ、マグロの解体ショーみたいでこめっこも大満足すること間違いなしだな。

 

 こめっこは俺、ひいてはバニルに頼みたい事があるようだが、公爵レベルと契約を交わさなければ成し遂げられないような内容を俺にどうこうできるわけがないので、こうして時間稼ぎをするしかない、俺がこめっこの傍にいる間ならバニルに累が及ぶこともない。

 

「ところでこめっこ嬢はさ、家に帰らなくていいのか?悪魔と遊んだりするのは親もいい顔しないだろ」

 いや、紅魔族の連中相手なら、『幼い身で既に悪魔を使役しているとは!やはり前世の因縁が・・・!』とか言いそうだ。

 

「今は我が家の留守を守ってる、おかあさんとおとうさんは姉ちゃんのところに行ったから」

「姉ちゃん?姉ちゃんって言うと・・・・・・」

 

 どう考えてもめぐみんのことだ。あの両親はめぐみんのところにいるのか?えっ、もしかしてそれに同行するべきだったのか俺は?

 

 

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 俺は少なからず動揺しながらもこめっこからさらなる情報を引き出そうとして、こめっこの方に首を向けた。

 

そこで、悪魔の感覚が、急速な悪感情を感知した。

 

 

「『ライトオブセイバー』」

「「エッ」」

 

具体的には、殺意を。

 

 視線を戻した先、安楽少女達の首が落っこちた。

 岩の上に残された体がビクっと一度だけ震えるとのけぞるようにして動かなくなった。

 そこで首なし死体の向こう側に誰かが立っているのが目に入る。

 

 

「さあこめっこちゃん。家に帰るんだ」

 

 

ああ、そうだった

もうひとつの問題は全く解決していないままだったな。

 『公爵悪魔を召喚する下手人』はどうにかした。

 

 

まだ、『下級悪魔を殺す下手人』が残っている。

 

 

 めぐみんのものと同じ眼帯に、めぐみんとは似てもにつかない高い身長に爆乳。ドリル状に巻かれた髪にはここまで走ってきた間に付いたであろう木の葉が絡みついたままだが、ほつれることもなく艶を失っていない。

 名前は、なんだったっけ・・・?

 身構える俺と違って、同じ紅魔族であるこめっこは落ち着いた様子で声を上げた。

 

「あ、ニートだ」

 

「え、やっぱりあいつニートなのかこめっこ嬢?」

「ニートというのは止めないか!作家として本だってもうすぐ出せるかもしれないし!今こうしてこめっこちゃんを探しに来たのもバイトの一部なんだからね!?」

 

 ムキになって訂正してくるそいつは、首からは俺の世界にあった羅針盤のような魔道具をぶら下げ、右手の延長上には紅魔族お得意の光剣魔法が唸っている

 いつぞや俺たちとゆんゆんに迷惑をかけてくれた、あるえとかいう奴だ。

 

 俺がこっちの世界に召喚されてこめっこと顔合わせした直後に襲いかかってきた少女だ。

 おかげで紅魔の森をこめっこと二人で逃げ回り、安楽少女のデスマッチを開催する羽目になったんだ。

 

「目を離した隙に何度も何度も召喚魔法!下級悪魔が湧いてくる度に処理するのは苦ではないけれどね、こめっこちゃんはまだ上級魔法を覚えていないんだからもっと用心を・・・」

「ニートのアドバイスは聞きません」

「こめっこちゃん!?」

「だよなー。社会経験のない奴の言葉に重みなんてないもんなー」

 

 で、その元凶たるあるえだが・・・一点だけなんだかおかしな点というかツッコミ待ちにしか見えない箇所があった。

あるえが左手で握り締めている小さくて細長い布・・・・・・。

 

・・・・・・あれ、どう見ても靴下だよな?

しかもあの小ささを考えるとあいつ本人のものではない。

 

「こめっこ嬢、あの靴下ってお前のか?」

「うん、なんであるえが持ってるの?」

「こ、これは探知魔道具の媒介に・・・」

「シッ!ダメだこめっこ嬢!彼女はきっといかがわしい趣味を暴露する気だぞ!耳を塞ぐんだ!」

「違うよ!?一体なんなんだい君は!」

「おっと、羞恥の悪感情、ゴチでーす」

「ゴチじゃない!ああもう!」

 

 靴下をスカートのポッケにしまい、空いた手で頭を掻き毟るあるえ。ひとしきり髪を乱したところで右手をブンと振るうと、ライトオブセイバーが強く輝き出し、その長さを増した。ついでに苛立ちと羞恥の悪感情が新たにもっと物騒な感情に置き換わっていく。

 そして、その悪感情と光剣が俺に、向けられた。

 

「君はこめっこちゃんの教育に悪い。討伐させてもらうよ」

 

 まあそういう運びになるのは分かっていたけどな。しかし、さっき呼び出されたときは状況が違う。具体的には地獄と地上の時差ボケらしき倦怠感も治ったし、こめっこを抱えて逃げたときに消費した魔力も安楽少女と目の前のあるえから回収できたので体の疲れもない。

 とはいえ、悪魔の状態で危害を加えるのは本気で悪手なのでこめっこを介しつつなんとか妥協点を探らないといけない。つまりここで目指す結果はなんとか引き分けや休戦に持ちこむことなのだ。紅魔族相手に勝利するよりかは何千倍も楽勝だな、まともに戦わないことにかけてはアクセル随一なんだからな。

 身構える俺に対し、改めて光剣を構えたあるえが呟く。

 

「せっかく魔王が討伐されたっていうのに、その三日後に魔物の被害を受けるなんてね・・・全く、世界は剣呑なままだ」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?

 

 俺が死んでから、まだ三日?

 




このすば最新刊で安楽少女が出てきたときはちょっと焦りました。

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