楽しんでね?
「たーいま」
「およ、帰ってきたの、勇気?」
碧井から半ば逃げ出されるようにして別れたあと、俺はすぐに家路に着いた。
しかし、帰宅してリビングの扉を開けると、ソファーの上であらん限りにだらけた姉「色無千里」が不思議そうに俺を見上げている。
しかも、なぜか下着しか身につけていない。
この姉はまったく………。
「おい千里姉」
俺が呼びかけると、彼女はキョトンとした顔を向ける。
「ん?なに?」
「服着ろよ……」
「え~……なら、勇気あんたが着せてよ」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべこちらを見上げる千里姉に俺はため息をつく。
「はあ?……嫌だよめんどくさい」
「あはは」
何が可笑しいのか声を上げて笑う千里姉。
そんな彼女に俺は呆れつつ冷蔵庫に手を伸ばし、麦茶をあおる。
「あ、私コーヒー」
当たり前のようにそう言う姉に俺は恨みがましい目を向ける。
「自分で入れろよ……」
「まあまあ。良いじゃない。ね?お願い勇気?」
「……はあ。分かったよ」
この姉だけはまったく……。
電気ケトルでお湯を沸かし、コーヒーの粉を入れたカップに注ぐ。
「ほらよ」
「わーい、ありがとう。愛してるよ?」
「うっせー」
そんな適当なやりとりを交しつつ俺はこのダメ姉にコーヒーを渡す。
「つーか、これぐらい自分でできるようになれよ?そろそろ」
俺はジト目で我が姉を睨むが、彼女は真剣に取り合う様子もなく手を横に振り否定する。
「ムリムリ!私が生活力皆無のダメ女だってことはあんたが一番知っているでしょう?ま、逆にそこが私のチャームポイントだからさ!諦めなよ?」
ポンポンと俺の肩をドヤ顔で叩くダメ姉。
怒る気力すら湧いてこない。
もうお判りいただけただろう?
そう。
俺の姉、千里は生活力ゼロ、やる気ゼロ。
空前絶後のダメ女である。
どれほどダメかというと、なんとコーヒーの入れ方、服の着方さえも分からず、毎日俺か母が身の回りの世話をやってやらなくては生活できないほどなのだ。
そのせいか、弟の俺が見てもそこそこ美人であるはずの姉にボーイフレンドの類がいると言う話はついぞ聞いたことがない。
母さんもやたらとそこは心配してたな。
しかしどういうわけかこの姉、頭はめちゃくちゃ良い。
碌に学校すら行っていなかったのに、模試は常にトップだったし、大学生となった今は「日本の至宝」「未来の希望」だとか言われてる。
弟の俺としては「これのどこが日本の至宝なのだ。ただのアホだぞ?」と思わずにいられないのだが、まあそれでも、たしかに、千里姉は自分の好きなことに関してだけは絶対的な自信を持っていると思う。
数学、物理、化学などの俗に言う理系科目。
彼女は、それらのスペシャリストであり、そこに関してだけは比類ない情熱を傾けている。
一度、勉強している彼女の部屋を覗いたことがあったのだが、薄暗い小さな部屋の片隅で一心不乱になにかを書いている姿は、もはや狂気すら感じた。
見たこともない数式が壁一面に書いてあったことも少なくない。
文系の自分からしたら「数式なんぞ見て何が面白いんだ?」と思うが、彼女にそれを聞くと鋭い眼差しでこう答えた。
「私はね。ただ可能性を感じていたいの。世界の果ての果て。まだ見ぬ世界に溢れる痛いくらいの可能性をね」と。
正直、何を言っていたのか今でもわからない。
なぜあれほどまで鋭い眼差しをしていたのかも。
だから、俺は数式にそこまでの思い入れを持つ彼女に共感することは到底できない。
だけどあいつならどうだろう……。
俺にはないなにかを持っているあいつなら……。
そんな物思いに耽っていたその時だった。
「こら!」
「いてっ!」
額に強い衝撃と、目の前の姉の様子から自分がデコピンをされたと理解する。
どうやら、姉の話を完全に無視してしまっていたらしい。
「聴いてた?私の話」
「悪い。考え事してた」
そう答えると、姉は訝しむような目つきになる。
「ふーん……?」
「な、なんだよ?」
「どうせいやらしいことでしょう?」
「ブフォッ!ち、違うわい!」
「なら、お風呂入っちゃいなさい。沸かしといたから」
サラリとそう返す千里姉に少し嫌味を言ってみる。
「なんで、風呂は湧かせるんだ。お湯は沸かさないくせに」
「興味ないことは覚えない主義だからいいの」
全く動じる様子のない彼女に俺も適当に答える。
「左様ですか」
「いいから、入っちゃいなよ」
「はいはい、入りますよ〜」
それからは風呂に入り、飯を食い、布団に入った。
明日こそは絶対「やろう会」とは何か聞き出してやる!
そんな決意を胸に眠りにつくのであった……。
感想でどのぐらい長さ欲しいか教えてくれると助かります。
今は二千字ぐらいにしようかと思ってます。