ガララ
勢いよく開かれた扉。
第3会議室はウチのクラスの教室よりも少し小さな部屋だった。
「じゃあこの席に座って!」
碧井から差し出された席に遠慮なく腰掛ける。
その間にも彼女は奥の扉の方からホワイトボードを引っ張って来て、俺の目の前に設置し、仁王立ちになった。
一体なにをするのやら……。
肘を突き、聞く体勢をとる。
すると彼女は、大きく息を吸い込み高らかに言い放った。
「これからやろう会について説明する!よーく聞いといてね!」
「お、おう……」
二人しかいないのにそんな大声出さなくても……と思ったものの、当の本人が楽しそうなのでなにも言えない。
「ワクワク!」と顔に書いてある。
たかだか同好会の説明ってだけで、なんでそんなに目をキラキラさせてるんだこいつは……。
「ゆうくんどうしたの?」
キョトンとした顔でこちらを見つめる彼女にゆるく首を振る。
「いや、なんでもない。とりあえず、早く説明してくれよ。こっちは昨日から待ちぼうけくらってるんだからさ」
「あ、そうか!ごめんごめん。じゃあ、説明始めるね?」
そう言うと、彼女は水性ペンを取り出し、ホワイトボードになにかを書き出す。
キュキュキュという耳障りのいい音が響き、ペンが踊る。
その度に、彼女の長く結わえられた黒髪が揺れる。
書きたい場所が少し高いのか、背伸びして懸命に文字を書こうとするその姿には、人を惹きつけるなにかがあるように思う。
いや、なにか、というよりあれだな。
とりあえず……パンツ見えそうだな。
ちなみに、さっきから俺の視線はそこにしかいっていない。
だって、さっきから、あいつがぴょこぴょこ跳ねるたびに、スカートの裾がふわりふわりと浮き上がり、眩しい肌色が俺の目に飛び込んできているんだもん。
あと数センチ。
あと、数センチ裾が捲れあがればパンチラ達成となるであろうそのギリギリを見事にコントロールしてのけている碧井はかなりの手練れだと思われる。
別に見たいわけではないのに視線が惹きつけられてやまない。
いや、本当だぞ?
本当に見たいとかそんなのじゃないから。
ただ、無防備すぎることを心配してるだけだから。
べ、別にあんたのパンツなんて、見たいわけじゃないんだから!
勘違いしないでよね!?
なに言ってるんだ俺?
パンツに心を惑わされるあまり、一人ツンデレ劇場をしていると、書き終えたのかくるりと身体を反転させる碧井。
ホワイトボードに書かれた文字は「やろう会とはなんでしょう?」だけ。
拍子抜けするほどなんのひねりもない。
「おい、これしか書くことないの?これだったら別に書かなくてよくない?」
俺がそう突っ込むと彼女は唇を尖らせる。
「しょーがないじゃん。こういうのやってみたかったんだから」
「まあ、ならいいけどさ……じゃあその答えはなんなのさ?」
顎でホワイトボードに書かれた文字を指しながら聞く。
だが、碧井はなぜか不遜な表情になり、腕を組む。
「じゃあ、ユウくん。ここがなにをする同好会か当ててみなさい?」
「いや、わかんねーよ……」
なんか喋り方もカッコいいお姉さん調になっている碧井に違和感を感じながらそう答えると、呆れたように「やれやれ」と呟く。
「少しは考えるっていうことを知らないわけ?ユウくんってもしかして馬鹿なの?」
カチンと来た俺は強い語調で言い返した。
「おい!聞き捨てならないな。文系一位のこの俺に向かって馬鹿とはいい度胸じゃないか……」
「え!?すごいユウくん!!文系一位だなんて……ハッ!」
そこまで言うと、何かに気がついたように口を抑える。
頰が赤くなる。
「コホン……ま、まあ、それぐらい普通でしょ?」
咳払いをし、冷静な口調に戻った彼女だが、依然として顔は赤いまま。
おそらく、「できるお姉さん」口調が崩れ、素の自分になってしまったことを恥ずかしいと思っているのだろう。
「碧井。別に無理してその口調にならなくてもいいんじゃないか?」
「べ、別に無理なんてしてないの!とにかく、なんでもいいから早く答えて!ほら、早く!」
もうほとんど素にもどった彼女に急かされるので俺は適当に答える。
「漢の流儀を学ぶとか?」
「ブッブ〜!!ぜーんぜん違います!残念でしたあ!」
「こいつ……殴りてえ」
人生で初めて女子をぶん殴りたいと思った。
それほど、ムカつく顔をしている。
「じゃあ、なにするところなんだよ。さっさと教えろ」
「ヘッヘーん。なら教えちゃうね?」
キュキュキュっとペンが走る。
カツン。
ペンを置く音。
俺は前に書かれた文字を読む。
「やりたい人によるやりたいことをやるための同好会……?」
すると、碧井が大きく頷いて説明しだす。
「そう!この世の中には『やりたいことができない』『最初の一歩が踏み出せない』っていう人たちがいるわよね?」
「まあ、そうだな」
「でしょ!?だからね、私はそういう人たちの背中を押してあげたいの。その一歩を踏み出すための勇気を与えたいと思ってるの。だから、今年こそ、この同好会を作ろうと決心したのよ」
意外にしっかりと考えてる碧井に内心驚きつつ、気になったことを一つ質問してみる。
「そうか。じゃあ、今年からこの同好会は始まるっていうことなのか?」
「そういうこと!だから、まずは、同じ二年生を集めて活動していこうと思って君に声をかけたの!」
「なるほどな」
短くそう答える。
「じゃあ、これから二人で一緒に頑張っていこうね!ユウくん!」
嬉しそうに笑う碧井が俺に向かって手を伸ばす。
差し出された手は、信じられないぐらい白く滑らかだ。
これまでの人生。
これほど、人から求められたことなんてあっただろうか?
いや、なかった。
俺はいてもいなくても変わらない「その他大勢」で、俺のことなんざ誰も知らないし求めてもいなかった。
だから、こうして俺を求めてくれる人がいるということ。
それ自体がたまらなく嬉しい。
立ち上がり、碧井の前に立つ。
碧井は嬉しそうに笑う。
そんな彼女に俺も微笑みを向ける。
風が吹く。
彼女の黒髪を弄ぶ。
それを軽く片手で抑える。
彼女の一挙手一投足が俺の琴線に触れる。
そこまで考えてようやく決心がついた。
「碧井」
「ユウくん……」
彼女の満面の笑み。
こんな綺麗に笑うやつ初めて見た。
しかし、これを見られるのも、これで最後だ。
「ごめん、俺はこの同好会に入ることはできない」
「え……?」
言葉を失う彼女。
しかし、やはりこれが俺の選択だった……。
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