「へ、ん?」
「なんかおかしな所あったか?」
「んん、いや、なんかそういう、恋愛漫画の一コマにありそうなドッキリを仕掛けるのはわかったんだけどさ」
「うん」
「どうして私と姫菜なの?」
「いやぁ、それには俺の個人的な理由と大衆からの需要的な理由があるんだが…聞きたいか?」
「それ、長くなる?」
「それなりには」
「じゃあいい」
「そうか」
「でもなんでそんなことしてんの?」
「それはアレだ、普段あんまり二人きりにならない奴らにやらせることで親睦を深めさせる的な、な?」
「おお!ヒッキーにしてはいいこと考えるじゃん!…でも私と姫菜、仲いいよ?」
「お前、海老名さんが本当に、あんな騒がしいだけの人だと思うか?」
「う…」
というのは建前で、世の中はこの企画に、少なからず百合を期待していると考えたからこそのこのカップリングだ。
まあ、つい空気を読んでしまう由比ヶ浜と、造ったキャラで自分を覆ってしまう海老名さん。
この二人の間にちょっとでも変化を期待しているという側面も、ないとは言えないが。
それに、日常的に妄想の餌食になっている仕返しという目的も無きにしも非ず。
「気まずくなりそうになったら、頃合いを見てネタばらしすればいいから、安心しろよ。それとも俺が途中で旗持って出ていくか?」
「いやぁいいよ。ヒッキーにはあんま見られたくないし」
「そうかい」
「でも、そっかぁ…」
「ん、どした」
「いやね、放課後に仕掛けるなら、明日は部活いけないなって」
「ああ、それなら、俺も由比ヶ浜も出られないって雪ノ下に言ったら、明日は部活休みって事になった」
「そ、そっか…。ゆきのん、なんか言ってた?」
「いんや別に。あ、でもすごい怖い顔してたな」
「そっか。あはは…」
「ま、あんま難しく考えなくていいから。今日は心の準備しとけよ」
「うん。あ、じゃあ私、こっちだから。また明日、ね」
「おう、じゃあな」
由比ヶ浜は、まだ少し悩んでいるようだったが、どうやら俺の適当にでっち上げた暖かな目的に納得はしたらしい。
海老名さんは鋭いところがあるので、由比ヶ浜の演技力が試される。
また、由比ヶ浜にちょっとした仕草や台詞をきっちり覚えられるとは到底思えない。
そういうこともあって、今回のドッキリは、簡単な設定だけを由比ヶ浜に教えただけで、あとは適当にそれらしい事を言ってもらう予定だ。
それにしてもこの企画、自分が当事者じゃないだけで気が楽どころかちょっと面白いまであるな。
人間とは、やはり残酷な生き物である。
◇
「あれ?ヒッキー」
「ん?おう」
「早いね。いつもこの時間なの?」
「いや、今日だけ、なんとなくな。あ、でもお前に二人きりで会いたかったってのはあるな」
「ふぇっ!?そそそそそれってどっどどういう…」
「あ?なに焦ってんだよ。今日の放課後のことで何か話すことがあるかもってことだよ」
「あ、あぁ、うん、なるほどね」
「それより、お前だって今日ずいぶん早いじゃねーか。どうしたんだ?」
「んっとね、実は私も、さ。放課後の、ドッキリのことなんだけど」
「おう」
「やっぱり私、自信ないかも…。なんて言うのかな、嘘つくとかじゃないけど、演技して、バレない自信は正直…」
「んー、まぁそうだろうな。自分が全く思ってないこと、持っていない感情を基に振る舞える人間なんて、普通はできねえよ」
「う、うん」
「やりたくなければやんなくていい。この企画は所詮、変な趣味のラブコメの神様(筆者)が考えたものってだけだからな」
「ん?何の話?」
「何でもない。友達に嘘つくのが気が引けるっていうなら、辞退すべきだ、こんなこと」
「いや、やるよ。難しくて上手く言えないけど…なんて言うか、私ももっと姫菜と近づきたいし…!」
「ん、そうか。なら俺から一つアドバイスだ」
「え、なに?」
「お前、そのー…好きな、人とかって、いるのか?」
「え!?い、いやー!い、いない、かなぁ…」
「そ、そうか。まあお前じゃなくても、そうだな…一色とか、三浦さんとか。あの辺の挙動とか、喋り方とか参考になるんじゃね。お前に好きな人がいれば、その人と海老名さんを重ねればいいだけだが」
「そ、そっか。そう、だね、うん。…わかった。私、頑張る」
朝、教室に一番乗りで、女子と二人きりで会話するというリア充じみたイベントは、三番目の来訪者・三浦さんによって打ち切られた。
友達に嘘をつくという行為は、ドッキリという名目だとしても多少の罪悪感はあるんだろう。
そしてその罪悪感は、演技のほころびとして現れる。
実に論理的な考え方だ。ロジカルシンキングだ。
だが、それを押し殺してでも、このドッキリによって距離感に変化が生じることを期待しているのかもしれない。
正直、傍目から見れば十分仲がいいように見えるが、それでも本人は何か思うところがあるんだろう。
ならば俺は、このドッキリが上手く運ぶよう、きちんと見届けなければ。
別に、リアルに百合が見たいだけじゃないんだからね!
◇
チャイムが鳴って、みんな各々持ち場に散っていく。
運動部はグラウンドへ、体育館へ。文化部は部室へ。帰宅部は自宅へ。
奉仕部は…どっちかというと文化部かな。
でも、今日の私は部室には行かず、少し外を歩いて時間を潰してから、また教室に向かう。
「すぅーー、はぁー…」
そこには、約束の時間に彼女がいるから。
深呼吸をしても胸のざわつきは収まらない。
友達にこんなことをするのは、何というか、冗談とは言え、緊張や不安とは少し違う感情に苛まれる。
「あ、結衣」
教室のドアを開けると、姫菜がいた。
時計の針は約束の時間ぴったりを指していた。
「ごめんね姫菜。時間、大丈夫だった?」
「うん。全然大丈夫だよ。で、なに?話って」
「う、うん…」
なんて切り出したらいいんだろう。
なんとなく会話のシミュレーションはしたつもりだけど、何て話題を振るかなんて考えてなかった。
「どうしたの?何か、言いづらいことだったりする?」
「え、い、いやぁ…まあ、そうかも」
心配そうな表情がのぞき込む。
姫菜は気配りができて、優しくて、でもどこか距離があって。
「なんでも言っていいからね?」
「うん、ごめんね」
ほら、優しいな。
「姫菜は、さ。気になる人、とかいるの?」
「…いないよ」
「だ、だよね。誰かと付き合うつもりもないって言ってたしね」
「まあ、ね」
「それはさ、どうしてなの?」
「んー、なんでだろね。まぁ強いて言うなら、嫌われたく、ないのかな」
「嫌われ…どういうこと?」
「付き合うってさ、すごく近い距離感になるってことじゃん?そしたらさ、取り繕うことも、誤魔化すことも難しくなって、ありのままの私を見せることになる」
「うん」
「そうやって全部さらけ出して、幻滅されるのが嫌…なのかな。…自分でもよくわかんないや」
「そっか…」
姫菜の優しさの源はそこなのかな、なんて考えてしまった。
きっと、ちゃんとした理由なんてないんだろう。
なんとなく、というほど曖昧ではないにしろ、上手く言葉にできない気持ちも、上手く言葉にできない感覚も、人間の中にはぎっしり詰まっている。
そんな名前のない色々な何かを、お互いに素手で探り合うのは私だって、いや、きっとみんな怖いんだろう。
だから、それをわざわざしようとしない姫菜は、甚く優しく見えるんだろう。
「で、話って、それだけ?なら私はもう行くけど」
「ま、待って!」
「ん?」
「あの…!話したいことっていうのは、その…」
ああ、嫌そうな顔だなあ。
私だって、やっぱり嫌だよ、こんなの。
でも…
「私、さ…」
「……」
「私、ね。…姫菜のこと、す、好き、なの…」
◇
「…はぁ?」
素っ頓狂な声が出てしまった。
だめだ、予想外すぎて頭が回らない。
けど、真っ赤な顔をした結衣は恥ずかしそうに、けれどじっと、こちらを見ている。
「わ、私も好きだよ。…これからもみんな仲良く…」
「そ、そうじゃなくてっ!」
「……ッ!」
「そうじゃ、なくて、ね?…変かもしれないけど、私、…姫菜がほ、欲しい、の…」
ラブコメのヒロインのような台詞を吐いた結衣の表情は、けれど真剣で。
強い西日に照らされた瞳は、うっすらと涙が光を跳ね返して、宝石のようだった。
どうしてだろう、動悸が激しくなる。
そんなはずはないのに。
「私は…煩わしいのも、面倒なのも、嫌いなんだけどな…」
「うん、知ってる」
「だから、女だからとか、結衣だからとかじゃなくて…さ」
「うん」
どうして、そんなにいつもの顔ができるの。
今にも燃えだしてしまいそうなほど真っ赤なのに、目の前にいるのは、それでも、私がよく知っている結衣だ。
わからない、わからない。
わからなくて、かっとなった。
「じゃあ、キスしたいとか、思うんだ」
「へ?」
「その先も、裸見たいとかさあ」
「ひ、な…?」
「触りたいとか、さあ!」
頭にもやが掛かって、言葉がわからない。
私、何を言ってる?
あ、結衣が泣いた。
私、何をした?
「うん、それでもさ…」
「…は」
結衣の手は震えていて、でも暖かかった。
そのぬくもりは、私の中の自己嫌悪の餌になって、とても痛い。
「それでも、私は、ね」
「…?」
震える手を振り払えない。
ああ、本音って、こんなにも他人を圧迫するものなんだ。
「ちょっとずつでいいから、もうちょっと、姫菜と仲良くしたいな…」
そういって結衣が取り出した旗は、カラフルな文字で彩られ。
「もっと、嫌うとか、好くとか関係なくて。手、繋ぎたいし。ハグ、したいし。いっぱい、話したいな…」
けれどそれらに、私の目はくらむことをせず。
「だましてごめん。でも、めんどくさくても、怖くてもいいから、…友達以上?に、なりたい、な」
怒らないし、許さないし。
「…うん、ありがとう」
だから、私は。
◇
「なにそのおいしい企画!?」
「おいしい?」
「そんなの色んな男と男をくっつけるチャンスじゃない!じゅるり…」
「男同士限定なんだ!?」
窓から差す日差しはすっかり弱くなって、下校時刻が近づく。
こんなに満たされた気持ちになったのは久しぶりかもしれない。
「で、で?次は誰に仕掛けさせる?」
「ぅえ、やっぱ続けるんだ…」
「そりゃあ、ね!合法的にはやはちを見るチャンス!あでもとべはちもはちはやも捨てがたい…」
チャイムが鳴った。
下校時刻までもうまもなく。
「帰ろ!」
「うん!」
繋いだ手は少しだけ熱くて、くっつきそうだった。
教室の外には誰もいなくて、廊下に二人だけの足音が響くのが、なんだかとてもうれしかった。
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