IS - the end destination -   作:ジベた

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13 ラウラ・ボーデヴィッヒ

「白騎士ーっ!!」

 

 黒いウサ耳のISがビーム刃のついた手刀で斬りかかってくる。俺は後方に推進機を吹かして回避する。

 

「何なんだよ、お前は!?」

「それは私のセリフだ!」

 

 黒い眼帯で左目を隠した少女が右肩についている大口径のレールカノンが俺を向いた。最初の狙撃もこれによるものだろう。少女は問答無用で俺を倒しにかかってきていた。俺は大きく飛び退いて砲弾を回避する。

 

『ISネーム“シュバルツェア・レーゲン”。操縦者“ラウラ・ボーデヴィッヒ”。中距離防御型。特殊装備あり』

 

 雪花から情報が伝わってくる。第3世代型ISということは、どこかの国の代表か代表候補生だ。だからトロポスを使ってくるいつもの敵とは違うとは思うのだが、いまいちコイツの目的がわからない。

 

「流石に当てられないか。だが私はあの時とは違うぞ!」

「あの時っていつだよ!?」

 

 ビームの手刀を解除してラウラという名の少女が接近してくる。あれ? 中距離じゃないのか……? まあいいや。俺に戦闘の意志は無いので逃げ回ろう。

 

「逃がさん!」

「――な、なんだ!?」

 

 ラウラが右手を俺に向ける。ただそれだけで俺は金縛りにあったかのように動けなくなった。

 ――これがコイツの特殊装備か!?

 

「終わりだ!」

 

 ラウラが肩のレールカノンを動けない俺に照準する。やばい。防御もできない。ハイパーセンサーによって時間がゆっくりに感じる。目で見えていても、砲弾が迫るのをただ見ているしかできない。

 

「させんっ!」

 

 動けない俺をカバーするように入ってきたのは箒だった。俺たちの中で最も硬い盾を持つ箒のISによって砲弾は弾かれる。同時に何故か俺の金縛りも解け、再び動けるようになった。

 

「助かった、箒」

「……礼はそこのバカをおとなしくさせてからにしろ」

 

 箒が駆けつけてくれて2対1となった。シャルルら他の3人はさっきまでの試合の消耗で戦える状況ではないので援軍は打ち止めだ。それでも問題はない。

 

 さて、これから反撃というところで、ラウラはその動きを止めていた。思えば箒が介入してから何もしてきていない。

 

「貴様は、篠ノ之博士の妹か!?」

 

 箒のISの情報を取得したであろうラウラが目を見張る。箒は不機嫌を露わにしつつ「そうだ」と答える。

 

「ドイツの代表候補生。この男は織斑一夏。ISを使い始めて2ヶ月だ。だから白騎士であるはずがない。それは私、篠ノ之箒が保証する」

 

 箒の回答でラウラはISを解除した。戦闘の意志が完全に無くなったらしい。

 

「そうか、それは失礼した。話に聞いていた白騎士の特徴に似ていたのでな」

 

 俺に対するものと違う態度だ。ラウラはそのまま敬礼をし、「謝罪はいずれ」と言い残してアリーナから立ち去っていった。そのきびきびした動きは軍人のモノだった。

 

「一夏っ! 大丈夫だった!?」

「ああ、大丈夫だ。箒が助けてくれたよ」

 

 戦えない状態だった鈴たち3人が駆け寄ってくる。

 

「どうしてドイツのヤツが襲ってくるのよ!」

「しかも、あれは“AIC”でしたわ。まだ実験段階と思ってましたのに、既に実用段階だなんて……」

「AIC? なんだそれ?」

「正式名称はアクティブ・イナーシャル・キャンセラー。先ほどのドイツのIS、“シュヴァルツェア・レーゲン”の特殊装備ですわ」

「ああ、そういうこと」

 

 日本語訳すると能動的慣性無効化装置ってところか。名前から予想するに、全てのISの基本であるPIC、パッシブ・イナーシャル・キャンセラーの応用だろう。PICが自機の浮遊、急停止を可能にしているのなら、AICは他機に急停止を強制する。言い換えると、PICへの干渉をする兵器だ。

 

「それってどう対抗すればいいんだ?」

「わたくしも初めて見ましたので知りませんわ……」

 

 セシリアがしょぼくれている。普段優秀なセシリアの落ち込み顔は俺には魅力的に映る。ギャップ萌えというやつかな?

 いかんいかん。話を変えよう。アリーナの使用時間が過ぎてしまうしな。

 

「皆っ! そろそろ時間だし、とりあえず今日は解散にしよう。あのドイツの奴については明日、先生に聞いてみようぜ」

「アンタがそう言うなら、あたしはそれでいいけど」

「一応、わたくしの方でも調べておきますわ」

 

 鈴とセシリアが女子更衣室へと歩いていく。だが、箒は難しい顔をして立ち尽くしていた。

 

「箒? どうしたんだ?」

「……いや、なんでもない。一夏、さっきの奴が言っていたことは気にするなよ」

 

 考え事をしていた箒もセシリアたちが居なくなったことに気づき後を追っていった。気にするな、と言い残して……

 

 ラウラという少女が言っていたこと?

 

 全く気にしていなかったが、急に気になってきた。シャルルにも聞いてみるか。

 

「おい、シャルル……って、いねえ!」

 

 居るはずだった相棒の姿は既に無かった。あの野郎! 黙って置いて行きやがった!

 男には優しくない紳士だった。

 

 

***

 

 

「おい、シャルルっ! 置いてくなんてヒドいじゃないか!?」

「ごめん。すぐに来ると思ってたからさ」

 

 男子更衣室には既に着替え終わったシャルルがいた。確かにすぐに来るつもりだったけど、シャルルにしては少し薄情じゃないか? ごめんと謝るシャルルの顔には悪気が微塵も感じられない。ありがとうと礼を言ったときの顔と雲泥の差があった。

 

「じゃ、じゃあボクは先に部屋に戻ってるね」

「あ、待ってくれ。少しシャルルと話がしたいんだ」

 

 俺が着替え始めると、シャルルがやや慌てた様子で更衣室を出ていこうとするので引きとめる。シャルルは出口の方を向いたまま「う、うん」と不本意そうな返事だけしてきた。何がそんなに不満なのか俺にはわからないが、真面目な話だ。悪いが聞いてもらう。

 

「さっきのドイツの奴が言ってたことなんだけどな。アイツ、最初に俺のことを“白騎士”って叫びながら襲いかかってきたんだ。どういうことだと思う?」

 

 箒が気にするなと言っていた事柄。

 悪いな、箒。ダメだと言われて余計に気になってしまうのが人の性だ。

 

 シャルルは俺に背を向けたまま、首をひねっていた。

 

「白騎士って言ったら“白騎士事件”で現れた“世界で最初のIS”のことだよね。白いISだから勘違いしたのかな? でも7年も前のISだし、現在も行方不明だよ」

 

 俺もシャルルと同じことを思い出していた。

 

 白騎士事件。

 今から7年前、日本を射程範囲内とするミサイル基地のコンピュータが謎の暴走を起こし、一度に複数発の弾道ミサイルが日本に発射された。

 俺は当時、小学校3年生だったから詳しいことはわかっていなかったのだが、日本は終わりだ、とTV放送されていたのは覚えている。

 しかし機械を纏った一人の女性が空に現れたことで状況は好転する。純白の西洋甲冑に見えたため“白騎士”と呼ばれるようになったそれが、世間の前に最初に現れたISだ。白騎士はミサイルを全て迎撃し、日本の本土には一発のミサイルも落ちることはなかった。懸念されていた汚染の被害も全く無かった。

 俺たち一般人にとっては事件はそれで終わりであるのだが、各国の政府や軍はそういうわけにはいかなかった。白騎士が単機で上げた戦果だけでなく、白騎士は世界の軍事バランスを崩壊させるだけの現象を引き起こしていたのだ。

 秒速7kmで飛来する弾道ミサイルを斬り捨てられるほど、空を高速で飛び回るパワードスーツ。

 兵器として実現に至っていない光学兵器。

 そして、核弾頭を完全に無力化する未知の力……

 オーバーテクノロジーの塊である“白騎士”を欲した者たちが捕獲を目論見、大量の戦闘機や戦艦などの軍事兵器を投入した。白騎士は無傷でそれらの大半を殲滅。現行の兵器はISの前では無力であることを世界に知らしめただけに終わる。

 当の白騎士は戦闘終了後に夕日に向かって消えていったそうだ。

 

 今、思えばこの事件には束さんが絡んでいるのかもしれない。束さんがISを発表したのは白騎士事件から3日後の話だ。篠ノ之家の引っ越しが白騎士事件より前だったことを考えると、箒も白騎士事件の裏側を知っているのかもしれないな。さっきの様子だと教えてくれる気はさらさらないって感じだけどな。

 

「ヤツは随分と昔の話を持ち出してきたもんだな。今更な話題な気がするぜ? それに白騎士はどちらかといえば日本を守った英雄じゃないのか? 恨みを持つ理由がわからない」

「うーん、可能性は2つかな」

 

 シャルルが肩越しに指を2本立てる。シャルルの中では背中を向けて話すのがマイブームなのだろうか? フランスにそんな礼儀があるはずがないしな。

 

「まず一番ありそうなのが、事件当時に白騎士と戦闘した部隊に身内、もしくは本人がいた場合だね。兵器の被害に対して戦死者は少なかったらしいけどゼロじゃない」

「そうかもな。軍人っぽいし、あの眼帯も片目がやられたからって可能性があるわな」

 

 色々と辻褄が合いそうだ。……いや、微妙に合わないな。アイツは「話に聞いていた」と言っていた。だから直接白騎士を見ていない。身内って考えるのが妥当か。

 

「もう一つは、彼女がミサイル発射に関与した側だった場合だよ」

 

 シャルルが言ったもう一つの可能性。聞いた瞬間、俺は制服のズボンを膝あたりまで履きかけたところで固まってしまった。

 

「どうしたの、一夏? って、うわあ!」

 

 俺の反応が無かったためにシャルルが振り返って、なぜか叫んだ。おかげで俺は思考を取り戻し、さっさとズボンを引き上げる。

 

「どうしたはこっちのセリフだぞ。俺、何か悲鳴上げられるようなことしたか?」

「うぅ……ごめん」

 

 シャルルの声はまだ声変わりしていないようだから、声だけでは男とわからない。パンツ姿を見られて、そんな声で悲鳴を上げられたら自分が不審者にでもなった気分になる。

 

 上着を羽織り、着替え終わった。とりあえず部屋に戻ることにしよう。

 

「シャルル。俺も着替え終わったから部屋に戻ろうぜ」

「うん、わかったよ」

 

 先ほど慌てて出て行こうとしたところを引きとめられて不満そうだった人物とは思えない。シャルルは笑顔と共に了承していた。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 “シュヴァルツェ・ハーゼ”。

 黒ウサギを意味するドイツのIS配備特殊部隊の名称である。ドイツの保有するIS10機のうち3機が配備されている最強の“部隊”だ。

 ドイツ国内の軍施設。“眼帯をした黒ウサギ”の部隊章を左胸につけた軍服の女性たちが訓練に励んでいた。

 

 隊員の訓練状況を眺めているのは副隊長であるクラリッサ・ハルフォーフ。部隊で最高齢の22歳で、隊員にとっては厳しくも面倒見のいい姉である。

 その彼女の懐から通信を告げる音が発された。

 

「クラリッサです。日本で何か問題でもありましたか?」

「ああ。人手が足りない。明後日、一六○○までに1小隊をよこしてくれ」

 

 通信の声の主はシュヴァルツェ・ハーゼを率いている若き隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒのものだった。内容は援軍の要請。部隊を離れた隊長が一人で敵と遭遇したのではないかと気が気じゃないクラリッサだったが、平静を装って話を続ける。

 

「了解しました。装備の方は?」

「対IS戦闘を想定して欲しい。相手の操縦者はランクAが4人だ」

「代表候補生ですか。先日に鹵獲した“例のモノ”を使う必要があると思われますが」

「データは取れているのだろう? ならば問題はない。作戦の詳細は現地にて口頭で伝える。以上だ」

 

 通信が切られる。とりあえず心配するほど切迫した状況ではなさそうだと安心する。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長はクラリッサの目から見ても強く気高い。しかし誰の目から見ても人間味が感じられない。まるで人を撃つために生まれてきたように、冷酷に、冷静に、人を殺すことができる。

 その隊長が唯一人間味のある瞬間が“白騎士を追っているとき”だった。上層部からの命令を忠実にこなしていた戦闘マシーンが、白騎士が関わるときだけ命令無視までしだすという自我を持ちはじめた。

 

 命令を聞かない軍人などお払い箱だと思われていたが、逆にラウラにはISの部隊が与えられた。それがシュヴァルツェ・ハーゼ。白騎士事件を追うことを目的とした部隊の誕生だった。

 

 クラリッサはそんな特殊部隊の副隊長という立場に自分から志願した。一度、別件で関わってしまった眼帯の少女を放っておけなかったのだ。設立以来、問題ばかり起こされてきた。だが世話焼きお姉さん、クラリッサにとってはやりがいのある仕事なのである。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「今日は転校生を紹介しますね」

 

 さすがに3回目ともなるとクラス内に動揺は全くない。誰が現れるのかも想像がついているから尚更だ。

 扉を開けて入ってきたのは、左目を隠す黒い眼帯が特徴的な少女だった。昨日は気づかなかったが、制服がスカートでなくズボン。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 山田先生に自己紹介を促されて発した言葉はそれだけ。俺をジロリと一瞥し、そのまま黙り込む。

 何なんだよ一体。昨日のは誤解だったんだろ? 俺は怒ってないから、睨むんじゃねえ!

 

 鈴やシャルルの時とは正反対の空気が流れる。これは慣れたからというわけではなく、ラウラが纏う雰囲気を皆が感じているからだろう。

 

 ――こいつは住む世界が違う、と。

 

「なあ、シャルル。俺はクラス代表として何かすべきか?」

 

 小声で隣の席のシャルルに相談する。ちなみに元々そこにいた女子が自分からシャルルに席を譲っていた。理由はわからないが、男同士で近くの方がいいだろうという配慮なのだと俺は思っている。うん、優しいクラスメイトだ。

 

「いや、下手に関わらない方がいいんじゃないかな? どう見ても本職の軍人だよ、彼女は」

 

 ISは兵器だ。それは7年前の白騎士事件で世界に証明している。しかし世間には競技用のスーツとして発表している。表向きは戦争に利用しないこととしているからだ。それ故にややこしいことになっていて、国防のために優秀な操縦者は欲しいが、軍事的なモノではないと偽装している。セシリアがモデルをしているのもそのカモフラージュの一貫だと思う。

 その風潮の中でも軍人をIS学園に入れてきた。油断はできない。今まで俺はクラスのことを考えてきたつもりだが、ラウラを素直に受け入れてしまっていいのだろうか?

 

 シャルルの言うとおり、下手に関われば何か落とし穴がありそうだった。

 

 静まりかえった教室。山田先生が久しぶりにあたふたし始めたところで、一度は閉じられた扉が勢いよく開かれた。

 

「こらっ! ラウラちゃん! 挨拶ぐらいちゃんとしなさい!」

 

 肩まで伸びる赤みがかった茶髪の女性が突如、教室に現れる。肌がセシリアよりも白く、色を塗り忘れた絵のようだった。女性はツカツカとラウラに歩み寄り、気の抜けそうな声で「ていっ」と発しながら脳天にチョップを加えていた。

 ラウラは頭を押さえて涙目になっている。非力そうなチョップだったが意外と痛かったようだ。そういえばラウラは回避も、反撃も、口答えもしていないな。

 

 ……誰だ? この人? 転校生? にしては歳が結構いって――

 

「ていっ!」

「ぐはっ!」

 

 なぜ俺も叩かれる? なんていうか……妙に痛い。今、俺はラウラと同じ痛みを共有していた。

 

 この闖入者をなんとかしてくれ、と山田先生を見る。その山田先生が、

 

「テレーゼ! どうしたの? 来るなら来るってそう言ってくださいよ」

 

 一女生徒みたいにハシャいでいた。ってか知り合いなのか?

 俺が頭の痛みで苦しんでいる間に、いつの間にか教室中が騒ぎになっていた。

 

「ほ、本物のテレーゼ様よ!」

「どうしてこんな場所に“ブリュンヒルデ”が来るの? というか、やまやは友達なの!?」

 

 あれ? この人が誰なのか知らないのは俺だけ? 聞くは一時の恥ですむ。小声でこっそりとシャルルに訊いてみた。

 

「シャルル、何なんだあの人」

「え? 一夏、本気で言ってる!?」

 

 シャルルがマジで驚いている。俺の心にグサッと突き刺さるが、一時の恥だ、と耐えて続きを促す。

 

「あの人はドイツの代表、テレーゼ・アンブロジア。過去2回行われたIS世界大会“モンド・グロッソ”で連覇している“ブリュンヒルデ”だよ」

 

 そう言われたら、見覚えがある気がしてきた。俺にとってISは憎悪の対象だったが、操縦している人にまでは興味なんて無かったから名前まで覚えていないけどな。それに、微かな記憶に残っているブリュンヒルデはもっと凛々しい女性だったと思うのだが、

 

「まーや! 久しぶり!」

 

 目の前にいるブリュンヒルデは山田先生に無邪気な子供のように飛びついていた。

 

 ドイツの代表ってことはラウラも無関係ではない。軍人の彼女にとっては上官のようなモノなのかもな。

 そう思いつつラウラを見ていると目が合った。あ!? てめぇ、このタイミングでため息をつくんじゃねえ!

 

「あなたがブリュンヒルデ、アンブロジアさんですね。初めまして、わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットと申します。お目にかかれて光栄ですわ」

 

 セシリアが勝手に席を立ち、長めのスカートの端をつまんで優雅にお辞儀をする。「あら、ご丁寧にどうも」と返すブリュンヒルデ。

 俺はセシリアがご機嫌とりをしているのかと思って見ていた。しかしお辞儀をした後に上げた彼女の顔には棘があった。

 

「折角来ていただいて大変恐縮なのですが、今は我々のHRの時間です。積もるお話は自由時間にしていただけませんこと? 山田先生も早く進行をお願いいたしますわ」

 

 ここで山田先生が我に返る。

 

「テレーゼ、一度廊下に出ていてください。ラウラさん、もう少し皆さんに自分のお話をお願いします」

「うん、わかった♪ ラウラちゃん、ちゃんと挨拶するんだよ?」

「了解」

 

 ブリュンヒルデ、テレーゼはいきなり乱入してきた割にあっさりと出て行った。

 残されたラウラは全体を一度見渡した後でコホンと一息を入れる。意外と人前で話すのが苦手なのかもしれない。

 

「改めて、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。ドイツの代表候補生で、既に軍に籍を置いている。そして皆に一つだけ言っておこう」

 

 よく通る声だ。これも軍の訓練の賜物なのだろう。

 ラウラは教卓を両手でバンと叩いた。次に発する言葉を強調するために。

 

「私に必要以上に近寄るな。それが長生きできるコツだ。覚えておけ」

 

 それで終わりだと言わんばかりにラウラは空いている席に勝手に着席する。

 強烈な拒絶だった。ここには学園生活をしにきたわけではないと断言した。

 ラウラの言葉が予想外だったのか、山田先生がおどおどしながら「み、みんな、仲良くしてね」と言って朝のHRが終了した。やや小走り気味に山田先生が教室を退室する。

 

 ガタタタ。

 ん? なぜみんな一斉に立ち上がるんだ?

 

「いくわよっ! 皆!」

「テレーゼ様とお話しできるチャンスなんてもう無いかもしれない!」

 

 ドドドドとクラスの大半の女子がいなくなってしまった。おいおい、すぐに授業だって覚えてるか、お前ら。

 うわあ……。結局教室に残ったのは俺、シャルル、箒、鈴、セシリア、ラウラだけじゃん。

 

「一夏、どうせあんた、あの人が誰かなんてわかってないでしょ?」

「さすがに知ってるよ。ブリュンヒルデだろ?」

 

 俺の席にまでやってきた鈴に、さも当然のように答えると彼女は「へぇ、アンタにしちゃ勉強してるのね」と感心する。彼女のすぐ後ろではシャルルが笑いをこらえていた。この野郎……ありがとう。

 

「そういえばクラスの奴らみんな追ってっちゃったけど、鈴たちはいいのか?」

「あたしは好き好んで他国の代表を追っかけるようなバカじゃないわよ。これでも国の名を背負ってるんだからね」

 

 鈴らしい。代表候補生という責任を持っての発言だった。そもそも中学時代から、「アイドルを追っかけることの何が楽しいのかしらね」と同級生の女子を冷めた目で見ていた鈴だから、代表候補生でなくてもここに残ってそうだ。

 

「セシリアもそうなのか? そういえばさっきはちょっと怒ってたし」

「そうですわ。ですが不機嫌な理由としては、あの子供っぽい話し方が鬱陶しかったという方が勝りますわね」

 

 意外と辛辣な言葉がでてきた。話し方なんて人それぞれだろうに……要するにセシリアとあのブリュンヒルデは性格的に相性が悪いってことだな。

 逆に山田先生とは相性が良さそうだった。そういえばさっきもやけに親しかったな。山田先生はどこでブリュンヒルデと知り合ったんだろう?

 

 そこで俺の肩がチョンチョンとつつかれる。振り向いたそこに居たのは箒だった。

 

「一夏。あのドイツの奴、さっきからずっとお前を観察しているぞ」

「うわ、マジだ!」

 

 見ていることがバレてもなお、ラウラは俺を見つめ続けている。その目が熱っぽい視線や憎悪の視線ならば仕方がない(それらもできれば勘弁してもらいたい)のだが、箒が観察という言葉を使ったように、興味があるのか無いのかもわからないくらい“見ている”だけだった。

 

 俺は対抗意識から見つめ返してやる。……鼻で笑われた。なんだこれ?

 

「一夏!」

 

 鈴が俺の名を強めの声で呼ぶ。「何?」と返事をしても、鈴はジーッと見つめているだけ。

 

「一夏さん」

 

 セシリアも俺をジーッと見つめている。ダメだ! 俺は2人の視線に耐えられない!

 

「うわあああ!」

 

 俺は叫んだ。俺は走った。教室を飛び出した。それしかこの羞恥を逃れる術を思いつかなかった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「なによ、あれ。ただあたしとセシリアが見てただけじゃない。アイツ、中学のときよりも弱くなってるわよ」

「そ、そうなのですか。一夏さんももう少しご自分に自信を持っていただけたらいいのですが」

「昔は自信に溢れていたのにな。やはり失ったモノが大きすぎたのやもしれん」

 

 一夏が走り去った後の教室。ちらほらと他のクラスメイトが帰ってくる中で鈴とセシリアと箒が一夏について話している。

 

「あれ? 凰さんは中学時代の一夏を知ってるのですか? 篠ノ之さんも?」

 

 女子3人の中にシャルルが割って入る。シャルルにしては珍しい行動だったため、セシリアたちは一瞬だけ戸惑ってしまう。

 

「あたしは小4から中2まで一緒にいたわ。箒は小3より前だっけ?」

「そうだな。物心つくころにはアイツは家に遊びに来ていたな」

「デュノアさん。一夏さんからは聞いておりませんの?」

「あ、ああ、うん。まだ昔の話とかはしてないんだ。なんか聞きづらくてさ。話の邪魔してごめんね」

 

 自分から話に入ってきたシャルルは出ていくのも素早かった。そのシャルルの後ろ姿をセシリアは黙って見つめていた。

 

「どうしたの、セシリア? デュノアに鞍替え?」

「ご冗談はよしてくださいな。ただ違和感がありまして」

 

 セシリアが首をひねる。何が、と説明できない自分がもどかしかった。

 

「最後にデュノアの言葉遣いが変わったからではないか? おそらく彼の丁寧すぎる日本語は作ったものだ。あの立ち去り際の話し方が彼本来のものだろう」

「そう……ですわね」

 

 箒の言うことが尤もだったため、セシリアは自分を無理矢理納得させた。未だ消えぬ違和感を残して……

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 とある日本の空港。その出口から6人の女性が姿を現していた。外見はどう見ても日本人ではないが、どこにでも居そうな若い女性観光客ととれる服装であった。

 

「ハルフォーフ副隊長。なぜ我々は民間機で日本に来ることになったのですか?」

 

 観光客に扮した女性たちはシュバルツェ・ハーゼだ。

 6人の中でも若い隊員が、最年長のクラリッサ・ハルフォーフに問いかける。随分と今更過ぎる質問だが、クラリッサは機嫌よく答えていた。

 

「ドイツ軍として表だった行動をするなと隊長からのお達しだ。仕方あるまい」

 

 仕方ない、仕方ない、と楽しげに繰り返す副隊長。もう質問は無いようで、6人は3人ずつに分かれてタクシーに乗る。

 クラリッサが運転手に行き先を告げる。

 

「秋○原まで行っ――」

「全部終わってからにしてくださいっ!」

 

 同乗した隊員に叱られて本気でへこむ副隊長の姿がそこにあった。

 彼女たちはこれからIS学園へと向かう。

 

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