IS - the end destination -   作:ジベた

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16 シャルロット・デュノア

 俺とシャルル(?)は床に座り込んで向かい合っている。互いに言葉を発しない。俺が部屋に戻ってきてからずっとだ。かれこれ1時間は経過している。体感時間でだから実際はもっと短かったのかもしれないけどな。

 

 その間ずっとシャルルを見ていた。いつも部屋着にしているジャージに着替えても体の部分的な凹凸がはっきりとしていて、体型が女性のものであることがわかる。

 やはりシャルルは女の子だ。声変わりしていないわけじゃない。ISを動かせることも不思議ではない。ただ偽装していただけ。それがバレた彼女は俺より手前の床の一点をじっと見つめたまま動かない。両手をだらりと床に下ろし、憂いを帯びた目をしているだけ。世界の終わりを悟った諦観に満ちており、いつもの笑顔は欠片もなかった。

 

 どうして俺は10日もの間、同じ部屋で生活していて気づかなかったんだろうか。

 シャルルが女性であることに。

 張り付けたような笑顔が、文字通りの仮面だったことに……

 

「お茶でも煎れるよ」

「別に、いらない」

 

 先に沈黙に耐えられなくなったのは俺だった。茶でも飲みながらゆっくり話そうという提案でもあったのだが、シャルルは即座に断りをいれる。丁重さが微塵もない、いつものシャルルとは違う返事だった。

 力なく座り込んでいたシャルルは体勢を変え、膝を抱えてうずくまった。亀が甲羅に閉じこもるように。つまり、拒絶だ。

 

 無理に話を訊いてもシャルルは口を閉ざすだろう。今日は何を言っても無駄な気がする。でも、放っておけなかった。先ほどの轡木さんの言葉が耳に残っていたからだ。

 

 ――今の君に何を言っても、私の言葉は届かないだろう。

 

 それを言われたとき、俺は見捨てられた気がした。見放された気がした。轡木さんだけでなく、世界に。

 もっと色々言ってほしかった。

 俺の何が間違っていて、轡木さんが何を知っているのかを教えてほしかった。

 言葉を交わさないとわからない。俺の胸が苦しいのはシャルルの拒絶が原因じゃない。

 

 自然と、俺は話し始めた。

 俺が知っていることを。

 シャルルの知らない俺自身のことを。

 

「俺はさ、両親の顔を知らないんだ。捨てられたらしい」

 

 シャルルの体がピクッと動く。聞いてもらえていると思い、話を続ける。

 

「俺にとって家族と呼べるのは千冬姉ただ一人だった。厳しい人でさ、俺が何か間違ったことをすると竹刀まで出てきてひっぱたかれたもんだ。でも、俺のためにお金を稼いだり、不器用ながら家事をしたりしてくれた。家事の方は見てられなくて、途中で俺がやるようになったんだけどな。そんな千冬姉は俺にとって、姉であるよりも親に近い存在だった」

「だった……?」

 

 シャルルが顔を上げた。相も変わらず虚ろな目をしていたが、うっすらと興味を示してくれている。

 

「白騎士事件の3ヶ月前だったかな。千冬姉は唐突に姿を消した。いや、理由は想像がつく。当時に親しくしていた束さんが行方不明になった直後だったから」

「束さんって……あの篠ノ之束博士?」

「ああ。姉弟だけだった俺たちと、篠ノ之家は家族ぐるみの付き合いだった。俺と箒は物心つく前から一緒にいたから家族みたいなモノだった」

 

 俺の生きてきた背景の前半。あの頃の俺は両親が居なくても十分幸せだった。

 その俺の世界は、白騎士事件で終わりを告げた。

 

「篠ノ之の家の人たちも白騎士事件の前にいなくなっていた。当時の俺は急な引っ越しと聞いていたけど、薄々感づいていた。白騎士事件と無関係じゃない。ISのせいなんだ、ってさ。だから――」

 

 続く言葉はIS学園の生徒にふさわしくない。箒にも鈴にもセシリアにも言っていないこと。

 

「俺は“IS”を憎んでいる。女尊男卑の世の中を否定したりとかしていたけど、ただの建前だ。俺は単純に、俺の大切なものを奪っていったIS自体が憎くて仕方がないんだよ」

 

 シャルルの目が見開かれている。今、IS学園で操縦者になろうと必死な俺の姿と胸の内とのギャップに驚きを隠せていないのだろう。

 

「それじゃ、どうして一夏はISを使うの? 憎いはずなのに……」

「簡単なことだよ、シャルル。力が無かった俺が大切なものを護るためには力が要る。ISはわかりやすい力の形だ。だから俺は誰よりも強い力が欲しい。もう何も失いたくないんだ」

 

 俺が昔の話をしているうちに、シャルルはうずくまるのをやめて正座をしていた。シャルルの目には少し光が戻っている。

 

「もう何も失いたくないって言うことは、まだ失うモノがあるってことだよね?」

「ああ。そのことに気づいたのは弾と鈴のおかげだな。今の俺があるのも2人の親友が居てくれたからだ」

「親友……ね」

 

 再びシャルルの目から力が無くなる。

 

「ねえ、一夏。失うモノが何も無かったら、どうすればいいのかな?」

「え……」

 

 シャルルの悲しすぎる言葉に俺は絶句する。俺が固まったところで、彼女は自分の話をし始めた。

 

「一夏にはボクの実家の話はしたよね?」

「ああ。お前の父さんはフランスの大企業、デュノア社の社長なんだろ?」

「うん。でもね、一夏。ボクは、愛人の子なんだよ」

 

 シャルルが自分の生い立ちを語る。俺が自分の話をしたお返しと言わんばかりに。別に不幸自慢をしたいわけじゃない。ただ、愚痴を言いたいだけ。そう思って聞くことにする。

 

「ボクはお母さんと暮らしていた。その間、自分がデュノア社の社長令嬢だなんて知らなかった。お母さんは父のことを何も話してくれなかった。でも、それは2年前までの話。その頃にお母さんが亡くなって、父の部下がやってきて本当のことを教えてくれた」

「は? 部下……だって!? お前の父親が迎えに来てくれたんじゃないのかよ!」

「迎えどころか、ボクは父の顔を数回しか見てないよ」

 

 静かに、だが確実に、俺の中に火がともる。そんな親が『他にも居た』なんて……

 

「ボクはデュノア社のIS試験場に連れて行かれた。それで色々と検査をする過程でボクのIS適性が高いことがわかってね。非公式のテストパイロットとなることを条件に、ボクはデュノアを名乗ることを許された」

 

 自分のことなのに他人事のようにシャルルは話す。死んだ目で話すその姿が痛ましい。

 

「ボクは別邸に住まされていたんだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね。初めて会う本妻の女性に『泥棒猫の娘が!』って殴られたよ。ボクは殴ったその人に謝らなきゃいけなかった。『生まれてきてごめんなさい』ってさ。じゃないと、居場所が無かったんだよ」

 

 ははは、と愛想笑いを浮かべるシャルルだが、ひどく歪な仮面だった。笑顔を模することすらできていない。

 

 俺の内なる炎はすでに握り拳という形で外に現れ始めていた。

 

「それでもボクの生活に平穏は無かった。デュノア社が経営危機に陥ったんだ」

「どうしてだ? デュノア社はISの開発において世界有数の大企業のはずだろ?」

「第2世代型ISまではね。今、世界は第3世代型ISの開発に躍起になっている。一夏も第2世代型ISを使っているからわかるでしょ? その圧倒的な性能差をさ」

 

 わかる。セシリアのブルー・ティアーズ。鈴の甲龍。ラウラのシュヴァルツェア・レーゲン。俺は戦う前から“不利”であることを実感して戦っていた。

 そして、シャルルの専用機は第2世代型ISだった。これが意味するところは――

 

「ISの開発はものすごくお金と時間がかかるんだよ。お金に関しては政府からの援助がなければやっていけないくらいにね。リヴァイブができた時期は第2世代の末期だから、圧倒的にデータが足りていなかった。デュノア社の第3世代型ISは形にならず、政府からの援助は大幅にカットされた。既にフランスは欧州連合の統合防衛計画“イグニッション・プラン”からも除名されてる。デュノア社はIS開発の権利を剥奪される瀬戸際まで来ていたんだ」

「それでどうしてシャルルが男装することになるんだ?」

「一つは広告塔。男のテストパイロットを抱えているとすることでデュノア社の存続を首の皮一枚でつなぐため。だからボクはフランスの代表候補生にもなってる。まるで生け贄だよね」

「もう一つは?」

 

 俺が先を促すとシャルルは俺から視線を逸らし、後ろめたさと苛立ちを混ぜた声で告げる。

 

「同じ男子ならば、日本の特異ケースと接触しやすい。可能ならばその使用機体と操縦者のデータもとれるだろう……ってね。ボクは会社の方から命令されていた」

 

 それはつまり――

 

「ボクは一夏の情報を盗みにきたスパイだってことだよ」

 

 シャルルが全ての仮面を剥いだ。その下から現れた本当の顔は、自分への侮蔑、嘲笑、といった感情を含んだ悲しい笑みだった。

 

 デュノア社の社長にとって、シャルルはただの道具みたいじゃないか!?

 きっとそれは俺よりもシャルルの方がわかっている。シャルルの言う“お母さん”と違い、“父”は親ではなく他人なんだ。“お父さん”はいないんだ……

 

 俺の中を行き場のない怒りが渦巻いている。

 

「ボクが隠していた秘密はこれでお終い。一夏にバレちゃったから、きっとボクは本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は潰れるのかな? ボクにはどうでもいいことだけどね」

 

 シャルルはデュノア社を最後の居場所のように言っていた。

 その場所が、どうでもいい?

 失うモノがないと言った理由をようやく理解した。

 

 俺がシャルルの世界を終わらせたんだ。かつての俺にとってのISのように……

 

「なんだか話したらすっきりしたよ。聞いてくれてありがとう。それと、今まで騙してて……ゴメン」

 

 色々と吹っ切れたシャルルが微笑む。

 それはいつもの貴公子スマイル。

 

 その……笑顔の仮面を被るのはやめろっ!!

 

「い、一夏っ!?」

 

 無意識のうちに俺はシャルルの肩を掴んでいた。彼女は戸惑いと怯えを見せるが、もう俺は自分を抑えることが出来ない。

 

「失うモノは何もない? じゃあ、ここにいる俺は一体何なんだっ!」

 

 目をきつく閉じるシャルル。彼女の体は震えていた。そんなシャルルの恐怖が俺にも伝わってくる。でも、今、言わなくてはならない。

 

「俺とお前は、友達だろうが……」

 

 泣きたいのを堪えて俺は思いをぶちまける。少し時間をかけて俺の言葉の意味を理解したシャルルが戸惑いを残したままゆっくりと目を開いた。

 

「ボクは、一夏を騙していたんだよ……?」

「関係ないっ! 俺とお前はここで共に過ごし、共に戦った。お前は俺の隣に確かにいたんだ!」

 

 理由はどうあれ、俺とシャルルが過ごした10日間は嘘なんかじゃない。

 

「そしてお前はここにいる! 俺の目の前にいる! まだ俺たちは失ってないだろ!」

 

 シャルルには俺という友人がいる。それを伝えたいという思いと、俺の前からシャルルがいなくならないで欲しいという願いが、俺に“俺たち”と言わせた。

 

「お前は、俺から友達を奪っていく気か、シャルルっ!!」

 

 俺が叫び終わってから、俺たちは互いを見つめ合う。シャルルの笑顔の仮面の中に溜まっていた全ての涙が、目に開けられた穴から一斉に流れ落ちた。

 

「そ、そんなつもりじゃ……ないっ! でも、どうすればいいのっ! わたしは、わからないっ!」

 

 涙で濡れた顔に、仮面は被れない。自分のことを“わたし”と呼んだシャルルは俺に迫ってくる。

 

 俺は、もう誰も失いたくない。だから俺が言うことは一つだった。

 

「だったら、ここに居ろ」

「え?」

「ここはIS学園。どこの国でもない場所であり、あらゆる国や組織が内部の人間に干渉することを禁じている」

 

 確か特記事項にそのような内容があったはずだ。山田先生も最初にはっきりと言っている。どこの国でもない土地である、と。

 

「お前の父親が何を言おうと関係ない。もうお前はIS学園の生徒だ。あとはお前の意志だけなんだ」

「そ、そうだけど……」

 

 シャルルが2年前から生き方を選ぶことができなかったことは容易に想像できる。それゆえの戸惑いであると俺は信じたい。

 

 フランスに帰るか、IS学園に残るか。

 流されるか、自分の足で踏み出すか。

 全ては彼女が選ぶこと。だが……

 

 俺は自分勝手な人間らしい。だからこんなことを言ってしまうんだ。

 

「俺は、シャルルに居て欲しい。居場所が無いのなら俺が居場所になってやる」

 

 一瞬、シャルルの時が止まった。つられて俺も押し黙る。

 今回、時を動かしたのはシャルルだった。彼女は俺の胸の中に飛び込んできて、顔を埋める。

 

「わたしは……ここに居て、いいんだね」

「ああ。シャルルがそう望めばいい」

「わかった。ふふっ」

 

 シャルルが俺にくっついたまま胸から顔を離し、下から俺を見上げていた。屈託のない年相応の笑顔。なんてことはない。貴公子の仮面の下には普通の女の子の顔があったんだ。

 

 ……女の子なんだよな。

 改めて見ると、シャルルの顔立ちはとても可愛らしい。仮面の下の真実の顔も優しい雰囲気で溢れている。いや、むしろ貴公子の仮面は本来の雰囲気が漏れ出たものだったのだ。何にも邪魔されない彼女の本当の笑顔を見ていると、自然と俺の胸が高鳴った。密着している彼女にこの鼓動が伝わってしまうのではないかというぐらいにだ。あ……

 

「シャルル、その……」

「どうしたの、一夏?」

 

 キョトンと首を傾げるシャルル。その動作が小動物っぽいかわいさでさらにドキドキする。

 

「さっきから胸が、な。当たってるんだが……」

 

 言った瞬間に頬を紅潮させて飛び退いた。やっぱり無意識だったか。残念なことをした……いやいや、それはさすがにダメだ。節度を持った付き合いでないといつか破綻を――

 

「一夏の……えっち」

「なぬっ!?」

 

 え、俺が悪いの? むしろ俺は紳士的対応したよね? ちくしょう、紅い顔しながら上目遣いで抗議の目をするんじゃない! 俺が悪いって無条件で認めてしまうだろうがっ!

 

 このままでは俺の理性が危ない。なんとか話を逸らそう。部屋を見回す。そういえば、いつの間にか黒いウサギのぬいぐるみが置いてあるけど、シャルルの趣味なんだろうか。いや、今はそんなことで話を逸らせないだろ。

 そう思っていたらシャルルの方から話題を振ってきた。

 

「“ボク”は明日からもいつも通りでいいんだよね」

「そうだな。あ、それと着替えはちゃんと別々だな。今になって考えると更衣室でのシャルルの様子がおかしかったのは当たり前のことだったんだな」

 

 シャルルが本当は女子だってことは俺だけが知っていればいい。それで何もかもうまくいくはずだ。明日は週末で休日だし、じっくりと考える時間もある……あ、そうだ!

 

「シャルル! 明日は空いてるか?」

「何も予定は無いよ。どうしたの?」

「折角だからIS学園の外に行こうぜ。特にシャルルと親睦会みたいなのやってないしな」

 

 俺の提案を聞いたシャルルが言いにくそうにしながらも問い返してくる。

 

「ボクと一夏の2人だけ……だよね?」

 

 うーむ。確かに事情を知ってるのは俺だけだし、俺一人だけの方が秘密はバレないだろうな。

 

 信頼できる奴らを考えてみる。

 箒は轡木さん(学園運営の中心人物)とのつながりが強い。今はあわせる顔もないしな。

 鈴はシャルルにやたら敵意を向けている気がする。

 セシリアは……彼女から箒たちに情報が回りかねない。

 

 決定だ!

 

「よし! 2人だけで行こう!」

「本当!?」

 

 その方がシャルルも気楽だろうし、これでいいや。シャルルも喜んでるみたいだしさ。

 

「じゃあどこに行く? シャルルの行きたいところで――」

「あ、一夏。一つだけお願いがあるんだ」

「ん?」

 

 早速明日の予定を立てようとしたところでシャルルが俺の言葉を遮った。その顔はさっきと同じくらいまじめ。自然と俺は聞く体勢になる。

 

「ボクのことは“シャルロット”って呼んでくれる? もちろん2人きりのときだけでいいから」

「それが、本当の名前なんだな」

「そう。お母さんがくれた大切な名前なんだ……」

 

 シャルロットは母親のことが大好きだったんだな。俺にはわからない感情だけど、大好きな人が残してくれた大切なものが名前なんだ。俺も大切にしてやらないと。

 

「わかったよ。シャルロット」

「ありがとう、一夏」

 

 極上の笑みを向けられる。いつまでも取っておきたい、そんな心を打つ笑顔だった。

 俺は制服の内ポケットからデジカメを取り出した。

 

「シャルロット、写真を撮ろう」

「え? 今ここで?」

 

 シャルロットが戸惑いを見せる。唐突すぎたかもしれないが、俺はいつも思いたったときに撮ってるだけだから仕方がない。

 それに、俺のこの行為は、シャルロットにとっての名前と一緒だ。大切な人とのつながりを感じさせてくれるものなんだ。千冬姉の教えだから……。

 

「じゃ、こっち来て」

「う、うん」

 

 俺が「おいで」と手招きするとシャルロットは俺の右隣に並んだ。そのシャルロットの右肩を背中から手をまわして掴み、引き寄せる。

 

「きゃっ!」

「はい、チーズ!」

 

 撮れた写真は多少あわて気味の、自然体のシャルロットとの2ショットとなった。

 

 

***

 

 

 くっ! ぜんぜん眠れない!

 

 今日は色々ありすぎた。ラウラの襲撃に始まり、箒に叩かれ、泣かれ、轡木さんに怒鳴られた。精神的にも肉体的にも疲れ果てて、倒れるように眠れるはずだったのだが……

 

 すぐ隣のベッドでシャルロットが寝ていると思うと全く寝付けない。むしろ目がギンギンに冴えてきている。

 シャルロットは平気なんだろうな。10日間、普通に俺と生活できていたわけだし。

 

 シャルロット……か。

 

 最初に気づいたのが俺で良かった。もし俺以外にバレていたら、あの“全てが終わった絶望の顔”をして国に帰っていってしまったんだろう。

 

 俺は、彼女が見せてくれた本当の笑顔を、綺麗だなって思った。そして、嬉しいと思ったんだ。

 俺がその笑顔を作り出せたんだって。

 これで良かった。俺の行動は間違ってない。そう思えるのに……

 

 弱い俺は、不安で仕方がないんだ。

 

 俺がシャルロットの居場所になってやる。何も力のない俺の、根拠の薄い論理を使った、その場限りかもしれない言葉で、彼女は心から微笑んでくれたんだ。

 思い返せば、“俺だけ”という責任からは常に逃げてきた。いつも俺以外でもできることを率先してやっていた。

 特定の誰かのために全責任を負うようなことを言ったのは初めてだった。

 

 護りきれるだろうか。彼女との誓いを。

 

 彼女に言ったことを本当に実現するために、俺は力をつけなきゃいけない。

 俺はまだどんな“力”が欲しいのかもわかっていない。このままじゃいけないという焦りだけが募っている。

 

 答えは……いつか、見つかるかな。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

(どうしよう。全然眠れない!)

 

 きっかけは部屋に鍵をかけて安心して着替えを始めたところへの不意打ちだった。何も知らなかったシャルロットは壁からいきなり現れた一夏に秘密を見られてしまった。そこで全てが終わったはずだった。

 

『ここにいろ。俺が居場所になってやる』

 

 その言葉がシャルロットの胸に今も強く響いている。

 2年前に“居場所”を失った。自分から何も求めず、自分では選ばない。目的も何もかも見失い、デュノア社の人形と成り果てた。

 

 そんな自分に“心”が残っているとは知らなかった。

 

 強く願ったのだ。一夏の傍に居たい、と。心ない人形には無い感情だった。

 知ってしまえばもう戻れない。父や国と決別してでも、求めるモノがある。“居場所”はもうここにある。それをもう離したくはない。

 

(居場所……かあ……)

 

 一夏の隣。それはシャルロットにとってとても居心地のいい場所だった。

 そうだと気づいてしまった。だから、昨日までのようにはいかない。すぐ傍で一夏が寝ていると思うと、シャルロットは意識してしまう。

 

 夢の世界の入り口が随分と遠く感じられた。

 

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