IS - the end destination - 作:ジベた
戦闘でボロボロになってしまった建物から文字通り飛び出し、箒と会った林へと急ぐ。ISの飛行速度は生身で走るより圧倒的に速いが、無造作に立ち並ぶ木々が邪魔して最高速を出せない。さっき俺が敵から逃げられていたのもこの障害物群のおかげなのだとわかる。
「箒、まだいるかな」
突然の引っ越しで俺の周りからいなくなった箒。それも黙って、だ。事情があったのだろうことは鈍い俺でも容易に想像がつく。
間違いなくISのせいだ。
俺が急いでいる理由はただ一つ。戦闘終了までに箒を捕まえることだ。きっと箒は自らの意志で俺との接触を絶っている。敵を全滅させればすぐにいなくなってしまうと俺の直感が告げている。
箒が居るであろう位置は簡単にわかった。未だ金属同士がぶつかる音が聞こえてきているからだ。移動中にも木々の無惨な姿が目立ってきたし、いくつか爆散したトロポスも見受けられる。
「これ全部、箒がやったんだよな」
もう俺が護る必要がないくらい強くなってしまった。そう思うと7年の月日の長さを実感する。
おっと、懐旧は後回しだ。周囲の敵をハイパーセンサーで探る。戦闘の音は一つしか聞こえず、残っている敵はおそらく一機。
「急がねえと!」
急がないと箒がいなくなってしまう。そう思っていた俺の目に飛び込んできた光景は――
地面に背中から叩きつけられていた箒の姿だった。しかも気を失っている。
「箒ーっ!」
神社の本殿で戦ったキャバリエとは違うタイプの巨大な爪の黒い敵が、箒にとどめを刺そうと急降下していく。俺は無我夢中で飛び出し、その間に割り込んだ。敵の爪を盾で防ぐと、すぐにその敵は俺から距離を置く。両手に爪のある敵の顔は、狼を模したヘルメットのようなもので覆われていた。
『データ照合。量産型トロポス“ルー・ガルー”。近接格闘型』
打鉄のコアがどこかからデータを引っ張ってくる。キャバリエと違い、完全な近接格闘型。俺も近接格闘しかできないからこれは好都合な情報だ。しかし、続く情報はあまり良いものではなかった。
『生体反応あり』
中に人がいる。それが意味することは、この戦闘が殺し合いだってことだった。
俺が敵機に人が乗っていることに驚いているのに対し、向かい合っている敵も俺を見て動きが固まっていた。
「男だと!?」
敵が声を発する。流暢な日本語だったが、なんとなく日本人ではない気がする。でもそんなことより気になることがあった。
「お前も男なのか!?」
ISが発表されてからの7年で男女の力関係は逆転している。軍人も男性は裏方にまわり、女性が矢面に立っているのが普通なことになっている。俺自身、その現状が嫌だったはずなのに、潜在的には常識として刷り込まれていたようだ。
抗おうとしていた俺も周囲の認識に流されていたことに少々ショックを受けながらも、俺は目の前の男に話を続ける。
「お前たちの目的は何なんだ!?」
しかし男からの返答はない。フルフェイスのヘルメットに覆われていて男の顔を窺うこともできない。
「……ISは女しか使えないんじゃなかったのか?」
男の反応はあった。ISによって増幅された聴覚が男の小さい呟きを拾っている。なんとなく思った。こいつは俺と会話をする気がない。
油断をするな。コイツは箒を殺そうとしている敵なんだ。
俺の懸念通り、敵は両手を前に構えて戦闘体勢に入っている。俺も肩の物理シールドと刀で迎撃の用意をする。先に仕掛けてきたのは敵の方だった。小細工もなく真っ直ぐに突き進んでくる。キャバリエの突進がジョギングだったのに対し、ルー・ガルーは短距離走にみえた。しかし対応できない速度ではない。突き出してくる右腕に対し、俺は直接刀で袈裟懸けに斬りつける。だが、俺が動き出したと同時に、敵の速度が急速にゼロとなる。
――フェイント!?
俺の刀は空を切り、その隙を狙って敵が再度突撃してくる。俺にある装備は盾だけ。とりあえず盾で耐えるしかないか……
いや、ここは敢えて!
俺は振り切った刀をそのままに右肩を前面に押し出す。先ほどの相手のフェイントが速度を急速にゼロにしたのならば、その逆もできるはずだ。
シールドに使われているエネルギーの一部をスラスターに回して圧縮後に急速放出。PICによって静止の慣性は無視できるから、速度ゼロからの爆発的な加速が可能。
隙を突くつもりの敵の鼻を明かしてやる。
俺自身が巨大な弾丸となって敵の爪とぶつかり合う。
全身と腕一本の衝突。結果は見えていた。
「て、めぇえええ!」
衝撃で俺の物理シールドは砕け散ったが、損害は敵の方が大きい。
右腕の装甲が砕け散った敵が俺から離れる。ISならば皮膜装甲で守られている人体だが、敵の右腕は血塗れだった。打鉄から伝わってきた情報通り、トロポスというものはISではない。これ以上の戦闘は相手の命に関わる。
「どこの誰かは知らないが、これ以上戦えば死んじまうぞ?」
頼む。退いてくれ。
素人の弱気を見せないように敵の撤退を促してみる。
だが、敵はそんな俺の心を見透かしたかのように下品な笑いをした。
「そうか! 殺すのが恐いのか! いいじゃねえか! 遠慮なんて要らねえぜ?」
右腕をブラブラと力なくぶら下げている男が左手を構えて尚も戦闘の意志を見せる。
見たところ男の武装は両手の爪のみだ。だから左手も潰せば嫌でも戦闘を停止せざるを得ないだろう。
しかし一度目と同じ奇襲は通用しない。手合わせしてわかったが、相手は戦闘経験豊富な人間だ。武道を嗜んでいるとかじゃなくて、殺し合いをしてきている類のだ。右肩の盾も完全に使用不能であるし、言うほど俺は優勢でもない。
俺に射撃武器が無いことを悟った敵は、カウンターを恐れてかジリジリと間合いを詰めてくる。俺も敵に合わせて円に動き始めた。左肩の盾を前面に出し、刀は下段に構える。
今度は俺から仕掛けることにした。先ほどと同様に静から動へと瞬時に切り替えて肩から突進していく。
敵の行動は俺から見て左に回避することだった。俺も勿論正面から来ると思っちゃいない。俺の背中をとった敵は左の爪で突きにかかる。
しかし俺の背中は別に無防備ではない。
敵から隠していた俺の手元は逆手に持った刀。俺は後ろも見える目で敵の動きを見つつ、後背の敵に対し後ろを向いたまま刀で突く。
肉を斬らせて骨を絶つ。俺本体に攻撃した相手の左腕を、この突きで貫く予定だった。うまく意表を突いたつもりだったんだ。
だが、敵は意外と冷静だったのか、俺の刀は爪で受け止められた。俺の攻撃を止めた敵はすぐにまた距離を開けたため、俺も再び構えなおして対峙する。
「ひやっとしたぜ。さっきの突進といい、今のといい、てめえは素人ってわけじゃないな」
いや、どちらかと言うと素人なんだ……
「だがどういうことだ? てめえは男だろうが! 何故ISなんかに乗っている!」
顔は見えないが、男がかなり憤っていることは声から伝わってくる。しかし問われた質問は、俺が聞きたいくらいだ。
「知るか! 俺はお前らに殺されかけた時にたまたま近くにあったコイツを殴りつけただけだ! そしたら勝手にくっついたんだよ! 殴った拍子にどっか故障して男が乗れるようになったんじゃねえの?」
そんなはずはないとわかりきっているが、俺もわからないことだらけでイライラしていたからISの故障などというバカなことを言った。さらに続けて、怒りを露わに言い返す。
「大体、お前らは何者だ? ここに何しにきた?」
敵の男は訊くだけ訊いておいて、俺の質問に対しては無視だった。「ちっ、時間切れか」と呟くと、俺に背を向けて飛んでいく。
「待てっ!」
俺は左手を伸ばしながら叫ぶが、追うことはせずに留まる。よくよく考えれば、敵が自分から逃げてくれるなら好都合じゃないか。俺の目的は今の男を倒すことじゃない。
俺は近くに倒れたままの女の子の元に駆け寄る。
「箒っ!」
相変わらず気を失ったままだ。見た目はどこも怪我をしておらず、ISは装備を解除していない。ISには操縦者の生命維持をする機能があるから命に別状はないだろう。
『ISネーム“打鉄・
打鉄を通して箒のISの情報が流れてくる。ダメージの情報も来たが箒もISも重傷には程遠い。動かして問題はないと判断し、俺は箒をISごと抱き抱えた。お姫様抱っこというやつだ。今の箒は眠り姫だし丁度いい。俺が体に触れることを嫌ってた箒だから、きっと意識があったら嫌がるだろうなぁ。しかし事情が事情だ。許せ。
「さて、一つ問題があるな」
問。俺はこれからどこにいけばいいのでしょうか? ただし、
ISは製作者の一存により、世界に467体しか存在しない。そういうことになっている。強大な力を持つ兵器の数が制限されているとなれば、各国の取り合いになることは明らかだ。だからこそIS運用協定、通称アラスカ条約というルールができた。
さて、ここで問題になるのが、俺の装着している打鉄だ。どう考えても本物のISであるこいつは、どうやら篠ノ之神社に眠っていたようだ。一台でも多くのISを欲している各国の軍が、放置されているISを野放しにしておく理由はない。だから俺のISは、467の中に入ってないんじゃないか? ついでに男がISを装着しているしな。
俺の顔は今とても青いことだろう。だらだらと冷や汗も流れている。どう考えても俺は争いの火種だ。やっかいなことに巻き込まれた。俺は夏の虫みたいに自ら火に入っていく習性は無いっての!
……名前に夏って入ってるけどな。
「バカなことを考えてる暇はないな。とりあえず俺の家にでも移動するか」
箒を抱えた状態でフワリと浮き上がる。人ひとりを抱えている重さを全く感じない。これなら余裕でいけそうだ。
「……待て」
飛び立とうとしていた俺の背後から、ひどく冷たい声が聞こえてきた。
――マズい! まだ敵がいたのか? さっきの奴レベルだと箒を抱えていては相手にできない。
背後に見えるのはISだった。箒が武者ならば、これは巫女という感じだ。装甲らしい装甲は特になく、着物の振り袖のようなものが腕にある。手にしている武器は薙刀だ。確か男が使うと女々しいとか思っている人もいる武器だったっけ。
箒はスクール水着みたいなものを身につけていたが、この女性は胴体部分も和装のようであった。体のラインが見えにくいはずなのに、女性の象徴である胸がはっきりとわかる。
ショートカットの頭をした女性の目は、声と同様に冷め切ったモノだった。
打鉄からは相手の情報が送られてこない。第六感も戦ってはダメだと告げている。不安材料ばかりだ。万事休すか……。いや、それでも抗って――
「そのまま空を飛ばれると面倒だ。表に車を用意してある。篠ノ之を連れてついてこい」
……敵じゃなかった。本当に良かった。心からそう思う。
***
俺は今、車の中にいる。車と言っても、中型トラックだ。窓も何もない荷台にISを装備したまま寝かせられている箒と共に入れられ、どこかに連れていかれている。
てっきり拘束されるのかと思っていたが、俺はISを装着した状態で自由にされている。つい俺の方から「縛らなくていいんですか?」と訊いてしまったが、「捨てられた子犬が何をしようと関係ない」とあの巫女に言われてしまった。確かにあのときの俺はそんな目をしていたかもしれない。
それにしても、「置くスペースが無いからISは着けたまま待機していろ」とまで言われるとは思っていなかった。なんというか色々と甘い気がする。俺にとっては嬉しいけどさ。最初に説明くらいしてほしい気がする。
「なあ、俺はどこに連れて行かれるんだ?」
多分、返答する気がないだろうが叫んでみた。案の定、反応がない。
あの巫女のようなIS相手に逃げきれないと判断した俺は素直に従ったわけだが、本当にそれで良かったのだろうか?
なんだか、取り返しのつかないことをしてしまった気がする。
……ま、ISを装着してる時点でそうなのだろうけどな。どうしてこうなった? きまぐれに篠ノ之神社に行ったからか?
「んん……」
いきなり傍から色っぽい肉声が聞こえてきた。ってことは声の主は一人だけだ。
「箒? 大丈夫か?」
名前を呼びかけて顔を覗きこむ。舞台役者かと言いたいくらいに綺麗なまつげがピクピクと動き、日本刀のような目が鞘から抜き放たれる。
俺と目が合った。その距離およそ30センチ弱。俺の存在を認識した箒はわなわな震えながら、その目がなまくらになっていく。
「離れろ、痴れ者がっ!」
おおう! 突然怒鳴られたぞ? そうか! 刃がなくなった刀でも鈍器だ。殴られりゃ痛いに決まってるぜ! 顔が赤いってことは刀を打ち直すってことかな。
とりあえず元気そうだし、箒の言うとおり離れよう。
「ここは、どこだ?」
「車の中だ。どこかに移動中だがどこに行くのかは俺も知らん」
「何? まさか私たちは捕まってしまったのか……」
起きてから俺の両肩を掴んでガクガク揺すっていた箒だったが、俺の「知らん」発言にショックを受けて項垂れる。さすがに折れた刀は武器にはならないんだな。
『篠ノ之さん、目が覚めましたか? どこも悪くありませんか?』
俺の質問に対して沈黙だったくせに、スピーカーから声が流れてきた。どこかふんわりとした話し方をする女性の声だ。さっきの冷たい巫女とは方向性が真逆だ。彼女の声を聞き、絶望一色だった箒の顔に安堵が浮かぶ。
「山田さんでしたか。すみません、ご迷惑をおかけしました。私の方は特に怪我はありません」
なんと!? あの箒がちゃんと会話できている!?
それはさておき、箒が安心した様子を見て俺もようやく落ち着く。
スピーカーからの声が「そうですか。良かったです」とだけ告げて切れると箒は俺に向き直る。
「それで、お前は本当に一夏なのか? 何故ISをつけている?」
俺が落ち着いたのも束の間、箒の目には刃が戻っていた。その目に宿るは不信。その手には本物の刀まで出現していた。幼い頃に培った友情は俺からの一方的なモノだったのだろうか……。
「ま、7年経ったからな。見てわからないかもしれないが、俺は
真摯な言葉はちゃんと届いた。箒は手にしていた刀を量子変換し、同時に着ていたISも光と共に消えた。スクール水着みたいな服のみが残り、目のやり場に困る。悟られないように話を逸らそう。
「あれ? お前のISどこいったんだ?」
「これだ」
箒が「こんなことも知らないのか」と呆れながら左手の手首に結びつけられている銀の鈴を見せてくれる。ISは外すとそんなに小さくなるのか。あれ? じゃあ俺も外せば逆に場所をとらないのでは――
「お前のISは専用機ではないのだろう? 言っておくが専用機でないISは外してもそのまま残るぞ」
俺の考えは見透かされていたようだ。あの巫女が言っていたことはそういうことかと納得する。
とりあえず、現状の俺について説明しておく必要があるだろう。俺は中学校で弾と別れた後からの経緯を細かく話した。
「偶然……じゃないか。今までの私の努力は、何だったのだ……?」
話し終えた後、箒は頭を抱えて唸っていた。俺は即座に聞き返す。
「努力って?」
「な、なんでもない!!」
箒が叫び、俺は上半身ごと仰け反らせる。
耳にキーンと来た。昔と変わらないなぁ。普段はボソボソと呟くだけで、よーく聞いていないといけない声量だったのに、急に男子も真っ青な大声を張り上げるんだった。
懐かしさを感じつつ俺が大笑いをすると箒は顔を赤くしながら「何がおかしい!」と突っかかってきた。
それにしても、想定していた状況とは大きく変わってきたが箒と話す機会ができた。俺は「とにかくだ」と話を仕切り直す。今までどうしていたのかとか、箒がISで戦っている理由とか色々と聞きたいことはあるが、とりあえず言うことを言っておこう。
「久しぶりだな、箒。会えて嬉しいよ」
「んな――!?」
箒の顔がまた赤熱している。大丈夫だ、箒。お前の日本刀(鋭い目)は打ち直す必要などないぞ。
「いや、うん。そうか、私に会えて嬉しいのだな……一夏は」
「ん? 何を当たり前のことを言っているんだ?」
俺が首を傾げていると、箒はそっぽを向きながら前髪をクルクルとイジり始めた。俺もその仕草でわかった。
箒も俺と会えて嬉しいと思ってくれてるんだってことが。
7年のわだかまりもとけた。よし、今なら気軽に訊けそうだ。この訳のわからない現状も少しは打開できるだろう。
「箒。お前は今、どこで何をしてるんだ?」
訊いても大丈夫だろうと判断した俺だったが甘かった。箒の顔はすぐに陰る。よほど訊かれたくないことだったらしい。
口を開こうとしては思いとどまる箒を見ていて、俺は苦しくなった。
「ごめん。話せないことなんだな。訊いて悪かった」
「すまない」
顔を伏せる箒を見ていて胸が痛む。すると、スピーカーから先ほどのほんわかとした女性の声が聞こえてきた。
『織斑一夏くん。あなたの疑問は私たちが後で答えます。篠ノ之さんでは説明しきれない部分もあるでしょうし』
「山田さんっ!」
スピーカーから話す女性、山田に箒が怒り混じりの声を張り上げる。相手の顔は見えないが、箒の訴えを聞く気がないことがなんとなく伝わってくる。
『あ、もうすぐで到着です』
「どこにですか?」
訊いたのは俺。今度は俺の質問にも答えてくれた。
『IS学園ですよ』