IS - the end destination -   作:ジベた

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21 ヴァルキリー

 無理矢理呼び出された地下アリーナには、“巫女”と……ISを展開したラウラがいた。

 

「ここまで来るのに5分とかかっていないか。合格点にしておいてやる、織斑」

「あ、ありがとうございます」

 

 全然感謝の気持ちなどないが、逆らってはマズいと本能が告げている。

 巫女の隣のラウラが気まずそうな顔を俺に見せている。きっと俺も似たような顔をしているんだろうな。

 

「一応、言っておくが、貴様の部屋にカメラなどは設置していない。先ほどの脅し文句はデマだ。許せ」

 

 あ、そうなんだ。逆に意外だった。

 じゃあ、どうしてラウラの裸エプロンなんて言葉が飛び出したんだ?

 

 視界にラウラが映る。

 ……そりゃそうか。ラウラがあの姿で地下に行って、巫女の人と鉢合わせりゃ、誰だってわかるよな。ただ、

 

「一応、言っておきますけど、俺があの格好をさせたわけではないですからね」

「……そういうことにしといてやる」

 

 ちくしょう! やっぱりその目は信じてないじゃないか。俺はプライベートチャネルをつなぐ。

 

『ラウラからも言ってやれ』

『わかった』

 

 ラウラが素直な返事をしてきた。これでどうにかなるだろ。

 

「先生。あれは合意の上ですから問題はありませ――」

「ストーップ!」

 

 俺は白式を展開してイグニッションブーストで接近し、ラウラの口を手で塞いだ。

 巫女のジト目が背中に突き刺さっている気がする。

 

「俺は合意してないし、あったとしても問題だからな? わかってるのか?」

「そうなのか? 日本の男子はああいうものが好きだと聞いているのだが」

「好き嫌いの問題じゃなくてだな……」

 

 場所が学校。モラルの問題だ。ちなみに、喜ぶ人もいるだろうけど、引く人もいると思うぞ。俺は嬉しい方だったりするが、相手がラウラだと裏がある気がして怖い。

 

「そうだな。この件に関しては織斑の趣味嗜好は関係ない。教育的指導を入れるべきだと思うのだが……織斑、貴様はどう思う?」

「俺は被害者です」

 

 まだ戦っているところを見ていないけど、この巫女さんはかなりの技量の持ち主だ。指導の名の下にボコボコにされるのは勘弁。

 

「……そうか。クラスにとけ込めない私は、一夏にとって害悪でしかなかったのだな。どう足掻いたところで私は欠陥品だというわけだ」

 

 俺の“被害者”という言葉に対して、ラウラは目を伏せてヒドく落ち込んでいた。普通の奴なら冗談で言っているだけだろうが、コイツの場合はやけに素直に、悪い方向に考える。

 ラウラに対してはっきり言わないと彼女の思考が暴走することを、俺はこの短期間で理解させられていた。

 

「被害者なんて言って悪かった。俺は別に怒ってないし、ラウラが俺と仲良くなろうとしてくれたのは素直に嬉しいと思う。ただ、方法がちょっと悪かっただけだ」

「一夏は私と仲良くなりたいのか?」

「ああ」

「そうか……」

 

 お前も1年1組の仲間だもんな。ラウラが嬉しそうに納得してるからこれでOKだろう。

 

「話がまとまったところで、特別指導を始めることにする」

「え? 今の話の流れでそうなるんですか!? アンタ、本当に血が通った人間なのかよ!」

 

 言ってから俺は口を手で塞ぐ。喧嘩を売ってはいけない相手に、啖呵を切ってどうする!?

 俺は恐る恐る巫女の顔を見るが、特に気にしていないようだった。顔色一つ変えてない。俺が命を一つ拾った瞬間だった。

 

 と思いきや巫女は薙刀を俺に向けてきた。

 

「まず、この指導は刑罰の類ではないことを言っておこう。今日のところは私と実戦形式で戦ってもらう」

 

 結局戦わされるのか。でもよく考えたら、福音を倒した俺の力がどの程度のものかを知るのに良い機会だ。

 

「ほう。目つきが変わったな。ボーデヴィッヒ、お前も織斑と共にかかってくるがいい」

「了解」

 

 俺の白式の隣にラウラが並ぶ。2対1のハンデキャップだ。俺一人で福音を圧倒できたことを考えると……勝てるかもしれない!

 右手に雪片を取り出す。最初から全力でかかるために、可変させてエネルギーブレードを展開する。

 巫女が手にしている武器は薙刀。雪片よりもリーチが長い格闘武器だ。だが、物理系の格闘武装はエネルギー系の格闘武装に弱い。ましてや、零落白夜もあるから小細工も無効化できる。

 

『ラウラ、俺が攻め込むから援護を頼む』

『了解だ』

 

 ラウラが牽制のレールカノン“ブリッツ”を発射すると同時に俺は前に向かってイグニッションブーストを使用。一気に斬り込んで終わらせる!

 

 巫女は薙刀の柄で砲弾を受け流す。その位置に止まってくれさえすれば、後は俺の追撃を受けるしかないはずだ。白式の攻撃を防ぐことは不可能。俺の勝ちだ。

 

 ……そのはずだった。

 

 巫女は砲弾を受け流しながら、その場で回る。驚くべきは、超音速で飛来した砲弾が薙刀の柄にひっついているかのように追従していることだった。およそ半回転分、巫女の周囲を回ったラウラの砲弾は、巫女の衛星軌道から外れて巫女の正面へと飛んでいく。その先にはもちろん、

 

「くそっ!」

 

 俺が居る。物理系の大口径砲弾による射撃攻撃は零落白夜では打ち消せない上に、質量から考えてエネルギーブレードでかき消すこともできない。PICの急制動から、右へのイグニッションブーストで緊急回避する。

 

 十分すぎる隙だった。巫女は俺を一旦放置し、ラウラに向かっていった。

 

「ラウラっ!」

 

 名前を叫びながらも、大丈夫だと俺は思っていた。ラウラはセシリアと違って接近戦ができないわけではない。AICの射程は巫女の薙刀よりも長い上に視認できないため、巫女が接近戦で容易に勝てるとは思えない。

 

 案の定、ラウラがAICを使おうと構える。タイミングは完璧だった。しかし、それは“ラウラが巫女に近づくことで”ズラされた。

 

「うあああっ!」

 

 先に薙刀の一太刀を浴び、AICの使用に集中できないラウラに連続攻撃がたたき込まれる。

 

 俺も黙って見ているわけじゃない。でも、全力で接近しようとしても、後ろに引っ張られているような力が俺に働いていた。イグニッションブーストを使用してやっといつもの速度が出せるくらいだった。

 

 何が起きているのか把握できないうちに、ラウラのシールドエネルギーが尽きていた。

 

「くそっ! 一体何がどうなって――」

「解説は後でオルコットかデュノアにでも頼むといい。今はできることを私に見せてみろ」

 

 俺にできることをやる。そんなことはわかっている。でも、こんな遅くては近寄れない。

 

「ふむ。このまま射撃だけで終わらせるのが定石だが、仕方がない。来い、織斑」

 

 巫女の「来い」の一言で俺は急激に前に引っ張られた。元々の前方への推力と合わさり、俺は未体験の速度に到達する。

 白式のハイパーセンサーならば見える。体も動く。俺は近づいてくる巫女を薙刀ごと斬り捨てようと雪片を振りかぶった。

 

「――力を手にし、思い上がったか。この私に性能頼りの直線的な攻撃だけで勝てるはずがなかろう」

 

 巫女もイグニッションブーストを使用する。その相対速度は音速の数倍はあるだろうか。その速度域で巫女の薙刀の刃が――

 

 俺の右腕の軌道上に置かれていた。

 

 俺は咄嗟に右手を体から離す。薙刀の直撃は免れたが、無茶な動きを入れたため、雪片を振れない。もうこの時点で決着はついていた。

 巫女が左に回転し、無防備な俺の左脇腹を薙刀の柄が捉える。この一撃自体は白式の皮膜装甲を破るほどのものではないが、俺の体は巫女の周回軌道に乗せられてしまった。先ほどのラウラの砲弾と同じだ。角度を多少変えながら、俺は円の軌道から外れる。その先には、地面。同時に、巫女から引き離される方向への謎の斥力が俺に生じる。続く背中を襲う強烈な衝撃。

 

『シールドエネルギー0。戦闘不能』

 

 地面に直撃するまで、俺は少しも動けなかった。そして絶対防御の発動と共に白式のエネルギーが切れる。零落白夜を常に発動していたから、一度の絶対防御でも致命的だった。

 

 ISが自動で解除されても俺は大の字に寝たまま動けずにいた。

 

 完敗だった。

 白式を得てもなお、俺はまだ……弱い。

 

「ははは、そうだよな。俺自身がまだ白式についていけてないってことじゃん」

 

 ありがたいご指導だった。ISの性能に頼っているだけでは勝てないということを、今まで雪花を使って証明してきた俺が、零落白夜に頼った戦いをしているなんて愚の骨頂だ。

 

 再確認完了。俺は両頬を叩いてから起きあがる。すでにラウラと巫女の人が傍にまで来ていた。

 

「織斑。今の自分の力は把握できたか?」

「おかげさまで。わかっているつもりでしたけど、強いですね。そういえばまだ名前を伺ってませんでした。訊いても良いですか?」

 

 IS学園の教員の中でもずば抜けた実力者であることは明白だけど、俺は噂でも名前を聞いていなかったな。

 良い機会だと思って尋ねる俺だったが、巫女さんの眉間に皺ができ、傍らのラウラが気まずそうにしている。

 

 ……俺、なんかマズいことした?

 

「そうか。今まで説明していなかったな。だが、この時世で私の名を尋ねるとは世事に疎いとみえる」

 

 不機嫌そうな巫女が光に包まれながらISを解除する。光が収束して待機状態のISとなるのだが、それはメガネだった。

 

「視野は広く持ちましょうね、織斑くん」

「はい……山田先生」

 

 目の前にいるのは、どう見ても山田先生。担任の山田先生。少し大きめの服を来た、背伸びしている子供のような先生だ。

 

 視野を広く持て。なんて説得力のある言葉だ。俺の目は節穴だったことが目の前で証明されているじゃないか。体格も髪型も同じだったのに、俺は同一人物ということを一切考えてなかった。

 

 でも、仕方ないだろ? 話し方から態度まで全然違えば、それは違う人間と認識するのが普通だし、同じ身長でもその人に対するイメージだけで背の高さの印象まで変化してしまうのだから。

 

「でも、世事に疎いってどういうことですか?」

「それは次までの宿題にしておきます。答えは自分で探してください。それが勉強というものですよ」

 

 教えてはくれないらしい。笑顔(内心はきっと怒ってる)で手を振る山田先生を置いて、俺は引き下がるしかなかった。

 

 あ、その前に――

 

「次ってどういうことです?」

「これから毎晩20時にここで織斑くんを鍛え上げます。週末は朝8時からにしましょうか。多分それぐらいしないと間に合いませんからね」

「何に……間に合わせるんですか?」

 

 質問をしておきながら、俺は薄々気づいていた。このタイミングで始まった“指導”。間に合わせる必要のある“イベント”。轡木さんと山田先生。答えは――

 

「一月後に開催される専用機持ち限定トーナメントですよ」

 

 予想通りだ。そして山田先生が直接俺に個人指導をするということは、俺の優勝が危ういと見られていることでもある。

 

「わかりました。よろしくお願いします!」

 

 立ち去る前に姿勢を正し、頭を下げる。部屋に戻ったら情報を集めよう。山田先生のこと。そして、IS学園の現生徒会長のことを。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 一夏とラウラが立ち去ったことを確認してから出てきたのか、真耶の背後に轡木十蔵が姿を見せていた。

 

「真耶くん。一夏くんは一ヶ月で国家代表と渡り合えるだけの実力をつけられそうかね?」

「時間の問題というところです。今は経験が足りないだけですからね」

「経験? 今までも彼に実戦経験らしいものはほとんど無かったのではないのか? それでも福音を倒せているではないか」

 

 一夏の現状を良くわかっていない轡木に呆れ、真耶は後ろ頭を掻いた。

 

「今まで織斑くんが勝てていたのは、彼本人の戦闘能力が異常だからです。正確には“目”ですね。おそらく先ほどの私との戦闘もコマ送りのように見えてはいたのだと思います。ただ、高速戦闘下ではできることが限られているということを把握し切れていない。見えていても体が動かなければ意味がないです。最適な行動を導くものは、やはり経験ということになりますね」

「経験を積めば、真耶くんを凌駕するほど成長すると?」

 

 ヴァルキリーである真耶に対して、轡木は少々ぶしつけな質問をした。だが、その問いは真耶も思っていたことだった。

 

「そうでしょうね。近いうちにそうなるのかもしれません。彼はあの千冬さんの弟ですから」

 

 織斑千冬。篠ノ之道場にいた剣士。薙刀の手合わせで、真耶が同年代に敗北を喫した唯一の相手だった。彼女が居れば、真耶は日本代表でもヴァルキリーでもないだろうことは間違いない。

 おそらくはテレーゼよりもブリュンヒルデに相応しい。7年前の実力しか知らないが、真耶は今でも彼女を越えたという自信はない。

 

 弟の織斑一夏がその域にまで達することができるのか。それは彼のこれからにかかっている。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 俺はラウラと2人で自室へと戻るエレベータに乗り込んでいた。

 調べると意気込んでみたものの、ラウラに訊けば全部解決する気がしていた俺は、別のエレベータに乗ろうとしていたラウラを捕まえたわけだ。

 

「で、山田先生って何者なんだ?」

「“ISを唯一使える男子”よりも有名な存在だぞ? あの人はヴァルキリーの称号を得ている5人のうちの一人だからな」

「ヴァルキリーってISの世界大会の部門優勝者のことだよな。……ってことは山田先生って日本代表!?」

「別に日本人だから日本代表というルールは存在していないのだが、山田真耶が日本代表なのは合っている」

 

 意気揚々と語るラウラ。対して俺は自分の無知さに恥ずかしくなってきた。軍事力が関わっているだけに、モンド・グロッソはある意味でオリンピックよりも注目されている。その出場者を把握していないのだから確かに世事に疎い。それもただの出場者というだけでなく、部門優勝者だ。

 

 中学の卒業式の日に打鉄を装着するまで、俺にとってISは憎悪の対象でしかなかった。それまでIS関連のニュースはできるだけ避けてきていたし、弾も鈴もISの話題には触れなかった。だから総合優勝者(ブリュンヒルデ)すら知らなかったし。

 

「あれ? でも前に調べた時には山田先生を見なかったけどなあ」

 

 先日のブリュンヒルデ来校で俺は各国の代表の情報を少し調べた。顔と名前を流し見た程度だが、知人が出てくれば印象に残るはず。

 

「一夏。それは多分、調べた当時の代表だろう?」

「ああ。各国の代表がどんな人なのかなって」

「実はな。山田真耶は既に引退を表明している。今、日本は新たな代表を選定中のはずだ。要するに、調べ方が悪かったんだな」

 

 つまり、過去のモンド・グロッソの入賞者を調べればすぐにわかるってことだな。

 

 俺の調べ方はさておき、今日の話題はどうも雲の上の話な気がしてきた。

 

「ラウラ。今の俺たちには遠い世界なんだな」

「ああ。だが私はブリュンヒルデであるテレーゼを昔から良く知っている。初めから何もかもが違う、手の届かない存在なんかじゃない。私はそれをテレーゼ自身から教えてもらった」

「そうだな。慢心せず、前進あるのみってことだな」

「わかればいい。明日からの訓練にも気合いが入るだろう?」

 

 いつかは届く。そう語るラウラの誇らしい横顔に少し勇気を分けてもらえた気がした。

 

 そういえば昔、剣道の上達を諦めて駄々をこねた時に、同じようなことを千冬姉にも言われたっけ。

 

『誰でも最初から強いわけなどないさ、一夏。お前には私が無敵の存在に見えるのかもしれないが、内心ではビクビクしている臆病者だぞ? 臆病だから強くなりたかった。それで今の私がある。ただそれだけのことなんだ』

 

 柳韻先生をも唸らせる剣技があっても千冬姉は決して驕らなかった。

 臆病だから強くなりたかった。

 思い出して自覚する。やっぱり俺と千冬姉は姉弟なんだな……強くあろうとする動機が似たようなもんだ。

 

 ヴァルキリーの話題をしているうちにエレベータは俺の部屋に到着する。続きは部屋でじっくりと話そうかと思い、壁から部屋に入った。

 

「あ、おかえり。一夏」

「勝手ながらお邪魔させていただいておりますわ」

 

 ……なんでシャルとセシリアと鈴の3人がここに居るんだ?

 個室ってプライベート空間だよね?

 俺にプライバシーは無いんでしょうか?

 

「なんで俺の部屋に――」

「そんなことよりも、なんでアンタの後ろにラウラがいるのか説明してね。それと、その壁のこととか全部洗いざらい吐いてもらうわよ」

 

 俺のプライバシーに関わることがどうでもいい扱いされた。でも俺は言い返せない。最初、3人が居たことに驚かされて気にしていなかったが、3人からは異様な負のオーラが漂ってきていた。純粋な怒りではない。だから余計に怖い。

 

「全部って言われても、その……困る」

 

 もう状況的に何も秘密を隠せない気がするが、以前のラウラの件を思い出すと勝手に喋ることもできない。後ろにいるラウラをちらっと見るが、彼女も何も言うつもりが無いようだった。

 

 本気で困っていると、3人は責めるような目を止めていた。沈黙が支配する部屋の中、最初に口を開いたのはシャル。

 

「実はね、一夏。もうボクたちはIS学園地下の存在を知ってるんだよ」

「え……?」

 

 俺が口をポカンと開けていると、セシリアが話を引き継ぐ。

 

「トロポスの情報だけ知って、わたくしが何もしなかったとお思いでしたか? 量産できるロボット兵士の存在をわたくしはここで初めて知りましたが、イギリス本国もそこまで情報に疎いわけではありません。すぐにトロポスの出現事例を送らせましたわ。その中にはシュヴァルツェ・ハーゼとトロポスの交戦も記されておりました」

「ほう。一応、我々の行動は秘密裏に行っているつもりだったが、筒抜けだったか。少々英国を甘く見ていたな」

 

 ラウラがあごに左手を当てて、素直に感心していた。確かに他国の特殊部隊の行動に目を光らせるのは当然だろうが、セシリアの得た情報は普通ではないのだろう。俺には良くわからんけど。

 

「トロポスを使っている“敵”は、ドイツの部隊と交戦。また、アメリカでは“銀の福音”の強奪を行っています。その他、諸々の情報を統合すると、“敵”の正体は国家ではないことがわかります。ではこのようなことができる組織とは何か? わたくしが行き着いた答えは――」

「亡国機業だろう?」

 

 セシリアが答えを言う前にラウラが口を挟んだ。セシリアは答えが合っていると確信して頷く。

 

「亡国機業って何だ? 会社かなんかか?」

 

 飛び出した単語がわからなかったのは俺だけでないらしく、鈴とシャルも耳を傾けていた。

 

「良くある陰謀論の一つだ。戦争を裏で操り、戦争特需で利益を上げる組織がある、というな。あるようで姿が見えない、まるで幽霊のような組織。それが亡国機業。ファントムタスクとも呼ぶ」

「でもそういう陰謀論ってデマじゃないのか?」

「わたくしもそう思っておりましたが、近年、その存在が表面化してきましたの。おそらく組織がうまく機能しなくなってしまったのですわね」

「なんで?」

「ISが登場したからだよ、一夏。それまでの兵器がほとんど売れなくなったんだろうね。そして軍事力の中心に据えられたISは生産することが困難である上に、限りあるコアは各国に分配された後。要らない存在になった影の組織が再び力を得るために、表舞台に上がってISを強奪しているってことだよ」

 

 セシリアの話を大体把握したシャルが補足してくれる。言われて納得した。まさかISの登場が世界の裏に潜む組織に多大な損害を与えていたなんてな。

 

「って、セシリア!? 俺も敵の正体みたいなものは何一つ聞かされていないんだけど!」

「別に亡国機業と言ったところで構成員が誰かなどはさっぱりわかりませんわ。ところで一夏さん。どなたに聞かされていないのかしら? 山田先生? それとも他の誰かでしょうか」

「……学園長だよ」

 

 新しく知ったことがあって忘れていたが、俺はセシリアに尋問されてるんだった。

 ……でも、思うんだ。もうセシリアは何もかもわかった上で俺に聞いているんじゃないのかってさ。

 

「裏の学園長……轡木十蔵氏ですわね」

 

 ほら。もう俺の責任じゃなくて轡木さんの責任にしちゃえ。多分用務員らしからぬ物腰でバレたんだろうからさ。俺は悪くない。

 俺は両手を挙げて降参の意思表示をする。元々、轡木さんはセシリアたちを巻き込むことを問題としながらも伝えることを容認もしてくれている。

 

「セシリアってどこでそんな情報を手に入れてくるんだ?」

「女性には一つや二つ秘密があった方が魅力があると思いません?」

 

 む。はぐらかされた。何かヤバいことしてるんじゃないだろうな?

 

 とりあえず、俺の知ってることを全部話してみよう。鈴とシャルにはトロポスのことすら曖昧にしか言ってないしな。

 

「わかった。今までの俺の経緯を全て話すよ」

 

 ラウラの顔も伺いつつ話を切り出す。顔を見る限り問題は無さそうなので話を続けた。

 

 中学の卒業式の日、俺が篠ノ之神社でISを見つけたときのこと。

 轡木さんによって俺のIS学園入学が決まったこと。

 箒が当時から轡木さんの元で働いていたこと。

 トロポスを使う組織が狙っているのは俺の身柄だということ。

 轡木さんたちは“敵”と戦っている組織の人間だということ。

 弾が俺の専用機を造ったこと。

 轡木さんは俺が強くなることを望んでいること。

 生徒会長になって欲しいと頼まれていること。

 

 あれ? そんなに秘密にすることって残ってないんじゃね? 実際、一番大きな秘密はトロポスくらいだろうに。

 ちなみに反応は様々だ。

 

 鈴は弾がIS開発に関わっていることに驚きを隠していなかった。それ以外が無反応に近い。

 シャルは聞くことがほとんど新しかったのか、ひとつ事柄を話す度に考え込んでいた。

 ラウラは最初の俺の戦闘の話を聞いて「信じられん」とボヤいてた。

 

 で、セシリアはというと、

 

「一夏さん。それで本当に全部ですか!?」

 

 ガチで驚いていた。それもどちらかと言えば失望の方向に……

 

「ああ。何か問題でもあるのか?」

「問題というわけではありませんわ。ただ、一夏さんが納得しているのかが気になりまして」

「確かに細かいことは教えてもらってないな。例えばさっきの亡国機業の話とかな。ま、名前がわかっても実質正体不明じゃ知らせる必要がないってのも納得できるけどよ」

「そう……ですか」

 

 セシリアは不服そうにしながらも、腰掛けていたベッドから立ち上がって出口へと向かう。

 

「どうしたセシリア?」

「少し考えることができましたの。それにもう今日は遅いですから皆さんも解散なさった方がよろしいのでは?」

 

 それだけ言い残してさっさと出て行ってしまった。ラウラもそれに続く。

 あ、そういえばここに箒がいない理由を聞きたかったのに忘れてた。ま、いっか。そんな重要なことじゃないだろ。

 

「じゃあ、アタシたちも今日は引き上げましょ、シャルロット」

「うん、そうだね」

「あ、ちょっと待ってくれ」

 

 俺は残った2人を呼び止める。

 

「何?」

「2人はさ、IS学園の生徒会長ってどんな人か知ってるか?」

 

 鈴が即座に「知らないわよ」と言った脇でシャルが「噂程度の話なんだけど」と話を始める。

 

「この学園の生徒会長は全生徒の頂点を意味する最強の称号らしいね。で、今の生徒会長は強すぎてもう国家代表になってるらしいよ。だからIS学園に顔を出せるときが少ないとか」

 

 そうか。生徒会長さんはIS学園の生徒でありながら既に国家代表か。日本以外だったら国の方で忙しいだろうから学園に常にいられない。銀の福音が攻めてきたときも学園を留守にしてたんだな。

 つまり、轡木さんの生徒会長になってくれという要望は、俺に国家代表クラスになれという話になる。……それも一月で、だ。

 

 それで山田先生が個人指導をしてくれることになったのか。

 ありがたいことだ。

 世界一を決める舞台で戦っている人たちと並び立つことができれば、俺が護れないものは無くなっているはずだ。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 ラウラは自室への帰路を急ぐセシリアを追っていた。

 

「待て、オルコット」

「なんですの? わたくしはあなたと話すことなど何もありませんわ」

 

 あからさまに敵意を見せながらセシリアは足を止めた。

 

「生憎と私の方は山ほど聞きたいことがあるのでな」

 

 ラウラは瞬時にセシリアに詰め寄り、壁に彼女を押しつけた。体格はラウラの方が小柄ではあるものの、右手と首を押さえられたセシリアは身動き一つとれない。

 

「随分……乱暴ですのね」

「それだけ本気で回答を迫っているということだ。貴様は我がシュヴァルツェ・ハーゼの活動報告をどこで盗み見た? 亡国機業の名をどこで聞いた? どこまで轡木十蔵を知っている?」

 

 ラウラたちシュヴァルツェ・ハーゼが3年弱の年月をかけて入手してきた情報を、ただの学生が持っている。異常だった。軍から聞いたわけなどない。代表候補生といってもセシリアは一般人だ。もし本当に軍が話したのだとしても、機密を一般人に話すような組織の情報収集力など高が知れている。

 

 だからラウラはセシリアを一般人だなどと思っていない。軍人であるラウラがIS学園に入れた時点で、生徒の中にどんな立場の人間が居ても不思議ではない。

 

 例えば……スパイ。

 

 “敵”と想定して尋問を開始していると感づき恐怖したのか、右手が触れているセシリアの首から震えがラウラに伝わってきた。

 

「……コア・ネットワークですわ」

 

 セシリアは声まで震えていた。嘘は言っていないと判断できたラウラだったが、何を言っているのかがわからなかった。

 

「どういうことだ?」

「全てのISのコアは繋がっている。そう聞いたことはありませんか?」

「確かにコアを通じて相手の情報を得ることはできる。だが上辺だけのものだ。過去の活動記録など閲覧できるのか? シュヴァルツェア・レーゲンの戦闘記録を全て見ることなど――」

「わたくしもそんなことはできませんわ。一夏さんのISを通して、あなた方の会話を聞いていただけです」

「バカな!? そんなことができるはずはない!」

「事実ですわ、ラウラさん。ISは数多くのブラックボックスがあり、現在の科学では説明できない現象を引き起こしてきています。むしろ、盗み聞きくらい簡単なものではありませんか?」

 

 ISのコアを通した盗聴。ラウラには全くできないことだがセシリアはできるのだと断言する。確かに亡国機業以外は一夏の前で話したことだ。先ほどのセシリアも亡国機業に関してだけは自信が無いようだった。

 

「だが、それならば何故一夏に話をさせる必要があった?」

「わたくしも全てを聞けたわけではありませんでしたから。どうしても知りたかったのです」

「それが先ほどの落胆と関係があるのか?」

「ええ。わたくしが知りたかったのは、何故一夏さんが強くあらねばならないのか、ということです。一夏さんはきっとご自分が強くなるのなら何でも受け入れるつもりなのでしょう。ですが、ラウラさんはおかしいとは思いませんでしたか? 轡木氏の元には既に山田先生というヴァルキリーが居ます。それにIS学園の生徒よりも各国の代表の方が強いことは自明ですから、亡国機業と戦う戦力を整えるのなら各国の代表に打診し――」

 

 包み隠さず話すセシリア。というよりも、話しながら考察を始めていたようだった。途中でラウラはセシリアの拘束を解いたのだが、急にセシリアは言葉を止める。

 

「どうした? 何かおかしなことでもあったのか?」

 

 ラウラも亡国機業と戦う場合は各国の全戦力を結集することになると思っていた。轡木十蔵にとって一夏は敵を表に引きずり出す囮程度の存在なのだと認識している。だからセシリアの言うとおり、テレーゼを筆頭とした国家代表たちの総掛かりで亡国機業は滅ぼせる。何もおかしくない。

 

「……いえ。そう考えるのは早計ですわね。今、決めてかかっては何もかもを敵に回してしまう気がします」

「だから何の話だと言っている!」

「確証がありませんのではっきりとは言えません。ですが、もしかすると轡木氏は……本気で一夏さんの力で亡国機業と戦うつもりなのかもしれません」

「そうか。その確証とやらが得られたときは私にも教えてもらえるか?」

「……申し訳ありません。それを約束することもできません」

 

 最初と違って頑なに話すことを拒むセシリア。力押しでは聞き出せないと判断したラウラは、彼女を黙って見送ることしかできなかった。

 

 白騎士から始まったラウラの戦い。

 

 開発者不明の無人兵器、トロポス。

 トロポスを操る亡国機業。

 IS学園を牛耳る轡木十蔵の狙い。

 織斑一夏が強くならなくてはならない理由。

 

 出てくるキーワードの繋がりが見えない。

 

「くそっ!」

 

 ラウラは怒りと悔しさで廊下の壁を叩いた。

 

 現在進行形で何かが起こっている。その中心であるIS学園に身を置きながら、求める真実にたどり着けないもどかしさが胸の内を埋めていた。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 セシリアたちが一夏の部屋で待ち伏せをしている頃、箒は自室にてISを展開していた。

 

 打鉄・紅葉。

 3年ほど前に姉に頼んで造ってもらった箒の専用機。467個のコアに該当しない、存在しないはずのIS。

 自分たちなりにメンテナンスをしてきていたが、最近は敗戦続きのため、色々とガタが来ていた。

 

 元々、箒にはISに関わる能力で突出したものはない。

 あるのは父から学んだ剣術だけだった。

 姉のようにISを造ることができるはずもなく、IS適性は最低クラス。

 それでも戦うべき敵が居た。

 姉を困らせるだけのダメな妹だったかもしれないが、できない自分でも何かがやりたかった。

 姉の代わりでいいから、戦ってあげたかった。

 

 今は状況が大きく動いている。

 関わらせたくなかった一夏がISを使って亡国機業との戦闘に参加している。

 そして、彼はもう箒がついていけない領域にまで足を踏み込んでいる。

 彼の周りには自分より強い人間がたくさん居て、もう自分が戦わなくていいのかもしれないとも思えてくる。

 

『姉さん、聞こえる?』

 

 箒はプライベートチャネルを開いた。接続先はISではなく、ISの創造主の研究室。正確には、今は機能していない研究室の成れの果て……

 

『一夏がまた強くなったんだ。3ヶ月前まで一度もISに触ってなかったのに、代表候補生数人がかりでも適わなかった敵を一人で倒しちゃったんだ。千冬さんの弟だからかな?』

 

 返事が無くても箒は話を続ける。それは傍から見ると独り言のようにみえた。

 

『私は力不足だけど、一夏と一緒に戦うつもり。だから見てて、姉さん。きっと千冬さんを取り戻してみせるから』

 

 箒が戦う理由は無くなっていない。

 そもそも、このIS(つるぎ)は一夏のために取ったわけではない。

 亡国機業とやらを倒すためでもない。

 

 過ぎ去ってしまった幸せな過去を、取り戻すためだ。

 

 箒は戦うことを選ぶ。

 姉の代わりに願いを果たさんと剣を取る。

 

 今はもう、姉に戦う気力が無くても……

 

『ごめん……なさい……』

 

 消え入るような姉の声が届く。箒には見えない絶望が見えているのだろう。だが、箒は諦めるようなことはしたくなかった。それが箒の憧れた人の在り方だったから……

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