IS - the end destination - 作:ジベた
ひどく気分が悪い。
こうして自分の部屋で横になっているだけでも、つらい。
別に病気にかかったわけでもない。
ずっと頭の中をかき回されているかのような後悔が続いているだけだ。
「俺が……殺した……」
今でもあの時の感触を覚えている。
見えないことによる恐怖とがむしゃらに戦っていた。
ラウラが撃たれたと知った時、俺は自分自身に怒り――同時に死が怖くなった。
その中で見つけた突破口。俺は、俺が生きるためにその出口を求めた。
あの時、敵に雪片を当てた時の俺にあった感情は……きっと安堵だった。これで終わると安心していた。でも終わってなかった。
墜落した敵がまだ動くことを確認した俺は、また怖くなった。直前にリュジスモンに撃たれたラウラの顔が脳裏によぎった。
7年ぶりに会えた箒、俺を立ち直らせてくれた鈴、IS戦闘以外がダメダメな俺を支えてくれるセシリアに、8年以上もの間、傍に居てくれていた弾……皆に会えなくなることが怖かった。
鈴にもセシリアにも告白の返事ができてない。何も答えぬまま、死ぬことは彼女らに対する裏切りだ。
そして、シャル。俺が彼女の居場所になると言った。死ぬことは彼女との誓いを破ることになる。
俺が護りたいものを護るためには、生きて帰らねばならなかった。
だから――躊躇いなく、敵を串刺しにした。もう動かないようにと、自身の安全のために殺意を持って殺したんだ。
その敵が、ラウラの助けたい人だと知らなかったなんて言い訳をする気はない。たとえ知っていたとしても、俺は生きるために彼女を殺したと思う。
「俺って……何が護りたいんだっけ……?」
頭ではわかっているつもりだ。ISという
でも“つもり”だっただけだ。何度「自分は間違っていない」と言い聞かせても、この手の震えは治まらない。
結局、俺は自ら望んで“人を殺せる力”を得て、護ることを言い訳に敵を殺している。
人とのつながりほど大切なものは無い。今でもそう思ってる。その俺が他人のつながりを絶っている。そのことに、やっと気づかされた。
今の俺は、力を手にしたことを後悔しているのかもしれない。
『…………の安全を第一とし、全ての訓練機の無力化を開始せよ』
何か通信があった気がする。しかし、良く聞き取れなかった。誰からなのかも把握できていない。
俺は目を回しているかのようにフラつきながらベッドから立ち上がる。誰が通信を入れてきたのかは知らないが、この後は大抵その誰かが押し掛けてくるはずだ。鈴か? 箒か?
予想通り、すぐに扉に反応があった。
しかし、決してノックの類ではない。
大型の日本刀が扉から生えてきていたのだ。
俺も使っていたからその形状は良く覚えている。扉を貫通していたのはIS“打鉄”の近接ブレードである刀だ。刀はそのまま下へと滑っていき、扉が両断される。
「な、に……?」
扉が無くなった先に居るのは打鉄。どんな意図があってかは知らないが、学園の訓練機が俺の部屋を襲ってきているらしい。
打鉄が寮の廊下に現れたことですら冷静に受け止めていた俺だったが、木片などの瓦礫から出た埃が晴れてきた先に現れた顔を見た瞬間に驚愕せざるをえなかった。
「おりむー……」
「のほほんさん!?」
襲撃者である打鉄の操縦者が、うちのクラスののほほんさんだったからだ。
もちろん、のほほんさんが攻撃してきたことに対しては驚いている。
でも、何よりも彼女の泣き顔が、今が異常な事態であることを俺に教えてくれていた。
「おりむー、逃げてぇええ!!」
泣き叫びながら、のほほんさんが刀を構えて突撃してくる。俺は反射的に白式を展開した。体に染み着いている行動だった。その一連の流れで“雪片”を呼び出そうとしているところで、俺は動きを止める。
――今、俺は何をしようとしていた?
棒立ちの俺に命中したのほほんさんの刀によって俺は窓際の壁に打ち付けられた。幸いダメージは微量なものだった。ISへのダメージは、だが。
俺は自分の右手を見つめる。気づかなければ、俺はのほほんさんに雪片で斬りつけていた。それだけ、考えなくても行動する“癖”がついてしまっている。
あのドイツでの戦闘のように。相手の動きが止まるまで攻撃し続けるのかもしれない。
「うわああああ!!」
そう思うと、叫ばずには居られなかった。頭を抱え、うずくまることしかできない。
「おりむー。逃げてよぉ……」
泣いた顔ののほほんさんが俺の前まで来て上段に振りかぶった。でも、今の俺にできることはない。
打鉄の刀が振り下ろされる。狙いは俺の頭。白式の装甲を信じて、俺は左腕で頭をカバーする。
硬い金属同士の衝突音が響く。
だが白式には何のダメージも来ていなかった。
「大丈夫ですか? 一夏さん」
「セシ……リア」
左腕をどかし、状況を確認すると、目の前にはセシリアがいた。彼女は慣れない武器であるインターセプターでのほほんさんの刀を受け止めている。
「一夏っ!」
ほぼ同時に箒も部屋に飛び込んでくる。2人とも、俺とのほほんさんの間に割って入り、俺を護るように立った。
「セシリア。布仏の相手は私がする。お前は一夏を連れて、この騒動の原因を叩きに行ってくれ」
「了解ですわ」
箒がのほほんさんを押さえ込みにかかっている間に、セシリアが「さあ、行きましょう」と俺に手を差し伸べてくる。だが俺はその手を取れなかった。セシリアが怪訝な表情を浮かべる。
「一夏さん?」
「ごめん……今の俺は戦えない」
瞬間、俺はセシリアに頬を叩かれた。何故か白式のシールドバリアが働かなかったため、頬が赤く腫れる。
しかし俺は、白式の不可解な挙動や、頬の痛みよりも、彼女が直接的な暴力を振るってきたことに戸惑いを覚えていた。
「戦えなどと、誰も言っておりませんわ。今はわたくしと共に逃げるだけです。いいですわね?」
有無を言わせぬ迫力に押され、俺は黙って首を縦に振った。先ほどは気づかなかったが、セシリアの侵入口と思われる窓が大きく壊れており、俺たちはそこから外へと飛び立つ。上空へと舞い上がり、そこで俺は初めて気がついた。
「……あちこちで銃声がしてる。敵が襲撃してきてるのか?」
「状況はもっと悪いですわね。先ほどの布仏さんのように、訓練機が搭乗している生徒の意志に反して破壊活動を開始しているようです」
のほほんさんが逃げてと言いながら襲ってきていたことから、自然とドイツでの死神のISを思い出す。ラウラの部下である救出対象が俺を殺す気で襲ってきていた。ラウラの様子から考えるに裏切り者というわけではなさそうだった。意志に反して攻撃してくる人に対して、俺はどうすればいいのかわからない。
「一夏さん。大丈夫ですわ。学園の生徒のことはわたくしたちに任せてくださいな」
セシリアが俺の右手を両手で包む。彼女の真っ直ぐな目を直視できない俺は、目を背けつつも、心が安らいだ気がしていた。
と、ここで通信が入る。
『一般生徒の第4アリーナへの収容を確認。これより、私とシャルロットはアリーナの防衛に入る』
「お願いしますわ、ラウラさん。わたくしは敵の捜索を始めます」
セシリアとラウラの通信の会話に出てきた“敵”。それが今回の騒動の原因だろうか。
泣きながら攻撃してくるのほほんさんの顔が脳裏に蘇る。
どういった手段を用いているのか、見当もつかないが、戦う意志の無い人を無理矢理矢面に立たせる外道が相手にいることは間違いない。
手の震えが止まった気がした。
「なあ、セシリア」
「い、一夏さん!? どうされましたの?」
俺が声を発しただけでセシリアは驚いていた。俺自身、久しぶりにはっきりとした声を出した気がしていた。――今の俺には、やることがある。
「その敵とやらを見つけて倒せば、のほほんさんも、皆も護れるのかな?」
セシリアが俺の発言に目を丸くする。その後、目を伏せて呟くような声量で返してくれた。
「その、はずです」
「そうと決まれば、さっさと見つけちまおうぜ」
俺は雪片を取り出す。操られているのなら、操っている元凶を叩けばいい。それで良かったじゃないか。
俺がしたことは許されることじゃない。だからせめて、手に掛けてしまった人と同じことを繰り返さない努力をしていこう。
◆◇◆―――◆◇◆
急に気力を取り戻した一夏が気がかりであったが、セシリアは周囲の状況把握に集中する。見える範囲、つまり外には一般の生徒は一人も見られない。鈴ら専用機持ちが暴走している訓練機と戦闘をしている姿だけだ。
ちなみに、暴走した訓練機はエネルギー切れを起こすまで攻撃を加え続けることで無力化できるのだが、代表候補生顔負けの操縦技術で襲ってくるため、全体的に苦戦している。自分たちも今日までの1週間の努力が無ければ逆にやられていたかもしれなかった。
なぜ、訓練機しか操縦しない一般生徒がそんな高い技量を持っているのか。明確な答えはセシリアにはまだ無いが、ふと前兆のようなものがあったことに気がついた。
(そういえば、布仏さんが言ってましたわね。『訓練機の調子がおかしい』と。それも普段より動けてしまうと……)
いつからだったのか明確な時期は不明であるが、10日前には既に訓練機に何者かの調整が加えられていた可能性が出てきた。つまり、今の現象は、前準備が必要なものであるはず。
セシリアはプライベートチャネルをつなぐ。
『山田先生。一つ質問してもかまいませんか?』
『手短にしろ。こちらも手一杯なのだ』
真耶には返答する余裕があった。早速セシリアは本音のした質問と同じことを訊くことにする。
『最近、教員用の機体を使う上で何か違和感を感じませんでしたか? 例えば普段よりも良く動けるようなことです。他の先生方も含めてそういった話は出てきていませんか?』
『整備不良で普段より動けないならともかく、スペック以上の性能になるなど単一仕様能力でも無い限りありえんだろう。私自身、そう感じたことは無い。……何かわかったのか?』
『ええ。おそらく教員用の機体は暴走しないと思われます。すぐに教員部隊も展開して暴走訓練機に対応してください』
『わかった。直ちにそうしよう』
真耶は具体的な理由を聞くことなく通信を切った。それだけセシリアを信頼してくれているのか、理由を推察したのかはわからない。しかしこれで状況は好転する。
「セシリア、敵はどこにいるんだ?」
「それはこれから調べますわ。しかしながら、一夏さん。あなたが戦う気ですの?」
「当然だ」
確かに雪片を展開できている時点で、今の一夏は戦える状態と言えるのかもしれない。
でもそう見えるだけだ。何かの拍子に再び彼は剣を持てなくなる。今回の事件の敵の正体に見当がついたセシリアはそう確信していた。だからセシリアは改めて確認する。
「敵が誰でも……戦えますか?」
その問いだけで一夏の顔が曇った。やはり、今の一夏を連れて行くわけにはいかない。
『箒さん。今すぐこちらへ来られますか?』
『難しい。布仏を含め、3人に囲まれている』
一夏を任せるには鈴か箒が適任と考えていた。しかし、鈴は今の位置から見えるところで戦闘の最中。それでは、と代案を考えたセシリアは初めて使用するプライベートチャネルを開く。
『楯無生徒会長。布仏さんの現在地座標を送ります。そこに3機の暴走訓練機がいますので無力化をお願いいたします』
『わかったわ。任せておきなさい』
通信相手は更識楯無。彼女の使用人、布仏虚の妹である本音を実の妹と同じくらいかわいがっていることをセシリアは知っていた。彼女ならば、暴走訓練機3機くらい問題はないはずである。続けて箒と連絡を取る。
『今そちらに生徒会長が向かわれました。箒さんは入れ替わりに一夏さんの護衛をお願いいたします』
『わかった。セシリア、お前も気をつけてな』
『ええ』とだけ告げて通信を切る。今のやりとりは全て声に出していないので一夏は状況を把握できていない。
「一夏さん。箒さんが苦戦しているようですので、そちらの援護に回ってもらえますか?」
「え、でも――」
セシリアは不安そうな顔をする一夏の頭を撫でた。
「倒すことだけが護ることじゃありませんわ。箒さんと一緒に耐えてください。その間にわたくしが全部終わらせておきますから」
セシリアは「ね?」とウィンクをする。すっかり黙り込んでしまった一夏だったが、セシリアは納得させたことにして敵の捜索に向かった。
◆◇◆―――◆◇◆
セシリアが学園の校舎の方へと飛んでいくのを見送る。俺の右手には雪片が握られていて、左手は彼女の方に意味もなく伸びていた。無意識に取ったその行動は、まるで大人にすがりつく子供のようだなと思う。俺が今、何をすべきなのか全く判断できない。
「敵が……誰でも……?」
俺はセシリアのたった一言で固まってしまった。同時にドイツで戦った死神のISの姿が頭に蘇る。刺し貫いたときの感触と、そのときに感じた安堵や歓喜といった感情が俺を責め立てる。
皆を操っている諸悪の根元がいるんじゃないのか?
そいつを
とりあえず、今は俺にやれることがない。セシリアの言うとおり、箒の元へ――
『一夏、聞こえるか?』
向かおうとしたら音声の通信が入ってきた。その声の主は、弾。俺は平静を装いつつ「ああ、聞こえてるよ」と返す。すると、弾はとんでもない話題を振ってきた。
『覚えてるか? 俺とお前が初めて会った日のこと』
「初めて会った日ねぇ。小学校の入学式とかその辺?」
IS学園が非常事態に陥っているにもかかわらず、2人で昔話をし始めた。弾の意図は全くわからないけど、付き合うことにする。
『バーカ。物理的に会った日って意味じゃねえよ。俺がお前を、お前が俺を。互いに認識し合った日のことだ』
「それだと良くわからないな。俺にとっては、弾はいつの間にか親友になってた。“いつから”なんて線引きはしてない」
正直に答える。何一つ嘘は言ってない。弾はいつの間にか隣にいたんだ。きっと馬が合うというやつだったんだろう。少なくとも俺はそう思ってる。しかし、弾の口振りだと違うみたいだった。
『小学2年の時の話だ。本当にどこにでもいるガキどもの、どこにでもある話なんだけどな。俺はその時から、お前がスゲー奴だなって思ってたんだ』
「何の話だよ。買い被りすぎだろ、どう考えても」
『俺とお前、そして箒が同じクラスだった。あの時、箒が周りからどんな扱いを受けていたかは覚えてるだろ?』
良く覚えてる。年不相応な落ち着きに古風な話し方で、箒はクラスでも浮いていた存在だった。それでいて真面目すぎる性格が災いして、クラスの男子と衝突していた。大抵の人間は関わり合いになりたくないとその場を離れていく。それは大人も子供も一緒だろう。ますます箒は孤立していった。でも、俺は箒のその状態に黙っていられなかったから、箒がいざこざを起こす度に割って入っていた。
「忘れるわけ無いさ。あの時の俺が護れていた、たった一人のことなんだからさ」
『そうだな。お前は箒を周りの悪意から護ってた。自分がどう見られるのかなんてことも考えずにな』
「そりゃそうだろ。他の奴に嫌われようが、箒がひどい目に遭ってるのを放っておくなんてことは絶対にしない。当然だろ」
『今も……同じ答えをするんだよな、お前はさ』
俺は「同じ答え?」と考え込みながら返事する。通話口から弾の呆れ混じりの声が聞こえてきていた。
『俺は全く同じことをお前に訊いてたんだよ。8年前のまだガキの頃にだ。なぜ嫌われ者になってまで箒の側にいる、ってな』
「そういえばそうだっけ。大切な友達だから当然だろ?」
『本当に、あの時と変わらないな。その“友達だから当然”って言葉に俺は憧れたんだ。簡単なようで難しい。俺はそれが欲しくてお前に付きまとってたんだよ』
弾が側にいてくれた理由はたったそれだけのことだった。
千冬姉が行方不明になった後、裏で必死に捜索してくれていたのも、轡木さんに協力を強制させられても尚、学校に通ってくれていたのも。
全ては、俺が弾に言った『友達だから当然』だという何も知らない子供の一言を形にしたものだった。
「お前さ。神童とか言われてたけど、実はバカだろ?」
『バカは伝染するってのが俺の持論だ。誰から移されたかなんて言うまでもないだろ?』
「俺かよ!?」
『自覚はしてんだな』
はっはっは、と笑い声が聞こえてくる。俺もつられて笑っていた。
だが、急に弾の声のトーンが低くなる。
『で、そのバカは今、どこにいった?』
俺は何も言い返せなかった。少なくとも、周りを見ずに護りたい仲間を護っていたバカな子供は、今の俺ではない。
『鈴も箒も他の女子たちも今、必死になって戦っている。IS学園の仲間を護るためにだ。そんな中、お前はそこで何をしている? 俺が造った白式で何ができる?』
弾が俺を責める。俺は右手に握っている雪片を眺めた。俺はこの刀で誰かを護れてきただろうか。
最初に打鉄を使ったときからの戦いを思い起こす。
やられそうだった箒を庇うために、割って入れたのはISのおかげだ。
ゴーレムの最後の一撃から鈴を助けられたのは、雪花のスピードのおかげだ。
福音の攻撃からラウラを救出できたのは零落白夜のおかげだ。
振り返ってみると、身を盾にしてばかりだが、人殺しのためにこの刀を振ってきたわけじゃない。
ドイツでは結果的に助けるはずの人を殺してしまった。でも、それを恐れて何もしなかったらどうなっていたのだろうか。今までの戦いも、俺が何もしなかったら、どうなっていたのだろうか。
答えはわからない。けど、自分で決めないことだけは間違ってると言えた。
『答えろ! 一夏っ!!』
弾の叫びで頭が急速に冷えてくる。俺は完璧な人間じゃない。選んだ道が間違ってることもある。それでも、自分から選んでいかなければ、“俺”を生かしてくれた皆に申し訳が立たない!
「弾。敵はどこだ?」
直接的な返答は要らない。同じセリフでもセシリアに言ったものとは違う。8年の付き合いになる相棒は、即座に適切な回答をしてくれる。
『オルコットを追え。彼女のISならば、おそらく敵を捕捉できる』
「わかった。じゃあ、俺は行くよ」
『行ってこい。お前が思うようにやってみろ。悩むのは後でいいし、愚痴ならいくらでも付き合ってやる』
通信が切れ、俺は校舎へと向けて飛んだ。
◆◇◆―――◆◇◆
セシリアはISを展開したまま、校舎内の廊下に来ていた。普段ならばあり得ないことだが、今は非常事態である。床から5cmほど浮いた状態で滑るように移動する。
(この騒ぎを起こしている敵は、この先にいます)
鈴が停止させた訓練機のうちの一体を調査したところ、特に異常は見られなかった。だからこそ、セシリアは直感した。今起きている現象は“単一仕様能力”によるものである、と。
全ては推測の域であったが、セシリアは訓練機のコアにアクセスすることで、何者かの干渉の痕跡が無いかを確認した。すると、リアルタイムで繋がっているコアを探り当てることができた。
事前準備が何かは不明であるが、敵はコア・ネットワークを介して他のISを操ることができる単一仕様能力を持っている。現状、専用機持ちが操られていなく、また教員たちも異常を感じていなかったため、敵は訓練機にしか近づくことができなかった人間に限られる。つまりはIS学園の生徒ということになる。
そしてもう一つ。異常を察知した人間が布仏本音のみであり、他クラスや上級生からそういった声が上がっていないことを考えると……絞り込まれる犯人は一人だけだった。
セシリアがある教室の前で足を止める。そこは毎日、当然のように顔を出す場所……1年1組の教室だった。セシリアは後ろ側の入り口を開ける。目的の人物の席は一番後ろにあるからだ。そして、その人物は、この騒動であるにもかかわらず、自分の席で平然と読書をしている。
「まさか、わたくしたちのクラスに紛れ込んでいるとは思いませんでしたわ、南雲さん。いえ、亡国機業と言った方がいいでしょうか?」
「何を言っているのか、わかりかねます、オルコットさん」
少女、南雲瑞希は読んでいる本をパタンと閉じる。それだけ。セシリアの方を向くことも、席から立つこともしなかった。
「この状況で、校舎内に残っているのはあなただけですわ。何故まだこんなところにいるのでしょうか?」
「そういう意味で言ったわけではないですよ」
瑞希はやや苛立ち気味の声を上げて乱暴に立ち上がる。その際に鬱陶しそうにトレードマークのメガネを床に投げ捨てた。
「敵を見つけて何故撃たないって訊いてんだよっ!」
瞬時に瑞希のISがその姿を現した。背中から8つの可動腕が生えている異形であり、カラーリングが黒と黄色に塗り分けられている、蜘蛛を思わせるISであった。
セシリアは眉をひそめた。瑞希のISの外見による嫌悪感もあるのだが、それよりも瑞希の変化した口調が不快だったからだ。
瑞希は8つの可動腕の先端の銃口をセシリアに向けるや否や、すぐに発砲する。セシリアは咄嗟に入り口から離れて攻撃を回避した。なおも教室内で対峙する2人。セシリアの額から汗が垂れる。
「今までの南雲さんは猫かぶりだったようですわね」
「ああ、もう! 名乗ってやるから、その“南雲さん”ってのやめてくんねえかな。きもちわりぃ」
南雲瑞希であった少女は、その仮初めの名前が気に入っていないようだった。セシリアとしてはどうでもいいことだが、今は話を聞き出せた方が得だと判断し、「それでは、どうぞ」と先を促すことにする。
「“スレッド”だ。私にはそれ以外の名前なんてねえよ」
「下っ端らしい名前ですのね」
「悪かったな、下っ端でよお!」
瑞希、改めスレッドが再び8つの可動腕の銃撃を開始する。この狭い室内では避けるのは不可能と割り切り、セシリアは被弾覚悟でBTビットを周囲に展開して射撃する。
敵ISの情報を取得。ISネーム“アラクネ”。操縦者、登録なし。中距離射撃型。仕様を見るかぎりは第2世代型ISであった。挑発を絡めた鎌かけにも引っかかっていたことから、スレッドは亡国機業の中でも下の立場であると考えられる。
(しかし困りましたわね。ここまで狭い場所ではブルー・ティアーズは本領を発揮できませんわ)
教室内で互いに撃ち合っているがセシリアの攻撃はほとんどスレッドに当たっていない。対してセシリアへのダメージは着実に溜まっていく。限定空間において、セシリアが不利であることに間違いなかった。
セシリアはBTビットをその場に残して、射撃の牽制を続けながら、窓の方へと飛ぶ。とりあえず外に出れば状況も変わるはずだった。窓を破壊するために、スターライトmkⅢを向けようとしたところで――
「何……ですの?」
銃口を上げようとした右手が動かなくなった。そして、左手、両足と順に拘束されていく。AICかと思ったがアラクネには第3世代兵器は搭載されていない。ハイパーセンサーの感度を上げて自分の体をよく見ると、肉眼ではわからないような非常に細い糸のようなものが全身に絡みついていた。
「そうだよなぁ! やっぱり外に行きたがるよなぁ? こんな簡単に罠にかかるなんて、やっぱお前等、戦場を舐めてるよな」
動けないセシリアにスレッドがわざわざ歩み寄る。BTビットで反撃を、と思ったが糸の拘束に気を取られているうちに全機落とされてしまっていた。BTミサイルも糸が絡んでしまっていて発射が不可能になっている。特殊な糸のようで、コアの通信すら妨害されている。もう手の内が残っていなかった。
セシリアの前にまでやってきたスレッドの片頬に笑みが浮かぶ。彼女の右手には、黒い球体が握られていた。一見すると金属のような光沢を放っているが、ぶよぶよと動いている。
「それは、何……ですの……?」
生理的な嫌悪でセシリアの顔が歪む。スレッドは彼女の顔を見て汚い笑い声を上げた。
「よくぞ訊いてくれた! こいつはなぁ、“ウィスクム”っていうんだ。こんな
ヘドロや黒いスライムと言われた方がピンと来る外見をしているそれを“装置”だとスレッドは言う。セシリアにとって未知の物質であり、使い道はさっぱり見当がつかない。スレッドはセシリアの表情を観察するように顔を覗きこみながら、ゆっくりと歩いてくる。
「そうだ。私は優しいからコイツの機能を説明してやろう。1回しか言わないから良く聞けよ? こいつは
「ヴァイス?」
聞き慣れない単語を耳にしたセシリアがオウム返しに問い返すと、スレッドは愉悦に満ちた顔のまま説明を続ける。
「やっぱ知らねえよなあ、おい。VAISってのは白騎士のことだよ……って言ってもまだわかんねえか。あ、そうだ! 確かお前らは
白騎士や福音と同じ。そう言われてもセシリアには何のことか見当もつかない。ただ、嫌な予感だけはしていた。
「福音の操縦者はアメリカの正規の代表候補生だった。そいつがIS学園の襲撃に参加してきた理由がわかるか? 一度は戦闘不能近くにまで追い込まれても、エネルギーを回復して戦えた理由がわかるか?」
福音戦において、セシリアは遠距離で狙撃をしていた傍ら、福音の状態を常にチェックしていた。確かにスレッドの言うとおり、原因不明のエネルギー値の上昇を確認している。
そして、操縦者の話がスレッドの言うとおりならば、アメリカの代表候補生は自分の意志で戦っていなかった可能性がある。最近、良く耳にする話だ。今の訓練機暴走事件、一夏が殺してしまったという人、全部似た状況だった。つまり、
「それは……洗脳するための兵器、というわけですわね」
「ご名答! と言いたいがちょいと違う。このウィスクムはISコアに侵入し、コア自体を変異させる。変貌したコアが凶暴でな。操縦者を自分の支配下に置くために根を張るんだ。そして、コアは操縦者と一つになる。もちろん、一心同体で死ぬときは一緒。これでIS適性:Sが簡単に誕生するってわけさ。理解できたかぁ?」
真実はセシリアが思っているよりも重いものだった。洗脳ではなく、寄生。それに取り付かれれば、セシリアの人としての尊厳は破壊され、機械となるのだろう。あの福音のように。
セシリアは四肢に力を入れてもがき始めた。しかし、幾重にも巻かれた蜘蛛の糸は千切れる様子を見せず、ビクともしない。
「自分の状況がわかったようだねぇ。暴れたって無駄さ。本当は織斑一夏に使う予定だったんだが、今からコイツをお前のISコアに流し込んでやるよ。これでてめえもヴァルキリーに並べるんだ。感謝しな」
悦に入ったスレッドが、一歩、一歩と近づいてくる。体は固定されて動かない。使用できる武器は何もない。黒い異物がセシリアに迫ってくる。それをただ見ていることしかできない。
「いやあああああ!」
動くのは口だけだ。だから叫ぶことしかできない。セシリアの15年の人生で初めての悲鳴だった。何の力もない拒絶の声音は、スレッドの嗜虐心を煽るだけ……
「いいねぇ。実にいいよぉ。エリート様が私に恐怖し、泣き叫ぶ。これほど楽しいことはない。でもぉ、そろそろ終わりにしよっか」
「いやだいやだいやだいやだあ!」
30cm。拒絶の声が残虐な敵に届くことはなく――
「あああ……」
20cm。絶望に声は出なくなった。
(たす……けて)
10cm。頭に浮かぶのはあの人。独りだったセシリアに『代わりに殴りに行ってやる』と言ってくれたあの人……
(助けて、一夏さんっ!)
――瞬間、建物全体が揺れるような衝撃が襲った。
正確には教室内のあらゆるものが、衝撃波のような突風によって揺らされていただけ。
教室の窓側には一つの巨大な穴が開けられている。
「一夏……さん」
セシリアの目の前には白式を纏った一夏がいた。エネルギーブレードによる突きの体勢のまま、一夏は動きを止めている。
「大丈夫か!? セシリア!」
「一夏さん。一夏さんっ!」
恐怖から解放されたセシリアはただ一夏の名前を呼ぶことしかできなかった。敵がどうなっているのかすら確認する余裕が無い。
「いってえ……折角、エリート様を苦しめる最高のシチュエーションだったってのに、よくも邪魔してくれやがったな。ウィスクムまでかき消すなんざ聞いてねえぞ」
廊下側の壁に叩きつけられたスレッドがよろよろと立ち上がる。その右手には既に黒いスライムは無かった。
一夏が雪片をスレッドに向ける。しかし、その切っ先はカタカタと揺れていた。その一夏の状態を見て、セシリアに冷静さが戻ってくる。
「南雲……さん?」
「スレッドだ。覚えておきな、クラス代表」
見たところ、スレッドのアラクネはシールドエネルギーの残量がない。先ほどの一夏の攻撃によって絶対防御が発動してしまっただろうことは容易に想像できた。だが、問題はスレッドを“南雲瑞希”と見ている一夏では、死に物狂いに襲ってこられては戦えないことだった。
「これが零落白夜……銀の福音を一撃で倒した力か。こいつはやべえな。上の連中が気にするわけだ」
スレッドが独り言を喋っている間も、一夏は立っているのがやっとなくらいに震えていた。それはセシリアから見てもわかるようなほどだ。このまま戦闘になった場合、一夏が勝っても負けても傷つくことが目に見えている。
「なんだ。かかってこないのか。コイツはとんだお人好しだねぇ。ウィスクムを壊された時点で任務は失敗してるし、私は撤退させてもらうよ」
幸か不幸か、スレッドは撤退を選択していた。廊下側の壁を銃で破壊し、逃走していく。
スレッドがある程度離れてから、セシリアを拘束していた糸が消滅し、体の自由を取り戻す。PICで浮けるはずなのだが、セシリアは床に落下した。
座り込んだ状態のまま、一夏に目を移す。彼は雪片を持ったまま手をだらりと下げ、立ち尽くしていた。セシリアは立ち上がり、そんな彼に歩み寄る。すると、彼の独り言が聞こえてきた。
「弾、俺はやっぱり昔ほどバカにはなれないよ。何も知らなかった頃とは違うんだ。俺は怖いんだよ。何が護りたいのか、はっきりさせないまま、護るために敵を倒してたら、何もかもを壊すことになりそうでさ」
セシリアは思わず、一夏の後ろから抱きついていた。まだ続いている一夏の震えが伝わってくる。
「セシリア?」
「ごめんなさい……しばらく、このままで居させてください……」
一夏の背中に額を押しつける。セシリアは自分も震えてることに気がついた。黒い不気味な物質を思い出し、恐怖が蘇ってきていた。
容赦なく非道な真似をする敵への恐怖。
自分が自分じゃなくなるかもしれない恐怖。
自分が一夏を襲っていたかもしれないという恐怖……
命を落とすかもしれない戦いに身を投じようとしてる覚悟をしていたつもりだった。でも、現実はもっと残酷で、考えの甘さを突きつけられただけだった。
事件解決を急ぐあまり、一人で危機に陥り、一夏を戦わせてしまったことも悔やんでいる。
5人で決めた“一夏を戦わせない”誓いを破ってしまったと自分を責める。
助けて、と心から叫んでいたことを恥じていた。
長い間そうしていた気がした。
2人の震えは逆位相だったらしい。互いの振動が打ち消し合い、震えは治まっていった。
そうなってようやくセシリアは一夏から離れる。
「もう大丈夫ですわ。本当に申し訳ありま――」
セシリアの声は一夏の抱擁によって途切れた。一夏の右手がセシリアの後頭部を優しく撫でる。
「本当に、ごめんな。俺が……俺が不甲斐ないから皆を戦わせてる。俺、途中まで何もしてなかった。こんな俺が一体何を護れるって言うんだろうな」
一夏は泣いていた。セシリアは一夏の背中に手を回し、子供をあやすように背中をさする。
「以前にも言いましたわ。わたくしたちは、そうしたいから戦っているのです。一夏さん一人が気負うことはないのですよ?」
「でも、俺……」
「何もできてないなんてことはありませんわ。わたくしがここに居ます。あなたのおかげじゃありませんか。一人だけじゃダメだって、一夏さんが教えてくれたんですよ?」
一夏を諭しながら、セシリアは自分にも当てはまるなと感じていた。一夏を戦わせないという5人の取り決めも、一夏の意志を無視したもの。何より、セシリアの望む関係は、一方通行の保護ではなかったはずだった。
「一夏さん。わたくしは今よりも強くなりたい。心が傷ついてしまうあなたを、隣で支えるだけの強さが欲しい」
「そう、か。俺にそんな価値があるのかな?」
「当然ですわ。ですから……ちゃんと護ってくださいな?」
一夏を再び戦いに向かわせるようなことを言ってしまっていた。他の4人に対する裏切りも同然だが、セシリアは後悔していない。間違っているとも思えない。
セシリアは顔を上げて微笑みかける。照れくさそうにしている一夏の顔が印象的だった。
◆◇◆―――◆◇◆
「本音ぇ。無事でよかったよぉ」
「大丈夫だよー……癒子は心配性だな~」
担架で運ばれている本音の元に癒子が駆けつけていた。側で泣きじゃくる癒子の頭を本音は撫でていた。
「谷本、相川。2人に布仏を任せるぞ。私は他の者の手伝いに行く」
「わかったよ、篠ノ之さん」
「お勤め頑張ってねー……モッピー」
「誰がモッピーだっ!」
あだ名に文句を言いつつ箒が飛び立っていくのを3人で見送った。
癒子が箒に向けて振っていた手を下ろし、本音に向き直る。
「私たちは……無関係なんかじゃなかったんだね」
反省の色を浮かべる癒子の頭を本音はポンポンと叩く。
「おりむーも言ってるよ~。みんな仲間だって、さ。今回は迷惑をかけちゃったけど、次は私たちで助けようよー」
「ねー?」と訊く本音に対し、癒子と清香は頷いた。
◆◇◆―――◆◇◆
「――以上が今回の事件の顛末です」
真耶が轡木への報告を終える。当の轡木は少し痩せたような顔つきに変わっており、佇まいもどこか余裕が無かった。
「わかっていたことだが、生徒の中に亡国機業が紛れていたのだな。恐るべきは単一仕様能力の強大さか。そこだけは読み違えた。それで、全生徒の確認はしたのかね?」
今回の主犯、南雲瑞希と名乗っていたスパイは専用機を隠し持っていた。通常、専用機持ちは身元がはっきりとしている人物である。つまり、生徒の中に専用機を隠し持っている人物が他にいないかを轡木は確認したのか尋ねていた。
「念入りに確認しましたが、現在学園側で把握している生徒以外の専用機持ちは確認できませんでした。専用機を持たないスパイがまだ潜んでいる可能性はありますが――」
「それは構わない。できれば排除したいが難しいことだ。専用機でなければ今回ほどの騒動を起こせそうにないだろう」
轡木の言葉に真耶は頷く。今回の訓練機の暴走は、事前にコアに取り付けられた受信器のようなものを通してPICの制御系統を乗っ取ることで操っていたことがわかった。問題は発信器側である。PICを乗っ取るなど、コア・ネットワークの情報戦に特化したISでなければ不可能である上、一度に50機以上もの数を操ってみせた敵には単一仕様能力が絡んでいると見て間違いない。つまり、スパイに訓練機の1機や2機を使われたところで些細な問題であった。
「南雲瑞希の経歴は探ってみたかね?」
「入学時の書類通りの、至って普通の子でした。ですから、入学と同時に敵と入れ替わっていたものと思われます。おそらく本物の彼女は――」
「その先は言わなくていい」
轡木が目を覆う。想定以上に敵の行動が過激だった。IS学園への直接的な襲撃も今年度から始まっている。時期としては織斑一夏がIS乗りとして表に出てきたときと重なっている。自分たちにとっても、敵にとっても、織斑一夏がキーパーソンであることに変わりはないというわけだ。
「失礼します」
真耶と轡木の話の最中に、生徒会長、更識楯無が入室する。彼女は入って早々に轡木に頭を下げた。
「私が居ながら、この失態。本当に申し訳ありません」
「頭を上げてくれ、楯無くん。外からの襲撃にばかり目を向けていた私の責任だ」
許しを得て、楯無は頭を上げる。その顔はまだ堅い。
「しかし私は本音ちゃんが危険だと知って固まってしまい、対処に遅れてしまいました。それだけは罰してください」
「何を馬鹿なことを言っているのだね。国家代表とは言え、君も17歳の少女でしかない。身内の危機で動転した少女に、私が責を問うわけがないだろう。つまらない責任は大人である私たちがとればいい」
「ですが!」
引き下がらない楯無に対し、轡木は今思いついたかのように提案をする。
「では君には罰として、3週間後の試合で一夏くんと全力で戦ってもらう。舞台は、決勝でどうだね?」
「それでは罰になりません。今の織斑一夏は戦える状態じゃありませんから、決勝まで来られるとは思えませんよ」
「私は彼ならできると信じている。何故なら、あの織斑夫妻の息子なのだからね」
「……失礼します」
轡木の言動に納得がいかないという顔をしながら、楯無は退室していった。
彼女が足音が無くなった頃合いを見計らって真耶が轡木を問いただす。
「私も更識さんと同じく、今の織斑くんではとても亡国機業と戦えるようには見えません。織斑くんを戦場に出すのが早すぎたんです。私に黙って織斑くんを戦場に出したあなたのミスです。いくら篠ノ之博士に出てきてもらうためとはいえ、最早逆効果にしか見えませんよ!」
専用機を展開していない状態の真耶らしくない、轡木を責める言葉だった。それだけ、真耶は織斑一夏を“生徒”として大切に思っている。大人の事情が絡んでも、彼の心を壊す真似はしないと思っていた真耶は、今の轡木を信頼できていなかった。
しかし、対する轡木は少しも動揺せずに真耶に笑みを向ける。
「真耶くん。君にはわからないかもしれないが、彼は“男の子”なんだよ。確かに私がしたことは褒められたことではないが、私は一夏くんなら大丈夫だと信じている」
轡木が目に見えてやつれているのは心労であろうことは真耶にはわかっていた。心労の理由も、今の一夏の状態を悔いているものだと思っている。それでも轡木は一夏のためと信じて、道を作っておくつもりのようだった。真耶には轡木の真意が読めない。
「私には……わかりません」
踵を返す。教師としてできることがない遣るせなさを抱えたまま、真耶は地下を後にした。
◆◇◆―――◆◇◆
夜。ところどころ破壊の跡が見られる寮の廊下を、俺は一人で歩いていた。いつにも増して静かな夜だった。それもそのはず。3回目の亡国機業のテロが起きて平静でいられる人間ばかりのわけがない。むしろ、普通ならば学園側から安全のために一般生徒を帰宅させてもいいはずなくらいだ。誰ともすれ違わないまま、俺は目的の部屋の前まで来て足を止める。
……俺は、強くなりたい。その前に、知らなきゃいけないことがある。
2回ノックをする。すると、扉はすぐに開かれた。
「一夏……?」
「こんばんわ、シャル。今日はすまなかった」
「え? どうして一夏が謝るの!? ボク、何かされたかなぁ」
出迎えてくれたのはシャルだった。俺は一方的に頭を下げて謝ってから、本題に入ることにした。
「ラウラは居る?」
「ボクに用事じゃないのか……待ってて、呼んでくる」
シャルは少し拗ねたような顔をした後で、「ラウラ、一夏が用があるみたいだよ」と部屋の奥へと歩いていく。奥からはラウラが嫌がっているような声が聞こえていたが、シャルが両手でラウラの右手を引っ張り、なかば無理矢理に俺の前へとラウラを連れてきてくれた。
「何の用だ、一夏」
声色はいつも通りだが、ラウラの視線は斜め下を向いていた。シャルとのやりとりといい、ラウラは俺と顔を合わせたくないようだった。これからラウラに頼みごとをするわけだけど、このままでは切り出せない。
「ラウラは俺が嫌いになったか?」
「そんなはずがないだろ!」
俺はラウラにやられていたことをやり返してみた。効果は抜群で、ラウラは真っ直ぐに俺を見てきた。
「でもさ、ラウラ。俺は俺が嫌いだよ。少なくとも、今の俺は嫌いだ」
「それは……私の、せいだ」
一度は顔を上げたラウラだったが、すぐに顔を伏せる。いつもの自信にあふれた彼女の姿はそこに無かった。理由は――俺のせいだよな。ラウラは俺が塞ぎ込んだことに責任を感じてしまっているんだ。だが、それは勘違いだ。俺はラウラの額を人差し指で突いた。
「あうっ!」
ラウラらしくない情けない声を上げながら、彼女は額を押さえて俺を見る。
「お前のせいじゃないさ。本当にお前のせいだったら、俺が嫌ってるのはお前のはずだろ? でも俺、ラウラは嫌いじゃない。仲間として大切なのは今も変わらない。だからいつもみたいにシャキッとしてくれよ」
「……うん。そうか。一夏は私が嫌いじゃないんだな」
ラウラが顔を明るくする。これだけ素直な彼女を嫌いになれるような人間は、彼女の本質を知らない奴だけだろうな。
さて、場の雰囲気が良くなったところで話を切り出すとしよう。
「それでさ、ラウラ。お前に頼みがあるんだ」
「頼み、だと? もちろん引き受けよう。内容は?」
引き受けるという返答と、内容確認の順序が逆な気がするぞ。いつか、悪い人間に騙されないか心配になるな。
とりあえず、引き受けてくれるようなので、遠慮なく言ってしまおう。
「俺に、銃の撃ち方を教えてくれ」
……時が止まった気がした。おかしいな。ちゃんと頼みやすい雰囲気が作れたと思ったのに。
言うことはこれだけなので、ラウラの反応待ちだったのだが、彼女は信じられないものを見るような目で俺を見るだけ。
むしろ動きがあったのは部屋の奥だった。
「一夏。それはどういうつもりで言ったの?」
シャルだ。温厚な彼女らしくない、冷たい問いかけの声だった。
なんとなくわかった気がした。昼のセシリアも、今のシャルとラウラも、俺を戦いから遠ざけようとしている。理由は……俺が塞ぎ込んだからでしかないよな。
俺だって、以前ほど「俺が戦う」なんて言えなくなってしまっている。前よりも戦うことが怖くなった。でも、“俺の代わりに”彼女たちが戦っているのは間違ってる。
俺の中で唯一変わらない思いがある。それが、
「俺は、護られるだけなのは嫌なんだよ」
力の無かった頃から抱いてきた願いだ。俺の返答に対し、シャルは柔和な笑みを浮かべて「そうだったね」と優しく答えてくれた。
「一夏。ボクからはもう何も言わない。でも、ボクにだって意地がある。例え力尽くになってでも押し通したい意地がね」
シャルが真っ直ぐに俺を見つめる。その目には、『わからない』と言っていた頃の面影は微塵もなかった。言いたいことを言い終えたのか、シャルはラウラの背中を押して、部屋の外に追いやる。
「じゃ、後は外で話してきてね。ボクはもう寝るよ。おやすみなさい」
扉が閉じられて、廊下に俺とラウラだけが取り残された。とりあえず、立ち尽くしているラウラの手を引いて場所を移すことにする。
「一夏。お前が言いたいことはわかったつもりだ。しかし、なぜ銃なんだ? 白式は格闘戦型なのだから、箒と剣の打ち合いでもしていた方がいいのではないのか?」
歩いている途中で、ラウラが訊いてくる。俺は振り返って答えることにする。
「俺は今まで、ISを通してでしか戦ったことがない。絶対防御の存在に甘えてきてたんだ。自分の安全にしても、敵の命に関しても……」
「つまり貴様は殺すことに慣れたいとでも言いたいのか?」
右目だけでラウラが睨んでくる。俺は即座に「そうじゃない」と否定した。
「武器を扱っているということに慣れておきたいんだ。正確には“人を殺せるモノ”を扱っているという認識をはっきりとしておきたいってことかな。もう、自分を見失いたくないから……」
もう、我を忘れて、敵を殺すだけのことはしたくなかった。きっとメルヴィンはそんな俺を「甘い」とあざ笑うだろう。でも、俺は奴じゃない。それに奴自身とは殺し合いになってでも戦う理由が俺にはある。
そう考えていると、ラウラが急に俺の両頬を挟むようにパチンと叩いた。
「いてっ! 何だよ、ラウラ?」
「引き受けると言った手前、今更断ることなどしないつもりだ。今のは、八つ当たりと気付けだ。許せ」
ラウラが俺の顔のホールドを解除し、俺から少し距離をとる。というより、そのまま部屋に戻ろうとしているようだった。
「貴様の精神修行は、明日の夜からだな。場所は轡木にでも用意させる。言っておくが、私の指導には容赦という言葉は存在しないぞ?」
「望むところだ」
互いに不敵に笑い合い、その場を逆方向に分かれていく。
今の俺の状態が改善されるのかはわからないけど、何もしないことだけはできなかったから、これでいい。
ラウラと別れた後、一人で歩いていると、見知った顔が待ち受けていた。
――なぜお前がここにいる? 弾よ。
「話は聞かせてもらったぜ、一夏」
「立ち聞きとは感心しないな。ついでに言うと、表向きお前は部外者だから寮内にいるのはマズいと思うぞ」
「些細なことは置いとけ。で、ボーデヴィッヒに銃を教わるって話だったな」
弾にとっては些細なことらしい。
うーむ……邪なことは考えてないとは思うが、誰かに姿を見られたらってことを考えろよ。
「一夏。俺も一緒に付き合わせてくれ」
「は? 何で弾がそんなことする必要があるんだ?」
唐突すぎる弾の提案に俺は混乱するばかりだ。だが、理由はいかにも弾らしいモノで――
「ダチが苦しい思いをしてんだ。同じ戦場に立てなくても、少しは俺にも背負わせろよ」
「そうか。ありがとな」
俺は素直に受け入れることにした。