IS - the end destination - 作:ジベた
「さて、準備はOKだよな?」
「そうだな。損傷した装甲の修復は終わったし、エネルギー残量も回復してる」
弾と試合前の最後の確認をする。尤も、ここまでの試合で受けたダメージはシャル戦での手榴弾1発だけだから、元々ほぼ全快と言っていい。
「会長さんの武器は水だ。水と言ってもただの水じゃなく、その正体はナノマシンの集合体。それらには全て本体とは独立したPICが働いている」
「セシリアのBTビットみたいに操作できるってことだな」
「問題はオルコットのBTビットと違い、使い捨てて来ることだ。あのナノマシンはIS本体から送られるエネルギーを熱に変換することで爆発を引き起こしている」
「要するに、BTビットじゃなくて小さいBTミサイルの集まりってわけだな。でもそんな数のものをどうやって操作してるんだ?」
「ここからは憶測になるが、あのナノマシンは独立したPICで“浮かせているだけ”だ。実際の操作は衝撃砲やAICのようなイメージインターフェースを利用した空間圧制御だろう」
つまり、その憶測通りだとすると、
「零落白夜にめちゃくちゃ弱いってことか?」
「言っておくが過信はするなよ。デュノアとの試合でもわかった通り、爆発自体は零落白夜では防げないからな。零落白夜で無効化できるのは空間圧制御だけと思え。ナノマシン自体は零落白夜の影響を受けない」
「わかったよ。じゃ、行ってくる」
圧倒的に有利というわけじゃないが、やってやるさ。皆の気持ちを知りながらも、自分で突き進んできたんだから、ここで勝たなきゃ俺は胸を張れない。
決勝戦。対戦相手である生徒会長は既にアリーナで待ちかまえていた。
「初めまして、だね。織斑一夏くん」
「あなたが……今の生徒会長なんですね」
人目でわかる。目の前にいる人は、タダモノではない。同じ高校生とは思えない、貫禄とも呼べるような落ち着きがあった。同時に、メルヴィンや山田先生に近い雰囲気も感じている。
「キミってさ。罪な男だよね」
イタズラっぽい笑みを浮かべていてもなお、戦士としての彼女は崩れていないことが俺にはわかる。だから俺は至って真面目に答える。
「認めますよ。俺は色々なことから逃げていたんです。それで護りたい人たちを戦わせて、危険な目に遭わせてしまっていた」
「うーん……そういうことじゃないんだけどなぁ」
俺の回答に納得のいかなかった会長は、先ほどまでの落ち着きをどこかに忘れてきたかのようにもどかしさを露わにしている。それもすぐにまた嫌らしい笑みに早変わりした。
「で、結局キミは誰が本命なの?」
やっと会長の言いたいことがわかった。正直、勘弁して欲しい。今は恋愛どうこう言ってる場合じゃないのに。
――でも、一理はあるのか。俺はそのことに関しては“今も逃げている”。亡国機業と戦わないといけないことを理由に、ただ先延ばしにしているんだ。
戦うことを選んだ俺の答えを聞き、俺の肩の上で泣いていた鈴。
3週間前、亡国機業のスパイとの戦闘後に俺にすがりついてきたセシリア。
2人とも、俺にとって大切な人だ。でも、どちらかの告白を受け入れてしまえば、俺は戦えなくなる気がする。俺は大切な人を戦場に立たせられない。護りきれる自信が微塵もないから……
「俺にはまだ、2人に返事ができません」
こんな情けない答えしか返せない。すると、会長は首を傾げていた。
「なんで2人? 5人の間違いじゃないかなぁ。本当にキミは罪な男だよね」
会長の言うことは間違ってない。ただ、俺が認めようとしていなかっただけだ。鈴とセシリアのように、はっきりと言われてないことをいいことに、気づかないフリをしてきた。
わかってる。箒が7年間も音沙汰もなく一人で戦っていた理由、ラウラの不可解な行動の理由、シャルが頑なに俺に戦って欲しくない理由……形は違えど、5人が俺に好意を持ってくれていることくらいわかってるんだ。
でも俺は応えられない弱い男だ。それが罪だというのなら、いつか俺は罰を受けるのだろうか。
「そうですね。俺が罪な男だってことは全面的に認めます。ですが――」
会長の言うことを肯定する。でも、話には続きがある。
「その罰を下すのはあなたじゃない。この試合、俺が勝たせてもらいます」
雪片を呼び出し、会長に切っ先を向ける。会長は鞭のようにしなる剣を呼び出し、周囲に水のヴェールを張った。その顔にはもう、笑みは無い。
「それでこそ、男の子ね。……生徒会長、そしてロシア国家代表である更識楯無が、この“ミステリアス・レイディ”でキミを全力で潰してあげる」
決勝戦――開始。
俺と会長はほぼ同時に浮遊し、同じ方向へとイグニッションブーストを使う。当然、俺が近づき、会長が離れようとする方向だ。速度は圧倒的に白式の方が上である。だが、真っ正直に向かっては勝てないだろう。俺は急角度で右に方向転換し、アリーナの中央側に陣取るようにじっくりと接近を試みる。案の定、直線ルートには薄く張られたナノマシンの壁が罠として設置されていた。
「あら、バレちゃってるわね。残念」
ちっとも残念そうじゃない。実はこの状況は俺としても好ましくないからだ。分厚い水の障壁が俺に対して役に立たないことを把握しているであろう会長は、防御としての設置を諦めている。それ故の薄い壁なのだ。要するに、これは空中の機雷とも言えるもの。薄い壁のメリットはもう一つあり、数を用意できるということ。一つ一つの威力は微々たるものだろうが、俺が接近するまでに何発当たってしまうのだろうか。とりあえず、このまま逃げられていたら、アリーナの空域のほとんどが会長の罠で埋められてしまう。
そして、会長はただ逃げるだけではない。鞭の剣を一振りすることで、水の散弾が俺に向かってくる。おそらくは雪片で斬り払えない。仕方なくイグニッションブーストで上方へ回避を試みる。飛ばされた水の弾幕は俺のすぐ近くで一斉に爆発を引き起こした。
厄介だ。直接的なダメージを受けなくても、無茶な機動を強制され続ければ結果的にはダメージとなる。どう見ても会長は持久戦をする気だ。もし装備が逆なら俺もそうするだろうけどさ。やはり俺が勝つには短期決着を狙うしかない。
雪片をエネルギーブレードに変形させる。元々は金属系装甲を打ち破るためだけに装備された、エネルギー効率の最悪な武器。エネルギーブレードはエネルギーバリアの軽減の影響を受けやすく、刀などの近接武器の方が燃費的にも、対IS用装備としても優秀なのだ。
白式ではエネルギー効率の点は何も解決できていないが、相手エネルギーバリアの軽減の影響を無視する零落白夜があるため、必殺武器として機能する。しかし、零落白夜自体にもデメリットがあり、発動中は常に自機のシールドエネルギーを削り続ける。
だから白式は継戦能力が無い。常に一撃必殺を求められている。
俺はエネルギーの刃と、零落白夜を発動し、会長に向かうことにした。見えている分の水壁は斬り裂いて、文字通りの一直線だ。壁は俺の前進を阻む気がないかのように霧散して道を開けていた。懸念していた爆発も発生しない。
何かが妙だ。シャルの即席ERAのように、爆風を利用して俺の接近と攻撃を阻害するのが目的だと思っていた。それなのに、なぜ爆発させない?
会長はただ後ろに下がるだけ。その顔に焦りは無く、ずっと同じような笑みが続いている。怪しさしか感じないが、俺が勝つには近づいて斬るしかない。追いついた俺は、会長が抵抗するよりも早く、胴を水平に斬り抜いた。
いや、俺が早かったんじゃない。会長は無抵抗だった。そして、雪片は絶対防御で防がれなかった。つまり、これは――
「チェックメイトね。――ミストルテインの槍」
水でできた分身と、内部に仕込まれていた黒に近い色に染まったランス……罠だった。俺の背後で何かがひび割れる音がする。この場にいれば危険であることは明白だった。
◆◇◆―――◆◇◆
アリーナ全体を揺らすような大爆発によってピット内のディスプレイがホワイトアウトする。
「くそっ! 俺の言ったことが裏目にでた」
弾が叫ぶ。弾は事前に楯無の戦術について予測していた。徹底的に遠距離から爆発主体でじわじわとシールドエネルギーを削ってくる戦術だ。白式とまともに接近戦で斬り合って勝てるのは山田真耶くらいだろう。だから、それしかこないと信じ切っていた。
ISは全方位に視界を持っている。その視界は操縦者ごとで見え方が違うのだが、一夏にはほぼ死角が存在していない。しかし、遮蔽物の向こう側が見えることは決してない。楯無は密度の薄い見えづらい壁と密度の濃い壁を複数ばらまくことで、一夏の視界を少しずつ奪っていた。一夏は爆発にばかり気を取られ、その事実に気づくことができなかったと思われる。
楯無が密度の薄い、威力の期待できない壁ばかり作っていたのも理由があった。それが、分身の中に仕込まれていた“ミストルテインの槍”。大部分のナノマシンをランス内部に回していたために、直接運用できる量に限りがあったわけだ。
楯無は初めから持久戦などする気がなかったわけだ。「俺のせいだ」と弾は自らを責める。すると、唐突に背中が軽くどつかれた。
「負けが決まるまでそんな辛気くさい顔してんじゃないわよ」
鈴だった。そして、いつのまにかピット内には彼女の他にも居て……
「弾。お前が気にしてるほど一夏はバカではない。むしろ戦闘に関してはお前の方が素人だ」
「五反田さんも知ってらっしゃるはずです。一夏さんには何が見えていて、白式ならば何ができるのかを」
「そうだな。私たちならば厳しいが、一夏ならばこの状況を何とかするだろう」
「困難に立ち向かうって決めた一夏を、ボクは信じてる」
箒、セシリア、ラウラ、シャルロット。一夏のために轡木に抗おうとしていた5人がこの場に集っていた。今は、全員が一夏の勝利を信じている。
(昨日までは、俺が一番の理解者である自負があったんだがなぁ。また一夏のバカ成分を分けてもらう必要があるかもな)
一夏を想う5人の少女を見ていて、本当に何とかなると思わされていた。
そしてディスプレイが正常に戻ると、そこには――
一夏の姿が無かった。
◆◇◆―――◆◇◆
ずっと嫌な予感はしていた。どう考えても罠しか見えない。その状況でも自分から飛び込まなければ、いずれにせよ負ける。だから勢い任せに飛び込んでいた。
――そう、接近の速度を維持したまま斬り“抜けた”んだ。
すれ違いざまに会長の切り札である罠の正体を確認できた。あれは鈴にとどめを刺した“ミストルテインの槍”。弾の事前説明では白式の装甲でもナノマシンの内部への侵入を防ぐことは難しいという、会長の最高火力を誇る必殺技だ。全方位に対し、放射状に拡散する水の爆弾矢の速度は弾の試算ではマッハ5を越えるらしい。正直、数字で言われてもわからないが、音よりは速いということだけはわかった。
逃げ場はなく、盾もない絶体絶命の状況だ。だが俺がこの場を切り抜けるには効果範囲から出る以外の手段がない。
今の俺の速度は数値にできないが、まあ、普段と同じ、イグニッションブーストを使った速度だから、明らかに逃れられない。だから、一度もやったことがない技を使うしかない!
白式のウィングスラスタはイグニッションブースト専用である。ISコアからエネルギーを常に供給しているのだが、片方の翼で3回分は確保している。普段は1回使用してから間が空くため、ほぼ満タンな状態で戦えている。使い切ったことなどないのだ。それもそのはずで、イグニッションブーストはラピッドスイッチのように操縦者のイメージも必要となる技術。基本的に速度ゼロからの加速にしか使われない理由はそこにあり、高速移動中の状況認識で脳に負荷がかかるのだ。要するに集中できない。連続使用できる者は世界に片手で数えるほどしかいない。
――集中しろ。雑念は全てこの場に置いていけ。銃で的を射抜く時のように。居合いで巻き藁を断つ時のように。精神を研ぎ澄ませ。
背後で紫色のランスが炸裂する。一斉に内部の水が暴力の権化と化して吹き出した。
まずは2段目のイグニッションブーストで真上へと急上昇する。迫ってくる水の刃の群の距離が徐々に狭まる。
3段目のイグニッションブースト。すでにハイパーセンサーが伝えてくる音の情報が見えているものと違っている。まだ水は引き離せない。
そろそろきつくなってきた。だが、これくらいできないと俺は、敵と戦うわけにはいかない。
4段目のイグニッションブースト。ISに乗っている状態で息切れしてくるのは初めての経験だ。背後の水は、同じ距離を保っている。
だが、まだ終わりじゃない。アリーナ全体はISのシールドバリアと同質のシールドで覆われている。逃げ道を塞いでいるこの壁を壊さなければ意味がない。零落白夜の前では紙も同然なんだけどな。
俺はアリーナのシールドを突き破り、空へと飛び出した。攻撃の際の失速を補うために5段目のイグニッションブーストを使用する。その方向はさっきまでと同じでなく、俺が開けた穴から離れるように移動した。後は、アリーナのシールドが全て防いでくれる。反則スレスレの対策だったが、アリーナのシールドを壊してはならないという明確なルールは無いし、場外という概念も無いからOKのはず。真上に穴を開けたから観客への被害も無い。
この間、1秒あっただろうか。俺にはわからない。少なくとも、会長の切り札をやり過ごしたことには変わらない。アリーナのシールドに水が打ちつけられる音が聞こえた後、シールドの内部が爆炎に包まれる様子が外から見えた。
直ちにアリーナの内部へと戻り、上空から会長の姿を発見した。その顔が驚愕に彩られているのを見て、ようやく俺は彼女が本物だと確信する。会長には武器である水が、俺には機動で無茶をした結果、シールドエネルギーが少ない。この戦闘は、この最後の接近戦で終わる。
会長が剣を鞭のようにしならせた後、複数の水の槍と共に俺を攻撃してきた。だが、ミストルテインの槍と比べれば、隙間だらけである。水の槍を零落白夜付きの雪片で掻き消すと、攻撃をして隙だらけの会長の側にまで到達した。
一閃。
あらゆる防御を突破し、絶対防御発動の手応えを感じていた。
『更識楯無、シールドエネルギー0。勝者、織斑一夏』
俺の勝利を告げるアナウンスが聞こえてきた。会場中が大騒ぎになっている。同時に会長はその場でどさっと仰向けに倒れる。
「あーあ。負けちゃった。勝つ気満々だったのになぁ」
会長は横たわったまま、顔を右腕で覆っていた。国家代表が代表候補生ですらない俺に負けたという事実は、きっと俺が考えているよりも彼女を苦しめるだろう。それでも俺は止まるつもりはない。
「俺の勝ちです、会長」
「楯無って呼んでくれる? もう、私はここの生徒会長じゃないからね」
そうだった。今、この時を以て、俺はIS学園の生徒会長となったんだ。「わかりました、楯無さん」と返すと彼女はスッと立ち上がる。
「ある意味、これで良かったのかもしれないね。私はロシアに戻って出直すことにする。キミに負けているようじゃ、ブリュンヒルデどころかヴァルキリーにも届かないわ」
楯無さんが言うことは尤もだ。俺たちは世界最強と呼ばれているあの人たちにはほど遠い。
立ち去ろうとする楯無さんの後ろ姿に声をかけることにした。
「今の俺がどこまでいけるのか、客席で見ててください」
「え? それってどういう――」
楯無さんが言い切る前に俺は行動に移していた。客席の一部へと俺は飛んでいき、そこに居る人物に雪片の切っ先を向けて告げる。
「俺は、あなたとも戦いたい」
その先に居るのは……この場に居る予定の無かった人物。赤みがかった茶色のロングヘアの女性。肌の白さとドレスのような服装が人形を思わせる世界最強の称号を持つIS操縦者、テレーゼ・アンブロジアだ。
俺の勝利に沸いていた会場が急に静まりかえる。それだけ俺のやろうとしていることは無謀なことだというのが周囲の人間全員の共通認識だった。ここで、弾から通信が入る。
『一夏、何言ってるんだ!? そんな余力がお前に残ってるはずないだろ!』
そんなことはわかっている。例え万全の状態でも勝てる保証は全く無い相手だ。でも、俺はこのチャンスを逃すつもりはない。世界の頂点の力を知る機会なんて滅多に無いのだから。
弾の通信を無視し、相手の反応を待つ。ブリュンヒルデは無表情でしばらく俺を見つめていたかと思うと、回答を切り出した。
「受けて立つわ。連戦で疲れてるだろうけど、ハンデは要る?」
「結構です。全力で来てください」
「それはあなた次第かな」
こうして俺はブリュンヒルデと戦うことになった。
***
「さて、一夏くん。これはどういうことなのか説明してもらおうか?」
ピットに戻ると弾がかなりご機嫌斜めで待ちかまえていた。俺をくん付けで呼ぶ時点で怒り心頭なのだろう。どういうわけか、いつものメンバーも全員揃っている。その全員が俺を呆れ顔で見つめていた。
「いや、せっかくIS学園にブリュンヒルデが来てるんだし、一度手合わせしたかったっていうか……」
「さっきまでのお前はどこ行ったんだよ!? 攻撃すること自体が怖いはずじゃなかったのかよ!」
「怖いさ。でも、安全が保障されている間に経験できることは経験しておきたい。前に一度、それで命を拾ったこともある」
俺にとって、このブリュンヒルデとの戦闘は2つ意味がある。
一つは、俺よりも強い人間が居ることを体に覚えさせるため。
もう一つは、敵にブリュンヒルデに匹敵する実力者が現れたときに冷静に対処するため。
勝敗は関係ない。ただ、知っておきたいだけだ。千冬姉との真剣の稽古のように、後になって俺を救うことになるかもしれない。
「一夏は言い出したら止まらないからね。諦めて応援しようよ」
呆れた顔はそのままにシャルがフォローを入れてくれる。全員、何かしら言いたそうだったが、呑み込んでくれた。
「仕方がない。私が知ってる限りのことは教えておいてやろう」
ラウラが相手の解説を始めてくれる。さて、俺はどこまで食らいつけるだろうか……
◆◇◆―――◆◇◆
一方、反対側のピットにはテレーゼと真耶が居た。
「どうして引き受けたりしたんですか、テレーゼ!」
真耶がテレーゼに詰め寄る。普通に考えれば、ブリュンヒルデがIS学園の生徒と正式な試合をすることはまず無い。発展途上の操縦者の心を折るだけになるのが関の山だ。ただし、真耶が声を荒らげている理由は、そうした一般的なことと関係なく、さらにテレーゼには何の関係もないことである。
「あれだけ真っ直ぐ向かって来られたら、応じるしか無いわ。なんだかんだ言っても、私は戦うことが生き甲斐の戦士なの。あの決勝戦を見せられて、黙ってられるなんてことは無いの」
確かに一夏が決勝戦で見せた動きは、モンド・グロッソでも滅多にみられるものじゃない。第2回モンド・グロッソの決勝戦を知る者ならば、テレーゼと真耶の戦いを連想しただろう。
だが、今の一夏は“こちら側”への入り口に立っているに過ぎない。結果は見えている。そして、その結果によって、轡木の狙いが崩れる可能性があった。
「どうしても、戦うんですね?」
「まーやは心配性だね。大丈夫。男の子は1回や2回くらい打ちのめされてもすぐに立ち上がれるよ」
「ねっ?」とウィンクをするテレーゼ。きっと彼女は好意で引き受けてくれたのだろうが、真耶たちにとっては迷惑でしかなかった。
「……そうかもしれませんね」
何も知らない友人にこちらの都合を考えろなどと言うのは無茶である。しかし、ドイツ代表である彼女にこの大会の目的を教えるわけにはいかない。自分ではこの流れは止められない。
果たして、この戦いの後で、篠ノ之束は動いてくれるのだろうか。
一夏が優勝することも思い描けなかった真耶には先のことがわかるはずもなかった。
◆◇◆―――◆◇◆
俺の要望で臨時に決まったエキシビジョンマッチ。今、アリーナには俺とブリュンヒルデの2人だけがいる。赤い機体だ。会長のように装甲らしい装甲を付けていないシンプルなデザイン。非固定浮遊部位もなく、ダイバーが着るようなウェットスーツと言った方がいいようなISだった。
ISネーム“アウレオーレ”。広域殲滅を得意とする。射撃のヴァルキリーであり、ブリュンヒルデであるテレーゼ・アンブロジアの機体はISの世代という概念の外にあると言っていい。
「それってISなんですか?」
「まず一つ、先達からアドバイス。敵を見た目で判断するのは良くないわ。あなたの機体に零落白夜があるようにね」
言われなくてもわかっている。しかし、ラウラから聞いている情報では、福音のオリジナルという説明だった。だからもっとゴテゴテした装甲とか、何よりも巨大な翼があるものだと思っていた。
雪片を呼びだしておく。相手に金属装甲が見られないのならば、エネルギーブレードを使わなくていいため、燃費の分は多少安心できる。
会話もそこそこに試合が始まった。
先手必勝。俺はイグニッションブーストで接近をしようと――
「ちぃっ!」
したところを赤い鳥のような物体が俺に向かってきたため雪片で切り捨てた。零落白夜で無効化できたところを考えると、ISのエネルギーによる兵器であることはわかる。
既にブリュンヒルデの周囲には、先ほど突撃してきた赤い鳥が群を成していた。ここでやっと福音のオリジナルと言った意味がわかった。この赤い鳥は福音の銀の鐘と同じものということだろう。
だが福音の弾幕を回避できた白式のスペックを舐めてもらっては困る。その攻撃の隙をついて、接近戦に持ち込むまでだ。
「どうやらここまでの勝利も偶然じゃないみたいけど、頑張って防いでね」
ブリュンヒルデの宣告の後で鳥たちが一斉に飛び立つ。それも、各々が別々の方向へと……
少し意表を突かれたが、それだけ正面が薄くなったことになる。俺は前へ進み、進行の邪魔となる鳥を切り捨てた。これで道が開く。そう思った俺の周囲に、散っていた全ての鳥が向かってきていた。
――誘導だって!? 聞いてないぞ!
しかし、誘導されてきたということは、いずれは一点に集まるわけだ。俺は後退しつつ引きつけると、鳥の群は全て俺の正面に揃う。すかさず急速反転して、雪片で斬りかかろうとした。だが、俺の目の前で鳥の群は文字通り一点に集まることで、俺はその攻撃を取りやめる。このエネルギーの収束は以前にも見たことがあったからだ。咄嗟に雪片を縦に構える。続いて雪片に何かが当たる感触が伝わってきた。
福音が見せていたレーザービームと同じものだ。ただ違う点としては、福音が自機の側で制御していたことを、ブリュンヒルデは遠隔操作でやっている。
――遠隔操作?
ここで己の失策に気づいた。俺は今、ブリュンヒルデが何をしているのかを把握していない。慌てて周囲を確認すると、敵は俺より上空に居ることを確認した。その外見には変化が見られ、ブリュンヒルデの背中から巨大な炎の翼が生えている。羽ばたく度に羽根がひらひらと落ちてきており、その数は尋常ではない。
上空からの面制圧。ミストルテインの槍の時と同じ回避は不可能。左右に逃げても状況は変わらない。俺には上へと立ち向かうしか選択肢がない!
「うおおおお!」
吠えながらひらひらと舞う羽根を斬りにかかる。ミストルテインの槍との違いは速度にある。だから全て斬り払っていけば、問題なく接近できるはず。
だが、その考えは甘いと言わんばかりに、側にある羽根が一斉に爆発を引き起こした。銀の鐘と違い、着弾せずとも任意で爆発できるということなのだろう。
「くっ。まだまだぁ!」
爆風でたたき落とされたが俺は尚も上へと向かう。だが、時間が経つほど、炎の羽根はその量を増していた。俺が切り込むと再び爆発によって俺は地面まで落とされる。
――考えろ。このまま闇雲に突っ込むだけでは絶対に勝てない。
だが何も思いつかない。避ける隙間のない弾幕ではイグニッションブーストも役に立たない。ラピッドスイッチを使って翻弄するのは接近できてからの話だ。雪片一振りでどうすればいいって言うんだ?
結論。無茶でもこの羽根の群を突破するしかない。
「はああああ!」
叫ぶことで自分を鼓舞し、羽根の中に飛び込む。今度は雪片で斬るような真似はしない。俺に接触する羽根が爆発をする。そのとき、俺の体が、その羽根よりも上にあればいい!
爆発を受けながらも、イグニッションブーストで無理矢理体を上に運ぶ。白式がシールドエネルギーの残量の警告をしてきているが、仕方がない。今の俺には、こんなことしか思いつかないから。
俺は爆炎の道を駆け上がる。その先に待ち受けているのはブリュンヒルデ。世界の頂点。そこで俺は一つの絶望を目の当たりにする。
――収束した光が3つ!?
福音の最高火力と同じかそれ以上の攻撃を3つ同時に出せるらしい。チャージ時間が必要なようだが、あの攻撃の厄介なところは弾速にある。光と同じ速度というわけではないが、ミストルテインの槍が遅いと思えるスピードで放たれるのだ。弾は俺を化け物扱いしてたが、さすがにこれは放たれたのを見てからでは避けられない。
――せめて一太刀!
このまま負けるのはある意味で仕方がない。だが、一度も攻撃を当てられないまま終わることに納得してはいけない。雪片をエネルギーブレードのモードにし、俺はそれをブリュンヒルデに向けて投擲した。多段イグニッションブーストの加速も乗った俺の一撃。それは――
無情にも、ブリュンヒルデの目の前で静止した。
「AIC……?」
俺の手を離れた雪片には零落白夜の効果はない。だから一撃必殺の威力が無いことは把握していた。しかし、何もダメージを与えられなかったのはショックだった。
いや、予想すべきことだったのかもしれない。ラウラの機体に積んであるAICを、同じドイツの国家代表が装備していない理由が無かった。
雪片も手元にない俺を、3筋の閃光が焼く。ウィングスラスタは2機とも貫かれ、地面へと落ちていく。俺は落下している間、ブリュンヒルデに向けて手を伸ばしていた。炎のような赤い翼を広げ、上空に鎮座するその姿はまるで太陽。まだ俺の
◆◇◆―――◆◇◆
真耶は一人、エレベータを降りている。先ほどまではテレーゼと一緒にいたのだが、彼女は「仕事があるから」と言って学園を去っていった。
自然とため息が漏れる。轡木から連絡が来ていないが、今日の結果で良かったのか真耶には判断できなかった。確かに織斑一夏は国家代表を倒した。しかし、その直後にテレーゼに手も足もでないことを証明してしまっている。IS戦闘の素人でも、一夏がヴァルキリーに勝つにはほど遠いとわかってしまう戦闘だった。それで篠ノ之束が立ち上がるきっかけになるとは到底思えなかった。
「失礼します」
「やっと来てくれたね、真耶くん」
真耶が司令室に入る。轡木はいつもの場所に立って真耶を待っていた。その顔には笑みが浮かんでいるが、真耶には疲れているようにも映った。
「これで良かったのでしょうか?」
「なかなか思い通りにはならないものだ。これではきっと束くんは動かない。それでも今は良しとしよう。一夏くんが自分なりに立ち直ってくれたことの方が嬉しいことだからね」
やはり轡木も本来の目的を達成できないと考えているようだった。
ここで真耶は自分の疑問をぶつけてみることにした。
「轡木さんは織斑くんが優勝することを信じていたんですね。でも、どうして信じられたんですか? 彼はまだ15歳の子供なんですよ?」
「それならば楯無くんも一つくらいしか違わないじゃないか。それに、束くんらがISを開発したのも同じくらいの歳のときだよ」
そう。だから篠ノ之束は天才と言われている。織斑一夏も天才であると言えば、そうなのだろう。年齢は関係ないと言われてみると、確かにそうだった。だが納得はしない。自分は“教師”で彼は“生徒”なのだ。
「やっぱりわかりません! いくら私たちが無力だからとはいえ、子供たちを戦わせてるんです。それは非道なものです。私はそれでも、より大きな非道を討つために仕方のないことだと思ってきました。なのに、どうして笑っていられるんですか! 今日は失敗に終わったんですよ!? 挙げ句の果てに織斑くんが立ち直って良かった? ふざけないでください! あなたにとって、織斑くんは亡国機業を倒すための道具なんですか? 一人の人間なんですか? はっきりとしてください!」
真耶がいつにない剣幕で轡木に迫る。今まで抑えてきていた感情が一気に吹き出してしまっていた。
「中途半端に戦場に送るくらいだったら、最初から戦わせるべきではなかったんです……」
頬を伝う滴に気づき、メガネを外して袖で拭く。その間に轡木が傍までやってきて、真耶の肩をポンと叩く。
「私が彼をどう思ってるかなど、最初からはっきりとしている。彼のことは決して道具ではなく、そして、ただの一人の人間とも思っていない」
轡木の返答は真耶の提示した選択肢を両方とも否定した。
「亡国機業を潰すまで、私が生きていられる保証はどこにもなくてね。一夏くんと弾くんの2人には、私の亡き後のIS学園を引き継いで欲しいと思っているのだ」
つまり、篠ノ之束を表に引き出すというのはついでだった。轡木にとっては、一夏自身が成長さえすれば、それが一番目的に沿っているのだということになる。いざというときの保険。後継者。それが轡木の目的だった。
「どうして、彼らなんですか?」
「明確に亡国機業と戦う意志が必要なのだ。その点において、一夏くんを上回る人材はいない。彼が居る限り、我々の意志が消えることはない。重いものを背負わせることになってしまうから、できれば我々の手で終わらせたいとも思っているがね」
パチン、と高い音が室内に響く。真耶が轡木の頬を1発叩いていた。
「できれば、などとバカなことを言わないでください。あなたがやり遂げるべきことです。私がこの学園ごと、あなたを守ります。ですから、あなたは最後まで自分の責務を果たしてください」
しばらく頬を押さえていた轡木だったが、ハッハッハと笑い出す。
「まさかこの歳になって、女性に叩かれるとは思っていなかったよ。……その通りだな、真耶くん。私が終わらせる必要があるのだったな。早速、次の手段を講じてみよう」
やっといつもの調子に戻った轡木を見て、真耶はやれやれと肩をすくめて部屋を出ていった。