IS - the end destination - 作:ジベた
俺は寮を出る。辺りはすっかり暗くなっているが、俺には向かう場所があった。
『8時から食堂でアンタの祝勝会を開いてあげるから、その時間ちょうどに来なさい』
鈴からのメールだ。最後にブリュンヒルデに惨敗したし、別に祝勝会など開くほどのことでもないのだが、彼女らの好意を無駄にはしたくなかった。
今から行けばゆっくり歩いても5分前には着ける。だから俺はのんびりと歩いていた。
すると、左肩がトントンと叩かれる。
「はい? ぐっ――」
振り向いた俺の左頬に、あらかじめ置かれていた扇子が食い込んだ。
……地味に痛ぇ。
「引っかかったなぁ♪」
イタズラ好きがそこにいた。今日会ったばかりだというのに、既に苦手意識が構築されつつある。
「なんでしょう、楯無さん」
「そんな堅い話し方しなくていいよ。今はキミの方が偉いしさ」
「生憎ですが、俺は勝った方が偉いなんて考えは持ち合わせてません」
更識楯無元生徒会長。今日の大会の閉会式で正式に俺が生徒会長となることが決まったので、“元”だ。その彼女がこんな時間に俺を引き留める理由は何だろうか。
「私が戻ってきてから1ヶ月。その間、キミに何があったのかは知らないけど、少しは戦士の顔になってきたね」
戦士。戦うことを生業とする者のことだよな。きっと俺がメルヴィンや山田先生に感じていた雰囲気は、そういった類のものなのだろう。
護るために目指していた。俺もあの領域に踏み込めば護りたい者が護れると信じてやまなかった。でも、今の俺はそれを違うと思っている。
「やめてください。俺はただの臆病者です。自分の周りだけ良ければどうでもいいとも思ってる人でなしでもあります」
「それの何が悪いのかしら?」
楯無さんは真顔で俺の否定を肯定した。
「目に見えないところまでどうにかしようなんて人のやるべきことじゃないわよ。少なくとも一人の人間ができることじゃない。ただ私は芯を持って戦える人を戦士と呼んでいるだけ。全人類を救えるヒーローなんて実在しないわ。自分の知らないところはそこにいる人たちで解決するしかないの」
ヒーローなんて実在しない。それは俺が身を以て知っている。7年前、誰も千冬姉を連れてきてくれなかったから……だから自分がやるしかないって思ったんだ。
「芯、ですか。俺のそれは結構曖昧ですよ。ただ、皆と一緒に居たい。そう思ってるだけですから」
「十分すぎるわよ。おねーさんが保証してあげる。キミはその信念で戦っていけばいい。でも、その“皆”の中に自分が居ることは忘れちゃダメだぞ?」
「わかってます。でないと、皆に俺と同じ苦しみを味あわせることになってしまいますから。俺はそれも怖いです」
俺の返答を聞いた楯無さんが唐突に扇子を広げる。口元を隠した扇子には達筆な文字で“剛毅果断”と書かれていた。
「キミの中のその思い、絶対に忘れないで。そして、強い意志を持って、苦しいときも必ず自分で決めなさい。それが前生徒会長から現生徒会長へと送る言葉よ」
扇子を閉じた会長は優しく微笑んだ。きっと楯無さんは、これから俺が立ち向かう敵の強大さを知ってくれている。立場上、常に一緒に戦えない彼女は俺に心構えだけでも、と伝えに来てくれたのだ。それもこんな時間にということは……もうロシアに戻る予定なのだろう。
「ありがとうございます。後は任せてください! それと、あなたは今もIS学園の生徒です。いつでも戻ってきてください」
「ふふ、気が向いたらね」
楯無さんが踵を返す。本当に今日中にいなくなってしまうようだった。俺から離れていく楯無さん。しばらく黙って見送っていると、彼女は立ち止まって独り言を言っていた。
「キミが居ることを知っていたら、あの子を
悲しげに語る楯無さんの一言が気になった俺は即座に聞き返す。
「あの子って誰ですか?」
「私の妹よ。ただ、ちょっと難しい関係になっちゃってね……変なことで意見を衝突させたり、私が無理矢理あの子の進学先を決めたりしちゃったのよ」
おそらくは楯無さんはIS学園が危険になると事前に予測してたのだろう。それで妹さんをIS学園に入学させない措置をとった。そして、それだけでなく、他にも問題があったらしい。楯無さんが国家代表になっていることも確執の原因なのかもしれない。優秀すぎる姉を持つと、妹は悩むものらしいからな。でも、だからこそ大丈夫だと俺には思えた。
「大丈夫ですよ。楯無さんがそれだけ妹想いだったら、きっと妹さんもあなたのことを誇りに思っているはずです。俺が関わらなくても大丈夫なはずです。だから、妹さんと素直に向き合ってください」
きっとその妹さんは箒と同じように、お姉さんのことを不器用なりに好いていると思うから。お姉さんからも向き合えば自然と元に戻るはずなんだ。
俺の言うことが意外だったようで、楯無さんは目を丸くしていた。そして、アッハッハと大声で笑い始める。
「キミは本当に面白いね! ……もっと早く会いたかったわね」
「楯無さん?」
「じゃ、私は行くわ。次に会うときまでには、誰か本命を決めておきなさいよ」
余計な捨て台詞を残して楯無さんは走り去っていった。いや、確かに大切なことだけどさ。
「本命……ね」
いつかは決めなくてはならない。でも、平穏な時が訪れるまで待って欲しいというのは俺の心からの思いだ。結局、この弱さだけは克服できそうもないな。
***
マズイな。思ったよりも楯無さんとの話が長引いてしまった。というわけで、俺は全力ダッシュで移動中である。そのままの勢いで食堂の扉を開く。
「ゴメン! 遅くなった!」
扉を開けた途端に中の喧噪が聞こえてくる。立食形式のようだが、食堂内は既に人で溢れかえっていて、移動するのも困難だ。
……ってか、もう始めてやがる。俺が主賓じゃねえのかよ!
「はい、雑談も食事も一度止めて、全員ちゅーもーく!」
俺より後から入ってきた鈴が手をパンと叩くと、静かになる。どうやらやっと俺が現れたことに気づいたらしい。
「じゃ、改めて『一夏が生徒会長になった祝勝会』と『無謀にもブリュンヒルデに挑んで惨敗した一夏を慰める会』を開催するわよ!」
マイクなしで通る声量で鈴が宣言する。
ってか2つ目のは何だよ。べ、別に落ち込んでなんか無いんだからな!
「早速一夏からコメントを……と思ったけど、アンタが気の利いたこと言えるわけないから、アンタに寄せられたコメントをあたしが読み上げていくわね」
「お、おう」
確かに何もスピーチの内容を用意してなかったな。こんなことまで鈴にはお見通しだってわけだ。
「まず一人目っと」
鈴が箱の中に手を突っ込む。
……ちょっと待て。ラジオとかじゃないんだから、そんな抽選みたいなことしなくてもいいと思うんだが。って、おい! 中から出てきたのハガキじゃねえか! どっから送られてきたんだ!? いや、落ち着け。ただ単にハガキを使って集めただけだ。時間的に郵便屋さんが間に合うわけない。これは演出だ、演出。
「えーと、匿名希望さんからのコメントね。『女の園は楽しいですかね? 俺ら庶民はお前みたいに女性と対等な付き合いができないんだよ! 畜生っ!』。一夏に当たる前にやるべきことがあると鈴ちゃんは思うよ」
「どこからのコメントだよ! 別に今日の大会関係ないよね!? つーか、お前キャラ変わりすぎだろ! 何なんだよ、鈴ちゃんって」
「続けていくわよーっ!」
ああ……俺の言葉が聞き入れてもらえてない。
「次はカズマさんからね。『朴念仁のフリしてたお前も、そこで変われるって信じてる。もし身近にいる人の思いをわかってて無視してんなら、ためらいなくシェ●ブリットをぶち込んでやるから覚悟しとけ!』。……鈴ちゃんとしては、すぐに来てもらっても構わないわ」
「本当に申し訳ありません」
よもや公衆の面前で土下座させられることになるとはな。このカズマって、中学の時のクラスメイトのアイツか。今、何してんだろ。
「謎の眼帯少女さんから。『先日は大変世話になった。貴方には苦しい思いをさせてしまったと思う。ただ、これだけは言っておきたい。協力、感謝する。貴方のおかげで我々は生き延びた。その事実は忘れないで欲しい。今後も隊長のことをよろしく頼む』。多分、この人は少女という歳じゃないと思う。ラウラからも言っといてあげて」
あの副隊長さんか。俺が仲間を奪ったのに、俺を心配してくれてるんだな。この人たちの思いを知らずに、俺は塞ぎ込んでいた。それは間違いだったと今なら言える。
「轡木十蔵さんから。『一夏くん。今回の件で私も目が覚めた。私は必ずや私が生きているうちに目的を達成する。そのつもりでやっていく。君がどうするかは、君自身が選んでくれ。もし、私と共に戦ってくれるのならば、私は全力で君をサポートしよう』。あれ? これってここで読んじゃっていいの? ……あ、いいの。じゃ、鈴ちゃん気にしなーい」
轡木さんか。そういえば1ヶ月の間、会いに行ってないな。俺自身、前と目的が変わってるから、もう一度、ちゃんと話をしに行かないといけない。
今ので最後のつもりなのか、鈴の傍の箱を弾が回収していく。
「さーて、皆! クラッカーは持ったわね? じゃ、せーので行くわよ! せーのっ!」
『生徒会長就任おめでとう!!』
食堂中を無数のクラッカーの破裂音が木霊する。宙を舞う紙テープや紙吹雪が、俺にこのまま突き進めという皆の後押しが形になったものに見えた。
「皆、ありがとう。俺、頑張るよ。もう二度と、選ばないことはしない。せっかく“俺”がここに居るんだから、俺自身が選ばないといけない。やりたいことは決まってる。だから、俺はその目標に向かって突き進む。ついてこいとは言わない。けど、俺一人じゃすぐに力つきてしまうから、一緒に来てくれると嬉しいな」
やや抽象的過ぎる俺の発言だったが、拍手と共に受け入れられていた。
***
「ふぅ。やっぱり慣れないことしてると疲れるなぁ」
未だ祝勝会は食堂で続いているが、俺はこっそりと抜け出してきた。6月とはいっても、梅雨入り前のこの時期は、夜は比較的過ごしやすい。冷房が入っていても、人が密集している食堂より、夜風に当たっている方が心地よかった。
「ならば貴様は何に慣れたのだろうな」
ひんやりした壁に背を預けて休んでいると、俺を追ってきたのか、ラウラがいた。俺の独り言もばっちりと聞かれていたらしい。
「言いたくはないが、武器の扱いばかり慣れたよ。正確にはISの扱い、か。最初はわかってて踏み込んだつもりだったんだけどさ、最近になって現実の重さを思い知っているところだよ」
「確かにな。一夏はISに関しては私よりも使いこなしている。だが、貴様は軍人には向いていない」
ラウラが俺の右隣で壁にもたれかかる。
「無駄に優しい奴には向いていない。いざというときに自分の心を押し殺せなければ、やってられない職業だ。貴様にはそれができない」
「お前の言うとおりだよ、ラウラ。俺は中途半端に力を手に入れた、ただの子供だ」
「だがな。最近の私は、そんな一夏だからこそ変えられる何かがあるのではないかと思うようになった」
急にラウラに右腕を引っ張られ、俺はバランスを崩す。その俺の右頬に柔らかい感触の何かが触れた。どこか湿っぽい何かはすぐに俺から離れる。俺は右頬に触れながらラウラを呆然と見つめていた。
「現に私は一夏に変えられてしまった。憎くて仕方がなかった白騎士のことよりも、今はシュヴァルツェ・ハーゼの隊員たちの方が大切になった。いや、前から大切だったのには違いないが、一夏にはっきりと気づかされたのだと思っている」
ラウラの顔は恥ずかしそうに少し下を向いている。それで俺を見つめるものだから自然と上目使いになっていた。
……さっきのはキス、だよな。口同士ではなくとも、ラウラがそんな行動に出た理由はきっと一つだけだろう。
「一夏がテレーゼに挑んだ姿を見て思った。私も困難があっても挑もうとな。だから一夏に宣言しておく」
ラウラが真っ直ぐに俺を向いた。ここまで来たら、俺は受け止めなければならない。彼女の、想いを……
「私は一夏を愛している。初めはよくわからなかったが、傍にいてほしいと思ったことは間違いない。それが人を愛するということなら正しくそうだ。だから、私と共にいてくれないか?」
これで3人目。本当に楯無さんが言うように、俺は罪な男だ。そして、俺は未だに同じ答えしか言えない。そのまま受け入れることも、拒絶することもできず、ただ引き延ばすだけの愚かな答えをする。
「ありがとう、ラウラ。でも、俺はお前の好意に対する答えをすぐには出せない」
俺の突き放す言葉。だが、ラウラは普段の弱さを見せなかった。心折れることなく、俺を見つめ続けている。困惑する俺に対し、ラウラは得意げに語る。
「私も困難に挑むと言ったはずだ。どうせ貴様は他の女子にも同じように答えているのだろう?」
「やっぱり俺って、ひどい男だよな――ぐおっ!」
唐突にラウラに脳天をチョップされる。このじわじわと来る痛み……もしやブリュンヒルデ直伝か!?
「一夏が気にしすぎる必要はない。私も他の女子もわかっていて一夏に告白したのだからな。私から言えることはただ一つだ。最後に決めるとき、私たちの想いを汲むな」
「え? それってどういう――ぎゃっ!」
もう1発、例のチョップが加えられる。1発目との相乗効果で俺は頭を押さえてのたうち回る。
「一夏は一夏の想いだけで決めればいい。ただそれだけのことだ」
「……俺が決める、か」
楯無さんが言ったことにつながる話のような気がする。俺の意志を以て、俺自身が決めろと。
正直、理解し切れていないところもあるが、今はやりたいことが他にできた。まだラウラとはやっていなかったことがある。俺は制服の内ポケットをまさぐり、いつものデジカメを取り出した。
「じゃあさ、とりあえず俺と写真を撮ろうぜ?」
すると、ラウラは俺から少し距離を取った。もしかすると、これは箒と同じパターンか?
「すまない。カメラを向けられることが怖いんだ」
いや、ラウラの背景を考えるとそう単純な話でもないのかもしれない。ラウラを怖がらせてまですることじゃないなと思いつつ、俺はデジカメを懐にしまう。
「そっか。残念だけど、仕方ないよな」
「待ってくれ!」
そろそろ食堂に戻ろうかと足を向けると、ラウラに引き留められた。
「やっぱり、撮ってくれないか」
「いいのか? 何かわけありだと思ったんだが」
「一夏の記録の中に私が居ないことの方が怖くなった。それが理由じゃ、ダメか?」
「ダメじゃない。嬉しいよ」
すぐにデジカメを用意してラウラの隣に並ぶ。そこで俺は、ふと思い出したことがあった。
「そういえば、ラウラって眼帯を外してたことがあったよな」
「福音の時にな。私のこの眼は疑似ハイパーセンサーとも呼べる代物だ。だが手術ミスなのか、たまたま私にだけ不適合だったのかは知らないが、オンとオフの切り替えができない。左目から入ってくる多すぎる情報量に脳が耐えきれないから、この眼帯で情報を遮断しているわけだ」
「そんな理由だったのか。でさ、この写真を撮るときだけでも、その眼帯を外せないか?」
俺の頼みを聞き、ラウラは困り顔をする。やはり短時間でも問題があるのだろうか。しかし、そんな理由ではなく――
「できれば見せたくない。これは私の欠陥の象徴だから」
欠陥。要らないもの。ラウラがことごとく反応する言葉だ。でも、俺にとって、一度だけ見た彼女の左目は、そんな醜いものではなかったと断言する。
「そんなことはない。福音との戦闘中でも見とれたくらい、俺は綺麗だと思ったぞ」
「そ、そうなのか!?」
「ああ。俺の中ではその目も含めてラウラなんだよ。だから俺は撮るなら素のラウラを撮りたい」
ラウラが連射しすぎた砲身のように赤くなっている。「あ、う」と言葉にならない声を上げてから、ラウラは眼帯を取り外した。
……なんだ。銃ばかりと思っていた彼女にも、立派な宝石があるじゃないか。
「これで、いいのか?」
「ああ。今のお前は最高に綺麗だよ」
そのまま並んだ俺たち。カメラをこちらに向けて写真を撮る。撮れた写真には、美しい目に負けないくらいに輝いているラウラの笑顔が写っていた。
◆◇◆―――◆◇◆
食堂内。もう既に祝勝会としてやることはやって、周りの人間は皆が好き勝手に雑談やら、食事に没頭している。そんな中、主催者である鈴は壁の方に押しのけてあったイスに座り、一息つく。そんな鈴の目の前にジュースの入ったコップが現れる。
「お疲れさん。色々と、な」
「あたしのセリフよ。ここの準備はほとんどアンタがやってたじゃない」
弾だった。お疲れと声をかけられたのだが、実際はこの会場のセッティングは全て弾がやっていたので、労われるのに違和感を感じる。とりあえず、弾の持ってきたジュースを受け取りはした。
「別に俺の雑用なんかどうでもいい。俺が言いたいのは、今日頑張ってたのは一夏だけじゃないってことだ」
「何よそれ。アンタ、あたしを慰めてるつもり?」
「へぇ。鈴は慰めてほしかったのか?」
鈴はそこで言葉に詰まった。なんという自滅なのだろう。思ったことをすぐ口にする鈴の癖を把握している弾に、こうして手玉に取られるのは懐かしいものだった。
「そうだとしたら、アンタはどうしてくれるの?」
「1、頭を撫でてやる。2、抱きしめてやる。3、18歳未満お断り。好きなの選――ぐはっ……
「アンタがバカなこと言う方が悪いっての」
割と全力の一撃を弾の鳩尾に決めてやった。弾は体格は割と良いのだが基本的に頭脳労働派であり、見た目より貧弱である。ISなど無くても腕っ節は鈴の方が上だった。
鈴は傍でうんうん唸っている弾を見つめる。
(あたしが自分しか見てなかった間、アンタが一夏を見ててくれたんだよね)
鈴が会う前から一夏の傍にいた、一夏の親友。会った当初は弾のことも暗い奴だと思っていたが、彼は本質的には鈴よりも前向きな男であった。そして、一夏と同じか、それ以上に人とのつながりを大切にしている。こうして鈴の元にやってきて冗談を言うのも、彼なりに鈴の気を楽にしようとしているのだろう。
「ねえ、弾。あたしがしてきたことって、間違いだったのかな」
鈴は滅多に見せない自分の弱さをさらけ出した。これも、弾を気の置ける友人と信頼してのことだった。
鈴が弱音を吐くと、悶えていた弾が痛みを我慢しつつ立ち上がる。
「それは俺が答えられることじゃねえさ。お前がどう思ってるのか。それだけが答えだと思うぜ」
「テキトーなことしか言わないのね」
「そうでもない。お前は一夏を戦わせたくないという思いで戦っていた。それをただ後悔しているだけだったら間違いなのかもしれない。でも、お前が最初に抱いていたその思いが今でも残ってるなら、何も間違ってないさ。お前が決めた、お前のことだ」
今ある思い。今も鈴には一夏を戦わせたくないという思いは残っている。ただそれだけじゃない。一夏のやりたいことをさせたいという思いもあるのだ。自分の中でその2つがぶつかり合って、ぐちゃぐちゃになってしまっている。
「困ってるようだから俺から一言。すぐに結論を出さなくていいんじゃないか? これからの一夏を見守ってやればいい。俺もそのつもりだし」
髪をガリガリと掻いて唸っていると、弾が提案をしてくる。結局は先送りなのだが、今ある思いをどうにかするにはそれしかなかった。
「わかったわ。……あたしは絶対に一夏を死なせない」
「ま、あんまり気負い過ぎんなよ。困ったときは一夏自身でも、俺でも、他の奴でもいいから頼れ」
最後に弾は鈴の頭をわしゃわしゃと雑に撫でてから去っていった。
◆◇◆―――◆◇◆
鍵を開けて、自室へと帰ってくる。今もまだ一夏の祝勝会は続いているのだろうが、箒にはやることがあったため、途中で抜け出してきた。
部屋へと入っていき、打鉄・紅葉を展開する。用途はもちろん一つだけだった。
『姉さん、聞こえる?』
姉、篠ノ之束へのプライベートチャネルでの通信のためである。現在、束は箒からのプライベートチャネル以外はつながらない状況にあった。
『今日はね、姉さんに報告があるんだ。轡木のおじさんが企画したトーナメントが今日あったんだけど、一夏が優勝したんだ。あの楯無さんを倒してだよ。まだ3ヶ月ほどしか経ってないのに、一夏は本当にすごい』
細かいところは話さずに、結果の一部を報告する。大会前の一夏の状態やブリュンヒルデ戦のことなどを話してしまえば、束は何も変わらない気がしていたからだ。
『姉さん。今、一夏を中心に亡国機業に立ち向かおうとしてる人たちが集まり始めてる。あの時みたいに、千冬さんが見捨てられるようなことにはならない。あとは姉さんさえ立ち上がってくれれば、亡国機業に立ち向かえるんだ』
箒は必死に説得する。もうIS学園はただの学園ではないと誰もが気づいている。それでもなお、残ってくれている生徒は惰性で残っていることなどありえないのだ。きっと共に戦ってくれる。でも、肝心のISが足りない。そこを補うには束の力が必要不可欠だった。
『……箒ちゃん』
『姉さん!?』
束からの返信に箒は歓喜の声を上げる。しかし、その後の言葉で全て崩れてしまった気がした。
『今の世界は、楽しい?』
意外すぎる質問に箒は絶句する。どういう意図で聞いてきたのかがわからないため、不用意には答えられない。それに、決して楽しい世界とは箒も思っていなかった……
『いっくんは楽しいのかなぁ……』
箒は何かを間違えた気がした。少なくとも、今、何を言ったところで束が動くことはない。
◆◇◆―――◆◇◆
「これで全ての調整は終了です。お疲れさまでした、メルヴィン様」
圧縮された空気の抜ける音と共に、紫色のISが立ち上がる。否。ISではない。それはISに限りなく近づいたトロポスだった。機体と同じ紫色の暗い輝きを放った後、トロポス“クリニエール”の装着が解除される。中に居たのは男。怪しく光る金の瞳とたてがみのような赤い髪が特徴的だった。
「いくらなんでも時間かかりすぎだろ、カミラちゃんよぉ。1ヶ月とかふざけすぎだろ」
赤いボサボサの髪を掻きながら、メルヴィンは大きく欠伸をした。自然と出たものではなく、退屈だったというアピールだった。そんなメルヴィンの子供っぽい反応を無視し、三つ編みの少女、カミラはメルヴィンへの伝達事項を伝え始める。
「まず、この一月の間に起きた出来事ですが、3週間前にエージェント“スレッド”にIS学園内で事件を起こさせた以外には何もありません」
「ふーん。奴がねぇ……どうも上手くいくイメージが湧かねえんだが」
メルヴィンはスレッドのことをそれなりに知っている。お互い“亡国機業の実働部隊に居たことがある”からだ。実年齢より幼く見えるように改造された少女“モドキ”が潜入していたことは把握していた。ただし、目的遂行よりも自身の快楽を優先する傾向があるため、デリケートな任務には向いていない。
メルヴィンの予想を聞いてカミラが首を縦に振る。
「推察されたとおり、スレッドはただ騒ぎを起こしただけに終わりました。ターゲットである織斑一夏の確保には失敗しています」
「上は何でそんなバカなことさせたんだか。あいつがまともに潜入任務なんてできるわけがないだろうに」
「仰るとおりです」
カミラがメルヴィンの発言を肯定する。上層部を貶す発言をしたことを、監視役であるはずのカミラが肯定したことが不思議でたまらなかった。そして、メルヴィンはある結論に至る。
「そういうことか。上はわざと失敗させたってわけだな」
「そうなのですか?」
「とぼけなくていいぜ。なんとなく、あの野郎の考えてることがわかってきたからな。別に俺に隠しとくことでもないだろう」
「……本当に申し訳ありません。何を言っているのかわかりかねます」
メルヴィンは割と本気で困った。いつもは、頭の回らない自分をバカにしているはずのカミラが、わからないと言っている。カミラは人形のように無表情だが、演技の類はできないとメルヴィンは分析している。だからこそ、嘘を言っていないと判断した。
「別に何でもねえよ。俺の勘違いだろ、多分」
「はぁ」
「で、次の指令は? 俺が万全の状態になったんだ。いい加減、何か来てるだろ?」
カミラと話を続けても無駄だと判断し、次の話に無理矢理持っていく。役割が与えられたカミラは生気を取り戻したかのように、動き始めた。
「現状は待機命令です。しかし、近いうちに出撃させる予定があるとだけ通達が来ています」
「予定が立ってんのか。じゃあ、無理に攻め込む必要はないわけだな」
「あと、上層部のソウシ様よりメルヴィン様と直接お話がしたいとメッセージを受け取っています」
「あ? あの野郎に会いに行けってことか?」
「いえ、おそらく音声通信で構わないかと思われます」
「あいよ、了解」
メルヴィンは早速、通信室へと向かおうとする。だが、なんとなく気になって後ろを見た。そこには何もせずに立っているだけのカミラがいる。
「どうした、カミラ? てめえもやることやったらどうだ?」
メルヴィンの問いかけに対し、カミラは振り向いてから首を傾げる。
「私はメルヴィン様の通信が終わるまでここで待機です。今は何も命令がありませんし」
「いや、だったら休憩でいいだろ。別に規律があるわけでもねえんだ。休めるときに休んどけ」
「それは命令でしょうか?」
「ああ、もう! 命令でいいから休憩してこい!」
カミラが「了解しました」とだけ告げてようやく動き出した。メルヴィンの金色の両目は彼女の足取りが多少ふらついているのを捉えていた。それは些細な変化であったが、疑似ハイパーセンサーとも呼べるメルヴィンの眼で、はっきりとわかるレベルだった。
おそらくカミラは、この1ヶ月の間、命令のない時間もまともに休んでいなかったのだろう。
(胸くそ悪い。あれじゃ無人トロポスと変わんねえだろうが……)
メルヴィンは苛立ちを覚えつつも、やるべきことをするために通信室へと向かう。この怒りをぶつけないよう、気を使う必要がありそうだった。