IS - the end destination -   作:ジベた

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4th destination : 真相への到達
30 レゾナンス


 耳障りな電子音が鳴り響いている。ベッドで寝ている俺は右手で頭上辺りにあるはずの音源を探り当ててスイッチを切る。

 ……朝か。でも、今日は日曜だし、少しくらい寝過ごしてもいいよな。

 久しく休日というものが無かった俺にとっては、今のこの微睡みの時間は貴重なものだった。何せ、朝は日が昇り始める時間から柳韻先生のところで刀を振り続け、昼は通常の授業の他に1週間学校に出てなかった分の学業の補填もし、夜はラウラの指導で銃を撃っていた。ようやく落ち着いた今だからこそゆっくり休んでおかないといけない。楯無さんの後を継いで、この学園の生徒会長になったのだから、いざというときに動けないと困る。

 

 ……ん? 俺は生徒会長になったんだよな。何か約束があったような気がするぞ?

 しかし、生徒会長というキーワードからは何も出てこない。それに俺が何かを約束するなら、1ヶ月以上も前の話のような気が――

 

「やべっ!」

 

 俺は慌てて飛び起きる。時刻は5:30を指している。窓の方まで行ってカーテンを開けると、朝日が俺を照らしてきた。本日の天気は快晴のようだ。一応、携帯でも確認するが、一日中晴れの予報。たとえ雨でも問題はないが、気分的に晴れの方がいいだろう。後は手続きをしにいけば間に合う。俺は朝の支度をさっさと済ませ、外出用の私服に着替えてから、部屋を出ていこうと扉を開ける。

 

「うわっ! い、一夏!?」

「シャル!?」

 

 すると、廊下にいたシャルと鉢合わせた。「き、奇遇だねー」とシャルは言ってくるが、彼女がたまたま俺の部屋の前を歩いていたわけではないと確信している。

 

「ごめんな、シャル。今日も結局、大した予定を立てられなかった」

「え? 予定って……覚えててくれたの?」

「正直に言うと忙しくて忘れてた。本当にスマン!」

「無理もないよ。一夏には大変なことがいっぱいあったんだからさ。でも、その格好をしてるってことは思い出してくれたってことでしょ?」

 

 正直に謝る俺をシャルは優しく受け止めてくれた。思い出したのがついさっき、と言うのは流石にやめておこう。

 

「でも、ビックリしたよ。本当はわたしの方から誘いにきたんだけど、ノックしようとしたら一夏の方から出てくるんだもん」

「たまたまだよ。さて、どうしようか? 食堂が開くまで、まだ2時間くらいあるし、外出手続きもこんな早朝じゃ誰もいないだろうし……あ、そうだ!」

 

 俺は名案を思いつき、手をポンと叩く。シャルが「どうしたの?」と訊いてきたので、俺は行動で答えることにした。シャルの手を引き、俺は自分の部屋へと戻る。

 

「え? ちょっと一夏!?」

 

 シャルの手を引いたまま、2つのベッドの間の壁の前に立つ。壁の特定の場所を順番に叩き、地下への入り口を開けた。そのまま、壁の中へ俺とシャルは入っていく。

 

「……どこ行くのさ、一夏」

 

 あれ? シャルがなぜか不機嫌そうだ。拗ねてるというべきか。唇をとがらせているというわかりやすい反応なのに、俺には何がなんだかわからない。説明が無かったのが問題だったかな?

 

「いや、さっさと手続きを済ませるなら、いつ来るかわからない事務の人を待つよりも最高責任者に言った方が早いと思ってさ」

「……そういうことだと思ってたけどね」

 

 説明をするとシャルはため息混じりに納得してくれた。

 

 地下に到着。アリーナの方ではなく、司令室の方だ。この部屋が何のために造られているのかは知らないけど、俺の認識では轡木さんのいる場所だった。そして、俺の期待通り轡木さんは居てくれた。

 

「おや、一夏くん。こんなに朝早くにどうしたのだね?」

 

 朝からピシッとした姿勢が決まっている轡木さんは……パジャマ姿だった。それも、白地に青の水玉模様だ。

 

「い、いや、ちょっと轡木さんに簡単な頼みがあって来たんですよ」

 

 俺は笑いを堪えて用件を言うことにする。簡単な頼みだからこそ、笑ってはいけない。「言ってみたまえ」と真顔で言ってくる轡木さんの機嫌を損ねるのはマズイと俺の中の何かが訴えている。

 

「今日、街の方に出て行きたいんですけど、轡木さんから許可もらえますか?」

「なんだ、そんなことかね。確かに今の時間では手続きができないだろう。ふむ。シャルロットくんとデートというわけか」

 

 デート。まあ、そうなるのか。一緒にシャルの服を選びにいくってことだからな。「え、い、そ、そんな大したものじゃ――」とシャルがやたらとテンパっているが、俺としては別にやましいこともないし、パッと答えて、サッと出発しよう。

 

「そんなところです。早速出発してもいいですよね?」

「わかった。一夏くんとシャルロットくんの2人で外出だな。午後10時までには戻るようにしてくれたまえ」

「了解です」

 

 用件は済んだので、俺はシャルを連れてさっさとエレベータへと戻っていった。

 ……ふぅ。なんとか最後まで耐えきったぜ。

 

 エレベータの上昇中、シャルが躊躇いがちに訊いてくる。

 

「さっきの人が裏の学園長さん? あの人って用務員さんだよね」

「そうだぞ。今日の格好はなかなかアレだったが、普段はもっと渋い感じの人だ」

「ふーん」

 

 そういえばシャルは全く動じてなかったな。やはり俺が普段の轡木さんを知ってるからこそ、面白かったんだろう。

 「ふーん」で流すなら話題にするなよと思っていた俺だったが、シャルが顔を伏せて、何かを言おうとしているのを見て、本題では無かったのだと悟った。

 

「一夏はさ。今日の買い物を……デートと思ってくれてるの?」

「そりゃ、シャルみたいなかわいい子と2人で出かけるんだ。デート以外の何物でもないだろ」

「うぅ……」

 

 それからしばらく、シャルは一言もしゃべらなかった。シャルには悪いが、その間、俺が考えているのは他の女子のことだった。

 ……既に鈴とセシリア、ラウラの3人に告白されておいて、返事をすることもなくシャルとデート、ね。俺は一体何をしてるんだろ。

 今回はシャルが男装しているわけでもないから、皆でわいわいと賑やかに出て行っても良かった気がしてきた。

 ……ん? 皆と行く? 今回は? やべえっ!

 

「どうしたの一夏?」

 

 俺が頭を抱えているとシャルが心配そうに声をかけてくる。今の俺には、なんでもない、と返すだけの余裕もなかった。

 

『だが約束しろ! 次は私も連れて行け!』

 

 ……箒との約束を忘れてた。

 さて、どうしたものか。俺としては仲間とした約束を果たさないのだけは避けたい。箒も一緒に連れて行く場合でも、別にシャルとの約束を破ったことにはならないから、この後、箒にも声をかけておくべきである。でも、今さっき俺はシャルに2人で行くと言ってしまった。今更撤回は……マズイよな?

 

 どうするべきか悶えながら自室に帰ってくる。するとそこには、

 

「あら、一夏さん。おはようございます」

 

 セシリアが居た。そういえば鍵をかけ忘れていた。彼女がここに居たとしても不思議ではないのだが、良識ある普通の人間ならこんな堂々と不法侵入はしない。そう、それは彼女が普通の人間ではないからだ……などということは無く、単純に“不法ではない”からだった。

 

 しかし、タイミングが悪い。普段は着ない外出着でシャルと2人で居るところにやってくるなんてな。

 

「2人でお出かけですか? ふ・た・り・で?」

 

 やっぱり6月は夏だよな。うん。俺が滝のような(冷や)汗を流しているのもそれが理由だ、間違いない。

 とりあえず平静を装え。別に浮気が見つかったわけではないのだから。……もしかしたら似たようなものかもしれんけどさ。

 

「実はさ、シャルの服を買いに行く約束をしてたんだよ。だからセシリア、要件はまた後で聞くよ」

「では、わたくしも同行しますわ。……よろしいでしょうか、シャルロットさん?」

 

 ここでセシリアは問いの矛先を俺からシャルに変えていた。俺の時のような威圧するような問いかけでなく、やや下手に出ている。なんだかんだ言ってもセシリアだ。自分の主張はしつつも、相手の意志を尊重しようとする。もしシャルが本気で嫌がれば、セシリアはその身を引くのだと思う。会ったばかりの頃とは全然違っているのが今の彼女だった。

 

「ボクは構わないよ。ねえ、一夏。いっそのこと他の皆も誘って行かない?」

 

 結構意外なことに、シャルはあっさりとセシリアの同行を承諾していた。いまいち彼女の胸の内を捉え切れていない。だが、彼女からの提案は今の俺にとって救いにしか見えなかった。たとえそれが藁でも俺は掴んでやる。

 

「じゃあ、30分後に校舎入り口に集合ということにしとくか。シャルとセシリアは2人で声をかけてきてくれ。俺はもう一度手続きしてくる」

 

 俺は再び轡木さんのところに行くことにする。何回か憂鬱になったが、今は楽しくなってきた。思えば、全員一緒に出かけるのは初めてだった。

 

 

***

 

 

「んーっ! 久しぶりの駅前ね。色々と懐かしいわ」

 

 鈴が体を伸ばしつつ、辺りを見て景色を懐かしんでいる。結局、俺たち6人は前にシャルと来た俺の地元のショッピングモール“レゾナンス”にまで来ていた。

 なんだか、制服以外の服を着ている皆は新鮮に映るなぁ。……約2名を除いてだけど。シャルは服を買う目的だったから仕方ないけど、ラウラもかよ。

 

「ところで、一夏。この後の予定は立っているのか?」

「シャルの服とか、俺の水着を買いにきたのが目的だし、そこからだな。見たところラウラも私服が無いみたいだし。その後は適当にぶらつくかな」

 

 いつまで経っても動き出さない俺たちを見かねて箒が尋ねてきたので、簡単な予定を話しておく。

 

「あ、そういえば臨海学校があったんだっけ。あたしも水着買わなきゃ」

「じゃあまずは水着から見てくか。売場が別だし俺はさっさと買いに行ってくるよ。待ち合わせ場所はここにするとして……そっちはどのくらいかかりそう?」

「え、えーと。どれくらいかかるか、なぁ?」

 

 シャル、答えになってないぞ。多分、俺や鈴なら即断即決なんだろうが、一般的な女子は時間がかかるのだろう。

 

「一夏さん。あまりお待たせするのもなんですから、一夏さんの買い物が終わり次第、こちらに来ればいいと思いますわ」

「え? それは、ちょっと……」

「シャルロットさんの買い物に付き合うと約束したのでしょう? ですから、ちゃんと見てあげないと紳士失格ですわよ」

 

 若干、軽蔑の色を含んだ目でセシリアが俺を見る。俺は「了解」と降参するしかなかった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 一夏が男性用の水着売場へと走っていく。シャルはその後ろ姿をボーっと見つめていた。その彼女の肩が掴まれる。

 

「あたしたちも行きましょ」

「う、うん」

 

 鈴に引っ張られて、シャルロットも女性用の水着売場へと向かう。セシリアと箒を先頭に、ラウラ、鈴、シャルロットと続いていた。

 

「ところでさ、シャルロット」

 

 鈴がシャルロットの隣に並び、顔を近づけて小声で話し始める。

 

「アンタ、一夏のことが好きなの?」

「へっ!? ……うん。多分そうだよ」

 

 唐突に切り出された話題に驚きは隠さなかったが、素直に答えた。“多分”好きなのだと……この感情が純粋な恋愛感情かどうか自信がないから、多分などという言葉を使ってしまう。

 鈴は「ふーん」ともう興味を失ったかのように流していた。彼女が先頭の箒とセシリアの方へと走っていくと、入れ替わりにセシリアがやってくる。

 

「シャルロットさん、大丈夫ですか?」

「え? ボク、どこかおかしく見える?」

 

 体を見回すが、どこもおかしいようには見えない。

 

「いえ、その……やはりわたくしたちが同行するのはご迷惑だったかと思いまして……」

「全然迷惑じゃないよ。確かに一夏と2人で来るのも良かったかもしれないけどさ、こうして皆で遊びに来れたのも嬉しいんだ」

 

 セシリアが懸念するようなことは何もない。シャルロットは心からそう思っていた。

 

「それと、さっきはありがとう。多分、一夏のことだからセシリアが釘を刺しておいてくれなかったら見に来てくれなかったよ」

「礼には及びませんわ。ああでも言わなければ来てくださらない方です。わたくしがそうしたかったから、しただけですので。あ、着きましたわね。ではある程度見繕っておきましょうか」

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 さてと。俺は適当に水着を買ったことだし、セシリアに言われたとおり女子組と合流するかな。やっぱ、男一人だと少し気が重いぜ。なんでこういう日に限って弾の奴と連絡が取れなかったんだか。

 

 女性用水着売場の近くまで来ると何やら騒々しいことになっていた。

 

「こ、これを私に着ろというのか! どう見ても下着の方が布の面積があるぞ!? それに泳ぐだけならこんなものじゃなくても――」

「甘いわ、ラウラ! アンタは戦場を舐めてる」

「何!? それは聞き捨てならん。この私に向かって戦場を舐めてるだと?」

「事実そうじゃない。泳げればいい。そう考えてる時点でアンタは出遅れてるのよ。海で一夏の視線を奪いたかったら、本気を見せてみなさい!」

「くっ! 確かにそうだ。……買ってやる!」

 

 何やら奥の方で鈴とラウラが騒いでいるようだった。っていうか、もう水着は決まったようだ。……じゃあ、わざわざ入っていくこともないかな。

 そう思って立ち止まっていると、後ろから肩をポンと叩かれる。振り向くと、セシリアが居た。

 

「一夏さん。あちらはあちらで楽しそうですのであのまま置いといて、こちらに来てもらえますか?」

「あ、ああ」

 

 セシリアに連れられて向かった先は別の試着室だった。セシリアがわざわざ連れてきたということは、中にいるのは――

 

「シャルロットさん、一夏さんが来られましたわ」

「ほ、ホント?」

 

 シャルだ。セシリアの言葉を合図にしたかのように、シャルがカーテンを開け放つ。オレンジ色を基調としたセパレートタイプの水着は、シャルの女の子の部分をこれでもかと主張してくる。俺の目はシャルに奪われてしまっていた。

 ――ハハハ。やっぱりシャルは女の子でしかない。一体、どこの誰だよ。こんな立派な女の子を、男と称してIS学園に送り込んできたバカはさ。

 

「い、一夏……変、かな?」

 

 カーテンを開け放った時の堂々とした様子が欠片もなくなり、シャルはもじもじしながら俺に訊いてくる。隣でセシリアが肘でせっついてきているのに今、気づいた。結構長いこと見とれていたのかもしれない。

 

「逆だよ。似合ってる。シャルだからこそ、ここまで映えるんだろうな」

「そ、そう? じゃあ、これにする!」

 

 シャルが勢いよくカーテンを閉める。小さくブチッと切れる音がしたが、問題ないだろう。

 

「そういや、箒は?」

「私とセシリアは既に買ってあるのでな。今回は見てるだけだ」

 

 いつの間にか箒も傍に来ていた。きっとラウラの方を見に行っていたのだろう。とりあえず、皆の会計が済むまでは売場の外で待つことにするかと歩き始める。すると、後方でパサッと何かが落ちる音がした。

 

「ん? なん――ぎゃあああ!」

「すまんな、一夏。許せ」

 

 振り向こうとした俺の顔面を、箒が片手で掴む。それも、指が食い込むぐらい強力なのがだ。なんて握力だ。

 俺の悲鳴に紛れてシャルの悲鳴も聞こえてきたから、大体の事情はわかった。振り向かせたくないのはわかったから、早くこのアイアンクローを外してほしい。でも、言葉に出るのは悲鳴だけだった。

 

 

***

 

 

「うー、あー、ひどい目に遭ったぜ」

 

 まだくらくらしている。今、俺は婦人服売場傍のベンチで休んでいた。ちなみに他のメンツは服を買いに行っているはずだ。何故かやたらと鈴がはりきってラウラを連れ込んでいたが大丈夫だろうか。妙なテンションの店員もついてたし……ま、今はそんなことは気にせずにおこう。

 

「一夏さん?」

 

 ベンチで倒れている俺にセシリアが声をかけてきた。

 

「どうしたんだ? もう、シャルとラウラの服は買えたのか?」

「いえ、まだまだ時間がかかりそうです。わたくしから見ても皆さんはお綺麗ですからね。店員さんの張り切り方を見ると、小一時間はかかるかもしれません。鈴さんはラウラさんを着せかえ人形みたいにしてらっしゃいましたし。シャルロットさんは箒さんに任せて、わたくしが一夏さんの様子を見に来たところですわ」

 

 セシリアは楽しそうに中の様子を教えてくれる。店員さんの方はよくわからないが、鈴の方は生来の世話焼きだから、ラウラのことが見てられなかったんだろう。

 

 俺は体を起こす。とりあえず座るだけならできるくらいに回復していたのもあるが、セシリアが箒とシャルロットを置いてきた理由を考えると、いつまでも寝ているわけにはいかなかった。はっきり言ってセシリアと比べると箒には服を選ぶセンスは無いと思う。普通なら、セシリアと箒の役割は逆である。それでもセシリアが来たということは、ここで話をするつもりなのだろう。

 俺は一応、周囲を確認してからセシリアに訊く。

 

「何か……わかったのか?」

「残念ながら、わからないという報告ですわ。一夏さんに案内された地下の司令室と呼んでいる場所のデータにアクセスしましたが、新しい情報は何もありませんでした。もしかしたら、データ化していないだけかもしれませんから、轡木氏が知らないという根拠にはなりませんけど」

「じゃあ、セシリアが聞いた“ウィスクム”と“ヴァイス”ってのはスレッドって奴が漏らしてしまった敵の機密ってわけか。それで、学園外と不審な通信をしてたISコアとかも無かったんだな?」

「ええ。尤も、IS学園は各国の技術者が出入りできる状態ですので、情報のやりとりはもっと原始的なものだと推測できますが」

 

 セシリアの情報収集は俺が依頼したものだ。

 あの訓練機暴走事件で、セシリアは敵のスパイであるスレッドと交戦し、その際に今まで知らなかった情報を得ることに成功した。

 敵にはウィスクムというISに寄生する正体不明の兵器が存在すること。

 ウィスクムに寄生されたIS、ヴァイスと呼ばれるそれらは操縦者の意志に関係なく行動するということ。白騎士と福音もヴァイスであるという。そして、おそらくは俺がドイツで交戦した死神のISも、このヴァイスであったのだと思われる。

 俺が柳韻先生の元で鍛錬しているときにセシリアが現れて、その辺りの話を全てしてくれた。きっとセシリア一人で抱えきれないと思ってくれたのだろう。亡国機業を倒さねばならないと思うのに十分な内容だった。

 そのときからセシリアにお願いし、轡木さんが全てを話してくれてる保証がないからということで地下のデータを漁ってもらっていた。別に轡木さんを敵と疑っているわけではないが、セシリアから聞いた情報が正しいとすると、知っていても教えてくれないと思うのだ。

 他にも、スレッドのようなスパイがいないかとか確認してもらってたわけだが、セシリアは俺が一番知りたかったことにはまだ触れていない。

 

「束さんの居場所は?」

「残念ながらわかりませんでした。箒さんが祝勝会の途中で抜け出して、連絡を取っていたときに探知できないか試みたのですが、失敗でした」

「そうか。無駄に辛いことさせたな。すまん」

 

 これも俺がセシリアに頼んでやらせたことだ。正確には、束さんの居場所を知ることができないか相談しただけなのだが、セシリアの返答は『やるだけやってみる』というものだった。

 しかし、束さんがそう簡単に見つかるはずもないか。

 

「で、亡国機業の拠点もわからないよな?」

「黒と断定できる場所は一つもありませんでしたわ」

「しばらくは様子見するしかなさそうだな」

 

 この結果はある程度わかっていたものだ。轡木さんも受け身に回ってしまっているのに、自分たちだけでどうにかできるなんて最初から思っていない。ただ、少しでも可能性があるのなら、積極的に攻めていきたかったんだ。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「あの、すみません。試着したまま、そこの休憩所まで行ってきてもいいでしょうか?」

「もしかして、彼氏さんが来てるんですか? そういうことなら、特別サービスです。制服などは私が見ておきますので、彼氏さんに見てきてもらってください。あ、一応貴重品は自分で持っててくださいよ」

 

 シャルロットは自分で選んだ服に着替えていた。白のブラウス、ライトグレーのタンクトップ、同じ系統の色のティアードスカート……制服以外のスカートは何年ぶりだろうか。鏡を見る。店員は褒めていたが、全部自分のセンスで選んだのでイマイチ自信が持てない。

 

「箒……は居ないんだった」

 

 同行しているはずだった箒に意見を聞こうとしたが、彼女は今、やたらと騒がしくなっていたラウラたちの方へと騒ぎを治めに向かってしまっていた。こうなっては、直接一夏に見てもらうより他に方法はない。

 

「よし、大丈夫!」

 

 シャルロットは気合いを入れて、一夏の休むベンチの方へと歩き始めた。すぐにセシリアの姿を見つけ、傍にはベンチに座っている一夏の姿も見られる。早く見てもらおう。そう思って、駆け寄ろうとした。

 しかし、途中で足を止めてしまう。シャルロットの耳に2人の会話が入ってきたからだ。

 

「で、亡国機業の拠点もわからないよな?」

「黒と断定できる場所は一つもありませんでしたわ」

「しばらくは様子見するしかなさそうだな」

 

 亡国機業の話をしていた。こうして遊びに来ていても、一夏の頭の中からは敵の存在が消えてなくなっていない。シャルロットは自分の今の格好を見下ろす。一夏に見てもらいたいと思って選んだ服だが、急に見てもらいたくなくなった。

 思ってしまったのだ。一夏が真剣に目的と向かい合ってるのに、自分はこんなことで浮かれてる脳天気な人間だ、と。

 シャルロットは引き返す。

 

「あ、お客様? どうでしたか?」

「やっぱり、やめておきます」

「合いませんでしたか。では――」

「あ、他のも要りません。すみませんが、何も買わずに帰ります」

 

 素早く着替えを終えたシャルロットは、そのままラウラたちの方へと歩いていった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 2時近くに遅い昼食を済ませた俺たちは並んで店から出てきた。ちなみに、この後の予定はない。

 

「さてと。これからどうする?」

「もう用事も済んだし、帰らない?」

 

 シャルの提案。有りなのかもしれないが、なんか寂しい気がする。……それに、本当に用事は済んでいるのだろうか。ラウラの買い物より、シャルの方が少ない気がする。

 

「えー、せっかくここまで来たんだから、もうちょっと遊んでかないと勿体ないわよ」

 

 対して鈴はもう少し遊びたいらしい。おそらく彼女に任せるとボーリングとかに行く流れだろうな。

 

 俺はどうするかをちょっと考えた後で、一つやっておきたいことがあるのに思い至る。せっかく全員が揃ってるんだし、この機会を逃す手はない。

 

「よし、じゃあまずは写真を撮ろう」

 

 全員の目が一斉に俺を向いた。別に変なこと言ってないと思うんだけどなぁ。

 

「すぐそれだな、一夏は。仕方あるまい、撮ろうではないか」

「ですが、箒さん。流石に6人全員を入れようとすると、カメラとの距離を開けないといけませんわ」

「タイマー機能があるでしょうが! でも、スタンドとか無いわよね」

 

 いや、その辺を歩いてる人に頼めばいいからさ。えーと、俺から頼みやすそうな人は……やっぱり男の人だよな。女の人だと場合によっては手痛いお返事が待ってそうだし。

 

「おや、何かお困りかな?」

 

 俺が辺りをキョロキョロと見回していたら、男の人に声をかけられる。夏だというのにスーツをピシッと着こなした20代半ばくらいの男性だった。縁の大きめなメガネをかけていて、生真面目にも、少し軽い感じにも見える不思議な雰囲気の人だった。

 

「あ、写真を撮ってもらいたいのですが、頼んでもいいでしょうか?」

「お安いご用さ」

 

 男の人にカメラを渡すと、俺は皆を集めて並び始める。ちなみに俺は鈴によって真ん中で中腰にさせられた。その俺を中心に周りに全員が入ったところでシャッターが切られる。俺はすぐに確認に向かった。

 

「こんな感じになったけど、大丈夫かい?」

「あ、綺麗に撮れてます。ありがとうございました!」

「いやいや。大したことはしてないさ。……それにしても集合写真か。時間は過ぎてしまうものだけど、そのときの自分たちが形として残るというのは素晴らしいものだね」

「俺もそう思います」

 

 カメラを返してもらい、俺は重ねて礼を言う。男の人は後ろを向いたまま手を振って去っていった。

 

 俺はすぐに皆のところに戻る。ってか何故距離を取ってるんだ?

 と、些細な疑問を持ったが、それよりも気になることがあった。

 

「どうした、シャル?」

「あ、うん。なんか、今の人……どこかで見たような気がするんだ」

 

 シャルは思いだそうとしているが、出てこないようだった。他の4人は見たことがないと断言していたので、有名人ってわけでもない。

 

「ま、思い出せないんならそれでいいんじゃないか? 気になるのはわかるけどさ」

「それもそうだね」

「じゃあ、早速ボーリング行こ!」

 

 シャルが納得したところで、鈴が次の提案をした。

 

 ――その時である。

 建物全体に、けたたましいベルの音が鳴り響いた。

 

「火災報知器っ!?」

「とりあえず皆、落ち着け。“普通の”火災ならアナウンスが入るはずだ」

 

 ショッピングモール側のアナウンスが流れる。火元は俺たちが食事をした店とは違う飲食店。ガスに引火して爆発まで起こしているという。

 すぐに避難していく人の流れができていた。つまりは火元から離れる安全な経路のはず。俺はそこを逆走することにした。

 

「一夏っ! どっちに行ってるの!?」

 

 シャルの叫び声が聞こえる。だが、他の4人から同様の声は聞こえてこなかった。なぜならば、全員が同じ方向に向かっていたのだ。シャルも一番後ろについてくる。

 

「お前たちは避難してろ」

「一夏、雪片しかない白式よりも、このような場面では私のシュヴァルツェア・レーゲンのAICこそが有力だぞ」

「わたくしのブルー・ティアーズの索敵能力もお忘れなく。人の居ないところに無理に飛び込む必要はありませんわ」

「私の紅葉の盾の方が守ることには向いているしな」

「それに、人手が多い方がいいに決まってるじゃない!」

「勝手にしてくれ。言っとくが罰則は連帯責任な」

 

 俺に同調してくれる4人に軽く言い返しておく。正直、心強かった。でも、シャルだけは納得がいってない。

 

「どうして! 敵の関わりのない、普通の事故だよ? ISが必要な緊急事態以外は――」

「規則なんて知るか! 今じゃなくていつが緊急事態なんだよ! やれることやらなくて見てるだけだったら“力”なんて要らねえよ!」

 

 少し、語気を荒くしてしまった。本当は、専用機持ちとしてはシャルの方が正しい。これは一般的なレスキューで対応できる事態だ。でも、今、俺たちはここにいる。そして助けにいけるだけの力もある。ここで何もしないことを選ぶことは、1ヶ月前の俺と同じか、それ以下の存在になってしまう気がした。

 

 

***

 

 

 ショッピングモールの外。もう既に火は消し止められていた。

 小さい男の子が「ありがとう、お兄ちゃん」と言って去っていく。俺たちが救うことができた命だった。火に包まれ、逃げ場のない場所を、たった一人で煙を吸わないように耐えていた子だ。俺たちが行かなければ、今の子も犠牲者のリストに加わっていたことだろう。

 結局、あの後、シャルも一緒に救出活動に参加してくれた。ただ、真面目すぎるためか、彼女は終始、浮かない顔をしていた。それでも、今の子の笑顔で少しは気が楽になってくれたと信じている。

 

「一夏、さっさと戻るぞ。早いところ退散せねばマスコミに捕まって面倒なことになる」

「それもそうだな。皆は先に帰っててくれ」

 

 箒の言うことが尤もだと思ったので、そう返しておく。

 

「へ? アンタはどうすんの?」

「俺はまだやることがあるんだよ。生徒会長だし」

 

 実際は生徒会長であることなんて関係ないけど、なんとなく理由として使ってみた。セシリア辺りにはお見通しだろうから、アイコンタクトで伝えてみる。「み・の・が・し・て」っと。

 

「それでは皆さん。一夏さんのご迷惑にならないために、先に帰りましょうか」

 

 鈴やラウラから少々反論が飛び出したが、セシリアは半ば強引に封殺して全員を連れて行った。

 

 皆がいなくなったことを確認してから俺は行動を開始する。ショッピングモールの関係者を適当に捕まえて尋ねてみる。

 

「すみません、この店の方と連絡が取りたいのですが……」

 

 その後、何人かの人を経由し、俺は目的の人にたどり着く。俺はその人にシャルとの2ショットを見せて、切り出した。

 

「この子が試着していた服を売っていただけませんか?」

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 部屋にラウラと2人で帰ってくる。この日を楽しみにしていた気持ちも、一夏が覚えていてくれて嬉しかった気持ちも吹き飛んでしまって、虚しさだけが残っている。

 

「どうしたんだ? シャルロット。何かあったのか?」

「特に何もないよ。ラウラこそどうしたのさ? そんなこと訊いてきてさ」

 

 特に何もない。今日は一体、何をしに行ったのだろうか。楽しみにしていたはずなのに、打ちのめされて帰ってきただけだった。

 

『規則なんて知るか!』

 

 一夏の声が蘇ってくる。別に一夏の足を引っ張ったとか、助けられる人を見殺しにしようとしたとか、そういうことでショックを受けているわけではない。

 

(一夏。わたしは、その規則に護られて、IS学園(ここ)に居ることができるんだよ?)

 

 一夏が規則を否定したことが、自分の存在の根底を揺るがした気がしていたのだ。

 

 シャルロットがベッドに座っていると、ラウラが無言で頭を抱きしめてきた。かつて、自分がそうしていたときのように。

 

「話さなくていい。ただ、泣いた方がいいぞ……だったか?」

 

 配役が逆の、以前の焼き回し。しかし、その後が同じではない。シャルロットには分厚い仮面があった。

 

「だから、大丈夫だよ。ちょっと規則に囚われ過ぎだったのを後悔してるだけだからさ」

 

 本当はちょっとどころではないが、内心を隠し通す。しばらく、ラウラに抱き抱えてもらって、少し楽になってきた。

 

 そこへ――

 

 ノックの音が響いてきた。

 

 ラウラが出て行こうとするのをシャルロットは無理矢理に制す。そのままラウラを置いて、一人ドアへと向かった。

 

「シャル? 居るか?」

「一夏……」

 

 予想通り、一夏だった。多少楽になっていた気分が、また悪くなり、胸に幾つもの棘が刺さったように感じる。

 

「実はさ、俺――」

「ごめん、一夏。今は会いたくない」

 

 はっきりと拒絶の言葉を突きつけた。正確には『会わせる顔がない』であったのに……そう言ったら、強引に心の中に押し入ってくるのが一夏だ。だから、キツイ言い方しかできない。

 

 胸の棘は、さっきよりも増えていた……

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 地下の司令室。一体、誰に指令を送るんだと言わんばかりに無駄な設備が立ち並ぶこの部屋の片隅で、真耶が盛大に溜息を吐いていた。

 

「どうしたのだね、真耶くん」

「今やっと各方面への対応が終わったところですよ……もし次があったら変わってもらえます?」

「生憎だが、私はアナログな人間なのでね」

 

 とりあえず今の真耶が轡木に噛みついてもおかしくないくらい不機嫌であることは伝わった。何かで機嫌を取らないとマズイのかもしれない。

 

 今回、一夏たちが起こしたことは、アラスカ条約的には大問題である。だが、条約と国際世論には大きく隔たりがあるようで……今回の騒動に対してマスコミは、一夏たちをヒーローとして取り上げていた。おそらくは世間に対してISと兵器のつながりを薄くしておきたいという各国の意向もあってのことだろう。轡木もそれに便乗することで、一夏たちの立場を守ることにした。

 

 何も思いつかないまま、適当に話でもしようと思い立った矢先に、とある場所から通信が送られてきた。受諾してもいないのに、相手側のメッセージが勝手に流れ出す。

 

「轡木のおじさん」

 

 その声は轡木が待ち続けていた人物のものだった。

 

「束くん……!?」

「うん。束だよ」

 

 以前に会ったときほど活力は無いが、箒から聞いていた状態よりは良くなっている。

 

「私ね。あの子たちを見捨ててたみたい。私があの子たちの可能性を信じてあげなきゃいけなかったのに、一面だけ見てダメだって思っちゃったの……」

 

 轡木と真耶は束の独白を静聴する。

 

「でも、それは違ったんだ。いっくんたちがそれを教えてくれた。私もやれること、やろうと思ったの。今からでも間に合うかな……?」

 

 轡木は自分の思い違いに初めて気がついた。束が求めていたのは亡国機業と戦う力ではなかった。むしろ逆方向なのかもしれない。束はISを兵器だけに使われていることが許せなかったのだ。束が諦めていたことを、一夏が代わりに行なった。それで、彼女は立ち上がることができたのだろう。

 

「間に合うとも。私も真耶くんも箒くんも君を待ち続けている」

「ありがとう、おじさん。私、そっちに行くから」

 

 通信はそこで切れた。真耶が「いつ、どうやって来るかハッキリしてくださいよーっ!」と叫んでいるが、束にはもう聞こえていないだろう。

 

 轡木は天井を見つめている。ここから、敵への反撃が始められると確信していた。

 

(一夏くん。君は私の思ってもいないところで道を切り開いてくれたよ)

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