IS - the end destination - 作:ジベた
操縦室の窓の外には青く澄み渡る大空が広がっている。白い雲は下方に存在し、同じ高さを複数のトロポス輸送用飛行機が編隊を組んでいた。
そして、正面に、自分たち以外の所属の飛行機を見つける。旅客機の類ではない。そもそも、飛行機という概念から外れた形状をしていた飛行物体だった。見たものは必ず思うだろう。なぜ人参なんだ、と。
「メルヴィン様。目標を捕捉しました」
「……やっぱアレなのか? 戦闘前にこんだけ気力を削がれたのは初めての経験だぜ」
副官であるカミラの報告を聞き、深く溜息を吐く。その後に息を思いきり吸いこんで、気合いを入れなおす。
――油断をするな。アレには篠ノ之束が乗っているのだから。
今回、メルヴィンに与えられた任務は“篠ノ之束の捕獲”である。メルヴィンとしては八つ裂きにしてやりたい相手だったが、生きたまま捕らえるよう念を押されていた。だからこそ、余計にこの任務のモチベーションが上がらない。それでも、危険な相手と戦うことに変わりないのだから、メルヴィンは戦士としてのスイッチを入れる。
「さぁて、出撃と行くか」
メルヴィンは操縦席を出た後、すぐさまハッチにまで移動し、開放。そのまま、空へと飛び出した。
(初陣だ。クリニエール)
念じることで、メルヴィン専用の新型トロポス“クリニエール”が展開され、単独飛行が可能となる。輸送機からは次々と無人トロポスが出撃してきた。その中に、見慣れない機体を発見する。無人機ではない。それはISであり、操縦者も自分がよく知る人物だった。
「今回はてめえも出るのか。珍しいもんだな」
「命令ですので」
いつもは後ろで指揮を執っているだけのカミラが隣に並んでいるのは不思議な感覚だった。メルヴィンは先陣を切ることはせず、カミラの隣にまで移動する。
「ISの戦闘経験は?」
「基礎訓練は受けています」
メルヴィンは頭を抱えた。カミラはこれが初めての前線らしい。よりによって、あの篠ノ之束の相手をしなければならない時にだ。
カミラの機体を凝視する。黒色のISスーツに、手足には機動重視の白い軽装甲がついている。背部に浮いている6つの青いフィンアーマーが、特殊装備だろう。そして、右手にはスナイパーライフルが握られている。
(遠距離の狙撃型か。この作戦に投入されたトロポスの数を考えれば、後衛としてなら仕事にはなるな。何より――このオレが前衛に居る)
メルヴィンは既に展開させたキャバリエの1隊を人参に向かわせた。その間に隣の少女に言っておくことがある。
「いいか、カミラ。オレはてめえを戦力として期待してねえ。前線はオレに任せて、お前は後方から適当に狙い撃て」
「了解しました」
メルヴィンの命令をカミラは素直に受け取る。命令だからと戦場に出て、命令だからと戦力外通告を受け入れる。しかし、一切の不満が顔に現れてはいなかった。過去、戦場で生きてきたメルヴィンですら、少女が歪だと感じていた。らしくもなく、戦闘前に無駄話を始めてしまう。
「そういや、てめえはどうして亡国機業なんかにいるんだ?」
「質問の意図が不明です。これからの戦闘に関係がないと思われます」
「答えてくれねえとオレの戦いに支障が出るって言えばいいか?」
「了解しました」
理由さえあれば答えてくれるようだった。しかし、了解以降の言葉が続いてこない。カミラは固まってしまっていた。
「どうした?」
「わから……ない」
「ああ?」
「私はどうしてここに居るの? 私はどうして武器なんて持ってるの? 私はどうしてカミラなんて名前で呼ばれてるの?」
「落ち着けっ!」
カミラが髪を振り乱して叫んでいた。明らかに尋常ではない事態だ。メルヴィンは彼女を思いきり殴りつける。落ち着けと言いたかったのは自分にかもしれないと思いつつ、カミラの肩を掴んだ。
「オレが悪かった。今、聞いたことは全て忘れろ。これは命令だ」
「あ、あ……了解、しました」
命令を与えることでカミラは通常の状態に戻る。果たしてそれが本当に正常なのかはわからないが、廃人になられるよりはマシだった。おそらく“今の”亡国機業に便利な道具として仕立て上げられたのだろう。
(胸くそ悪い。これだから女が戦場に出るのは嫌なんだ)
メルヴィンは人参を見据える。そこに全ての元凶がいる。無茶苦茶な世の中にした、憎むべき“始まりの女”がいるのだ。
「カミラ。てめえは輸送機に帰還してろ。奴を捕らえる任務はオレとトロポスだけでいい」
戦場に残す判断もしなかった。しかし、ここで初めてカミラが口答えをする。
「メルヴィン様。今回の任務は、篠ノ之束の殺害ですよ?」
「何っ?」
ここで一つの可能性に思い至る。メルヴィンは今回の任務を上層部のソウシという男に直接指令されている。だが、普段カミラに指令を下している人間が別の人間だとしたら……上層部も一枚岩ではない。カミラを出撃させたのも、篠ノ之束をメルヴィンが殺さないと知っていての命令なのかもしれなかった。
「わかったから、てめえは下がってろ。足手まといが居たらどっちにしろ無理だからな」
「了解しました。私は退きます」
カミラが輸送機に戻っていくのを見送った後、改めて人参に向き直る。先に向かわせたキャバリエ部隊と、人参から現れた“打鉄部隊”が戦闘を開始していた。見たところ、人が乗っている機体ではない。敵の打鉄がISなのかトロポスなのかはメルヴィンにはわからないが、そんなことはどうでもいい。全て喰らい尽くすまでだ。推進機にエネルギーを充填させ、一気に爆発させる。ルー・ガルーでは決して出せない速度で、メルヴィンは戦場に躍り出た。
敵の打鉄がキャバリエを切り裂いている。性能は圧倒的に打鉄の方が上。敵機を1機も撃墜することなく、キャバリエ部隊はその数を減らしていく。
(篠ノ之束の技術とオレの力。どっちが上か見せてやろうじゃねえか!)
拡張領域から武器を取りだす。メルヴィンが選んだ武器は、3mを越える巨大な大剣であった。両手で持ち、頭上に振り上げ――敵に向けて振り下ろす。敵は盾で防ごうとしていたが、まるで豆腐。盾ごと敵の打鉄を一刀両断にしていた。
「弱え。この程度か、篠ノ之束ぇっ!」
打鉄を蹴散らしながら、メルヴィンは人参までの距離を詰めていく。念には念を入れて、後方のトロポスの増援も加えることにした。このまま、IS学園まで逃がすつもりはない。
◆◇◆―――◆◇◆
轡木さんから緊急の呼び出しを受け、俺は地下の司令室にやってくる。こうして直接向こうから呼び出されるのは珍しいことだった。つまり、それだけ事態が大きく動いていることを示している。
「何かあったんですかっ!」
俺が慌てて駆け込むと、そこには轡木さんの他にも人が大勢居た。山田先生だけでなく、他の先生方がいる。教員だけでなく、弾も箒もラウラもいる。意外なところとして、セシリアと鈴、そして、シャルまでもがここにいた。一瞬だけシャルと目が合ったが、すぐに逸らされてしまう。
「全員揃ったようだね。では早速だが現在の状況を説明したいと思う」
部屋の中央に立つ轡木さんが全員の顔を見回しながら話し始めた。「まずはこれを見たまえ」と言うと、山田先生が何かの操作をし、やや高い位置に映像が表示される。映し出されているのはトロポスの戦闘の映像だ。編成はキャバリエとティラールが中心だが、ゴーレムまで混ざっている大がかりな部隊。そんな大部隊が襲っている相手は、打鉄のような機体たちに守られている“空飛ぶ人参”だった。
「何ですか、これは?」
この場にいる人たち全員の代弁をしたつもりだ。だがそんな俺の疑問は轡木さんの一言で霧散する。
「束くんだよ」
「ああ、そうですか。じゃあ仕方ないですね」
束さんがやっているのなら、なぜ人参の形なのかとか聞くだけ無駄だ。何度も言うが、あの人は『人とは違う常識で動いている』人だし。
と、冗談みたいな映像を見せられて、本質を見てなかったことに気づいた。慌てて言葉を付け加える。
「束さんが見つかったんですか!? それに、敵に攻撃されてるってことじゃないですか!」
「その通りだよ、一夏くん。だからこうして君たちに集まってもらったのだ」
つまり、この場に集まっている人間は、亡国機業に対抗できる力を持った者ばかりだということだ。いや、力ではないか。おそらく、戦う意志を持った集団だ。轡木さんが「真耶くん、後の説明は頼む」と譲ると、山田先生が具体的な状況を説明し始める。
「現状、篠ノ之博士の乗る……人参ですが、敵の攻撃の影響で速度が出せない状態のようです。まだ打鉄型トロポスで持ちこたえているようですが、それもいつまで保つかはわかりません。敵には新型のトロポスの存在も確認されており、その戦闘能力は国家代表クラスと思われます」
急に周りが騒々しくなる。それもそのはずで、トロポスがISの国家代表と並ぶ力をつけていることは驚異以外の何者でもない。今は楯無さんもいないから、1対1で相手をできるのは山田先生か俺だけだろう。
「よって、織斑くんを中心とした部隊を編成し、篠ノ之博士を救出します」
「待って! どうして先生じゃなくて一夏なんですか?」
鈴が口を挟む。確かに俺より山田先生の方が作戦の成功率は上がると思う。だが当然、理由もあって――
「私の専用機“円月”のコアは学園のセキュリティにもつながっています。私が学園を離れると、IS学園は現状よりも無防備になるため、危険なのです」
山田先生がIS学園の守りの要と言われている理由だった。アリーナに使われているシールドなども、山田先生の専用機のコアによって作動している。こうした理由は2つあり、一つは訓練機のコアでは成長していないため出力が弱いこと。もう一つは、学園内の異変を山田先生が素早く知ることができるため。この状態にしたのは3月の話らしく、俺の存在でIS学園で何が起きるのか、ある程度想定されていたということなのだろう。そして、今はそれが裏目に出ている。
「状況はわかりました。俺が行けばいいんですね」
「はい。あくまで目的は篠ノ之博士の救出です。救出と言っても、正確には護衛になります。無理に敵を全滅させる必要はありません。IS学園にまで辿りついてしまえば、あとは……私の仕事だ」
山田先生がIS“円月”を展開する。それだけで、不安が過ぎっていた場の空気が一変する。これがヴァルキリーの存在感。仲間にいることによる安心感だ。
「織斑、凰、オルコット、ボーデヴィッヒは最大速度で先行せよ。教員部隊、篠ノ之、デュノアは後に続け。私にまでつないでもらうぞ。いいなっ!」
山田先生のかけ声で全員が一斉に動き出す。先行する俺たちはさっさと外に出ようと動き出すが、弾に「待った」と止められる。
「一夏たち4人はこっちに来てくれ」
「あ、ああ」
言われるままに弾についていく。すると、いかにも“カタパルト”といったものが設置されていた。水平でなく、上を向いた傾斜になっている。セシリアがやや不安げに弾に尋ねる。
「あの……五反田さん? これはもしかしなくても――」
「見りゃわかるだろ? こいつでお前たちを射出する。ギリギリまでエネルギーは温存しときたいからな」
確かに白式にとっては死活問題だな。俺は迷わず、白式をカタパルトに固定する。一度に2人ずつ出られるようで、隣には鈴がスタンバイしていた。
「さっさとやりなさいよ、弾。時間がないんでしょ?」
「よし。準備OK。頼むぜ、一夏、鈴」
「ああ、わかってる」
PICを起動。あとはカタパルトの初速を維持したまま目標地点まで飛ばされるだけだ。
ここで、俺宛にプライベートチャネルによる通信が来る。
『一夏……』
『箒か。どうした?』
『やっと姉さんが立ってくれた。お前のおかげだ。感謝している』
『まだ、早いぞ。束さんにちゃんと会ってから、もう一度言ってくれ』
『わかっている。だから、私と姉さんを会わせてくれ。頼む……』
箒の声音は気丈に振る舞っているときのものだった。内心、不安で仕方ないのだろう。もし、これが千冬姉ならと考えると、俺にはその気持ちが良くわかる。
『頼まれなくても、やるさ』
頭の中に楯無さんの残していった言葉が蘇る。
ヒーローなんていない。知らないところはそこにいる人たちでやるしかない。
俺はヒーローなんかじゃない。でも、これは知らないところなんかでもない。だから俺は戦うんだ。
周囲の景色が全て線になる。金属でできた空間を疾走し、地上へと飛び立った俺の体は青々とした空を舞っていた。隣の鈴も同じ速度で並んで飛んでいる。
「一夏、今はこんなこと訊いてる場合じゃないとは思うんだけどさぁ」
「ん? なんだ?」
鈴がらしくない前置きをして話しかけてくる。
「シャルロットと何かあったの?」
「たぶんな。この間のショッピングモールで何かやらかしたんだとは思うんだが、見当がつかない」
「何よ、それ。アンタのネガティブ思考なんてどうでもいいのよ。別にケンカしてるわけじゃないのね?」
「少なくとも俺にはそんなつもりはないな」
鈴は「それならいいわ」と話を切りあげる。俺としても今はその話を続ける気にはならなかった。
……あの夜に、無理にでも話をしておくべきだったのかな。
もうタイミングを逸してしまった気がする。あれからシャルとはまともに会話をできていない。たまに見かけてもすぐに離れていってしまう。きっかけさえあれば向き合えるとは思うが、まだ俺の手元にはそれがない。
考え事をしているうちに、光が飛び交う空の戦場が見えてきた。その中心に例の人参が見える。今は戦闘に集中しろと意識する。
「鈴、敵トロポスのデータは受け取っているな?」
「あたしの知らないのまで、ちゃんと受け取ってるわ。それがどうしたの?」
「そのリストに載ってない奴がいたら、俺が相手をする」
「あたしがそれを許すと思う?」
「思うよ。俺は1対1しかできないから、役割分担としては妥当だからな」
慣性飛行をやめ、推進機にエネルギーを供給。俺たちは散開しつつ、敵味方が入り乱れている戦場に飛び込んだ。
「はあああ!」
手近なティラールを両断する。鈴の方はもっとド派手にキャバリエを複数体まとめて蹴散らしていた。攻撃範囲が広いのって羨ましいなと思う。
「会いたかったぜ! 織斑一夏ぁ!」
声だけでわかる。奴だ。トロポスの隙間を縫うようにして高速で接近する紫の機影を捉える。そのスピードは、今まで相手にしてきた中で1、2を争うものだった。
俺はその姿を確認して驚きを隠せなかった。奴が素顔をさらしている。これが意味することを俺は即座に直感した。
敵の新型トロポスはほぼISであり、操縦者があのメルヴィンであるということを。
白式とそう変わらない速度で接近してきたメルヴィンが、自身の倍近くの長さの大剣を振り上げ、叩きつけてきた。俺は雪片を呼び出し、その攻撃を受ける。
――重いっ!?
今まで感じたことのない違和感があった。逆らってはマズイと判断し、後方へのイグニッションブーストを使用して逃れる。
「逃げの一手か? それで勝てるほど甘くねえぞっ!」
敵もイグニッションブーストで俺に追いすがってくる。馬鹿でかい大剣を振り回しているとは思えない俊敏さで、白式でも距離を開けない。メルヴィンは右から横薙ぎに斬りかかってきた。同じように受けるのは悪手だ。かと言ってルー・ガルーの時からPICを自在に使いこなしていたメルヴィンの剣を流すことが簡単だとは思えない。そもそも俺は、メルヴィンの爪を避けきったことがないのだ。
だから俺の選択は、防御ができないのなら、攻撃してしまえということになる。雪片を変形させ、零落白夜を起動する。対象は敵の大剣。斬る瞬間にエネルギーの刀身を形成し、受けるのではなく叩き斬る。大剣は俺のイメージ通りにすっぱりと斬れ、でかい刀身は下へと落ちていった。下が海で良かった。
俺が武器を壊した途端に、メルヴィンは自分から離れようとする。その動きには無駄がない。自分の得物に未練もない。俺としてもメルヴィンがこの程度で動揺するなどとは欠片も思っていなかったので、追撃に移っていた。先ほどまでとは逆の立場。俺の一撃は受けることが困難というわけでなく、受けることが不可能だ。一撃で決まる。だが、メルヴィンが武器を呼び出したことで状況が変化する。
――ショットガン!?
奴の両の手にそれぞれ握られているのはシャルも使っているショットガン“レイン・オブ・サタデイ”だ。この状況がシャルとの試合ならば強引に斬りに行くところだが、俺は追撃をやめて射線上から離脱する。大剣による攻撃の“重さ”の謎を解明していない状態では、普通の銃撃と思わない方がいい。
「それが零落白夜って奴か! てめえもあの時のままじゃねえってわかって安心したぜ」
「そういうアンタも新型みたいだな。それもトロポスなんだろ?」
「ああ、そうだ! だが、トロポスと見くびってると……死ぬぜ?」
メルヴィンが両手のショットガンを収納し、ショートブレードの二刀流となる。その行動からわかるのは、先ほどのショットガンはハッタリだったということだ。零落白夜を知っていて、中距離戦ができるのなら、自分から近づくことはしないのがセオリー。初撃の大剣と同じ“重さ”がショットガンの弾にもあるのなら、それで戦うはず。メルヴィンは勝利に貪欲な男のはずだ。それでいて慎重な男。そんな男が剣に持ち替えた理由は、剣で戦う必要があるからに他ならない。
俺とメルヴィンは同時に前に進み出た。先に攻撃のモーションに入ったのはメルヴィン。左の剣は下段で構えたまま、右の剣のみを横から斬りにかかってくる。対する俺は、エネルギーブレードで迎撃を試みる。刃同士をかち合わせれば、一方的に俺が勝つ。だが、メルヴィンの剣は急停止し、雪片から逃げるように逆方向へ剣が逃げる。
――本命は左なんだろう!
下段で構えていた左の剣が俺の右腕を刈らんと斬り上げられる。俺は雪片を振った勢いを殺さずに、体を回転させつつメルヴィンの攻撃範囲から離れて回避する。当然、その隙をメルヴィンが逃すわけもなく、振り上げられた状態の左の剣でそのまま俺に斬りかかってきた。だが、この隙はわざと見せたものだ。右手の雪片を拡張領域に戻し、左手に逆手で構成。そのまま、後方のメルヴィンに突きを繰り出す。メルヴィンはその攻撃も想定内だったのだろうか、体を仰け反らせつつ後方へのイグニッションブーストで安全圏まで離れていた。
周りから見ればやりとりの決められた演舞にしか見えなかっただろう。ここまでで俺たちは互いに攻撃を一度しか当てれていない。それは互いに理解しているからだ。一撃でももらえば、それが敗北につながるということを……
白式の零落白夜は文字通りの一撃必殺。
そして、メルヴィンの攻撃の威力は未知数だが、ここまで実力が拮抗していると、白式の燃費の関係上、戦闘継続が困難になる。
「はっ! 変わったのは
「アンタに褒められても何も嬉しくないぞ」
「それでいい。オレが楽しいだけだからな!」
メルヴィンが言葉通りに楽しそうに笑う。純粋に命のやりとりを楽しんでいるようにしか見えない。時折垣間見せる慎重さとはギャップのある姿を見せることで相手の思考をコントロールしているのだ、と最近思うようになった。
言葉のやりとりは小休止のようなものだ。メルヴィンは直ちに俺への攻撃を再開する。余裕を見せているようだが、この戦闘の目的を考えれば、メルヴィンの方が追い込まれている。白式が全力で戦える時間は、他ISと比べれば短いものだが、ダメージさえ受けなければ、束さんがIS学園に辿りつくだけの時間は稼げる。
メルヴィンは両手の剣を同時に振り下ろしてくる。間違いなく策あっての行動だ。俺の選択肢は、まとめて斬り払うか、下がって避けるか。俺は後者を選択する。メルヴィンの攻撃が空振ったことを確認した。その瞬間――白式が被弾を報告してきた。左足と右腕にそれぞれ銃弾が1発ずつ命中している。
――この攻撃、どこから!?
周囲を見れば、ティラールが数機、確認できた。俺を攻撃したのはティラールの狙撃だろう。俺とメルヴィンの一騎打ちの場ではないことはわかっているからそれ自体は不自然ではない。問題は、俺とメルヴィンの戦闘スピードに無人トロポスがついてきていることだ。
「どうした! 動きが悪くなってるぜ!」
またもやメルヴィンが、やや強引な攻めを思わせる2振りの剣を同時に上段から斬りつけてくる。今度は退かずに真っ向から斬ろうと雪片を振るう。その俺の右手は、ピンポイントに手首を狙撃され、一瞬だけ動きを止められた。俺の迎撃を読んでいる。この攻撃が無人トロポスのものだと思えない。かといって、メルヴィンに合わせられるスナイパーが居るとも思えない。
――まさか、メルヴィンが遠隔操作している?
気づいたところで、間に合わない。白式でどこまで耐えられるかはわからないが、俺はこの攻撃を受けざるを得なかった。……一人だったなら。
『お待たせいたしましたわ』
俺とメルヴィンの間を一条の閃光が通過する。直撃こそしなかったものの、メルヴィンの両手を掠めていく。完全にメルヴィンが知覚していなかった攻撃だった。さすがは俺たちのスナイパー。俺自身、こんな援護があると思ってなかった。周囲には高速で移動する4つの青いフィンアーマーが展開され、俺を狙っていたティラールたちを次々と破壊していく。
『助かった、セシリア』
『これくらい当然ですわ。周りのトロポスはわたくしにお任せを。一夏さんは目の前の相手に集中してくださいませ』
やはり仲間がいることは心強い。俺一人では困難な道も簡単に開いてしまう。俺はセシリアの狙撃に怯んだメルヴィンに向かう。
「食らえええ!」
正直、俺はメルヴィンに訊きたいことはある。でも、今はそれよりも大事なことがあった。手は抜かない。たとえこれでメルヴィンが死ぬことになろうと、俺は勝たなければならない。
「させるかよっ!」
対するメルヴィンは俺の斬撃に向けて、手榴弾を投擲した。至近距離で俺はソレを両断する。瞬間、俺とメルヴィンは爆発に巻き込まれた。
「くそっ!」
「クソがっ!」
舌打ちと罵りが重なる。爆煙から離れるように距離を開けた俺たちは互いを見据える。
そこで通信が入ってきた。
『織斑、ご苦労だった。篠ノ之博士は無事IS学園の領空内に入った。敵の出方を見つつ、撤退を開始しろ』
束さんの救出は完了した。これは同時に敵の失敗のはず。その証拠にメルヴィンには俺に次の攻撃を仕掛けてくる様子が見られない。
「やっぱてめえが出てきて上手くいくほど、甘くねえか。仕方ねえ、決着はまた後だな」
メルヴィンは俺に構わず、即座に撤退していった。数を減らしていたトロポス部隊もメルヴィンに追従していく。ゴーレムも健在な部隊が相手では荷が重い。追うのは愚策と思い、俺も引き下がることにする。
『皆、戻るぞ。今回は俺たちの勝利だ』
***
「ところで、一夏さん。篠ノ之博士とはどのような方なのでしょうか?」
「あ、それあたしも気になってる。どうなの、一夏?」
俺は今、セシリア、鈴、ラウラと共に地下へと向かうエレベータの中にいる。もう既にグラウンドから出撃などという真似をしているから、このエレベータでコソコソと移動する必要はないのだが、現状は別の移動手段がない。
「束さんかぁ……」
セシリアと鈴に問われて、つい天井を見上げる。口で説明するのは色々と難しい気がした。結局考え込んだまま、エレベータは目的地に到着する。
「会えばわかる。そうだろう、一夏?」
「ま、そうだな。悪いが言葉で言い表すのは難しい人としか言えない」
ラウラのフォローをそのまま受け、俺を先頭に司令室に入った。中にいる人の数は出撃前よりも少ない。だが、出撃前と同じ人数がいたとしても違和感がバリバリだっただろう。ウサ耳をつけた人物が紛れていれば目について当然だ。ましてや、それがピョコっと何かに反応して動こうものなら、その存在に気づかぬ人間はいない。
「あ、いっくーーーんっ!」
俺たちに背を向けていた、ウサ耳をつけた青と白のワンピースの女性、束さんがクルリと華麗にターン。遠心力でふわりと浮くスカートは、直後の前進により、急速にしぼむ。まだそれなりの距離が開いているのにもかかわらず、彼女は「とうっ!」と飛翔した。誰かさんとの再会を思い出させるが、あの時とは支えなければならない質量(特に胸)が違う。
周りの3人は固まってる。さて、俺はフライングボディプレスをしてくるウサ耳ミサイルをどう迎撃しようか。そう思っていると、救いの手が現れた。本当に救いの“手”だった。最近、この手に酷い目に遭わされた気がするけど、今は置いておこう。その手はウサ耳ミサイルの頭部をがっしりと捕らえると、ミサイルの侵攻を停止させた。
「会いたかったよ! さあ、ハグハグしよう! 2人の愛を確かめ――い、痛いよ箒ちゃん……」
「落ち着いてください、姉さん。皆が困っています」
「大丈夫だよ、箒ちゃん! 束さんのは親愛の情だからじぇらしぃを感じなくても――いたたたた!」
飛んできた束さんを止めてくれたのは箒だった。彼女の言うとおり、この場は妙な空気が出来上がっていた。半分はキテレツな束さんに対して、もう半分は姉の頭部に指を食い込ませている箒に対して、皆が引き気味であった。
束さんはその状態からすぐに抜け出し、改めて俺を見てくる。
「大きくなったね、いっくん。いつぶりだっけ?」
「7年ぶりです、束さん」
相変わらず自分が話したいことばかりが口にでるマイペースな人だった。変わってなくて本当に嬉しい。ただ、若干目線を下にして大きくなったと言わないで欲しい。
「束くん。改めてここにいる全員に自己紹介をしてくれるかね?」
「わかったよ、おじさん!」
束さんはトッテテーと轡木さんの隣まで走っていき振り返る。
「私が噂の束さんだよ。趣味は箒ちゃんの観察。特技は箒ちゃんの3サイズを見るだけで正確に把握すること。えーと、今の箒ちゃんは――いだいっ!」
「殴りますよ?」
「殴ってから言ったーっ!」
轡木さんが仕切り直そうと試みたのも失敗。結局、箒と束さんの漫才が繰り広げられているだけだった。皆の反応はどうか知らないけど、俺はこの光景を見て胸が温かくなってきた。
……箒の顔が、いつになく楽しそうだったから。
俺もいつかあんな顔ができるかな? 千冬姉。
「さて、束くんの自己紹介が終わったところで、そろそろ本題に入ろう」
篠ノ之姉妹のやりとりをニヤニヤと眺めていた轡木さんが顔を引き締めて話し始める。箒も束さんも静かになり、全員が轡木さんを注目していた。いつの間にやら、周囲の壁に多くの教職員の姿もある。
「私は教育機関としてのIS学園を、本日付けでやめることにしようと思う」
轡木さんの衝撃的な発言。しかし、驚いたのはごく少数だ。自主退学が相次いでいる現状では、元々教育機関として機能しているとは言えない。
「ガクエンチョ~、全校生徒をグラウンドに集めましたー」
「ご苦労だったね、本音くん。君も生徒の中に戻りなさい」
むしろ俺が驚いたのは、のほほんさんの登場だった。彼女も箒と同じく轡木さんの関係者だったらしい。彼女は「りょ~かい」と再び退室していく。
「では我々も場所を移すとしよう」
***
場所はグラウンドに移る。そこに集まった全校生徒は、入学式の時と比べて3分の2ほどに減ってしまっている気がする。俺を含む1年の専用機持ちも全員が生徒の中に混ざる。
まず、壇上に束さんが上がった。マイクを持って高々と宣言する。
「IS学園は、この篠ノ之束が占拠した! ここに居る限り、君たちには自由などない! 束さんの手足となって働くことしかできないのだあ! ハーハッハッハ――ギャフンっ! ……うん、箒ちゃんのツッコミ速度が人の領域を越えたことに束さんはビックリだよ」
バカなことを言い出した束さんを、いつの間にか背後に回り込んでいた箒が特大のハリセンでひっぱたいていた。ちなみにあのハリセンは紅葉の拡張領域に入れてあるらしい。IS展開なしのラピッドスイッチと考えると、箒のIS適性がCというのは何かが間違ってるとしか思えない。
箒によって壇上から引きずり下ろされた束さんの代わりに轡木さんが登る。さすがはIS学園の生徒だ。ここまでのやりとりの間、少しも騒いでいない。
「IS学園の生徒諸君。知っている者は知っていると思うが、用務員の轡木十蔵だ。皆には秘密にしていたが私こそがこのIS学園を取り仕切る学園長なのだ」
あちこちから「やっぱりー」という声が聞こえてくる。一瞬だけ轡木さんが悲しそうな顔をした気がするのは俺の気のせいだろう。もしそうだとしても、自業自得としか言えない。努力が、足りない。
「先ほど壇上に上がっていた人物は、皆もよく知るISの開発者、篠ノ之束くんだ。もちろん、彼女の身柄を各国が欲していることは私も把握している。新たなコアを欲していることを理解してはいる。だが、我々はどの国の要求にも応じない。少なくとも、今はまだ無理だ」
徐々に生徒たちが騒々しくなってくる。それもそのはずだった。いくらIS学園がアラスカ条約によって、あらゆる国家、組織に帰属しないとは言っても、コアの技術を独り占めにするというのは全世界に対する宣戦布告に等しかった。
「今年度になって先月までの間に、我が学園は3度のテロを受けている。そのテロを起こした組織の名前は亡国機業。世界の軍事を裏で操る死の商人たちだ。ISも彼らの次なる“商品”として狙われている。だが、私はISをただの兵器になどしたくはないのだ!」
ISをただの兵器にしたくない。轡木さんもそう思ってくれていると知って俺は安心した。俺も、ISが不幸を振りまくだけの存在であって欲しくない。
「我々は亡国機業と真っ向から戦う。本日を以て、ここ、IS学園は対亡国機業の拠点となることを、学園長である轡木十蔵が宣言するっ!」
ざわざわと騒がしくなる。突然こんな話を聞かされて、はいそうですか、などと納得できるはずもない。それも、突然現れたISの開発者とIS学園の学園長の言葉では届かない。
学園の上層部と生徒をつなげる存在があるとすれば、それは――
生徒会長だけだろうな。
俺は前へと歩いていく。モーゼの海割りを彷彿とさせるように人が道を作っていった。俺はその中を歩き、壇上に登ると轡木さんからマイクを受け取る。
「皆、戸惑いの方が大きいと思う。でも、今、学園長が言ったことは本当でさ。ISを兵器としてだけに使おうとしている組織があるんだ。でもそれはテロ組織だけの話じゃない。いくら競技用と言い張っていても、実際の世界は兵器の開発競争をしている。俺たちは、ここでその手伝いをしてきてたことに変わりはない。まずは、自分が無関係だって考えは捨ててくれ。ISに関わることを決めた時点で、逃げてはいけないことなんだ」
認識の出発点は、ISという“兵器”を扱ってると自覚することだった。
「でもさ、ISって兵器以外にも十分に使い道があるだろ? ニュースを見てくれたかは知らないけど、人を助けることもできる。それに、束さんは宇宙開発のためにISを造った。元々兵器なんて想定されてなかった。ISを兵器にしたのは人なんだ。だから人がISを兵器でなくすこともできるって俺は信じてる」
次にIS=兵器という考えを捨てる。俺が憎んでいたのはISではなかった。ISを兵器として利用した人こそが戦うべき敵。
「矛盾してる行動かもしれない。それでも俺は、ISを兵器でなくすために、亡国機業を打ち倒す。そして、世界にISを兵器とすることの危険性を訴えて、平和利用を模索したい。それが生徒会長として、俺が決めた目標だ。ついてこいとは言わない。ここは戦場になる。だから帰りたい人は、すぐに実家に帰った方がいい。それでも、俺と一緒に戦ってくれるという人は、この場に残ってくれ」
俺が言い終わると、すぐに行動に移る人たちがいた。多くが1年生だった。無理もないだろう。訓練機に乗り出して間もないのに戦場に出ろなどとこちらからも言えない。次々と数が減っていく。こればっかりは人望でどうにかなる問題じゃないとは思うが、俺自身、自分に人を引っ張るカリスマが無いと感じている。
最終的に半分弱が残った。
マズいな……目頭が熱くなってきやがった。
2、3年生がそれなりに残ってくれていることはもちろん嬉しかった。でも、それ以上に嬉しくも頼もしいことがあったんだ。
1年1組が全員残ってくれていた。
「ほら、アンタは生徒会長なんでしょ! 残った連中に言うことあるでしょーが!」
わかってるよ、鈴。俺から言いたいことは一つだけだ。
「……ありがとう。俺、頑張るから。だから、皆……俺と共に戦ってくれっ!」
最後まではっきりと言い切れたか自信はない。それでも皆の拍手が温かかったことはずっと覚えている。この先ずっと覚えているに決まってる。