IS - the end destination - 作:ジベた
セシリアが敵の拠点を見つけた翌日。俺たちは司令室に呼び出されていた。集められたメンツは俺を含めた1年1組の専用機持ち6名。この場に他にいるのは轡木さん、山田先生、束さん、後は周囲の席に座っているクラスメイトたちである。
見回している途中でシャルと目が合ったが、すぐに彼女は顔を伏せてしまう。やはりまだ避けられているらしい。
「さて、この早朝に諸君らに集まってもらったのは他でもない。亡国機業の拠点の一つを発見したのだ。当然、我々はこの敵拠点を落とすつもりだ」
轡木さんが話を始める。今回は俺にとって2度目となる、敵基地への襲撃だ。1度目に遭ったことや、自分から能動的に戦いにいくことを考えると気が滅入ってくる。それでも、これは必要なこと。だから俺はやれるはずだ。
「待って! もしかして、あたしたちだけで?」
鈴が声を張り上げる。言いたいことはわかる。IS学園の生徒、それも1年生だけで構成されているわけだから。でも、今は攻めにいける人間が俺たちだけしかいないんだよ。
「凰さんが言いたいことはわかります。しかしですね、先日の亡国機業の襲撃を考えると、敵の狙いはIS学園、正確には篠ノ之博士なんです。学園の防衛の人員はそれなりに必要となりますし、少なくとも私か織斑くんがいなければ対応できない敵が攻めてくる可能性もあります」
「じゃあ、先生が行けば――」
「鈴、俺と山田先生では明らかに山田先生の方が防衛戦に向いているんだ。むしろ俺が防衛戦向きではないと言った方がいいな。だから俺が攻めにいくことは決まってるんだよ」
「でも……!」
鈴がなおも食い下がる。俺は彼女の頭に軽く手を乗せた。
「俺の心配はいらない。もう決めたって言ったろ? ただ、一緒に来るかどうかは自分で決めてくれ。強制はしたくない」
「アンタが行くなら行くに決まってるじゃない、バカ……」
鈴の答えを聞いてから他の皆の顔を見ていく。
「そもそも見つけたのはわたくしですからね。最後まで付き合うつもりですわ」
「全校生徒合わせて、私以上に戦場に相応しい人材はいないぞ?」
セシリアとラウラの即答。思えば俺が本気で戦おうと決める前から、この2人は戦っていた気がする。彼女らの目を見て俺は力強く頷く。そして、次にシャルを見る。
「シャルは……やっぱり反対か?」
「どうしてそうなるのさ。もちろんボクも行くよ。言ったはずだよ。『ボクが一夏を護る』って」
シャルが真っ直ぐに見返してくる。俺が久しく見ていなかった顔だった。避けられていると思っていたのは勘違いだったのかもしれない。
最後に箒を見る。正直、俺は彼女が参加することにだけは抵抗があった。
「箒。お前はどうする?」
「当然、私も参加する。誰よりも長く奴らと戦ってきた私を、今更除け者にする気か?」
反対するのならば斬ると言わんばかりに睨まれる。だが、怯んでいるわけにもいかない。辛いかもしれないが、ハッキリと告げなくてはいけなかった。
「箒。悪いが、俺はお前が来ることには賛成できない」
「何故だ?」
懐かしい感覚だ。今の箒は鞘から日本刀の刃をチラツかせている状況。最後まで言えば抜き放たれるのかもしれないが、それでも言うしかない。
「紅葉はこの戦闘に不向きだ。わざわざ不利な戦場に出す愚は犯したくない」
「なるほど」
おや? 刀が鞘に納められたぞ? それどころか笑いを堪えているような印象を受ける。
「ならば、何も問題はない。そうですよね、姉さん」
箒から束さんに話が振られる。束さんは「とうっ」といういつものかけ声とともに駆け寄ってきた。そういえば、どうして束さんが走るときだけ土埃みたいなモノが舞うのだろうか。ここ室内なのに……
「そうそう! 問題ナッシングなのだよ、いっくん」
「束さんがそう言うってことは……新型ですか!?」
「そのとーり! 箒ちゃんの新しい専用機“
聞き慣れない単語を耳にしたときは、大体直接聞き返すのだが、自分で考えてみよう。
デュアルコア。単純に意訳すると2つのコア? それで、多分合ってる気がする。いろいろと2倍になりそうだ。
「なんか凄そうなのはわかったんですけど、いきなり実戦で使える代物なんですか?」
「いっくんはこの束さんの実力を甘く見てないかい? 初期不良なんてあるわけないよ」
「いえ、そうではなく箒がちゃんと扱えるのかなって」
「大丈夫だ。一度動かしてみて、やれると実感した。そう私が言っても一夏は止めるつもりか?」
ここまで大丈夫だと言われてダメと言うつもりはない。俺の方の根拠は何も無くなってしまったのだから、束さんの判断を信じよう。そもそも鈴たちに戦ってくれと言っているのに箒だけ特別扱いするのも変だし。
「わかった。頼むよ、箒」
「承知した。私が頼れるということをお前に見せてやろう」
これで全員の意志を確認した。あとは具体的な作戦内容を聞くだけだ。司令室上部に地図と機械でできたような島の映像が表示される。
「敵の拠点はこれだ。船の類ではなく移動洋上基地と言った方がよい代物だった。既存のレーダーに反応はなく、ISのハイパーセンサー抜きでは視認できない光学迷彩まで施されている。この映像は指定した座標を束くんに撮影してもらったものだ。場所がわからなければ見つけられるようなものではない」
「つまり、それだけの設備の整った拠点ということは――」
「敵の本丸、もしくはそれに近いものだと予測できる。私の予想では本拠地ではないが、敵の中枢につながる何かが見つかるものと信じている」
今回の作戦は状況が大きく動く可能性が高いというわけだ。俄然、やる気が出てきた。ここで、セシリアが挙手をして轡木に意見する。
「ポイントまでの移動手段は何でしょうか? ここから出撃ですと作戦中にエネルギーが不足する可能性がありますわ。かと言って通常の輸送手段では敵に気づかれてしまいます」
「さすがはセシリアくん。その通りだとも。だから今、弾くんに頼んで用意させている。――っと、噂をすれば来たようだね」
轡木さんが目を向けた先には弾の姿があった。俺に向けて手を振った後、全員に告げる。
「作戦説明の続きは船の方でしようぜ」
そして弾を先頭に俺たち6人は移動する。
IS学園の地下。深さはどれだけか知らないが、水面があった。そこには一隻の潜水艦が見える。……多分、潜水艦だ。じゃなきゃ壁に囲まれたこの空間から出られない。しかし、形状はどう見ても、普通の船だった。
「なぁ、弾。これで行くのか?」
「見た目で判断するな。束さんにも手伝ってもらった特注品だからな。さ、入った入った」
弾に急かされて俺たちは内部へと入っていく。そこには先客が一人いた。
「おりむー、やっほー!」
のほほんさんだった。彼女が操縦士らしい。この作戦、本当に大丈夫か? 「布仏、頼むぞ」と弾が声をかけると「ラジャー」という元気のいい返事をしていた。次の瞬間、船が海中に沈んでいく。
「な、なんだ!? おい、弾!」
「落ち着け。潜水くらいできる。この船はISだからな」
合点がいった。つまり俺たちは、のほほんさんのISに乗り込んでいる形になっているわけだ。不思議な膜で覆われている船の内部は、水中に入っても外と変わらない。空気の循環はどうしてるのかは知らないが、束さんだし何が起こってても不思議じゃない。
「さて、細かい作戦の内容を伝えよう」
落ち着いたところで弾が轡木さんの代わりに作戦を提示する。
「今回の作戦の目的は敵拠点の壊滅ではなく、敵中枢につながる情報の入手だ。よって、部隊を2つに分ける」
「陽動と潜入だな」
「その通りだ、ボーデヴィッヒ」
ラウラとのドイツでの作戦と同じと言うことだった。しかし前回と違い、分け方が問題となる。まあ、弾が最適解を出してくれているだろうけどな。
「陽動に求められるのは、単純な戦闘能力。潜入に求められるのは、情報収集能力に、至近での戦闘能力だ。本来はオルコットに潜入組に入ってもらいたいのだが、屋内戦闘には向いていない。よって、陽動組は一夏、箒、鈴、オルコット。潜入組はボーデヴィッヒとデュノアとする」
妥当な分け方か。もしかしたら俺とセシリアで潜入という選択肢があったのかもしれないが、敵の戦力が把握し切れていない以上、俺が表にいないわけにはいかない。メルヴィンが出てくる可能性がある。
「五反田。敵基地内部の地図はあったりするのか?」
「悪いが不完全なものしかない。オルコット、ボーデヴィッヒにデータを転送しておいてくれ」
「了解しましたわ」
着々と準備が進められていく。潜入組のことは弾に任せることにして、俺は俺で確認しておかないとな。
「箒。一ついいか?」
「改まって、どうした? まさかまだ私を心配しているのか」
「似たようなもんだ。俺はお前にどれだけ頼っていいかわからないからな」
オブラートに包んだ言い方のつもりだ。ただ単純に、これまでの戦闘の経験から考えて箒では戦えないというイメージが拭いきれない。だが箒は不敵な笑みを見せる。いつになく自信が全面に押し出されていた。
「単純な性能で言えば、私の紅椿に匹敵するISは無い。もちろん私自身の技量は足りてない。だがな、私には強力なサポートが存在する。心配は無用だ。言っておくが、今の私はお前たちにも負ける気はしていないぞ」
強がりにしては余裕が窺えた。箒は本気でそう考えている。俺が思っている以上に“紅椿”とやらは強いということなのだろう。……実際に見ないとわからないことには変わらないがな。
◆◇◆―――◆◇◆
船が海上へと浮かび上がる。目的地に着いたということなのだが、周囲の見える範囲には海原が広がっているだけだった。
「この船には戦闘能力はない。よってここから攻撃を仕掛けてもらう予定だ。ボーデヴィッヒとデュノアは先に出撃してくれ」
ラウラとシャルロットが「了解」とISを展開して出撃していった。自分たちもすぐに出撃だ。箒は左手首に結びつけられている金と銀の鈴を見つめる。待機状態のIS“紅椿”だ。紅葉の時と違って、鈴は2つある。これこそが紅椿の強さの秘密。箒の自信の源だ。
一夏たちが各々のISを展開する。箒もそれに続いて左手を正面に差し出す。まるで自分の中の何かを誰かに届けるかのように。
(来て、紅椿。私に一夏を助けになる力を貸してくれ)
赤い花びらのようなエネルギー体が箒の体を包んでいく。それらは手足の鎧を形作っていき、背中の4つの翼状の非固定浮遊部位にもなり、胴体にも軽く装甲を作る。最後に、両手に刀が召喚され、紅椿の展開が完了する。
『いよいよだね、箒ちゃん。大丈夫? 緊張してない?』
『心配は無用です、姉さん。今の私は不謹慎なくらいです。早く一夏に私の戦いぶりを見せつけてやりたくて仕方がないんですから』
『それは逆に心配だよぅ……でも、大丈夫! 束さんがちゃんとフォローするからねっ!』
展開直後から束と会話する。声も発さないこの会話は通常のプライベートチャネルとは別物である。その間に、一夏と鈴は船から飛び立っていった。セシリアは最後尾で支援射撃がメインになるのだから、次は自分の番である。箒は船から飛び立とうと推進機にエネルギーを送り始めた。
「箒。俺からは無茶するなと言わん。遠慮なく暴れてこい」
「当然、そのつもりだ」
親指を立てて見送る弾に軽く笑いかけてから箒は飛び立つ。速度0から瞬時に亜音速に到達する。紅葉ではあり得なかった加速性能だ。紅椿を通して見る世界は、広大で、自由なものである印象を受けた。
『箒ちゃん。もう、いっくんと…………いっくんたちが戦ってるよ』
束に言われた後で箒も視認する。一夏はキャバリエの集団に包囲され、鈴はゴーレムと戦闘をしていた。当人たちにとっては逆の方がやりやすい相手だろう。
『彼女は凰鈴音です。共に戦う者の名前くらい、しっかりと胸に刻み込んでおいてください』
『箒ちゃん、ヒドいっ! 束さんが傷物になっちゃうよぅ……』
『文字通りに体に刻まないでくださいっ! いいから、行きますよ!』
束が人の名前を覚えるのが苦手なのは今に始まったことではない。説教は後にして、今は作戦遂行に集中する。この状況で加勢するなら、一夏の方だ。箒が一夏の元へ行きたいと念じるだけで、紅椿はイグニッションブーストを使用する。
(これが、今まで一夏が見てきた世界か……)
キャバリエまでの距離が瞬時に詰まる。その速度を維持したまま、箒は右の刀を突き出した。刀は無防備なキャバリエの胴部を捉えるが、貫通するには至らない。だが、攻撃はまだ終わっていない。箒の右腕を中心に複数の光弾が輪を作っていた。それらが一斉にキャバリエに殺到。始めの方の数発に耐えきれなかったキャバリエは爆散し、行き場を失った他の光弾が四方八方へと飛んでいき、海上に大きな水柱を作りだす。
『箒ちゃん。
『すみません、姉さん。今のは普段の癖です』
否。わかっていてやったのだ。ただ、実感したかった。キャバリエ1機に四苦八苦していた頃とは違うのだと。
雨月は紅椿の特殊装備の一つ。束がどこからか手に入れてきた銀の福音の特殊装備“銀の鐘”のデータを元に作り上げたものだ。箒自身には銀の鐘を扱うだけの適性は一切無い。それでもなお、雨月の使用を可能にしているのは束の技術力と、もう一つの理由がある。
「一夏、ザコは全て引き受ける。お前はゴーレムを倒しにいけ」
「……わかった。無茶はするなよ」
一夏の周りにいたキャバリエを左手の刀“
一夏は一瞬だけ不安げな顔を見せた後で、鈴と戦闘中のゴーレムに向かっていく。彼が心配することはある意味で仕方がない。箒が相手をすると言ったザコトロポスは数えるのが面倒な量だ。それらが一気に散開し、青い空が黒い人型の群で埋められた。紅椿が敵にロックされたことを無数に警告してくる。それは、ほぼ全ての機体の銃口がこちらを向いているということを告げていた。
『姉さん、選択肢は?』
『全部受ける、全部避ける、全部吹っ飛ばす。箒ちゃんの好きなのでいいよ♪』
『では、吹っ飛ばします』
『あいあいさー! 両手を前に出しといてねっ!』
束の了承と共に、背部の非固定浮遊部位が箒の意志と無関係に動き出す。箒は束に言われるままに、刀を持ったままの両手を前に出す。翼だったものが金属のこすれる音を立てながら形を変えていき、両腕にまとわりつくようにして一つの形を作り上げる。まるで巨大な刀の鍔だ。一体化した両腕は刀の柄であろう。肝心の刀身の部分から先は“今は”存在していない。
箒はその武器を振り上げた。この形は束がわざわざそうしたものだとわかった。これは、要するに刀なのだ。
『燃費が悪いから一振りで決めちゃおー! 一対多殲滅用エネルギー刀“
両手の先には赤く透き通った長大な刀身が構築された。重さは感じない。後は束を信じて、一気に薙ぎ払うのみ。
「はあああああ!」
『はあああああ!』
束とかけ声が重なる。型も何もない無茶苦茶な一刀だ。だが、刀身に触れたトロポスが次々と破壊されていく。赤の刀は燎原の火の如く、そこにあるモノを焼き尽くす。赤の通った後は黒でなく青い空が垣間見えていた。
この一撃で周囲のトロポスの半分以上を吹き飛ばした。だが残りのトロポスはやられた仲間のことなど気にするはずもなく射撃を開始する。しかし、箒が防御をと思う前に薙破が解除され、6つの部位に分裂すると箒の上下左右前後に配置される。
『箒ちゃんは傷つけさせないからね。
6つの浮遊部位を頂点とし、それぞれの点が線で結ばれて箒を覆う菱形が出来上がっていた。骨組みの菱形に赤色のエネルギーでできた肉が付けられ、外部と遮断される。敵の弾丸の全ては赤色の障壁を突破するだけの威力は無く、隙間の無い盾を前に敵の攻撃が通る理由は無い。
後は反撃で倒すだけ。盾の解除と共に、箒は右手を右に突き出し、左手は左の方の敵を狙って刀を振る。雨月と空裂は離れた敵でも関係なく喰らい尽くす。その時、左右に手を伸ばした箒は隙を晒していた。そこへ、敵の中のルー・ガルーが接近し、爪を箒に突き立てようとする。箒は後ろからの接近に気づいていない。だが、
『紅椿には束さんの目もついてるんだよ』
非固定浮遊部位の数は今度は2つ。それぞれが刀の形状をしていた。宙に浮いた刀は一本が敵の爪を受け止め、もう一本が敵の体を突き刺す。さらに、箒の左の追撃が入れられ、ルー・ガルーは両断される。
『すみません、姉さん』
『お礼も謝罪もノーサンキューだよ。一緒に戦ってるんだからね?』
『はい』
紅椿はデュアルコア搭載のISである。コアが2つ使われており、当然、求められている操縦者は2人なのだ。だから紅椿は2人で運用している。箒が本体の操作を担当し、束が遠く離れたIS学園から“意識だけ紅椿に移して”特殊装備の操作を担当している。
『じゃあ、いっくんが相手してないゴーレムもやってみようか、箒ちゃん!』
『はい!』
かつては3人掛かりでも倒しきれなかった強敵だが、今の自分ならやれる。束が一緒に戦ってくれている事実が箒の気を大きくさせる。今の箒は勝てないモノなどいないと信じることができた。
◆◇◆―――◆◇◆
俺の倍近くある巨体の腕から極太のビームが発射される。だが、未来位置を予測することのない人形にすぎないゴーレムの攻撃では、今の俺を捉えられることはない。悠々と大回りに回避しつつもゴーレムに接近する。近寄った俺に向けてゴーレムはその両腕を振り回してくる。ワンパターンすぎる。雪片を抜き放ち、零落白夜も発動させる。雪片と交差したゴーレムの腕は海へと自由落下していった。ゴーレムの上半身が1回転し、俺はもう一度同じことを繰り返す。メインウェポンを失ったゴーレムに対して、上段から雪片を脳天に叩きおろす。既に作業の領域の戦闘だった。
周囲を見回す。もう敵には大した戦力は残っていない。懸念していた箒の戦闘だったが、箒の自信は何の誇張でもなかった。おそらく今回の敵の半分くらいは箒が倒している。数を相手にすることに関しては他の誰よりも活躍できていた。
ここらでラウラに状況を確認しておこう。
「ラウラ、そっちはどうだ?」
『幹部クラスの人間には逃げられたようだな。この基地は放棄された。自爆まで残り20分を切っている』
ということは本来の目的は達成ならずということか。残念だが、敵の逃げ足の方が速かったと諦めるしかない。
「そうか。じゃあ、急いで脱出を――」
『何を言っている? まだ時間がある。必ず次につながるものを持ち帰ってみせる。切るぞ』
「なっ!? おい、ラウラ!」
返事はこない。ラウラは意地でも何かを見つけるつもりだった。俺は彼女の無茶を止めようと、慌てて敵基地へと向かう。その俺の前に、敵の新手が現れた。
――IS!? いや、コイツも無人機だ。
一瞬ISと思ってしまった理由は一つ。敵トロポスは女性を象っていた。洋服店のマネキンが武装していると言えばいいのだろうか。他のトロポスと違い、頭部にセンサーの類が露出しておらず、人で言う目に該当する部分にバイザー型ライン・アイが付けられているだけだ。武装は見た目では右腕に持っている近接ブレードしか確認できないが、メルヴィンのトロポスを考えるに量子変換している可能性もある。このタイミングで新型を投入してくる敵の意図は全く掴めないが、まずは俺が戦うしかないだろう。
「鈴、セシリア。2人は基地内部のラウラとシャルをさっさと脱出させてくれ。箒は引き続き俺と外で戦闘を継続だ」
俺は返事も待たずに新型に向かって突撃していく。敵の性能は未知数でも、白式の攻撃を受け止められるわけがない。時間をかけるつもりなど全くなく、一撃で決めるつもりだった。
俺の接近を確認した敵新型は何も持っていない左手をこちらに向ける。推測通り、そこに量子変換されていた武装が出現していた。ただ、一つ誤算があるとすれば……それは単純に武装ではなかったことだ。
――キャバリエ!? まさかあのトロポスは“トロポスを呼ぶこと”ができるのか!?
俺と新型トロポスの間に出現したキャバリエはランスを構えて突撃してくる。速度が大したことないとはいえ、無視するわけにもいかない。キャバリエのランスに対して体を平行にし、航空機のバレルロールと同様の動きで左に体をズラして回避。その際の体の回転を利用し、雪片を抜き放ちキャバリエの胴体を斬り裂く。当然のようにキャバリエの上半身と下半身がお別れを告げる。
だが、敵の狙いはこの少しの失速だったようだ。新型の背後に新たに3体のティラールが呼び出され、散開して各々が俺を狙う。そして、ティラールが手にしているライフルは通常のものと違っていた。銃口の形が、セシリアのスターライトmkⅢに近い。
「やべっ!」
俺は接近を止め、回避に専念する。PICをフル稼働させて急停止。その後、急速上昇した。俺が居た位置、俺が接近しようとしていたときの未来位置をティラールの“ビーム”が通過していく。
……マズいな。ティラールが第3世代兵器を使ってくるとは思ってなかった。
キャバリエやティラールが現在のISに勝てない理由は武装の貧弱さにある。あれらザコのトロポスは、ISで言うならば第1世代でしかない。だからこそ、強力なビーム兵器を積んできたゴーレムは驚異だった。しかし、エネルギー源となるISコアに変わるモノが量産できないのだろう。ゴーレムが出てきてからも、キャバリエやティラールは従来の装備だった。
それが何故か今は、ティラールがビーム射撃をしてきている。3体のコンビネーションは絶妙だ。1体が俺を狙い続け、他2体が俺の未来位置を予測した射撃をしてくる。接近を上手く阻害されていることを考えると、指揮官が居るはずである。つまり、敵の新型は、他のトロポスを呼び出して戦わせるというコンセプトなのだろう。おそらくはセシリアのBTビットのように、本体からティラールたちにエネルギーが供給されている。いつの間にかその数は倍の6体になっていた。下手に動けない。
「一夏っ!」
俺が攻め倦ねていると箒がやってくる。幸いにも彼女はティラールの包囲とは無縁の場所にいる。つまり新型本体を直接狙える位置だ。
「箒! 俺の救援より、そこの新型を破壊してくれ。そいつさえ倒せば、こいつらは問題じゃなくなる」
あくまで推測。だが不思議と当たっているという確信があった。箒は「わかった」と素直に応じ、新型へ向けて無数の光弾を発射する。ラウラのワイヤーバヨネットのような面に対する射撃攻撃だ。避けるには大きく動く必要があるため、よほどの高機動型でない限りは盾で受けるはず。ここで、敵には盾があることを思い出した。
再び新型の左手が正面に突き出される。その手の先にはやはりトロポスが出現する。甲羅を背に付けたようなトロポス……“キャラパス”だった。甲羅の中心が発光すると、半径3m弱の灰色の円が形成され、箒の攻撃を全て弾き返していた。
話に聞いていた限りでは、ラウラのパンツァー・カノニーアの全弾を受けてもビクともしなかったらしい。俺が無我夢中で斬ったら呆気なく砕けたことを考えると、零落白夜ならば簡単に破壊できる。
「箒――くっ!」
すぐに向かおうにも、周囲の6機のティラールが俺の移動を邪魔している。振り切ることができないわけじゃない。だが、今は試合でなく実戦だ。楯無さんとの試合のときのような多段イグニッションブーストを使うわけにはいかない。同様に被弾覚悟で突っ込むのも危険だ。雪片で受けられればいいのだが、失敗すれば大幅にシールドエネルギーが削られてしまう。
『いっくん、聞こえる?』
「束さんですか!?」
プライベートチャネルに対し、つい声に出して返事をしてしまった。それぐらい俺はテンパっている。
『今から箒ちゃんがそっちの包囲を崩すから、いっくんはその隙をついてキャラパスに向かってね? 要するに配置交代だよー』
確かに一番簡単な解決策だ。しかし、問題は箒の射撃精度……なのか? 多分、俺は一つ思い違いをしていたんだ。
箒がキャラパスを無視して、両手の刀をティラールの方へと向ける。背中の翼がそれぞれ変形しつつ箒の両腕に合体していき、巨大な矢をつがえたクロスボウガンを形作った。狙いは射撃の素人である俺から見ても、お世辞にも良いとは言えない。だが、これは先ほど見せていた馬鹿でかい刀と同系統のものだ。きっと狙いは適当でも、威力でカバーするのだろう。
「
矢は飾り。その下部に存在する銃口より、真紅のエネルギービームが放たれる。真紅の軌跡は周囲の景色が歪むほどの熱量をもって突き進み、2機程のティラールを破壊、他2機にも影響が出たようで動かなくなる。これが直撃させていない結果であった。
十分に道は開けた。2機の攻撃程度では俺を止めるには及ばない。上へ下へ複雑に動きながら、ティラールの射撃をやり過ごし、灰色の盾へと迫る。その俺の迎撃に新たなトロポスが呼び出される。ルー・ガルーだ。だが、
「“奴”じゃなければ、ザコなんだよっ!」
爪ごと一刀の元に斬り伏せ、なおも進む。続いて立ちはだかる灰色の壁。それも雪片の一突きで粉々に砕け、キャラパスをそのまま貫いた。雪片を抜いた後、邪魔なキャラパスを蹴り飛ばし、新型と対峙する。
もう呼び出すトロポスはネタ切れらしい。右手の剣で俺に斬りかかってきた。下段から斬り上げて、その刀身を遠慮なく斬り捨てる。丸腰になった敵の脳天に、雪片を上段から振り下ろした。大した抵抗もなく雪片が敵を両断する。2つに分かれた敵はそのまま海へと落下していった。
『今ので最後だね。それにしてもいっくん、束さんはいっくんの強さに驚いているよ』
『俺も驚きました。束さんも紅椿を動かしてるんですね?』
『にゃは♪ バレちった。……でも実際に戦ってるのは箒ちゃんなんだよ』
軽い言葉の中に真面目なトーンで混ぜてきた言葉がこの人の本音なのかはわからない。でも、俺もそれには同意したい。紅椿は2人で戦ってるから強いのだと俺も思っている。
『わかってますよ』
『それならいいさ。いっくんは箒ちゃんを甘く見てるところあるから、束さん少しお節介なこと言っちゃったかな?』
『何のことです?』
『多分、すぐにわか――』
束さんと会話が爆発音で遮られる。敵基地の自爆が始まったのだ。束さんとの通話を打ち切り、全員にオープンチャネルをつなぐ。
「ラウラ、シャル、セシリア、鈴! 誰でもいいからすぐに返事をよこせ!」
周りを見ても、俺と箒しかいない。つまり、皆はまだ敵基地内だった。まだ終わっていない。全員で帰ってこその作戦成功だ。俺は直ちに敵基地へと向かう。しかし、箒に羽交い締めにされてしまう。
「どこへ行くつもりだ、一夏!」
「離せっ! まだ中に皆が居るんだ!」
「落ち着け! 擦れ違いでお前だけ中に取り残されるかもしれないだろう!」
「わかってる! でも、何かトラブルがあったら助けに行かねえと!」
例えば、出口をキャラパスに封鎖されるだけでも脱出は困難になる。俺ならばそれを取り払える。だから行かないと――
「一夏、すまない。どうやら通信が妨害されていたようだ。とりあえず我々は4人とも無事だ」
俺と箒が口論になってるところにラウラから通信があった。すぐ後に、4人がこちらに向かって飛んでくる。全員、大したダメージも受けていない。その姿を見て、ようやく俺は安心できた。
***
船に帰還後、ラウラたちが手に入れてきた情報は弾に任せて俺は船倉の方へと引っ込んだ。今回は無傷で終わったとは言っても、戦闘の後はいつも落ち着かない。この張りつめたままの心を解きほぐすのには静かな場所に限る。
「おいおい、ここは水族館かよ」
本来船倉であるはずの場所には、貨物等が一切無く、端の方にベンチが置いてあるだけ。そして、楕円形に床と壁が一体化している船底は、海が直接見えるように透明になっていた。音は聞こえないが、色鮮やかな魚群が通っていく光景はどこか幻想的で、心が癒されていく。俺はベンチに腰掛け、海洋生物の織りなすミュージカルの観客となっていた。
「い、一夏……?」
「何だ?」
俺は振り返らずに答える。声だけで箒が来たことはわかった。
「と、隣に座ってもいいか?」
「いいぜ」
俺にこの光景を独り占めにする権利などありはしない。
箒の声にいつもの張りがないなと感じつつも、彼女も疲れてるんだろうと自己完結して海を眺め続ける。お、あれってサメじゃね? 海の中で間近で見たらパニックを起こすだろうけど、安全がわかってたら心をくすぐるものがある。しかし、意外とサメって大人しいんだな。
「一夏、何を見てるんだ?」
「ああ、サメ見てた。海の中なんて滅多に見れないから、ついハシャいじまう。俺って子供だ――よ、な?」
唐突に俺の右腕に箒の両腕が絡みつかれる。制服越しでも二の腕に伝わる温かくも柔らかいこの感触は……と落ち着け。心頭滅却すれば火もまた涼し。心頭滅却すれば火もまた涼しっ! ……ってこれは苦痛に対する言葉だった。快楽に抗うのは何だっけ?
「お前が、本当にただの子供だったら……どれほど幸せだったのだろうな」
箒が俺の肩に頭を預ける。俺の先ほどまでの感情の高ぶりは、彼女の言葉でどこかに消え失せた。
俺がただの子供だったなら、今頃は藍越学園で
「箒はどう思う?」
「私は……その方がお前にとって幸せだったかもしれないと考えるときもある」
ときもある……ね。曖昧な表現だ。自分の中で確証が得られていないのだろう。ちなみに俺は違う。俺の中には確かな答えがある。
「俺はそうは思わない。俺がIS学園に行かなければ、セシリアは人知れず潰れていたかもしれない。鈴と再会できなかったかもしれない。シャルがデュノア社に縛り付けられたままだったかもしれない。それはまだ解決してないけどな。で、ラウラが無茶して亡国機業に殺されていたかもしれない」
今あるつながりは俺が普通の子供だったなら得られなかったものだ。今の俺の根底にあるかけがえのない仲間たちだ。俺がISに関わらなかったらという“もしも”は、今の俺とは別人を想像するしかない。少なくとも、“今の俺”がその世界に行ったら、幸せではないと断言できる。そこには、皆がいないから……4人だけじゃない。
「何よりも、箒がメルヴィンに殺されている未来なんて俺は嫌だね」
俺が初めてISを動かしたときのこと。あのとき、俺が戦えなければ箒はメルヴィンに殺されていた。だからISが使えなかったらと考えると恐ろしい。
箒は俺の腕を抱きしめる力を強めた。より密着して、真面目だった俺の頭でも流石に気恥ずかしくなる。
「一夏はいつも私を助けてくれる。本当にダメな時に颯爽と現れてくれる」
「それは違うぞ、箒。俺はお前を7年間、見失っていた。お前が一人で戦っている間、俺はのうのうと過ごしていたんだぜ?」
「鈴から聞いてる。そんな嘘は私には通じないぞ。千冬さんだけでなく、私を心配してくれていたことを、私は知っているんだ」
「気持ちの問題じゃない。お前の戦いを知らずに鈴や弾と遊んでいたのは事実なんだ」
「一夏は何も悪くない。私は戦えていた。本当に危なかったのは一夏に助けられたあの時だけだ」
「偶然だ。俺は箒を助けようと思って、あの場に居合わせたわけじゃない」
「では、運命だ。私の危機を、一夏の第六感が感じ取ってやってきたんだ」
俺たちは互いに見つめ合う。少し引き寄せれば唇が触れ合うその距離で――俺は笑うしかなかった。それも腹を抱えるくらいの大きさのモノだ。箒が右腕から離れ、抗議の目を向けてくる。
「な、何がおかしい!」
「いや、だって! 箒が“運命”とか言い出すからさ。似合わねえにも程があるぞ!」
「悪かったな! 私らしくなくて!」
憤慨して今にもバッサリと俺を斬り捨てそうな目に変わる前に、俺は箒の頭を撫でる。
「悪いなんてことはない。俺は好きだぞ? そういうロマンのある話はさ」
「ええい! 子供扱いするな!」
撫でていた手が強引に振り払われ、箒がジロリと睨んでくる。しかし切れ味は微塵も存在せず、少し涙目だった。
「……姉さんだったらさ、こういうとき『妹扱いだよ』って返してくるんだけど、一夏は何と答えるのだ?」
困った。この問いは簡単なものじゃない。箒は間違いなくこう聞いている。『お前にとって私は何なのだ』と。
白騎士事件よりも前の俺にとって、篠ノ之の家の人たちは家族だ。それは間違いない。だから箒も俺にとっては家族も同然だ。だが、離れていた7年の月日は、俺を男に、箒を女にした。異性としての箒を意識していないことなど無い。
俺の中で、まだこの答えは出てこない。
「わから――」
わからないと言おうとしたが、箒の右手が俺の口を塞いだ。俺が困惑の目を向けると、箒は先ほどの涙目がどこかにいったようで、不敵な笑みを見せる。
「回りくどいことはやめだ! 私らしくない。一夏、私らしさとは何だと思う?」
口が解放される。自然とため息が漏れる。あの握力で握られていたら、しばらく食事に困ることになっただろう。
「初志貫徹の精神に則り、非常に頑固。だからか交友関係は広がらず、友達が少ない」
「そ、そんなことはないぞ!?」
「でも、少ない友達は皆、“親友”ばかりだ。お前は人との関係を大切にする優しい奴だ。だから俺は、お前が傷つくのに耐えられなかったんだ」
本当にそう思う。弾が俺に思ったことと同じことを、俺は箒に対して思っている。コイツは俺を裏切らない、と。
俺が思っていることを告げたら、箒は優しく微笑んだ。
「では、私が思っている一夏を話そう。一夏は臆病者だ。幼い頃、私を護ってくれていたのは、私がいなくなることを怖れていたから。白騎士事件の後、誰とも関わろうとしなかったのは、もう何も失いたくなかったから。弾や鈴と遊ぶようになったのは、彼らが大切になったために失いたくなかったから。IS学園への入学を決めたのは、不条理に奪われない力が欲しかったから。クラス代表を決める試合の後にセシリアに声をかけたのは、嫌われ者になりきれなかったから。スパイだったシャルロットにIS学園に残るよう言ったのは、彼女に二度と会えない気がしたから。ラウラと共にドイツへと向かったのは、彼女に同じ目に遭って欲しくなかったから。精神がボロボロになっても立ち直ったのは、逃げている事実が怖くなったから」
箒の言葉は全て俺の内面を言い表しているように聞こえた。
「格好つかねえよな。結局は自分本位でさ、護りたいのは自分の心だけなんだぜ?」
「ああ。一夏はヒーローにはほど遠い。だが、格好悪くはない」
箒が俺の胸に飛び込んでくる。俺は無意識に受け止めていた。
「私は、そんな一夏が好きなのだからな」
来るべき時がきた。俺は結局どうしたいのだろう?
俺は箒が好きだ。それは間違いない。でもそれは鈴にもセシリアにもラウラにも抱いてきた思いだ。しかし、これは恋なのだろうか? 俺は彼女たちを“護るべきもの”……言い換えると、俺の存在価値としてしか見ていないのではないだろうか。最近、そう思うようになった。だから俺は――答えを出せない。
「ありがとう、箒。でも俺さ、わかんないんだ。実は鈴にもセシリアにもラウラにも告白されてるんだけど、俺は誰とも付き合えない。最初はいつかはいなくなってしまうかもしれないという恐怖のためだった。俺は箒の言うとおり臆病だからさ。でも、戦う力を身につけてきても何も変わらない。告白してくれた誰に対しても、護らなきゃとしか思えなくて、それ以外の感情が出てこないんだ。多分、俺は誰でもいいとでも思ってる。俺が護れる人ならば誰でもいいって。俺はそんな最低野郎だって……わかった気がする」
普通に断る方が何倍も優しいだろう。そんなことまで頭では理解しているくせに、俺の口からはこんな言葉しか出てこない。
俺の言葉を聞き終えた箒は、俺を突き放した。俺はよろけながらも転けずに2、3歩下がって持ち直す。
「だからお前は臆病者だと言っているだろう。無理なら『付き合えない』の一言でいいというのに。それで、一夏。私と付き合うか?」
「わからないままの俺が返事をしたくない。ただ、一つだけ言えることは、今は誰とも付き合えないってことだけだ。ごめん、箒」
俺は頭を下げる。今の俺はあの恐怖のアイアンクローを喰らっても文句は言えない。だが、箒は俺の肩をポンと叩くだけ。
「わかってくれるまで私は待つさ。だが、知っての通り、私は美人だからな。亡国機業を倒した後の世の中では、引く手数多かもしれんぞ? そうなってから後悔しても遅いからな」
俺が顔を上げると箒は笑顔だった。だけど作ってる。……本当に俺の弱さは最低だな。
「自分で美人って言うとか自画自賛すぎるぜ」
「一夏は否定しないのだろう?」
「そりゃそうだけどよ」
箒は一歩一歩、俺から離れていく。そして5歩目で一度だけ振り返った。
「ならば私は美人だ。それでいい」
初めて見る顔だった。人魚姫に遭遇した王子様とやらは、きっと言葉を忘れたことと思う。海に囲まれた青い世界に映し出された箒には凛々しさとは無縁の少女の笑顔があった。
ああ……お前は本当に美しいよ。俺はお前たちに相応しい男になれるのかな?
◆◇◆―――◆◇◆
任務が完了してシャルロットたちは弾に入手した情報を渡していた。ラウラとセシリアが、最後の最後まで粘って手に入れていた情報は、また新しい戦いへと自分たちを誘うことだろうと用意に想像できた。
「シャルロットさん。あちらで一緒に休憩しませんか?」
ISを解除したところでセシリアに声をかけられる。彼女が指さす先は船の船尾の甲板で、そこには既に鈴とラウラもいた。別に断る理由もないのでシャルロットはセシリアについていくことにする。チラッと視界に入った一夏は船倉の方へと入っていった。まだ向き合うだけの自信がない。休憩だというのなら一夏とは別の場所の方が気が楽だった。
船は潜行中であり、甲板の景色は海の中であった。名前もわからない魚が泳いでいる姿を、シャルロットはただ呆けて見ている。
「……そういえば皆さんは本国には何とお話を通していますの? わたくしは一夏さんのデータを集めて本国に送るという名目でIS学園に残ることを許可されているのですが……」
セシリアが全員に話を振る。彼女の言いたいことはわかる。だがそれはシャルロットにはあまり関係のないことだった。
「ボクは元々裏切ってたようなものだから、今回の話で何かってことはないよ」
今、デュノア社がどうなっているのかすらシャルロットは知らない。ニュースになっていないところを見ると潰れてはいないようだが、水面下では経営がさらに悪化しているのかもしれない。だけど、どうでもいい。
「私はシュヴァルツェ・ハーゼの隊長だからな。ある程度の行動の自由は認められている。何より、白騎士に近づきつつあることは本国も理解している。私の行動は歓迎されているな。我が隊の隊員も数名こちらに来て欲しかったのだが、それは流石に却下されたがな」
ラウラは元々、白騎士を追うためにIS学園に送られてきている。だから今の状況はドイツにとっては逆に都合がいいと判断したのだろう。ラウラ一人に押しつけようとしている節も見られるが、本国でISを扱える人間が減ることも問題なのだ。
「あたしは……代表候補生をやめてでもIS学園に残るって言ってきた。でも、あっさりと許可が下りたのよね。どう考えても、この戦いでIS学園側が勝利した後にあたしの活躍を利用しようと思ってる。別にいいけどね。おかげで甲龍を手放さなくて良かったわけだし」
鈴にとっては代表候補生という身分すらIS学園にいるための理由でしかなかった。逆にIS学園に残れないのならば、手放すことに躊躇しない。話に聞いているだけでも、1年という短い期間の努力だけで勝ち取った地位であるはずなのに。その努力はシャルロットが容易に想像できるモノではないはずだった。シャルロットはこう結論づけている。『鈴の居場所は地位ではなく一夏のいる場所なのだ』と。自分とは似ているようで違う。ただそれだけを求め続けてきた鈴と、基本的に受け身で一夏を居場所としているシャルロットとでは光と影くらいの差がある。眩しかった。
全員の話を聞き終えたセシリアは次の話に入っていく。
「皆さんの状況が変わっていないと聞いて安心しましたわ。流石に専用機があっても弾薬等の補充無しでは戦えませんものね」
「そうだな。特に私とシャルロットは実弾射撃だからな。拡張領域に保存する弾薬の補充だけは欠かせないものだ。シャルロットは学園の訓練機の物を流用しているのだったか?」
「……あ、うん。そうだね」
ラウラの言葉を肯定しつつもシャルロットはどこか違和感を感じていた。弾薬は確かに学園のラファール・リヴァイブと同じ物であるから、事情を把握している学園側から提供されてきていた。それは別に問題ない。しかし、似たことで気になることがあった。
(弾薬は来てなくても、ボクの口座にどうしてお金が振り込まれているんだろ?)
お金に関しては、フランス本国が代表候補生と認めているからと無理矢理解釈できる。だが、デュノア社の用意した口座がまだ残されていることが不思議でならない。今まで目を逸らしていたが、これはおかしいのではないだろうか。
「どうした、シャルロット? 顔色が優れないようだが」
「大丈夫だよ、ラウラ。ちょっと船酔いしたのかもね」
IS学園に戻ったら、一度自分で調べてみる必要がある。そうシャルロットは考えた。
◆◇◆―――◆◇◆
夜の街。暗闇とは縁遠いほどにネオンが眩しい光の建物が立ち並ぶ大通りを一人の男が歩いている。仕事帰りのサラリーマンと違い、ピシッとしたスーツ姿だ。長すぎる赤い髪を後ろで一つに束ねているが、背中に垂れ下がる髪の毛は複雑に絡まっているくらい手入れがなされていない。そして、目立つ金色の瞳を隠すためにサングラスを着用している。男は自販機で缶コーヒーを一つ購入した。すぐにプルタブを開け、飲み下す。美味くも不味くもない。とうの昔に味覚は無くなっている。
(さて、あとはそっちで上手くやってくれよ?)
男、メルヴィンは缶コーヒーの裏に“あるもの”を張り付けると、道端に投げ捨てた。そこで手元の通信機に連絡が入る。
『メルヴィン様』
「どうした、カミラちゃん? オレがいなくて寂しいってか?」
『いえ、そんなことは微塵もありません』
即否定された。特に気にすることではないが、今、自分がここにいる理由を考えると少し虚しくもなる。いや、そう思うのは自分らしくない。
「それで、オレに報告があるんだろ?」
『はい。日本近海の洋上基地がIS学園に潰されました。敵は攻めに転じてきているようです。いかがいたしますか?』
「上から命令が無いんならオレが行く必要はない。カミラはオレが帰るまで休んでろ」
『了解しました』
通信が切れる。最近、会話の最後には必ず『休め』ということが習慣づいてきていた。本当に、らしくない。それに、織斑一夏との戦いも以前ほど躍起になっていない。その理由は、メルヴィンの目的にある。
メルヴィンはチラリと背後を見る。すると、がっしりとした体格のスーツの男が先ほどの空き缶を拾っていることを確認した。
(さぁて。こいつで少しはまともな世の中になってもらいたいもんだぜ)
彼にとっての“まともな世の中”にこそ、彼の居場所がある。