IS - the end destination -   作:ジベた

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35 アルマ・ウィース

 ――一夏が意識不明になってから3日が過ぎた。

 

 10人の女子高生たちが部屋の端で黙々と作業をしている中心で、轡木は数枚の報告書に目を通していた。ほとんどが各国の新聞の切り抜きである。記事の内容には一見しただけで一つの共通点があった。

 

「真耶くん、判明しているだけでもこれだけの女性が行方不明になっているのだね?」

「はい……いずれも代表候補生になれるだけの適性が発覚していた人たちです」

 

 轡木は最後のページの行方不明者をリスト化している書類を見た。20人以上の名前が書き連ねられ、IS適性Aの文字が並んでいる。その中には代表候補生の名前も混ざっていた。3人の名前には既に名前の上に線が引かれている。それぞれ福音の操縦者、シュヴァルツェ・ハーゼの隊員2名の名前だ。

 

「束くん。先日の研究所の破壊でウィスクムはこれ以上造られないことは確定したと思われるが、敵にはあとどれだけウィスクムがあると思う?」

 

 一人画面とにらめっこしているウサ耳少女に轡木は問う。弾が持ち帰った情報によるとウィスクムの生成には多大な時間がかかるという。そして、研究所にあったカプセルの数は12。生成にかかる時間が不明であるが、量産体制にあったわけではないと信じるしかない。もし、VAISが数で攻めてきたら、今のIS学園では耐えられないのだ。

 

「多分ウィスクム自体は残ってても1個だよ。問題はVAISが何体残ってるかだよね、おじさん?」

 

 束は自分の作業の片手間に返事をする。轡木が心配していることなどでは動じていない。重ねて轡木は束に問う。

 

「ここまで白騎士……千冬くんが表に出てきていない理由は何だと思う?」

 

 千冬の名前が出てくることで、束の手が止まってしまった。やはり彼女も人間なのだと感じる瞬間である。心苦しいが、轡木にはその理由に見当がついていなかった。だからこうして束に意見を求める。

 

「それがわからないのなら……おじさんは昔と何も変わってないよ」

「どういう意味だね?」

「なんでもなーい。多分、ちーちゃんが戦う姿を見せたら私が出てこないとでも思ったんだよ。だから、もういつ出てきてもおかしくない」

 

 束が作業を完全に中断して轡木を見上げてきた。その目はどこか狂気じみていて、轡木は悪寒を覚えた。

 

「おじさんは戦える? 準備は大丈夫? 相手は“兵器を無効化する力”を持った世界最強のISだよ」

「わかっている。だから私は――」

「いっくんを強くしてきた。白騎士に勝てるとすれば、彼をおいて他にいない。零落白夜はおじさんの目論見通りの力だったね。多分、いっくんだけは白騎士と戦闘ができる」

 

 轡木は黙って頷くしかなかった。今でこそ、一夏を戦闘の道具にすることに躊躇いがあるが、IS学園に来た当初は織斑の名前に希望を抱いていた。

 

「だからおじさんはダメなんだよ。いっくんは白騎士と戦えても、ちーちゃんと戦えるわけがない。おじさんは何も知らないいっくんにちーちゃんを殺させる気だった。違う?」

 

 否定の言葉は出ない。それしか亡国機業に勝つ手段は無いのだ。一夏が知っていても知らなくても、いずれはやらねばならないことだ。できれば最後まで知らずにいてほしいと思うことの何が悪い?

 

「その顔は、また開き直ってるね。おじさんはいっくんを甘く見すぎだよ? いつまでも何も知らないままのはずがない。もう知ってる……ううん、気づいてる。そして、私たちが隠してきてたことにも気づいてる。私が言うのもおかしいけど、おじさんは人の心をわかってないよ。だからすれ違う。だからダメ」

 

 束に人の心について諭されるとは思っていなかった。だが、彼女の言うとおりなのかもしれない。自分の息子ともわかり合えなかったのだから。

 

「しかしね、束くん。私は全てを一夏くんに話すわけにはいかないのだ。信頼が薄れてでも、私は“全て”を話すつもりはない。束くんもそうだろう?」

 

 轡木の問いに束は何も返さなかった。彼女も“あの話”をしたくはないはずだと轡木は確信している。このIS学園に残った者全員に『何が正義で何が悪なのか』を問うことにもつながるのかもしれない。だから言えない。もうこの話はしたくないと言わんばかりに束はイスに座り、元の作業に戻る。

 

「そういえば、おじさん。弾くんがいないけど、どこに行ったか知らない?」

「何でも、実家の方に用があるそうだ。鈴くんが護衛についているから危険だということはないと思うがね」

「そっかー」

 

 なぜここで弾の名前を出したのかは知らないが、彼女なりの話題の逸らし方なのだろうと納得しておいた。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 白式ができてからというもの、IS学園に2月ほど籠もっていた弾は久しぶりに地元に帰ってきていた。その理由は別に大したことではない。単純に家族に自分の無事な姿を見せるためである。生憎、父親には顔を合わせられそうにないが、他の家族には会っておきたかった。特に、一つ年下の妹が無駄に自分を心配していないかが気がかりであった。実家である五反田食堂を前にして、弾は隣にいる少女に声をかける。

 

「すまんな、鈴。俺の我が儘に付き合わせちまって」

「アンタが気にすることじゃないわ。もしアンタに何かあったら、一夏が起きたときにショックを受けるでしょ? でも、こんな時期に家に顔を見せたいなんてアンタらしくないわね」

「ちょっと嫌な予感がしたんだ」

 

 鈴の言うとおり、専用機持ちでないIS学園関係者がこの時期に外部に出ることは危険なことだ。それでも弾にこの行動を取らせている理由は……一言で言えない漠然とした不安からだった。

 

「仕方ないか。弾ってばシスコンだし」

「はあ? 何をバカ言ってんだ!?」

「蘭は蘭でブラコンだからねぇ。表には出さなくても丸わかりだってのよ。『蘭が心配だから様子を見に行きたい』って素直に言えばいいのに」

「それは俺の真似のつもりか!」

「はいはい。バカなこと言ってないでさっさと入るわよ」

 

 結局、否定もまともにできないまま、鈴が先頭に立って店内へと入っていく。

 

「あれ? あなたは……」

「あ、蘭ちゃんじゃん。ちょうど良かった。今、後ろにアンタの兄貴が帰ってきてるわよ」

 

 店の中は半分以上が席が埋まっている状態だった。久しぶりに来たというのに、見事に見覚えのある客ばかりである。休日の昼だから、蘭目当てで来る客が多いようだ。蘭がエプロン姿で料理を運んでいる姿を見ると、ここが帰ってくるべき日常なのだと感じ入る。

 

「お兄! 家出したんじゃなかったの!?」

「どこの誰だ、お前にそんなこと言ったのは!」

「おじいちゃん」

 

 袖を捲り上げたところで弾の動きは停止する。弾の祖父、五反田厳には話を通してあったのだが、蘭には下手な嘘をつくという暴挙に出ていたらしい。だが、腕力で逆らう気にはなれなかった。絶対に負けることはわかっている。蘭が知らなくてもいいやと思いつつ空いている席に鈴と向かい合って座ることにする。鈴は明らかにウズウズしていた。

 

「とりあえずここで食べてくんでしょ? ふっふっふ……久しぶりにアレを食べる時が来たようね。お爺ちゃーんっ! “厳ちゃんラーメン”ちょーだい!」

「ウチはラーメンなんてやって……鈴嬢ちゃんじゃねえか!? 日本に帰ってきてたのかい?」

「まあね」

 

 鈴が常連であるかのように厨房にいる厳に直接注文を言っていた。ちなみに五反田食堂のメニューにラーメンは存在しない。この店でラーメンが出されたのは過去に一人の少女に対してだけだ。もちろん、その少女とは弾の目の前の人物をおいて他にいない。

 

「待ってろ、すぐに作ってやる!」

「ちょっと待て! 確かあれってスープ作るのにも2日とかかかってなかったか?」

「ワシをなめるなよ、弾。こんなこともあろうかと、毎日準備は欠かしておらんわ!」

「だからか! だから1年間も俺だけ夕食がラーメンばっかだったのか!」

「お兄も早いとこ何食べるか決めてー」

「……業火野菜炒め定食で」

 

 蘭に促されて適当に五反田食堂の看板メニューを頼む。久しぶりの実家はひどく疲れるものだった。テーブルに顔を伏せて深くため息を吐く。

 

「どうしたのよ、弾。なんかここに来てから急に老け込んだわね」

「1年間の苦しみの原因が今やっとわかったんだ。それを思うとどうしてもやるせない」

「1年、か。まだそれだけなんだよね。あたしがここに来なくなったのは。もう随分と昔の話のように感じるわ」

 

 鈴がらしくもなく、天井を見上げながら哀愁を漂わせていた。本当に今の彼女の目は遠くを見つめているようにしか見えない。2人して黙り込んでいると、エプロン姿の蘭が近寄ってきた。

 

「お兄。鈴さんが来てるのに一夏さんは来られないの? 何か聞いてない?」

「ああ。聞いてみたが今は忙しいらしい。お前も知ってるだろ? 今のIS学園の状況をさ」

 

 蘭には悪いがはぐらかすべきことだった。一夏が意識不明の状態であることをわざわざ伝える必要はない。

 

「知ってる。だから大丈夫なのかなって心配してるの」

「お前が心配することは何もないぞ、蘭。一夏がそう簡単にどうかなるような奴じゃないってことはお前も知ってるだろ?」

 

 何を言っても納得はしないだろうが、これで押し通すつもりだった。お前は無関係だ、と言い続けることで日常の中に居てほしかったのだ。案の定、すぐに引っ込みはしなかったが厳に呼ばれることで蘭は料理を取りに厨房へと向かう。その隙をついたつもりなのか、鈴が弾に小声で話しかけてくる。

 

「アンタが蘭ちゃんに何も話してないのはわかった。けどさ、あたしの直感だとあの子、何かに感づいてるような気がするわよ?」

「マジか? 昔から鈴の勘は当たるから怖えよ」

 

 こそこそと話している内に蘭がラーメンを持って戻ってきたので、すぐにテーブルを空ける。香ってくる鶏ガラの塩スープの匂いが、俺の舌に直接味を思い出させていた。決して不味くはない。むしろ旨い。だが、あと1年は期間を空けないと胃が受け付けないだろう。対面の鈴は先ほどまでの顔から一転し、オーバーなくらいはしゃいでいる。

 

「やっぱこれを食べないとここに来た価値がないわね!」

「お前は本当に幸せそうだな」

「落ち込むべき時に落ち込んでばかりいたくないの。アンタも切り替えは大切だっていつも言ってたじゃない。いっただっきまーす!」

 

 鈴は割り箸を口にくわえて割り、ルンルン気分全開で、たっぷりと乗せられているキャベツを口に運んでいた。弾の前にも野菜炒めが置かれ、空いた席に蘭が座る。

 

「ふむふむ。キャベツが前よりもスープとマッチしている。麺の方は……硬すぎず、柔らかすぎず、それでいてスープが良く絡む。そしてなによりもこのスープが、スッキリと飲みやすいっ! 腕を上げたわね、厳お爺ちゃん」

 

 鈴が厨房に向けてサムズアップをすると、厨房の厳も得意げな顔で同様に返した。2人は目で会話をすると、鈴は食べることに集中し始める。一心不乱に麺を食す鈴を、弾の隣で蘭がテーブルに両手で頬杖をついて見つめていた。

 

「それにしても驚きました。お兄と鈴さんが2人で来るなんて初めてですよね? 付き合ってるんですか?」

 

 ピタリと鈴の動きが停止する。これは良くないと感じた弾は慌てて蘭の口を塞ぎにかかった。だが時既に遅し。鈴の体はわなわなと震え始めている。弾はいつ爆発してもいいようにと箸を置いて身構えた。

 

「そんなことないよ……あたしは一夏が好きだから」

 

 予想していた怒りは微塵もなかった。鈴はただ静かに一夏への思いを語る。その姿がどこか寂しげで……今の一言も自分に言い聞かせているように感じられた。

 

「ま、そういうわけだ。蘭、ライバルは強力だぜ?」

「私は負けないよ!」

 

 傍でギャーギャー言う蘭を置いて弾はラーメンを啜る鈴を見る。やはり一夏のことが気になるのか、一夏の名前を出してから目に見えて活力が無くなっていた。だが、弾が何を言っても解決はしない。だから少しでも話題を逸らそうと思っていた。

 

「へー、どう負けないつもりだ? 同窓の友を越える秘策があるのか、我が妹よ」

 

 何気ない会話のつもりだった。それがまさか――

 

「ジャジャーン! これを見ても同じことが言える?」

 

 蘭をも巻き込んでしまう事実を突きつけられることになるとは思っていなかった。

 弾は蘭が提示した一枚の紙を見て言葉を失う。その紙には複数の検査項目が書かれており、一番下にはやや大きめな字で『IS適性:A』とあった。

 

「これで私はIS学園に行って一夏さんの手伝いができる!」

 

 明るく話す蘭とは対照的に弾の顔は暗くならざるを得ない。

 

「今はお兄に感謝する。お兄が居たから一夏さんと知り合えたんだし。同じ学校なら気兼ねなく話せる私は有利でしょ?」

 

 どこの誰だ? 今、IS関係者の間ではIS適性試験の結果は本人にも告知しないことが暗黙の了解になっている。全ては“事件”に巻き込まれないためだ。細心の注意を払うべき個人情報だ。本人に紙で通知することはない。つまり、この検査をした機関はまっとうではない!

 

「蘭っ! いつだ?」

「お、お兄!? い、痛いよ」

 

 弾は我を忘れて妹の肩を掴む。冷静になれない。早くて2日で蘭が狙われる可能性があった。希望的観測では昨日であってほしい。

 

「この検査はいつ受けたんだ!」

「ちょっと、弾! 少しは落ち着きなさ――」

「鈴は黙ってろ!」

 

 弾のただごとでない様子に鈴もマズい事態であると気がついたようだ。飲みかけのスープを置いて席を立ち、食堂の入り口へと様子を見に行く。その間に弾は蘭に話の続きを促した。

 

「それで、いつなんだ?」

「一昨日に学校で。任意でIS適性の検査をしてくれるって人たちが来てて、それに申し込んだの」

 

 ギリギリアウト。過去の女性誘拐事件と被害女性が受けたIS適性検査の日付のラグは最も短期間で2日。もしかすると、既に食堂の外には敵が張り込んでいる可能性がある。

 ちょうどそこへ鈴が戻ってきた。耳を貸せと人差し指でジェスチャーするので、弾は彼女の背に合わせて屈み込む。

 

「……変なのが3人ほどここの入り口を見張ってるわ。でもおかしい。今のところアンタは表だった活動をしてないから、アンタ狙いじゃないと思うんだけど」

「多分、狙いは蘭だ。今は食堂に人が多いから強硬手段に出ないだけで、隙を見せたらすぐに襲いかかってくる」

 

 たまたまとはいえ、この場に居合わせることができたのは幸運かもしれない。敵が対IS戦闘を考慮しているとは思えない。鈴さえ居ればこの状況を打破できるはずだ。

 

「どうする? 外の連中を叩けばいいの?」

「そうだな。それは鈴に任せるしかない。多分、雇われだろうし、捕まえる必要はないから叩きのめした後で蘭を連れてIS学園に戻るぞ」

 

 鈴と頷き合った後、鈴は店の外へ、弾は店の奥へと移動する。弾はまず、店主である厳と話をつけることにした。

 

「じいちゃん。ごめん。蘭も連れて行かないといけなくなった」

 

 厳から言葉を返さず無言で頷く。代わりに傍で呆然としていた蘭が弾を問いつめる。

 

「どういうこと!? 私はどこに連れて行かれ――」

「いいか、落ち着いて聞け。お前にはIS学園に来てもらう」

「え? 私が……?」

「言っておくが決して喜ぶべきことじゃない。今のIS学園の状況は知っているはずだ。危険な場所なんだ。だが、あそこ以外にお前の安全を保証できる場所がない。一緒に、来てくれるか?」

 

 弾は真摯に蘭を見つめる。浮かれるなという意図は通じたようで、蘭は「う、うん」とやや圧され気味な態度で了承した。

 

「蘭が行くと決めたのならワシは止めん。それにな。腕っ節だけなら負ける気はせんが、どう足掻いてもワシは鉄砲には勝てん。約束しろ。お前のやり方でいい。蘭を守れ。そして、必ず2人とも帰ってこい」

「ああ! もちろんだ!」

 

 弾は蘭の手を引く。出口まで行くとちょうど鈴が戻ってくるところだった。

 

「急ぐわよ、弾!」

「わかってる。行くぞ、蘭」

「うん」

 

 蘭一人が浮かない顔をしている中、弾たちは走り出した。

 

「鈴。敵から何か情報は得られたか?」

「なーんにも。ただ、あたしがあの場にいたことは想定外だったみたいね。あっさりし過ぎてて逆に不気味だったわよ」

「そうか」

 

 嫌な予感は拭いきれない。そもそもセシリアと違って、鈴では敵の構成を把握できているという保証がない。もし、近くに別の敵がいて、トロポスやISを投入してきたら、間違いなくアウトだ。鈴一人では一般人2人を庇って戦うことは難しい。

 

「誰かに連絡はついたか?」

「とりあえずセシリアにはね。何人か連れてこっちに来てくれるとは思うけど……って店で待ちかまえていた方が良かったんじゃ――」

「いや、おそらくお前が店に入った時点で敵はトロポスの準備をしていたと思う。店の人を巻き込まない選択としては逃げるしかなかった」

 

 味方の援軍が先に見つけてくれるか、敵の戦闘部隊が来るのが先かという賭けになっていた。はっきり言って分が悪い。

 

「鈴。蘭だけでも先に連れて行ってやれないか?」

「はぁ? それでアンタはどうする気なのよ?」

「俺は……まあ、なんとかするさ」

「却下。アンタがあたしを納得させられないのは、本当に考え無しのときだけだからね」

 

 バレバレだった。一人残されて襲われては5秒も保たない自信がある。一夏の言う「なんとかする」とは説得力に雲泥の差があった。結局、こうして走るしかない。

 

「電車は使う?」

「ダメだ。結果的に足を止めることになるだけだし、IS学園の関係者以外に被害が及べば、IS学園の立場が危うくなる。ただでさえ、テロリストを挑発してると思われてるからな」

 

 鈴と逃走経路を相談している最中だった。

 弾たちが人気のない公園を走っていると、正面に灰色をしたマネキンが浮いていた。

 女性的なシルエットで、顔はのっぺらぼう。

 他の特徴と言えば、ガラクタのような部品が大量にマネキンの周囲を回っていた。

 非固定浮遊部位にしては雑な形状だった。

 

「ちぃっ! 新型のトロポスか」

「違う。あれはISよ」

 

 人間味を感じさせない外見をしているため、弾はトロポスと判断したが鈴は即座にそれを否定する。

 

「どうしてそう言えるんだ……まさかプロテクトがかかってない?」

「ISネーム“カエシウス”。防御型。特殊装備あり。基本情報を開示するなんて、相当の自信家みたいね。完全に舐められてるわ」

 

 第3世代型IS。つまり、トロポスと思った外見は全身装甲タイプであるということなのだろう。しかし、敵の戦術が全く見当がつかない。表情も見えず、言葉も発しない。少なくとも、味方であるということは無さそうだった。

 

「弾。アンタは蘭とここで待ってなさい。ちゃちゃっとあたしがやっつけるから」

「頼んだ」

「え? 鈴さんがISと戦うんですか?」

「ええ、そうよ。あたしはこれでも国家代表候補生だからね」

 

 蘭の疑問に答えた後で、鈴が甲龍を展開する。その姿を見た蘭は弾の背中に隠れた。ボソボソと小声で蘭が呟くように弾に訊いてくる。

 

「やっぱり、鈴さんもお兄もIS学園の関係者なの?」

「ああ、そうだ。しかし、やっぱりってどういうことだ?」

「簡単だよ。一夏さんが大変なときに、お兄が黙ってられるわけないもん。もし無関係だったら、ニュースになるくらいの騒ぎを起こしてるはずでしょ?」

 

 何も言い返せなかった。普通なら『そんなバカな』と思うことも、何も知らない弾ならやりかねない。そこまで頭が回らなかった。やはり、この妹に隠し事をするのは間違っていたようだと思い直した。

 

 鈴がカエシウスへと接近していく。牽制の衝撃砲も忘れない。弾の目では全くわからない砲弾だったが、カエシウスは軽い跳躍で大きく回避し、衝撃砲は公園の木を薙ぎ倒す。空へと逃げたカエシウスを追って鈴は飛び立つ。カエシウスは機動性は高くない。甲龍の通常速度でも容易に追いつける。鈴は早速最大火力である龍咆による接近戦を試みる。接近する鈴に対してカエシウスは逃げようとしない。敵が右手をかざすと、敵の周囲が灰色の膜で覆われる。

 

(しまった。アレは“アルマ・ウィース”か)

 

 鈴の龍咆が直撃するも、ビクともしなかった。

 過去に遭遇例のある防御型トロポス、キャラパスの甲羅から発生していた灰色のエネルギーシールドと同じものだと弾は分析する。束と解析したのであるが、“アルマ・ウィース”と名付けられていた敵の防御兵器は零落白夜以外による破壊は困難極まるものであると結論づけられた。この兵器の欠点は生成時にシールドエネルギーの大半を失うことである。キャラパスが背面のみに盾を展開していた理由は、正面で攻撃をするため。アルマ・ウィースの突破口は敵の攻撃の隙をつくことなのだ。

 今回の問題は、カエシウスはそれを円状ではなく球状に発生させたことだ。鈴の火力では打ち破れない。だから敵を倒せない。鈴は2発、3発と攻撃を重ねていくが、カエシウスには一切のダメージが届いていない。盾も壊れる気配が微塵もなかった。

 

(だが、あんなアルマ・ウィースだけ出してどうする気だ? あれでは向こうも手出しができないはずじゃ……)

 

 弾の疑問の答えは鈴の4発目の拳と共に見せられた。鈴の左手がアルマ・ウィースに触れると同時に、灰色の球体はその形を変えていった。カエシウスの後方から球が花のように開かれ、そのまま、鈴の周囲を囲い込んでいく。鈴は為す術のないまま灰色の球体に囚われてしまった。

 

「出しなさい! このっ!」

 

 鈴を閉じこめることで無力化したカエシウスは、既に鈴に興味を失ったと言わんばかりに弾たちの方を向いていた。すがりつく蘭の手が震える。カエシウスはゆっくりと弾たちの方へと近づいてきた。弾は自分を掴む蘭の手を払った。

 

「蘭。ここから一人で逃げれるか?」

「え? お兄、何を言ってるの?」

「言い方が違ったな。逃げろ。俺が少しでも時間を稼――」

 

 最後まで言い切ることもできなかった。弾の視界から蘭が消え、公園の木々が線になった。空と地面が交互に映り、最終的に地面しか見えなくなる。全身の痛みを自覚したときに初めて、敵に吹き飛ばされたのだと理解した。血と砂の味を感じながら、起きあがろうとするが、上手く力が入らない。

 

「いやああ! お兄、起きて! 離してよ! お兄が――」

 

 蘭が自分を呼ぶ声が聞こえる。その声は途中で途切れた。どうなっているのか確認することもできない。あとに残っているのは硬い壁を叩き続ける音だけだった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 同日、シャルロットは銀行から出てきていた。彼女は弾とは別に、許可を取って外出をしていたのだ。全ては現状を把握するために。そして、彼女の口座は凍結されることなく維持されており、毎月お金が振り込まれていることも確認した。ただ、ここで新たな疑問も生まれてきていた。

 

「どうして、父が……」

 

 自分の口座にお金を振り込んでいるのはフランスではなかった。調べてみたところ、IS学園の独立宣言を境にシャルロットは代表候補生から外されているらしい。元々、ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡは代表候補生だから与えられているわけではなく、デュノア社のテストパイロットとして与えられているものであるから、フランスに取り上げられなかったのはわかる。だが、今もなお、父がシャルロットを支援している理由が思い当たらなかった。

 

 次にシャルロットが足を運んだのは、デュノア社の日本支店である。僻地の山中にあるのだが、幸いにもそう遠い場所ではなかった。帰ってこれなくなる可能性も理解していたが、わからないまま放置してもいいとは思えず、シャルロットは直接乗り込んで聞いてみたいと感じていた。だが、そこでシャルロットは思わぬ光景を目の当たりにする。

 

(アレはトロポス? 女の子が運ばれているけど、あの子は確か五反田くんの妹さんじゃ……)

 

 いつか一夏と2人で行ったショッピングモールで出会った弾の妹の顔をシャルロットは覚えていた。

 物陰に隠れて様子を窺う。念のため、ISをステルスモードにしておいて正解だった。そう思わせる人物がトロポスを出迎えていたからだ。

 

(南雲さん……じゃない! 彼女がここにいるってことは、ここは……デュノア社は……)

 

 IS学園にスパイとして潜り込んでいた亡国機業の少女がデュノア社にいる。つまり、デュノア社は亡国機業と結びついていたことになる。ずっと気がかりだった。なぜ、トロポスの機体名はフランス語ばかりなのだろうかと。その疑問はこれで解決できる。デュノア社が造っていたということだ。

 

(経営危機で悪魔に魂を売ったの? でもそれなら――)

 

 どうして父はシャルロットを学園に居させようとしているのだろうか。考えても答えは出てこない。とりあえず、今、自分がすべきことはIS学園に情報を持ち帰ることだった。

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