IS - the end destination -   作:ジベた

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36 白式・氷燕

 まだ目覚めない一夏を除いた1年生の専用機持ちが轡木に召集されていた。集められたメンバーはどう見ても攻撃要員である。そして、全員がなぜ集められたのかを把握していた。

 

「さて、これより五反田蘭の救出作戦の概要を話していこう」

 

 轡木が指を鳴らして合図をすると、頭上に航空写真が複数枚と簡易的な地図が表示される。鈴たちは黙って写真を凝視していた。

 

「蘭くんを誘拐した犯人は十中八九、亡国機業である。もう既にVAISについての説明を受けているとは思うが、連中はVAISの操縦者という役割を外部からさらってきた少女に強要している。否、強要ではない。もはや改造を施していると言った方がいい」

「つまり、今まで相手をしてきたVAISも、亡国機業の人間ではなかったということですわね?」

「そのとおりだ。奴らは極めて非人道的な行いを、容赦なく行なってきている」

 

 セシリアの質問は、確認の意味でしかない。自分たちが最初に戦ったVAISである福音も、一夏が一人で戦った敵も、深海で戦った深層も皆、自らの意志で戦っているわけではなかった。そして彼女らは例外なく死亡している。弾の持ち帰った情報で、彼女らを助ける術がなかったことがわかってはいるが、納得はできない。鈴の胸の内にも怒りがこみ上げてくる。今なら一夏の苦しみを前よりも理解できる気がしていた。

 

「前置きはどうでもいい! さっさと続きを言って!」

 

 鈴は今すぐにでも飛び出していきたかった。急がなくては、蘭が同じ目に遭う。それも自分の目の前でさらわれてしまった結果でだ。阻止しなくてはならない。助けなくてはならない。そんな気持ちばかりが急いてしまう。

 轡木は静かに頷くと頭上の航空写真を指さした。

 

「先ほどIS学園に戻ったシャルロットくんが持ち帰った情報になるが、蘭くんの連れて行かれた先が判明した。それが、今映している場所。デュノア社の日本の支社である。ここは2年前にできたとわかっているが、支社と言っても、なぜか山奥に建てられており、業務内容は不透明だ。自前の生産ラインもあるようだが、日本で行うメリットなど何もない。だが、亡国機業が絡んでいるとなれば、トロポスという形で説明がつく。おそらくは、敵の日本国内の最後の拠点と見ていいだろう」

「デュノア社=亡国機業と見てよろしいのですか?」

 

 ここで再びセシリアが挙手して割って入る。彼女の発言と同時にシャルロットが顔を暗くさせていた。そのフォローであるかのように轡木は否定する。

 

「あり得ない。むしろデュノア社は傀儡だろう。トロポスを生産するための道具の一つでしかない。ついでに言えば、亡国機業は活動の規模に対して人員が極端に少ない、少数精鋭の組織であると私は見ている」

「それで、轡木。今回の任務は五反田の妹の救出だけなのか?」

「いいや、ラウラくん。蘭くんの救出後、君にはデュノア社の設備を完膚なきまで破壊してきてほしい。長くなったが、作戦の目的は五反田蘭の救出とデュノア社の日本支社の破壊だ」

 

 この作戦でIS学園近辺にある亡国機業の拠点を一掃しようというのが轡木の考えのようだ。そんなことは鈴には関係ない。鈴にとってはもう一つの目標さえ果たせればいい。

 

「現状、敵にあるとわかっている戦力は、鈴くんが遭遇した敵IS“カエシウス”と、シャルロットくんが目撃したスレッドだ。敵戦力について、束くん、説明を頼む」

 

 自前のデスクでカタカタと作業中であった束だったが、名前を呼ばれたことでウサ耳がピョコッと立つ。

 

「ほーい、じゃあ束さんのIS講座、はっじめーるよー! カエシウスは防御特化兵装“アルマ・ウィース”を装備した防御主体のISだね。アルマ・ウィースに関しては既に知ってもらってると思うけど、いっくんの零落白夜なしで破壊することは困難だよ。キャラパス程度のものなら紅椿の最大火力である穿千でどうにか押し切れるんだけど、ISに積まれたアルマ・ウィースは規模が違う。展開された時点で、あの灰色の盾を突破することは難しいね。厄介なことに維持するためのエネルギー消費はほとんどないし」

「欠点はあるんですよね、姉さん」

「あるにはあるよ、箒ちゃん。まず、一度の生成でシールドエネルギーの大半を消失してしまうことが挙げられるね。だから一度、盾として出したら、2つ目は出せない。次、隙間無く全身を覆ってしまった場合、解除しなければ攻撃ができない。甲羅に籠もる亀になる。だから隙間のない鉄壁を作り出した場合、攻撃ができない。最後、拡張領域を大幅に使うため、他の武装を装備できない。だから束さんは知っていても、戦闘には不向きとしか判断できなくてISには搭載してない」

 

 束が挙げた3つの欠点は確かにISに積むことを躊躇うだけの理由としては十分だった。しかし、鈴が体験した戦闘はそんな簡単なことじゃなかった。

 

「待って! アレにそんな欠点は無かったわよ!」

「そう。だから普通じゃないの。間違いなく、カエシウスには単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)が発現してる。束さんの推測によれば、アルマ・ウィースを自在に変形させる能力だね。最強の盾が、矛にもなる。つまり、それだけ厄介な相手だというわけだよ」

 

 束は「以上、お終い!」とだけ言って再びデスクに向かっていた。束が対抗策を何も言わなかった。それはアルマ・ウィースの対処法が存在していないことを意味している。

 

「わかってくれたと思うが、敵ISのカエシウスに関しては撃墜を諦めるしかない。ただ、攻撃能力は高くないため、一人が囮を引き受けて他の人員で人質救出を行えるものと判断する」

 

 轡木が5人の少女を見回す。その顔はどこか罪悪感を感じているように見えた。

 

「また、君たちだけに頼ることになって申し訳ない。だが、真耶くんを始めとする教員部隊をIS学園から離すわけにはいかないのだ。今回の作戦も君たちにお願いすることになる」

「わたくしたちだけで、でしょうか?」

「いや。今回は部隊を2つ用意する。君たちには陽動という名の本命として正面から突撃してもらいたい。カエシウスもそこに現れるだろう。つまりは敵の主力を抑えつつ、ひたすらごり押ししてほしい」

「もう1隊は?」

「君たち以外の専用機持ちを救出部隊として送り込む。おそらくはスレッドに妨害されるだろうが、スレッドを呼び寄せる陽動だ」

 

 まとめると、敵の主力と思われるスレッドとカエシウスの2つを分断して攻めるということだ。蘭を救えるかは自分の働きにかかっていると、鈴は拳を強く握りしめる。

 

「既に輸送機を手配済みだ。もう準備が完了している頃だろう。では、健闘を祈る」

 

 

***

 

 

 敵地へと向かう輸送機の中、鈴は膝を抱えてうずくまっていた。頭の中にあるのはただ蘭のことのみ。普段ならば全員の顔を見て励ます立場の彼女であるが、今回は周りを見ている余裕はなかった。自分の無力で身近な人間が連れて行かれた。その事実が思いの外、彼女を責め立てている。

 

「鈴、大丈夫か?」

「え? 大丈夫だけど、何で?」

 

 箒に声をかけられて、鈴はやや早口で答えた。意識してではない。声も少し裏がえっている。これじゃダメだ。案の定、箒が呆れたような顔をして隣に座り込んできた。

 

「一人で気負うな。蘭がさらわれたのは鈴のせいではないし、蘭を助けたいと思っているのは鈴だけでない」

「わかってるわよ……」

 

 わかってはいる。納得ができないだけだ。1対1で完全敗北を喫したことを“過ぎたこと”で済ませる気はない。

 

「ごめん、皆。ボクの父の会社がこんなことを……」

 

 いつになく暗い雰囲気の中、シャルロットがそれを後押しするような発言をし始める。すかさずラウラがシャルロットに詰め寄っていた。

 

「シャルロットが謝ることじゃない! デュノア社はデュノア社。シャルロットはシャルロットだ。既に捨てられてる貴様には何の責任もない」

「そうよ、シャルロット。アンタが見つけてくれたおかげで、まだ希望があるんだから、アンタは胸を張ってればいい」

 

 あたしと違って、と心で呟いた。ラウラと鈴の言葉を聞いてもシャルロットは申し訳なさそうに萎縮するばかりであった。ただ、一言も発さなくなったため、彼女の胸中は計れない。そのシャルロットの姿を見ている内に、鈴は蘭以外のことも考えてしまった。

 

(一夏はどう思ってるんだろう。あたしたちのこと……それに一度だけ目を覚ましたのは偶然だったのかしら)

 

 鈴は頭を横に振る。今、考えることではない。雑念だ。それでは勝てるものも勝てなくなると言い聞かせる。そうしていると、セシリアの「あら、弾さん」と呼ぶ声が聞こえてきた。目を向けるとよろよろと歩く白衣の少年の姿がある。まだ安静にしていないといけない怪我を負っていたはずだ。すぐさま彼の元に駆け寄る。

 

「ちょっと、弾! なんでアンタがついてきてんの!?」

「黙って待ってろって方がおかしい。俺の妹だ。俺が何もしないわけにはいかない」

「だからって、アンタに何ができるのよ! この輸送機が安全である保証なんて全くないんだからね! アンタは技術者なんだから、相応の場所でやることをやってればいいの!」

「だから俺は来たんだよ。結果的に他力本願でも、俺がやることは一つだけだからな」

 

 弾の言いたいことがわからない。だが、引き返して弾を置いてくる時間などありはしない。もう敵地に着く時間であった。ハッチを開け、ラウラを先頭に降下の準備をする。

 

「頼む。俺の妹を助け出してくれ」

 

 後方から聞こえる声。弾が土下座をしていた。自分自身が戦いたくてしょうがないはずの彼がやることは、鈴たちに頼むことだけということなのだろうか。

 

「バカね。アンタに言われなくてもやるわよ。こういうときセシリアは何て言うんだっけ?」

「わたくしたちがやりたいからやるのですわ、弾さん。今度は鈴さん一人ではありません。大船に乗った気でお待ちくださいませ」

 

 ラウラ、シャルロット、箒の順でもう降りていった。まだ顔を上げない弾を残し、鈴も青空へと身を投げる。すぐ隣までセシリアもやってきた。

 

「それでは挨拶代わりに一発撃ち込みます。鈴さんはお先にどうぞ」

「任せたわよ。色々と」

 

 鈴は速度を上げ、前の3人に追いつく。それを追い越していった蒼い光が、地上の建物の一角を破壊した。僻地にあるだけあって、高層な建物ではない。そのため、セシリアの一撃で建物全体に被害を与えることはない。

 

「わらわらと出てきたな。つまり、後ろめたいものが中に存在するということなのだろう。容赦なくいくぞ。いいな、シャルロット」

「うん。ボクもここまで来て尻込みする気はないよ」

 

 蜘蛛の子を散らすように、セシリアの攻撃に反応したトロポスが建物から次々と現れてきた。ラウラとシャルロットが射撃を開始したのに合わせ、鈴も肩部衝撃砲の砲口を開く。

 

「ザコは引っ込んでろっ!」

 

 砲身を形成。圧縮行程終了。鈴の視線の先のキャバリエに狙いを定めた不可視の砲塔から空間の歪みが砲弾として射出される。飛び上がっていたキャバリエは見えない壁にぶつかったかのように錐揉み回転をしながら墜落していった。次のターゲットに狙いを定める。同様の指示を甲龍に下し、ティラールをライフルごと打ち砕く。鈴は射撃を止めぬまま、ひたすら前進を始めた。無人の野と変わらない。このままならば突破は時間の問題だった。屋内へと飛び込もうと突き進む鈴。しかし、その前に灰色の壁が立ちはだかる。

 

「来たわね。今度はあたしが勝つ」

 

 鈴は足を止めて敵IS、カエシウスの様子を窺う。前面に展開していた灰色の盾は変形し、カエシウスの周囲を覆う球状になる。これでカエシウスを倒す手だてが無くなるわけだ。誰かがここで囮を引き受ける必要がある。

 

「箒、ラウラ、シャルロット! 3人は別ルートで侵入して。コイツはあたしとセシリアでやる」

 

 全員から「了解」の返事がくる。鈴とて一人でカエシウスをどうにかできると思っているわけではない。一人では前回の二の舞だ。勝つと言ったが、カエシウスに一騎打ちで勝つつもりなどない。盾を失った場所をセシリアが狙い撃てば勝つ見込みはある。

 箒たち3人が離れていくと、ザコトロポスの集団の全てが彼女らを追撃していった。きっとこの場に必要がないのだろう。カエシウス1機で鈴とセシリアの相手はできると、敵は思っている。舐められたものだ。

 

「セシリア。わかってるわね?」

「ええ。教えて差し上げましょう。わたくしたちを甘く見た思い上がりの結末を」

 

 BTビットがカエシウスの周りを取り囲むように配置される。これで鈴一人を捕らえる攻撃は使えないはずだ。鈴は遠慮は要らないと言わんばかりに真っ直ぐにカエシウスへと接近する。硬く、打ち破れないのならば、目的達成まで殻に籠もっていてもらう。攻撃を絶やさなければ敵は何もできないはずだ。だが、それは勘違いだった。球状の盾を展開したまま、カエシウスは鈴に向かって急速接近してきた。

 

「イグニッションブースト!?」

 

 決して速すぎるわけではない。だが、敵の盾の強度を考えるに、正面衝突すれば鈴が一方的にダメージを受けることになる。自らを砲弾にすることで、攻撃と防御を両立したということだった。鈴は龍咆で敵の突進を受け止める。結果は、鈴が一方的に吹き飛ばされるだけだった。否、鈴が自分の意志で吹き飛ぶことで受け流したのだ。

 

(厄介ね。威力が“中途半端”すぎるわ)

 

 鈴は単一仕様能力“火輪咆哮”を攻撃の回避に利用した。これは鈴にとって初めての経験である。なぜならば、攻撃を当ててくるような相手にはそのまま倍返しにすればいいからだ。しかし、カエシウスには無駄である。敵の盾を打ち破るほどの威力を、敵の攻撃からは得られないのだ。故に、中途半端というしかない。

 鈴から離れたカエシウスを5本の蒼い光線が殺到する。セシリアの一斉射撃だ。だが、敵は回避行動すら取らずに平然と宙に浮き続けている。

 

「鈴さん! あれでは隙がありませんわ!」

「わかってる。でも、一人だけになるのはマズいわ。あたしたちはこのまま戦い続けるしかないのよ!」

 

 再びカエシウスは鈴に接近してくる。さすがに遠距離にいるセシリアには追いつけないという判断なのだろう。だから、足止めはセシリアが見ていてくれるという条件の中で、自分が倒れなければいい。

 カエシウスの突進。来るとわかっていれば避けることは難しくない程度の速度だ。鈴は左に回避する。直線すぎるカエシウスの軌道は、元々鈴がいた位置を通過していく。一夏とは天と地ほどの差があるというのが鈴の印象だった。その鈴の背中に――

 

「な、に……?」

 

 鋭利な何かが突き刺さった。絶対防御こそ発動しなかったものの、シールドエネルギーが想定以上に削られる。咄嗟にダメージを威力に変換して、肩の衝撃砲からカエシウスに放った。やはり、カエシウスは避けようともせず、直撃を受け入れている。当然、その盾は無傷のままだ。

 

「鈴さん、大丈夫ですか!?」

「結構きついの貰っちゃったわ。教えて。今あたしは何をされたの?」

 

 予想はついている。それでもはっきりと聞いておくべきことだった。

 

「敵のアルマ・ウィースから棘のようなものが伸びましたわ」

 

 束の言ったとおり、カエシウスのアルマ・ウィースは攻防一体の万能兵器と化しているということだった。2手に分けて正解だ。5人全員がここにいたところで、カエシウスを倒す術が見つからない。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 鈴たちと別れた箒たちはトロポスの集団に囲まれ、建物内にすらまだ入れていなかった。倒しても倒しても現れるトロポスの集団。終わりの見えない戦いを前にして、箒の額に汗がにじむ。空裂を振るい、近場のキャバリエを斬りとばしたところで、敵の陣容が変化した。

 

「あれは……“メール・デュ・シエル”!? こんなところにも配備されていたのか!」

『マズいね、箒ちゃん。さっきまでの戦闘は敵にとって、こちらのエネルギーを削る目的でしかなかったみたいだね。アレが出てきたってことは、まだ敵の戦力は尽きてないってことだよ』

 

 メール・デュ・シエル。以降、シエルと呼称する。洋上移動基地への襲撃のときに戦った女性を模したトロポスである。ザコトロポスと違い、第3世代兵器に相当する兵器を運用できるトロポスだ。最大の特徴は、他トロポスの量子変換にある。つまり、紅椿にとっての雨月や空裂が、このトロポスではキャバリエやティラールとなる。ついでに、それらの武装が強化されていることも確認済みだ。

 

「シャルロット、ラウラ! 奴が呼び出すトロポスは通常のモノより強力だから気をつけろ」

 

 箒が言っている間に、ラウラはティラール6機に包囲されていた。シャルロットは本体を叩こうとシエルへと直接向かっている。このパターンは以前の戦闘の焼き直しに箒には見えた。だが、

 

「箒。私とシャルロットを甘く見てはいないか? 貴様と違って、実力で代表候補生となっていることを忘れているだろう?」

 

 ラウラは箒の心配をあざ笑うかのように答えていた。

 ラウラに向けてティラール部隊の集中砲火が始まる。彼女は避けようとせず、盾を構えて被弾覚悟でティラール1体に突進を敢行。逃げるティラールの1機を背部から伸ばしたワイヤーで絡め取る。ワイヤーを伸ばしながら振り回し、2機目に命中させ、それも絡め取る。敵の射撃を敵の機体で受け、そのまま、ハンマーとして利用していた。あっという間に、ラウラを包囲していたティラールが全滅する。AICに目がいきがちであるが、彼女にとってはAICはおまけでしかない。そう言わんばかりの戦闘だった。

 

 一方、シャルロットは両手にアサルトライフルを持って、銃撃しながらシエルに接近をしていた。当然、その射撃はシエルが呼び出すキャラパスによって防がれる。束に攻略困難と言わせた防御兵器、アルマ・ウィースである。箒もこの盾の前に攻撃を断念したことは記憶に新しい。シャルロットは無駄と思える射撃をひたすら繰り返す。ある程度の距離まで近づいた彼女は右手のライフルを格納し、手榴弾を取り出していた。タイミングを計ってキャラパスの上方を飛び越えるように投擲する。と、同時にイグニッションブーストを使用し、強引な接近を始めていた。キャラパスはシャルロットの接近を阻止するために壁を張り続けるしかない。しかし、その壁の内側には爆発物が既にある。手榴弾の爆発によって、キャラパスの体は傾き、シャルロットは壁の内側に入り込む。彼女の両手に握られているのは近接ブレード。キャラパスは為す術もなく斬り裂かれることとなった。続けてルー・ガルーが彼女に襲いかかるが、爪を舞うように受け流した後で、すれ違った敵の背中目掛けてショットガンを撃ち放つ。一瞬後ろを向いたシャルロットにシエルが右手のブレードで斬りかかる。彼女は後ろを向いたまま左手のブレードで受け、反転しつつ右手のショットガンをブレードに持ち替えてシエルの右腕を斬り落とす。その間にも左のブレードをしまい、自らの盾を弾き飛ばして必殺の一撃の準備を終えた。武器を失ってよろけるシエルに対し、シャルロットは必殺の左ストレートを打ち込む。続く炸裂音。シエルが力なく落下していくところで、敵が戦闘不能になったのだとようやく箒は理解する。ただただ、鮮やかすぎる連続攻撃に見とれてしまっていた。

 

 普段は一夏の活躍にばかり目がいっていた箒だが、2人とも頼もしすぎるくらい強いと再確認した。

 

「私も負けてはいられんな」

 

 箒は雨月を放ちながら、屋内に侵入を試みる。道を塞いでいたトロポスたちを蹴散らし、あとは内部に入るだけ。囮を引き受けている鈴の代わりに蘭を一刻も早く救出しなければならない。

 

「はっ! そうはいくかっての!」

 

 頭上から声が聞こえ、箒は咄嗟の判断で引き返す。聞き覚えのある声ではない。つまり、敵の声。箒がいた位置に3mを越える大質量が落下してきた。アスファルトに大きな亀裂をつくったソレは8本の足を備えた蜘蛛だ。頭部に該当する場所に、申し訳程度に人の上半身がくっついている。その顔には見覚えがあった。

 

「スレッドか」

「やっとお前等も私の名前を覚えたようで、嬉しい限りだぜ。ついでにここで死んでくれるともっと嬉しいんだけどなぁ?」

 

 今回、スレッドが乗っているのがトロポスであることは間違いない。問題は、なぜわざわざトロポスに乗り込んでいるか、だ。セシリアの話によればスレッドはアラクネというISを所持していたはず。

 

『姉さん。奴はどうして的のデカいトロポスに乗ってるのだと思われますか?』

『認識が違うよ、箒ちゃん。トロポスに乗ってるんじゃなくて、トロポスを装備してるんだ。IS用強化装甲。ISでカバーできなかったことを外付けで行う考え方だね』

 

 ISでできなかったことをする。その内容はわからない。とりあえず、今はやれることをすべきだった。対処されたときは、そのときになってから考える!

 

「2人とも。穿千を使う。牽制と足止めを頼む」

 

 紅椿の翼を手に集めている間に、ラウラがレールカノンでスレッドを狙い撃つ。スレッドは巨体の似合わない跳躍で砲弾を回避していた。正確にはPICによる飛翔なのだが、8本の足の動きがそう思わせる。そして、ゴーレムと同じく見た目よりも俊敏だ。

 

『箒ちゃん、いけるよ!』

 

 束から準備が完了したことを聞く。狙うのはラウラのレールカノンを回避した直後。回避行動後に別の回避行動を取るには多段加速が必要になる。だが、指数関数的にエネルギー消費量が増加するため使用する者はIS操縦者でも限られている。まして、敵はゴーレム並の巨体である。通常のISよりも大きくなるエネルギー消費量の制約のために、2段目すら使用ができないはずだ。

 箒の思惑通り、スレッドはラウラのレールカノンを再びイグニッションブーストで回避する。シャルロットの銃撃はそのまま受けていることを考えると、一定以上の攻撃力に対してのみ回避を行っているようだ。それでは、と高威力射撃武器の波状攻撃を加えることにする。

 

「穿千!」

 

 紅椿の最高火力であるブラスターライフル。余波だけでもザコトロポスを蹴散らせる赤い閃光が放たれる。周囲の景色すら淡い赤に染める光。その進む先には機械的な大蜘蛛がいる。回避はされていない。直撃コースだ。VAISをも貫いた一撃にトロポスが耐えられるはずがない。箒は勝利を確信した。……灰色の壁が立ちはだかるまでは。

 

「なっ――!? アルマ・ウィースだと!」

 

 スレッドの前に現れたのは円形の半透明な灰色の壁だった。装備するためには様々な制約が課せられる現行最強の防御兵器。灰色は赤を受け止め、行き場を失った赤は周囲に拡散する。IS単体でできなかったことをするということがどういうことか理解させられた。

 

『姉さん! どうすれば――!?』

 

 箒は束に対抗策を求める。しかし、束は何も答えない。その間にもラウラとシャルロットは左右に分かれて挟み撃ちを敢行する。一方向からの攻撃しか防げない盾ならば、理に適った有効な手段だ。

 

『箒ちゃん! 2人を止めて』

 

 しかし、束はそれを愚策と否定する。その理由は2人が証明をしてしまった。

 

「な、なんだこれは!?」

「動けない!? 何かが絡まって」

 

 ラウラとシャルロットが何かに絡まって動けなくなっていた。目を凝らすと、2人の体には糸のような物が絡みついていることがわかる。そこでスレッドの高笑いが響いた。

 

「簡単すぎて腹が捩れそうだ。IS学園の連中ってのは、未だに競技をしてるつもりなのかねぇ」

 

 捕らえられた2人に次々と糸が絡まっていき、人型の繭となる。その状態でスレッドの手元に引き寄せられていった。これでは迂闊に手出しができない。箒は捕らえられた2人と通信を試みるが、返答がこなかった。

 

「スレッド! 2人に何をしたっ!」

「あ? ああ、安心しろよ。私の“闇に煌めく線(ウォウブン・グリームズ)”はISを捕まえることしかできない。PICを始めとするISの機能を無力化するってもんだ。ま、制約が多すぎて能動的に効果を発揮させられないから手の込んだ罠をしかけないといけないのが欠点さ」

 

 わざわざスレッドは解説を始めていた。内容が正しいのなら、繭の中のシャルロットとラウラは無事なはずだろう。問題は、スレッドがそのようなことを箒に伝える理由だった。

 

「どうしてそんなことを言うのか不思議って面だなぁ? 単純に、親切な私による簡単な状況説明さ。さて、ここに2つの小蜘蛛型の機械がある。ウィスクムを参考にして造り上げた専用の受信機だ。効果はお前等も知っての通り、取り付けたISを私の意のままに操るってもの。起動前の訓練機や、シールドバリアが機能していないISにしか使えない代物だがね」

 

 訓練機暴走事件を引き起こしていたものの正体だ。ウィスクムと違って除去ができないわけではないが、厄介なものであることは間違いない。今、スレッドがそんなものを取り出した理由は一つしかなく、わざわざ箒に教えたのはスレッドの性格の悪さによるものだろう。

 

「おっと、怖い目をするねぇ。もうわかってもらえたと思うけど、今からこいつらに小蜘蛛(受信機)を付ける。お仲間との楽しいダンスの時間だよ。それとも、こいつらごと私を撃つか? 私はそれでもいいけどねぇ!」

 

 撃てるはずがない。スレッドにはアルマ・ウィースだけでなく、人質という盾まで持っていて……箒には手出しができない。黙って見ているしかない。かと言って、ラウラとシャルロットが敵に回って自分が無事でいられる保証はない。

 

『姉さん。私はどうしたらいい?』

 

 箒は束に助けを求める。答えを求める。

 

『箒ちゃんが決めることだよ。束さんは箒ちゃんが無事でいることが第一だからさ、誰を殺してでも、誰を見殺しにしてでも生き延びてほしいって考えちゃうから、それを箒ちゃんに強制したくない』

 

 束は遠回しにラウラとシャルロットを攻撃するしかないと言ってきた。紅椿に力があろうが、勝ち目は無いと断言されたも同然だ。

 

『ごめん、姉さん。聞くだけ無駄だった。私はそんな道を選ぶことはしない。最後まで抗うよ』

 

 雨月と空裂を構える。今からすべきことは、ラウラとシャルロットの攻撃をかいくぐりながら、アルマ・ウィースを前面に展開しているスレッドの懐に潜り込み、本体を討つこと。ハッキリと言ってしまえば、不可能だ。

 

「仲間が大事ってか。あのクラス代表の影響かねぇ。ま、せいぜいそのお仲間と殺し合うがいいさ」

 

 スレッドが両手の小蜘蛛を繭みたいになっているラウラとシャルロットに近づけていく。ただ見ているだけしかできない。己の無力さがもどかしかった。そんな時に、

 

 

『良く待ったな、箒。道は俺が開いておく』

 

 

 一夏の声が頭に響いた。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 輸送機内で弾が頭を抱える。耳に入ってくる戦況は芳しくない。鈴とセシリアはカエシウスを前に手も足も出ていない。想定以上にカエシウスに攻撃能力があり、囮としての時間稼ぎも長時間期待できるモノではなかった。箒たち3人は、ラウラとシャルロットが捕らえられた時点で絶望的な状況。箒一人で勝てるとは思えない。轡木の用意した別働隊はメール・デュ・シエルとの戦闘中で膠着状態。これでは蘭の救出はおろか、全員の帰還すら危うい。

 

「やっぱり真耶さんに来てもらう必要が……ダメだ。カエシウスを倒せないことは真耶さんでも変わらない」

 

 格闘のヴァルキリー、山田真耶が居たとしても状況は変わらなかっただろう。スレッドやキャラパスのような隙間さえあればいくらでも戦いようはあるのだが、カエシウスだけは技量だけではどうしようもない。そして、IS学園の守備が手薄になることを露呈してしまう。蘭のために立ち上がってくれたのに、見ていることしかできないのが悔しかった。行き場のない思いが、壁を殴るという形で表面化する。

 

「おいおい、弾。敵はそんなところにいないだろ?」

 

 すると、ここに居るはずのない人物の声が聞こえてきた。3日ほど聞いていなかった声だ。操縦室から現れたのは紛れもなく織斑一夏である。

 

「なんで、お前が……?」

「あれ? 弾が連れてきたんじゃないの? ってことはのほほんさん……いや、轡木さんの仕業だな。今、起きたら絶賛フライト中の輸送機のコクピットだぜ? それものほほんさんの操縦だ。いろんな意味で驚愕した」

 

 一夏に違いない。ならば、一夏に出てもらえば解決するんじゃないだろうか。早速一夏に状況の説明をすることにした。

 

「一夏、実は――」

「状況はわかってるさ。弾は外部から白式へのエネルギー供給の準備を頼む。アレを使う」

 

 “アレ”とは何だ? その弾の疑問は一夏が白式を展開したことで解消される。深海の戦闘で非固定浮遊部位であるウィングスラスタを大破させていた。それに対し、弾は修理ではなく、新型に交換していた。ところどころに青空のような色が混ざった新装備。複数の利用法を用意した新しい翼のうち、最も使い勝手の悪いものを実戦でぶっつけ本番の使用をすると一夏は言っているのだ。

 

「やれるのか?」

「やれるか、じゃない。やるんだ。状況的に箒たちはそれでしか間に合わない」

「わかった。エネルギーバイパスの構築もしておけ」

 

 弾は輸送機からケーブルを取り出して、白式の背中部分に接続する。一夏の方も準備が完了してハッチを開けた。有線で輸送機とつながっている今、一夏は飛び立つわけではない。この空から……“狙い撃つ”のだ。

 

 一夏が左手を前に伸ばし、背中の翼が2機とも手首に集まる。翼の付け根部分で合わさり、縦に大きく広がった。これはゴテゴテとしたアーチェリーだ。一夏は慣れた所作で、雪片“弐型”を矢のようにつがえる。矢羽根の形状になった雪片弐型を引くことで1本の空色の矢が構築されていた。

 

 零落白夜の矢。雪片で構築する零落白夜の刀身を直接撃ちだす、対IS用必殺の狙撃武装。

 

 一夏に射撃のセンスが無いのは既に過去の話である。この局面での一矢を外すことはしないと弾は確信を持って見つめていた。

 緊張も何もないという表情で一夏はその矢を放つ。これ一つで白式のシールドエネルギーの7割弱が持って行かれるというのに、彼は随分と落ち着いているように見えた。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 空から矢が降ってきた。まるで空の一部が怒りをぶつけたかのような、そんな色の矢だった。矢は正確に大蜘蛛の体を貫き、その瞬間に灰色の盾も、ラウラたちを覆っていた繭も、何もなかったかのように消し飛んでいた。

 

「な、なんだこりゃあ!? “アレニエ”がエネルギー切れだと!? 冗談じゃねえ!」

 

 スレッドは大蜘蛛から離脱した。見た目以上に大きなダメージが入っていたようだ。ここまでスレッドを優位にしていたトロポスを乗り捨てたということは、使い物にならなくなったことに他ならない。そして、形勢も逆転した。逃げようとしていたスレッドを至近距離にいたラウラがワイヤーで捕縛する。

 

「捕まえたぞ、亡国機業。何が起きたのかは知らんが、私たちの勝利だ」

「ちくしょう……何だってんだよ」

 

 ラウラがAICも使用して、完全にスレッドは行動不能になる。そのままラウラは撤退を始めていた。

 

「箒、シャルロット。すまないが私はコイツを連行する。2人は作戦を続けてくれ」

「あ、ああ」

 

 半ば諦めていた。そんな事態が一瞬で……呆気なくひっくり返っていた。これを成し遂げた人物は一人しか心当たりはない。

 

(やはり、一夏だな)

 

 頼もしい存在の復活は確かに嬉しいことだ。だが、どこか悲しくもあった。一夏が居なくては何もできないのではないかと、そう思ってしまう。

 

「箒? 早く捜索に移ろうよ」

「……そう、だな」

 

 シャルロットに言われ、とりあえずは今やるべきことに集中する。ただ、現状のままでいいのかという疑問は拭いきれなかった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 何度攻撃を繰り返したのだろうか。ゴーレムクラスのトロポスでも破壊できるだけ殴ったはずであるのにもかかわらず、敵は傷一つなく健在だった。甲龍のシールドエネルギーは徐々に削られていき、残りは3割を切っている。身を覆う装甲もあちこちが剥がれて、戦闘の継続が困難となりつつあった。

 

「鈴さん、このままでは――」

「わかってる! でも、まだ蘭を助けたって連絡は来てない! あたしがここで立ってないで誰がコイツを食い止めるのよ!」

 

 もう時間を稼ぐことも難しい。カエシウスを覆う球体の盾は、それ自体が変幻自在に形を変え、槍となる。前触れも何もなく襲ってくる灰色の槍は、当然のように1本だけではない。鈴の両手で防ぎきれるのも困難であった。だが、攻めきれるところでもカエシウスは躊躇する。おそらくは攻撃に割ける比率が存在するのだろう。食い止めるだけじゃなく、倒すつもりでいかないと保たない。

 

「セシリア。アイツにひたすら攻撃させてみるから、常に包囲は崩さないでね」

「わかりましたわ。無茶はなさらないようお願いいたします」

 

 セシリアの了承を得たところで鈴はカエシウスに向かっていく。悠然と佇む灰色のマネキンは予備動作なしで球体から槍を生成して突き出した。わかりやすい直線軌道で接近したため、1発目は敵の迎撃も単純なものだ。鈴は敵と示し合わせたように軌道を体一つ分ずらすことで回避する。すかさず2発目の槍が鈴に向かって伸びてくる。回避は間に合わないため、籠手で受けて火輪咆哮によってダメージを最小限にして自身の軌道を変更する。大きく左に移動する鈴を狙って、カエシウスは伸びたままの2本の槍を剣に変え、そのまま回転して薙ぎ払ってきた。鈴はここで仕掛ける。両手の龍咆にエネルギーを溜めて、同時に灰色の刃に叩きつけた。衝撃波とエネルギー結晶の衝突はしばらくの間、均衡を保つ。先ほどから繰り返されてきたやりとりだ。いずれは鈴が力負けすることもわかっている。今の自分が敵から引き出せる最大の攻撃がこれなのだ。その分、本体の守りが薄くなっていると信じるしかない。

 

「セシリアっ!」

 

 現状が最もカエシウスの盾が薄くなっているはずだ。そこにセシリアの集中砲火を浴びせれば状況は動くと思っていた。だが、BTビットからビームが放たれることは無かった。カエシウスが防御を捨てたのだ。カエシウスを覆っていた球殻は分解され、一部を残して4本の槍と化しBTビット全機に突き刺さる。

 

「このっ!」

 

 当然、無防備な本体をセシリアが狙い撃つ。しかし、カエシウスはセシリアの狙撃した箇所にピンポイントに盾を形成して容易く弾く。大きく動いた、と思ったときには遅い。鈴が追撃に移る前にカエシウスの盾は元の形に戻っている。

 今度はセシリアのBTビットを失った。戦えば戦うほど確実にこちら側の戦力を削ってきている。敵の状況は変わらないまま、ただ一方的に消耗だけしていく。

 

(でも、あたしは! 逃げるわけにはいかない!)

 

 これが敵の拠点を攻撃するというだけの話ならば鈴は迷わず撤退を選ぶ。敵が技量も性能も明らかに上なのだ。無理して死地に残る理由など無い。だが、今回はそうではない。敗走は蘭の行方を掴めなくなることを意味する。そして、次に会うときは……敵になっている。

 

「鈴さんっ! 敵に増援ですわ!」

 

 セシリアの通信の後に、カエシウスの背後から4機のゴーレムが姿を現した。最初に戦ったゴーレムと違い、鈴一人でもまともに戦える相手だが、それは万全の状態での話だ。巨体が全ての砲口を鈴に向けてくる。避けなくては。そう思った鈴だったが何かが足に引っかかっていた。足首に巻き付いているものは――灰色の結晶体。それはカエシウスの球殻から伸びている。

 

「しまっ――」

 

 自分を向いている16門の砲口が赤紫の光を帯び始める。動けないから避けられない。ビーム兵器を防ぐ盾はない。残りのシールドエネルギーはゴーレム1機の攻撃にも耐えられないくらいだ。4倍ではどうしようもない。足首の拘束も外せそうになかった。

 

(あーあ。ここまでか)

 

 稼げるだけの時間は稼いだ。蘭のことは箒たちに任せるしかない。もう、どう抵抗しても無駄なあがきにしかならない。そういえば、と同じような状況があったことを思い出す。あのときは動きを封じられているのではなく甲龍が壊れている状態だった。何も抵抗できない鈴に向けられたのはゴーレムのビーム。今ここに鈴が生きているのは、彼が駆けつけてくれたからだった。

 

(でも、あの時とは違う)

 

 ゴーレムの数が違う。砲口を破壊するだけでは防げない。何よりも……一夏が傍にいない。

 思い残すことは多々ある。蘭のこと。弾のこと。敵と戦っている友人たちのこと。そして、まだ一夏から答えを聞いていない。だが、現実が鈴の望みを否定してくるばかりだった。

 

『ごめんね、一夏。あたし、頑張ったけど……もうダメみたい』

 

 届かぬとわかっていながらプライベートチャネルを送る。大好きだったよ、と言いかけたがギリギリで我慢した。たとえ死んでしまっても、この想いは自分で否定してはいけない。目を閉じて、これまでの自分を振り返り始めていた。中国に残してきた母親。母と離婚してから一切連絡をとっていない父親。そして、走馬燈にも一夏と弾の2人が現れる。あの平穏だった頃には戻れないのかと、つい考えてしまう。そして、空港の一夏の姿が脳裏に蘇り、

 

「諦めていいのか? まだ俺たちは何も失ってないぜ?」

 

 至極冷静な一夏の声がした。

 何かに包まれているような温かさを感じる。目を開けた鈴には先ほどまでと違う世界が飛び込んできた。全ての景色が空色のフィルターがかけられているかのようにうっすらと青みがかっている。そして、鈴に向かって16の光が殺到してきたが、それらが目の前で消失するという現象を目の当たりにする。防いでいるのではない。掻き消しているのだ。

 

「ごめんな、鈴。また遅くなった」

 

 すぐ後ろにいる人の存在で鈴の折れた心はたちまち立ち直る。もう大丈夫だと、素直にそう思った。

 

「本当に、アンタはどうしてこんなタイミングでしか現れないのかしらね」

「もう少し余裕のある男を目指すよ」

「別に怒ってない。いつもありがとう、一夏」

 

 鈴は肩に乗せられた彼の手に自分の手を合わせる。ゴーレムのビーム攻撃が終わるまでの間、ずっと彼の手に触れていた。IS越しでも伝わる一夏の存在に、鈴は心を休めることができた。

 ゴーレムの攻撃から鈴を護っていた半透明な空色の翼が広がっていく。今までの白式とは違う翼だった。しかし、違っているのは機体よりも一夏の顔だったかもしれない。どこか悟りを開いたような、そんな雰囲気を鈴は感じ取っていた。

 

「鈴。こいつらは俺一人で十分だ。お前は蘭を助けに向かってくれ。多分、中には大した戦力が残ってないはずだからな」

「無茶はしないでね」

 

 一夏が鈴の足に巻き付いていた結晶体を刀で容易く打ち砕く。自由になった鈴は先ほどまでの自分を棚に上げた言葉をかけた後、すぐに建物内へと侵入を試みる。カエシウスの妨害は全て一夏の刀によって斬り伏せられ、鈴は無事に屋内に入ることができた。振り返ると、今度は一夏がカエシウスの前に立ちはだかる壁となっている。これで蘭の捜索に専念できると言っていい。

 

 鈴は人っ子一人いない通路を移動する。一応、会社を名乗っていたのだから一般の従業員もいると思っていたのだが、不気味なくらいに静かであった。だからこそ気づくことができた。どこかから聞こえてくるもごもごとくぐもった声に……

 

「蘭っ! 聞こえたら返事をして!」

 

 鈴が叫ぶと声が大きさを増す。そこにいるのは蘭のはずだ。鈴はハイパーセンサーを熱源探知に集中させての捜索にシフトする。すると、物陰に熱源を発見した。

 

「良かった……」

 

 蘭がいた。手足が縛られて、猿ぐつわを噛まされた状態であったが、思いの外、元気そうである。鈴は早速、蘭を縛っているものを解きにかかった。

 

「蘭ちゃん。ひどいことされてないよね?」

 

 猿ぐつわ、手、足の順番に解き終わると、蘭が鈴に飛びついてきた。

 

「私は……大丈夫です」

「そうだね。怖かったよね。ごめんね。護ってあげられなくて……ごめんね」

 

 鈴は蘭を抱きしめる。大丈夫という彼女は明らかに強がっていることがわかるくらいに震えていた。怖くないはずがない。知らない場所に一人連れてこられて、怖くないはずがない。

 

「私は、大丈――」

 

 蘭の言葉は最後まで続かなかった。ただ、嗚咽を漏らすだけになっている。やっと恐怖から解放されたのだ。ただ鈴は蘭を抱きしめ続ける。ここに蘭がいることを実感するために抱きしめ続ける。本当に恐怖から解放されたのは、鈴の方だったのかもしれない。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 蘭のことは鈴に任せておけばいい。今頃、箒とシャルも捜索してくれているはずだし、外部の封鎖を突破した敵はいない。すぐに見つかるだろう。だから俺がするべきことは、目の前の敵を排除することだ。

 

「一夏さん、来てくださいましたのね」

「遅れてごめんよ、セシリア。お詫びと言っちゃなんだが、後は俺が引き受ける。セシリアはまだ戦闘中の先輩たちの援護をしに向かってくれ」

「いえ、ですが――」

 

 セシリアはまだ食い下がってくるが、敵は待ってくれない。直ちに戦闘を開始する。俺の零落白夜を警戒してか、カエシウスは近づいてこようとせずゴーレムの射撃だけでどうにかしようとしているようだ。俺に向けて再び一斉射撃が放たれる。だが、今の俺は――白式は避けることを必要としていない。鈴を護ったときと同じように、空色のエネルギー翼で自分の体を包み込む。高出力のゴーレムのビームだったが、翼に触れた時点でその存在がなかったことにされていた。

 

 非固定浮遊部位“氷燕(ひえん)”。弾が造り上げた白式の真の特殊装備。これを以て白式は完成となった。通常時は多段イグニッションブーストのエネルギー消費量を抑えた高機動推進翼であるが、この武装の特徴は紅椿と同じ変形にある。今、俺の身を護ってくれているのは氷燕の防御形態だ。要するに、盾である。この盾の利点は、なんと言っても零落白夜の効果が乗っていることにあった。対エネルギー兵器に関してはアルマ・ウィースを上回る防御力を誇る。

 

 敵の攻撃をやり過ごした俺は直ちに反撃に移る。氷燕を機動形態に移行。空色のエネルギー翼を大きく広げる。敵はたったの5機。セシリアを説得して先に行かせるよりも、倒した方が早そうだ。

 イグニッションブーストで一番右にいたゴーレムに接敵する。間合いに入るのは一瞬でできる。元々ゴーレムは高機動型からみれば鈍重でしかない。俺が近くに来たことにやっと反応したゴーレムを雪片弐型を呼び出しながら斬りつけて一刀両断にする。その瞬間を隙だと判断したのか、3機のゴーレムがワンパターンすぎるビーム攻撃を構えていた。シールドで防ぐのも面倒だ。先制攻撃で潰すことにする。雪片弐型と氷燕を“射撃形態”に変形させた。

 

 雪片弐型。当初は想定していなかった雪片の新たな形態として“銃”が追加された雪片の改良型だ。弾が言うには俺自身が銃の経験を得たことで白式のコアに変化が現れたのだとか。そして、氷燕の方は左右の翼がそれぞれ2つに分離し、合計4門の荷電粒子砲となる。弾が白式に組みこんだオートロックオンシステムで各々が別々のゴーレムの腕を選択する。あとは発射を指示するだけ。雪片弐型を含めた合計5条の閃光がゴーレムの砲口に飛び込んでいった。発射するはずだったエネルギーが暴走し、ゴーレムの腕は次々と自爆していく。

 

 すぐさま機動形態に戻し、片腕の残ったゴーレムのビームを回避。再び接近して脳天から真っ二つにする。残りは戦力外のゴーレムとカエシウスのみ。ようやくカエシウスが動き出していた。見れば防御に回しているアルマ・ウィースは微塵もなく、全てを攻撃につぎ込んでいる。頭上に掲げられた右腕からは灰色の巨大な剣が生まれていた。紅椿の薙破と同系統の攻撃になるだろうか。だが、それは諸刃の剣。自らのシールドエネルギーを外部に具現化したその剣は、折れれば戦闘不能を意味する。振り下ろされた灰色の大剣を、俺は防御形態の盾で受け止めた。零落白夜によって触れた場所より先が消滅している。左の氷燕を防御形態のまま、右の氷燕を機動形態に可変。そのまま、灰色の剣を突き破るように、タックルをかましていく。触れる場所からボロボロと崩れ去るアルマ・ウィース。イグニッションブーストで加速して、俺はタックルの体勢のままカエシウスと衝突した。これだけでも相手のシールドエネルギーを削る一撃となる。カエシウスは錐揉み回転をしながら地面へと墜落した。

 

 真っ当な相手ならば、この時点で戦闘は終了だ。だが、カエシウスは足りないはずのシールドエネルギーで新しいアルマ・ウィースを作り出していた。つまり、中の操縦者はもう……

 雪片弐型を正面に構える。切っ先はカエシウスだ。イグニッションブーストでそのまま突っ込む。灰色の盾など全く苦にせず、雪片弐型はカエシウスの胴体を貫いていた。……絶対防御すら発動しなかった。それはISが護るべき操縦者を認識していないことに他ならない。カエシウスは地面を赤く染め上げながらその場に崩れ落ちていた。

 

「一夏さん……?」

「大丈夫だよ、セシリア。俺は止まらないから。さて、他の救援に向かおう」

 

 残っていたゴーレムはセシリアが倒していた。彼女は俺に悲しげに声をかけるが、心配する必要はない。俺はもう色々と踏み外してる。千冬姉が敵なのだという事実と比べてしまって、もう心が痛まないんだ。だからその心配は、俺が千冬姉と戦うときまで残しておいてくれ。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

『シャルロット。五反田蘭の救出は無事完了した。内部に敵対勢力は残っていないようだから、以後の調査は轡木の送る別部隊の担当となる。引き上げてくれ』

『わかったよ、ラウラ。すぐに戻る』

 

 箒と2手に分かれて蘭を捜索していたシャルロットだったが、無事助け出せたのなら、この場に止まる必要はない。本当ならば、自分の目で確かめたいことがあったのだが、誰もいないデュノア社ではその願いは果たせそうもなかった。素直に引き下がるしかない。

 

 そう。誰もいなければ……だった。

 

「待ってくれ。シャルロットくん」

 

 誰もいなかったはずの場所に唐突に一人の男が現れていた。メガネをかけた20代半ば頃と思われる男性。その顔は最近見た覚えがある。

 

「あなたはレゾナンスで会った……?」

「やっぱり忘れられていたみたいだね。僕は一応デュノア社で働いている研究員なんだ。2年前にも会っているけど覚えてないかな?」

 

 2年前。デュノア社員。それで出てくる人物の心当たりは一人だけだった。

 

「もしかして、2年前にボクを迎えに来た父の部下の人ですか?」

「そうだよ。やっぱり1回会っただけじゃ覚えてないよね」

 

 ハハハと軽く笑う青年にシャルロットは詰め寄る。

 

「教えてください! 父は……デュノア社長は、どうしてまだボクをIS学園に残してくれているのですか?」

「やっぱり……辿りついたようだね」

 

 青年はため息混じりにお手上げのジェスチャーをする。やはりと言ったということはシャルロットがこの質問をしてくることを想定していたということだった。

 

「君に話そう。ここの惨状の原因となった、デュノア社と亡国機業と呼ばれる者たちの話を」

 

 父の行動を説明するには会社自体の話から入る必要があるらしい。シャルロットは黙って青年の話に耳を傾ける。

 

「君も知っているとおり、デュノア社は数年前から経営が悪化していた。その理由は資金の問題でなく、技術の問題だった。IS開発企業としての競争力が無くなってしまっていたんだ。当然、そのような場所に国がISコアと資金を提供する理由はない。そして、IS開発以外の業績も悪化していたデュノア社は泥船みたいなものだったんだよ」

「だから、亡国機業と連携して、トロポスを開発していた……?」

「そう。亡国機業という奴らはなぜか他企業を上回る技術力を持っていた。当時のデュノア社にとっては救いでしかなかったよ。念願の技術を手に入れたデュノア社はトップ企業への返り咲きを約束されたも同然だった。トロポスの生産工場を提供するという条件と引き替えにしてね」

 

 ここまでは予想通りだ。シャルロットの知っているデュノア社長とはそういう人物である。いや、社運がかかれば非道な人間でなくとも悪魔の囁きに耳を傾けるのではないだろうか。シャルロットの中に一つの疑問が生まれていた。父はどちらだったのか、シャルロットには答えが出せない。彼女は父のことを何も知らない。

 

「デュノア社長は、喜んで引き受けたのですか?」

「僕が社長の真意を知っているわけがないよ。ただね、僕は思うんだ。社長は君を亡国機業との関わりから遠ざけようとしていたのではないかとね」

「どういうことですか?」

「そのままの意味だよ。社長でなくとも奴らの危険性は理解できる。君は実力で代表候補生となった時点で社長はそれを利用して君を国外に逃がしたんだろう。それも、IS学園に」

 

 IS学園に送り込まれたのはスパイとしてじゃない?

 

「そ、そんなはずがない! だって、ボクは一夏から白式のデータを盗んでこいと命令されて――」

「それで男装までさせられていた。おかしいと思わなかったかい? バレたら君の立場も会社の立場も危ういものとなる。リスクとリターンが釣り合わないことは誰にだってわかるさ」

 

 当時は必死だったから何も不思議には思わなかった。しかし、今振り返ってみると『どうすれば実現できるか』というビジョンが全く見えない。実現できる可能性もなく、ただ危険性だけが服を着て歩いていた。なぜ自分がそのような命令を受けていたのか見当もつかない。

 

「わからないかもしれないけど、君の男装はIS学園でバレることが前提だったんだ。社長はIS学園を取り仕切っている轡木十蔵の人間性を調べていた。強制送還されれば過酷な運命が待ち受けている少女を3年間は守ってくれると信じて、君が一度としてデュノア社に帰ることができない状況を作りあげた」

 

 バレるための男装。行き場を失ったシャルロットがIS学園に匿われることを計算に入れた茶番。上手くいくとは限らなくても、父はそれを実行した。

 

「父が、ボクのために?」

「少なくとも社長が君をIS学園に送った意図を推測するとそれ以外に考えられない」

 

 それならば未だにシャルロットの生活を支援してくれているのも当たり前ということになる。妾の子だから道具扱いされていたわけでは、なかったのだろうか……

 

「父は……父さんは今、どこにいるのっ!」

「実を言うと本題はそれなんだ」

 

 青年の顔から笑みが消える。今から話す本題は笑って語れることではないということだ。それも父の行方に関することで。

 

「社長は、亡国機業に捕らえられている。理由は人質ということらしい。奴らは僕をメッセンジャーとして日本に派遣した。君にこの事実を伝えるためのね」

 

 父が亡国機業に捕らわれている……? デュノア社ほどの大企業の社長が誘拐されたとなれば世界的にニュースになっても不思議ではない。つまり、表沙汰になってないことだ。デュノア社内部に亡国機業の幹部が紛れ込んでいるのかもしれない。しかし、なぜそんなことをシャルロットに言う必要があるのか。

 

「僕のすることは社長の意志に反しているのかもしれない。でも、君に何も知らないままでいてほしくなかった。だから選ぶのは君自身だ」

「ボクが……選ぶ?」

「そうだ。奴らは君に篠ノ之束の身柄を確保するように取引を持ちかけてきた。断ればおそらく社長の命はない。僕がその引き金を引くことはできなかった。全ては君が選んでくれ」

 

 亡国機業は父を人質としてきた。少し前ならば……何も疑問に思ってなかった頃ならば躊躇いなく見捨てていたことだろう。しかし、父が今の話どおりの人ならば、見捨てることはできない。母が語らなかった父の本当の姿はまだわからないけれど、もう一度会って話してみたかった。

 

「2日後に亡国機業がIS学園を襲撃する。もし社長を救うのなら、君は防衛戦に参加しつつ、隙を見て篠ノ之束を外に連れ出せばいい。僕から伝えることは以上だ。君がどの選択をしても僕は君を責める気はないよ」

 

 青年がその場を去っていく。しばらくシャルロットはその場から動けずにいた。シャルロットに与えられた選択肢は、父を見殺しにするか……一夏たちを裏切るかである。

 

「わたしが選ぶ……? わたしが父さんを殺す……?」

 

 今のシャルロットにはどちらも選べそうになかった。

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