IS - the end destination -   作:ジベた

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38 白騎士

 IS学園のグラウンドの上空に一人の騎士が立っている。まるでそこに地面があるかのように佇む姿は、味方ならば信頼を、敵ならば恐怖を抱くことだろう。

 7年前から待ち望んでいた瞬間が来たはずだった。当時、まだ幼かったとはいえ、ラウラは軍内部に所属していた。にもかかわらず、一人残された理由は『調整の不具合』。そして、彼女の知らないところで、同じ境遇の仲間たちと自らの存在意義を奪われていた。

 

「白騎士、だと……!?」

 

 今、この戦場にはラウラから多くを奪った元凶がいる。7年前から自らが生きてきていた目的が、ラウラの思惑通りに向こうからやってきていた。この状況が来ることこそ、ラウラがIS学園にやってきた理由だった。なのに、

 

(なぜ、私は……逃げたがっている?)

 

 対峙して一瞬で理解できる。姿こそ甲冑を着た騎士のような出で立ちであるが、ラウラたちの知るISとは次元が異なる存在である。目の前で山田真耶が為す術なく敗北していたことも、事実を認めるのに拍車をかけていた。

 結果を先に行ってしまえば、真耶は一つの傷もつけられずに敗北した。決して攻撃を当てられなかったわけではない。ラウラにはヴォーダン・オージェが無ければ追いつけないような格闘戦で彼女は数度、薙刀を当てられている。だが、効かなかったのだ。

 

 ラウラは思い違いをしていたのかもしれない。白騎士事件で世界の物量を相手にした存在は技量だけで圧倒したわけでなく何かしらの機能を有しているのだ。ラウラはその機能の正体が漠然とわかってしまった。

 白騎士の単一仕様能力。それは核爆発を無力化したと伝えられているが、それは事実だろう。でなければ世界が焦りと共に軍を差し向けるわけがない。そして、数多くのミサイル攻撃に晒されても無傷でいられ、真耶を“シールドバリアが無いかのように”一撃で沈めていたのも一言で説明ができる。

 ……白騎士は、人の造りだした兵器を無かったことにしている。一夏の零落白夜をより広範囲に適用したような能力だ。自分でも馬鹿げていると思っているが、否定する材料の方が無かった。

 

 ラウラはレールカノンを白騎士に照準する。推測が正しければ、白騎士は避けない。勝てない証明になってしまうが、やるしかなかった。IS学園を失って、亡国機業と戦える組織が残るとは思えなかったのだ。戦うしかない。

 超音速で放たれた砲弾は白騎士へと向かっていく。それを白騎士は、手にしていた大剣で弾き飛ばした。ラウラにとって予想外の行動だった。

 

「何っ!? まさかこいつは……!」

 

 白騎士がラウラへと駆けだしてくる。飛翔や浮遊の概念ではなく空に地面をイメージしているような白騎士の挙動は読みづらい。読めないのならば、見てから判断するしかない。ラウラは眼帯を投げ捨てる。時間制限はあるが、やってみる価値はある。ラウラの考えが正しければ、白騎士はISの攻撃ですら無力化できても、シールドエネルギーは多少なりとも減っている。

 白騎士の一撃目。袈裟に振られた大剣を右の手刀で受け流す。まともに受ければその時点で負ける。そして、白騎士の右側面をとったラウラだったが、ここで距離を開ける。見れば白騎士の返す剣が虎視眈々と待ち受けていた。

 基本的な戦闘方針は対一夏の模擬戦で培ったもので対応できる。問題は、先手を打っても後出しの白騎士の攻撃を受ければ負けである点だ。攻撃は常に一方的でなければならない。だがそれこそラウラの得意とするところ。ワイヤーバヨネットを展開し、小型ビーム銃から無数のビーム群を白騎士に浴びせる。全て表面で弾かれているが、このまま続けるしかない。

 射撃しつつ白騎士から離れていくと、白騎士の背後に2門の砲塔が出現した。これも想定内。7年前の情報と変わらぬ装備だ。白騎士の荷電粒子砲の射線を見極め、イグニッションブーストで離脱する。真っ直ぐすぎる射撃は一夏を思わせる。一つ一つの攻撃は練度が高いものだが、正攻法の攻撃である限り、ラウラの守りを突破することはできない。

 

 ――だが、ラウラは白騎士の攻撃を正攻法だと決めつけていただけだった。

 

「何だと!?」

 

 ラウラが驚愕の表情を浮かべる。視線の先には、自らの放った荷電粒子砲の中を突き進んできた白騎士がいた。呼び出された荷電粒子砲は非固定浮遊部位ではなかった。固有領域の外でも関係なく放たれたビームはただの陽動。本体の姿を隠す目眩まし。既にイグニッションブーストを使用したラウラは、近づいてくる白騎士から逃れることができない。下段の構えから白騎士の剣がラウラに迫ってくる。今度は流せずに両手で受けてしまった。手を覆っていた装甲はこの一撃で吹き飛び、シュヴァルツェア・レーゲンが絶対防御を発動してラウラの腕を守る。そのままラウラは地面へと墜落した。

 損害箇所をチェック。両腕のプラズマブレードが全損。他は無事。残りシールドエネルギー残量、5%以下。とても戦える状態ではなかった。今、白騎士に襲われては一方的に殺されるだけだろう。

 

 だが、白騎士からの追撃は来なかった。戦闘不能になった時点でラウラに興味がなくなったかのようにすぐに他に向かっていく。

 

(なぜ、私を殺さない? 白騎士……)

 

 助かったという安堵などなく、ただ疑問ばかりが頭の中を駆けめぐっていた。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 メルヴィンを倒した俺たちはセシリアの指定したポイントへと移動している。途中で箒とは別れ、彼女には学園の内部へと行ってもらった。俺とセシリアは、山田先生を倒したという敵ISとの戦闘に向かう。

 真下に移る景色が海から陸へと変化して十数秒、IS学園のグラウンドに異質な白いISが佇んでいた。俺はその後ろ姿を知っている。ISに乗ってからというもの、度々白い世界で見てきた。それだけじゃない。俺はこの世に生まれ落ちてからずっと、あの背中を追いかけていたんだ。実際に会うと、ハッキリとわかる。

 

「千冬姉……」

 

 見えない地面に剣を立てる白騎士の傍には敵も味方もいない。グラウンドには白騎士にやられた学園のISが戦闘不能の状態で倒れている。その中には気を失っている山田先生や、両手の装甲が無くなっているラウラがいた。

 

「一夏さん。まさかアレは……」

「白騎士だ。セシリアは絶対に近づくなよ。援護は射程ギリギリからの狙撃だけでいい」

「それはわかっております。しかし、良いのですか?」

「……ああ。放っておけば俺たちは負ける。それでは何も護れない」

 

 だから俺は戦う。たとえ敵が、たった一人残された家族でも。

 セシリアが下がっていくのと同時に俺は前に進む。イグニッションブーストどころか、通常の推進機の使用もせずに、PICの制御のみでゆっくりと近づいていく。

 

「白騎士。いや、千冬姉。やっと会えたよ」

 

 黙して語らぬ背中に俺は話しかけ続ける。

 

「7年だぜ? 見てくれよ。俺さ、千冬姉がいなくても頑張ってきたんだ」

 

 長かった。7年の間、ずっと俺の中で何かが欠けている気がしていた。俺は足りないものを求め続けていた。

 

「色んな人に支えられてきてさ。まだ一人前じゃないかもしれないけど……強く、なったんだ」

 

 一人では潰れてしまっていたと思う。でも、俺は一人じゃなかった。足りないものを埋めようと、手を差し伸べてくれる人たちがいた。俺なんかを好きでいてくれる人たちがいた。皆を是が非でも護りたいと思えるようになったんだ。もう昔の俺じゃない。成長した今の俺を、誰よりも千冬姉に知ってほしかった。

 

「だから俺を見て、何か言ってくれ!」

 

 俺の言葉が通じたのか、白騎士が振り返る。ただし、彼女の手にある剣の切っ先は俺に向けられていた。言葉なんて無い。ここで語るものは口ではなく剣であると、そう受け取るしかなかった。

 

 千冬姉がVAISであるという現実を受け止めるしかなかった。

 

 開戦の合図は白騎士のイグニッションブーストだった。山田先生やメルヴィンとの戦闘経験が無ければ反応できなかったと思えるくらい、予備動作の一切無い、正しく“瞬時”加速である。白騎士の装備は物理ダメージの大剣であるため、氷燕の盾では防げない。咄嗟に雪片の物理刀で、白騎士の突きを右に受け流す。剣同士が接触している状態で白騎士は急停止し、力任せに俺の方へと押し込んできていた。俺も負けじと押し返し、鍔迫り合いを始める。

 

『セシリア、今だっ!』

 

 力では拮抗していたが、白式の残りエネルギーを考えると無理矢理押し切るのは愚策。こうして動きが止められるのならば、セシリアに狙い撃ってもらう方が確実だった。遠方より飛来する蒼いエネルギー弾は白騎士の頭に命中する。通常のISならば大ダメージを受ける攻撃だが、白騎士の表面で弾かれていた。

 

「なっ――!?」

 

 目の前で起きたことを理解する前に白騎士が俺の刀を突き放し、そのまま追撃を入れようと上段から大剣を振り下ろしてくる。混乱した状態の俺は後方へとイグニッションブーストで退避を選択した。この一撃は避けた。続く白騎士の連撃に対し、俺は勝負に出ることにする。雪片のエネルギーブレードを展開し、白騎士の大剣を斬り落とさんと振り抜く。

 

 十字に交差する2つの剣。刀身が砕けたのは雪片の方だった。

 

「ぐっ――!」

『一夏さんっ!』

 

 近接戦闘で絶対的な力を誇っていた雪片と零落白夜が、一方的に敗北した。精神的ショックだけに留まらず、白騎士の剣は俺の胴を打ち抜いており、白式のエネルギーレベルが急激に低下していた。それは絶対防御の発動を示す。俺は見誤った。白騎士も……千冬姉も零落白夜を使えるんだ。戦う力を失った俺と白式は、そのまま地面へと叩きつけられた。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「それでは、ボクと一緒に来てもらえますか? 篠ノ之博士」

 

 シャルロットが束に右手を差し出す。左手のアサルトライフルは轡木の頭に狙いを定めていた。自分のデスクから立ち上がった束はシャルロットの要求に素直に応じ歩を進める。

 

「ダメだ! 束くん!」

「うるさいよ。あなたの発言は許可してない」

 

 シャルロットは銃口を頭から左足に移し、発砲する。掠らせただけであるが、IS用のライフルである。轡木は足を抱えて床を転がった。転々と血を撒きちらしている姿を見てもシャルロットは笑みを崩さない。……内心は別として。

 

(どうして!? どうして体が勝手に動くの!? わたしはこんなこと望んでない!)

 

 今のシャルロットは自分がしていることも客観的にしか見えなかった。それもそのはずで、自分の体が表情ですら自分のものではないように、文字通り勝手に動いている。

 

『本当にそう思ってるの?』

 

 自分でない誰かの声がする。耳から入ってきたものではない。今の自分でも会話ができると思ったシャルロットは声の主に問う。

 

(どういうこと?)

『お前が望んだことじゃないのか? お前は父と話をしたいと思った。それで敵の要求を受け入れることを何度も考えた。そして、一夏に自分で選べと言われて決心したのだろう?』

 

 確かに父を助けたいと思った。しかし、それと轡木を撃ったことは全く関係ない。自分なら絶対に撃たない。

 

『それに、もうお前は戦いから離れたくてしょうがなかった。どんな形であれ、戦いが終わり、一夏が居てくれればそれでいいと思っていたはずだ。轡木十蔵は邪魔をする筆頭だっただろう? 心を痛めることなど無い』

(違う! この戦いに負けたら一夏が一夏じゃなくなっちゃう!)

『それもお前が望んでいたことだ。自ら進んで戦いに赴く織斑一夏よりも、ただ自分の傍に居てくれるだけの織斑一夏の方が良いのだろう? だからお前は篠ノ之束を敵に引き渡すことで、IS学園の敗北という結末を導くことに決めた。お前自身が望んだ結末は、どんな形でもいいから依存対象(いちか)が居ればいいのだろう』

(ちが……うんだよ)

『何も違わない。お前は提示された選択肢を2つとも取ろうとしていた。父を助け、一夏も手に入れるつもりだった。だから裏切りを選んだのだ』

 

 次第にシャルロットは言い返せなくなっていく。どっちもと願ったことは事実だ。そして、一夏の言った、どの選択をしても責めないという言葉に甘えてしまったことも事実だ。……一夏に戦ってほしくないのも事実なのだ。

 

『だけど、キミに裏切りは荷が重い。だから“ボク”が代わりにやってあげる。戦えないキミの代わりにボクが手を汚す』

 

 頭に響く声は、自分のものであった。いや、自分に成り代わっていた存在のものだった。今までは半分以上はシャルロットのものであったが、現実から逃げた今、シャルロットの主導権はほぼ全て“ソイツ”に握られている。

 

 いつの間にかシャルロットは束を連れて地上に出てきていた。IS学園の廊下を束と歩く。束は背中に銃を突きつけられていても動揺していない。

 

「ねえ、あなたのこと、何て呼べばいい?」

「ご自由にどうぞ、博士」

 

 また、シャルロットの意思に関係なく口や喉が勝手に動く。このままでは頭がどうにかなってしまいそうだった。そのシャルロットの意識は束の一言でつなぎ止められる。

 

「愛称なんかつける気はないよ。“ウィスクム”」

 

 束が軽蔑を表に出して、シャルロットをウィスクムと呼んでいた。

 

「おやおや。バレていたようですね。いつ知ったんですか?」

「今、お前が教えてくれたじゃない?」

 

 このやりとりはシャルロットならばあり得ない内容だった。今、シャルロットを動かしている存在はシャルロットではないと、彼女が確信するのには十分だった。

 

「シャルロットおお!」

 

 束とウィスクムの会話の中、学園の玄関に紅のISが入り込んできた。箒だ。彼女は束を先に行かせまいとシャルロットの前に立ちはだかる。即座にシャルロットは束の意識を刈り取り、俗に言うお姫様抱っこで抱えあげる。

 ダメだ、箒。そう念じていても言葉が彼女に届かない。その間に状況は進んでいく。

 

「これはこれは箒さん。今、ボクは忙しいのでお話なら後にしてもらえますか?」

「姉さんをどうする気だ?」

「どうもしないよ。ただちょっと散歩にでも行こうかなと思ってさ」

 

 シャルロットは束を抱えたまま、箒の方へと歩く。余裕を崩さないシャルロットに対し、箒はじりじり下がりながらもキッと睨みつける。

 

「姉さんを下ろせ!」

「一方的な要求ですね。ではボクからも。刀を下ろしてください。あなたのお姉さんが傷ついてしまいますよ? あと、退いてください」

 

 シャルロットは微笑みを向けたまま周囲に手榴弾を召喚して浮遊させる。それらが爆発すればISの守りが存在しない束がどうなるのかは想像するのは容易い。

 箒は目を伏せる。刀を下げ、シャルロットに道を譲った。この場ではどう足掻いても束を取り戻せないとわかってくれたようだ。箒が手を出せば、束は間違いなく死ぬ。歯噛みしている彼女の脇をシャルロットは悠然と通り過ぎ、屋外へと出た。

 

 このままシャルロットではないシャルロットが敵の元へと行くはずだった。

 しかし、その先でシャルロットが見た光景は、この場に大きな変化をもたらした。

 

「一夏っ!」

 

 一夏が地面に倒れ伏していた。絶対防御を発動しているようで、戦闘が可能な状態ではない。誰にやられたとか深く考えることもなく、シャルロットは駆け寄りたいと強く願っていた。自分の口から、自分の言葉が出ていることにすら気づかず、抱えていた束を地面に落として、シャルロットは一夏に駆け寄った。

 

「一夏! ねえ、大丈夫! 一夏っ!」

 

 一夏を抱え起こすと彼はシャルロットの顔を見て笑みを浮かべた。

 

「そっか。シャルは戦うことを選んだんだな。すまない」

「違うよ……わたしは逃げることを選んだ。皆みたいに強くないんだよ」

「皆同じだ。だから俺たちは共に戦っている。強くないって思ってるのは一人じゃないんだ」

 

 一夏の言葉で胸が和らぐ。まだ束が敵の手に渡っていない今ならやり直せるのかなと思っていた時だった。

 

 すぐ傍で火薬の炸裂音がしたのは――

 

「あれ? どう、して……?」

 

 聞き慣れた音だった。いつもは自分を勝利に導く切り札である。この音が今、自分の左手から聞こえてきていた。続け様にもう一度聞こえてくる。重なるようにして一夏の呻く声が聞こえ、彼の体が大きく揺れた。

 

 左手が一夏の脇腹に押しつけられていた。右手も一夏を抱えた状態から動かせなくなっている。

 

 止めて。

 

 炸裂音。脇腹を覆う装甲が大きくひしゃげ、シールドエネルギーが大きく減少する。

 

 止めて。

 

 炸裂音。一夏を覆っていた装甲が弾け飛び、絶対防御が発動した。まだシールドピアースは1発残っている。

 

「もう止めてええええっ!!」

 

 叫びは虚しくリボルバー機構が回転し、最後の一発が装填された。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 何が起きているのかなんてわからない。ただ事実を挙げるなら、俺は今、シャルに攻撃されている。白騎士にやられた後に追い打ちをかけられる形でだ。そして、何より重要だったのは……シャルの奴が泣きながら攻撃してることだった。

 

 白式が最後の絶対防御を発動した。これ以降、俺を護るものは存在しない。殺しきれなかった衝撃で全身が痛み体も上手く動かせない。次のシャルの攻撃を受けたらどうなってしまうのかは目に見えている。でも、俺はそんな自分のことよりもシャルのことを気にしていた。

 

 シャルは泣くための仮面は持っていない。だから、今の彼女は素の顔だ。彼女は心から悲しんでいる。俺は右手をシャルの頬に伸ばす。それだけの動作なのに、とても重い。ようやく届いた右手。涙で濡れていた頬を撫でる。彼女の涙は止まらない。リヴァイブの攻撃も止まらない。

 でも、俺は笑ってやることにした。

 泣いた後の彼女に仮面は無く、そのときに見せる笑顔の眩しさを俺は知っているから。俺がシャルの笑顔を護ってやりたいんだ。どうしたら君は笑ってくれる?

 

 炸裂音。最後の一撃は俺の腹を貫通した。喉に血の味が広がる。これはダメかもしれない。それでも俺は、シャルに笑いかけ続ける。涙を拭い続ける。ただ、右手はすぐに限界が来て、シャルの顔から離れてしまった。じゃあ後は笑ってやるしかできないな。

 

「ごめん……ね。ごめんね……」

 

 違うぞ、シャル。俺はお前の謝罪なんざこれっぽっちも欲しくない。少しはわかってくれよ、俺の気持ちを。

 

「わたし、一夏のこと、好きなのに! どうしてこうなっちゃうの!? どうして普通に傍にいられないの!? どうして……わたしはVAISなの……?」

 

 そっか。これで結局楯無さんの言うとおり、5人全員から告白されたことになるな。でも、何だろう。この……今までと違うモヤモヤしたものは。

 

「……わたし、行くね。一夏のことは皆が助けてくれるって信じてる」

 

 なんだよ、それ。このままいなくなっちまうみたいじゃねえか。お前の居場所はIS学園じゃないのか?

 

「もう“わたし”で居られる時間は少ないみたい。だから最後にもう一度言わせて」

 

 最後? 何が終わるっていうんだ!? お前の居場所は俺の傍だろうが……

 

「わたしは一夏のこと、大好きだったよ。もう二度と会えないと思うけど、わたしと同じ顔を見つけたらその時は――」

 

 やめてくれ! そんな言葉は聞きたくない。もう大切な人からその言葉を聞きたくないんだ!

 

「あなたがわたしを殺してね、一夏」

 

 シャルは口だけ笑った、ひどく不器用な泣き顔をしていた。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 箒が地面に投げ出された束を起こしている間に、事態は進んでいた。シャルロットから聞こえてきたのはシールドピアースの発射音。全弾撃ちきった後、残されたのは血だまりに沈む一夏だった。

 

「よくも一夏をっ!!」

 

 他の場所で戦っていた鈴がちょうど駆けつけたところだった。彼女は初めて見せる鬼の形相でシャルロットへと向かっていく。容赦なく放たれた龍咆をシャルロットは瞬間的に用意した物理シールドで受け流していた。そこで鈴が動きを止める。箒も同様に固まってしまっていた。

 

「アンタ、泣いてるの?」

 

 シャルロットは答えない。そして、彼女を護るかのように白騎士が間に割って入ってきた。動けなかった鈴は白騎士の剣を受けてしまう。

 

「鈴っ!」

 

 箒はここでようやく動けるようになった。鈴の元へ援護に行かなければと焦るが、自分一人ではイグニッションブーストが使えないことを思い出す。その間に、鈴は“火輪咆哮”を使って白騎士に反撃を行なっていた。

 過去最高クラスの龍咆が白騎士に命中する。だが、白騎士はその場に平然と立っていた。鈴の拳が白騎士の左手に掴まれ、白騎士の剣が振り上げられる。今の鈴を甲龍の絶対防御が防ぎきってくれるとは限らない。そんな彼女に白騎士の刃が振り下ろされた。

 悲鳴一つなく鈴が地面に倒れ伏す。通常の競技ではありえない量の血を流していた。

 

 絶体絶命だ。後ろに束が倒れている上に、一夏と鈴が重傷を負っている。そして、敵には白騎士とシャルロットがいる。セシリアがこちらに向かってきているが、彼女が居ても変わらない。

 

 もうどうしようもない。そんなときだった。白騎士が何かに反応してシャルロットを連れていった。上空を見ると、見慣れぬトロポスの大部隊が空を埋めている。駄目押しだ。だがそれならばなぜ白騎士がこの場から離脱していったのだろうか。

 

 上空から降りてきたトロポスに箒は包囲される。自分しかいないと雨月を構えると、トロポスがアサルトライフルを投げ捨てて両手を上げてきた。箒と交戦する意思はないと訴えてきている。良く見ればトロポスの中には人がいた。

 

「君はIS学園の生徒だな。もう大丈夫だ。亡国機業は撤退をしていったよ」

 

 トロポスに続いて降りてきたヘリコプターから男性の声が聞こえてきた。日本語であるが、どこか発音がおかしい。おそらく日本人ではない上に慣れてもいない。

 

「何者ですか?」

 

 この集団が亡国機業ではないと箒は感じ取っていた。白騎士が逃げたことにも説明がつく。かといって味方である保障はない。早いところ一夏と鈴をどうにかしたいのだが、相手の出方を見るしかなかった。

 

「装備から考えてアメリカ軍みたいだよ、箒ちゃん」

 

 箒の質問には後ろにいる人物が答えていた。

 

「大丈夫ですか、姉さん」

「ちょっと頭がクラクラするけどだいじょーぶだよ」

 

 束が箒の隣にくると、ヘリコプターから紺色のスーツを来た白人男性が降りてきた。箒はその男の顔を見るよりもセシリアから来た一夏と鈴は無事生きているという通信に胸をなで下ろしていた。

 

「篠ノ之博士ですね。私はアデル・M・ブレイスフォードと申します」

「轡木おじさんと同じくらいの歳でしょ。私みたいな小娘に丁寧な挨拶は要らないよ。早く用件を言ったら?」

 

 箒が改めて束を見ると、彼女は一人でブレイスフォードという男の前まで移動していた。慌てて箒も追いかける。

 

「話がわかるようだな。あなたにはこのまま我々の基地にまで来てもらう」

「いいけど、私一人だけって条件と、このままIS学園に手出しせずに全軍を撤退させるって条件がつくよ」

「了解した。それではヘリに乗ってもらおう」

 

 箒のわからないうちに束が連れて行かれそうになっていた。慌てて箒は割って入る。

 

「待ってください! いったいどういうことですか!?」

 

 しかし箒の手は周りを囲むトロポスたちに阻まれる。その箒にプライベートチャネルによる通信が届いた。

 

『今は大人しくしてて、箒ちゃん。この人たちは敵でもなければ味方でもない。束さんが言うことを聞いてあげてるうちは大丈夫だから』

『ですが、姉さん! あなたはどうなるんです!』

『わかんない。でも殺されはしないはずだよ。束さんの不死性は本物だからね。……あとでおじさんたちと考えて。今は本当にこれが最善だから』

 

 もう箒は言い返せない。ここで箒が暴れたところで、周囲のトロポスを全滅させることすらできない。そんな状況で逆らえるはずがないのだという束の言葉に応じるしかなかった。

 束を乗せたヘリコプターが飛び去っていく。連れて行かれる姉を引き留める力が箒にはなかった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 噴水から吹き出た水が落ちて飛び跳ねる。噴水から流れる水路の脇には緑が溢れ、花壇には色とりどりの花が咲いており、頭上を見上げれば雲一つない青空が広がっている。公園を思わせる石畳の通路に置かれたベンチの一つに黒縁メガネの男、ソウシが座っていた。彼は空間に表示された複数のディスプレイを面白くなさそうに見ていた。

 

「思ったよりアイツらの動きが早かったな。まさか束を連れて行かれるとはね」

 

 2年前から仕込んでいたシャルロットが失敗に終わった。元々が適当に用意していたIS学園内へのスパイでしかないのだが、今の彼女にはウィスクムの最上位種の片割れを入れてある。その彼女が役割を果たせなかったのは意外であった。

 

「裏切りによる罪悪感をトリガーにして完全に成り変われるはずだったのにな。潜入させることばかり気にして、少々面倒な手順を使ったのが失敗だったのかな」

 

 VAISでなく、何も知らないシャルロットを潜入させるためのものであった。産業スパイとして潜入させた当時は世の中を諦めていたために罪悪感など芽生えない。罪悪感が芽生えるのは、IS学園内部で親しい人間ができたときだ。つまり、信頼関係が築かれた後でのみ、彼女はVAISとなる可能性を秘めていたことになる。だからこそ、束を取り返す最終手段として今まで残してきていた。

 

「まあ、いいや。彼女にはVAISとして役に立ってもらうしね。僕の目算が正しければ、白騎士ですら足元に及ばない殺戮兵器が完成するんだ。本当に、あなたはいい核をこの世に創りだしてくれたよ。“デュノア社長”?」

 

 ソウシが目を向ける先には、石畳の上に転がされている男性がいた。両手と両足は縛られ、猿轡と目隠しをされている。そして、傍らにいるキャバリエが男性の喉元にランスを向けていた。

 

「妾の子でもあなたの子供だろうに。人はここまで醜くなれるのかと内心では驚愕していたよ。僕の技術を欲するあまり、実の娘を売るとは未だに信じられない。愛人が死んで孤児となったことを把握していてもなお放置していたあなたは正しく人でなしだ。僕が迎えに行くまで、彼女は一人途方に暮れていたよ」

 

 今でも思い出せる。利用してやろうと向かった先での憤りを。子供のことを見ない親ほど、ソウシにとって許せない存在はなかった。束を認めない世界の次に疎ましく、個としての人間ならば最上級に嫌悪する存在だ。

 

「感謝してよ。人でなしのあなたを良き父親であるかのように演出した僕に対してね。と言っても、彼女を仕上げるためにネタばらしをするから蔑んでもらっても構わないよ。そして、あなたはもう用済みだ」

 

 既にデュノア社も用済みだ。世界各地を攻めるトロポスの配置は終わっている。後は束を連れてきて、目立った戦力を削ってやるだけで世界を落とせる。

 

「では、さようなら」

 

 キャバリエのランスが突き立てられる。聞こえてくる大きすぎない悲鳴が実に心地よかった。あとはシャルロットに事実を教えてやるだけ。

 

 彼女を基点に始めよう。今の世界の終わりを。

 今の世界は、楽しくないから……

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