IS - the end destination -   作:ジベた

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40 斜陽世界

 現実へと帰還し、まだ目覚めない鈴を置いて俺は弾の作業部屋の隣に設けられた部屋へと足を踏み入れる。初めて入ったその部屋は所狭しと様々なディスプレイが並べられており、俺には良くわからない言語がびっしりと表示されている。

 

「あら? 一夏さんではありませんか! お目覚めになられたのですね!」

「ああ。心配かけてごめんな」

 

 俺が入ってきたことに気づいたこの部屋の主であるセシリアが席から立ち上がる。そういえば俺が起きてからずっと彼女を見かけなかった。ずっとこの部屋に籠もってこれからのために動いてくれていたのだろうか。

 

「今、何をしてたんだ?」

「ここ2日ほどの世界各地でのトロポス目撃情報を集めたり、コア・ネットワークから全ISの現在位置の特定を試みていますわ。ただどちらもまだ成果はありません。白騎士も……シャルロットさんの行方もわからないままです」

「そっか……」

 

 やはりセシリアは俺が動けない間でも、俺がすぐに行動に移せるように準備をしてくれていた。

 いや、これからだけの話じゃないな。彼女はこれまでずっと俺を支えてきてくれていた。俺は剣しか能がなかったから、情報を集めることも、射撃も拙かった。俺にはできないことを彼女は代わりにやってくれていた。

 実務的なことだけじゃない。俺が本当に戦えなくなった時期からここまで這い上がれたのはセシリアのおかげだ。常に一歩後ろから俺を後押しし続けてくれていた。

 そんなセシリアに甘えるのは、もうやめにしないといけない。俺は自分でそう決めたのだから。

 

「それでさ……セシリアに話があるんだ」

「わたくしに、ですか? 今でなくてはいけませんか?」

「ああ。大切な話だ」

「……やはりシャルロットさん、ですか」

 

 これだけの会話でセシリアは全てを察したようだった。本当に彼女には適わないなと思い知らされる。

 

「知ってたのか」

「見ていれば誰でもわかりますわ。知らないのは本人たちだけでしょう。一夏さんには自覚が無かったかもしれませんが、IS学園に来てから一夏さんがISと亡国機業以外で気にかける相手はシャルロットさんだけでしたわ。同じ部屋で過ごしていたときから気にしておりましたの?」

「そうかもな。だけど、時期がそうだと言うだけで、同室であったことに意味はないよ」

 

 多分、あの時から俺の中でシャルの存在は大きくなってたんだ。今まで逃げてきた俺はそのことに気づかなかった。

 

「実はさ、シャルの男装を最初に暴いたのは俺なんだ。俺にバレたシャルはこの世の終わりみたいな顔してた。その時に俺は言ってしまったんだ。ここに居ればいいって。俺が居場所になってやるなんてことを軽く言ってしまったんだ。俺は初めて言ったよ。誰かの人生を左右するようなことをさ」

「後悔……そして責任で彼女を選びましたの?」

 

 途端にセシリアの口調がキツいものになる。初めて会ったときのような攻撃的な目をしていた。久しく見せていなかった彼女の棘は以前と比べて痛そうな代物だった。この棘が突き刺さってでも俺は自分の思いをセシリアに言わなければならない。

 

「そうじゃない。俺は今まで責任から逃げてきた。なのにさ。深く考えることもなく、シャルを助けてやりたいって思ったんだ。そしたらシャルの奴……笑ったんだよ。俺の口だけの救済で、無邪気にさ。俺は初めて気づいたんだ。護れるから護るんじゃなくて、護りたいから護るんだって。俺がどれだけ力不足でも、彼女の笑顔を護るために死力を尽くしたいと心から願ったんだ」

 

 今すぐにでもセシリアの前から逃げたいくらい、彼女が俺を見る目は厳しい。それでもちゃんと言えた。後はどんなキツい言葉でも受け止めきればいい。

 

「……わたくしは不謹慎ですわね。ウィスクムに囚われたシャルロットさんを羨ましく感じてしまっています。アレの怖さは身を以て知っていますのに」

 

 セシリアの目尻が下がる。予想していた罵声は何一つ無かった。

 

「もう心変わりはありませんのね?」

「もちろんだ。俺は必ずシャルを連れ戻す」

「もし失敗してシャルロットさんが亡くなられたとしてもですか? 生涯、誰とも寄り添わずに一人で生き続けるのですか?」

「そうなったときは、俺の生涯もすぐに閉じるさ」

「わたくしがそれを許すとでもお思いですかっ!」

「確かにセシリアなら簡単に止められるだろうな。でもそうして生き延びても、そこには今の俺は生きてないよ」

 

 この問答は鈴の時とは事情が違う。命がかかれば誰だろうが助けるつもりだ。シャルが死んだからといって、他の誰かと付き合うのかという話とは次元が違う。

 

「それにさ。誰かをシャルの代わりにするなんて俺にはできない。しちゃいけないんだ」

「……そう、ですわね。間の抜けたことを言いました。忘れてくださいませ」

 

 最後に忘れろと言った後、セシリアはそっぽを向く。俺の顔を見たくないという意思の表れだろうか。謝ることはしない。伝えるべきことは伝え終わった。かけるべき言葉が見つからない俺は踵を返す。そこへ――

 

「必ずシャルロットさんを助け出して、皆で勝利を祝いましょう。それでいいですわね、一夏さん?」

「ああ。よろしく頼む」

 

 俺は後ろを向いたまま片手を挙げて返答し、退室する。俺は本当に恵まれてる。俺にぶつけたい言葉くらいいくらでもあったはずだろうに、呑み込んでしまって俺の背を押してくれる。彼女には一生、足を向けて寝られないな。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 一夏の立ち去った後、セシリアは作業に戻ることなく立ち尽くしていた。もう終わってしまった。人一倍努力をしてきたつもりだったが、一夏の心に手は届かなかった。

 

「今でも、わたくしが一番一夏さんのお役に立てると自負していますが、それとこれとは話が違うのでしょうね」

 

 思えばセシリアは父と母の関係しか恋愛を知らない。互いが互いを補うベストパートナーだった両親と自分たちを重ねてきて、理想の形とすることはできた。しかしながら、その理想はセシリアだけのもので、一夏の理想ではなかった。そういうことなのだろう。

 

「もしかしたらわたくしは尊敬を恋心と勘違いして告白してしまったのかもしれませんわね」

 

 一夏に思いを告げたときを思い出す。その時、間違いなく一夏に父の面影を重ねていた。

 ――でも今は? 頬を伝うこの滴が意味するモノは何?

 結論は出さない。

 

「だからこの涙と共に、恥ずかしい過去として心の奥底に閉まっておきます」

 

 セシリアはポケットから取り出したハンカチで目元を拭う。それは箒から譲り受けた一夏のハンカチ。返す機会が無かったそれを、セシリアは再び仕舞う。今は手元に残しておくことにした。戦いの終わった一夏に返すために……

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 次に俺がやってきたのは3週間ほど世話になった急拵えの銃の演習場だ。もう俺は使っていないので役目の終わった場所であるが、片づける人も居ないため設備はそのまま残っている。ここに目的の人物が待っていた。

 

「来たか、一夏」

 

 俺の方を見ることなく、拳銃を構えたラウラは的に狙いを定めている。発砲。ラウラの放った弾丸は的の中心部を射抜いていた。

 

「そういえば、結局俺は下手なままだったよな」

「他の鍛錬の片手間で、たった3週間だけだぞ? センスの欠片もない貴様が上達するわけもないだろう」

 

 ラウラが銃を下ろしてようやく俺の方へ向く。小馬鹿にしたような笑みをされ、今は逆に気が楽になる。

 

「手厳しいね」

「どんなに優しくしたい相手でも、人にモノを教えるときは徹底的にいじめ抜けと教わったからな。想像できるか? テレーゼは軍にいた頃、鬼上官として有名だったのだぞ?」

 

 テレーゼって人は確かブリュンヒルデだったよな。ラウラが転入してきたときに突然学園に現れたんだっけ。あのときの様子ではとても想像できないけど、俺はブリュンヒルデと一度だけ戦っているから分かる。一生徒にすぎない俺なんかを相手にして、まぐれ当たりの一つも許さない徹底した弾幕を張ってきていた。

 

「じゃあ今のラウラはあの人の影響を受けまくってるんだな」

「それは当然だろう。私が人でいられるのは、近くに人が居てくれたからだ」

 

 失言だったか? ラウラは自分の出生を必要以上に貶めている。だからか俺の一言一言に過敏に反応してしまっていた。また、自信の喪失につながらなければいいのだが。そう思っていたが、杞憂のようだ。

 

「テレーゼだけじゃない。クラリッサも部隊の皆も居てくれた。今は一夏たちも居る。皆が私という存在を形作るのに大切なんだ」

 

 胸に手を当てて誇らしげに語るラウラには、自信の無さなど微塵もなかった。俺もラウラに同調する。

 

「そうだな。俺も千冬姉の影響を一番受けてるのは間違いない。だけど、千冬姉だけじゃない。ラウラ、鈴、セシリア、箒……シャル。皆と居て俺は大切なモノを学んだよ」

 

 護れるから護るのではなく、護りたいから護るのだと。

 きっと父さんと母さんも同じように考えて“敵”に立ち向かったのだろうと思ってる。

 

 そして、俺は最も護りたい人を護るために戦う。だからこれから、けじめを付けるのだ。

 

「ラウラ。実は大事な話が――」

「皆まで言うな。真摯に断りに来てくれたのは感謝するが、私の方はあまり本気ではない。軽く考えていればいい。どうやってシャルロットを助け出すかを話し合う方が有意義だろう」

 

 色々と先を読まれている。セシリアだけでなくラウラにもお見通しってことは、俺の気持ちを知らなかったのは俺だけだったのかもしれない。

 ……いや、違うか。俺の些細な変化に気づくくらい、俺のことを見てくれていたんだよな。本気ではない、とか言ってるけどどこまでが本当なのやら。

 

「悪いけど、俺にとっては大いに意味がある。なあなあで済ませたくなんかないんだ。だからハッキリと言う。ラウラ、お前の気持ちには応えられない」

「だから私は本気ではないと――」

「関係ない。ラウラの告白に対する返事を俺は引き延ばした。だから俺が返事をするのは当たり前のことだ」

 

 ラウラの顔が歪み、悲痛さを訴えてくる。もうこれは俺の自己満足だけでしかなく、ただラウラを苦しめることになっているのかもしれない。頑なに俺の言葉を遮ろうとしていたのは聞きたくなかったからなのだろう。

 

「……一つだけ、どうしても聞きたいことがあるのだが、いいか?」

 

 先ほどまでの口調とは一転した弱々しいラウラの声が俺の耳に届く。

 

「一つじゃなくてもいい。好きなだけ言ってくれ」

「いや、一つでいい。実はだな……一夏が私をどう思ってるのかを知りたい」

 

 どう思ってるのか、か。少なくとも、もう恋人としては見れない。それはさっきまでの言葉でラウラにも伝わっているはずだ。だからきっとこの問いかけは、彼女ならではのモノだ。

 

「俺にとってラウラは、戦友だよ。共に戦ってくれる友人だ」

「やはり私は軍人としてしか……戦う存在としてしか見てもらえてないのだな」

「いいや、そうじゃない。鈴もセシリアも、箒だって同じだ。軍人だからとか関係ない」

「では遺伝子強化素体である私を、一夏は恋愛対象として見てくれたのか?」

「それこそ関係ない。正直、俺はそのアドヴァンスドってのが良くわからん。でもな、そんな知識が無くてもラウラのことはわかってるつもりだ。ほぼ裸で部屋に来られたときはドキドキだってしたさ。誰に吹き込まれたのかは知らないけど、ラウラは俺の気を引こうと、慣れないことを精一杯頑張ってた。見ない振りをしてた最低な俺でも、ラウラは目を離せない存在になってた。自信を持て。お前は十分に魅力的だ」

 

 俺の言葉を境に沈黙が射撃場を支配する。俺が言った言葉がまだ場内で木霊しているかのような錯覚を覚えた。少し言葉を間違えたかもしれない。色白なラウラの頬がまるで熟れた桃になっている。

 

「確認するぞ、一夏。私はフラれてる最中だな?」

「あ、ああ。簡単に言ってしまえばその通りだ」

「男というものは、交際を断る相手にそのような言葉を投げかけるものなのか?」

「今回ばかりは俺も普通じゃないって自覚してるよ」

「そうか。ならば貴様の本心だと受け取っておこう。それでいてフラれてしまったのは相手が悪かったのだ」

 

 ラウラの言葉が本来の勢いを取り戻し始めた。肩をすくめて溜息を吐く彼女には危うさが感じられない。

 

「相手って?」

「シャルロットに決まっているだろう。一夏がシャルロットに会う前に私が一夏と会っていれば……などと下らないことを考えたりもした。しかし結果は変わらないのだろうな」

 

 ラウラの物言いには概ね同意だ。俺がシャルの身の上を聞き、どうにかしたいと思ったあの時から、俺の気持ちは決まっていたのだと思っている。

 

「ラウラ。俺はシャルを必ず連れ戻す」

「そうでなくては困る。約束しよう。私は一夏の行く道をこじ開け、その背を護るとな」

「ありがとな、ラウラ」

「礼を言われる筋合いはない。貴様には私の親友を預けるのだ。その責を果たしたとき、感謝するのは私の方だ」

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 一夏が去り、一人残されたラウラは再び拳銃を上げて的に狙いを絞る。発砲。しかし、的には傷一つついていなかった。

 

「口でどう言い繕ったところで、心の乱れは行動に影響するものらしい。私は動揺している。これが人だというならば、なぜ人は戦えるのだろうか。兵士の感情を制御することは実に理に適っているな」

 

 銃口を下げる。すると、下ろした右手にどこからか水滴が落ちてきた。ラウラは拳銃を仕舞ってから、顔に手を当てることで水源を突き止めた。

 

「ハハッ……私は泣いているのか。別に一夏もシャルロットも死んだわけではないのにな。感情とは下らないものだ。……下らない」

 

 どう口に出しても本心との違いを自覚するしかできない。もう戦闘マシーンには戻れそうにない。それが誇らしかった。

 

「一夏の行く先には白騎士も居るのだろう。だが今の私にとって白騎士はどうでもいい存在だ。あれは一夏が向き合うべき相手だ。今の私がすべきことは他にある。友のために戦うこと。私らしくない、小綺麗な理由だがな……」

 

 白騎士の正体に関しては既に轡木から聞いていた。一夏の姉がVAISとされた姿ということだ。一夏が実姉の相手をすることを望むのならば、邪魔をする気は毛頭ない。

 

「私には友が居る。大切な友だ。部隊の者たちも大切な仲間だ。だから、もう私は覚悟を決めたぞ、テレーゼ」

 

 思えば不可解な点はあった。

 テレーゼ一人だけバイオリズムが不安定だと言われ、連絡がつかないことが多々あった。そのほぼ全てが、シュヴァルツェ・ハーゼの対亡国機業の作戦中であった。

 ドイツ代表であるにもかかわらず、本国にいることはほとんどなく、世界各地を飛び回っていた。テレーゼが視察に行った先で福音の強奪事件が起きている。

 ラウラや山田真耶という彼女に親しい人間が居るのに、亡国機業に宣戦布告したIS学園に連絡一つ寄越さない。

 

 以前にセシリアは言っていた。『何を信じればいいのかがわからなくなる』と。それをラウラに決して言えなかった理由は、もうラウラにもわかっている。

 

「たとえあなたが敵でも、私は友のために立ち向かう」

 

 ラウラの恩師である現ブリュンヒルデ、テレーゼ・アンブロジアは……十中八九、亡国機業の手先だ。

 

 ラウラは固く拳を握る。遺伝子強化素体としてのラウラではテレーゼとは戦えない。だから、ここから先はIS学園の生徒としてのラウラでいるつもりだ。今、一夏と話してその自らの立ち位置を定めた。先を見据えるラウラの右目に、迷いは無い。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

『箒に会いに行くのか? ならば茶道部の屋敷傍の剣道場に向かえ。アイツはそこに居るはずだ』

 

 ラウラと別れる際に、なぜか彼女から箒の居場所を教えてもらった。箒もラウラと同じように自らの親しんだ鍛錬で心を落ち着けているのだろうか。意外と箒とラウラは似ているところが多いのかもしれない。

 

 ――ん? 一人だけなのか?

 剣道場に足を踏み入れると、履き物は一つしか置いていなかった。てっきり柳韻先生なり、誰か他の生徒なりと打ち合ってることを想像していたのだが、確かにここに来るまでの間も人の声や竹刀の音は全く聞こえてこなかった。ただ、誰もいないということは無かったので、そっと中を覗き見る。

 

 道場の中は緊張感で溢れていた。中央で黙祷を捧げる剣道少女の存在感一つのために、異世界に迷い込んだような気がしてくる。俺が道場に一歩踏み出したところで、胴着に袴姿の箒がこちらを見た。

 

「一夏……か」

 

 開かれた箒の目は赤くなっていた。彼女に何かあったのだろう。そしてこれまでのことから考えるに、理由は俺にある気がする。

 

「箒……」

「どうした一夏? やっと起きたかと思えば、また暗い顔をしているな。こういうときに暗い顔をしていてどうするというのだ。できることもできなくなるぞ」

 

 箒が顎に手を当てて何か考え始めている。とりあえず箒の考えが読めないので俺は立ち尽くして待っていた。すると、彼女は名案を思いついたようで手をポンと叩く。

 

「そうだ! 久しぶりに剣道でもどうだ? よし、そうしよう!」

「あ、うん。じゃ、着替えてくるよ。ちょっと待っててくれ」

 

 そのまま入り口へ引き返す。柳韻先生のところで鍛錬してたときの服があるからそれでいけるはずだ。防具は適当に借りよう。

 それにしても、思いついたフリ……だよな。こんなところで待っていたのは最初からそのつもりだったからだとしか思えない。箒が何を思って提案してきたのかは知らないが、今は付き合うことにしよう。

 

 

***

 

 

 瞬殺とはこのことだろうか。始めて10秒経たないうちに俺は面で一本取られていた。つくづく今まで戦ってこれたのはISのおかげだと感じ入る。剣道の技能だけでISの戦闘力が決まるのなら俺は箒の足下にも及ばない。

 

「ふざけるな! 私に何を遠慮している!」

 

 適わないなと思っていた俺に箒の一喝が飛んできた。しかし、お怒りの理由が見えない。

 

「いや、遠慮なんてしてないぞ? これが俺の全力だ」

「嘘をつくな。7年前に手も足も出なかったのは私の方だ。お前がここまで弱いはずがない。白式が無いことを理由に負けようとしているな?」

「俺がお前に勝てていたのは昔の話だ。あれから俺は剣から離れ、箒は戦場に立っていた。その差があって当然だ」

 

 俺は俺が弱いと主張し、箒は俺が手を抜いていると主張する平行線だった。その均衡を崩したのは箒の言葉。

 

「私が何も知らぬままだと思っていないか? お前は私を斬りにきたのだろう? その口からの言葉で、な」

 

 俺は言葉に詰まる。やはり彼女たちには何か予感めいたものがあったのだろうか。ことごとく俺の決意は読まれているらしい。

 

「私は言葉というモノが苦手だ。だから一夏。私にもわかりやすく、この想いごと私を斬れっ!」

 

 これは彼女から与えられた試練。言葉だけでは納得しないという我が儘のようなものだが、俺はそれを乗り越えていきたい。

 

「わかった。もう一本だ」

 

 竹刀を中段に構えて対峙する。切っ先が合うか合わないかという距離で互いに相手の出方を待つ。

 ……俺が箒に勝つには、最初の打ち合いで箒の隙を突くしかない。

 じりじりと近づき、竹刀の先が触れ合う。その瞬間――箒の方から仕掛けてきた。ほとんど振ったようには見えなかったのに、俺の竹刀には確かな重さが加えられて竹刀が左に持って行かれる。単純に腕力で負けているのか、それとも篠ノ之流古武術の呼吸法によるものかは知らないが、俺の体勢が崩されたことに変わりはない。箒は一連の流れでそのまま俺の小手を狙い打つ。俺は左に弾かれた勢いに逆らわないことによって小手を逃がし、面と胴をさらけだした。小手はフェイント。箒はそのまま無防備な面を狙ってくる。欲しかったのはその一瞬――

 

 腕の上がった箒の胴を打ち抜いた。

 

 同時に放たれた箒の上段は俺の左肩に当たるだけ。雪花や白式で何度もしてきた行動は俺の中に確かに根付いていた。

 

 俺は竹刀を床に置き、即座に面を取る。

 

「どうだ!? 今のは俺の勝ちだろ?」

 

 つい嬉しくなって、箒にそう言ってしまっていた。まだあと一本取らないといけないのに、気が早かった。「すまん。あと一本だな」と再び面を付け始める。その手を、防具に包まれたままの箒の手によって遮られた。

 

「もう十分だ。私の負けだよ、一夏」

 

 彼女は手合わせの終わりを告げる。それが意味するところは、俺の意思を受け取ったということになる。

 

「箒。俺は――」

「必ず勝つぞ、一夏。お前はシャルロットと千冬さんを取り返す。私は姉さんを取り返す。全部終わらせるんだ。私たちそれぞれの未来を勝ち取ろう」

 

 面の隙間からしか箒の顔が確認できないため、今の彼女がどんな顔をしているのか見当もつかない。だが、彼女の選んだ『それぞれの未来』という言葉は、俺との決別の意思を含んだものだった。

 

「もちろんだ。俺も束さんが帰ってくるための努力を惜しむつもりはない。箒の未来のために。俺はお前の隣を歩かないけど、友として幸せを願っている」

 

 話しながらも防具を全て外し終えて、俺は片づけに向かう。ここで振り返ってはいけない。ここまで俺は曖昧な態度をしてきた分、ハッキリとさせる必要がある。

 幼い箒の顔がちらつく。無力な俺が誰かを護れていると信じていた頃の箒だ。箒は俺がいないとダメなんだ、とそう思っていた時期もあった。昔は恋心だったのかもしれない。でも今の俺には……彼女の保護者気取りだったとしか思えなくなった。勝手に妹みたいに扱っていたんだ。絶対に声には出さないが、俺は箒に心の中では謝る。

 ……ごめんな、箒。俺にとってお前は最初から家族同然なんだ。今だって駆け寄って面を外して頭を撫でてやりたい。でもそれはもう、互いを傷つけることにしかならないんだ。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 身に着けていた防具を無造作に床にちらけて、箒は座り込んでいた。膝を伸ばしきり、両手を後ろについているだらしない座り方は、道場における普段の彼女からは考えられない不作法だ。乾いた笑いを漏らす箒は木目の走る天井を見上げる。

 

「もう一夏の目にはシャルロットしか映っていないのだな」

 

 シャルロットの裏切りの後、目覚めた一夏は箒のことをシャルロットと間違えていた。そのときは一夏の精神状態を心配していて気にしなかったのだが、今思い出すと胸が裂けるように痛い。

 

「ひどい男だよ、お前は。私の想いを斬るために、私から一本を取ったのだからな。そうまで必死になられると、私は……」

 

 言葉の方が幾分かマシだったのかもしれない。一夏はシャルロットへの想いを貫き通すために、箒に立ち向かってきた。それだけで箒の剣が鈍るには十分だったのだ。もう一本打ち合うことすら、箒には苦痛でしかなかった。

 

「痛いよ……一夏」

 

 箒は胸を押さえる。けれども痛みは少しも治まらなかった。強く握りしめたため、胴着も乱れる。痛みから解放されるために、箒は別のことを考えることにした。

 

「もし姉さんがISなんて造らなかったら、私と一夏はどうなっていたのかな……?」

 

 全てを変えた白騎士事件が無かったら。そう考えたくもなってくる。取り戻したかった過去が今も続いていたら――

 

「それで幸せになっていた。そういうことですの?」

 

 唐突に思考を遮る形で箒とは別の声が届く。天井から入り口に視線を移すと、道場の和の雰囲気にそぐわない金髪の女子が立っていた。セシリアはそのまま箒の傍にまで歩いてくる。箒から1mほどの位置にまで来たところで箒は声を荒げた。

 

「幸せに、なれるわけないだろうっ!」

「どうしてです? 箒さんの欲しかった過去が今も続いてる未来でしょう?」

 

 セシリアの指摘したことは間違ってない。箒がISを手にした理由の全ては取り戻したい過去があったからだ。しかし、過去を取り戻したがっているのは過去の自分でしかない。

 

「だって……そこにはセシリアがいないじゃないか」

 

 今の自分は過去の自分と同じではないのだ。

 

「鈴もラウラもシャルロットも。クラスの皆もいない。私はもう、この暖かい場所を知ってしまっているんだ。全部否定して、過去に戻りたいなどと馬鹿げたことを考えたくもないよ……」

 

 海を見ながら一夏と話したこと。一夏もそうだった。ISがなくて、平凡な日常を過ごせたら、というもしもの話をした。今、箒は一夏と同じ言葉を発している。

 箒が床を見つめていると、ふわりと頭が柔らかいモノに包まれる。後ろからセシリアが箒を抱きしめていた。

 

「わたくしも……ですわ。歴史にもしもがあったとしても、わたくし自身の手で変えたくなどありません。箒さんたちと出会えたことを心より嬉しく思っていますから」

 

 セシリアは両親の事故死すら受け入れると、そう告げていた。それからの苦労など関係なく、今あるつながりが尊いのだと箒に同調してくれる。目頭が熱くなる。涙腺は脆く、箒自身もこの流れを止めようとは思わなかった。そうしてセシリアの胸に顔を埋めていた。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「それにしても、この“ゲイル”ってのは何なんだ?」

「男も使えるISだとか上の連中が言ってるそうだ。この短期間で100機以上を配備したところを見るに、オレたちが知らないところで量産してたんだろう」

 

 大柄な男たちがゴテゴテとしたパワードスーツを身に着けて輸送機に乗り込み始める。見た目に反して中の人間にかかる負荷は少なく、逆に違和感ばかりが男たちにはあった。

 

「軽すぎるな。装備のほとんどを携帯する必要がない。むしろ裸の方が体が重い。SFの世界にでも迷い込んだ気分だ」

「同感だ。本当にオレたちが扱ってるのが兵器なのかすら疑わしくなってくる。おまけに普通の銃弾が当たっても痛くも痒くもない。今までの感覚が頼りにならないぜ」

 

 ISの登場が世界を変えたことは知っていたが、世界最強の兵器を謳われていることを不審に思っていた人間は多い。世界のバランスを崩すには絶対数の少なさが問題点として挙げられた。ただ1機のISがあったところで数の力で押し切れる。現に男たちは、条約違反のISを戦場で打ち倒した経験もあった。

 ただし厄介な相手であることは間違いなかった。1機のIS相手に割かれた人員の数は都市一つを制圧できるくらいのモノ。もし2機目がいたら勝利は危うかったのかもしれない。

 そして、今は自分たちの手にそれがある。

 

「戦争の形が変わるな。戦車どころかそのうち戦闘機すら過去の遺物になるんだろうぜ」

「でもって巨大ロボにでもなるかもな」

「アニメの見すぎだ。でかいところでただの的にしかならんだろ。人の大きさだからこそ意味が――」

「はいはい。語るのは後にしてくれ」

 

 10人の男たちを乗せた輸送機が加速を始め、青い空へと飛び立つ。その行き先は……IS学園だった。今回、男たちに与えられた任務は『IS学園の技術者の確保』である。これから、成人すらしていない少女たちと戦争をしにいくのだった。

 

「俺達、あそこにいた子たちと戦わなきゃいけないんですかね?」

「向こうの出方次第だろ。要求に応えないときは相応の覚悟をしてるはずさ」

「でも、無理矢理戦わせられてるかも……」

「はっ! 無理矢理だろうが関係ねえ! 武器もって立ちはだかるなら殺すだけだろうが!」

 

 この作戦に納得してない者もいれば、戦いたくてウズウズしている者もいる。このまま向かえば学園の少女たちがどうなるのか。多くの者は容易く想像ができていたことだろう。

 

 尤も……IS学園に辿り着けない未来を想像できたものは誰一人としていなかっただろうが……。

 

「なぁ。今、何時だ?」

「ああ? まだ昼にもなってな――」

 

 時間を気にする男の一言で、その場に沈黙が訪れる。機内が暗い。雰囲気ではなく、外からの光量が減少していた。すかさず外の様子を確認する男たちは、一面の夕焼け空を目にすることとなる。

 

「なんだよこれっ!?」

 

 全員が同じ言葉を口にした。時間帯は昼前にもかかわらず、空は朱色に染まっている。東も西も同じ夕焼け空だ。明らかな異常である。そして、輸送機が落下を始めていることにも気がついた。

 

「おい、何が起きて――」

 

 男の内の一人が操縦席に駆け込む。すると、そこには無惨な操縦者たちの死体だけが転がっていた。胸を何かで一突きにされた死体の傍には、下手人もいなく、凶器も転がっていない。ただ分かることは、外部からの攻撃であることだけ。

 

「攻撃されている! 戦闘の準備だ!」

 

 非常事態であることは全員にすぐに伝わる。最早、輸送機に乗っているメリットはなく、次々と男たちは空へと飛び出していく。PICを起動し、拡張領域から各々の武装を展開させる。

 

 外に出て改めて思い知る異様な夕焼け空。天は既に焼け落ち、地上には地獄しかないかのようだ。空の朱色を映し出す海に輸送機が落ちていった後、残された空には10人の男たちと1機のISの姿がある。

 

「敵はISか!? データの確認急げ!」

「外観データに該当IS無し!」

 

 夕焼け空を背景にたたずむ、ただ1機のISはシルエットだけを見ればウェディングドレスを着た女性であった。今の異質な空の色と同化するような朱色をしているドレスが機械的な装甲で構成されており、これがISであることを示している。武装は何も所持していない。であれば、好戦的な人間が先制攻撃をすることは必然だった。淡々とアサルトライフルを照準する。だが、その銃弾が放たれることはなかった。背中に剣を生やした男が海へと落下していく。

 

「おい! しっかりしろ! 一体、何がおき――」

 

 何が起きたのかわからないまま、落ちていく仲間に声をかけている。その男の胸にも剣が突き立てられ、最後まで声を発することができなかった。一人、また一人と落ちていく。5人目がやられたところで、残された者たちは敵の攻撃が何かを把握するに至った。

 

「剣が襲ってきてる! シールドバリアがどうして効かないんだ!?」

 

 敵と思われるISは身動きを取っていない。見た目は何もしていない。ただ確実に攻撃だけは加えられている。突如、目の前に剣が現れて、襲ってきているのだ。剣を銃弾としているゼロ距離射撃。まるで魔法でもかけられているようだった。見てからの回避は不可能。そして頼みの綱のシールドバリアも機能していない。

 

「うわああああ!」

 

 錯乱した男が手にしているエネルギーライフルの引き金を引く。しかし、引けども引けども武器は何も反応を示さない。

 

「ちくしょう! どうして撃てないんだよ!?」

 

 男たちは混乱の極みに達していた。そして彼らの頭上には、一人につき一振りの剣が突きつけられている。

 

『ヒトは……嫌い』

 

 剣が突き刺さる。

 少女の悲しげな声とともに、男たちは世界から退場することとなった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「さて、ウォーミングアップは終了だ。敵はこちらの存在に気づいたようだし、キミのデモンストレーションを兼ねて軽く殲滅してやろう」

『指令、受理。任務、了解。対象、米軍トロポス“ゲイル”。対象の殲滅を開始します』

 

 束の捕まっている米軍基地に創始はやってきていた。時間外れの夕焼け空に創始は宙に浮いて全てを見守っている。視線の先にはオレンジよりも赤に寄った朱色のISがいる。戦闘用に見えないドレスを着ているような形状をした特殊なISは、向かい来るトロポスの大部隊を前にしても己の武装を手に呼び出すことはなかった。

 

 朱色のISが手を前にかざす。それだけ。たったそれだけの動作で……100を越える米軍トロポス“ゲイル”の全ての個体に剣が突き刺さっていた。

 

『殲滅完了。次の指令まで待機』

 

 朱色のISが終わりを告げると夕焼け空が元の青空へと戻る。そこでようやく創始が動き始めた。

 

「ご苦労だったね。じゃあ、中まで束を迎えに行くからキミはここで待っててくれ。もちろん、邪魔が入りそうだったら排除をしておいてくれよ?」

『指令、受理。待機を継続します』

 

 創始は防衛戦力を全て失った基地に悠然と降りていった。危なげない自然な着地をして、内部へと足を踏み入れる。中に束がいることは間違いない。第六感レベルであるが、創始にとっては確信だった。

 

「ふむ、隔壁ね。ゴーレム、排除しろ」

 

 行く道を塞ぐ基地内の隔壁を前にした創始の傍にゴーレムが瞬時に量子変換される。ゴーレムの剛腕によって隔壁は脆く破れ去った。

 創始の歩みは止まらず、やがて目的の部屋に辿り着く。ゴーレムに扉を破壊させた先に、創始がずっと会いたかった人物の姿が見えた。

 

「束。会いたかったよ」

「私はもっと違う形で会いたかったな、そうくん」

 

 創始が遠慮なく足を踏み入れると、すぐに4つの銃口が創始に突きつけられる。

 

「お前が“そうくん”とやらか! ここまで生身で来たのが運の尽き。死んでもらう!」

 

 ブレイスフォードの命令が下され、兵士たちは一斉に創始を撃つ。しかし、銃弾は全て創始の目の前で見えない何かに弾かれてしまっていた。

 

「生身で来る……ね。僕の恰好を見てそう思いこむことしかできなかったとは発想が貧困な証拠だよ」

 

 創始が指を鳴らすと、創始の周りに4機のキャバリエが量子変換される。それらは一斉に4人の兵士に襲いかかり、兵士たちは悲鳴と共に血の海に沈んだ。キャバリエ4機はそのまま束の周囲を囲み、ブレイスフォードにランスを向ける。

 

「頭の固いキミのために一つ授業をしてあげるよ。まず余談なんだが、専用機持ちがコア・ネットワークを通して現在位置を厳重に管理されている理由は知ってる?」

「あ、あ……」

「なんだ、知らないの。暗殺防止に決まってるじゃないか。見た目は一般人の少女でも、軍の一部隊を相手にできる戦闘力があるんだしさ。さらにISが操縦者を勝手に守るから、暗殺者を先に殺すことによる防止も難しい。展開してなくてもシールドバリアを張ることはできる。さっきの僕みたいにね」

 

 ブレイスフォードはもうまともに思考できていない。優位に立っていたと思っていた全てを赤子の手をひねるよりも容易く潰されてしまったのだ。もう何も彼を守るものはない。

 そんな中でも創始の語りは止まらない。別にブレイスフォードに内容を聞かせたいわけではなく、ただ死ぬまでの時間を長引かせるためでしかなかった。何が起きたのかを理解させずに殺す真似などするつもりはなかった。じっくりと死ぬことを認識させなければと創始は考えている。

 

「なぜ男のお前が、ISを……?」

「お? よく質問できたねぇ。えらいえらい。でも、それぐらい自分で考察してほしいけどね。まあ、今は授業だ。答えてあげるよ」

 

 ブレイスフォードが疑問に持つのは仕方のないことだ。創始は自分のことを“ISを操縦できる男”だと言ったのだから。束にすら男が乗れる設定にはできない。それが事実であり、創始がISを操れる理由は特殊なものだった。

 

「ISは女性にしか扱えない。その理由について少しは考えた?」

「……篠ノ之束がそう設定したからだろう」

「違う。聞きたいのはそこじゃない。束がなぜそう設定する必要があったのかが大切なんだよ。まさか束を変人扱いして理由まで考えてなかった?」

 

 ブレイスフォードの顔が曇る。図星だったのだろう。このような男が大権を持っているから束が世界に認められなかったのだと思うと、頭の中で何かが切れた気がしてくる。

 

「ぐあっ!」

「束は優しいからね。僕が世界に宣戦布告しようと戦闘用のISを造ってたら、兵器としての利用価値を小さくするために女性にしか使えないというリミッターをつけたんだ。男女間の確執を生み出すものにわざわざ手をつける国があるはずないとしてね。その思惑はある程度は上手くいったみたいだけど、でも束のリミッターは完全ではなかった。“既に登録されていた操縦者”には適用されなかったんだ」

 

 キャバリエから1発の銃弾が放たれ、ブレイスフォードの足に直撃する。立っていられないブレイスフォードは痛みに悶えながら床を転がった。

 

「ここまで言えばわかるよね。僕は束と共にISを造り上げた男だ。当然、試乗も自分でやった。それをISコアは記憶していた。ただそれだけのことなんだよ。“世界で唯一の男性操縦者”と言われている織斑一夏も同じ理由だ。千冬の弟である、当時5歳児だった彼は、束の気まぐれでISに乗ったことがある。だから彼はISを動かすことができたのだよ」

 

 これが男性操縦者が存在する真相。束による不完全な設定で生まれたイレギュラー的存在だったのだ。

 

「さて、男性操縦者についての授業はこれで終わりだ。何か質問はあるかい?」

「た、助け――」

「無いようだからここまでだね。じゃあ授業料はキミの命で払ってもらうよ」

 

 4機のキャバリエが一斉にブレイスフォードに飛びかかっていった。創始は既にブレイスフォードへの興味を失い、待ちこがれた瞬間へと向かっていく。

 

「迎えに来たよ、束。大丈夫? ひどいことされなかった?」

 

 壁に背を預けて座り込む束に声をかける。しかし彼女から返事は返ってこない。顔を覗き込んでみると、束は気を失っていた。

 

「あ、しまった。束にこんな惨状を見せちゃいけなかった。ごめんね、束。ちょっと頭に血が上ってたよ。後で罵ってくれて構わない。とりあえず、こんな薄汚い場所から帰ろうか」

 

 創始は気を失っている束を抱え上げ、来た道を引き返していく。

 外に出たところでPICを起動させて空へと舞い上がった。その先には朱色のISが創始を待っている。創始はその傍を通過し、すれ違いざまに告げた。

 

「“ラグナロク”。この基地全部壊しちゃって」

『任務、了解』

 

 束をしっかりと抱き抱えたまま、自らの拠点へと向かう創始。

 その後方では朱色のIS“ラグナロク”が基地への攻撃準備を始めていた。

 

『拡張領域、フォルダBを全解放』

 

 ラグナロクが右手を上に伸ばす。すると、天を埋め尽くすほどの数のミサイルが量子変換された。ラグナロクが右手を振り下ろすと同時にそれらは一斉に落下する。

 

 空気が揺れる。一瞬の間だけ、光も音も全て真っ白に染まった後、基地であった場所にはクレーターがあるだけとなった。

 

『任務完了。“ラグナロク”帰投します』

 

 淡々と任務をこなした少女は創始の後を追った。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「――以上が数時間前にアメリカ軍基地で行われた戦闘の記録だ」

 

 俺たちは「敵に動きがあった」と轡木さんに集められ、その戦闘の映像を見せつけられた。映像は衛星からのもので画質がいいとは言えなかったが、敵がただ1機で制圧した事実だけはわかる。そして、その敵の顔がよく知っている人物のものだということもわかった。

 

「これが……シャルロットだというのか……?」

「あれだけの数のトロポスを数秒で全滅させるなんて……一体何をしましたの?」

 

 ラウラとセシリアが驚愕する。他の皆も絶句しており、嫌な沈黙だけが辺りを包んでいた。無理もない。その戦闘はあまりにも地味でいて、あまりにも圧倒的だった。最早戦闘ではなく虐殺でしかないほどに。

 そうした中でも車椅子に腰掛けた轡木さんは落ち着いた様子で話を進める。

 

「動揺するのも無理はないと思う。シャルロットくんが操縦者だと思われるこのISは、今まで相手にしてきたトロポスやVAISとは格が違うものだと言っていいだろう。弾くん。このISの性能について君なりの分析を述べてくれ」

 

 轡木さんに呼ばれた弾が司令室の中央に進み出る。弾は立ち位置を定めて振り返ると解説を始めた。

 

「今、相手の驚異の戦闘能力を知ってもらったわけだが、俺が見るに何も特殊装備を使用していない」

「どういうことだ、五反田? あれは第2世代以前のISだとでもいうのか?」

 

 早速ラウラが口を挟む。現在には存在しない概念を用いた未知のISと言われた方が幾分かマシだからだろう。第3世代ですらないISだなどと信じたくはなかった。

 

「少なくともこの戦闘を見る限りでは、だな。米軍トロポスを攻撃している武器は全て刀剣の類でしかなく、基地を崩壊させたのも爆発物を使った兵器でしかない。それでもなお、このISが異常に見える要因は2つある」

「固有領域の範囲と圧倒的な物量ですわね?」

「その通りだ、セシリア。武装の積載量は俺の知るどのISよりも多い。それどころか学園にある全ISの積載量を足しても届かないかもしれない。そして、それらを手以外の場所に呼び出すどころか、体から遠く離れた位置に呼び出せる点。呼び出した武装をPICによって任意に動かせる点。遠距離にある武装を再び回収できる点。以上のことから、このISは固有領域がハンパなく広いことがわかる」

 

 ISには固有領域と呼ばれるものがある。非固定浮遊部位を配置できる本体PICの影響範囲であり、武器の出し入れが可能である最大範囲である。シャル以外は手に持つ状態や体に装着される状態でしか呼び出せないから、後者はシャル専用の定義といえる。

 セシリアと弾の話をまとめると、今のシャルは拡張領域の容量と固有領域の範囲が異常なほど大きいだけのISだということだ。広い固有領域を生かし、相手の目の前に剣を召喚。自機のPICの影響範囲であるから非固定浮遊部位と同じように操作でき、対象に剣を突き立てられ、攻撃後に回収まで行える。

 

「しかし、それだとあの攻撃力の高さがおかしいのではないか? いくらISでないとはいえトロポスにもシールドバリアがあるはず」

「……箒が疑問に思うことは尤もだ。そこから先は何らかの単一仕様能力であると考えるしかないとは思っているが、その正体はわからない」

 

 箒の疑問に対し、弾はお手上げとばかりに回答を濁す。わからないことは大体単一仕様能力のせいなのだろうが、それが何かを特定することは難しい。

 

 ……でも、なぜか俺にはアレが何なのか理解できた。いや、理解ではない。俺はアレを知っている。知識として頭に入っているんだ。

 

「――“斜陽世界(しゃようせかい)”」

 

 俺は頭の中にある言葉を呟く。

 

「固有領域内の全ての特殊装備、シールドバリアを無力化する単一仕様能力。俺の零落白夜を広範囲に適用するようなもので、発動中は空の色が朱色に染まる」

「一夏。それがシャルロットの単一仕様能力なのか?」

「わからない。けど頭にそんなことが浮かんだんだ。根拠なんてないよ」

 

 弾は顎に手を当ててしばし考え込んだあと、全員に告げる。

 

「今、一夏の言ったことはおそらく真実だ。零落白夜と同じことが起きてるなら米軍トロポスが一撃で落とされたのも理解できる。アレは中途半端にISと同じ設計をしているようだから、胴体の金属装甲が薄いからな」

 

 弾は俺自身もよくわかっていないことを聞いて納得していた。だが、これが真実だとすると、

 

「シャルロットの固有領域の中では私のAICはおろか、エネルギーライフルを含めたISコアのエネルギーを用いた全武装が使用不可能になるわけだな」

 

 ラウラが今言ったように、第3世代以降の兵器が鉄くずとなる。シールドバリアだけでなく防御用の装備も無力化され、反撃もままならない。米軍トロポスだけでなく、俺たちも一方的にやられる可能性があった。

 

 シャル一人とIS学園で戦っても敗色が濃厚であることは全員理解できた。だけど、どうしようもないことはない。元々、シャルを倒すつもりなんてこれっぽっちもない。

 

「シャルに関しては、俺に任せてほしい。だから皆は他の敵を頼む」

 

 全員の顔を見回す。俺と目が合って頷く者もいれば、厳しい顔をしている者もいる。最後に見た弾は後者であった。

 ……大丈夫だよ、弾。俺は俺の可能性を信じる。白式が応えてくれるって信じてるよ。

 

「では、我々の今後の方針を話そう」

 

 再び轡木さんが全員の注目を集めた。

 

「まず、我々に残された時間は少ないことを言っておこう。創始は既に束くんを手中に収めている。今までは束くんを傷つけることのないように表だって攻撃することは少なかったが、そのタガは外れたのだ。VAISとトロポスを従えている奴が世界中に攻撃を仕掛けるのも時間の問題だろう」

「轡木創始の目的とは何だ?」

「わかりやすい言葉で言うと“世界征服”だ。ただし、奴が世界を欲しがってるわけではないことが厄介だ」

 

 ラウラの疑問に轡木さんは“世界征服”だと答える。子供の考える空想の悪人の目的の典型だ。だが、世界自体が欲しいわけではないという。確かにデュノア社関連で見せていた動きや、亡国機業の乗っ取りをできた人物なら、表だった戦争など無くとも世界を征することができると思う。轡木さんの考える、創始が攻撃を仕掛ける理由とは――

 

「創始はおそらく……人類がISに降伏する姿を見たいだけなのだ」

 

 恐ろしいまでに幼稚なものだった。

 

 馬鹿げている。しかし、創始のことを最も知る轡木さんが言うのだから間違いない。束さんを執拗に狙っていたのも、たぶんその目的のためでしかなかった。

 全員が口を閉ざす中、轡木さんの話は続く。

 

「創始にそのような馬鹿な真似をさせる前に、我々から打って出るつもりだ。幸いなことに、ラウラくんがスレッドから尋問で得た情報を元にセシリアくんが敵の本拠地を突き止めてくれた」

 

 上方に地図が表示され、日本から東南東の方角の太平洋上に点が表示される。

 

「海の上ですか?」

「正確には雲の上だ。創始の拠点は空にあったのだ」

 

 IS以外の技術では考えられない場所である。セシリアが突き止めたのだ。創始の本拠地であることは間違いないだろう。そこに、白騎士とシャルがいる。

 

「いつ攻めますか?」

「落ち着きたまえ、一夏くん。真耶くんら戦力が欠けた状態で決戦を仕掛けるのは得策ではない。各国に打診し、代表操縦者に援軍に来てもらうこととなっているから、行動に移るのはそれからだ」

 

 焦るなというわけだ。それも一理あると逸る気持ちを抑えた。

 

「学園長!」

「どうしたのだね?」

 

 そこへひとつの通信が舞い込んだ。それは俺たちの現状を悪化させるのに十分な内容――

 

「集められた各国の代表が……全滅したそうです」

「何? こちらの動きが敵にバレていたのか!?」

「いえ。そうではなく……討伐対象であるブリュンヒルデ一人に返り討ちにあったとのことです」

 

 援軍が全滅……? しかしなぜ国家代表が一か所に集められていたんだ? それに、

 

「討伐ってどういうことですか、轡木さん!」

 

 まるであのブリュンヒルデが敵みたいじゃないか。轡木さんはすぐに答えない。俺はラウラに目を向ける。

 

「そういうことだ、一夏。テレーゼは……敵だったんだよ」

 

 ラウラは大した驚きも見せていなかった。つまり、彼女はこのことを知っていた……?

 

「なんで……そんな平気そうなんだよ!」

「平気などではないぞ? だが私は一夏のために戦うと決めた。そしてテレーゼは創始という輩のために戦うと決めた。それならば戦うしかないのだ」

「いいのかよ! ずっと追ってた、お前の目標だろうが!」

 

 声を荒くした俺は、つかつかと歩み寄ってきたラウラに襟首を掴みあげられる。体格差などものともしない彼女の腕は力強かった。

 

「いいに決まっているだろ! もう私とテレーゼは道を違えている。いつまでもテレーゼの後ろをついて回っているわけではないのだ! 私はシャルロットを助けたい。そのためには一夏の剣となり、盾となろう。私には護りたいものがあり、もうテレーゼに護られる存在ではないのだ」

 

 もう、ラウラは向き合っていた。俺の知らないところで、自らを構成している最大の人とのつながりを断つことも覚悟していたんだ。俺なんかが口出しするようなことじゃなかった。

 

 俺とラウラの言い争いを余所に、指令室内が慌ただしくなっていた。

 援軍もなく、味方の戦力は少ない。それに加えてブリュンヒルデが敵にいることが発覚したのだ。士気も下がるはずだ。この状態で皆に「戦え」と俺は言えない。

 

「あら? 久しぶりに顔を出してみれば、揃って不景気そうな顔をしてるわね」

 

 入り口から新しく声が聞こえてきた。その声は騒々しかった指令室内にも不思議な響きでとおり、全員黙って入り口を見る。そこには『常在戦場』と達筆な文字が書かれた扇子を広げた女子が立っていた。

 

「楯無……さん? あれ? 今、代表は全滅したって……?」

 

 見間違えることはない。ロシアの国家代表であるはずの更識楯無元生徒会長がこの場に来ているのだ。

 

「なんかヒドかったらしいわね。でもね、織斑くん。私はもう代表から下ろされてたのよ。今は候補生に格下げ」

「え、どうして――」

「キミがそれを言う? まあ、結果的にこうして私がIS学園に戻ってこれたのだからいいことになるのかしらね」

 

 俺が……楯無さんを倒したから、彼女は代表候補生に戻された。それが理由で今回の騒動と関係なく、IS学園に生徒として戻ってきてくれたんだ。

 

「それにしてもこの状況は何? 生徒会長なら皆を引っ張らなきゃダメじゃないの」

「す、すみません」

「ま、いいや。その辺は私の方が性に合ってそうだし……この戦いにおける私の役割でしょうから」

 

 そういって楯無さんは部分展開でランスを取り出し、床に派手に突き立てた。

 

「いーい? ブリュンヒルデが敵になった。それは事実でしょう。でもね、私の知るIS学園の生徒はそんなことで臆すような子たちじゃない。私から生徒会長の座を虎視眈々と狙っていた日々を思い出すの。私が学園を留守にするようになって、フラストレーションが溜まっていたでしょう? 今はその逆! 誰もがブリュンヒルデを合法的にぶっ飛ばせるシチュエーションが与えられたのよ? これに便乗せずして何がIS学園の生徒か! 先を見なさい。悪に染まったブリュンヒルデを倒した先にある自分の未来を見なさい! 今、鬱になっている暇なんて全くないのよ!」

 

 楯無さんの演説っぽいものが終わる。黙って聞いていたが、なんて無茶な内容だ。普通に考えてこんなので士気が上がるわけが――

 

「そうね! 1対1じゃないのに倒したら名誉だなんて!」

「ふっふっふ。手段を選ばなくていいのなら、やりようはいくらでもある!」

「学園の射撃管制でもチャンスはゼロじゃないわ! 全ては月誅の運用次第……学園長! 攻撃プランの確認を!」

 

 ……そうか。普通じゃなかったんだね。

 そう思っていると、俺の服の裾が引っ張られる。

 

「みなさん、楯無さんの適当な言葉に合わせているだけの空元気なのですわ。一夏さんからも何か一言をお願いいたします」

 

 セシリアの助言に納得する。皆それぞれの目的があって、まだ戦ってくれるのだろうが、俺がとりあえず言っておくべきことがある。

 

「皆、聞いてくれ。俺は……」

 

 皆、思ったよりも俺の言葉に耳を傾けている。言ってしまってよいものか恥ずかしさで急に決意が鈍るが、声という形に出しておくことは誓いとなる。

 

「俺は、シャルが大好きだぁあああっ!!」

 

 言ってしまったな。顔から火が出るとはこのことか、と実感する。異様に熱い。ま、ここまで言ったんだ。最後まで言うさ。

 

「だから、俺は俺のために、シャルを救うために戦う! 他のことなんて知るか! ブリュンヒルデ? そんなのは戦いたい奴に全部任せる。IS学園の防衛? そんなのは轡木さんに丸投げだ! 俺は俺がすべきことをし、シャルを連れてIS学園に帰ってくる。皆のところに帰ってくる。皆を、信じてる……。以上だ」

 

 シーン、と静まりかえる。それでさらに頭に熱が向かっている気がする。自ら踏み込んだとはいえ、この羞恥プレイを早いところ終わらせて欲しい。

 

 一つ、また一つと手が叩かれ出した。それは次第に騒音に近い拍手の渦となっていく。おまけにあちこちで爆笑しているようだ。それは、我が親友も例に漏れず、弾は俺の首に腕を回してきた。

 

「この野郎! 言うようになったじゃねえか! まさかあの一夏が一人の女のために戦うなんてな。中学時代の奴らにも報告しておかないと」

「く、苦しいって、弾!」

 

 騒ぎ始めたこの場所はいつになく活気に溢れている。これが心の底からのモノになるために、俺たちは敵との決戦に勝利しなくてはならない。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「創始様。失礼します」

「やあ、テレーゼ。お疲れさま。首尾はどうだい?」

 

 創始が腰掛ける椅子の傍らに、鎖でつながれた束が気を失っている。その場に赤毛の女性、テレーゼ・アンブロジアがISスーツの姿で現れていた。

 

「私の正体に気づいていたようですが、私の実力までは考慮していなかったのでしょう。罠にかけたつもりの国家代表たちを始末しておきました。これで創始様の作戦を邪魔するものはIS学園しかないかと」

「そうだねぇ……束をあんまり待たせるのもなんだし、世界各地のトロポス軍を動かすと同時に、IS学園を落としにかかろうか」

 

 創始は躊躇いもなく言ってのけた。既に興味は目的の達成にしかない。しかし、テレーゼには気にすることがあった。

 

「ラグナロクを使うつもりですか?」

「それが手っ取り早いだろうね。彼女が出れば1時間もかからずIS学園が地図から消えるよ」

 

 予想通りの回答だ。しかし、テレーゼとしてはそれは好ましくない。

 

「創始様。お言葉ですが、彼女ではやりすぎてしまいます。ここは私に任せてもらえませんか?」

「一応、理由を聞かせてもらえるかな?」

「甘いと思われるかもしれませんが、あそこにはラウラがいます。私としてはあの子まで無駄に死ぬのは心苦しいのです」

「そっか。じゃあ、テレーゼの好きなようにしていいよ」

「あ、ありがとうございます!」

「でも、それはテレーゼが動ける間だけだからね。テレーゼが負けたりしたら、そのときは彼女を向かわせるよ」

「承知しました。それでは早速準備を始めます」

 

 テレーゼが踵を返す。この戦い、負けるわけにはいかなくなった。勝たなければラウラは自分の元には戻ってこれない。ブリュンヒルデが持ちうる全ての力を以て、IS学園に攻撃を仕掛けることが決まった。

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