IS - the end destination - 作:ジベた
「諸君。これより、最後のブリーフィングを始めよう」
轡木さんを全員が取り囲んでいる状態で、創始たちとの決戦の作戦内容が発表される。まずは、現状の把握からだ。オペレータの鷹月さんが轡木さんに代わり、“世界各地”の状況を教えてくれる。
「……現在、国家代表を失った主要各国の大都市にトロポスの軍勢が押し寄せています。国防のために配置されたISでは対応しきれず、各地で甚大な被害が出ています」
前回の白騎士襲撃時のような軍勢だ。圧倒的な物量で攻めてくる上に、ゴーレムやリュジスモンクラスのトロポスまで混ざっていては数のないISでは対抗しきれないだろう。おそらくはIS以外の戦力に頼らざるを得ないのだろうが、IS以外でトロポスを打ち破るのは難しい。本来ならばIS学園からも戦力を送るべきなのだが、生憎とこれは他人事ではない。
「白騎士ならびにブリュンヒルデの目撃情報は?」
「どちらの姿も確認されていません。シャルロットもです。ここからは推測ですが、日本がまだ攻撃されていないことから、敵はIS学園に攻め込む準備をしていると考えられます」
敵側の最高戦力と思われるISが全て姿を見せていないのだ。どこにも配置していない理由は一つ。これから相応しい戦場があるからだろう。つまりは、ここIS学園に攻め込んでくる。
「さて、先制攻撃を仕掛けるつもりだったのだが、逆にやられてしまった形となった。各国からIS学園に救援要請が来ているが、我々は我々で余裕は一切ない。かと言って我々がここで籠城をして、無視することもできない。我々は全世界で稼働中の全てのトロポスを停止させなければならない」
「全トロポスの停止って……そんなことが可能なんですか?」
今までトロポスは最後の1機まで撃墜するしか止められなかった。しかし、轡木さんが作戦目的として挙げたということは実現可能であるということになるのだろう。
「弾くんの調べで無人トロポスは特定のISからの信号無しでは稼働しないことがわかっている。信号を発しているものが何かは不明だったのだが、海底研究所から持ち帰ったウィスクムを解析した結果、ウィスクムによるものだということが判明した。VAISも無人トロポスも司令塔となる存在があるのだ」
「つまり、その司令塔を叩けば敵の戦力が全て沈黙するというわけですか」
司令塔は間違いなく創始であるはず。そして轡木さんは、彼を殺してでも止めようと言うつもりなのだろう。轡木さんの心境はわからない。ただ、俺が口出しするようなことではなかった。
「その通りだ、一夏くん。そして司令塔が本拠地にいることは間違いない。この戦いに勝利するには、やはり本拠地を攻め落とす必要がある。だが全軍で攻めることはできない」
「少数精鋭で轡木創始を討つ、というわけか」
「そういうことだ、ラウラくん。ただ、問題は誰が行くかということになるのだ。敵が戦力をどう分けてくるかでこちらの出方を変える必要がある」
敵の大きな戦力は白騎士、ブリュンヒルデ、シャルの3人だ。敵がどこに白騎士を配置してくるかで、俺が行くべき場所が変わる。
零落白夜は零落白夜でしか対抗できない。それが俺と弾の導き出した結論だ。シャルを救うことが俺の最終目標であるが、俺しか白騎士の……千冬姉の相手をできない。
「学園長! 洋上に敵部隊が出現しました! まっすぐにこちらへと向かってきます!」
「ついにここにも仕掛けてきたか。防衛部隊はすぐに迎撃の準備! 攻撃部隊は敵の編成を把握するまでここで待機だ」
俺はすぐに弾を連れて司令室を出ていく。当然、轡木さんからストップがかかる。
「一夏くん! まだ白騎士の動きが――」
「わかってます。それでもやれることがありますから。な、弾?」
「そういうわけです。全員迎撃に回っていいんじゃないですか? 本拠地に攻撃に向かうメンバーはそれから決めてもいいでしょう」
無理矢理意見を押し通す。おそらく敵はこちらが様子見してくることも踏まえているだろう。だからさっさと先遣隊を倒して、本命を炙り出す必要がある。こちらが無駄な消耗をする必要などないのだ。
学園の屋上に弾と2人で上がる。弾がエネルギーケーブルを用意する傍らで俺は白式を展開。氷燕を2つとも左手に装着して弓を形作る。
「弾、俺が狙い撃つべきなのはどいつだ?」
「見たところ、新型っぽいのより骨が折れるのはリュジスモンだろうな。今のところ確認できるだけで3機だ。数的にもちょうどいい」
送られてくる敵の位置の情報を元に弓を構え、雪片の矢をつがえる。矢に触れているだけでシールドエネルギーがガリガリ削れていくが背中につながれたケーブルからIS学園のコアエネルギーを常時充填しているため問題はない。
狙いは定まった。第1射を放つ。
「初弾命中! 敵機の破壊確認! さ、次の用意だ」
「OK!」
即座に次の矢をつがえ、撃ち放つ。超遠距離の狙撃であるが、弾の補正プログラムや敵の図体がデカいこと、敵が避けるような機体でないこともあって簡単に命中させられる。そして一つ一つが必殺の威力を持っている。瞬く間に敵軍のリュジスモンを全て撃ち抜いた。これで味方の被害を大幅に抑えられる。
「一夏。轡木さんから連絡だ。敵にブリュンヒルデが現れたらしい。白騎士の姿はない」
「じゃあ、俺が本拠地への攻撃に行けばいいな」
「ああ。問題の人員だが……お前と箒の2人だけだ。いけるか?」
思ったよりも厳しい。しかし、贅沢はいってられない。轡木さんの判断は、そうでもないとブリュンヒルデを止められないということなのだろうから。
「大丈夫だ。すぐに出撃といこうぜ」
束さんのいない状態の箒が味方の援護が期待できない場所へ行くことに不安を覚えるが、四の五の言っていられない。俺と箒の力を信じて進むしかないのだ。
◆◇◆―――◆◇◆
群がるキャバリエたちをワイヤーブレードでズタズタにする。適当に1機を絡めとり、こちらへと砲口を向けるゴーレムに投げつけて攻撃を阻害し、ブリッツによる追撃で頭のセンサーを潰す。ティラールの狙撃をAICで防御しながら、まだ破壊されていないゴーレムの四肢をワイヤーで絡めとったラウラは、自分自身がその場で回転しながらゴーレムを振り回してティラールを破壊していった。
「結構やるわね、ラウラちゃん」
「まだザコだけだ。貴様も仕事をしろ。それと、その呼び方は止せ」
「はいはい、と」
ラウラは若干不機嫌になりながらも自分の戦闘に集中する。まさか更識楯無と肩を並べて戦う日が来るとは思っていなかった。彼女の実力は認めているのだが、いちいち神経を逆なでする発言はどうにかならないのだろうかと心底思っている。
「ラウラちゃん。敵の新手みたいよ」
「そのようだな」
その呼び方は止せと心の中で念じてから、敵の新型トロポスに目を向ける。青色の鳥の翼のようなものがついたトロポスと、赤色のゴーレムを思わせる巨大な腕をしたトロポスだ。新型とは言っても、既に情報はデュノア社から得ている。
青色の方が“ミグラテール”。イギリスの開発した特殊装備、BTを合計16機操るトロポスであり、主装備もエネルギーライフルである。
赤色の方は“ヴォルカン”。中国の開発した特殊装備、衝撃砲を発展させた“崩山”を装備している。また全身の至る所に砲口がついており、大抵の攻撃を受け流すこともできる。
どちらも既にISとの差がわからないところまでトロポスの開発が進んでいることがわかる機体だ。データ上では間違いなく強いだろう。
「だが、所詮はセシリアと鈴の猿真似でしかない。完全に真似されていれば苦戦もするだろうが、使い手がなっていなければ敵ではないな」
「じゃあ、ラウラちゃんは青いのをよろしくね?」
「待てっ! 相性的に分担は逆だろう!?」
楯無は冗談を飛ばしながらもミグラテールへと向かっていく。ラウラは……というよりもシュヴァルツェア・レーゲンはBTビットが苦手なのだ。そして、爆発を武器とするミステリアス・レイディは衝撃砲が苦手である。であれば必然的にこの形となる。
赤色のヴォルカンへと向かう。炎のように揺らめく弾丸が赤く巨大な腕から放出された。だが、事前情報で正体がわかっていれば対処は容易い。AICの波を照射することで火山弾は何事もなかったかのように掻き消えた。
「さて、まずは小手調べだ」
右肩のブリッツを敵に放つ。この攻撃を避けるかどうかで敵の力の底は知れる。敵はラウラの推測通り、避けなかった。代わりに全身が炎のようなものに包まれ、ブリッツの砲弾は弾かれる。鈴の龍咆と同じく、身を守る盾ともなるわけだ。だが、わざわざ全身を守っているということは敵はこちらの攻撃が見えていない。
ワイヤーバヨネットを展開し、小型ビームの雨を降らせる。ここで初めて敵の装備が龍咆と違い、ISのエネルギー兵器を軽減できることを知る。不可視の性質を削ってできたことなのだろうが、ラウラのこの攻撃は動きさえ止めれればそれで良かった。
ワイヤーバヨネット6本のうち3本の射撃をやめ、動きの止まっている“青色のトロポス”へと伸ばす。気づかれたが、回避行動をとろうとしていたミグラテールの周囲を覆っていた霧が爆発して退路を塞ぎ、ラウラのワイヤーがミグラテールの四肢を絡め取った。ラウラを中心として、ミグラテールとヴォルカンは同じ距離にいる。ラウラは絡め取ったミグラテールを自分を中心とする円軌道に乗せ、その先にいる炎の巨人に叩きつけた。ヴォルカンは味方機と判断したのか、炎の防御を解除してからミグラテールを受け止める。
「とどめといくわよ」
2体が重なったところで、楯無が黒に近い紫に染まったランスを投擲する。ランスは防御の無いヴォルカンに刺さり、あとは仕上げの刺激を与えるだけだった。ワイヤーを回収し、ブリッツをランスに照準する。
「さよならだ」
電磁力で加速した砲弾が紫のランスと接触し、破裂する。その瞬間――無数の水の矢尻が周囲に拡散した。爆心地にいる2機のトロポスは当然、ズタズタとなる。
――ミストルテインの槍。
2機のトロポスはその内部から爆発してバラバラに砕け散った。
「わざわざ起爆しなくても良かったのに」
「余分な待ち時間は不要だ。それより、今のは連発ができない大技じゃなかったか?」
「ちょっとナノマシンの補充に時間がかかるわね。でも蒼流旋は予備もあるし、まだまだ私は戦えるわよ?」
「ならばいい」
楯無の戦闘能力が回復するまでは時間を保たせられるだろう。周りのトロポスはザコばかりでラウラと楯無の敵ではない。
ここで2人に通信が来る。
『……ブリュンヒルデの姿を確認しました。織斑生徒会長と篠ノ之箒の2名による敵本拠地の攻撃を開始します。他の各員は“作戦通りに”ブリュンヒルデの迎撃を開始してください』
テレーゼがIS学園の攻撃に参加してきた。一夏を敵本拠地に向かわせるということは、白騎士はこちらに来ていない。実は、これはラウラの推測通りであったりする。この後の敵の対応も見えていた。
「やっぱりトロポスが下がっていくわね。ブリュンヒルデ様は攻撃対象の取捨選択ができないみたい」
「テレーゼの機体は1対多の戦闘に主眼を置いたものだ。味方が居た方が邪魔なのだろう。だからこそ、白騎士と同時に出てくることが無くて助かるのだがな」
“アウレオーレ”は単一仕様能力による破壊力に特化したISだ。1対多殲滅型といえば聞こえはいいのだろうが、その真価は周囲への無差別攻撃によって発揮されるため、常に孤独な戦闘を強いられる。テレーゼの単独行動もその特性から違和感がないものに映っていた。
下がっていくトロポスの集団と入れ替わりに赤いISが現れる。装甲のほとんどない、ほぼISスーツである世界最強のISは国家代表約20人を同時に相手にしてもなお、圧倒するだけの力がある。
「ラウラちゃん……」
「テレーゼ――!」
ラウラを先頭にしてIS学園の全ISがブリュンヒルデと対峙する。まだ互いに手を出さない。
「ねえ、ラウラちゃん。まだ遅くない。戦うのはやめて投降してくれない?」
「それは私のセリフだ、テレーゼ。轡木創始から離れてこちらについてくれ」
テレーゼが問答無用で攻撃してこないことに若干の安心を得た。自分と戦いたくないと思ってくれていることが嬉しかった。ラウラも同じ思いだ。しかし、話し合いで終わるのならば、そもそもこんな事態になっていない。
「無理だよ。私は創始様なしでは生きられないの。私の生きられる場所は創始様のお側だけ」
「あなたにとっての創始という男は、私にとっての一夏と同じと言うことか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。私はラウラちゃんじゃないから。でももし……ラウラちゃんが『変われた』のなら、似ているのかもしれないわ」
何を言ってもテレーゼは揺るがない。テレーゼの目に宿る力には確実に自分の意志が存在している。まだVAISであった方が気が楽である気がしていた。
「もう一度訊くわ。投降する気はない?」
「あなたが創始を裏切らないのならば、私が一夏を裏切らないことにも納得してもらえるだろう?」
「そう。残念ね」
テレーゼが炎の翼を広げる。澄み渡る青空の下に現れたもう一つの太陽は、見るもの全てに畏怖を与える存在だった。光がねじ曲がり、揺らいで見えるブリュンヒルデの周囲の空間は、人が踏み居るべきでない神域であると告げているようだ。
「言っておくけど、これは競技なんかじゃない。私は追いかけないから、臆して逃げるなら今の内よ」
「それはもう全員に言った後だぞ、テレーゼ。皆が理解している。我々には逃げる場所などないということを」
「今のは私の自己満足よ。これで心おきなく蹂躙できる」
テレーゼの翼から無数の羽が舞い散る。それら一つ一つが鳥を象り始めた。
「私はブリュンヒルデ。世界最強の全力を、その目に焼き付けなさい!」
「来るぞ! 総員、一斉射撃!」
テレーゼという太陽から紅炎の鳥が飛び立つ。同時にラウラがIS学園の全ISに射撃攻撃を指示した。これが戦闘開始の合図となり、炎の鳥の群れが銃弾とエネルギー弾の弾幕と正面から衝突する。それによって鳥たちは自ら爆発を引き起こしていった。
まずは狙いどおり。テレーゼの
それだけではない。いくらテレーゼの単一仕様能力が優れていようとも、ラウラ含めて50機以上ものISの一斉射撃を行ったのだ。手数はIS学園側が勝っている。つまりは余剰分の弾がテレーゼに到達するはずだ。ブリュンヒルデといえども、全て回避することは不可能だろう。その中にはラウラのブリッツも入っていた。
テレーゼに砲弾と銃弾の壁が押し寄せる。しかしそれらはテレーゼの周囲に半球状に動きをピタリと止めていた。
――AIC!? だがそれならばエネルギー系の兵器は止められないはず……
ラウラが思っていた光景は無かった。テレーゼに向かっていたエネルギー系の射撃攻撃は全て、テレーゼの手前で大きく軌道を変え、明後日の方向へと消えていく。当然、テレーゼに命中した攻撃はゼロだ。
こちらの攻撃を全て捌いたテレーゼが再び炎の鳥を生成し、射出する。攻撃後の動揺を突かれ、明らかにこちらの第2波よりも早い攻撃だった。迎撃が間に合わない。そんな中、ラウラたちの前を濃霧が覆う。炎の鳥は霧に突っ込み、霧と共に大爆発を引き起こす。
「お待たせ。お姉さんも戦線復帰よ」
「助かる。……もう一回だ! 撃てっ!」
再び一斉射撃を加える。今度はIS学園のミサイルも混ぜて、だ。しかしそれらは先ほどと同じようにAICと謎の力場によって全てテレーゼには届かなかった。爆風すら届いていない。
ここでラウラたちに敵の情報が送られてくる。
――
アウレオーレの特殊装備。見た目は手の平サイズの黒い球体である。独立したPICとコア・ネットワークを通じた通信によってBTと同じように操作ができる。強力な電磁場を発生させることによって、質量の小さい射撃攻撃の軌道を強制的に曲げることが可能。
ラウラはすぐにテレーゼの周囲を確認する。派手な炎の鳥に目がいきがちだが、その中には幾つかの黒い点が見受けられた。
ラウラは即座に黒点をブリッツで攻撃する。しかし、軽く回避されてしまった。直径10cmの的に当てることは容易ではない。
「あら、気づいたみたいね」
「何なのだ、それは!? 今まで一度も使っていなかっただろ!」
「だから言ったでしょ? 今度は本気だって。私は射撃のヴァルキリー。その名がついたのは、特別に射撃が上手いからじゃない。誰も私に射撃を当てられないからなのよ?」
テレーゼの言を否定できない。確かにラウラはテレーゼが射撃を当てられたところを見たことがなかった。1対1で可能性があったのは格闘戦だけ。しかし、機動性に優れているアウレオーレを捕捉でき、なおかつ技量でテレーゼを上回らなければならない。ラウラにはどちらも足りていなかった。だからこそ、射撃戦を数で征するつもりだったのだ。
「じゃあ、そろそろ攻撃にも本腰を入れるわね」
言うや否や、炎の鳥たちが3点ほどに集中して眩しく輝きを放つ。
「防御しろ!」
こればかりはラウラたちには迎撃しようがない。一夏ですら避けられる保証がないという、このテレーゼの攻撃は射撃攻撃の中で最速の部類に入る。ラウラ自身も盾を用意して身構えていた。直後――3機ほど絶対防御が発動したという報告が入る。
「絶対防御が発動した者は直ちに下がって回復に専念しろ!」
防御も間に合わなかった一部を狙われたらしい。とはいえ、一撃で絶対防御の発動までいくテレーゼの攻撃の火力は恐ろしいものである。盾があったところで何発も保つことはない。
攻撃に移れないまま、様子を窺うしかできなかった。それこそがテレーゼの思惑通り。彼女はラウラたちの頭上にまで移動をしていた。鳥ではなく羽をそのままバラマいてくる。
一夏との試合で見せていたテレーゼの必勝パターン。地面と紅炎の羽に挟まれた対象には逃げ道が無く、足掻いたところで焼き尽くされる。
「どうするの? こっちの攻撃は届かないのに、向こうはただ爆弾を撒き続けるだけでいいんだからこのままだとじり貧よ」
「わかっている。貴様も学園最強を名乗っていたのなら、打開策の一つでも出してみろ」
「……真面目な話、私の
楯無がランスに纏った水流を空に向けて放つも、空を覆う炎の羽の壁に阻まれテレーゼに届くことはない。仮に届いたとしてもAICを突破しなければ楯無の攻撃は効かない。
どうしようかと思案する2人。その脇を2本のビームが地上から空へと放たれていた。当然、炎の羽に阻まれてしまうが、一瞬だけ空への道が開いている。その一瞬さえあればいいと言わんばかりに、ビームの通った軌跡を“巫女”が通過していった。
「山田真耶!?」
「ボーデヴィッヒさん。山田“先生”、ですよ?」
「す、すみません……何?」
この戦闘に間に合わないと思われていた山田真耶が戦線に復帰した。それは喜ばしいことなのだが、様子がおかしい。専用機“円月”を装着した真耶が、ラウラをボーデヴィッヒ“さん”と呼んでいた。
炎の天井の上で、2人のヴァルキリーが対峙する。
片や射撃のヴァルキリーにしてブリュンヒルデ。
片や格闘のヴァルキリーにしてブリュンヒルデに傷を与えた女。
世界の頂点を決める場で争った2人……
「白騎士にやられてもう来ないと思ってたよ、まあや」
「私の戦う理由が消えない限り……そして、私が動ける限り、先頭に立つ義務が私にはありますよ、テレーゼ」
ラウラたちが羽を起爆させる作業をしている間に、ヴァルキリーたちは互いの刃を向け合う。
「そういえば口調を直したんだね。VTシステムは使わないんだ……」
「ええ。また私は千冬さんに気づかされたんです。いつまで足を止めているのだ、と問いかけられた気がしました。今、ここに“私”が立っている。織斑千冬でなく、山田真耶がです」
「白騎士の力なしで私に勝てるの?」
「当然、そのつもりです。ですが、勝負よりも前に、私は“教師”です。いつまでも借り物の力を生徒たちに見せているわけにもいきません。私自身が“成長”を見せなくて、どうして生徒の成長を促せるのでしょうか!」
「そう。やっと本気で戦えるね。いくよ、真耶っ!」
“教師”山田真耶が“ブリュンヒルデ”テレーゼ・アンブロジアに挑む。その姿を炎の羽の下で、IS学園の生徒たちが見守っていた。
戦闘開始直後、2人は互いに接近していた。真耶はともかくテレーゼが普段は取らない行動である。真耶の薙刀を手首から生やした炎の剣でテレーゼが受ける。真耶は攻めきらずに機雷を撒いてから一度距離を置いた。同時に機雷が真耶から離れる方向へと移動を始める。対するテレーゼは逃げることはせず、球状のAICで爆風を含めて全て受け止めた。
「どうしたの、真耶? 攻めきらないなんて」
「AICの範囲に私自身が入るわけにはいきませんからね。まったく、あなたの弱点がこうも簡単に補われるとやりにくくて仕方がありません」
過去のモンドグロッソにおいて、テレーゼのISにはAICは搭載されていなかった。相手に近づくことなく一方的に攻撃することしかしていないテレーゼは真耶の単一仕様能力の前に接近戦を強いられた。テレーゼに攻撃が当てられたのはその時だけ。当時のテレーゼは互いを巻き込む至近距離の紅炎の羽によるシールドエネルギーの削り合いで勝利を納めていた。
あれからAICが開発され、シュヴァルツェ・ハーゼで試験運用された。ラウラとクラリッサの戦闘データが利用され、アウレオーレは接近戦においても優位に立てるようになった。そこまでがラウラの知る話。爆風まで防ぐテレーゼのAICは明らかに他国の技術も含まれている。
真耶といえども苦戦を強いられることは目に見えていた。
◆◇◆―――◆◇◆
上も下も青が広がっている。雲一つない海上を俺と箒は飛んでいた。行き先は敵の本拠地である空中基地。IS学園を囲んでいたトロポスを突破してからというもの、一度も戦うことなく移動できている。こうしている間にも学園ではブリュンヒルデとの死闘が繰り広げられているのだと思うと、気ばかりが急いてくる。
「一夏。焦る気持ちはわかるが、まだ戦う必要があるということを忘れるなよ」
「わかってる。俺たちが創始を討たないと世界の混乱は止まらないってこともな」
創始を討つ。俺たちはそのために送り出されたのだ。学園に残された皆が気にかかるが、俺は俺のすべきことをすればいい。
やがて空に青以外の色が見えてくる。なぜ今まで人の目に触れられていなかったのかがわからないくらい巨大な建物が浮いていた。上に行くほど太くなっている逆さまな円錐形。重力に逆らっていることを象徴しているかのような形状をした建造物だ。見た目は西欧の古い城のようなデザインである。
俺たちの接近は敵の知るところなのだろう。迎撃のためのトロポスが城の窓からわらわらと出てきた。思ったよりも少ない。
「突破するぞ、箒!」
「了解だ!」
箒が先行して雨月と空裂を振り始める。その間に俺は氷燕を射撃形態に移行した。雪片弐型を含め、合計5門の砲口が一斉に火を噴く。一度に5体を撃ち抜く。すぐさま次の敵を照準し、発射。敵にはキャバリエくらいしか配備されていなかったためか、あっという間に道が開ける。敵の次の対応は、城全体を灰色の壁で覆い始めることだった。
「箒、ついてこい!」
一度上空へと飛び上がる。既に城は全体を灰色で覆われていた。アルマ・ウィースだ。ならば零落白夜で打ち破るのみ。急降下から雪片の斬撃によって上部の城壁は砕け散った。ISが通るには十分すぎる穴を俺と箒がくぐり、城の上空へと到達する。
「何だ、これ……?」
上から見た敵の本拠地は基地と言うにはあまりにも自然が溢れていた。木々のざわめき。水路を流れる水の音。緑と青が織りなすその光景は、戦いからは縁遠い平和な印象を受けた。人のいない公園にでも迷い込んだと言われた方がしっくりとくる。
「ここに……創始がいるのか?」
「信じたくはないがそうだろう。姉さんはここにいるって紅椿が教えてくれてる」
箒と共に石畳の上へと降り立つ。歩いていくと、先には噴水があった。わざわざベンチまで作ってあるため、本当に公園である気がしてくる。その噴水傍のベンチに一人の男が腰掛けていた。束さんと同い年くらいのメガネをかけた青年だ。今はスーツ姿でなくラフなシャツ姿だが、堂々と俺たちの前に一度姿を現したことがあるこの男こそが――轡木創始。
「ようこそ、僕の庭へ。歓迎するよ。織斑一夏、篠ノ之箒。君たち2人が最後の障害だと思うと、何か運命的なものを感じてしまうよ」
俺は返事を、言葉でなく雪片で返す。銃形態の雪片の引き金を躊躇い無く引いて飛び出したエネルギーの流れは、真っ直ぐに創始へと向かい――突如現れた騎士によって防がれる。
「慌てない慌てない。少しは話をしようじゃないか」
「アンタとする話なんて無い。何より、時間が無い」
雪片を刀に戻す。既に創始の傍には白騎士がいる。白騎士とは雪片の物理刀身以外では渡り合えない。白騎士の出方を窺いつつ、じりじりと前へと進む。
「ならば僕がここにいる理由もないだろう。白騎士、お客さんの相手をしてさしあげろ」
創始が席を立ち、この場を離れていく。白騎士は臨戦態勢だ。ならばこちらは――
「箒、創始は任せた。俺は白騎士とやる」
「……無理はするな」
箒が創始を追っていく。それを白騎士は追おうとはしなかった。最初から俺を止めることだけを命令されているのか、それとも……
いずれにせよ、白騎士が俺に刃を向けている事実は変わらなかった。
◆◇◆―――◆◇◆
桜色の巫女と赤色の不死鳥が交差しては離れてを繰り返す。接触する度に激しい火花が散り、不死鳥からは羽が舞い落ちる。しかし、それは不死鳥への損傷を表すものではなかった。巫女の薙刀は一度として届いていない。つかず離れずという戦い方でやっと戦闘の体裁を保てているだけだった。尤も、ラウラたちはそれすらもできていなかったのだが……
「準備はできたか?」
「ええ。山田先生が稼いでくれた時間があったから十分よ。それで段取りの確認はできてる?」
「当たり前だ。今度こそ落とすぞ。ブリュンヒルデを」
ラウラは真耶に合図の信号を送る。ここより先はミスの許されぬ詰め将棋。テレーゼに打てる対策を引き出させながら、望む状況へと導く。
ラウラの打った第1手。まずはブリュンヒルデを引きずり落とす。
ラウラの合図を境に真耶はテレーゼとの戦闘を放棄して地上へと降りていった。テレーゼの顔がひきつるのが見える。それもそのはずで、真耶と長時間斬り結んだテレーゼは、真耶の単一仕様能力“重圧陥穽”の影響を大きく受けている。地上へと向かう真耶に引き寄せられる力は逆方向の推進機でようやく抗えるくらいの代物だ。そこへ――
「総員、撃てっ!」
最初と同じく集中砲火を浴びせる。当たるとは思っていない。しかし、黒点の制御とAICを同時に使っているのだ。真耶の引力にまで手が回らないはずである。これにより、テレーゼの優位性を保っていた上下の位置関係は消滅する。
続けて、真耶が追撃を入れる。彼女自身のイグニッションブーストと引力によって、テレーゼとの相対速度は一夏の多段イグニッションブーストに迫る。真耶は純粋に薙刀のリーチを活かした突きを繰り出した。対するテレーゼはAICではなく、炎の剣で右へと受け流す。そうして真耶自身をAICの射程に捉えた。おそらくは真耶の単一仕様能力があっては不利と判断しての強引な攻め手だったのだろう。テレーゼの右手に初めてダメージが通っていた。代償として真耶の体がAICに捕らえられる。同時に炎の翼が広げられた。その翼に抱かれたとき、勝敗は決することになる。
だが、これは1対1の競技などではない。
「轡木っ!」
ラウラが轡木の名を叫ぶ。すると、戦場に突如として巨大な大砲が出現した。校舎の壁に設置された対空砲は、今、地上のテレーゼを向いている。トロポスの部隊を軽く一掃する出力の陽電子砲はAICはもちろん効果がない上に、黒点で曲げられるほど柔なものではない。
「くっ!」
ここはラウラとしては綱渡りであった。テレーゼの対処能力を信じての一手。彼女が対応してくれなければ、勝利できても、真耶まで死ぬ。
今のテレーゼの顔には余裕など欠片もない。真耶をAICで止めつつ、彼女を攻撃する予定だった炎の翼を一点に収束させて巨大な光球を作りだした。
光の球は線となる。そう認識した時点で月誅が大爆発を引き起こして砕け散っていた。
「撃てっ!」
ラウラはAICによる精神的疲労を身を以て知っている。絶え間なく学園のIS全機に射撃攻撃の指令を送る。時間的にはそろそろだ。ラウラの予想通りテレーゼは持ち前の防御手段を使用せず、イグニッションブーストで上空へと逃げ出す。その場に残された真耶に味方の射撃攻撃が浴びせられてしまうが、これは仕方がない。
「いらっしゃーい!」
テレーゼならば上に逃げる。ラウラの読み通りに動いたテレーゼを待ち受けていたのは更識楯無。彼女の右手には黒に近い紫に染まったランスが握られている。彼女はそれを投擲することなく――
槍を構えて突撃した。
事前に楯無の戦闘をみたことがあるテレーゼは、楯無が持つランスの色の意味を把握しているであろう。当然、近寄らせたくはない代物のはずだ。だがこの状況では既に接近を止めることは適わない。テレーゼはAICでランスの先端を固定する。ほぼ同時にランスの耐久が限界を迎えた。マッハ5の矢尻の群れが周囲に拡散する。当然この至近距離だ。ミストルテインの槍は彼女自身をもズタズタに切り裂いていく。一方のテレーゼは全ての矢尻をAICで受け止めていた。ラウラのものと違い全方位に発動できるらしい。楯無の決死の攻撃は完全に止められていた。
いつ爆発が起きるのかわからないままテレーゼはAICを張り続けている。そのテレーゼを余所に、楯無は力なく地上へと落下していった。その顔には笑みが浮かんでいる。テレーゼに声は届かなくとも、口はこう動いていた。「お・ば・か・さ・ん」と。
そして、楯無の影に隠れていたラウラが上空からテレーゼに襲いかかる。
「テレーゼぇええ!」
ラウラが右手をテレーゼにかざす。ドイツ軍の特殊装備、AICだ。ラウラのAICはテレーゼのAICと力場が干渉しあい、全く効力を発揮しない。
「ラウラちゃん。ここまで来てコレなの? 残念だけど、この距離では互いにAICを使ってないといけないから、それ以外にできることが勝敗を分けるわ」
テレーゼの背中から炎の翼が生える。ここまで攻撃をばらまいてもまだまだエネルギーに余裕があるあたり、驚異のスタミナだ。本当に太陽に立ち向かっているようにすら感じる。翼は確実にラウラを仕止めようと彼女を包み込み始めた。既にAICを解除した方が捕らえられる間合い。この時点で互いに足を止めて殴り合うしかなく、ラウラの攻撃は全て黒点とAICを突破できない。一人では確実に詰みだ。周りからの援護も期待できない。……普通ならば。
ラウラは笑いを隠しきれなかった。思わず高らかに笑ってしまう。
「ラウラちゃん……?」
「確かにこの距離では互いにAICを使っていないといけない。足を止めて、な! テレーゼ。あなたはあなたのISの装備を過信しすぎている」
テレーゼのAICは全方位に常時発動している。よって実弾はテレーゼに通ることはない。
しかしながら、エネルギー系の射撃攻撃は軌道を曲げられるだけであって無力化されるわけではないのだ。複数の黒点を絶対にテレーゼに届かない配置にしているのだろうが、それは直線の射撃に限ったことである。
最後の一手はここにいない人物によるもの。ラウラにはどこから狙っているのかもわかっていないが、彼女は虎視眈々とこの時を待っているはずだった。テレーゼの情報をラウラたちに与えていたのも彼女の働きである。この戦いはラウラの作戦と彼女の情報収集、そして“狙撃”を以て終演となる。
◆◇◆―――◆◇◆
「黒点の偏向パターンを把握完了しましたわ。後はタイミングを合わせるだけですわね」
IS学園から南におよそ200km。戦闘開始を伝えられてからセシリアは誰とも会うことなく、ここまで来ていた。幸いなことに都合のいい小島があり、ポイントとしては絶好の場所である。
今の彼女の右手にはスターダストシューターの3倍の長さのライフルがくっついている。持っているわけでなく腕と一体化していた。まともな場所では撃つことすら適わない、狙撃専用として設計されたライフルである。
『いいか、セシリア。こいつは欠陥品だ。一発撃つためにはブルー・ティアーズのほぼ全てのシールドエネルギーを消費する上に、残ったエネルギーも反動に対して絶対防御を発動することで無くなる。つまり、一度撃てばブルー・ティアーズは戦闘不能になる』
右手のライフルの名は“スーパーノヴァ”。セシリアが弾に造らせていた威力と射程以外の全てを度外視した陽電子収束狙撃ライフル。欠陥品と言って渡してきたように、最後まで弾の顔は悔しそうであった。それでも形を成してきた彼の心意気には敬意を表したいとセシリアは思っている。
スコープを覗く。ハイパーセンサーとリンクさせ、肉眼どころか、通常のカメラでも捉えられない、200km先の戦闘を視認する。ブリュンヒルデの知覚範囲の外に出るためにわざわざこれだけの距離を開けた。射線上の天候は快晴。風は穏やか。天が味方しているとはこのことなのだろう。
まだ狙撃をするには情報が足りない。セシリアの体は蒼く輝き始め、彼女はコア・ネットワークの海に意識を潜らせた。
初めは誰だってできることだと本気で思っていた。一夏の情報をISを通して覗いていた。しかし、ラウラとの会話から自分の技能が特殊なものではないかと疑うようになった。弾は言った。『一夏とは違う方向で化け物』だと。それはハイパーセンサーの過剰稼働だけでなく、この単一仕様能力にもあった。
“
既にブリュンヒルデのISは捕捉した。単一仕様能力“
『間違っても星霜真理と
弾の忠告が脳裏にちらつく。このことは弾以外知らないことだ。だが、今はそれが必要とされている。直ちにブリュンヒルデの黒点の操作情報を取り入れ始める。ブリュンヒルデの視覚情報を取り入れる。そして、ラウラがテレーゼにAICをぶつけた。
「今ですわ!」
トリガーを引く。右手の中で膨大なエネルギーが膨れ上がっていくのを感じる。今、右手には小型の月誅があるのだ。安全も安定も考慮されていない不完全なライフルが悲鳴をあげる。それでもセシリアの意志の乗った蒼い閃光を撃ち出す役目は果たしてくれた。同時に自壊するライフル。その反動はライフルだけで止まらず、ブルー・ティアーズ全体をヒビが浸食していきセシリアの体を後方へと吹き飛ばした。
「うあっ!」
背後の岩壁に衝突する。セシリアがぶつかった場所に軽くクレーターができていた。弾の言うとおり、ブルー・ティアーズにはエネルギーが残されていない。それでも、強制解除はされていない。そして、まだ終わってはいない。
セシリアは自らの放った銃弾に意識を移す。音を置き去りにする世界だ。セシリアには一夏やラウラのような目はないため、この後のフレキシブルは全て推測の元に軌道を組み上げる必要がある。
瞬間的にブリュンヒルデの思考を読みとり、黒点の偏向磁場をマッピング。
全ての偏向作用を相殺する形でフレキシブルを適用。ただひたすらにまっすぐ突き進む。
頭が割れるように痛い。視界が赤く染まっていた。おそらくセシリアの体が耐え切れていない。それでもこの1射を成功させることしか頭には無い。一夏の帰る場所をこの手で勝ち取るためにセシリアは躊躇いを捨てた。
「これが、あなたへのレクイエムですわ」
ブリュンヒルデの炎の翼の付け根部分……背中を貫いたところでセシリアの意識が体へと返ってくる。岩壁に埋まったまま這い出るだけの力も残っていない。赤いフィルターのかかった目に映る空と海は紫色だった。そんなボロボロの姿でもセシリアは満足げに微笑んだ。
「一夏さん……あなたが振った女は“世界一の女”になりましたわ。今更……後悔して、も……遅い、ですわよ…………」
世界最強をその手で落とした。今の彼女には“狙撃のヴァルキリー”と呼ぶに相応しいほどの実力と誇りがある。自らの思い描く“最高の女”を一夏がどう見てくれるのかを想像すると気分が高揚する。
戦いの後で彼に返すはずだったハンカチを取り出し、頭を押さえた。そこでセシリアの意識は途切れることになる。頭に乗ったままの白のハンカチは赤く染まり、小島を打ちつける波の音だけが辺りに空しく響いていた。