IS - the end destination -   作:ジベた

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44 黎明回帰

 創始を討った。箒からの報せが届いた瞬間、地下司令室は沸き返った。全ては終わっていなくとも、現在の驚異であるトロポスはこれで停止する。今も外で戦っている同胞の無事や、ある者は祖国が守られたことに歓喜した。唯一轡木だけは浮かない顔をしていた。勘当同然だったとはいえ息子が死んだのだから無理もないと、弾はそう思っていた。

 

「学園長っ! トロポスが停止しません! 世界各地で被害は拡大中です!」

 

 静寐の報告によって水を打ったように静まりかえる。弾はすかさず轡木の顔を見た。彼だけはただ冷静に事実を受け止めている。

 

「箒くんにもう一度確認を取ってくれ。創始が仕込んでいたことなら、何か言い残していたはずだ」

「わ、わかりました!」

 

 静寐が箒と連絡を取り始める。尤も、彼女の返答を待たずとも、弾に考えられる可能性は一つしかなかった。むしろ最初から想定していたというべきか。

 

「司令塔がもう一つってことですね。おそらくはシャルロットかと」

「君もそう思うかね。ならばそうなのだろう。……現在のIS部隊の状態は?」

 

 弾の推測に同意した轡木が、癒子に戦力の確認を取らせる。

 

「山田先生と更識先輩を含む40%がエネルギー回復中です。すぐに戦場に出られる状態ではありません。残りの部隊は現在トロポスと交戦中。状況は優勢。まだ戦闘に支障はないそうです」

 

 国家代表クラスの2人が抜けているのは痛いが、ブリュンヒルデを落とした後はトロポスの攻撃も苛烈ではない。現状ならば何も問題がないといえる。

 

 “彼女”が来なければ、だが……

 

「確認が取れました! トロポスの司令塔の役割はシャルロットに移っている可能性が高いそうです! あと、セシリアから通信がありました! シャルロットがIS学園に向かってきています!」

 

 良い報せであると同時に悪い報せであった。

 まず、朗報はセシリアの無事が確認できたことである。今回の作戦で彼女はかなりの無茶をしたが、無事でいてくれたようだ。正直、弾には信じられない出来事だったりする。何か弾の想像を上回る現象がセシリアに起こったのかもしれない。

 潰さなければならない司令塔が自ら出張ってきてくれたのも都合がいい。

 問題は彼女を無力化する手段がこの場に無いことだ。

 

「一夏くんに連絡を」

 

 轡木も同じことに思い至ったようだ。今のシャルロットは、たとえ真耶と楯無が前線に居たところで倒すことは適わないだろう。ブリュンヒルデと違い、反撃の芽を全て摘まれた状態での戦闘を余儀なくされる。何より、皆はシャルロットを殺すつもりなどないのだ。それでVAISを止めるには、正攻法では絶対に不可能。ありとあらゆる面で、一夏にしかシャルロットを止められない。

 

「大変です! 織斑くんが……白式がコア・ネットワーク上で確認できません!」

「なんだと!?」

 

 轡木と共に弾も「なんだって!?」と驚愕を示す。ISコアはコア・ネットワークから切り離すことはできない。隠すことはできても、一夏が自分から隠す必要性はない上に一夏と白式にそのような技能と性能はない。

 

「セシリアに確認してもらってくれ」

「もうしています! でも、見つからないって!」

 

 セシリアですら一夏を見失っているということは、一夏がトラブルに巻き込まれたことは確実である。それが何なのかは見当もつかない。一つだけ言えるのは、一夏抜きでシャルロットと戦わなければならないということだった。

 

「こ、これは!? 空が急に赤く――」

 

 静寐の叫びに答える声はない。全員が同じ光景を目にしていたからだ。

 まだ昼下がりと言った時刻であるにもかかわらず、空一面が夕焼け色に染まっている。荒廃した異世界に迷い込んだかのような錯覚を覚える、そんな終焉を連想させる色だった。

 

 シャルロットが来た。

 弾はすぐさまラウラに直接通話をつなぐ。

 

「ボーデヴィッヒ。状況は理解しているか?」

『ああ。幸いなことにトロポスどもは全て機能を停止させているが、マズい状況だということはわかっている。この空は、シャルロットが来たということなのだな』

「そういうことだ。それでお前に頼みたいことがある」

『言われずともわかっている。一夏が来るまで耐え続ければいいということだろう?』

 

 確かにラウラの言うとおりだ。弾が頼むことは全く同じ。しかし、補足はしておかなければならない。

 

「それはそうなんだが、念のため言っておく。空の色が変わっていることからシャルロットは単一仕様能力を発動させていると考えられる。それによってこちらの主武装がほとんど封じられているんだが、これは実はあちらの武器にも制限をかけている状態なんだ」

『つまり、剣以外にも何か攻撃手段があるというわけだな?』

「ああ。それは十中八九、“核兵器”あるいはそれに類する代物だ」

 

 弾の一言で周囲にいる全員の視線が集まる。

 

「俺の推測に過ぎないが、この状況で出してきたということは単機で世界を相手取れるだけの武器を所持していると見ていい。同時に戦略兵器を向けられても対抗できる術も持っているはずだ。だから相手の単一仕様能力はISのエネルギー兵器だけでなく、従来の兵器も無力化する効果があると思われる。白騎士がそうであったように」

『つまり、“IS”と戦闘している限りは自らの単一仕様能力によって大量殺戮兵器が封じられるわけだな。だから誰か一人はISで戦っていなければならない、と』

 

 ラウラは弾の言いたいことをすぐに理解してくれた。時間を稼ぐには、誰かがシャルロットの攻撃を耐え抜かなければならない。米軍のトロポス100機超を一瞬で全滅させた、あの攻撃を……

 

「地上部隊、交戦を開始しまし――嘘!? 前線の半数が既に絶対防御を発動!」

「学園の全火器が使用不能! 地上部隊を援護できません!」

 

 始まった。米軍のトロポスと違い、絶対防御のおかげで即死は免れている。しかし、30機以上ものISが一瞬で戦闘不能にされる時点で化け物と言うしかなかった。おまけに、IS学園の防衛の要である学園の武装を全て無力化されている。これに関しては敵の単一仕様能力が想定以上の効力を持っているとしか言えない。まさか爆薬や燃料すら使用不能だとは思っていなかった。

 使用できるものは、近接武装、PIC、コア・ネットワーク、量子変換くらいだろうか。どれもこれもシャルロットに最低限必要なものしか許されていない。この様子ではイグニッションブーストどころか補助推進機の使用自体も危ういのではないだろうか。

 

 次々と前線の戦闘不能の報告が上がってくる。このままでは全滅は時間の問題だ。IS部隊が全滅したとき、IS学園は地図から消えることになる。

 

「――何よ、この敗戦ムードは。全く、アンタらがそれじゃ前線の士気も下がるわよ」

 

 対抗する術を思いつかず、頭を抱えていた弾の背中に軽く蹴りが入れられる。よろけた弾が振り返ると、腕を組んだ鈴が仁王立ちしていた。

 

「目を覚ましたのか……!?」

「結構な時間を寝過ごしたみたいだけどね。この分はすぐに取り返してあげるわ。弾、“アレ”は用意してある?」

「一応、甲龍にインストール済みだが……練習も無しに大丈夫か!?」

 

 “アレ”とは鈴に頼まれて作製した対キャラパス用の武装だ。シンプルに仕上げた“それ”は偶然であるが今の状況でも100%の性能を発揮できる。

 しかし鈴には圧倒的に経験が足りない。彼女は得物を使っての戦闘経験が皆無だ。

 

「大丈夫よ。さっき箒と戦ってるときになんとなく理解したから」

「全然大丈夫じゃないだろ」

「いや、これが不思議と強がりでもないのよ」

 

 鈴は自信満々で答える。根拠も何もわからない自信だが、こうなった鈴に弾が言えることはない。デュアルコアでの共闘が鈴に影響を与えたのだろう。これもISの可能性というものなのかもしれない。

 

「じゃ、行ってくるね」

「気を……つけてな」

 

 出口をくぐる鈴を追ってきた弾が彼女を見送る。また、こうして戦いに赴く仲間を送る側にしかいられないことが悔しかった。

 

「もっと景気よく見送りなさいよ。あとはあの子を止めるだけで、この戦いは終わるんだからさ」

 

 不安と悔しさをつい顔に出してしまった。いつもとすっかり逆になってしまっている。これも蘭に本音を言ってしまったからなのだろう。鈴の言うとおり、最低限でも弾にできることをしなければならない。見送ることも弾の仕事だ。

 

「そうだな」

「だから、全部終わったら、また昔みたいに一夏と3人で遊びに行くわよ!」

 

 ニカッと笑う鈴につられてか、弾も鈴に微笑みかけた。すっかり自分を抑えることができなくなった弾は鈴に冗談を装って告げることにする。鈴の気持ちを知っていたから今まで表に出せなかった。白騎士事件で荒んだ心を晴れやかにしてくれた彼女に抱いていた密かな思いを――

 

「2人だけ、じゃダメか?」

 

 鈴が目を丸くする。3拍ほど時間を置いた後、彼女は腹を抱えて笑い出した。目の端からは涙が漏れている。

 

「何よ、それ! アンタらしくないわよ! ……本当にアンタらしくないわ」

 

 確かに弾らしくはない。少なくとも今までの弾らしくはなかった。しかし、もう自分を抑えている理由など何もないことに気づいた。今はここまでしか歩み寄れないが、いつかはちゃんとした形にしようと思っている。あの親友のように……

 

 鈴は出口の前まで猫のように軽い足取りで移動する。

 

「行ってくるね」

「ああ。行って……そして、帰ってこい!」

 

 振り向かない鈴はそのまま駆け出す。無事に帰ってくるのを待つのはこれで最後になってほしいと願いつつ、弾は手を振っていた。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 夜になるには早すぎる。まだ日が沈むまでには軽く4、5時間は残されていたはずだ。先ほどまでは空と海による一面の青の世界が広がっていたはずだったのだ。

 夜と言うには暗すぎる。月明かりは愚か、星明かりもありはしない。いくら目を凝らしても空と海の境界など見えず、上下すら定かではない。

 そして、暗闇と呼ぶには異質である。なぜならば“奴”の姿が鮮明に見えている。金色の瞳も赤色のたてがみも紫色の機体も、光のない空間とは思えない。

 

 まるで……俺とメルヴィン以外の全てが存在しない世界であるかのようだった。

 

 奴は右腕と一体化している大剣を振りかざして俺に向かってくる。鬼気迫る奴の表情は初めの頃に奴と対峙した時に感じた雰囲気と酷似していた。

 あの頃はISを初めて動かしたということもあり、俺は戦いの恐ろしさを把握していなかった。知らないなりにがむしゃらに戦っていただけだった。メルヴィンのことなどよく知らず、追い払うことだけに集中していた。

 今は違う。俺にはこれから、やらなければならないことがある。そのために襲ってくる敵は排除しなければならない。自らが生き残るためはもちろんのこと、自らの願いのために奴を討たなければならない。

 

 ……できることなら、回避したい戦闘だけどな。

 

 右手に意識を集中する。雪片はもう使い物にならないため、俺は千冬姉から受け取った剣を取り出した。俺に向けて小細工抜きに振り下ろされた大剣を白騎士の剣で受ける。どうにかそれで止められた。近距離で鍔迫り合う。

 

「ちっ! あの妙な刀じゃねえのか。命拾いしたな」

 

 メルヴィンがあからさまに不満を出す。雪片のエネルギーブレードのことを言っているのだろう。あれば使っていたのだが、奴の口振りから察するに俺の方が一方的に打ち負けるみたいだった。

 この黒い空間といい、今の奴の戦闘能力は未知数だ。まるで単一仕様能力持ちのISを相手にしているよう――

 

「まさか、お前も単一仕様能力を!?」

「知らねえよ。ただ、今までとは違うってことだけはわかってるぜ!」

 

 理解はしていなくとも、なんとなくできる気がしている。答えを伝えてくれるISコアのようなことがメルヴィンの機体に起きているということだ。理屈はさっぱりだが、奴のトロポスには単一仕様能力があっても不思議ではない。

 

 しかし、わからない。

 

「どうして俺と戦う必要がある? もう轡木創始は死んだ! お前が戦う理由なんて何も無いはずだ!」

「てめえにオレの何がわかる? オレが戦う理由はオレだけが知っていればいい。くだらねえことで水を差すんじゃねえ!」

 

 瞬間的に強烈な力が加えられ、俺は後方に吹き飛ばされた。

 理由なんてない、と言われた方がまだ納得できたかもしれない。奴は奴なりの明確な目的があって俺に勝負を仕掛けてきていた。それが何かは不明で、奴が教えてくれることはない。

 戦わずしてここを突破する手段は無さそうだった。強引に突っ切ろうにもこの黒い空間の正体がわからないため、逃げきれる保証はない。やるしかない。こんなところで時間をかけるわけにはいかない。

 

 白騎士の剣を構え直し、メルヴィンの動きを注視する。躊躇いのない直進だった。奴の右腕が先ほどと同じように上段から振り下ろされる。俺はそれを右に受け流し、そのままメルヴィンに斬りかかるが、奴の挙動を見て中断した。受け流したそのままの勢いで奴はその場を一回転し、俺に左側から横に薙ぎ払ってきた。咄嗟に剣で受けるも、流せず再び吹き飛ばされる。

 

「どうした! てめえはこの程度じゃねえだろ!」

 

 勝手なことを言ってくれる。今まで俺がメルヴィン相手に優位に戦えてこれたのは純粋に機体性能の差のおかげだ。奴の機体のパワーを雪片と零落白夜の特殊性で覆していただけにすぎない。俺の利点が取り払われている今、パワーの勝るメルヴィンの方が優勢になって当たり前だ。

 

「お前の機体が強くなっただけだろうが!」

「ハッ! 道具の善し悪しだけで強さが決まる訳ねえだろうが!」

 

 正面から剣をぶつけ合う。メルヴィンの方がパワーがあるとはいえ、絶望的な差だというわけではない。一方的に攻撃されていなければ止めること自体は可能だ。

 

「今まで粗悪な道具ばっか使ってたお前が言うと説得力あるな」

「優秀な玩具だけでこのオレを止められるわけがねえ。間違いなくてめえの力だろうが」

 

 互いの剣を境界線として、俺とメルヴィンが睨みあう。それでいて出てくる言葉は互いを讃え合うものだった。こうして衝突しつつも、俺はどこかメルヴィンと共感を覚えることがある。

 

 だからか、俺は聞かずにはいられなかった。

 

「ミズキって子は、お前にとってどんな子だったんだ?」

 

 一瞬メルヴィンの力が緩まった後、より強い力で押し返してきた。

 

「……うるせえよ」

 

 メルヴィンが小声で呟く。嵐の前の静けさを思わせる静かな怒りを俺は感じ取っていた。

 

「アイツは死んだ。オレがどう思ってようが、もうどうでもいいことだ。ISの戦争に巻き込まれた時点でこうなる運命だったんだ」

 

 怒り、そして嘆き。最初は戦いに生きる男と思っていたが、途中から生に執着があるとも思っていた。死んだものは戻ってこない、と明確に線引きするメルヴィンは、これまで人の死を多く見つめてきたのだろう。

 メルヴィンはISに関わった者の辿る運命を嘆いた。正確にはISではなく“戦争”なのだろう。俺は奴の心の根本を理解した気がする。

 

「お前は……その運命に抗いたかったんだな」

 

 俺の言葉を聞いたメルヴィンが一度体ごと距離をとって鍔迫り合いを拒否し、再び俺に剣を叩きつけてくる。対する俺はもう一度奴の剣に剣をぶつける。

 

「抗えねえよ! 殺すために武器を手にした者の末路なんて決まってる! 一度関わっちまえば逃れられやしねえ! ISなんてのが世に出てきたことは異常でしかねえ! 兵器ってのはオレのようなくだらねえ男が使ってればそれで良かったんだっ!!」

 

 やっぱりそうだった。共感を覚えて当然だ。俺が“兵器としてのIS”を憎んでいるのなら、メルヴィンは“ISという兵器の存在”を憎んでいる。ならば、周囲を覆うこの黒い空間の性質は、ISの機能の否定が入っていそうだった。

 奴の言うことには概ね同意だった。ISを兵器運用することは間違ってると俺も声を大にして言おう。だが、全面的に肯定できない部分がある。

 

「違う! 兵器を使うべき人間なんていちゃいけないんだ! お前も含めて!」

「なら、てめえの持ってるそれは何だ!」

 

 メルヴィンの膂力だけで俺の剣は腕ごと跳ね上げられる。無防備な右胴を奴の大剣が狙ってきた。右側の氷燕を防御形態にして受ける。エネルギーシールドは易々と砕かれ、氷燕本体で攻撃を受け止める形となった。氷燕が両断されている隙に俺はメルヴィンの攻撃範囲から出ることに成功したが、白式の移動能力が削られたのは痛手だった。

 

「くっ――」

「人は武器を手にした! 殺すためでも護るためでも関係ない! どちらかが死ぬまで互いに斬りあうだけ! 誰かが戦わないとどうしようもねえだろうが!」

 

 俺は護るために力を手にした。それから俺がしてきたことを考えても、メルヴィンの言うことには頷けるところがある。一度は俺も同じようなことを思い、その現実から逃げたくなった。

 

 氷燕は片方だけ。スピードの利点をも失った。徐々に掘りが埋められていくように選択肢が無くなり、メルヴィンと斬りあうしかなくなっている。

 

「そうだけど! 否定することの何が間違ってるって言うんだ? 一度武器を手にしたら戦い続けなければいけないって方がおかしいだろ!」

 

 俺はまっすぐに突撃する。正攻法では勝てない。俺に向けて振り下ろされた奴の剣を残っている左の氷燕で受ける。その伸びきった奴の右腕の剣の根本を狙って俺は下段から斬りあげた。しかし俺の決死の剣閃は奴の左手によって阻まれた。同時に氷燕が破壊され、奴の剣が俺の左肩に直撃する。

 

「ぐぁっ……」

「チィッ!」

 

 全身が割れるように痛む。左腕がくっついているのかわからない程に左手の感覚だけなかった。互いに攻撃が命中し、衝撃を逃がすために距離が開く。お互いの攻撃はPICでもシールドバリアでも無効化できていない。一つ間違えば致命傷という攻撃だったが、俺は絶対防御も発動させなかった。白式のエネルギーの方が大切だ。この勝負に勝った後で、俺はIS学園に行かなければならない。

 

 ――シャルを助けるために!

 

「これで終わりだ!」

「させ、るかっ!」

 

 剣を合わせる。

 呼吸するにも苦しくなってきている。だがそれは奴も同じことだ。明らかに奴の力も弱っていた。俺たちの力は今も平行線。未だ勝敗を決めるまでの道筋は見えず、そして一瞬で終わる可能性も秘めている。

 

「俺は……確かな答えを見つけたんだ。そのために色々と切り捨てた」

 

 負けるわけにはいかない。護ると言い続けてきて至った俺自身の願いをここで絶やすわけにはいかない。千冬姉に約束した。最後までやりきると。俺の意志を貫き通す、と――

 

「俺はお前を討ってでも前に進む! “彼女”が悪意(ぶき)を手放せる未来のために! それが俺の意志だ!」

 

 気合いでメルヴィンの剣を弾き飛ばす。奴の右腕は高く挙げられ、隙だらけとなった。俺は剣の切っ先を奴の胸に向ける。

 

「織斑一夏あああ!」

「メルヴィーーンっ!」

 

 メルヴィンの大剣は空を切った。俺が奴の懐に潜り込む方が早かったのだ。俺の剣の刀身は奴の胸に吸い込まれている。柄を握る俺の右手が奴の体に触れられそうなくらいに近かった。

 

「オレの……負け……か。やっぱ……てめえは、つえーよ……」

 

 瞬きをする間に周囲を覆っていた暗幕が取り払われ、元の青い景色が帰ってくる。

 メルヴィンは右手の大剣をだらりと下げる。握力まで限界に来ていた俺は自分の剣を手放してしまい、PICが停止したメルヴィンは俺の剣が突き刺さったまま眼下の海面に墜落した。水柱が上がった後の波紋を眺めた後で、俺はIS学園の方へと目を向ける。

 

「俺は……行かないと……」

 

 感慨にふけている時間はない。

 俺も白式もボロボロだった。十分な速度も得られない。

 間に合ってくれと祈りながらIS学園への道を急ぐ。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 結局、勝てなかった。

 当然と言えば当然なのかもしれない。勝算のない戦いを避けてきた傭兵の癖に、ここのところはらしからぬ戦いが続いていたのだ。ガラではない自分を嘲る。

 自分のことを滑稽に感じている癖に、今の織斑一夏に勝とうと言う方がおかしい。彼は立ち向かうべきものをハッキリと見据えていた。元よりメルヴィンに勝ち目など無かった。

 海に叩きつけられたのはこれで2度目。1度目のときに隣にいた少女は既にこの世にはいない。彼女が纏っていたVAISがメルヴィンの腕に取り付くことでメルヴィンだけが生き残ったのだった。

 

(女子供を乗せる兵器なんざ間違ってるんだよ。兵器なんてものはな、オレみたいな戦争屋が使ってればいいもんだ)

 

 初めは自分たちの立場を脅かす存在だからISが憎いのだと信じていた。だが、メルヴィンの中の怒りは周囲の同類とは違う種類であった。何が違うのかわからないまま創始の元で戦いを続けて気づいたのだ。なぜ何も知らぬ子供が戦わされているのだろうか、と。

 いずれ競技などという体面も投げ捨ててISの軍事転用が進めば、人道に反する行いも出てくるだろう。遺伝子強化素体(メルヴィンら)のような存在が数多く生み出されることが目に見えている。

 だからせめてISに代わる兵器が台頭するべきだと思った。創始から与えられたクリニエールにその可能性を見いだした。結果的に状況を悪化させただけであったが、考えを改める気は無かった。ただ一つ後悔していることがあるとすれば――

 

(すまなかったな、カミラ。オレはてめえを普通の女に……ミズキに戻してやれなかった)

 

 自分の心に気づかせてくれた女を死なせてしまったことだ。クリニエールの情報を使って亡命させようとしたが、それが仇となった。やることが空回りしていた。

 彼女が死ぬ前に自分が成そうとしていた織斑一夏の殺害を、今更になって実行しようとしていたのも、メルヴィンの中で整理がつかなかったからだ。きっとメルヴィンのその行動も彼女のためになっていないのだろう。本当に、最後まで実にならないことばかりだ。

 

(許してくれとは言わねえが……今からそっち逝って、日本流に土下座でもするさ)

 

 沈みゆく中で、死後の世界の想像をする。そんな中、不意に声が聞こえてきた。

 

『お疲れさまでした。メルヴィン様』

 

 幻聴のはずだ。もしくは死後の世界に中途半端に足を踏み入れたのだろうか。カミラの労いの声を聞き、メルヴィンは任務の終了を実感する。ここに彼の戦いは終結した。

 

 水の中から見える蒼穹に手を伸ばしながら、深海の奈落へとメルヴィンは落ちていった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 空一面の夕焼け。沈みゆく太陽も見えない不気味な空は、どうしようもなく人間の不安を煽るものだ。その空と同化するような色の機械的なドレスを来たシャルロットが上空にいるのが見える。その場から動いていないにもかかわらず、鈴たちは次々とその数を減らしていた。

 

「今、何人残ってる?」

「私と鈴、他は5人ほどだ」

 

 目の前に出現しては向かってくる剣の群れを、鈴は両手にそれぞれ持っている青竜刀で捌く。近くで手刀と6つのワイヤーブレードの計8本で迎撃しているラウラがこちらに残っている戦力の確認をしてくれていた。まだラウラには余裕があるようだが、鈴には他を見ている暇がない。味方の数が減るほど、シャルロットの攻撃は勢いを増していく。

 

「山田先生らのISが回復するまで最低でもあと5分はかかる。――止むを得ない」

 

 ラウラが何かを覚悟した声を発したため、鈴はラウラに目を向ける。彼女はトレードマークである眼帯を外し始めた。過去に一度、福音戦で見せていた姿である。鈴はその詳細を知らないが、追い込まれていることを意味していることはわかった。眼帯を外す際に隙を見せていたラウラに迫る剣を、鈴は右手の青竜刀を投げつけることで弾き飛ばしてフォローする。当然、手数の減った鈴にも剣が向かってくるが、鈴の投げた青竜刀が手元に返り、即座に受け流す。

 

 ――双天牙月(そうてんがげつ)。鈴専用に弾が作製した近接ブレード兼投擲武器である。近接ブレードとしての性能は標準であるが、最大の特徴は投擲にある。投げて命中するまでも大したギミックは存在しないが、この武器の真価は引き戻しにあった。BTに使用されている独立したPICの操作をヒントに、鈴の手元に返ってくる操作だけ可能にしている。

 

「助かったぞ、鈴。今から5分間は私が必ず耐えて見せよう」

「あ、ちょっと! ラウラ!」

 

 眼帯を外したラウラは上空のシャルロットを見据えて彼女に向かって飛び上がっていった。鈴も慌ててラウラの後を追う。

 

「自分から近づいていくなんて集中攻撃してくださいって言ってるもんじゃないのっ!?」

「それが狙いだ。下にいて満遍なく狙われていてもすぐに手が回らなくなる。任せておけ。5分くらいなら、どうにかできる」

 

 近づくラウラに対して、彼女を囲うように瞬時に剣が展開された。その数、十数本。一斉にラウラに向けて放たれた剣の群れを、鈴の目が追えないくらいの速さと正確さで叩き落としていた。悔しいが鈴では足を引っ張るとしか思えなかった。

 

「司令室! あと何分?」

『あと3分で山田先生が戻れる! それまで何とか耐えて! あとはあなたたち2人だけになっちゃった!』

 

 予定より多少早く真耶が復帰する。完全回復させている暇がないという判断だった。それも仕方がない。その3分という時間すら保つとは思えない数字だったから。

 

 現状、ラウラ一人でなんとか支えている。龍咆が使えれば鈴ももう少し戦えるのだが、いかんせん慣れない武器だけでは無理もできない。

 シャルロットの最大同時攻撃数は鈴に対しては5本、ラウラに対しては18本。常に移動しながら攻撃を受け流しているのだが、徐々に剣の包囲網が狭まってきていた。足を止められた時点で、一斉攻撃を避けることは不可能である。

 

『あと1分30秒!』

 

 倒れてはいけない。ただひたすら攻撃を防ぎ続けるというのは精神的にダメージが入ってくる。終わりが見えない。とうとう限界が見えてしまった。

 ラウラへの包囲網が完成して、ウニや毬栗のように球状に無数の剣が召喚された。その本数は鈴が瞬時に数えきれる量ではない。

 

「ラウラーっ!」

 

 棘の球体が萎むようにしてラウラに剣が放たれた。この数では絶対防御があってもエネルギーが足りない。攻撃を終えた剣たちが一斉に量子変換されていく。その後に姿が見えたラウラは生きていた。絶対防御も発動させていなく、全て迎撃していたらしい。その代償に彼女の主武装であるワイヤーブレードが全て切断されていた。両腕の装甲も砕け、次の攻撃を防ぐことは無理そうである。

 すぐに援護しなければマズい。鈴はラウラの元へと向かう。イグニッションブーストが使用できないことがもどかしい。手を伸ばす鈴と、迎撃手段を失ったラウラの前に新たな絶望が姿を見せる。

 

 それは剣と呼ぶには規格が違いすぎた。天から伸びているその剣の大きさは小さく見積もっても30mを越えている。まともに使用用途があるとは思えない柱のような剣の切っ先はラウラに向いていた。明らかに今のラウラのエネルギー残量では耐えきれない。

 

 避ける時間は無い。鈴のカバーは間に合わない。

 受け流すことすら不可能な剣の形をした隕石が落下する。

 もう無理だと思ったその瞬間――

 

 声が響きわたった。

 

『大丈夫だ。俺たちは勝てる。ここまで来た自分の力を信じようぜ』

 

 ――ほんの一瞬の話だ。迫る巨大剣がラウラに接触する前、声が聞こえた後に……空の色が青に切り替わった。

 鈴は双天牙月を投げ捨てて両腕の龍咆を開き、イグニッションブーストを使用する。ラウラは右手を剣に向けた。

 

「停止結界っ!」

 

 右手一つでラウラは剣を受け止める。ギリギリのタイミングでAICが間に合った。AICがいつまで使えるかもわからない今、あとは剣を壊した方が早い。鈴は剣の刀身の半ばに到達する。

 

「吹っ飛べ!」

 

 双手突き。双頭の龍の咆哮を至近で受けた剣の柱は叩いた箇所を中心にして全体にヒビが入っていく。最後に鈴が蹴りを入れると、剣全体が粉々に砕け散った。

 

「ラウラ、無事?」

「ああ。エネルギーも眼も限界が来ているが、もう何も心配はいらない」

「そうね。あとはアイツに任せるしかないし。……ったく、遅すぎるのよ、いつもいつも。間に合ったから許すけどさ」

 

 剣の攻撃は止んでいた。ただ上空で停滞していただけだったシャルロットを見ると、左手の手首を押さえてうずくまっている。どう見ても彼が来た影響だった。おそらくはVAISとなってもなお、あの位置には彼女の宝物が着けられている。

 

 東の空からは白い影。雄々しい翼は影も形も無くなっており、左肩を中心に装甲が砕けている痛々しい姿であったが、彼の目は死んでいない。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 やっとここに辿り着いた。歩き始めたときの道とは違っているけれど、今の俺の目的地はここ以外にあり得ない。

 千冬姉がいなくなってからずっと欲しかった力を手に入れた。

 その力で千冬姉を……過去を取り戻そうと必死になっていた。

 仲間たちと力を高め合ってきたのも千冬姉と会うためだった。

 それがいつからか、“今”の方を大切に思うようになって……

 シャルがいなくなってからその正体に気がついた。

 彼女が誰に対しても優しくしているように見えていたのは人に対する臆病さ故だった。

 世界や人間を冷めた目で見ていた彼女を支えてやりたいって思った。

 作り笑顔でない、彼女の本当の笑顔が眩しかった。

 これからもずっとその顔をさせてやりたい。傍で見ていきたいんだ。

 

 護ると言って始まった俺の物語の終幕の舞台は整った。俺とシャルロットの1対1。あとは俺がシャルをVAISから助けるだけでいい。今までその方法は無いと言われていたVAISからの解放を成し遂げてみせる。

 

 ――“俺だけの想い(ワンオフ・アビリティ)”で――

 

 俺からシャルまでの距離は100mほど。本来ならば一瞬で辿り着ける短距離であるが、生憎ここまで来るのにエネルギーを使いすぎていた。イグニッションブーストの1発も撃てない。だから俺は歩くような速さでシャルへと進みゆく。

 彼女は左手首を押さえている。そこにあるのはきっと俺がプレゼントしたあのブレスレットだ。当時の持ち合わせがなくて安物であるが、彼女は敵の元へ行っても変わらず着けていてくれたらしい。それで苦しんでいるのを見るのは複雑な心境になるが、本来の彼女がVAISに抗ってくれているのだと思うと応援するしかない。頑張れ、シャル。

 

『ダメージレベル:C相当の痛みを検知。原因を特定……失敗。痛覚遮断措置……効果なし』

 

 シャルの口から漏れてくるのは彼女のものとは思えない機械的な声であったが不思議と不快に感じない。内容が人間味のあるものに聞こえたからだ。

 俺は前に進む。残り80m。そこで空の色が夕焼け色に急変する。

 

『敵機接近。斜陽世界(エンド・ディスティネイション)を展開しつつ、撃破します』

 

 世界の終わりを彷彿とさせる空。俺の周りには複数の剣が展開されている。剣の切っ先は世界の悪意に見えて……きっとこの風景が俺と出会う前のシャルが見ていたものなのだろう。どこを見ても尖った意志が自分を向いている。そんな世界に恐怖した。彼女の悪意が俺に振り下ろされる。だが俺は構わず前に進み続けた。

 

『致命的な誤差。修正……失敗。理解、不能……』

 

 一つたりとも俺には当たっていない。俺には剣の向かう先が手に取るようにわかった。白式を通して伝わってくるのだ。彼女のことが。

 残り60m。周囲に展開された剣はことごとく明後日の方向へと飛んでいく。

 

『原因不明の障害が発生中。コレはナニ?』

 

 剣の雨の中、俺は傘もなしに歩み続ける。血で濡れるどころか、白式の装甲に当たってすらいない。

 残り40m。距離が近づくにつれて剣の本数が増え、密度が増し徐々に俺の傍を剣が通過し始めるが、やはり当たる気配はない。

 

『制限解除。最大数を展開し、対象の駆逐を試みる』

 

 夕焼け空が銀の刃で埋め尽くされた。棘付の吊り天井を思わせる銀の空が落ちてくる。PICの操作を捨てた自由落下だ。流石に向こうから避けてくれることはない。でも問題はない。俺は上を見据え、俺に直撃する剣2本の刀身を手で掴み取った。他の剣は俺を無視して通過していく。手にした剣は2本とも投げ捨てた。残り20m。

 

『対象の危険度をAに設定。接近の阻止を最優先。剣の壁を展開します』

 

 あと一息というところでシャルの周囲に剣が展開される。外向きに剣を向けた壁は、近寄るなという強烈なメッセージになっている。近づく者に攻撃的な分、殻に籠もるよりも厄介なものだ。

 

 ……引っ張り出せばいいんだろ?

 

 何も心配することはない。世界は俺が思ってるよりも汚く、怖いところなのかもしれない。でも、お前が思ってるよりも綺麗で、優しいところだとも思うぞ。

 何より、俺がいる。そしてIS学園の皆もいてくれる。一人で抱え込むことなんて無いんだ。家のこととか国のこと。VAISである間に行なってしまった行為。シャルの抱える様々な問題に、これから俺も一緒に立ち向かう。俺だけじゃダメだったら何とかできる人を一緒に探す。そうして、隣で歩くから……大丈夫だよ。

 

 並んでいる剣を手で掴む。今度はPICの影響下であるため簡単にはどけることができない。力を込めて剣をズラす。刃を握りしめた手からは血がにじみ出る。絶対防御するほどのダメージではないと白式も判断しているから問題ない。一つ、また一つと剣を抜いていき、俺一人分が通れる隙間ができた。配置を変えられる前に体を滑り込ませて、壁の内側に入り込む。

 

『対処方法を検索……エラー。状況が想定外。現空域からの離脱を優先し――』

「シャル」

 

 5m。目前にまで迫ったところで俺は彼女の名を呼ぶ。

 

『離脱……ヲ……』

「やっと追いついた。言うだけ言って勝手にいなくなるなよな」

 

 3m。シャルは頭を押さえている。彼女の中で戦いが起きているのかもしれない。ここまで来たのなら俺が手を差し伸べられる。

 

『クルなあああああ!』

 

 2m。俺の頭めがけて放たれた剣を、頭を軽く右に傾けることで回避する。左頬を掠めていったがそれだけだ。今の攻撃は見えていたわけではなく、教えてもらったから避けられた。間違いなく、シャルの意識はVAISの中に存在している。

 

「俺さ。お前に言わなきゃいけないことがあるんだ。そのために――」

 

 1m。もう俺たちの間を遮るものはなく、俺の手はシャルに届いた。両肩を掴んで引き寄せ、そのまま抱きしめる。シャルは身動きをせずに俺の腕の中で大人しくなった。

 

『あ、あ……』

「まずはシャルを取り戻す。もう俺には……俺たちには、戦うためのISなんて要らないんだ」

 

 白式のコアが白い輝きを放つ。その輝きは俺の全身を包み、接触しているシャルの全身も包み込んだ。朱色だったドレスは白く染まり、色も含めてウェディングドレスに見える。白の輝きは空にまで伝達し、夕焼け空が一転して朝日が照らす空となった。

 

 ――“黎明回帰(れいめいかいき)”。

 

 対象ISの存在を無かったことにする俺の真の単一仕様能力。ISごとウィスクムの存在も無かったことにするため、操縦者には影響が出ないはずである。唯一の欠点は、対象ISのコアだけでなく、白式のコアも同時に消滅することだ。ISを否定するISは存在できないということらしい。

 

 これが限られた中で俺が選んだ確かな答え。

 これでシャルは救われる。千冬姉を手にかけて……俺を構成していた根本を切り捨ててでも辿り着きたかった最終目的地(おれのこたえ)だ。

 

 

 

 視界がホワイトアウトした。

 次に目が見えるようになったとき、俺は胴着に袴、腰には刀という出で立ちで、見渡す限り白い空間に立っていた。いつもの、コアが見せる深層意識の世界だ。近くには真っ黒な樹木に囚われているシャルがいる。

 

「シャル!」

 

 呼びかけてもシャルは気を失っているようで返事がない。彼女の元へと走り寄ろうとすると、俺は殺気を感じて咄嗟に左に跳んだ。すると、俺の居た位置を黒い剣が落ちてくる。剣だけではない。ちゃんとそこには担い手がいた。真っ黒な人の影である。表情などは一切わからないが、その輪郭からその正体には予想がついた。

 

 本物をあまり見ていないが間違いなく轡木創始と同じシルエットだ。だが本人ではない。コイツこそが全ての元凶である“ウィスクム”なのだ。そうとしか考えられない。黎明回帰を完全に発動するためには、この空間でコイツを打ち倒す必要があると漠然と理解した。

 

 俺は腰に提げている刀に手をかける。対するウィスクムは手にしている剣をだらりと下げたまま無防備に立っていた。ならば俺から仕掛けるのみ。刀を抜き放ち、ウィスクムへと駆ける。俺が近づいても敵に動きは見られない。不可解であったが構わず上段から敵の頭に刀を振り下ろす。

 

「なっ――!?」

 

 俺の刀は直前で防がれていた。予備動作どころか動作すら見えない。過程を飛ばして俺の刀を剣で受けるという結果だけを提示された。人の動きではないどころか、常識なんてものがない。刀を引きもう一撃を加えようとするが、またもや敵の動きが見えないまま敵の剣が俺の腹に当たっていた。

 

「ぐっ! なんだよこれ!?」

 

 下手な編集を加えられたコマ送りの映像のように動く敵の攻撃は全く見えない。俺は体をくの字に曲げて吹き飛ばされた。剣で斬られたというのに胴体は繋がっている。痛みだけは感じているが、俺の体に怪我はない。ただし、目に映るウィスクムとシャルの姿が薄くなりかける。この空間での死は、この空間から追い出されることになるのだろう。そうなったとき、シャルを救う術を確実に失ってしまう。

 

 いつの間にか俺の目の前にまでウィスクムが来ていた。右から俺の体に剣を振ってくる。とてもじゃないが、白式の無い俺では避けられないので刀で受けざるを得ない。だが、左に構えた俺の刀に敵の攻撃が当たることはなく、俺の右肩に敵の剣が命中していた。

 

 痛みだけは襲ってくる。意識が飛びそうだ。この空間での戦いかたを俺が知らないだけなのだろうか、一方的に弄ばれてしまっている。このままでいいはずがない。気合いで自分の意識をつなぎ止め、立ち続ける。また目の前にウィスクムが現れる。今度は俺の方から仕掛けた。だが、

 

「後ろだって!? ぐぁっ!」

 

 一瞬で背中に回ったウィスクムの突きをくらう。真っ白な地面を転がる。刀も取り落としてしまった。地面に這いつくばったまま、起きあがろうとするが上手く力が入らない。なんとか顔だけ起こすと俺を見下ろすウィスクムの姿があった。剣はまっすぐ俺に向いており、突き立てられるのも時間の問題。

 あれ? でもそんなことしなくても敵は攻撃を当てられるのではないのか? よくよく見れば、敵は同じ姿勢のまま動けないようだった。そして、俺が何もしていないのに、ウィスクムは何かにぶつかったように、吹き飛ばされる。

 

「無事か、一夏」

「なんか良くわかんないけど助っ人に来たわよ」

 

 制服姿のラウラと鈴が来ていた。俺にとどめを刺そうとしていたウィスクムを2人で追い払ってくれたらしい。

 立ち上がれないでいた俺の両腕が引っ張りあげられる。左右をみると、箒とセシリアだった。

 

「あの程度の輩に敗北することは許さんぞ。一夏はこの私から一本を取ったのだからな」

「こうして一夏さんを立ち上がらせるのも、これで最後にしたいものですわね。これからはシャルロットさんの役目でしょうから」

 

 2人に立たせてもらったところで気力が復活していた。そして後ろから多くの人の気配がする。振り返ると、弾や轡木さんを始めとするIS学園の皆がいた。

 

「行けよ。お前が決めるんだ」

 

 弾の声に続く形で、空間内が俺への声援で溢れかえった。箒とセシリアの支えがなくとも歩けるようになり、俺はウィスクムへと向かい始める。その途中に、もう会えないはずの人が立っていた。その人は俺が落とした刀を俺に差し出してくる。

 

「この空間において、戦いに技術は何も要らない。結果を導くのはお前の想いの強さだけだ。わざわざ相手の都合に合わせることもない。敵と剣で斬り合う余計なイメージなど捨て去ればいい」

 

 俺は刀を受け取る。俺は刀を持っていて、敵が剣を持っているが、それは幻なのだ。俺がアレを剣と認識していたために俺は斬ることができなかったということらしい。ただ必要なのは敵を一刀の元に斬り伏せるイメージだけ。

 

「大切な人なのだろう? ならば私が言うことは一つだけだ。最後まで自分の意志を貫き通せ。わかったか、一夏」

「うん。もちろんだよ、千冬姉」

 

 受け取った刀を一度鞘に戻す。千冬姉の脇を通り過ぎ、腰を落として刀に手をかける。何度もやってきたことだ。無心に――己の心のままに、断ち斬る。

 

「消えろ!」

 

 俺は鞘から刀を引き抜いた。鞘を走らせた刀は雑念無く横に一閃される。

 俺の刀の軌道上にウィスクムがいた。剣に刀が当たったが容易く両断され、俺の刀は敵の本体も上下に分割していた。パラパラとウィスクムの体が消えていく。俺は刀を左右に一度振ってから鞘に納めた。

 

 ウィスクムを倒した。後ろを振り返ると、既に皆の姿はない。千冬姉の姿も……もう一度話をしたかったというのは甘えだろうか。……やっぱりダメだな。これ以上後ろを見ていたら千冬姉に怒られちまう。

 

 

 前を向く。シャルを捕らえていた黒い樹木がさらさらと砂になって消えていくところだった。支えを失ったシャルの体が落ちる。俺は慌てて走っていき、シャルの下に滑り込んだ。

 

 座り込んだ形となった俺の腕の中に制服姿のシャルがいる。

 鈴、セシリア、ラウラ、箒。4人の想いを切り捨てた。

 ずっと傍に居て欲しかった千冬姉を斬り捨てた。

 全てこの瞬間のためだ。

 眠っている彼女に俺は語りかける。

 

「シャル。俺、ここまで来たよ。お前に言わなきゃいけないことがある。いや、これからも話したいことがたくさんあるんだ」

 

 眠っている……んだよな? それにしては体を揺らしても起きないどころか、反応がない。

 

「なあ、起きてくれよ。もうウィスクムはいなくなったんだからさ。怖いことなんてないからさ……起きてくれよ」

 

 もうウィスクムの嫌な気配はどこにも存在していない。俺たちの完全勝利だ。きっとこの空間の外では勝利に沸き返っているはず。でも、俺はまだそんな気分にはなれない。

 

「早く起きないと、いたずらされても文句は言えないぞ?」

 

 俺はまだシャルの声を聞いていない。

 なのに……

 どうしてシャルの体がこんなに冷たいんだ?

 

「……こんなのってねえよ」

 

 耐えられなかった。もう最悪の結末しか見えない。取り繕っていた仮面は崩れ、俺はただシャルの体を抱きしめた。俺の体温で彼女の温もりが蘇らないかと、強く、強く抱きしめた。

 

「お前が帰ってこなかったら、俺は一体何のために戦ってきたんだよ!? 何のためにアイツらの気持ちを振り切って……千冬姉もこの手で……」

 

 別に世界のために戦っていたわけじゃない。自分の都合で戦っていただけだ。全部が全部、自分の思い通りにならず、俺はシャルを助けられる道を選んだ。他の何を犠牲にしてでも……

 

 ふと、俺とシャルだけだったはずのこの空間に、もう一つの気配を感じる。ソイツは俺の正面に鎮座していた。顔も胴体も無い白の鎧は、左肩の部分から大きな亀裂が入っており、痛ましい状態である。

 

「白式……単一仕様能力は操縦者の願望を映す鏡だったよな?」

 

 痛ましいのは俺の方かもしれない。顔どころか心も無い機械風情に問いつめる。はけ口がそこにしかなかったんだ。

 

「これが俺の望みのはずがないだろ! ウィスクムを消して満足なわけがない! 何が“黎明回帰”だ。回帰って言うならシャルを帰せよ……」

 

 何も言えない白式に当たる。虚しいだけの行動だった。そのはずだった。

 俺の言葉は思いもよらない影響を与えた。

 白式が白い輝きを放ち始める。この空間に入ったときと同じ光だ。白式から光がそのまま抜き出され、光の球体が俺たちの元へと迫る。俺の身長くらいあった光の球は手の平サイズにまで圧縮されると、そのままシャルの胸の辺りに入っていった。

 

 

「う……ん」

 

 

 腕の中で温もりが広がっていく。

 彼女の瞼がピクッと動く。

 待ち望んでいた声がした……

 

「あ……れ? ここ、は……?」

「シャルっ!」

 

 確かに彼女の目は開かれた。焦点が定まらないままの彼女を、俺はフライング気味に抱きしめなおす。もう離したくない。

 

「く、苦しいよ……」

 

 シャルが何か言っているが「悪い」とだけ言ってそのまま続ける。

 シャルが腕の中でじたばたしてることを十分に堪能した後、俺は体を離した。

 

「うぅ……苦しいって言ったのに。ひどいよ、一夏」

「だから、俺が悪かったって」

 

 シャルが俺に抗議の視線を向けてくるが、俺はそれを笑って流した。本当に……シャルが目覚めてくれたんだよな。俺は、やりきったんだよな。彼女が動いている。彼女がしゃべっている。彼女が俺を見ている。それら全部が、彼女が生きているということを証明してくれていた。

 

 あとは現実の皆の元へと帰還して終わりだ。しかしながら、そう思っているところで、俺を見つめていたシャルの顔が徐々に沈んでいくのがわかった。

 

「わたし……どうして一夏と一緒にいるの?」

 

 今に至るまでの経緯を思い出してしまったようだ。彼女は両手で頭を抱えている。

 

「わたし、一夏にひどい怪我をさせた! 鈴が傷つくのを黙って見てた! ラウラを殺そうとした! それに、たくさんの人を殺した……」

「落ち着け!」

 

 VAISであった間の記憶も存在しているらしい。VAISが行なった所業は、彼女の心では耐えられないほど残酷なものだ。シャルはパニックに陥っている。俺の言葉も耳に入っておらず、ただ自分を責め続けていた。このままでは彼女の心が自殺をしてしまう。ならば、強引な方法だが別のショックを与えるしかない。

 

「わたしは――むぐっ」

 

 自己嫌悪の言葉を紡ぎ続ける彼女の口を塞いだ。シャルの肩を抱き寄せて、俺の唇を当てることによって。シャルは目をぱちくりさせ、俺を離そうと胸を両手で押してくる。負けじと俺は口づけを続けた。次第にシャルの抵抗が無くなり、俺の胸からシャルの手が完全に離れたところで俺も口を離す。

 

「一夏……えと、あの、その、これって――」

「いいから落ち着けって。慌てる必要なんて何もないからさ」

 

 そう、慌てることなんて何もない。シャルが思い出したことは全部事実だけど、それを今ここで全て受け止める必要なんて無い。ゆっくりと、気持ちの整理をつけながら向かい合えばいいことだ。

 

「ところでシャル。今から俺が何を言うか予想できるか?」

「え…………わからないよ」

 

 わからないと言ってるくせに、顔を真っ赤にしてる時点でお察しくださいという感じだな。彼女の予想は確かに外れではない。俺自身かなり気恥ずかしくなってる。でも、立ち止まる理由なんてない。しっかりと、この想いを告げることにしよう。

 

「俺と付き合ってくれ。結婚を前提にな」

「あ、そういうこと! うん、わかったよ。結婚を前提に買い物――あれ?」

「俺はシャルが好きなんだ。もう二度と離したくないと、素直にそう思えるよ」

「はうぅ……」

 

 シャルが今まで聞いたこともない声を出して俯いてしまった。「卑怯だよ、一夏」と呟くシャルは俺から顔を逸らしたままだ。その時間が思ったよりも長くて、俺は彼女の顔を覗きこむ。彼女の顔色は俺の思い描いた色をしていなかった。赤ではなく青。目の端に浮かぶ滴は決して喜びの類ではない。

 

「どうして、わたしなの……?」

「ああ、それはな……」

 

 シャルの疑問に即答しようとしたが、すぐに言葉が出てこなかった。気まずい沈黙が流れた後、シャルが先に口を開く。

 

「わたしは自分勝手で、仲間を裏切るようなひどい女だよ? 事故に遭ってる人たちよりも自分のことを優先したような女だよ? わたしよりも一夏に相応しい人が居るに決まって――」

「それは俺が決めることだよ、シャル。シャルが決めるのは、俺を受け入れるかどうかだけだ」

 

 もしシャルが俺を受け入れないと言うのならば、俺の心はガラス細工を地面に叩きつけたように砕け散るだろうが納得せざるをえない。でも、今シャルが言ってることはそんなことじゃない。俺に相応しい人は俺が決める。それだけは譲らない。

 

「わたしと居ると痛い目に遭うのはわかりきってるのにどうして!?」

 

 VAISの時とはいえ、俺を直接傷つけたことを気にしているようだ。それだけならば過去のことだが、これからも彼女は様々な現実とぶつかっていく。そのとき、傍にいれば巻き込まれることは必至であると彼女は理解しているのだろう。

 ――だからどうした?

 

「痛い目に遭うとか関係ない。シャルと居ると俺が楽しいってことが何よりも大切なんだ」

 

 誰かと一緒にいたいってそういうことだと思うから……

 楽しいことも苦しいこともあって当然だ。

 理屈も規則も関係ない。俺に力が無くても同じことを言おう。

 俺がシャルの居場所になってやる。

 だから、シャルも俺の居場所になってくれ。

 

「さーて、そろそろ皆のところに戻らないとな」

 

 俺はその場で立ち上がる。シャルにも立ち上がってもらうために手を差し伸べた。彼女はおずおずと俺に手を伸ばす。その時間はそれほど長くなかった。何かを振り切ったように彼女は俺の手を力強く取った。

 

「うん。帰ろう、わたしたちの居場所に」

 

 俺が手を引いて立ったシャル。俺に向けるその顔に仮面はつけられていない。目の端に涙は残っていたが、あどけなく微笑む彼女に俺の胸は高鳴った。

 

 ……ああ、そうか。やっぱり、俺はこの笑顔が好きなんだ。

 

 

 2人で手をつなぎ、歩き出す。出て行こうという意思をハッキリと示したからか、外だとわかる青空が見える円状の門が出来上がった。くぐった先には俺とシャルの未来が待っている。楽しいことばかりじゃなくても、今の俺たちなら乗り切れるはずだ。

 俺は門を前にして立ち止まり、後ろを振り返る。

 

「一夏、どうしたの?」

 

 俺の視線の先には白い輝きを失った白式があった。

 トロポスに遭遇した俺に戦う力を貸してくれた。

 千冬姉に近づくために共に戦ってきた。

 力の怖さや、護ることの意味を教えてくれた。

 最後に、シャルを死の運命から引き戻してくれた。

 俺が成してきたことの裏には常にこの戦友が傍にあった。

 

 この門をくぐった先の未来に白式は存在しない。

 これも、俺が切り捨てたものの一つだ。受け止める必要がある。

 

「さようなら。白式」

 

 別れを告げる。初めは憎んでいた。扱えることを知ってからはさんざん利用してきた。ISは兵器だけじゃないと気づいてからも、戦わせてばかりだった。当初の目的である宇宙へと飛び立たせられなかった。感謝するよりも先に申し訳なく感じてしまう。たかが道具だというのに俺はそんなことを思ってしまったのだ。

 

 そこで俺は信じられない光景を目にした。この不思議な空間がなせる技なのかもしれないが、俺にはそれがとても人間くさく見えたのだ。

 

 ――Good luck.

 

 白式の奴……腕と足くらいしかない体のくせに、右手を挙げてサムズアップなんてしやがった。足から徐々に崩壊が始まっていた。それでも白式の右手は親指を上に向け続けている。

 俺は門に顔を向ける。完全に壊れてしまう前に俺が前に進む姿を見せたかった。振り返ることはもうしない。右手を真横にまっすぐに伸ばして俺も親指を立ててやる。

 

「……今までありがとな。相棒」

 

 左手でシャルを引きながら、俺は青空へと足を踏み入れた。

 ……お前がいなくても俺はちゃんとやっていけるよ、白式。

 

 

 

 門をくぐると、眩しさに目をつむった一瞬の後に、俺たちはグラウンドの中心に立っていた。あちらこちらに激しい戦闘の後が見られ、俺は帰ってきたのだと実感する。左手はちゃんと彼女の手を握っていた。

 

「あっ!? ブレスレットが……」

 

 白のドレスのようなISスーツを着たシャルは左手首についていた銀色のブレスレットが割れて地面に落下し、ひどく落ち込んで涙目になっていた。

 

「これは直せないかもなぁ。新しく買った方が早そうだ」

「そ、そうかもしれないけどさ……」

 

 シャルは不満そうだ。未練を持ってくれていることは素直に嬉しく思う。けど、わかっていない。

 彼女に俺はハッキリと言ってやる。俺が言いたいことはだな――

 

「次は値段が高くて小さいリングを買うよ」

 

 っていうことさ。

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