IS - the end destination - 作:ジベた
箒の悩みを聞いた翌日。放課後のいつも通りの自主訓練をと思ったのだが、今日は第2アリーナで鈴と2人きりだった。
「なんて顔してんのよ。今のアンタ、危ない人みたいよ」
「ん? そんな変な顔だったか?」
さすがに鈴には隠し通せないか。今、俺はあの人に対して初めて憤りを感じている。
轡木十蔵。俺をIS学園に入学させた張本人にして、このIS学園の真の学園長。
俺は箒の話を聞いてからすぐに地下に居るであろう轡木さんに話に行ったのだ。箒の現状と、俺の考える対策を。
轡木さんは箒の精神状態を心配している風だったが、俺の対策“2人に全てを話すこと”に関しては却下の一点張りだった。
曰く、「事は我々だけに止めねばならん。敵の目はどこにあるのかわからないのだ。セシリアくんと鈴くんの優秀さは私も把握しているが、実力や本人の人間性でなく、組織に属する人間であることが問題だ」とのこと。
セシリアや鈴ではなく、彼女らの周囲の人間を信用できないから、全てを打ち明けることはしないでくれということだった。
そういえば俺は轡木さんらの組織とか敵の組織について何も知らない。もしかすると、俺が知っていることも氷山の一角なのかもしれない。
「一夏! 聞いてるの?」
「あ、ごめん。何だった?」
考え事に夢中で鈴の話を途中から聞いてなかった。素直に聞いてなかったことを認めてもう一度聞く。聞いたフリをしたら後が怖いしな……
両手を腰に当てて慎ましい胸を張りながら、鈴は若干不機嫌だった。
「今日はあたしだけみたいだけど、箒は大丈夫なの?」
鈴から箒を心配する言葉を聞き、俺はそれを意外だなと思った。質問を質問で返すのはマナー違反だが、俺は訊かずにはいられなかった。
「何で直接箒に訊かないんだ?」
そう。俺の知ってる鈴は他人を通さずに自分で確認しないと気が済まない性格のはずだった。
しかしやはり鈴。少々顔をしかめながらもはっきりと言ってくれる。
「いやさぁ、昨日はあの子に言い過ぎちゃったし、ISでとはいえ思いっきり殴っちゃったし。それで今日ここに来てないから、悪かったかなって今思ったのよ」
今思ったということは、それまでなんとも思ってなかった。そういうことらしい。
それにしても言い過ぎたって何だろう?
「お前さ、箒に何を言ったんだ? 箒に訊いても、なんでもないみたいな返事しかしてくれないんだが」
「そっか。なんでもないって言ってたのか。意外と強いのね。ただの強がりじゃなければいいけど」
鈴が何かを一人で納得している。俺はついていけてない。
「で、何て言ったんだ?」
「箒が言う気がないんだったら、あたしが言う事じゃないわ。で、さっきのアンタの言い方だと箒は大丈夫そうね」
鈴の最初の質問は鈴が勝手に納得して終わっていた。
……これでいいか。箒の苦しみをわからせるには“敵”の話を鈴にする必要がある。今は轡木さんの言うとおり、鈴に黙っておく事にせざるを得ない。
やろうと思えば、俺から無理矢理彼女らに説明することはできる。しかし、轡木さんの一言でできなくなってしまった。
君は自分から彼女たちを危険にさらすわけだね、と。
セシリアと鈴に敵の危害が及ぶかもしれない。それが俺の行動による結果ならば、俺には彼女たちを護る責任がある。
だからできない。
俺はその責任を果たせそうにないから……
結局俺は箒と同じように誤魔化すことしかできないんだ。
「じゃ、早速始めよ!」
「あれ? セシリアは?」
昨日は無理だった俺と戦いたくてウズウズしている鈴に問う。そういえば俺のいない間にやった模擬戦はセシリアが勝ったんだっけ。だからこそ、ここにいない意味がわからない。
「さあ? 今日は行かないとしか聞いてない」
「ふーん」
多分セシリアは箒のとこだ。確証はないけど、セシリアは勘がいいからな。箒が悩んでることにも気づいてるはずだ。
そういえば最近弾と連絡を取ってないな。既に俺がIS学園に在籍していることはニュースにも取り上げられているから、轡木さんからもOKをもらってるんだけど、なんか何を話せばいいのやらって感じなんだよな。
……そっか。箒も今、セシリアに対してそう思ってるのか。もし弾が俺の目の前にいたら俺も箒と同じようになってしまいそうだ。
ま、弾のことは後回しだ。今は目の前の鈴の相手をすることに集中しよう。
「来い! 打鉄・雪花!」
俺は右手を掲げながら自分の専用機の名前を叫ぶ。すると、白い輝きとともに俺の四肢に装甲が現れた。同時に近接ブレードも展開しておく。名前はまだ(以下略)。
ちなみにセシリアの助言もあり、今の雪花の拡張領域には射撃武装が入っている。確か五十一口径アサルトライフル“レッドバレット”っていう武器だ。使わないけどな。俺はセシリアと逆で射撃武器と相性が悪いらしい。そもそも名前を呼んでですら呼び出せないんだよ!
俺の専用機、打鉄・雪花。白い侍という出で立ちのISは近接戦闘型であるのに極端に防御力がない。全ては速さのためだ。射撃武器が使えない俺が敵に近づくための仕様だ。『当たらなければどうということはない』って誰かが言ってたことを実践するしかない。
対する鈴の甲龍は同じ近接戦闘型でも攻撃力に特化している。俺のISでは一撃が致命傷だ。さらに速さと防御力も平均以上。
……あれ? 俺が一番勝ち目無いんじゃね?
「もういいよね? 開始っ!」
「ちょ、おま――」
俺は咄嗟に右肩を前に出して盾で防御する。直後に伝わってくる衝撃。盾はまだまだ持ちそうだが、当てられていることが問題だ。
俺はすぐに下がる。小刻みに向きを変えながら、鈴と一定の距離を保ちつつ攻める隙をうかがう。しかしいつが隙なのかが俺には判断しづらい。砲身が見えないことが一番厄介だった。
「ちょっと、アンタも接近戦するんでしょ? 殴り合いなら付き合うから早くかかってきなさい!」
「あのなぁ! 俺は殴り合ったら負けるの! それに、どうせ撃ってくるんだろ?」
「モチロン♪」
ああ、とうとう鈴の奴。移動すらしないで撃ち始めやがった。最初から当てる気は無いんだろうな。
……しょうがねえ。いつもので突っ込むか。
俺は左肩を前に出し、タックルをする体勢で右足と右肩の推進機にエネルギーを集中させて爆発させた。
2発ほど盾に衝撃砲が当たったことがわかる。盾は耐えた。どうやら機関銃のような連射はできないらしく、俺の接近までに撃てる射撃武器は無さそうだった。
そんでもって、正面から殴り合う気は無いぜ?
瞬時加速の慣性を残したまま、肩についていた盾を切り離し、俺自身は右へと軌道をずらす。結果、盾のみが鈴へと真っ直ぐに飛んでいった。
「ちぃっ!」
鈴は拳で打つ気満々で待ちかまえていたため、不本意そうに回避行動でなく盾を殴りつけて迎撃した。腕を伸ばしきったところを見計らって俺はさらに瞬時加速を使用する。鈴の左から強襲する形となった。
「はあああああ!」
俺の一閃が鈴に届く。その直前でぎりぎり間に合った鈴の手甲が行く手を阻んでいた。目に見えない、磁力みたいな斥力で俺の刀は弾かれた。すぐに退避すると、俺の居た位置を鈴の右拳が空を切る。危ない危ない。
「男だったら逃げるな!」
「無茶言うな! 俺の機体はお前の攻撃力に耐えきれないの!」
「あたしだっていつまでも耐えきれないわよ! 逃げずにちゃんと受け止めなさい!」
「お前は何を言ってるんだ!?」
懐かしいなぁ。あとは弾が居ればあの頃に戻ったみたいになるんだろう。
ギャーギャー騒ぎ出した鈴を横目に、俺は感傷に浸っていた。だが――
突如アリーナの中央の天井から赤紫色の光の柱が出現した。続く爆風で無数の瓦礫が散乱する。
平穏な一時はアリーナを襲った巨大な衝撃によって崩された。鈴の衝撃砲ではない。アリーナにいた他の上級生によるものでもない。
アリーナの天井を覆っている遮断シールドが壊されている。IS同士の戦闘を外に漏らさないためのシールドが、だ。そして中央にもくもくと砂煙が上がっている。うっすらとだが煙の中に黒い影が視認できた。
何かが進入してきた。そう思うだけの判断材料は揃っていた。
「な、何が起こってるの!?」
戦闘時でも平時とおなじくらいマイペースな鈴ですら狼狽していた。俺はそうじゃない。何が起きているのか、考えられることは一つだけだった。
――敵が攻めてきたのだ。
「全員、逃げろっ!」
俺はアリーナ中に響きわたる声で叫ぶ。しかし誰も動き出さない。
いや、動けないのだ。
『アリーナ中央に熱源。トロポスと断定。データベース検索……該当なし』
雪花から伝わってくる情報に敵の種別がない。新型ということだった。なおさら、危険だ!
『熱反応増大』
「鈴っ!」
動けないでいる鈴を抱き抱えて俺は飛翔する。次の瞬間――
太い閃光が薙ぎ払われた。
大出力のビーム攻撃だった。
様子をうかがっていた上級生たちは攻撃に巻き込まれ、アリーナの壁に打ち付けられる。幸いにも全員がISを装着していたため命に別状はないが、俺と鈴以外の全機体が戦闘不能になっていた。さらに攻撃を加えられれば確実に死んでしまう。
今の一撃の風圧で砂煙は払われていた。そうして初めて敵の正体が確認できる。
そこにいたのは黒い巨人。明らかに人のサイズではなく、成人男性の倍はあるだろうか。両腕に至っては直立姿勢で地面につくほど長く、頭部に無数についているセンサーが複眼のように見え、人間ではないことを主張しているように思えた。
さらにこの巨人は俺が相手をしてきたキャバリエと違い、全身のあちこちに推進機と思われる口が見られる。そして腕には先ほどのビーム攻撃を放ったであろう巨大な砲口が2門ずつ合計4つ付いていた。
「一夏……こいつは何なの……?」
俺に抱えられたままの鈴が両手で口を押さえている。今の威力を目の当たりにしたからなのか震えが止まっていない。そんな状態でも鈴は、俺が冷静すぎることに気づいたのだろうか? だから俺に敵の正体を訊いてきたのか? ……考えすぎだな。
「わからない。でもあれは“敵”だ。そして、今ここであれと戦えるのは俺と鈴だけだ」
俺の言葉を聞いて鈴が辺りに倒れている上級生たちを確認した。全方位が見られるのだから、顔を向ける必要はないのだが……。それだけ鈴も混乱している。
「俺が奴を引きつける。その間に鈴は倒れてる人たちを外に運び出してやってくれ」
「な、なんでそうなるのよ! 戦えるのはあたしと一夏だけだって今言ったばかりじゃない!」
急に鈴が気力を取り戻す。
「アンタねぇ! こんなときだけあたしを女扱いするんじゃないの! 大体アンタの非力なISで敵の装甲を破れるの?」
「それは……」
「あたしも戦う。じゃないとあたしは中国の代表候補生だって胸を張って言えないじゃない?」
俺から離れた鈴は、体の前面で両拳を叩き合わせることで戦闘への意欲を示した。
……強いな。
鈴はこれが命がけの戦闘になることをわかってもなお、立ち向かうつもりなのだ。俺の思い上がりかもしれないが、おそらくは俺のために戦う決心をしてくれたんだ。
「わかった。だけど言っておく。俺たちだけで奴を倒す必要はない。俺たちがすべきは時間稼ぎだ。敵はこれだけの破壊をしたんだからすぐに先生方が気づいて来てくれる」
俺が鈴を安心させようとした言葉。それを言うや否や、早速巨人が開けた穴から一機のISが降りてきた。
いや、ISじゃなかった……
全身を装甲が覆い、その色は紫で統一されている。頭は狼を模したヘルメット。両腕の先には鋭い爪があるその機体は、トロポスだ。
『データ照合。ルー・ガルーに類似点多数。生命反応あり』
類似。つまりあれは俺の雪花のようなカスタム機だ。中に人がいるルー・ガルー。俺は声を聞く前から敵の正体を確信していた。
「お? 残ってくれてんじゃねえか! それでこそオレが見込んだガキだぜ!」
あのときの敵だった。
マズい。敵の新型はどう考えても鈴一人では荷が重い。勿論、俺一人でも無理だ。
そしてルー・ガルーの男は戦いが巧い。コイツも鈴一人では戦わせられない。おそらくやり合えるのは俺だけ。
「邪魔は一人だけ残ってやがるな。“ゴーレム”! あの小娘をやれ。男の方はオレの獲物だからな」
男の命令で巨人、“ゴーレム”が頭部のセンサーをチカチカさせながら動きだした。
この状況は、鈴がゴーレムを相手に耐え、俺がルー・ガルーと一騎打ちで勝って合流するしか活路はない!
「鈴、俺があの狼男と戦う。その間、巨人を相手に時間を稼いでくれ」
俺の心配を余所に鈴は右腕をグルグル回しながら、ニカッと笑った。
「じゃあ、どっちが先に倒すか競争ね!」
鈴は接近するゴーレムに自分から立ち向かっていった。いつも通りの強気の発言だが、ハイパーセンサーが鈴の声のわずかな震えを捉えていた。
「よそ見してんじゃねえぞ!」
いつの間にか俺に接近してきていた狼男の爪を刀ではじき返す。すると敵はやはり距離を置いた。
「今の反応もISのおかげってわけじゃなさそうだ。この平和ボケした国にも、骨のある奴がいて嬉しいぜ」
今日はやたらと喋るな。しかしそれも油断を誘うためかもしれん。相手はトロポスで箒を倒した男だ。
案の定、俺からの返事が無くとも、男は攻撃を続けてきた。とにかく速い。移動速度、そして装甲の薄さ……。敵は以前よりもスピードに特化してきていた。俺の雪花と同じように。
「どうした! 今日はやけに黙ってるじゃねえか!」
男が振るう爪を肩の盾と刀で弾く。どうしても手数が敵の方が多い。数撃で右肩の盾が限界を迎えて裂けてしまった。左肩の盾は鈴との戦闘で失っている。雪花にとって、装甲を全て失ったにも等しかった。
「くっ!」
「おっと。万全じゃなかったか。これはついてるねぇ」
盾を失い、完全に不利な状況だ。自然と敵から離れるように動かざるを得なくなる。
「逃げてんじゃねえ!」
移動速度は互角。つかず離れずの敵に対し、俺は体勢を立て直すことも困難だった。
◆◇◆―――◆◇◆
――ロックされています。
「ああ、もう!」
鈴が大きく旋回すると大出力のビームが鈴を追う。驚くべきはその発射の継続時間だった。もはやビームの剣を振るっているようである。
エネルギー系の兵器に対して、鈴は防御手段を持っていない。ましてやアリーナの遮断障壁を打ち破る威力のモノが相手ではセシリア戦のときのように無理矢理突っ込むわけにもいかなかった。逃げ回るしかない現状に鈴はイライラしている。
「当たれーっ!」
接近が困難なため、自然と射撃戦となっている。しかし3mを越える巨体を持つゴーレムが物理法則なんて無いと言わんばかりに俊敏に動いているため、未だ一撃も当てられていない。それがより鈴を腹立たせている。
ここで間違っていけないのは、鈴が戦えていないわけではないということである。この戦闘の目的はあくまで時間稼ぎ。その役目ならば鈴は十分に果たせているのだ。
では、何が鈴を苛立たせているのか。
それは全方位が見える視界で見えてしまう一夏の戦闘の状況だった。
見るからに押されていた。
一夏の戦っている敵は鈴から見ても強敵である。ISの国家代表クラスとは言わないが、明らかに今の自分たちが一人で相手をするには荷が重すぎる技量の持ち主だった。
待っていられない。
自分が助けに行く気でいなければ!
一夏を助けたい思いが、鈴に焦りを生んだ。機を計らず、がむしゃらに接近を試みる。
当然、ゴーレムは左腕の主砲で鈴をロックした。ためらいなく放たれた光線を鈴は右にスレスレで回避。その強大な熱量による余波が鈴にダメージを与える。耐えきれなくなった装甲が一部破壊され弾きとんだ。
「ぶちのめすっ!」
装甲の一部が壊れた瞬間に鈴は加速する。自分を追尾してくる閃光の奔流に触れるか触れないかの位置を維持しつつ前へとグングン加速する。
衝撃変換瞬時加速(インパクトトランス・イグニッションブースト)と研究チームは呼んでいる。第3世代兵器“衝撃砲”を搭載した甲龍だからこその能力だろうか。甲龍に発現した単一仕様能力は、機体に生じた衝撃を任意方向への力に変換するものである。
通常の瞬時加速と比べ特別に速いというわけではないが、敵の攻撃を受けようと前に進むことができるという利点がある。
ただし、自らへのダメージを無効にできるわけではないというわかりやすい欠点がある諸刃の剣。むしろ不利に働くことの多い欠陥能力。それでも鈴はこの能力を使って勝ちを急ぐ。
(あのバカはあたしがいなきゃ何もできないんだから!)
一夏と離れていたのはたかだか1年だ。そう簡単に変われるわけがない。
一夏は戦えるような人間じゃない。
鈴がこの1年で見てきたISの世界は、弱肉強食の世界だ。平和を謳い、ISは競技だとしておきながら、事実は戦争のための武力の開発競争でしかなかった。
(優しいアイツが居るべき世界じゃないんだから!)
一夏に会うため、中国の代表候補生として日本にあるIS学園へ入学することを利用した。その途中で入った『日本人男子、織斑一夏がISを起動した』というニュースは、嬉しさ半分、悲しさ半分だった。同じ学園生活を送れるのはいい。でも、ISが兵器である限り、いつか一夏が死んでしまう気がした。
優しく臆病な一夏。一人取り残されるくらいなら自らを犠牲にしてまでも他人を助けるだろう。鈴を助けるために、無茶をしてでもあの紫色の狼男を倒そうとすることは目に見えていた。鈴はそれを止めたい。
ボロボロと左側の装甲が剥がれていく。左腕の龍咆と左肩の衝撃砲は既に使い物にならない。
だが、敵のビーム照射時間に限界がきた。
「はああああ!」
敵の攻撃を耐えきった鈴は、高速を維持したまま残った右で渾身のストレートを伸びきったゴーレムの左腕に叩き込む。実は火輪咆哮は機動力にしか使えないわけではない。移動に使えなかった余剰分を龍咆の攻撃力に回すことで必殺の一撃を繰り出すことができる。
形となった不可視の衝撃波を纏った一撃。見た目よりも遙かに巨大な拳を打ち込まれたゴーレムの左腕は肘から吹き飛んだ。
(このままいける!)
チャンスとばかりに鈴はそのまま懐に飛び込んで胴体に攻撃を加えようとした。
だが、巨体が思わぬ挙動を見せたことで状況は一変する。
「きゃあああ!」
鈴がゴーレムの右腕による薙払いで吹き飛ばされる。
鈴はゴーレムの左側から攻め込んでいた。左手を失ったゴーレムがメインウェポンで迎撃することが不可能であると思われる方向からの攻撃だ。安全な位置で攻撃するはずの鈴を、ゴーレムの右腕が襲うことなんて想像できなかった。
ゴーレムは上半身を1回転させることで鈴にラリアットを食らわしたのだった。それも、鈴の左側からだ。装甲の大半を失っている左側への攻撃に対して甲龍は絶対防御を発動する。甲龍の戦う力が失われていくのが鈴にはわかった。
油断していた。人が動かしていないことは明らかであったのに、勝負を急いだために人相手の定石通りに動いてしまった。このミスは致命的だった。
この時点で鈴は負けたも同然だった。
ゴーレムの左肘から先は吹き飛ばしたが、他の部位はなおも健在。
対する甲龍は左半身の装甲がほとんど残っておらず、シールドエネルギーも底を尽きかけている。衝撃砲は第3世代兵器の中ではエネルギー消費が少ない方だが、もう何発と撃てない。一夏の援軍に行くことはおろか、ゴーレムを倒しきることも不可能だった。さらに推進機も半分失っている。もう敵のビーム攻撃を避けることすらできない。
――ロックされています。
甲龍からの警告。自分に向けられた巨大な砲口。絶望的な状況。絶対に避けられない上に、絶対防御に必要なエネルギーが足りているのかも怪しかった。でも――
「諦めるかあああ!」
諦めない。どんな困難でも諦めない。鈴は諦めない強さを“彼”から学んだのだから。それをカッコイイと思った。セシリアには言わなかった“彼”が輝いて見えた本当の理由。
両親の離婚を仕方ないと諦めた自分には無い強さだった。
――今ここで諦めたら“彼”に会わせる顔が無い!
鈴は右側の推進機を全開で稼働させ、不格好に左へと転がる。鈴の居た位置を大出力ビームが通過していく。だが無情にも敵の攻撃はこれで終わらない。地面を転がっている鈴に光の壁が迫る。
(動いて! 甲龍!)
されど願いは届かず、ただビームが迫るのを見ていることしかできない。鈴はその目を閉じた。
(ごめん。一夏。あたし、バカやったみたい……)
自分の命は、あとは甲龍の絶対防御がどれだけ自分を護ってくれるかにかかっていた。
……しかし、待てども待てども敵の攻撃がやってこない。甲龍の絶対防御にしては様子がおかしい。そもそもISの絶対防御とは操縦者の命を護るためのモノで、IS本体は相当なダメージをもらう。そして操縦者に何も衝撃が来ないわけもない。
「いつまでそこで寝ている? お前はそんなところでおとなしくしているような奴じゃないだろう?」
声が聞こえた。一夏でも敵の男でもない。聞き覚えのある女子の声だ。
自分にとっての最大の障害である日本刀のような目つきをした少女、篠ノ之箒。
彼女がゴーレムの右腕を押さえつけ、薙払いを防いでいた。
「箒……? どうして……」
自分なりの言葉で彼女を虐げた。鈴にとって篠ノ之箒は敵だったから。でも今、その箒に助けられている。そのことが鈴を大きく困惑させた。
『お前はIS学園で共に過ごす大切な友人だ。私がこうして戦うのは当然のことだろう?』
いつもと逆だ。
鈴ははっきりと物を言う性格から人に嫌われやすい。そのことは本人も自覚している。だから自分からどんどん関わっていく。互いを知っていけばいつかは仲良くなれる。だから鈴は嫌われているとわかっていても友達だと言って人に近づいていく。
思えば、相手の方から友だと言ってくれたのは初めてかもしれない。
ゴーレムがビームの照射を止め、箒に対し先ほどのような回転ラリアットをする。だが箒のISの防御を突破するだけの攻撃力には到底足りていない打撃だ。敵の最大火力はやはりビーム砲のようで、箒がゴーレムから3m以内に入り込んでしまえば、箒は十分に渡り合える。
箒がゴーレムと格闘戦を開始すると、鈴のそばにセシリアがやってくる。
「大丈夫ですか? 鈴さん」
「え……ええ」
セシリアに肩を貸してもらって飛ぶ。一応まだ甲龍は動ける。
「外にいた輩よりだいぶ手強い相手ですわね。遅れて申し訳ありませんでした」
話しながらもセシリアはBTビットでゴーレムに射撃攻撃を加えている。彼女の頭の中はどのような処理をしているのだろうか。
現在、箒が前衛、セシリアが後衛でそれぞれ攻撃を行っているが、敵に損傷らしい損傷を与えられていない。敵はシールドバリア付きの物理シールドの塊が高速で移動しているようなモノだった。
敵を破壊しきる前に箒の盾が保たない。
この2人の火力では足りない。まだ甲龍は動く。右腕の龍咆、右肩の衝撃砲もそれぞれ一発は撃てる。
鈴は深く考えることを止めた。今は目の前の敵を倒さなければ。
そのために今、自分ができることをしよう。