深くて深い、失意の淵に、1人の少年がおりました。
少年は明日にも父と共に生まれた時から住み続けた家を離れなくてはなりません。
昔から、我慢をしていました。駄々をこねるなんてもってのほか。何があっても父を困らせてはいけないのです。幸い一人っ子なので自分と父親のご飯さえ作ればよかったのです。
しかし、父は引っ越すと暴力的になりました。頭に飲み干されたビール缶を投げつけられ、腹を蹴られ、胸を殴られました。
何度布団の中で涙を流したことでしょう。何度父に怒りを抱いたことでしょう。
しかし少年は耐えました。不平も不満も何も言わずに唯々耐え忍びながら。全ては文句を垂れてはいけないという自戒の元に。
父はアパート経営を始めました。これが大損。入居者は多い時で5人ほど。居住者のいる部屋よりも空き部屋が少なくなる、と言うことは一切ありませんでした。
父の暴行はエスカレート。入居者に心配されるほどに少年の傷は増えていきました。勿論、布団を濡らす涙の数も。
それでも少年は言うのです。
大丈夫だと。
そんな少年の唯一と言ってもいい楽しみは趣味に浸かるでした。
読書と他人の手が大好きと言う一風変わった趣味を持っていました。
そんな少年は学校から帰ってくると1人で一階の隅にある特に汚い空き部屋に入り、床下に密かに置いておいた読書に耽るのでした。
現代文学、古典、百科事典、随筆、哲学。
ありとあらゆる国のありとあらゆる本を読み漁りました。
その本を読み終えて、もう一度同じ本を読み始めた時、不思議な事象が起こりました。
『落窪物語』を読んでいる時、床下に積み上がった辞典の一番上に小さな人型の半透明の生命体。しかも1人だけでなく何人も。
日常生活でもう驚く気力も無くなっていた少年は問いかけました。
少年「誰?」
ヤケクソで聞いて見たのですが驚くべき事に返事が返ってきたのです。
『ようせいさんだよ』
『げんきだしなよ』
『しょうねんよ、たいしをいだけ』
少年はそのファンタジーで、ミステリアスで、コミカルな非日常的存在に親近感を覚えました。妖精さんと名乗ったちっこいのも愚直に本を読みながら話しかけてくれる少年に懐きました。時々頭の上に乗っかったりして来ましたがそれすら少年には喜びでした。
少年「妖精さん。俺はここが天国みたいだよ」
妖精『わたしたちもたのしいー』
妖精『いっぱいあそべるー』
妖精「あたまふかふかー』
そんな満月の柔らかな光が夜の帳を引き裂き、街を見守る夜。
その内少年は中学校を卒業しました。少年はもっともっと学びたい、学問の先に何があるのか見てみたい、と思いました。
しかし父親が無理やり中学校卒業後、働かせ始めてしまいました。
少年「妖精さん妖精さん。僕は一体どうしたらいいだろう。何だかとても胸が苦しくっていけない。お父さんに迷惑をかけたくも無いし勉強だってもっとしたいんだ」
妖精『だいじょうぶ』
妖精『われにさくあり』
妖精「ここにいっぱいほんあるー』
妖精『これでがんばればいいよ』
そう言って妖精さんが指差したのは中学生の頃から貯め続けた本。
つまり妖精さんはそれで勉強すればいいと言うのです。
少年「そっか!俺いつか法律に詳しい人になりたいんだ!出来るかな!?」
妖精『できるよー』
妖精『がんばれー』
妖精『ふぁいとふぁいと』
きっと少年のその願いは叶えられたでしょう。
妖精さんはどの世界でも、どんな職業のものでも、悩める人間の手助けをするのですから。