黒の銃弾と黒い死神   作:夢幻読書

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第12話 泡沫の約束/欠けた歯車

 

 

 

 

 

 少年が四度目の誕生日を迎えたある日、少年の家に正義の味方がやってきました。

 

 

 正義の味方は、少年のお父さんをどこかへ連れて行こうとしました。

 

 

 少年は、お父さんを連れていかないで、と正義の味方に叫びました。

 

 

 すると正義の味方は少年に、こう言いました。

 

 

 罪には罰を。

 

 悪逆には制裁を。

 

 

 そうして正義の味方は、少年のお父さんを連れていってしまいました。

 

 

 少年のお父さんは、必ず帰ってくると、少年とお母さんに笑って約束しました。

 

 

 少年はお父さんとの約束を信じて待ち続けました。

 

 

 雨の日も、風の日も。

 

 嵐の日も、雷の日も。

 

 

 けれど、お父さんが帰ってくることは……ありませんでした。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ティナ・スプラウト。

 

 かつて先生(室戸菫)と共に四賢人(よんけんじん)と謳われた世界最高の頭脳を持つ4人の天才たちの1人、エイン・ランドが生み出した『呪われた子供たち』と『機械化兵士』のハイブリッド。

 フクロウの因子による優れた視力と闇をも見通す目を持ち、脳に埋め込まれたニューロチップを介して『シェンフィールド』と呼ばれる小型偵察機や重機関銃を同時に操り、さらに1km以上先の目標を百発百中で撃ち抜くという神がかり的な(と言っても機械化兵士業界では割と一般的な)腕前を持つ美少女こそが、つい十数分前に僕を車両ごと爆殺しようとした犯人───と思われていた人物である。

 

 どうして過去形なのかというと、今しがた海外旅行時代からお世話になってる情報屋さんにティナ・スプラウトについて調べてもらったところ、彼女が犯人ではないと証明されてしまったからだ。

 なんでも、彼女の現在の標的は東京エリアの国家元首だけで、僕の名前は彼女の暗殺リストには載っていなかったらしい。

 

 通話を切る際に、「ぼくとしては、どこできみが彼女の名前を耳にしたのかって事の方が気になるけどね」と言われた時は心臓(ハート)鷲掴み(キャッチ)されたような感覚に襲われ己の迂闊さに頭を抱えたものの、どうにか誤魔化すことに成功。……けれど今思えば、明らかに僕の反応を楽しんでたな、あの人。

 

 相変わらず彼が提供してくれる情報の入手経路は不明だけど、その正確さは()()()()()知っているので今さら疑ったりはしないのだが、だからこそ、僕を殺そうとしたのは一体誰なのかという疑問が生まれる。

 

 いや、そもそも犯人がティナ・スプラウトであったとしても疑問は残る。仮にティナ・スプラウトが犯人だった場合、どうして彼女が僕を殺そうとしたのか……より正確な言い方をするなら、『誰』が彼女に僕を殺すように依頼したのか、という疑問だ。

 

 金木研として生きてきて10年が経つけど、誰かに殺したいほど憎まれるような事をした覚えはない。あ、いや。"黒い死神(ハイセ)"としてガストレア戦争で様々な作戦に参加したり、世界各地の紛争地域を回りながら『呪われた子供たち』を保護する過程でそれなりに多くの人達から恨みつらみを買ったけれど、少なくとも"金木研()"は誰にも恨まれるような行為はしていない。

 ということは必然的に、僕の暗殺を依頼した『誰か』は僕の経歴を知る人物に絞られる。

 

 だけど、別段驚くことじゃない。先の蛭子影胤テロ事件で、影胤さんの背後にいた人物は僕が黒い死神であると知っていたのだ。今さら僕を殺したがってる人間が僕の過去を把握していたところで何ら不思議じゃない。

 

 ……待てよ。そういえば影胤さんと二度目の接触を果たした時に、彼は「勧誘をしに来た」と言っていた。だとするなら、これは勧誘を断ったことに対する報復か? いやでも、それならどうしてわざわざ二ヶ月も期間を空けたんだ?

 

「うーん……分からない」

 

「いや、分かんねーのはお前のここまでの行動だよ」

 

 無意識に溢れてしまった独り言に、将監さんがすぐさま反応した。

 それに対し、僕は首をかしげる。

 

「え、僕のここまでの行動になにか問題がありました?」

 

「全部だよ……やっと慣れた病院のベッドで人が気持ちよく眠ってたら真夜中に突然電話で叩き起こされて、『僕に危険が迫っているので迎えに行きます』とか聞かされてみろよ、意味不明だろうがッ! しかも迎えに来るって言われてドアから入ってくると思ってたらなんで窓から侵入して来てんの!? 俺の部屋五階だぞ!? 心臓が止まるかと思ったわ!!」

 

「ちょっ、将監さん声が大きいですって……!」

 

 深夜の薄暗い病院の廊下に、僕の肩に担がれた将監さんの怒声がマスク越しに響き、僕は慌てて彼の口を塞いだ。廊下の前方と後方に視線を走らせ、周囲の病室の気配を探る。

 そうして数秒。付近に動く気配がないのを確認して、ほっと胸をなで下ろした。

 

「(将監さん、今何時だと思ってるんですか。他の患者さんは全員寝てるんですから、下手したら安眠妨害で訴えられますよ)」

 

「(よし、ならまずテメェから訴えてやる)」

 

 小声でそんなやり取りを交わしながら将監さんを担ぎ直し、再び歩を進める。ちなみに彼を担いでいるのはこの方が移動が早いからだ。

 

「それで、えーと何でしたっけ。ああ、僕がここに来た理由となぜ窓から病室に入って来たのか、でしたっけ?」

 

「おう」

 

「まず、僕が貴方を迎えに来た理由は何者かが僕を殺そうしたからです」

 

「……大丈夫なのか?」

 

「あ、はい。この通りピンピンしてますよ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………ええ。そもそも襲撃者と直接顔を合わせた訳じゃないので」

 

 そう言って、僕は心の中で自嘲する。

 ははは、滑稽だ。一体どんな言葉を期待していたんだ、僕は。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 己を無価値だと自覚しているのに?

 どうやら僕は、ここ数年の穏やかな生活の影響でひどい思い違いをしていたらしい。

 与える事でしか価値を証明できない人間(無価値)に、そんな権利があるはずもないのに。いつの間にか、欲しがっていいって勘違いしてたみたいだ。

 

「カネキ?」

 

「っ、どうかしました?」

 

「そりゃこっちの台詞だよ。急に黙り込んで、お前こそどうした」

 

 どうやら、少々物思いに耽りすぎたみたいだ。

 

「すみません。少し考えごとをしていました。気にしないでください」

 

「? そうか。それで? お前が襲撃された事と、俺を迎えに来た理由がどう関係してくる?」

 

「簡単ですよ。もし僕が襲撃者なら、次に標的の関係者を狙うからです」

 

「なっ……!?」

 

 廊下の角を曲がり、夜勤中の看護師とばったり遭遇しないようエレベーターではなく階段を使って目的地に向かう。

 

「先に言っておきますけど、里津ちゃん達には既に連絡を入れてあります。盗聴の可能性を考慮して何処のアジトに向かうかは彼女たちの判断に任せましたが、今ごろ僕ら(保護者)が居ないのをいいことに、二人で仲良く天誅ガールズでも観ているかもしれませんね」

 

「いいや、それはねぇな。うちの夏世は真面目でいい子だから、夜更かしなんて健康に……ましてや美容に悪いことはぜってぇにしねぇよ」

 

「知ってますか将監さん。ガストレアウイルスは宿主の健康を害するあらゆる物を排除しようと働くから、"子供たち"はどれだけ人間にとって不健康な食生活や習慣を送っても、髪は潤いに満ちているし、お肌はいつだって艶々のたまご肌なんですよ」

 

「はっ! カネキ、お前はなんにも分かっちゃいねぇ。女って生き物はな、例えその行為に意味なんかなくても、科学的な根拠なんざどこにもなくても、惚れた男の為に自分を磨き続けるもんなんだよ」

 

「何の話をしているのかさっぱり分かりませんが、僕が今将監さんに言った事は全部夏世ちゃんから教えてもらったことですからね」

 

「……えっ?」

 

「しかもその時、あの子なにしてたと思います?」

 

「…………」

 

「里津ちゃんと一緒に夜中にベッドから抜け出して、暗い部屋で天誅ガールズをパソコンでこっそり観てたんですよ。僕がこの前、たまたま夜中に目が覚めて彼女たちが夜更かししている現場を目撃して、それを注意したらさっきの理論武装を展開してきた訳です。当然ですけど、パソコンは没収しました」

 

「…………ところで、俺は一体どこに運ばれてるんだ?」

 

「露骨に話題を逸らしにきましたね。まあいいですけど……今僕らが向かっているのは先生のラボ(霊安室)ですよ」

 

「は?」

 

 誰とも鉢合わせする事なく一階に到着し、人の気配がないのを確認してから再び廊下に出て北側に進む。

 

「いや、なんで? なんでよりにもよってあの変態女のところなんだよ。俺もアジトに連れてけばいいだけの話だろ?」

 

「可笑しなコトを言わないでください将監さん。患者を病院の外に連れ出せるわけ無いじゃないですか」

 

「待て、俺ってまだ患者扱いなのか? いや、そもそもなんで俺はまだ入院してんだ? 怪我はとっくに治ってるし、ぶっちゃけ後は義肢の調整だけなんだから家に帰らせて、くれて、も…………あ」

 

「将監さん?」

 

「……別に。なんでもねぇよ。はぁ……恋は盲目だか猛毒だか知らねぇが、流石に堪えるぜコレは」

 

 はぁぁ、と納得と憂いの込もった息を吐き出す将監さんに、僕はただ頭上に疑問符を浮かべる事しかできない。尋ねたところできっと素直に答えてはくれないだろうし。

 

「んで、どうして霊安室が安全なんだよ」

 

「昔からよく言うでしょ。"木を隠すなら森の中"って。相手もまさか死者を安置する場所に生者がいるなんて思わない筈です。どうですか? 完璧な作戦でしょう?」

 

「おう、確かに完璧だな。ちなみにだがカネキ、お前がさっき言ってた慣用句をそのままの意味で解釈すると、俺は死体になっちまう訳なんだがその事についてどう思う?」

 

「今の将監さんって死体と同じくらい役立たずだから意味合いとしては合ってると思うんです」

 

「おっと、心は硝子だぞ」

 

 無論冗談である。彼ならば右手と左足のハンデがあっても蓮太郎くんにだって負けないだろう。

 いや、以前までならそう断言できたけど今の蓮太郎くんが相手だとそうもいかないかもしれない。現在の彼は二ヶ月前とは比べ物にならないほど成長している。さらに義眼を解放すれば思考が加速し、()()()使()()()視野も広がるから……僅かに蓮太郎くんが有利、ってところかな。

 逆に言うと、ハンデがなければ蓮太郎くんはまだ伊熊将監には勝てない。経験の差もそうだが、将監さんは戦闘センスの塊だ。もしも蛭子影胤の能力がバリアなんていうとんでも(チート)能力でなければ、今ごろ病院送りにされていたのは彼の方だっただろう。

 

 軽口を叩き合いながら廊下を進んでいると、突き当たり───霊安室(地下)へと続く階段が見えてきた。明るい昼間ですら落とし穴と間違われるその入口は、深夜の雰囲気も相まってまさに奈落である。

 

「フィクションだとこういう穴からゾンビとか異形の怪物なんかが出てくるんですよね」

 

「世間から半ば忘れ去られた天才科学者の研究施設から生物兵器が脱走……テンプレだな」

 

「冗談っぽく言ってますけど、あの人なら本当にバイオなホラー映画さながらの大災害を起こせそうなんですよね」

 

「マジかよ……」

 

 脳裏に、自身の周りに夥しい数の魑魅魍魎を傅かせ、玉座に座りながら高笑いする先生の姿を思い浮かべる。

 うん。違和感がないな。

 

 地下への階段を下り、今ではすっかり見慣れてしまった番人(悪魔の絵)を押しのけるように扉を開く。すると、椅子に腰掛けた先生が大量のお菓子を貪りながら出迎えてくれた。

 

「やっと来たのか。遅かったねカネキくん、将監くん。あんまりにも遅いもんだから、少し先に始めさせてもらってるよ」

 

 そして、そんな彼女の対面に座っていたどこか見覚えのある女性が、先生の言葉に勢いよく振り返った。

 

「え? ええっ!? ど、どうして伊熊くんがここに居るの!?」

 

 

 

 

 


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