黒の銃弾と黒い死神   作:夢幻読書

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第14話 死听

 デスポンド=despond=落胆する

 

 

 

 

 早朝。

 地平線から徐々に顔を覗かせる太陽を背に、カネキは聖居を目指して薄明かりに照らされる街を歩いていた。

 その隣に、偶然にもカネキが向かったのと同じセーフハウス(拠点)に避難していた里津を伴って。

 

「聖天子様の護衛任務を正式に受けたその日に殺されかけた、ねぇ。……当然断りに行くんでしょ、依頼」

 

「まさか。今僕らが聖居に向かってるのは契約を反故にするためじゃなくて、護衛任務のブリーフィングに参加するためだよ」

 

「えっ、護衛の仕事続けるの?」

 

 道すがらカネキから、何者かに襲撃された話と菊之丞から依頼された任務の説明を受けていた里津は、予想外の返答に思わず瞠目する。

 護衛の役割とはすなわち、護衛の対象となる人物を暗殺や誘拐などと言った脅威から守護し、その人の身の安全を確保することである。なのに、その護衛自体が標的にされているのでは本末転倒だ。

 

 だからこそ里津は、この任務を辞退する旨を直接聖天子に報告し、それについて相棒として一緒に謝罪する為に聖居に向かっているのだと考えていた。

 

「もちろん。なんたって依頼主は政治家の最高権力者(菊之丞さん)で、護衛対象はあの聖天子様だ。報酬は前払いで4億、完遂すればその3倍。断るには少し勿体ない。別にお金には困ってないけど、あるに越したことはないからね」

 

「……前々から思ってたけど、アンタってたまに物凄く薄情になるよね」

 

「待って、今のは僕の言い方が悪かった、謝ります。だからそんな、まるでゴミでも見るような目を僕に向けないでください」

 

 さらりと人間性を疑う発言をしてのけた相棒に里津がジト目で睨めば、その視線によって自らの失態に気づいたカネキはすぐさま釈明を開始した。

 自分の死後、少しでも39区の子供たちに掛かる負担が少なくなるように、お金は稼げるだけ稼いでおきたいというのは確かに本音ではあるのだが、たったそれだけの理由でこの任務を引き受けた訳ではない。

 

 そもそもにおいて、原作知識を有しているカネキからしてみれば、元々聖天子とは放置しても勝手に助かる存在だった。なにせ彼女の命を狙うのはティナ・スプラウトただ一人。

 ガストレア大戦中、様々な戦場で出会った狙撃主体の機械化兵士たちの化け物染みた技量を知っているカネキからすれば、たかだか生まれて10年、それも狙撃と近接戦闘を同時に行えない兵士など脅威たり得ない。

 

 仮に、万が一にではあるが、なんらかの手違いで蓮太郎が戦線から離脱するような事態に陥ったとしても問題はないはずだった。

 

 少なくとも、自身が殺されかけるまではそう思っていた。

 

 今回の爆殺未遂事件は原作知識を持たない人間の視点で見れば『カネキ個人が何者かに命を狙われた』だけの話だが、当事者であるカネキにとっては違う。

 

 原作にはなかった、恐らく自分が物語に干渉してしまったが故に生まれた展開。

 車両ごと爆殺されかけたあの時、あの瞬間。カネキの中で『もしも』という名の、疑心と不安を()い交ぜにしたような感情が鎌首をもたげた。

 

 もしも、自分を狙った襲撃者の他にも、原作と違う展開が起きていたら?

 もしも、聖天子を暗殺しようとしている存在がティナ・スプラウト以外にもいたら?

 

 考え過ぎだと、楽観視することはできなかった。時々忘れそうになるが、この世界は物語(フィクション)などではなく正真正銘の現実(ノンフィクション)だ。

 原作では暗殺者はティナ・スプラウトだけだったが、だからと言ってこの世界でもそうだという保証はどこにもない。聖天子を殺そうとしている人間が他にいないなどと、誰が言い切れるというのか。

 

 はっきり言ってしまえば、これはただの憶測、妄想だ。しかし、一度芽生えてしまった懸念の種はなかなか振り払えず、時間の経過に伴ってすくすくと成長し、拠点を出発する頃にはカネキに聖天子の護衛を続行することを決意させた。

 

 とはいえ、そんな原作知識を前提にした推論(妄想)を口にしようものなら、今もなおゴミを見るような冷ややかな視線を自身に向ける相棒の顔が、「なに言ってんだコイツ?」的な痛々しさと憐れみの込もったモノにジョブチェンジするだけなので話せるはずもなく。

 

 カネキは考えた。どうすれば、殺し屋に狙われているという自身の現状を知る里津たちを納得させて、聖天子の護衛を続けられるのかを。

 

 ───そうだ、動機はお金が欲しいって事にしよう。あれ? 意外と完璧な作戦なのでは?

 

 しかし、この作戦には致命的な欠点があった。

 

「いくら謝ったって、アンタが聖天子様の命よりお金の方が大事だって言った事実は消せないよ」

 

「いや、あの、それは……そうなんだけど……」

 

 今しがた彼女にそれを指摘されるまでその事に思い至らなかったのだが、相棒である里津から自身へ向けられる評価が最低を突き破って最悪にまで落ちるのだ。

 

 翡翠色の双眸がスッと細められ、声が平坦になる。本来なら身長の問題でどうしても里津が見上げる形になるのだが、今回は何故か逆にカネキを見下ろしていた。

 理由は単純で、カネキが土下座していたからだ。

 

 まだ日が昇り始めて間もない時間帯とは言え、少数ではあるが人はいるのだ。今だって、早朝のランニングに勤しむ年の離れた兄妹が、「え、なにアレ……」「見るなマイスウィート、お前にはまだ早い」と小声で話しながら通り過ぎて行った。

 大人が公共の場で簡単に頭を下げるな? 知った事ではない。必要とあれば足を複雑骨折する事も腹に風穴を開けられる事も厭わないカネキではあるが、流石に家族も同然である存在にこれから先ずっと薄情者と思われ続けるのは御免である。そのような誤解は一刻も早く取り除かなくては。

 

「…………もういい」

 

 謝罪の最高位の姿勢を維持して全力で誠意を表明しながら、如何にして先の失言を撤回できるか思考していると、里津が唐突に溜息をついた。

 もしかして許されたのだろうかと顔を上げ、しかし即座にそれがとんでもない思い違いだったと悟る。何故ならカネキを見下ろす里津の表情には、苛立ちと落胆、そして悲哀の色が浮かんでいたからだ。

 

「今のやり取りで、アンタが何か隠してるって事はだいたい分かった。しかもそれは、相棒であるアタシにも話せないような事情だってことも」

 

「…………」

 

「一応言っとくけど、アタシは別にその事についてアンタを責めるつもりも問い詰める気もないよ」

 

 興味がないと言えば嘘になるが、本人が話したくないことを無理に聞き出そうとも思わない。誰にだって、他人に明かせない秘密の一つや二つくらいある。

 

 けれど。

 

「だったらせめて、"話せない"って……それくらい言って欲しかったけどね」

 

 それだけ言うと、里津は聖居を目指して歩き始めた。

 

「……いつから気づいてたの?」

 

 かつかつ、と浅緋色の髪を揺らしながら歩く里津の背に向かって、カネキがずっと引っかかっていた疑問を尋ねると、里津は呆れた表情を浮かべて振り返った。

 

「カネキが依頼を続ける理由を話した時からだよ」

 

 しかし里津の返答にカネキはただ首を傾げるばかりである。すると里津は重たい息を吐き、俯きながら片手で顔を覆った。

 

「あのさ、一回今までの自分の行動を思い出してみてよ。特に民警の活動とか」

 

「民警の活動?」

 

「そ。それで訊きたいんだけどさ、カネキってこれまで仕事で他人の命よりお金(報酬)を優先したことある?」

 

「…………あ」

 

 ここに来てようやく、自らの作戦が最初から穴だらけの代物だったと理解した。それもそうだ。二人のIP序列が一向に上がらない原因でもあるのだが、カネキがガストレアの討伐よりも市民の安全を優先し、毎度手柄を横取りされて報酬を貰えなくても意に介さないのは周知の事実。そんな人間が、ある日突然金の亡者になるのは突飛にすぎる。カネキが考えた完璧な動機は、端から破綻していたのだ。

 

「ていうかアンタ、いつまで座ってんの? ブリーフィングに遅れるよ」

 

「ああ、うん。今行くよ」

 

 口調はぶっきらぼうなのに、腰に手を当てて律儀に待ってくれている相棒の姿に苦笑しながら立ち上がる。

 隣に並び、二人は再び歩き出す。

 

「───里津ちゃん」

 

「うん?」

 

「さっきはごめん。次からは、ちゃんと"話せない"って正直に言うよ」

 

「……最初からそうしろっつーの、バーカ」

 

 僅かに頬を赤くする里津を横目に見ながら、カネキは彼女が先ほど口にしたある言葉を思い返していた。

 

(薄情、か。実際のところどうなんだろうな……)

 

 薄情。読んで字の如く情が薄い。

 里津がカネキの反応を見るために何気なく口にしたその言葉が、頭の中で消えることなく回旋し、自問する。

 

 ガストレア戦争の終結を契機に日本を飛び出し、世界を巡りながら己の目的の為に目の前で苦しんでいる人々を片っ端から救い続けた。その中には当然、世間からは化け物と蔑まれる『呪われた子供たち』も含まれている。

 

 が、問題の本質はそこではない。

 

 カネキは"価値のある人間になる"と言う、半ば強迫観念に近い衝動から無差別に人を助けている。たとえ相手が超がつくほどの極悪人であっても、ヒトであるならば「殺す」という選択を取ることは決してない。助けを求められれば、誰でも助けるのだ。それはつまり───

 

(……いいや。僕が"彼女たち"を助けたのは、確かに()()()()()って想いがあったからだけど、放っておけないって気持ちもあったからだ。将監さんに義肢を提供したのだって───)

 

 そこまで思考して。唐突に、何の脈絡もなく、脳裏に声が響いた。

 

 ───仮に伊熊将監が原作死亡キャラじゃなかったら、ここまで肩入れしただろうか? 「最期の仕事」を終えて、その後始末を彼に押し付けたいだけじゃないのか?

 

 ───"彼女たち"が放っておけなかったって、それは本当に当時から抱いていた感情なのか? 都合よく後付けしたモノではないのか?

 

 ───だとしたら、僕は……。

 

(……やめよう。どうせ僕がやる事は変わらないんだ。なら、こんな思考は無意味だ)

 

 里津に気取られぬように静かに息を吐き出し、強引に思考を打ち切る。

 その行為こそが、先の疑問の答えだと気づきもせずに。

 

 

 

 

 




サブタイ(14話以降)の本当の読み方は一行目に透明文字で書いてあります。

それにしてもこの主人公ほんと面倒くせぇな(白目)
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