黒の銃弾と黒い死神   作:夢幻読書

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第15話 9+10

 く+じゅう=苦渋

 

 

 

 

 聖居にて、大阪エリアの国家元首・斉武宗玄大統領との非公式会談を含めた、聖天子様の今後のスケジュールと護衛官たちの配置、護送ルートの確認を終えた僕と里津ちゃんは、事前説明会(ブリーフィング)をハブられた蓮太郎くんたちと合流し、聖天子様と同じリムジンに乗り込んだ。

 ちなみに道中、保脇さんの策略によって「おめーの席ねぇから!」された蓮太郎くんとはきちんと情報共有を行った。流石に味方の動きを把握していないと、いざという時に連携が取れないしね。

 

 というか、仮にも蓮太郎くん達(天童民間警備会社)は聖天子様が直々に指名した護衛なのに、そんな村八分染みた真似をして大丈夫なのだろうか? いや、体裁としての話だけでなく合理的な意味で。

 

 僕はその道(護衛)専門家(スペシャリスト)ではないから断言はできないけど、護衛対象の最も近くにいる人間に自陣の情報を開示しないなんて正気の沙汰とは思えない。もしこんな事が戦場で起きたらその部隊は間違いなく全滅する。

 

 保脇さんが作成した計画書の内容から、聖天子付護衛官(エリート)って肩書きも伊達じゃないなって、少し見直しかけてたんだけど……あれはダメだな。仕事よりも私怨を優先して、冷静な判断力を失っている。聖天子様と同じ車に乗り込む蓮太郎くんを、某テレビ画面から這い出る幽霊のように血走った目で凝視し続ける彼の姿がそれを物語っていた。

 前に、菊之丞さんが『実戦経験が皆無な点を除けば優秀』と評していた理由が分かった気がする。

 

 一度、あの高すぎるプライドをへし折られれば多少はまともになると思うんだけど……彼、プライドと一緒に心も砕けそうなんだよなぁ。

 心を折らない程度にプライドを粉砕する、なんて器用な腕の持ち主じゃないと、彼を更生させるのは難しいだろう。

 

「ねえねえ延珠! 昨日の『天誅ガールズ』見た?」

 

「もちろん見たぞ! 仇敵『吉良』の罠によってピンチに追い込まれた天誅レッドたち。そしてそこへ颯爽と現れる天誅ブラック!」

 

「いいよねぇ、主人公の窮地に駆けつける助っ人。まさに"王道"って感じでさ!」

 

「しかも次回ようやく天誅ブラックが天誅レッドに肩入れしてる理由が明かされるのだろう!?」

 

「「ああッ、気になるっ!」」

 

 騒がしくも、不思議と不快には感じない声音に誘われるように、思考の海から意識を浮上させる。

 声のした方に視線を向ければ、瞳をきらきらと輝かせ、楽しげに語り合う里津ちゃんと延珠ちゃんの姿が目に入った。

 

「あれ? 延珠、もしかしてアンタが腕につけてるそのブレスレットって……」

 

「む? おお、よくぞ訊いてくれた! 里津の推察通り、『天誅ガールズ』が嵌めているブレスレットだ。ちなみに蓮太郎も嵌めているぞ。ペアルックだ!」

 

「なん……だと……」

 

 運転手と背中合わせにして座る里津ちゃんは信じられないと言った表情で蓮太郎くんを。そんな彼女の向かいの席に陣取っている延珠ちゃんは実に嬉しそうに自身の隣を見やる。

 

「ま、まあな……」

 

 つられて顔を正面に戻すと、蓮太郎くんは気まずそうに視線を逸らし、頬をかきながら答えた。僅かに赤面しているのは、男子高校生が魔法少女モノのおもちゃを身につけていることが恥ずかしかったのか、それとも"ペアルック"と言う部分に反応したのか。青いなぁ。

 

「……カネキ。この任務が終わったらアタシもお揃いのブレスレット買いたい」

 

「え、急にどうしたの?」

 

「べっ、別に理由なんてどうだっていいでしょ!?」

 

 里津ちゃんの意図が掴めずに首を傾げていると怒鳴られた。何故だ。

 

「うーん……別にいいよ」

 

「ほんと!?」

 

 別段断る理由もなかったので、彼女の要望をすんなりと了承すると、先程まで不機嫌そうに唇を尖らせていた里津ちゃんの顔がパァーッと輝く。

 でも、こういう仕事をやってるといつ壊れるか分からないから滅多に着けられないと思うけど……それは言わない方がいいかな。

 

「皆さんとても仲がいいんですね」

 

 すぐ近くからした声に首を巡らせると、僕と里津ちゃんの間に挟まれるように座る聖天子様が慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。

 

「……家族みたいなものですから」

 

「気苦労も絶えないけどな」

 

 再び『天誅ガールズ』について語り合い始めた里津ちゃんたちを眺めながらそう呟くと、苦笑いしながら蓮太郎くんも同意した。

 するとなぜか、聖天子様はその相貌を悲しそうに歪めた。

 

「一体いつになれば、全ての『奪われた世代』があなた方のように『呪われた子供たち』を受け入れることが出来るのでしょうか……」

 

「「…………」」

 

 その問いに対する解答を、僕たちは持ち合わせていない。彼女が投げかけている質問は喩えるなら、自分の愛する人や友人を殺された被害者の遺族に、加害者を許せと言っているようなものだ。もちろん彼女たち『呪われた子供たち』は加害者などではなく、松崎さんの言葉を借りるなら"胎内でウイルスに侵された被害者"だ。

 しかし、ガストレアに蹂躙された恐怖から、奴らと同じように赤く光る眼を見ると錯乱するガストレアショックを始めとしたPTSD等々、未だ癒えることのない戦争の傷を多く抱える『奪われた世代』からすれば、とても割り切れる話ではないだろう。

 

 あの蓮太郎くんだって、民警になって延珠ちゃんとペアを組むまでは菊之丞さんと同じくらい『呪われた子供たち』を憎悪していたんだ。いくら言葉で彼女たちに罪はないと説いた所で、誰も耳を貸しはしない。

 それを理解しているからこそ、この優しいお姫様は苦しんでいるんだろう。

 

「───命をかけてまっすぐ貫くんです」

 

 いきなり耳に飛び込んできたその言葉に、聖天子様は「え?」と声を漏らし、僕らは一斉に声のした方に顔を向けた。

 

「頭ごなしにNOがYESになったら〜♪」

 

「正義の旗をはためかせるわ〜♪」

 

 体を左右に揺らし、上機嫌に歌う里津ちゃんと延珠ちゃんの姿を捉え、思わず苦笑いしてしまう。

 あのフレーズは確か……『天誅ガールズ』のOPじゃない方の曲、だったか。どうやら、さっき聞こえてきた言葉はその歌詞の一部だったらしい。

 

 僕たちの視線に気づいた里津ちゃんが、そっと聖天子様の手を引く。

 

「聖天子様も一緒に歌おうよ」

 

「わ、私もですか?」

 

「うむ! 話は聞いていなかったからよく分からんが、落ち込んだ時は歌うのが一番だぞ!」

 

 困ったようにこちらを見る聖天子様に、僕はちらりと蓮太郎くんに視線を送り、互いの意思を確認すると僕らは無言で肩をすくめた。彼女たちの()()()に大人が水を差すのは無粋だろう。

 

「……分かりました。ですが、人前で歌ったことはないのであまり期待しないでくださいね?」

 

「妾知ってる。それ歌が上手い人の常套句だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 延珠ちゃんの予想通り、聖天子様は本当に歌が上手かった。まさに天使の歌声と呼ぶに相応しい声音だった。そして同時に、扇動の歌声でもあった。

 

 聖天子様の美声によって闘争心を刺激された幼女二人は、傍観者に徹していた保護者を審査員として巻き込みカラオケバトルを敢行。非公式会談の会場に到着するまで続いた。

 

「ところで、どうして聖天子様は『天誅ガールズ』の曲を知ってたんですか?」

 

「い、いけませんかっ!?」

 

 雪のように白く透き通った肌を赤く染め、恥ずかしさに潤んだ瞳で見上げる聖天子様の顔は、控えめに言って天使だった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「───里見さんは斉武大統領と面識があるのですよね? 貴方から見て、斉武大統領はどのような人なのですか?」

 

 非公式会談の場所として指定された超高層建築ホテル。そこに設置されているエレベーターの中から、徐々に遠ざかっていく地上をぼんやりと眺めていると、聖天子様がそんな事を尋ねた。

 余談だが、今この空間に居るのは僕と蓮太郎くん、そして聖天子様の三人だけだ。彼女曰く、こういう真面目な場に子供は連れて行けないとのことだ。護衛とは一体……。

 

「アドルフ・ヒトラー」

 

「は?」

 

「だからアドルフ・ヒトラー」

 

 欠伸を一つし、蓮太郎くんの斉武大統領に対する評価を聞きながら、ユキムラを収納したアタッシュケースを持ち直す。

 

 斉武宗玄。大阪エリアの国家元首であり、ガストレア大戦によって衰退の一途を辿っていたエリアをたった一代で立て直した各エリアのトップと同様にとびきり有能で、そして危険な男。彼が大阪エリアの市民に暗殺されかけた回数は今年で17にも及び、その在り方はまさに独裁者のそれだと蓮太郎くんは言う。

 

「どのエリアの統治者も『我こそは日本の代表』とか寝言を真顔で言う連中だからな。中でも斉武は一番ヤバイ。気を付けろ」

 

 話は終わりだと言わんばかりに、蓮太郎くんは聖天子様から視線を外し最上階を睨みつける。

 

「わ、わかりました。ご忠告、ありがたく受け取っておきます」

 

 彼の忠告に若干気圧されながらも、聖天子様はしっかりと頷いた。それでもやはり不安そうだったので、彼女のそれを少しでも軽減できるように笑いかける。

 

「大丈夫ですよ。何が起きても、僕と蓮太郎くんが必ず守りますから。約束です」

 

 そう言って、僕は微かに震えている彼女の左手───より正確には、その小指に自分の小指を絡め、軽く上下に振る。いわゆる指切りだ。

 

「? どうしました?」

 

 なぜか僕が指切りを解いても、聖天子様はしばらく呆然と自身の小指を眺めていた。

 

「……小さい頃、よくお母様とこうやって指切りをしていました」

 

 聖天子様は懐かしそうに、どこか悲しそうに薄く微笑んだ。

 

「カネキさんって、お母さんみたいって周りの人から言われた経験ありませんか?」

 

「……そういや39区のガキ共ん中に、お前の事を"ママン"って呼んでるヤツいなかったか?」

 

「あ、あははは……僕ってそんなに男らしくないかなぁ?」

 

 だとしたら地味にショックだ。

 

「39区の子どもたち……?」

 

「聖天子様は知らないんだったか。こいつ、時々39区で暮らしてる『呪われた子供たち』の先生をしてるんだよ」

 

「カネキさんが、先生を?」

 

「意外ですか?」

 

 僕が先生をやってると聞いてキョトンとする聖天子様にそう尋ねると、彼女は静かに首を横に振った。

 

「いいえ、とても似合っていると思いますよ。あ、もしお邪魔でなければ、参考までに貴方が『子供たち』にどんな教鞭を執っているのか見学しに行ってもよろしいですか?」

 

「良いですよ。僕なんかが参考になるかは分かりませんが」

 

 聖天子様の申し出に、僕は二つ返事で了承した。

 

「ふふっ、楽しみにしています。あ、言い忘れるところでした。カネキさんは大丈夫そうですが、里見さん、貴方は少し短気な部分があるので自制するようにお願いします。間違っても斉武さんに殴りかかってエリア間の戦争を引き起こしたりしないように。それから『うっせぇな』とか『ざけんじゃねぇよ』みたいな汚い言葉も絶対に使ったりしてはいけませんよ」

 

「アンタは俺の母親か! んなこと言うわけねぇーだろ!」

 

 蓮太郎くんと聖天子様のやりとりに苦笑いしていると、上昇を続けていたエレベーターの勢いが徐々に減速し、やがて停止した。どうやら最上階に着いたらしい。

 

 扉が開き、こちらに背を向けながら佇む大阪の国家元首を見据えながら、僕たちは政治家の戦場へ足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「なぁ、そんなに落ち込むなよ」

 

 自身の横で、肩を寄せ合って眠る延珠と里津に毛布を掛けてやりながら、蓮太郎は正面に座る聖天子を見た。

 

「別に落ち込んでなど……いえ、そうですね。確かに少し、落ち込んでいます。こちらが誠意を持って話せば、どんな人でも理解してくれると信じていましたから、尚のことそう思うのかもしれません」

 

 帰りのリムジンの中は、行きの時とは対照的に重苦しい空気に包まれていた。

 

 その原因は十中八九、数分前に終了した会談によるものが大きいだろう。何せ、記念すべき第一回目の大阪エリア代表との非公式会談の成果と言えば、聖天子と斉武宗玄が決して交わることのない水と油の存在であると理解できたことぐらいなのだから。

 

「別にアンタが悪いわけじゃねぇ。斉武はあの菊之丞ですら手を焼く男だ。あいつの剣幕に呑まれなかっただけでも十分に立派だよ、アンタは」

 

 聖天子は一瞬だけ目を丸くし、やがて悪戯っぽく微笑んだ。

 

「意外と優しいんですね、里見さんは。それにしても今日は驚かされました。里見さんって政治家の卵だったり、仏様を彫っていたり、『新人類創造計画』の兵士だったり、複雑な経歴をお持ちのようで」

 

 蓮太郎は思わず舌打ちし、聖天子から視線を逸らす。

 

「どれも残らず俺の黒歴史だ、蒸し返すなよ。つーか、複雑な経歴って言ったら俺よりカネキの方がよっぽど複雑だと思うけどな」

 

 ちらりと、蓮太郎は聖天子の隣に座るカネキに目を向けた。

 

「カネキ、アンタ斉武とはどういう関係なんだ?」

 

 スッと目元を鋭くする蓮太郎に、カネキは困ったように眉を下げる。

 

「関係もなにも、斉武さんと会ったのは今日が初めてだよ」

 

「その割には随分な嫌われようだったな。こう言っちゃなんだが、斉武は初対面の相手を理由もなく邪険に扱うような奴じゃないぜ?」

 

 事の発端は数時間前。エレベーターの脇に控える筋骨隆々な護衛の横を通り抜け、数年ぶりの再会に、傍から見たら洒落にならない剣幕で軽口を交わす蓮太郎と斉武の会話が一段落ついた時だった。

 

『……貴様は?』

 

『お初にお目にかかります。天童閣下が不在の間、里見さんと共に彼の代理を務めさせていただきます、金木研です。以後お見知りおきを』

 

『その気色の悪いニヤニヤ笑いを今すぐやめろ。不愉快だ』

 

 真面目に自己紹介しただけなのにいきなり罵倒されたカネキはもちろん、それを隣で聞いていた聖天子と、斉武の人となりをそれなりに知っている蓮太郎も唯々困惑した。

 

「……本当に心当たりはねぇんだよな?」

 

「ないよ。もしかしたらアレじゃない? 単純に、僕の顔が気に入らなかったとか。昔将監さんに『へらへら笑ってるのが勘に触る』って斬り掛かられた事もあったし」

 

「それは……少し、分かるかもしれません」

 

「「……えっ?」」

 

 窓枠に肘を置いていた蓮太郎と、ムニムニと自分の顔を弄っていたカネキから間の抜けた声が漏れる。それはそうだろう。まさか冗談のつもりで口走った適当な推測を肯定されるとは思ってもみなかったし、しかもカネキからすればそれは、好みのタイプの女性に「貴方の顔ってムカつくんですよね」と言われたに等しい。

 

「あ、いえ! 決してカネキさんの顔が好みではないという話ではなく! その、貴方の笑顔にはどこか、違和感を覚えるのです」

 

「違和感、ですか?」

 

「…………」

 

 意味が分からない、とカネキは眉をひそめた。そして向かいの席にいる蓮太郎は、無言で聖天子の言葉を待っていた。

 

「はい。貴方の笑みは……何というかとても───()()()()()()()()()()()()()()

 

 最初は本当に些細な違和感だった。だがその違和感は、カネキが浮かべる笑みを見る度に積み重なり、そして今この瞬間それは確信へと変わった。

 

 ゴクリと、唾を嚥下する音すら聞こえるのではないかという程の静寂が、空間を支配する。

 

「───気のせいですよ」

 

 が、それも一瞬。耳が痛いほどの沈黙は、「ニコッ」と今まで通りの笑顔を浮かべるカネキによって破られた。

 

 それは嘘だと、思わず聖天子は叫びたくなった。

 

 ───だって貴方は、こんなにも泣きそうな顔で笑っているではないか。

 

 しかし、当の本人は怪訝そうに首を傾げるばかりだ。その態度に、聖天子はおろか蓮太郎も言葉を紡げなかった。

 理解してしまったのだ。この男は、本当に自覚していない。彼が浮かべているそれは、決して笑顔などではなく、ただ筋肉を動かしているだけに過ぎないということに。

 

「ところで聖天子様」

 

「!? は、はい。なんでしょう?」

 

 ビクッと肩を跳ね上がらせた聖天子に首を傾げながら、カネキはずっと疑問に思っていたことを訊いた。

 

「どうして蓮太郎くんを雇ったんですか? ああ、別に蓮太郎くんに不満がある訳じゃないよ。ほら、保脇さんみたいな専属の護衛がいるのに何でかなって。だからそんなに睨まないでよ」

 

「……確かに。それは俺も気になってた」

 

「保脇さんですか? 彼はその、目がギラギラとしていて、一緒に居て少し怖いです」

 

 聖天子は車内に設置された小型の冷蔵庫からジュースを取り出し、カネキと蓮太郎に勧める。

 

「カネキさん、里見さん。斉武大統領は外国との関係が噂されています」

 

 カネキたちのグラスが空になったことを確認して、聖天子は斉武がなぜ諸外国と手を結んだのか、その理由を推測していく。彼女の話は要約すれば、斉武は外国の力を借りて東京、札幌、仙台、博多エリアの武力統一を図り、世界中の何処よりも早く国力の回復させることが目的だと言う。

 

「流石は世界の頂点を目指す独裁者。手が込んでますね」

 

「ですが、日本の将来を見据えた彼の考えは間違ってはいません。戦後から今日に至るまで、各国は国力を回復させる為にモノリスの内側に閉じ込もってきましたが、これからは外に向かって領土を奪還していく時代になります。つまり───」

 

「───つまり、バラニウムを制した者が世界を制する。そういうことか?」

 

「その通りです。そして、バラニウム大国である日本は必然、世界各国から協力的なものから敵対的なものまで、様々な接触を受けることになるでしょう。里見さん、カネキさん。あなた方にはこれからも継続的に働いてもらいます。私のために、国家のために」

 

 蓮太郎は溜息を一つ吐くと、苛立ちの込もった目で聖天子を睨んだ。

 

「勝手な話だな。アンタは本当になんでも自分の都合で決めるんだな」

 

「蓮太郎くん……」

 

「勝手は承知しています」

 

 聖天子は暗い表情のまま自分の下腹辺りに両手を当て、悲痛な覚悟を語る。今の時代、彼女もいつ予期せぬ騒動に巻き込まれて斃れるか分からない。加えて既に子どもを産める年齢に達したということで、周囲からも早く世継ぎを残せと迫られていると。

 けれど、せっかく子どもを産むのなら愛情の元に産みたいと。

 

 蓮太郎は激昂した。

 戦えと。死ぬことばかり考えるくらいなら、()()()()()抗えと。

 

 聖天子は悲しそうに顔を歪めた。

 

 そしてカネキは、蓮太郎の言葉に表情を消した。

 

「貴方まで、菊之丞さんと同じことを仰るんですね」

 

 しかし、互いだけの世界に入り込んでしまった二人は、カネキの変化に気付くことはない。

 

 聖天子は言う。蓮太郎の視野は狭いと。

 そして彼女は語る。自らの覚悟を。

 

「私は侵略行為を絶対に行いませんし、暗殺や謀殺が降りかかろうとも決して膝を屈しません。復讐などもってのほかです。それら卑劣な行為は、血で血を洗う行為と全く等しいからです」

 

 そんなものは綺麗事だ。ありきたりな詭弁だ。そう切り捨てられればいいのに、蓮太郎にはどうしても出来なかった。この人はきっと、どんな悲劇に見舞われようと報復という手段だけは死んでも取らない。そう思わせられるほどに、彼女の目が本気だったから。

 

「どうしてそこまで……」

 

「里見さん、貴方もあの大戦を経験したならご存知のはずです。戦争で真っ先に犠牲になるのが一体誰なのか」

 

 蓮太郎はかつて見た地獄を思い出し、はっと息を呑んだ。

 

「……子どもや、老人」

 

「私は戦後の混乱期、お母様と東京エリアの各地を巡り愕然としました。劣悪な環境の中で、病気のせいで身動きも出来ず、息をするだけでも辛いはずなのに、それでも私が微笑みかけると彼らも懸命に微笑み返してくるのです。しかし彼らは、翌日には冷たくなってハエがたかっている……!」

 

 震えそうになる声を、聖天子は両手を祈るように組むことで抑える。

 

「あんな恐ろしい事はもう二度と起きてはなりません。私は必ず、平和を体現します。言葉ではなく、行動によって」

 

 彼女から視線を外し、蓮太郎はポツリと呟いた。

 

「……早死にするタイプの理想主義者だ」

 

「理想も語れない人間になりたくはないのです」

 

「ならもっと上手く立ち回れよ」

 

 蓮太郎は一度考えるように目を閉じ、やがて静かに目を開いた。彼の口元は、呆れたように笑っていた。

 

「馬鹿だな、アンタ……嫌いじゃねぇけど」

 

 その評価に、聖天子は照れるように頬を染める。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「へいへい……ん?」

 

 と、そこで。ようやくは二人は、先程からまったく会話に参加していなかったカネキに関心を向けた。

 すると彼は無言で、微動だもせずに窓の外を見ていた。

 

「どうしたんだ、カネキ?」

 

「……蓮太郎くん、延珠ちゃんと里津ちゃんを今すぐ起こすんだ。聖天子様はこっちに」

 

「え? あ、はい」

 

「はぁ? 急にどうしたんだよ」

 

 助手席側に座っていた聖天子を運転席側に移動させるカネキに、蓮太郎も聖天子も戸惑うばかりだ。

 

「いいから早く───」

 

「───その必要はないよ。もう起きてる」

 

 弾かれたように里津たちが眠っていた場所を見れば、二人とも既に覚醒し、臨戦態勢に入っていた。

 

「延珠……?」

 

「蓮太郎……なんだろう、嫌な感じがする」

 

 まるで、いつ割れるか分からないほど膨れ上がった風船のように空気が張り詰め、全員が神経を尖らせる。

 

 カネキと蓮太郎はジッと窓ガラスの向こうのビル群を注視する。いつの間にか降っていた雨が窓を濡らし、そこから覗く景色をぐにゃりと歪ませる。

 

 交差点に差し掛かり、車が赤信号で停止する。襲撃するなら今が絶好の機会だ。

 蓮太郎は自身の警戒レベルを最大にまで上昇させる。

 

 ドクン、ドクン。心音がうるさいくらいに響く。

 

(早く……)

 

 信号はまだ変わらない。

 

(早く、早く……!)

 

 チカチカと、交差道路の歩行者信号が点滅する。

 

(早く早く早くッ!!)

 

 そして───

 

 

 

 

 何事もなく、信号は青に変わり車は発進した。

 

 リムジンが走り始めてから時間にしておよそ一分が経過し、蓮太郎がホッと息を吐き出した瞬間。窓の向こうにそびえ立つ無数のビルの一つ、その屋上で何かがチカッと光った。

 

「───伏せろぉッ!!」

 

 光の正体が、ティナ・スプラウトの狙撃による銃口炎(マズルフラッシュ)だと、知識を介して知っていたカネキが絶叫を上げながら聖天子に覆い被さり、蓮太郎は反射的に延珠と里津の頭を押さえつける。それと同時にガラスの砕ける音と女性の悲鳴のようにも聞こえる車のブレーキ音が、夜の街を切り裂くように鳴り響く。

 

 そこでようやく、リムジンに乗車している全員が認識する。自分たちは現在、街中で狙撃を受けているのだ、と。

 

 雨のせいで濡れた道路を走行中に急ブレーキを掛け、さらに運転手が咄嗟にハンドルを右に切った結果、リムジンはいとも容易く横滑り(スリップ)を起こし、カネキたちは遠心力によって左側のドアに叩きつけられる。

 

「ぐ、うぅっ……!?」

 

 だが車の勢いは止まらず、今もなお道路を横向きに滑走し続けている。

 しかも間の悪いことに、ちょうど道路の中央に白いフードを被った人物───体格からして恐らくは女───が雨の中傘も差さずに立っていた。

 

 このままでは激突する。そう判断したカネキが赫子を出してリムジンを緊急停車させようとしたその時───仮面の奥から覗く、()()()()()と目が合った。

 

 直後、リムジンは真ん中の部分から一刀両断された。

 

 前半分と後半分に分割されたリムジンは、まるで女を避けるように左右に分かれ、そして凄まじい破壊音と共に建物に衝突して停止した。往来していた多くの一般人が悲鳴を上げる。

 

 女がゆっくりと振り返る。

 

 そこには、地面に片膝をつきながらこちらを睨みつける蓮太郎と、そんな彼の傍に寄り添う延珠。気絶した運転手の首根っこを引っ掴んで鼻を鳴らす里津。そして、アタッシュケースを右手に持ちながら器用に聖天子を横抱きにするカネキの姿があった。

 

「怪我はありませんか?」

 

「は、はいっ。大丈夫です……」

 

 まるで童話に登場する王子様とそのお姫様のような構図に、場違いにも赤面しそうになる聖天子だが、先程から鋭い表情のまま正面に立つ女から片時も目を離さないカネキを視界に収めると、一瞬で気を引き締めた。

 

「立てますか?」

 

「いえ、わ、私、今ので腰が抜けてしまったみたいで……」

 

「なるほど、分かり───蓮太郎くんッ!」

 

「きゃっ!」

 

「うおっ!?」

 

 いきなり、カネキは抱えていた聖天子を蓮太郎に向かって投げつけた。かなり強い力で投げたのか、咄嗟に受け止めようとした蓮太郎は押し倒され後頭部を地面に強打する。

 突然の暴挙に抗議の声を上げようと顔を上げ、そして蓮太郎が見たものは───

 

 

 

 瞬時に起動したユキムラを背後に向かって逆袈裟に振り上げるカネキと、黒いナニカが激突した瞬間だった。

 

 

 

 まるで軽自動車同士が激突したかのような音と衝撃。驚くべきはその攻撃の正体が何の変哲もない()()()()()だったこと。

 

 刹那の硬直の後、吹き飛ばされたのはカネキだった。

 

「───へぇ、今のを止めるのか」

 

 カネキは敢えて衝撃を殺さず、逆に利用するように両手で地面を叩き、バク転するように起き上がる。

 

「シロ」

 

「分かってる」

 

「……!?」

 

 頭上から振り下ろされる二本の赫子。反射的にユキムラを(かざ)すようにして防いだが、それは悪手だったとすぐに悟る。

 

(重ッ───!!?)

 

 全身の骨が悲鳴を上げ、踏ん張った両脚から異音が響き、鼓膜を揺らす。少しでも気を抜けばそのまま潰される。それほどの重量。

 

「はい、隙あり」

 

「ごばッ……!!」

 

 がら空きになった胴体に容赦のない横薙ぎの一撃。背中からビルの壁に叩きつけられ、喉の奥からせり上がってきた血を吐き出す。

 

「か、げはっ……」

 

「カネキッ!!」

 

「カネキさん!」

 

 と、ここでようやく呆気に取られていた里津たちが再起動を果たし、カネキを救出せんと駆け出す。

 

 しかし、襲撃者たちはそれを是としない。

 

「……シロ、足止めは任せる。私はこいつを」

 

「任せて、クロ」

 

 そう言ってクロと呼ばれた黒いフードを被った女は、腰から伸ばした二本の赫子のうち一本をカネキに巻きつけ、もう一本をビルに突き刺すと、そのまま壁を垂直に駆け上がっていく。

 

「させるものかッ!!」

 

 『呪われた子供たち』特有の身体能力の高さとウサギの因子によって強化された脚力に物を言わせた速度をもってして、延珠はシロを無視して真っ直ぐカネキを追いかけようと跳躍する。だが。

 

「行かせない」

 

「マズイっ、下がれ延珠!」

 

「なッ……!?」

 

 それを妨害するように、シロの赫子が延珠の進行方向を正確に先読みして振るわれる。

 空中で身をひねり、己に迫る赫子を蹴りつけるようにして何とか後退する。

 

「くっ!? しまった!」

 

 そして、延珠がその健脚を止めてしまった隙に、クロとカネキは夜空の闇へと消えていった。

 苦虫を噛み潰したような表情になる蓮太郎だが、すぐにはっとして自身の横にいる少女を見やる。すると里津はこちらを小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 

「安心しなよ。流石に任務を途中で放りだしてアイツを追い掛けるような真似はしないからさ。それに……」

 

 心配はある。だけどそれ以上に信頼もしている。あの男が、そう簡単に敗北することなどありえないと。

 腰に差してある二本の曲刀を抜き放ち、脱力したような独特の型で構え、力を解放する。

 

「どうせアンタを倒さないと、先には進めないんだろうしさァッ!!」

 

 赤と赫の瞳がぶつかり合う。それが戦いの合図だった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 クロは赫子を器用に操り、拘束を振り(ほど)こうと(もが)くカネキをビルの側面に叩きつけ、壁を削りながら、まるで重力に逆らうかのように高層ビルの壁を垂直に疾走する。

 

「がっ……ぐあっ……!」

 

 飛びそうになる意識を歯を食いしばることで強引に繋ぎ止め、ユキムラで赫子を切り裂こうとした瞬間、気がつけば宙を舞っていた。

 

「なっ……!?」

 

 刹那の浮遊感。眼下に広がる東京エリアの街並みを捉え、自分がビルの屋上に投げ出されたことを理解する。

 直後、視界の端で何かが閃く。

 

「堕ちろ」

 

 ユキムラを盾にしてギリギリで攻撃を防御するも、踏ん張りの利かない空中では衝撃を殺すことが出来ず、カネキは砲弾のような速度でビルの屋上に激突する。

 

「ご、ばあッ……!」

 

 僅かな抵抗すら出来ずに、逆流した胃液ともども口から血を噴き出す。今もなお降り続ける雨ですら流せない量の血溜まりに、カネキは夜空を見上げるように沈んでいた。

 

 パシャッ、と少し離れたところにクロが軽やかに着地する。

 

「まだ起き上がるのか。しぶといね」

 

「…………」

 

 頭から、口から。いっそ全身から血を垂れ流しながら、それでもカネキはユキムラから手を離すことなく、ゆらりと、幽鬼のように立ち上がる。

 

「……君たちは、何者だ。目的はなんだ」

 

「そういえばまだ自己紹介をしてなかったな」

 

 クロは仮面を外し、その下にある素顔を晒した。彼女の瞳は、カネキと同様に左眼だけが赫かった。

 

「安久黒奈だ。お前の後輩(喰種)だよ。目的は……言わなくても分かるな?」

 

「そう、か………うん」

 

 バキッ、とカネキは親指で人差し指を鳴らす。腰から4本の赫子が飛び出し、左眼が赫く染まる。

 

「───邪魔だな」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「シッ!!」

 

 静止状態から一気に最高速度まで加速した里津は側面に回り込み、フェイントを織り交ぜながら両手に持った曲刀をそれぞれ独立した生き物のように操り、一閃する。

 対するシロは冷静に、自身と左右から同時に振るわれる刃物との間に赫子を滑り込ませる。

 

 曲刀と赫子がぶつかり合い、火花が散る。

 呆気なく防がれた攻撃にしかし、里津はニヤリと笑う。

 

 そうだ、それでいい。もとより自分の役割は敵の動きを封じること───必殺の一撃を確実に叩き込むための布石に過ぎないのだから。

 

「───天童式戦闘術、一の型三番ッ!!」

 

 真横から聞こえたその声に、シロは弾かれたように顔を向ける。

 

「『轆轤鹿伏鬼(ろくろかぶと)』ォッ!!!」

 

 右腕のカートリッジを炸裂させ、爆炎を噴き上げながら神速の域に達した拳を躊躇なく放つ蓮太郎。

 自身の義肢専用にカスタマイズされたカートリッジはその性質上、補充が非常に利きづらいため本来であれば戦闘の終盤まで温存するのが望ましい。だが、相手がカネキと同じ喰種であるなら話は別だ。出し惜しみなどすれば瞬殺される。

 

 蓮太郎の奇襲に気づいたシロは仮面の奥で舌打ちし、里津を蹴り飛ばす。そのまま流れるように、自由になった赫子で風を引き裂きながら蓮太郎の拳を迎撃する。

 

 そして、超バラニウム(次世代合金)の拳と赫子が接触した瞬間、空気が爆発した。

 

 一拍遅れて発生する轟音と衝撃。激突の余波だけで周辺の窓ガラスは全て砕け散り、二人を起点に局所的に雨は止み、地面は放射状にひび割れていく。

 遠くで聞こえる悲鳴が大きくなった気がするが、今はそれに構ってる余裕はない。

 

「!」

 

 威力が拮抗している。その事実を認識した瞬間、蓮太郎は大きく踏み出し二発目のカートリッジを撃発させる。

 

「くッ……!」

 

「と、どけぇぇえええッ!!!」

 

 炸裂音と共に腕部から黄金色の空薬莢が排出され、再び右肘から炎がロケットのように噴出する。無理やり赫子を押し戻し、拳を鳩尾に捻じ込み、そのまま全力で殴り抜く。

 

 人体から決して鳴ってはいけない音を奏でながら、シロは仰向けに吹き飛んでいった。

 

 何度も道路の上をバウンドし、数十メートルほど地面を転がった後、シロはうつ伏せに倒れ動かなくなった。

 同時に、それまで二人の激突によって見えない障壁に阻まれているかのように空中に堰き止められていた雨が、再び蓮太郎に降り注ぐ。

 

「はぁッ、はぁッ……!」

 

 蓮太郎は息を荒げ、けれど拳は下ろさず、地に伏しピクリともしないシロを油断なく睨む。

 

「……どう見る?」

 

「手応えはあった。けどあいつ、インパクトの直前に自分から後ろに飛んで衝撃を流しやがった」

 

 隣に来た里津とそんなやり取りを交わしていると、蓮太郎の予想通り、シロは何事もなかったかのように起き上がった。

 腹部からバキバキィッ……! と破壊された肉と骨が再生する音を響かせながら。

 

「凄い威力だね。喰種じゃなきゃ死んでたよ、今のは」

 

 忌々しそうに、蓮太郎と里津は舌打ちする。

 

 そう簡単に倒せる相手とは思っていなかったが、流石に全くの無傷というのは応えるものがある。

 以前に一度、カネキから喰種の再生力について説明された際は何かの冗談だと思っていたが、まさか虚飾のカケラもない真実だったとは。

 

『僕ら喰種の再生力には個体差があるけど、大抵は内臓を潰された程度じゃ死なない。僕たちを殺すには首と胴体を切り離すか、再生が追いつかないほどのダメージを与えるしかない』

 

 雨粒以外の冷たい何かが蓮太郎たちの頬を伝う。

 出来ることなら傷が再生しきる前に追撃を仕掛けたかった。しかし、それはできなかった。

 

「来ないの? って訊くのは流石にイジワルだね」

 

 理由はシロが立っている場所。先の蓮太郎の一撃によって、彼女は狙撃から身を守る遮蔽物(ビル)の存在しない交差点の上に殴り飛ばされた。今追撃を仕掛けるという事はつまり、自分から狙撃の餌食になりに行くようなものだ。

 

「……お前たちの目的は何だ」

 

 だからこれはただの時間稼ぎ。恐らく、逃げ惑う市民や野次馬どもに足止めを受けて合流できない他の護衛官たちや、騒ぎを聞きつけた警察が到着すれば、遠距離攻撃が主体であるが故に居場所を特定されたくない狙撃手は撤退するだろう。そうなれば、多少は戦いやすくなる。

 

「私たちの目的は金木研の殺害。それとアナタたちの背後で震えてる国家元首を殺す手助け、かな」

 

 蓮太郎の意図に気づいていないのか、それとも気づいた上で問題ないと判断したのか、シロは蓮太郎たちの背後───ビルの陰から此方を見守っている聖天子と、彼女を守護するように立ちはだかる延珠を指差した。

 ちなみに延珠を聖天子の傍に置いたのは、三人の中で最も敏捷性の高い延珠に、狙撃手が撤退した瞬間に聖天子を抱えて離脱してもらう為だ。

 

「カネキの殺害と、聖天子様の暗殺の、手助け……?」

 

「そう。もともと私たちの標的は金木研ただ一人だった。だけど、面倒なことに金木研はそこの国家元首の護衛になった。そして偶然、ちょうど良く国家元首を暗殺しようとしてる同業者(殺し屋)の存在を知った。お互いの標的が一緒にいるなら、どちらかが先に依頼を達成するまで協力しようって話になったの」

 

 ちらりと、シロは交差点から見えるとあるビルの屋上を一瞥して、また蓮太郎たちに視線を戻す。

 

「信じてもらえないかもしれないけど、私たちは標的以外の人間は殺さない主義なんだ。今ごろクロが依頼を達成してるだろうし、その子を()()に連れてきてくれれば、私たちは消える。そっちだって、無意味に痛い思いはしたくないでしょ?」

 

 その声は真剣で、なぜか本当にこちらの身を案じているような口ぶりだった。

 

「……………」

 

 しばしの沈黙。そして───

 

「───馬っ鹿じゃないの?」

 

 里津はそれを、鼻で笑い飛ばした。

 

「アタシたちは護衛で、標的を守るのが仕事。そしてアンタらは殺し屋で、標的を殺すのが仕事なんでしょ。アンタが今言ったことは、アタシらがアンタに向かって『標的を殺すのはやめてください』って頼むのと同じことだって気づいてる?」

 

「……………」

 

「それに、アンタは一つ勘違いしてる」

 

「……勘違い?」

 

 不敵に笑う里津の言葉を引き継ぐように、蓮太郎が続ける。

 

「カネキは黒い死神だ。あいつがそう簡単にお前らなんかに負ける訳ねぇんだよ」

 

 闘志を漲らせ、再び己の得物を構える蓮太郎たちに対し、シロは少しだけ悲しそうに呟いた。

 

「……そっか。やっぱりあの男、本物の黒い死神だったんだ」

 

 その様子を訝しむように目を細める蓮太郎たちから視線を外し、シロはクロが駆け上がっていったビルを見上げる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あぁ? アンタなに言って───」

 

「里津! 避けろ!!」

 

「!?」

 

 蓮太郎の声にはっとして、咄嗟にその場から飛び退く。それと同時にヒュン、という音を耳朶が捉え、先程まで自分が立っていた場所に長剣が突き刺さる。

 

 新手か、と地面に深々と刀身を埋める長剣の持ち主を探そうとして───里津の目は、その長剣に釘付けになった。

 

「う、そ……」

 

 眼前に現れた長剣には見覚えがあった。何故ならそれは、自分の相棒がいつも愛用している武器なのだから。だがそんなものは些末なことだ。

 

 問題なのは、長剣の柄の部分。それは、ぼとり、という音と共に地面に落ちた。急激に乾いていく喉を無理やり動かし、かすれた声で呟く。

 

「カ、ネキ……?」

 

 里津の視線の先にあったのは、切断された相棒の右腕だった。

 

 

 

 

 




今さらながら歌詞使用の存在に気付いたのでコードを追加しました。

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