黒の銃弾と黒い死神   作:夢幻読書

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 本日2度目の投稿。ではどうぞ。


蛭子影胤テロ事件
第2話 穏やかで愛おしい日々


 

 

 

 

 

「10年前、人類はガストレアに敗北しました」

 

 西暦2031年。ガストレア戦争によって日本は東京、大阪、札幌、仙台、博多の5つのエリアに分断された。

 

「生き残った人々はモノリスという巨大な壁を建設し、その内側に逃げ込みました」

 

 ここは東京エリアの外周区、第39区。突き抜けるような蒼穹と爛々と輝く太陽の下、青年───金木(カネキ)(ケン)はガストレアが出現してからの10年間の流れを黒板にすらすらと書き記していく。

 

「そして、ガストレアへの対策として国は民間警備会社を設立しました。ここまでが前回の授業で話した内容だけど、みんな覚えてるかな?」

 

 振り向きながら尋ねると、返事はすぐに返ってきた。

 

「もちろん!」

 

「おぼえてるー!」

 

 そこには第39区で暮らす数十人にも及ぶ子供たち(マンホールチルドレン)がいた。人種に共通点は見当たらないが、その全員が女の子であった。

 

「よし! それじゃあ復習だ。10年前に東京エリアで起きたガストレア戦争の名前は───」

 

「はい! 第一次関東会戦です!」

 

「で・す・が、その数年後に再びガストレアに東京エリアを侵攻されかけたけど、快勝した会戦の名前は?」

 

「はいはい! 第二次関東会戦です!」

 

「恭子ちゃん正解!」

 

「あー!? 先生ずるーい!!」

 

「あはは、ごめんごめん。でもマリアちゃん、いつも言ってるけど話は最後まで聞かなきゃダメだよ?」

 

 真っ先に手を上げた生徒から非難されるが、子供らしいその反応はとても微笑ましく、カネキは自然と頬が緩んだ。

 

「それじゃあ次の問題に行こうか。人類はモノリスを建ててガストレアの侵略を防いだけれど、どうしてガストレアはモノリスに近づけないのかな?」

 

「えーと、モノリスがガストレアの嫌う金属でできてるから……?」

 

「正解。さっきの問題の補足にもなるけど、第二次関東会戦で快勝できたのはガストレアが嫌う金属───バラニウムの貢献が大きいね」

 

 バラニウムとは先程生徒が説明した通り、ガストレアの弱点となる金属だ。通常兵器でガストレアを攻撃しても、脳や心臓以外の箇所なら瞬く間に再生する。そのせいで当時の自衛隊は苦戦を余儀なくされた。

 

「それで最後の問題は『民警』についてなんだけど……」

 

 次に誰を当てようかとクラス全体を見回していると、教室の一番奥で自分を当てろと言わんばかりに手を上げている相棒を発見し、思わず苦笑いする。

 

「折角だから現役の民警である占部(うらべ)里津(りつ)さんに答えてもらおうかな」

 

 少しおどけた調子で紡がれたカネキの言葉に、クラス全員の視線が里津に集中する。しかし、それにたじろぐこと無く彼女は不敵に笑い、意気揚々と答える。

 

「民警とは『民間警備会社』の略で、ガストレア駆除を専門とした組織であり、"プロモーター"と"イニシエーター"の二人一組で現場に派遣される。アタシ達『呪われた子供たち』が民警になると"イニシエーター"と呼ばれ、民警になった人間を"プロモーター"と呼び、それぞれペアを組むんだ」

 

 そう言うと里津は誇らしげに胸を張り、どうだと言わんばかりの表情でカネキに視線を送る。いわゆるドヤ顔である。

 いや、民警やってるのにそれ知らなかったら色々まずいからね? とは思ったものの、それを口にするのはちょっと大人げない気がしたので笑って誤魔化す。

 

「あ、あはは……うん、正解だ。とりあえずここまでが前回の復習です。みんなちゃんと覚えてて偉かったよ。えー、それでは今日は約束通り体育の授業をしようと思います。天気も良いし、ドッジボールでもしよっか」

 

「「「「はーい!!!」」」」

 

 ドッジボールと口にした瞬間、子供たちはボールを持って教室(?)から飛び出した。

 

「あ、そうだ。()()は使っちゃ駄目だからねー!」

 

 彼女ら『呪われた子供たち』はただの人間ではない。妊娠中の母体がガストレアウイルスと接触することで、ガストレアの因子を宿して生まれた人間である。

 そしてウイルスが遺伝子に影響を与えることと、ガストレアが発生したのが10年前であるため、必然的に生まれてくる『子供たち』はその全員が10歳以下の女の子だ。

 

 彼女達はウイルスの恩恵(呪い)として超人的な治癒力や運動能力、感染したウイルスの種類によって固有の能力を持っている。

 例えば、ウサギの因子を持つイニシエーターは脚が早いといった具合だ。

 

 「?」

 

 ピロン、という電子音がポケットから響いた。誰からだろうと疑問に思い、メールを開くと差出人は友人のものだった。

 

「誰からだったの?」

 

「あれ? 里津ちゃんはみんなと遊ばないの?」

 

「その"みんな"にアンタを呼んでこいって頼まれてさ。で? 誰からだったのさ」

 

「将監さん。防衛省からの招集だって」

 

「はあ? 何であの脳筋から連絡が来るのさ。ふつう防衛省の方から電話かなんかが来るんじゃないの?」

 

「ああ、うん。それなんだけど、授業に集中し過ぎて気づかなかったみたい」

 

「えぇ……」

 

 里津は物凄く微妙な目でカネキを見ていた。

 

「ま、まあとにかく! 防衛省からの呼び出しだから行かなきゃね」

 

「……集合時間をとっくに過ぎてるとかないよね?」

 

「そこは大丈夫。でも余裕を持って到着したいから残念だけどドッジボールは無理だね」

 

 そう言って、二人はきらきらとした瞳でこちらを見る子供たちへ視線を向ける。

 

「先生ー! 里津ー! 早くドッジボールしよー!」

 

 笑顔で手を振る子供たちの姿にチクリと胸が痛むが、こればかりは仕方ない。

 

「みんなにはアタシから説明するから、カネキは長老の所に行きなよ」

 

「ごめん……」

 

「良いって。アンタ押しに弱いから、泣きつかれたら本気で防衛省行かなくなるでしょ」

 

「いやいや、流石にそこまでは」

 

 反論しようとした頃には既に里津は子供たちの元に走り出していた。それを見て無意識に溜息をつきながらコートを手に取る。10歳の女の子に気を遣われる24歳など、情けないにも程がある。

 

「おや? どうかしましたか、カネキ先生?」

 

 折りたたみ椅子に腰掛け、子供たちを喜色満面で眺めていた初老の男性がカネキに声をかける。彼こそが外周区の長老こと、松崎である。

 

「防衛省から招集がありました。なので、その……」

 

「ああ、そうでしたか。子供たちには私から言い聞かせておきます。ですから、そんな顔しないでください。あの子たちも分かってくれますから」

 

 

 

 

 

 結論から言えば、外周区の子供たちは快く二人を送り出した。松崎は温かい微笑みを浮かべ、子供たちは彼らが見えなくなるまで手を振り続けた。

 

 余談だが、授業を中断した対価として、1人2個ずつケーキを献上する事になったが、そんな事はどうでもよかった。

 快諾した時の幼女たちの笑顔は、それはもう凄まじかった。まさに地上に舞い降りた天使。あの笑顔を前にして抱きしめる以外の選択肢があるだろうか。例えロリコンと罵られようと金的を蹴り上げられようと、カネキはあの選択を後悔しない。

 

「じゃあもう一回蹴り飛ばしてやるよ」

 

「冗談です許してください本当すいませんでした」

 

 金的はマジで洒落にならない。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ブラック・ブレット。それがこの世界の名前だ。

 

 ガストレアという怪物の退治を専門とする、対ガストレアのスペシャリスト、通称『民警』に所属する主人公と相棒の幼女の活躍を描いたライトノベル。僕がこの世界の人間───金木研という名前らしい───に憑依したのは原作開始の10年前、ちょうどガストレア戦争が始まったタイミング。人種も年齢も性別も関係なく、いっそ清々しいほど平等に人類が駆逐された時代。控えめに言って死と絶望のバーゲンセールだった。

 

 前世ではただの一般人だった僕には、この世界はあまりにも厳しすぎる。どうして神様はそんな難易度ルナティックな時期に憑依させたんですかねえ?(憤怒)

 

 全知全能なる神の嫌がらせはまだ続く。憑依した時期も酷かったが、僕の置かれていた状況はもっと酷かった。なにせ気がついた時には炎に包まれる街中で座り込んでいたのだから。それも血溜まりの上で。さらに腰からは血溜まりと同じように赤い触手を生やし、周囲には恐らく人であったモノからそうでない色々なモノまで転がっていた。

 第三者がこの惨状を見れば、僕が犯人だと勘違いされるのは確定的に明らか。弁護士だ、弁護士を呼んでくれ!

 

 カチャリ、と金属音を耳が捉えそちらに目を向ければ、銃器を構えた自衛隊に囲まれていた。とても友好的とは言えない雰囲気に気圧されていると、自衛隊の一部が僕に照準を合わせたままモーゼのように道を開け、そこから一人の老人が現れた。

 

 服の上からでも分かるほど鍛え抜かれた肉体。そしてその瞳には鋼の如き意志と、己から妻を奪ったガストレアに対する憎悪が炎のように燃え上がっている。老人───天童菊之丞を視界に収めた瞬間、僕の心は絶望の二文字で埋め尽くされた。

 

 天童菊之丞はガストレアを誰よりも強く憎んでいる。その憎悪はガストレアの因子を持つ『呪われた子供たち』にも当然向けられる。彼女たちを根絶やしにするためなら敬愛する主君(聖天子)を欺き、テロリスト(蛭子影胤)と手を組むことさえ厭わない。天童菊之丞とはそういう男だ。

 

 ではここで問題です。

 

 そんなガストレア絶対殺すマンと、ガストレアウイルスに感染し、腰から触手を生やすという明らかに化物に分類される者が対峙したらどうなるか。

 

 正解は、ガストレアを殲滅するための兵器として鍛える、でした。

 

 天童菊之丞の性格を知識から得ていたため、殺されると思ってぶるぶると震えていた僕はあれよあれよと言う間に最前線で戦っている特殊部隊にぶち込まれた。

 

 正直あの頃が一番キツかった。()()()との特訓は冗談抜きで死ぬかと思った。"命懸けの訓練"と言いつつ本気で命取りに来てたもの。殺しに来てたもの。鍛えるって名目で実は殺そうとしてるんじゃないかと何度疑ったことか。

 部隊()の人に「もしかして彼は僕の事が嫌いなんですか?」と泣きながら訊ねて爆笑されたのは良い思い出………では無いな、うん。

 

 あの人の常識外れな行動をみんなは『天然だから』の一言で済ませていたけれど、そんな理由で何度も三途の川を泳がされる僕の身にもなってほしい。

 

 けれど、彼のおかげでステージⅣのガストレア相手でも一人で屠れる程度には強くなれたのも紛れもない事実で、感謝はもちろん、尊敬もしてる。それに訓練の時以外は優しくて、まるでお父さんみたいだった。

 

 ガストレア戦争が終結したことで機械化特殊部隊(サイボーグ集団)と同様に僕が所属していた部隊も解体され、それをきっかけに僕は数年ほど世界を放浪した。

 そして、この世界が『子供たち』にとってどれほど過酷なものか痛感した。

 

 知識では知っていた。そう、()()()()()()()だった。

 

 彼女たちに人権などなく、『子供たち』と発覚すれば問答無用で殺される。まだ10歳にも満たない子どもが、情け容赦なく、まるで虫けらのように。

 ()()()()()()()()()()子もいたが、彼女たちは口を揃えて"殺してください"と懇願した。

 

 そんな彼女たちを放っておけなくて、僕は半ば無理矢理日本に連れてきた。今でこそ、もともと外周区にいた子供たちと一緒に無邪気に笑うようになったけれど、まだ時々悪夢を見るらしい。大人を見れば悲鳴を上げ、毎日悪夢に(うな)されてた当時と比べれば……マシ、だなんて口が裂けても言えないな。

 

 と、こんな感じでこの世界は幼女ほど死ぬ。それも味方の幼女ほど死ぬ。まあ、幼女以外(人間)もそれなりに死ぬんだけど、幼女の方が圧倒的に死亡率は高い。作者は幼女に恨みでもあるのだろうか?

 

 さて、そんな世界で二度目の人生を送っている僕だが、とりあえず"原作死亡キャラの救済"ってヤツを目指すことにした。伊熊将監、千寿夏世、布施翠、薙沢彰磨。彼らを救うには原作への介入は必至であり、しかし必要以上に干渉してはならない。僕が持っている知識はあくまで"僕が存在しない世界"の物語だ。ほんの僅かでも原作と違う展開になれば、僕の知識はただの妄想に成り下がる。それを回避するために細心の注意を払っていく必要があるんだけど……。

 

 

 

「お久しぶりです、カネキさん。私たちのこと、覚えていますか?」

 

 

 

 まるで、懐かしい友人と再会したかのような表情で目の前に立つ里見蓮太郎(主人公)天童木更(ヒロイン)を見て、僕は思った。

 

 

 

 

 ……どうしてこうなった?

 

 

 

 


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