黒の銃弾と黒い死神   作:夢幻読書

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第23話 桟橋は腐る

 桟橋+腐る=pier+rot =pierrot =道化

 

 

 

 

「───シロ」

 

「うん。()()()()()()、あのビルの中に続いてる。いるよ、クロ」

 

 場所は都心部に移り、逃げる死神を追いかけていた私たちは建設工事中のビルに辿り着いた。

 

 初めて人を殺した、あの時と同じ場所。

 

「…………チッ」

 

 ここに来る直前に見た夢の影響か、あの時の光景が脳裏にチラついた。衝動的に出た舌打ちが、人気(ひとけ)も車の影もない静かな夜の通りに嫌に響いた。

 

 私は睨みつけるように正面にあるビルを見上げる。まだ建設の途中だからか、床や天井といった足場はあるがどの階にも窓や壁といった外部からの侵入を阻むものはなく、鉄骨が剥き出しになったその状態は、まるで階層ごとに板を敷いた巨大なジャングルジムだ。

 加えて屋上には赤と白に交互に塗色されたタワークレーンが鎮座しており、すでに12階部分まで作られているこの建物がさらに高くなることを意味している。

 

「行くよ、シロ」

 

「……うん」

 

 隣から聞こえた、少し間を空けてからの相づち。シロが隠し事をするときの癖だ。

 けれど今回は、この子が何を言おうとしたのか手に取るように分かった。

 

 これは罠だ。

 

 一見すると奇襲に失敗したあの男を人気(ひとけ)のないビルに追い詰めた構図だが、実際はその逆。誘い込まれたのは私たちの方だ。

 

 最初はただ闇雲に逃げているだけだと思った。けれど、もしそうなら逃げ方に迷いが無さすぎるし、何より奴はアパートからこの場所まで真っ直ぐにやって来た。

 

 確実に何らかの策を講じている。

 シロはそれを口にすべきかどうかで悩んで、結果として言わなかった。今さらその程度のことで、私が止まらないと理解しているから。

 

「……あぁ、そうだ。ナシロに言っておかなきゃいけないことがあったんだ」

 

「なに?」

 

 何の脈略もなく私の口から紡がれた言葉。だけどシロが戸惑うことはなかった。

 

「────、─────」

 

「………え?」

 

 その後に続く言葉を聞くまでは。

 

「約束だよ、ナシロ」

 

 それだけ言って、私はシロが何かを口にする前に、作りかけのビルの中に足を踏み入れた。

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 暗闇に溶け込むように、カネキは黒い外套に身を包み、携帯を片手に街の夜景を眺めるように佇んでいた。

 しかしその顔は、歯を剥き出しにした口元と右眼を覆う眼帯を組み合わせたようなマスクのせいでほとんど窺えず、目元は髪に隠れ、どんな表情を浮かべているのかは分からない。

 

 ふと、カネキの持つ携帯が短く震え、ディスプレイにメッセージが表示される。それをさっと確認すると、カネキは短く何かを打ち込んで携帯を仕舞った。

 

「───追いかけっこはもう終わりか?」

 

 その声にゆっくりと振り返ると、10メートルほど離れた先に黒と白の少女が並ぶように立っていた。

 

「標的を二度も殺し損ねたのはお前が初めてだよ、金木研。だが、三度目はない。ここが終点だ」

 

 フードの奥の片眼にそれぞれ焔が灯り、二人の腰から赤黒い赫子が飛び出す。

 それに対し、カネキは一度目を閉じて、マスク越しに独り言のように言葉を紡ぐ。

 

「喰種であり、双子の殺し屋───安久黒奈、ならびに安久奈白」

 

 再び目を開けると、露出した左目は黒と白(人間)から赤と黒(喰種)に変化していた。

 しかし、血や熱を連想させる赤色の瞳とは対照的に、その目に宿るモノは氷のようにどこまでも冷たく、機械的で無感情だった。

 

「これより貴女たちを駆逐します」

 

「───ハッ。やれるものならやってみろ。口だけは達者な死に損ないが」

 

「口だけなのは君の方だろ───死ねよ」

 

 カネキの吐き捨てるような言葉を合図に、三人は同時に動き出した。カネキは右足を半歩引いて外套の内側に隠れていた左腕をクロたちに向けて突き出し、クロとシロは間合いを詰めるべく床を蹴った。

 

 が、しかし。

 

「───は?」

 

 カネキが突き出した左手に握られていたソレを、一瞬遅れて認識したクロたちは瞠目した。

 

短機関銃(サブマシンガン)だと!? 何でそんな物を……!)

 

 カネキの手に握られている武器の名はP90。クロはその全体的な形状からサブマシンガンと誤認したが、厳密にはアサルトライフルとサブマシンガンの中間に位置する、ベルギーのFNH社によって開発された個人防衛火器(PDW)であり、P90はその代名詞として知られる銃である。

 人同士の争いが頻発していたガストレア戦争以前の時代では、優秀な対テロ装備として知れ渡っており、現在でも建物などの閉鎖空間で活動する特殊部隊用の火器として使用されている。

 

 冷静に考えれば、()()()()()()()()()銃を所持していること自体は何も不自然ではない。戦場ではいかに一方的に敵を殲滅できるかが重要であり、相手の得物が届かない遠く離れた位置から攻撃できる『銃』という武器を用いることは、これ以上ないほど理に適っている。

 

 ただ、クロにしてもシロにしても、前回戦った相手の戦闘スタイルが徒手空拳に蹴り技主体、二刀流に触手(鱗赫)と長剣の同時併用と、揃いも揃って近接特化だったこと、何より『カネキは喰種なのだから、当然赫子を使う』という先入観から無意識のうちに『今回も近接戦闘だろう』と戦術の視野を狭め、相手が銃のような中距離武器を使ってくる可能性を除外してしまっていた。

 

 そして人は、想定外の事態に見舞われると、脳が情報を処理しきれず、一時的に思考は停止し、肉体は硬直する。

 

「くぅ……ッ!」

 

 そんな完全に虚を突かれた二人のもとへ、容赦なくバラニウム製の弾丸が殺到する。

 

 もしも、二人があらかじめ銃器の存在を想定出来ていれば回避できたかもしれない。しかし、現実に『もしも』や『たられば』は通用しない。

 

 既に重心を移動させ、前傾姿勢になりながら一歩目を踏み出した今の状態で無理に方向転換を行えば、容易にバランスを崩し致命的な隙を晒すことになる。

 回避は間に合わないと判断した二人は咄嗟にその場で急停止し、赫子で()胸部(心臓)といった急所を隠してやり過ごす。

 

 それでも、やはり赫子で防御していなかった腹部や四肢などには何発か被弾する。

 

 だが、それだけだ。

 

 腕が千切れようが腹に穴を開けられようが、喰種の治癒力なら致命傷でなければ瞬時に再生する。

 最初は想定外の事態にただ混乱していたクロだったが、状況を把握すればすぐさま冷静さを取り戻した。カネキがどういった思惑で銃を手にしているのかは不明だが、銃弾とて無限ではない。どんな武器でも、飛び道具であるならいつか必ず弾切れを起こす。

 

(あとは弾を撃ち尽くしたと同時に距離を詰めれば……!)

 

 接近戦に持ち込み、数の有利で押し切れる。

 そこまで思考した直後、銃弾の雨が止み、薬莢が床に落ちる音だけが虚しくフロアに響く。弾切れだ。

 

 動くなら今。

 

 視線だけで意思疎通を行い、クロとシロは視界を塞いでいた赫子を取り払い、側面から回り込んで挟み討ちにするために左右に分かれようとして───猛烈な悪寒が背筋を駆け抜けた。

 

 それは、膨大な戦闘経験から導き出される、決して無視できない危険信号(直観)

 

 確かに喰種の再生力があれば、いくら弾丸を食らったところで決定打にはなり得ない。精々が先の自分たちのようにその場に釘付けにし、ほんの僅かの間だけ視界を奪うのが精一杯だ。だがその程度のことを、あの黒い死神が理解していないとは思えない。

 

 ならば答えは明白。

 

(最初から足止めと目眩しが狙いか! まずい───)

 

 つまりは、次に打つ一手を確実なものにするための布石。クロがその結論に辿り着いたと同時。

 

 ───カラン。

 

 取り払った赫子の向こう側から、缶が床を跳ねるような音と共に、小さい円筒状の何かが二人の前に躍り出た。

 

(しまっ───!?)

 

 直後、二人の目と鼻の先で閃光発音筒(スタングレネード)が爆光と爆音を撒き散らし、視覚と聴覚を蹂躙する。

 

「か、あ……ッ!」

 

 『蛭子影胤テロ事件』の折、負傷した将監を手当てするために、カネキが未踏査領域で蛭子親子と対峙した際に行ったのと同じ戦法。だが、あの時の目的が撤退だったのに対し、今回の目的は敵の駆逐である。

 

 故に、攻撃はまだ続く。

 

「がッ……!」

 

 カネキは一気に間合いを詰めると、左足を軸に素早く体を回転。遠心力を最大限に乗せた強烈な回し蹴りが、無防備に差し出されたシロの側頭部を捉えた。

 そのまま右脚を振り抜き、シロをフロアの中央まで蹴り飛ばすと、カネキは左手に握っていたP90をラケットのように振り抜き、思いきりクロの頭部を殴りつけた。

 

 激突した衝撃で砕けた銃の破片ともども床を転がるクロを横目に、ガラクタと化した銃の残骸を手放し、懐から小型のトランシーバーのような物を取り出すと、一切の躊躇なくスイッチを押した。

 

 刹那。

 チカッ、と光が瞬いたかと思うと、突如フロア中央が爆発し、黒煙の濁流が押し寄せて周囲を覆い尽くす。

 

 そして、爆発の発生源───先ほどまでシロがいた場所に彼女の姿はなく、代わりに奈落の底へと続いていそうなほど深く大きな穴があった。

 

 一瞬だけ、波のように揺らめく煙の僅かな隙間から見えたその光景を横目に確認すると、カネキは起爆装置を手放し懐から拳銃を取り出した。

 

 Five-seveN。

 P90用の補助兵器(サイドアーム)として生み出された自動式拳銃で、弾薬にはP()9()0()()()()5().()7()m()m()×()2()8()()()使()()()()()()。この弾丸のえげつない特徴は、構造と比重から人体などの軟体に着弾した場合、内部で弾頭が乱回転して運動エネルギーを対象内に放出し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()という点にある。

 

 初手の銃撃で、クロは太腿と腹部に何発か被弾してる。喰種の再生力であれば瞬く間に傷口は塞がるが、弾丸は体内に残り続ける。

 今ごろ彼女はその場から動くことも出来ず、僅かに力を入れただけ(呼吸をするだけ)で体の内側から発生する激痛にただただ困惑していることだろう。

 

 黒煙で相変わらず視界は最悪だが、クロが転がっていった場所は記憶している。位置を把握しているなら、外す道理はない。

 

 カネキは先ほどクロが転がっていった方向へ銃口を向けると、無言で引き金に指をかけ───弾かれるようにその場から飛び退いた。

 

 瞬間、空気を裂くような音と共に、先程までカネキがいた場所に蜘蛛の脚のような形状をした赫子が二本突き刺さる。

 

 標的を仕留め損なった二本の赫子()は、ゆっくりと床から引き抜かれ───黒煙の向こうから四本の赫子が同時に飛び出した。

 

 上下左右から襲い掛かる攻撃を、しかしカネキは赫子と赫子の隙間に体を滑り込ませるように身を翻すことですべて回避する。

 

 そして、二度の奇襲を躱された六本の赫子は静かに黒煙の向こうへと戻っていく。

 

 直後、一際強いビル風がカネキのいるフロアに流れ込み、周囲に充満していた黒煙を外へと押し流す。

 だが、視界を遮っていた黒煙が晴れていくというのに、カネキの視線は依然として……否、先ほどよりもさらに鋭くなっていた。

 

 理由は、カネキの視線の先。

 

 風に流される黒煙をドレスのように身に纏いながら、()()()()()()を瞳に宿した蜘蛛が、其処にいた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 分断された。

 

 場所は先ほどカネキと戦闘していた階より5つ下の6階フロア。シロは鬱陶しげにフードを取り払い、今しがた自分が落ちてきた天井に空いた穴を見上げながら、苦虫を噛み潰したようにその顔を歪めていた。

 

 良くない状況だ。

 幸いにも爆弾に使われた素材にバラニウムが含まれていなかったおかげで外傷こそ負わなかったが、爆風によって受けたダメージは確かに存在する。

 加えて、先ほどから再生したはずの被弾箇所から持続的に発せられる痛み。

 

 だが問題はそこではない。

 

 痛みの正体が体内に残存した弾丸であることを過去の経験から即座に看破したシロは、僅かな逡巡すらなく脚や胴体に自らの手を突き刺し、弾丸を抉り取る。当然、肉が裂け血が流れるが、摘出した弾丸をまとめて投げ捨てた頃には傷はすべて完治していた。

 恐らく、上に残っているクロも同じように弾丸を摘出していることだろう。

 

 ならば、何が問題なのかと言えば。

 

「───ッ!」

 

 暗闇に紛れ、背後から音もなく振るわれた曲刀。だがそれは、シロが瞬時に出した赫子によって容易く防がれる。

 鉄と赫子のぶつかり合いで発生した火花が、シロと下手人の姿を暗闇から一瞬だけ浮かび上がらせる。

 

「よぉ、オセロ女」

 

 下手人の格好は濃紺色(ネイビー)で統一されており、長袖のシャツとズボン、その上にフード付きのケープとスカートを纏っている。そして被っているフードの下にある素顔は、サメの顔を象った仮面で隠している。

 

 顔どころか素肌すら見せない徹底ぶりだが、シロには下手人の正体が誰かなど()()で分かっていた。

 

「……何しに来たの?」

 

「決まってんじゃん。ぶっ飛ばし(リベンジ)に来たんだよ」

 

 ギチギチ……! と、曲刀と赫子が鍔迫り合う音を響かせながら、里津は仮面の下で不敵に嗤った。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 標的に照準を合わせて、引き金を引く。

 

 かつてカネキが、自衛隊の部隊に所属させられて最初に教わったのは、赫子を自由に操れるようになるコツでも、剣や槍などといった近接武器を使った戦い方でもなく、射撃だった。それも一つの種類ではなく、あらゆる火器の扱い方を。

 

 当然と言えば当然である。あの頃のカネキには今ほど赫子を制御できず、また喰種に関する情報は皆無に等しく、判明していたのは凄まじい再生能力だけ。そもそもカネキが所属していた部隊は戦場の最前線。いつガストレアの襲撃があるか分からない状況では悠長に素人の……それも体が出来上がってない子どもに合った鍛錬を一からしている余裕などなかった。

 

 故に、その場において最も簡単な戦う術を、隊員たちはカネキに教えた。

 

 ここ何年も行っていなかった動作だが、頭にではなく身体に叩き込まれた技術はそうそう忘れはしない。

 

 標的に照準を合わせて、引き金を引く。

 

 それら一連の動作を、一秒にも満たない時間で完遂させる。

 片手撃ちだろうと問題ない。杞憂に終わったが、腕が再生しなかった(そういう)場合も想定して訓練させられたのだから。

 

 しかし。

 

「…………ッ!」

 

 当たらない。こちらが引き金を引くタイミングに合わせて照準から体を逸らしたり、躱しきれない弾丸は赫子で防がれている。挙句。

 

(……少し、傷を負いすぎたかな)

 

 カネキが着けているマスクにはところどころに傷ができ、外套に至ってはボロボロだ。そして、今もクロに向けている銃を持つ左手からは、腕を伝った血が滴っていた。

 

 だが、許容範囲だ。むしろ想定よりもちょっと多く傷を負っている方が()()()()()()()()()()()()()()

 それより厄介なのは、クロが半赫者になっても冷静さを保っていることだ。

 

 いくら菫が用意してくれたガストレアウイルスの原液のおかげで体力が回復したとはいえ、所詮は病み上がり。今のカネキでは、正攻法でクロを下すことは出来ない。

 

 だからこそカネキは、すでに再生している右腕を徹底して隠し、あえて銃器しか使わず、傷を意識的に再生させないことで『依然としてカネキは弱っており、失った右腕の再生どころか赫子すら碌に出せない状態にある』と誤認させた上で、クロを半赫者にして正常な判断力を奪い、馬鹿正直に突っ込んで来たところを意表を突いて仕留めるつもりだった。

 

 ところが、蓋を開けてみればどうだ。

 

(何だ? 僕が眠ってた一週間の間に、一体何があったんだ?)

 

 カツン、と。弾丸を撃ち尽くしたことで遊底(スライド)が後退したまま固定される。

 弾切れとなった計4丁目の拳銃(HK45)を投げ捨てるのと同時に襲いかかる赫子を躱しながら、カネキはクロの状態を観察する。

 

 顔の上半分を覆う多眼の面。両腕と両脚はまるでスーツのように赫子が包み込み、腰からは蜘蛛の脚のようにも見える、鱗に覆われた触手状の赫子が6本。

 

 身体的特徴はおよそ前回と同様。全身ではなく、身体の一部しか赫子で覆えていない不完全な赫者化だ。にも関わらず。

 

「いい加減、無駄に足掻くのはやめてさっさと殺されたらどうだ?」

 

 にも関わらず、今のクロには一週間前の戦闘の際に見せていた情緒の不安定さや、暴走の兆しもない。未だ彼女の双眸に狂気はない。

 

 最初から赫者化を制御できたのか、それともここに来てある程度コントロールできるようになったのか。あるいは、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(考えたところで仕方ないか)

 

 足を狙った横薙ぎの攻撃を後方に跳躍することで躱し、そのままクロの赫子の射程圏から離れる。すかさず3丁目のサブマシンガン(PP-2000)を取り出して、お返しとばかりに銃弾を撃ち込むが、引き戻した赫子ですべて防がれた。

 

(……埒が明かないな)

 

 マスクから唯一露出しているカネキの左眼が、鋭く細められる。

 

()()()()

 

 その為には、情報を引き出さなければ。

 

「一つ聞きたいんだけど」

 

 銃口をクロに向けたまま、カネキは質問する。

 

「君はどうして、そんなに僕を憎んでいるのかな?」

 

「……なんだと?」

 

「君は僕のことをかなり恨んでるみたいだけど、生憎、僕はこの前まで君の存在自体知らなかった。君と僕の、一体どこに接点があるんだ?」

 

 カネキの問いに、クロは苛立ちと嘲りが混ざり合った声で笑った。

 

「私とお前の接点、か……はははっ、お前は本当に何も知らないらしいな。いいだろう、教えてやる。私とナシロは、黒い死神(お前)を人工的に生み出すための実験台にされたのさ」

 

 それからクロは滔々と語った。自分たちが研究施設で受けた拷問に等しい実験の数々を。何とか施設を抜け出したが、その先で待ち受けていた惨めで理不尽な日々を。クロがカネキに抱いている、憎しみの源泉を。

 

「すべての元凶はお前だ、カネキケン」

 

 それをカネキは、最後まで黙って聞き続けた。

 

「お前が、お前さえいなければ、私は、私たちはっ……!」

 

 そして、クロの話を聞き終え、彼女たちの過去と境遇を知ったカネキは。

 

「くだらない」

 

 そのすべてを、たった一言で切り捨てた。

 

「…………は?」

 

「どんな事情があるのかと思って話を聞いてれば、要するに、ただの八つ当たりじゃないか。はっきり言って迷惑だよ、そういうの」

 

 呆気に取られるクロを置き去りにして、カネキは続ける。

 

「それから、施設を抜け出した後の(くだり)。まるで自分たちがこの世の誰よりも不幸だ、みたいな口振りだけど、君らと同じような境遇の人間はたくさんいるし、むしろ()()()()()()()()()()()()。ガストレアへの恐怖と憎悪が根強い今の時代、イニシエーター(呪われた子供たち)のほとんどが君たちと同じか、それ以上に酷い目に遭ってるよ」

 

 俯き気味になったことで前髪に隠れて表情が窺えないクロを見ながら、カネキは鼻で笑うように吐き捨てる。

 

「それで、どうするの? 君たちの依頼主は僕が生きていることは知らないはずだし、僕に向けていた憎しみも的外れな八つ当たりだって分かった。これ以上戦う理由も必要もないと思うんだけど」

 

「………………」

 

 カネキの言葉に対し、クロは数秒の沈黙の後、静かに顔を上げ。

 

「じゃあ……単純にぶっ殺す───ッ!!!」

 

 憤怒に歪んだ表情で、端的に殺意を告げた。

 

 第三者の無責任な詭弁ほど、当事者の神経を逆撫でするものはない。しかもそれを、元を辿れば自分たちが地獄を味わう原因となった人物に言われれば尚のこと。

 

 顔中に青筋を浮かばせ、激情のままに突貫してくるクロの姿を見ながら、カネキはボロボロのコートの内側に隠している、得物を握る右手に力を込めた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ───結論から言えば。

 

 カネキの作戦は、クロに見抜かれていた。

 

 鱗赫持ちの喰種の再生力は他の喰種とは一線を画す。長期間ガストレアウイルスを摂取していないことを考慮しても、時間さえ掛ければ千切れた腕の再生ぐらいなら十分可能だとクロは確信していた。

 それに前回、カネキがガストレアウイルスを摂取しない理由を見当違いだと否定したのはクロ自身である。ならば、既にウイルスを何らかの方法で補給していると見るのが妥当だろう。

 

 であるならば、なぜカネキは戦闘中に負った傷を再生せず、赫子も出さず、わざわざ片腕だけで銃器を扱うのか。

 

 決まっている。こちらに『依然としてカネキは弱っており、失った右腕の再生どころか赫子すら碌に出せない状態にある』と油断させたところを、その右手に隠し持っている武器で仕留める算段なんだろう。

 

 そして、肝心なカネキが隠し持っている武器の正体についても、クロは予想がついていた。

 恐らく、カネキが右手に持っているのは尾赫を加工した近接武器だ。コート内側に忍ばせられる大きさからして、ナイフか短剣の類だろう。

 

 根拠は二つ。

 一つは、尾赫が自分たち鱗赫にとって相性が悪く、赫子は相性が有利な喰種に対して強力な毒として作用する特性がある。つまり、鱗赫の強みである高い再生力が意味をなさなくなる。

 そしてもう一つは、ここまでの戦闘で、最初の奇襲以外は射撃に徹して、距離を詰められないように立ち回っていたこと。あれは間違いなく、こちらが『カネキは近接戦が出来ないほど弱体化しているから銃を使っている』という認識を利用した罠だ。銃を主な武器とする敵が接近戦を行えず、しかもその唯一の武器が使えない超近距離にまで入り込めれば、誰だって油断する。

 

 だからこそクロは、カネキの挑発に本気で激昂しながらも、逆にそれを利用することにした。

 狙うのは、考えなしに突っ込んで来た馬鹿を仕留めようと尾赫の武器を突き出す、その瞬間。勝利を確信し、気が緩んだ奴の息の根を止める。

 

 油断させていたはずの相手に、逆に油断させられていたと悟っときの死神の表情は、さぞ滑稽だろう。

 

 踏み込む。正面から猛進し、弾丸が放たれるのと同時に姿勢を低くする。

 頭上を通り過ぎるバラニウムの銃弾に髪が躍る。構わず加速する。

 

 弾丸が頬を裂く。切れた皮膚から血が溢れる。だが、その血が流れ出すよりも先に、クロは赫子でカネキの持つ銃を破壊する。

 それと同時に、カネキの腰から4本の赫子が現れ、クロに襲い掛かる。

 

 ───ほうら、やっぱり赫子も使えるじゃないか。

 

 クロは冷静に6本ある赫子のうち4本を使って、カネキの赫子を拘束する。そして、そのまま残り2本の赫子を勢い良く走らせ───外套を裂くように突き出された右腕を縛るように巻き付けた。

 

 ちらりと、視線を下に向けると、カネキの右手にはククリナイフのような物が握られていて、クロの腹部に突き刺さるはずだったソレは僅か数センチ手前で停止していた。

 

「惜しかったな」

 

 身動きを封じられ、隠していた奥の手も見破られたカネキの顔から目を逸らさず、クロは言った。残念ながら肝心の表情はマスクと前髪でほとんど見えないが、焦りと絶望でさぞ愉快な顔をしていることだろう。

 

 クロは嘲笑を浮かべながら、赫子を纏った右手をカネキの胸───心臓に向けて突き出した。

 

 数瞬後に訪れるのは肉を裂き、臓器を貫き、背中を突き破る手応え。一拍遅れて、ゴボッ、と逆流した血液がカネキの口から溢れ出る。

 腕を引き抜き、崩れ落ちるカネキを尻目に、べったりと血の付いた手のひらを見下ろす。

 

 そして、血に染まった手の向こう側に天井が見えて、ようやく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……あ、れ………?」

 

 真っ先に浮かんだのは疑問。

 続いて湧いたのは困惑。

 

 何が起きたのか、なぜ自分が倒れているのか。現状に至る過程の一切が理解できない。

 

 反射的に周囲に視線を走らせながら上体を起こすと、少し離れた前方で佇むカネキの姿が目に留まる。正確には、奴の右手にある先端部分から()()()()()()ククリナイフに。

 

「───ぐっ、がっあああ……!!?」

 

 突如、思わず蹲るほどの激痛が腹部に走った。咄嗟に手を当てれば、ドロリと生暖かい感触。自分の血に染まった手を見た瞬間、クロは現実を正しく認識した。

 

(そうだ、()()()()()()()()()()()()()()()()……!)

 

 あの時、確かにクロは貫手を放った。だがそれが、カネキに届くことはなかった。

 なぜなら彼女の指先がカネキの胸に触れるよりも早く()()()()()()()、そのまま後ろに吹き飛ばされたからだ。

 

 油断があった。反撃の術はないという確信があった。それこそ、クロの認識と現実がズレて、自身の攻撃が成功したという幻覚を見てしまうほどに。

 

 口内に充満する鉄の臭いに不快感を募らせながら、クロはカネキの手にある武器を睨みつける。

 

(ナイフじゃ、ないッ……! アレは……まさか……!)

 

 歯を食いしばりながらクロが立てた推測を肯定するかのように、パキパキッ、という音を響かせながらククリナイフ(外装)にひびが入り、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうしてすべての外装が剥がれ落ち、ハリボテの内側から一つの銃が現れる。

 

 トンプソン・コンテンダー。

 

 トンプソン/センター・アームズ製の単発式大型拳銃。社名と同じ名を冠するこの銃の最大の特徴は、銃身を取り換えることで拳銃でありながらライフル弾を撃てることにある。

 拳銃弾では歯が立たなかった赫子による防御も、仮に鎧のように体に纏わせていたとしても、ライフル弾でなら撃ち抜ける。

 

 さらに今回、カネキが選んだ銃弾はただのバラニウム弾ではない。

 

(っ! なんだ? 傷が、再生しない……!?)

 

 ───濃縮バラニウム弾。

 

 一見すると通常のバラニウム弾と変わらない外観をしているが、その内側には液状に溶かしたバラニウムが濃縮されている。

 濃縮バラニウム弾は着弾と同時に砕け、液状化したバラニウムが体内で広がり、対象を死に至らしめる。

 

 主に『再生レベル』の高いガストレアや()()()()()()()()使われ、通常のバラニウム製の武器では殺しきれない相手を殺すために生み出されたのが濃縮バラニウム弾である。

 

 再生レベルとは、ガストレアやイニシエーターの再生能力を5段階にレベル分けしたもので、通常のバラニウム製の武器で殺傷可能で、ほぼすべてのガストレアやイニシエーターが分類されるのがレベルⅠ。バラニウムの再生阻害を押し返すものの、首を切断されたり燃やされると絶命するのがレベルⅡ。欠損した部位を元通りに再生させ、切断されてもくっつければ何事もなく活動可能なのがレベルⅢ。内臓のほとんど損失しても再生し、肉片一つ残さず滅却しなければ死なないものをレベルⅣ。例えマグマの中に放り込んでも、環境さえ整えば分子レベルで再生し、現代科学では物理的に殺す手段がないものをレベルⅤとしている。

 

 そして、濃縮バラニウム弾は再生レベルⅢまでの再生を阻害する。

 

「治れッ、治れ治れ治れ治れ……!」

 

 いつまで経っても再生しない傷に動揺するクロとは対照的に、それまで浮かんでいた傷をすべて再生させながら、カネキは淀みない動作で濃縮バラニウム弾を再装填する。

 

 ───カシャン。

 装填を終えたコンテンダーの銃口が、こちらを向く。

 

 クロには濃縮バラニウム弾の知識はなく、なぜ傷が再生しないのか皆目見当もつかなかった。だが少なくとも、あの弾丸の前では喰種の再生力など意味をなさないことだけは理解できた。

 

 つまり、もしもう一度あの弾丸をまともに受けてしまったら。

 

 クロはこちらに向けられる銃口を見て、死神の鎌が自分の首に添えられている光景を幻視した。

 

「───ぁ、ああああああああ!!!!!??」

 

 直後、絶叫と共にクロの腰から飛び出した複数の赫子が、一帯を縦横無尽に駆け巡る。それは鉄骨を次々と両断し、あるいはへし折り、天井を引き裂いていった。

 

 結果、クロとカネキを巻き込むように上階が崩れ落ち、瓦礫の雨が二人に降り注ぐ。同時に、屋上に設置されていた工事用クレーンが、足場を失ったことで地上に向かって落下する。

 

 頭上から際限なく襲い掛かる大量の瓦礫を一本の赫子で防ぎながら、クロは獣のような咆哮を上げて残りの赫子をカネキに向けて放った。

 

 上から叩き潰すような振り下ろし。横から斬り裂くような薙ぎ払い。正面と斜め下から捻じ切るような刺突。

 

 姿が見えていたわけではなかった。確信があったわけでもない。ただの当てずっぽうで、カネキの姿を捉えたのは赫子を放った後だった。だが、そんなことは些細な問題だ。重要なのは、クロの殺意を乗せた赫子がすべて、正確に、カネキに向かって放たれたという事実のみ。

 

 勝利を確信し、死の恐怖から解放されたことで思わず笑みが浮かぶ。だが次の瞬間、その表情は驚愕に塗り潰されることになる。

 

 クロの視線の先にいたカネキは、降り注ぐ瓦礫など意に介さず、静かにコンテンダーを構えていた。その赫眼には、焦燥も恐怖もなく。

 

 引き金を引くのと同時に、クレーンが地面に激突する轟音が響いた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 一体、どこで間違えたのだろう。

 

 なんの疑いも持たず、あの児童養護施設に入った時からだろうか。

 食うに困って、裕福な大人たちから盗みを働いた時からだろか。

 それとも、初めて人を殺した、あの時からだろうか。

 

 あまりに、心当たりが多すぎた。

 取り返しのつかないことばかりしてきた。

 間違いしかない人生だった。

 

 あの日殺した連中の仲間から、報復として毎日のように襲撃を受け、殺さず見逃しても一向に止まない襲撃に嫌気が差して、結局皆殺しにした。

 

 そうして、襲撃を仕掛けていた連中を3年かけてやっと壊滅させてからしばらくして、顔無しが接触してきた。理由は今も分からないが、初めて声を聞いた時から気に入らない奴だと思った。続いて理由も語らず、「困っていることがあれば、力になるよ」なんて、初対面の相手に対して不自然なほど親切な態度に、胡散臭い奴だなと思った。

 

 だけど、他に当てがある訳でもなかった私たちは、渋々顔無しを頼った。

 

 身寄りがなく、学もない自分たちでも、まともな生活を送れる金を、すぐに手に入れられる仕事はないのかと。

 

 奴はあるサイトのURLを送ってきた。それは一見すると気に入らない人間の悪口を匿名で書き込むだけのなんの変哲も無い掲示板(BBS)だったが、実際は掲示板に偽装された殺しを依頼するサイトだった。

 

 すでに殺人に対する忌避感がなくなっていた私に、躊躇はなかった。

 

 けれど、どうでもよかった。赤の他人をどれだけ殺そうが、どれほど恨まれようが、どんなに苦しい思いをしようが、妹を───ナシロを守れるのなら構わない。そう思っていた。本当に、思って()()んだ。

 

 いつからなのかは、もはや覚えていないけれど。だけど確かに、そんな理由(妹のため)だけじゃ立つことが出来なくなってしまって、気がつけばいつも、心の中に溜まり続けた淀みを、曖昧なままにしていた理不尽に対する憎悪を、怒りを、吐き出せる理由を探していた。

 

 そんな時だった。あの喰種に出会ったのは。

 

 そいつは標的だった。依頼人はそいつが喰種であることは知らなかったようだが、そこは大して重要じゃない。相手が何であれ、標的であるなら殺すだけだ。

 だがそいつは、喰種のくせに赫子も出せず、体は人間のように脆かった。ガストレアウイルスを摂取していなかったからだ。

 

 私は思わず尋ねた。なぜ、ウイルスを摂取しないのかと。

 

 そいつはこう答えた。

 

 "人間として生きるためだ"

 "私は人間だ。化け物なんかじゃない"

 "君は、人間として普通に生きたいと思ったことはないのか"

 

 と。

 

 気がつけば、私はそいつを原形が分からなくなるまで殴っていた。

 

 そして不意に、ネストの言葉を思い出したのだ。

 

『貴女たちも憐れですねぇ。黒い死神なんて存在がガストレア戦争で活躍していなければ、今ごろ"普通の人間"として過ごせていたでしょうに』

 

 その時、私の中に漠然と存在していた怒りに、()()指向性が生まれた。

 

 そうだ、黒い死神。お前のせいだ。お前がいたから、私とナシロは化け物にされて、体を切り刻まれ、ゴミを漁る生活を強いられた! 他人を信用できず、ネストに顔を知られてる以上同じ場所に留まることも出来ない! 全部お前のせいだ。お前さえ、お前さえいなければ、私は!

 

 ……………。

 

 思うに。幸福な人生とは、親に愛されることでも、裕福な家に生まれることでもない。

 

 無知であること。

 

 己のどうしようもない愚かさを、醜さを、滑稽さを、無様さを、誰に指摘されることもなく、ましてや()()()()()()()()()()()。葛藤し、苦悩することもない。それこそが真の幸福だと、私は思う。

 

 ───ああ、そうとも。

 

 ()()()()()()()

 コレがどれだけ理不尽で、身勝手な感情か。

 

 気づいていたさ。結局は私の弱さが原因なんだって。誰か()を守るために、なんて綺麗事じゃ自分を支えきれなくて。自分のために、誰かを憎悪しないと心が壊れそうで。

 

『要するに、ただの八つ当たりじゃないか』

 

 そうさ。お前の言う通り、これはただの八つ当たり。

 

 でも、でもさ。

 

 だとしたら。

 

 私は一体、誰を憎めば良かったんだろう……?

 

 誰を責めれば良かったんだろう……?

 

「…………幸福の自動的失敗、無形の落とし()

 

 積み重なった瓦礫に背を預けるように座ったまま、ふと脳裏に浮かんだ、懐かしい一節を独り言ちる。

 

 いつか読んだ文章を、なんとなく口に出して、思わず笑ってしまう。これほど自分にピッタリな言葉は、世界中どこを探しても見つからないだろう。

 

 体が重い。全身の至るところが傷だらけのぼろぼろだ。腹部の出血は止まったが未だに再生しないし、先ほど黒い死神の撃った弾には肩を抉られた。もしも、奴に振るった赫子が射線上になければ、腹にもう一つ穴が増えていたかもしれない。

 

 何となく、空を見上げる。

 

 天井がなくなったことで、真っ暗な夜空が目に映る。夜空に煌めく無数の星々は、都心の光にかき消されて、ほとんど見えなかった。

 

 一筋の光もない夜空をぼんやりと眺めていた目を閉じて、そのまま最後の一節を紡ぐ。

 

「私の可愛い欠落者。あなたの親は───」

 

「───あなたの親は、あなたを育てるのに失敗した」

 

 被せるように正面から聞こえた声に顔を上げる。どこまでも暗く、冷たい目が、私を見下ろしていた。

 

「ははは……お前もあの本を読んだ事があるのか。それも暗唱できるほど。お前も、相当な歪みを抱えてるってことか」

 

「…………」

 

 黒い死神は私の言葉には応えず、分離した赫子を手に持ち、こちらに向けた。

 

「ねぇ、教えてよ……」

 

 もはや立ち上がる力もなく、私は掠れた声で問いかける。

 

「教えてよ、黒い死神。私は……()()()は、どうすればよかったのかな……?」

 

 我ながらふざけた質問だと笑いが込み上げ、口元を歪める。どういうわけか、頬は引きつり、声は震え、視界は滲んでいた。

 

 そんなわたしの言葉に、黒い死神は無言で赫子()を構えた。

 

 どうやら、冥土の土産に教えるつもりもないらしい。もともと、そこまで期待していた訳でもない。思わず聞いてしまっただけ。ただの気の迷いだ。

 

(とはいえ、少しは足止めしたかったんだけどなぁ……)

 

 ナシロには事前に、『不利な状況になったら私がビルを壊すから、そのまますぐに逃げろ』と伝えてある。

 

 ビルは壊した。伝えた時は少し戸惑っていたけど、きっと今ごろ、私の言った通りに逃げてくれているだろう。あの子は私の言うことには、なぜか逆らわないから。

 

「……上手く逃げてね、ナシロ」

 

 最後まで、黒い死神は何も言わず、ただ機械的に、赫子をわたしに振り下ろして。

 

「……どういうつもりかな───里津ちゃん」

 

 わたしの眼前で、奴の相棒(イニシエーター)に阻まれていた。

 

 

 

 

 

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