黒の銃弾と黒い死神   作:夢幻読書

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第25話 Cに傾く人

 C+傾く人=C+leaner=cleaner=掃除屋

 

 

 

 

 それまでクロたちを擁護する姿勢を見せていた里津が、突如笑顔で口にした殺害宣言。なぜその結論に至ったのか、一切が分からない論理の跳躍。当然、里津以外のその場にいる全員が混乱した。

 そしてその混乱から即座に回復し、それぞれ動こうとしていたカネキたちを牽制するために里津は告げた。

 

「全員、その場から動くなよ」

 

「…………っ」

 

 咄嗟に拘束を抜けようとしたクロの首に、皮膚が浅く切れる程度に曲刀を押し付けながら、里津はカネキとシロの間に移動する。彼女たちを線で結べば、ちょうど三角形になるような位置へ。

 

 何をする気なんだと、シロは目の前を通り過ぎる里津に視線で訴えた。けれどその視線に気付いていないのか、それとも敢えて無視したのか、里津が応えることはなかった。

 

 彼女が突然クロを殺すと言った時、シロは騙されたと思った。最初から自分たちを殺すつもりだったのかと。

 そうして感情のままに詰問しようとした言葉はしかし、それとほぼ同時に湧いた「もし本当に里津が自分たちを殺すつもりなら、何故わざわざそれを口にしたのか」という疑問に阻まれた。

 

 クロの背後を取ったあの時点で、里津に対して完全に警戒を解いていた二人を殺すことも出来たはず。

 そもそも最初から殺すつもりなら、なぜカネキからクロを庇ったり、シロに止めを刺さなかったのか。

 

 里津の思惑が分からない。だからシロは不用意に動けなかった。

 クロもまた、拘束されながら奇しくもシロと同じ思考過程を経たことで、目的が分からないが故に下手に身動きが取れなくなっていた。

 

 だが、移動を終えてカネキの方に顔を向ける里津を見て、シロはふと彼女の言葉を思い出した。

 

『でもアタシが人を殺すと、カネキが悲しむからさ。言いつけ守って、アタシもアイツみたいに相手がどんなにクズでも『殺し』はしないようにしてんの』

 

 まさか、と。シロは信じられない物を見るような目を里津に向けた。

 

 そしてただ一人、里津の意図を誰よりも早く察していたカネキは、苦虫を噛み潰したようにマスクの内側で顔を歪めていた。

 

「里津ちゃん、君は───」

 

「おっと、言葉は慎重に選びなよカネキ。でないと、いま必死に繋ぎ止めてるアタシの堪忍袋の緒が、こいつの首と一緒に切れることになるよ」

 

 里津の表情は、依然として笑顔である。なのに、彼女の声色と口にする内容からは怒り以外の感情が見えない。

 人間は怒りの感情を表現する際、顔を険しく歪ませたり泣いたりする者もいれば、逆に一切の感情を見せなくなったり、笑ったりする者もいる。里津は今、怒りの感情が振り切れて笑ってしまっているだけだった。

 

「ムカつくんだよ。なぁにが『君たちは人間だ。僕たちとは違う』だ。自分は人間じゃないみてぇな言い方しやがって。『僕を狙うだけならまだいい』? 良いわけないだろ……何にも良くないだろうが!」

 

 里津の顔から笑みが消え、声を荒げながらカネキを睨みつける。

 

「アタシたちを人間扱いするアンタが、自分を化け物扱いしてたら意味ないんだよ! アタシたちを大事に思ってるアンタが、自分を蔑ろにしてたら意味ないんだよ! なんでそれが分かんないのさ!」

 

「里津ちゃん……」

 

「何より一番気に食わないのは、アンタが()()()()()()()()()をあれこれ理屈つけてやろうとしてるってとこだよ!」

 

「………!」

 

 露出しているカネキの左目が一瞬見開かれる。そして、一度目を閉じて深く息を吐き出し、再び目を開くと鋭い視線で里津を射抜いた。

 

「彼女たちをここで殺せば、すべて丸く収まる。なのに、それをするなと、君は言うんだね。その結果、どんなに悪いことが起ころうと」

 

「やりたいことをしても、やりたくないことをしても最悪になるなら、せめて気分の良いことをした方がいいじゃん」

 

 無言の睨み合いが続き、不安定に積み重なった瓦礫が崩れる小さな物音だけが響く。

 

「……知り合いに、政府で働いている人がいる」

 

 そうして、先に折れたのはカネキだった。

 手に持っていた赫子が形を失い、張り詰めていた空気と共に霧散する。

 

「その人に頼めば、君たちを政府に引き渡した後に、また非道な実験の研究対象にされないように出来るかもしれない」

 

「それ、って……」

 

「でも、絶対にそうならないと確約はできない。それでも構わないなら、君たちを見逃す。これが、僕にできる最大限の譲歩だ」

 

「要するに、助けてやるってさ」

 

 そう言って里津は、クロの首に当てていた曲刀を鞘に納め、カネキの横に並んだ。

 

 そんな彼らを、クロはぽかんとした様子で見ていた。だって、クロには何がなんだかさっぱり分からなかったのだ。

 何せついさっきまで自分たちを守ろうとしていた人間(里津)には急に喉元に刃を突きつけられ、かと思えば何故かついさっきまで自分たちのことを殺す気満々だった人間(カネキ)は逆に助けるとか言い出した。

 

 まるで意味が分からない。なぜ自分が里津に殺されそうになったらカネキが殺すのを止めるのか。目まぐるしく変化する状況に、ぶっちゃけクロは混乱していた。

 

「本当に、助けてくれるの?」

 

 それでも、混沌とする思考とは裏腹に、どうしても確認しておきたいことだけは、自分でも驚くほど簡単に口に出せた。

 

「ああ、本と……」

 

「心配しなくていいよ。もし嘘だったら、何かする前にアタシがコイツのことぶん殴るから」

 

 自身の言葉に食い気味に被せてきた里津に、カネキは何とも言えない目を向けた。

 

「……里津ちゃん、彼女はいま僕に質問してたと思うんだけど」

 

「アンタ自分のついさっきまでの行動を振り返ってみなよ。なに言ったって信用される訳ないんだから、アタシが答えたって問題ないでしょ」

 

「いやそれは、そうなんだけど……でも里津ちゃんだってあの子に刀当ててよね」

 

「アレはあいつをカネキから守るためだからセーフ」

 

 悪びれることなく言い切る里津に「は?」と呆気に取られるクロの横で、シロは「やっぱりかぁ……」とげんなりした。

 

「え、やっぱりって、え? シロ、どういうこと?」

 

「えーっと、つまり、里津には初めから私たちを殺す気なんて無かったって話」

 

 そうして疲れたような溜息と共にシロから語られた里津の『方針』を聞いて、彼女の行動の意図を察したクロは引いた。

 

「殺させない為に自分が代わりに殺すと脅すってお前……」

 

 今さら自分たちに常識を説く資格がないことは重々承知しているが、それでもカネキに殺しをさせない為に真っ先に思いついた手段がコレなのは流石にどうかと思った。

 

「何? 文句があるならホントに殺したっていいんだけど?」

 

 吐き捨てるように言いながらクロを睨む里津の顔には、冗談ではなく本気で実行しそうな気配があった。

 

「里津、それだと本末転倒になるよ」

 

「……分かってるって。冗談だよ、冗談」

 

 ところがシロが苦笑い気味に声を掛けると、里津は不機嫌そうにしながらも纏っていた敵意をあっさりと霧散させた。

 

 妹との扱いが違いすぎでは? とクロは目元を引きつかせるが、冷静に考えれば自分は里津の仲間であるカネキを殺しかけた為、当たりが強いのも当然かと納得した。

 

「……警察か」

 

 ビルの外が微かに騒がしく、誘われるように縁に立って地上を覗くと、ビルを囲うようにまばらに配置されたパトカーの赤色回転警光灯(パトライト)が目に映る。

 どうやら先の戦闘音に何事かと集まってきた人々がビルの敷地に入らないように、道を封鎖しているらしい。

 

「まあ、あれだけ派手にやれば通報の一つぐらいされるだろうが……」

 

 とはいえ、今さっき通報されたにしては警察の対応が早すぎる。少なくとも戦闘が始まる前に通報を受けていなければ、あんな風にビルを隔離するように道を封鎖するなど不可能だ。

 

 であるなら、答えは簡単だ。

 

「僕が予め呼んでおいたんだ。君たちとの戦闘の最中に、銃声や爆発音を聞きつけた一般人がこのビルに近づかないようにね」

 

 背中越しに届いたカネキの言葉に、道理で対応が早い訳だ、と得心しながらクロは地上を見下ろす。すると現場を指揮してるであろう強面の男に、何となく目が留まった。

 

「げっ……」

 

 思わず呻くような声を上げたクロだったが、正直なぜそんな声を出したのか自分でもよく分からなかった。

 男の、そのヤクザよりも恐ろしそうな顔付きに見覚えがあるような気がしたが、どうにも思い出せない。

 

 ただ、なるべく関わりたくないと思った。根拠はないが、あの男に一度見つかれば地の果てまで追いかけられそうな、それをありえないと一蹴できない予感があったからだ。

 万が一姿を見られればその予感が現実のものになりかねないので、クロは逃げるようにカネキたちの元に戻った。

 

「ところで里津ちゃん、マスクはどうしたの?」

 

「あ、やば。戦闘中に外れてそれっきりだったの、すっかり忘れてた」

 

「それじゃあ、里津ちゃんがマスクを回収したらそのまま全員でビルを出よう」

 

「ビルを出て、その後は?」

 

 クロの質問に、カネキは彼女とその隣にいるシロの方に顔だけ向けて答える。

 

「とりあえず、政府に身柄を引き渡すまでの間、君たちの安全の確保と監視を兼ねて、二人には僕たちの家に来てもらう。徒歩での移動になるけど、大丈夫?」

 

「……ああ。走るだけなら、問題ない」

 

 クロは調子を確かめるように自身の体に目を向け、やがて顔を上げて再びカネキの方を見た。

 嘘ではない。濃縮バラニウム弾で撃ち抜かれた場所は激痛を発し続けているし、倦怠感で思考も鈍っているが、カネキたちに追随して走るぐらいは出来る。そう思ったからこその返答だった。

 

「クロ、無理しないで辛かったら言ってね。いざとなったら私が背負って走るから」

 

 だが、そんなクロの痩せ我慢を見過ごせない者がいた。

 シロの言葉に、クロは一瞬目を丸くした。今までであれば、自分が「大丈夫」「問題ない」と言えばシロがそれ以上踏み込んでくることはなかった。

 

 自分がカネキと戦っている間に、シロに何があったのかは分からないが、彼女は良い意味で変わった。本音を押し殺さず、思っていることを素直に言えるようになった。

 

 たったそれだけのことだが、クロはとても嬉しかった。

 顔無しから警告を受けた時は、こんなことになるなんて想像も───

 

『君たちを狙ってる連中がいるから、早いとこ東京エリアから出た方がいい』

 

 ふと、クロはここに来る直前に顔無しに言われたことを思い出した。

 

 あの情報屋は、確かに自分たちを狙っている人間がいると言った。その直後にカネキの襲撃に遭った為、てっきり顔無しの言った『連中』とはカネキと里津を指していると思っていたが、続けてこうも言っていなかっただろうか。

 

『報酬も諦めた方がいいね。彼は君らに一銭も払う気は無いみたいだから』

 

 そうだ。あれでは、まるで。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが、彼女が自身の心臓を()()()()()()()()()()()()()()()()()で破壊される前に行った、最後の思考だった。

 

 胸に暗く赤い華を咲かせ、クロは膝から崩れ落ちた。

 

「クロナ……?」

 

 倒れ伏したクロを中心に、床が血に染まっていくのを見ながら、シロはただ呆然と立ち尽くしていた。

 それはカネキも同様であり、咄嗟に反応できたのは里津だけだった。

 

 濃厚な血臭を嗅いだことで、非戦闘状態にあった意識が塗り潰されるように一瞬で切り替わり、その場における最善で最適な行動を選択した。

 

 遅れて状況を理解し、シロに手を伸ばし駆け出そうとするカネキに里津が体当たりするようにして一緒に物陰に転がり込むのと、二発目の濃縮バラニウム弾がシロの背中を撃ち抜いたのは同時だった。

 

 血を流しながら横たわるクロに向かって手を伸ばしながら、シロの体が力なく、前のめりに倒れる。

 

 そして、伸ばされたシロの手が、投げ出されたクロの手に触れることはなく。

 

 姉妹の手が重なることは、なかった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「───こちら『ダークストーカー』。ネストへ、任務完了。目標(ターゲット)沈黙しました。次の指示を待ちます」

 

 カネキたちが居たビルから距離にして1200メートル離れたとある建物の屋上。そこに一人の青年が立っていた。

 紺色のTシャツの上に茶色のテーラードジャケットを着て、黒のズボンを穿いたその青年は、一見すればどこにでもいる普通の一般人にしか映らないだろう。

 

 その手に持つ、一挺の狙撃銃さえなければ。

 

 DSR-1。ドイツのAMP テクニカルサービスが開発したブルパップ方式のボルトアクション狙撃銃である。

 銃身先端には専用のサプレッサーを取り付けており、1000メートル以上も離れていれば発砲音はもちろん、銃口炎を視認することもできない。

 

『確実ですか?』

 

「心臓に一発ずつ、濃縮バラニウム弾を撃ち込みました。どんなに卓越した再生能力者でも、再生レベルはⅢが限界ですからね。即死かと」

 

 ただ、と。ヘッドセット越しに聞こえるネストの声に返答しながら、青年は先ほどまでスコープを通して見ていたビルの方に目を向ける。

 

「遺体は向こうに回収されてしまったので、確認のしようがありませんが」

 

『……まあ、いいんじゃないですか? 巳継くんの言う通り、濃縮バラニウム弾で心臓を破壊されたならまず生きてはいないでしょうし』

 

 ネストの言葉に、コードネーム『ダークストーカー』、本名を巳継悠河という青年は眉宇を動かす。

 

 任務中であるのにコードネームではなく、平然と本名を呼んでくることに、ではない。無論、急に馴れ馴れしく、しかも任務中に本名を呼ばれたことに初めは抗議したが、第三者が傍受している可能性が皆無な以上問題はないと言われてしまえば反論できず、やがて慣れた。

 

 悠河が気になったのはそこではなく。

 

「おや、妙に潔いですね。普段の貴方なら、重箱の隅をつつくように僕のミスを(あげつら)うところでしょうに」

 

『いやぁ実は最近働き詰めで。ほら、今回の任務ってそもそもボクが8年前に彼女たちを片付け損なった結果でもある訳じゃないですか。しかもあの時、()()()()()()()()()()()()()()()()って言う任務が彼女の凶行(自爆)のせいで失敗しちゃってますからねぇ。だから“上“からこれでもかと叱れてしまいまして。こちとら貴方たち“下“にあれこれ任務やそれに関する情報を割り振るのに忙しいってのに』

 

 ということなんで、どうぞご心配なく。

 

 アハハ、と形だけの笑い声が添えられた言葉に、「そうですか」と心の底からどうでも良さそうな声色で返答しつつ、そのまま悠河はもう一つ気になっていたことを質問した。

 

「本当に黒い死神を始末しなくて良かったんですか?」

 

『彼を殺すと、後見人である天童菊之丞に我々の存在を察知される危険がありますからね。現状で下手に金木研に手を出せば、あの男の牙が我々の首元に届きかねない。例え、金木研が無自覚に我々の協力者たちを潰していたとしても』

 

 ネストは言う。脅威なのは金木研ではなく、彼の背後にいる天童菊之丞であると。

 

『それに、仮に金木研が抹殺対象だったとして───貴方に殺せますか?』

 

 真剣な声で掛けられた問いに、悠河は数瞬目を瞑り。

 

「……黒い死神の戦闘能力が、事前に聞いていた情報通りなら難しいでしょう」

 

 ですが、と。閉じていた瞼を上げ、悠河は続ける。

 

「今の彼なら、自分でも殺せます」

 

 確信を持って紡がれた言葉。それに対して、ネストは。

 

『ですよねー。まあ現状の黒い死神なら()()"()()()()"()()()()()()"()()()()()()巳継くんは元より、他の“二枚羽根“構成員でも殺せるでしょうね』

 

「…………………」

 

 先の問いの時とは正反対に、あまりにも軽い調子で答えるものだから、死神との戦闘を真面目に()()した自分が酷く滑稽に思え、その元凶であるネストにイラッとした。

 以前はもっと事務的だったのに、ある時から急に変化したネストの態度。どこまでが本気で、どこまでがふざけているのかまるで分からないその口調には、根が真面目な悠河は時折こうして振り回されていた。

 

『そもそも彼、我々が手を出さなくても近いうちに勝手に死にそうですし』

 

「? それはどういう───」

 

『おっと、そう言えばまだ指示を出していませんでしたね。とりあえず、巳継くんはその場から離脱してください。追手があれば連絡を、なければそのまま任務終了です』

 

 お疲れ様でしたー。そう言ってネストは一方的に通信を切った。

 悠河はヘッドセットと繋がっている自身の携帯の画面を無言で眺め、やがて溜息をついてヘッドセットと共に懐に仕舞った。

 

 近くに転がっていた二つの薬莢を回収し、淀みない動作でDSR-1をギターケースに仕舞って肩に担いでしまえば、どこにでもいるギターを嗜む若者の出来上がりだ。

 

 このままセーフハウスまで戻れば、任務完了である。

 

 脳内で安全な離脱ルートを算出しながら、悠河は屋上の入口へと歩き出し。

 

「───”二枚羽根"の仕事も随分と板に付いてきたじゃないか、巳継くん」

 

 掛けられた声に、足を止めた。

 

「困りますね。任務中はコードネームで呼んでいただかないと───蛭子影胤」

 

「ヒヒヒ、これは失敬」

 

 人好きしそうな笑顔を浮かべて悠河が振り向いた先には、シルクハットと笑みを浮かべた白貌の仮面を被り、燕尾服を着た怪人が立っていた。

 

「『()()()()()()()()()()()()()()()。しかし、どうしてここに? あの事件で大立ち回りを演じた貴方は、療養も兼ねてしばらく”その姿"で現れない(休業する)と聞いていましたが」

 

「私も当初はそのつもりだったのだがね。里見くんたちのことを風の噂で聞いてしまって、居ても立っても居られなくなってしまったのだよ」

 

 シルクハットのつばを持ち、喉の奥を鳴らすように影胤は笑う。

 

「先程ちらりと里見くんの方も見てきたがね……全く、若者の成長とは恐ろしいものだ。研鑽を怠っていた当時の私では、もはや今の里見くんを圧倒することなど出来ないだろう」

 

 一体どれほど拷問まがいな訓練をしているのやら。

 

 感慨深けに、そう評価する影胤の様子に悠河は顔に出ないようにしながら、内心で驚愕していた。

 

 あのテロ事件で、影胤は自身の存在意義であり誇りでもある斥力フィールドを、対等に戦えると思っていたカネキには容易く捩じ伏せられ、格下だと断じていた蓮太郎にも破れた。

 挙句その内容は、カネキとの戦いは言うまでもなく、蓮太郎との戦闘ですらも接戦ではなく、向こうは余力を残していた。

 

 その屈辱は、それまで自身の機械化兵士としての能力に絶対的な自信を持っていた反動も相まって、影胤の精神を発狂寸前にまで追い込んだと聞く。

 

(そんな精神状態から、よくここまで持ち直したものだ。いや、むしろ……)

 

「ところで、ダークストーカー。私からも幾つか質問してもいいかね?」

 

「……出来るだけ手短にお願いします。まだ任務中なので」

 

 影胤の問いに僅かに逡巡した悠河だが、最終的に話を聞く姿勢を見せた。

 本来なら狙撃を行った場からは、弾道を逆算されて居場所を特定される可能性があるため一刻も早く離れるのがセオリーだが、生憎と今回は生存者はいても目撃者はいない。

 任務中ゆえ長居は出来ないが、質問の一つや二つ答えるくらいなら問題ないだろうと判断した。

 

「何、心配せずとも時間は取らせないとも。私が聞きたいのは、君から見たカネキくんに対する評価。それと、これは先ほど見ていて気になったことだが、なぜ先程の狙撃は頭や赫包ではなく胸を狙ったのか。この二つだ」

 

 腕を伸ばし、指を二本立てながら、影胤は尋ねる。

 悠河は一度、DSR-1を仕舞ったギターケースに目を向け、口を開いた。

 

「まず先に、胸を狙った理由から説明しましょうか。貴方の言う通り、喰種の殺害には脳の活動を停止させるか、赫包を破壊するのが定石ですが、今回は万全を期するために濃縮バラニウム弾を使用しました。ところが、弾丸が体内に留まるように調整したことで威力と耐久力が減衰し、喰種の強靭な頭蓋骨を貫通出来ない可能性が出てきてしまったんです。心臓を狙ったのは、彼女たちの息の根を確実に止めるためですよ」

 

 ビル風に優しく頬を撫でられながら、悠河は続ける。

 

「そして、金木研に対する評価ですが……正直、期待外れ、ですかね」

 

「ほう?」

 

「黒い死神の噂は僕も耳にしていました。ガストレア戦争に参加した人達から、機械化兵士を含めた教科書には決して載らない『抹消された歴史』を聞いた者たちなら全員が知っているでしょう。『黒い死神(ハイセ)』、そして彼が初期に配属された『零番隊』の存在を」

 

 溜息を一つして、悠河はカネキたちがいたビルの方向へ向けていた視線を影胤の方に戻す。その顔に微笑みを浮かべて。

 

「ですが実際に噂の当人を見て感じたのは、噂は所詮噂でしかないのかもしれない、と言うことです。はっきり言って、一体何をすれば()()()()()()()()()()()あの程度の男に負けるのか理解できませんね」

 

 直後、二人の間に決して穏やかではない空気が流れる。

 

 基本的に誰に対しても礼儀正しく、逆にその態度から周囲の反感を買うこともある悠河だが、その実故意に他人を見下したり、率先して喧嘩を売るような物言いをすることは少ない。彼にとって、そのような態度や行為を取るほど興味を惹く存在が周囲にいないからだ。

 

 だが、影胤は違う。忌憚の無い言い方をすれば、悠河は影胤のことが嫌いだった。それこそ、こうして笑顔で毒を吐く程度には彼のことが嫌いである。

 

「いやはや、これは手厳しい」

 

 そして影胤は、その理由を知っている。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にそこまで言われるとは思わなかったよ」

 

 嘲笑うような声音で紡がれた言葉に、悠河は微笑みに殺意を滲ませる。

 

「……実を言うと、以前から貴方とは一度手合わせしたいと思っていたんです。教授の手術を受けた者同士、どちらの性能がより優れているのか興味があったので。ですが、その必要もなさそうですね。()()である里見蓮太郎に負けた時点で、()()()()()()を持つ僕に勝てる道理はありませんから」

 

 対する影胤も、仮面の奥から殺気を漏らす。

 

「……生憎と、私はまだ発展途上でね。()()のようにあれも欲しいこれも欲しいと、子どものように次から次へと兵装(おもちゃ)を強請る必要がないだけさ。ああ、せっかくの機会だ。君にその気があるのなら、少しだけ“遊び相手“になってあげても構わないよ」

 

 あははは。

 ヒヒヒ。

 

 二人は同時に笑い出し、即座に次の行動に移った。

 

 悠河は肩に担いでいたギターケースを床に置き、代わりに一挺の拳銃を取り出し影胤に銃口を向ける。

 

 ブローニング・ハイパワー。

 拳銃でありながら13発という装弾数の多さから『ハイパワー(高火力)』と名付けられた、FN社製のシングル・アクション自動拳銃である。

 

「教授の状況を知りながら、我が身可愛さに何もしなかった人間が随分と強気ですね」

 

 対する影胤もまた、ホルスターから愛銃であるソドミーとゴスペルを引き抜いて悠河に向ける。

 

「まるで私が彼に借りがあるかのような言い草だね」

 

「違うとでも? 肉体的か精神的かの違いはあれ、我々はどちらも教授の手で救われたことに変わりはないでしょう」

 

「相変わらず君の頭はグリューネワルト翁のことになると都合の良い解釈しか出来ないようになっているらしい。借りがある? 救われた? 勘違いも甚だしい。あれは脅迫だよ。私を含めた『新人類創造計画』の兵士は全員、己の命を対価に手術に同意している。だがね、生きるチャンスを与えられたと言えば聞こえはいいが、手術をしなければ確実に死ぬような状況で、自分の生殺与奪を握っている者に国への隷属という条件付きとはいえ生命を保証されれば、頷く以外に選択肢はない。『我々』だって? 何の対価も支払わずに機械化する君ら『新世界創造計画』のブリキ細工と同列に語らないでもらいたい。私に、彼に返す恩などない。わざわざ危険を冒してまで、あの男を助けてやる義理などない。私の人生は、私だけのものだ。君と違ってね」

 

「やはり、貴方とは相容れませんね」

 

「その点に関しては、全面的に同意しよう」

 

 悠河の両眼に幾何学模様が現れ、影胤も体内の斥力発生装置を起動する。

 

 二人の機械化兵士が、互いに相手の命を刈り取ろうと動き出そうとしたその時。

 

「パパ、延珠の方終わったよ。延珠、前より強くなってた!」

 

 入口の扉を勢い良く開けて、小比奈が屋上に現れた。

 反射的に影胤も悠河も動きを止め、揃って小比奈の方へ顔を向ける。小比奈もまた、二人の顔を順番に見つめる。

 

「あれ、悠河だ。久しぶり。ねえ、斬っていい?」

 

「こんばんは、小比奈さん。でもごめんね、僕はまだ仕事中でして。なので、戦うのは次の機会に」

 

「うぅ……悠河、前も同じこと言ってた。パパと仲悪いし、全然斬らせてくれないし、悠河嫌い!」

 

 小比奈の態度に困ったような笑みを浮かべながら、悠河がちらりと影胤の方を見ると、いつの間にか銃も斥力フィールドも収めていた。どうやら娘の登場に毒気を抜かれたらしい。それは悠河も同様であり、自身も銃を仕舞って義眼を通常状態に戻す。

 

 元々、悠河も影胤も本気で相手を殺す意志は無く、せいぜい瀕死に追い込む程度のつもりだった。理由は単純で、殺すことで発生するデメリットが大きいのだ。

 影胤の場合、悠河が所属している組織を敵に回すことになるし、逆に悠河の場合は、たまたま利害が一致したため雇用関係を構築しているに過ぎないが、それでも優秀な戦力と認識されている影胤を理由もなく消せば組織からの相応のペナルティは免れないだろう。

 

 彼らが影胤にどれほどの価値を見出しているかは、かつて世界に11体存在した、バラニウムの磁場の影響を一切受けないゾディアックガストレア(ステージⅤ)の1体である『スコーピオン』を確実に召喚できる『七星の遺産』の()()()依頼されていたにも関わらず失敗するという、組織の人間ならば粛清待ったなしの失態を犯しておきながら、平然と生きていることからも窺うことが出来る。

 

「では、そろそろ失礼させてもらうよ。思ったより時間を取らせてすまなかったね、巳継くん。行くよ、小比奈」

 

「はい、パパ」

 

 屋上の縁へと移動する影胤に、返事をしながら追いかける小比奈。

 しかし不意にその足を止め、小比奈は悠河の方へ振り向いた。それはもう、とびきり不満そうな顔で。

 

「悠河。次は絶対、斬るから」

 

 その言葉に、影胤はやれやれと言うようにシルクハットの位置を直し、悠河は仕方がないと言った様子で笑った。

 その笑みを見て小比奈はますます不満げな顔になったが、それ以上は何も言わず影胤と共に屋上から飛び降りた。

 

 二人が去るのを見届けてから、悠河は屋上の入口へ向かう。

 

「───すべては、『五翔会』のために」

 

 開け放たれた扉を後ろ手に閉めながら、悠河は屋上を後にする。

 

「…………なんてね」

 

 皮肉げに吊り上がった口から漏れた言葉は、誰に聞かれることなく、扉を閉める音に掻き消された。

 

 

 

 

 




>『七星の遺産』回収後に影胤がスコーピオンを呼び出した理由
影胤「勢いでやった。反省はしていない」
五翔会「ホンマこいつ」
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