黒の銃弾と黒い死神   作:夢幻読書

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第29話 密談

 

 

 

 

「───で、なんだって今日は強引にアイツを誘ったのさ」

 

 場所は変わって39区。職場体験に参加している子たちを迎えに行ったカネキと別れ、青空の下で授業をしていた蓮太郎たちと合流し、子どもたちとも協力して食事の準備を終えた里津がそう問い掛ける。

 対して、適当な瓦礫に腰を下ろす夏世は里津の方を見ることなく、少し離れたところで組み手をする蓮太郎と将監、それを囲んで応援する子どもたちを眺めていた。

 

「理由は知らないけど、アイツはここに来るのを避けてる。アタシが気づいてるんだから、夏世だって気づいてるんでしょ。なのに理由も訊かずに誘ってさ。らしくないね。それとも、アンタのことだから、ここに来ない理由を知った上で誘ったわけ?」

 

「……私、ポーカーフェイスには結構自信があったのですが、そんなに分かりやすかったですか?」

 

 里津の言葉に、夏世はむにむにと顔を触る。それは言外の肯定だった。

 

「表情っていうか、カネキも夏世も行動が露骨なんだよ。それに、ほら。友達でしょ、アタシたち」

 

 夏世は一度、里津の方に顔を向け、再び組み手をしている蓮太郎たちに視線を戻し、静かに口を開いた。

 

「カネキさん、近いうちに死ぬ気なんだと思います」

 

 頬を優しく撫でるような、緩やかな風が二人の間を抜ける。

 

 夏世はちらりと横目で、里津の反応を窺った。

 

 聖天子狙撃事件の折、安久姉妹の襲撃を受け、重傷を負ったカネキ。そんな彼を見て、敵が目の前にいるにも関わらず、戦意を喪失するほど取り乱した里津。

 そんな彼女が、カネキが死ぬかも知れないなどという話を聞かされて冷静さを保っていられるはずがない。

 

 そして。

 

「根拠は?」

 

 夏世の()()()()、里津は至って冷静に話の続きを促した。

 

 すっ、と夏世は人差し指を立てる。

 

「根拠の一つは、彼が里津さんの()()()()を無理やり克服させたことです」

 

 事の発端は今から一月ほど前。

 ある朝、里津が自室を出てリビングに行くと、そこには血を流して床に伏す夏世と将監の姿があった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()にトラウマを刺激された里津は、カネキがクロにビルから投げ落とされた時と同じ反応をした。

 いつの間にか背後に立っていた人物に銃口のようなものを後頭部に押し付けられても、抵抗らしい抵抗も出来なかった。

 

 火薬が炸裂する音が鼓膜を殴る。

 そして銃口から発射された弾丸が里津の頭蓋を貫通し、その脳髄をぶち撒ける───ことはなかった。発砲音はしたが、それだけだった。

 

『夏世ちゃん、将監さん。もう起きていいですよ』

 

 背後から聞こえてきた声に、うつ伏せに倒れていた二人が平然とした様子で起き上がる。

 見れば彼らに外傷はなく、服に付いているのは本物の血ではなくただの血糊だった。

 

『里津ちゃん』

 

 その呼びかけに、里津が力なく振り返ると、そこには冷たい表情で自身を見下ろすカネキの姿があった。

 

『これから不定期に、今日と同じことを繰り返す。君がトラウマを刺激されても今みたいに取り乱さず、冷静に対処できるようになるまで、ずっとね』

 

 そこから地獄の日々が始まった。

 それは、触れるだけでも痛む傷口に無理やり指を押し当てて痛みに慣れさせようとするようなもので、最悪(トラウマ)を悪化させかねない危険な行為だった。

 

「だけど、あれはアタシにとって必要なことだったから夏世はカネキに協力したんじゃないの?」

 

「はい。カネキさんが瀕死の重傷を負った時の状況を考えれば、万が一に備え、里津さんの戦場での生存率を上げるためにもトラウマの克服は急務でした。多少のリスクを負ってでも、やる価値はあったと思います。ですが……」

 

「ですが?」

 

「カネキさんらしくありません」

 

「………」

 

「確かに里津さんのトラウマの克服は急務でした。しかし、それでも今までのカネキさんなら、あんな風に人の傷口を抉るようなやり方はしなかったはずです。私には、彼が何かに急かされているような、焦っているように感じました」

 

 夏世は二本目の指を立てた。

 

「根拠の二つ目は、彼が39区(ここ)の子供たちから距離を置いたことです。それも里見さんたちがここに馴染んだのを見計らったようなタイミングで」

 

 まるで引き継ぎを終えたように。

 

 そう言って夏世は、続けて三本目の指を立てた。

 

「三つ目の根拠は、彼の目です」

 

「目?」

 

「はい。今のカネキさんの目は、いつ死んでもいいと思っている人間の目をしています」

 

「やけに具体的じゃん。なんで目を見ただけでそこまで分かるのさ」

 

「昔、全く同じ目をした人間を鏡で何度も見ましたので」

 

 それに、ふーん、と里津は適当な相槌を返す。

 

 里津は、夏世が自分やカネキと会うまでにどんな経験をしてきたのかを知らない。知る必要もなかったし、そもそも里津の知ってる千寿夏世は、初めて会ったあの日から今日までの彼女がすべてであり、あの日より過去には存在しない。

 夏世の過去にどれだけ辛い出来事があろうが、今自分の隣にいる彼女が苦しんでいないのなら、そんな終わったことに興味はない。今の千寿夏世は、自分はいつ死んでもいいなどと欠片も思っていないことを、里津はよく知っているのだから。

 

 それ故の無関心。

 そしてだからこそ夏世には、そんな彼女の無関心さが心地良かった。

 

「けど、根拠としてはどれも弱くない? アタシのトラウマに関しては、アイツが主義を曲げてでも早急に克服させる必要があると判断しただけかもしれない。クロシロ姉妹みたいなのがまたいつ現れるか分かんないし。39区(ここ)に来なくなったのも、他に理由があってたまたま蓮太郎たちが馴染んだタイミングと重なっただけかもしんない」

 

「そうですね。確かにこれだけではカネキさんが死のうとしている根拠としては弱いでしょう。しかしそれは、彼の自己評価が異常に低いという前提がなければの話です。信じられますか? あの子たちにあれだけ慕われているのに、自分のことを替えが効く部品か何かだと思ってるんですよ?」

 

「……は? マジで言ってんの、それ」

 

「蛭子影胤テロ事件が終結してすぐの定期検診の際に、彼が自分のことをどう思っているのかを室戸医師から聞かされました。加えて、カネキさんからなるべく目を離さないようにとも」

 

「その自己評価の低さは今も変わってないの?」

 

「残念ながら」

 

「……ふざけんなよ。アイツ、どこまで……!」

 

 思わず苛立ちが口から漏れ、里津は物に当たり散らしたくなる衝動を誤魔化すように乱暴に頭を掻く。

 

「だああああ、くそっ! 今の話聞いたら滅茶苦茶アイツのこと殴りたくなってきた!! ていうかさ、なんでその話をアタシにしてくんなかったわけ!?」

 

「……トラウマを克服する前の里津さんはそもそも私の話に耳を貸しそうになかったですし、仮に聞いてくれたとしても今みたいな勢いで突貫し、どこでその話を聞いたのかも含めて包み隠さず話しそうだったので」

 

「うぐっ……」

 

 じーっと半目でこちらを見ながら淡々と話す夏世に、里津は否定できず呻くことしか出来ない。

 それに、夏世は瞑目し嘆息する。

 

「そんなことより、私たちが今話し合うべき問題はどうやってカネキさんを死なせないようにするかで───」

 

 不意に、夏世の言葉が途切れる。その意図を里津はすぐに察した。背後に人の気配を感じたからだ。

 

「フ、何やらお困りのようだね」

 

 気さくで己への自信に溢れた声に二人が振り返ると、白地のシャツに、ズボン部分がホットパンツ状の紺色のオーバーオールを着た小柄な少女が、腕を軽く組んで立っていた。

 

 真っ赤な、鬼の顔のようにも見える猿の面を着けて。

 

「どうだろう。ここは一つ、かつて『魔猿』と呼ばれたこのぼくに頼ってみるというのは」

 

「…………」

 

 仮面を着けているため当然表情は見えないが、声色からほぼ間違いなくドヤ顔をしているであろう少女の元へ里津は無言で近寄ると、そのまま無造作に彼女が着けていた面を外した。

 

 そうして露になるのは、薄茶色のおかっぱと背丈相応に幼い顔。

 

「へ?」

 

 状況を把握しきれていない少女を無視し、里津はそのまま仮面を彼女の背後に向かってぶん投げた。

 

「あ……うわーん! ぼくのお面ー!」

 

 突然のことで一瞬思考停止した少女だが、仮面を外されたことを理解するや途端に顔を真っ赤にして涙目になり、投げられた面を拾いに走って行った。

 

「───(ひっで)ぇことするなぁ、偉大なる魔猿様のご厚意を無碍にするなんて」

 

「何が偉大だよ。全部あの子の妄想(せってい)でしょ」

 

 猿面の少女と入れ替わるように現れたのは、黒のタンクトップの上に白のタンクトップを重ね着し、深い赤色を基調としたチェック柄のミニスカートと黒のサイハイソックスを穿いた、褐色気味の肌と金髪のショートカットが眩しい少女だった。

 

「相談相手になろうとしてくれること自体はありがたいんですが、(まどか)さんは人の話を聞きませんからね。いい子なのは間違いありませんが」

 

「そんないい子を泣かせて、里津は心が痛まねぇの?」

 

「アンタどの口で言ってんの? どうせあの子がアタシたちのとこに来たのは、アンタが変な入れ知恵したからでしょ、華織(かおり)

 

 里津が胡乱な目を向ければ、華織と呼ばれた少女は軽薄な笑みを浮かべる。

 

「入れ知恵とは人聞き悪いなぁ。二人してなーんか内緒話してるみたいだっから、『あいつらなんか困ってるみてぇだから相談に乗ってやったら?』ってアドバイスしただけだぜ?」

 

「内緒話の意味知ってる? 人に聞かれたくない話をしてるところに人を寄越すとか、何? 嫌がらせ?」

 

「んっんー、正っ解♪」

 

 頬を吊り上げ舌を出し、他人を心底馬鹿にした表情を浮かべる華織。

 瞬間、戦闘が始まりそうなほど剣呑な雰囲気を纏う里津と華織。それに、夏世は額に手を当てて疲れたような溜息を吐いた。

 

 流れるように一触即発の空気になったが、この二人が()()()()のはいつものことである。

 タチが悪いことに、華織は友人同士が(じゃ)れ合うような軽いノリで里津を挑発するため、二人が顔を合わせるとほぼ必ず殺伐とした空気になる。

 余談だが、里津はもちろん、華織もお互いのことを友人などとは微塵も思っていない。

 

 幸いにも周囲に人は居ないため、いい感じにガス抜きさせてタイミングを見て止めに入ろうかと、夏世が傍観を決め込んだその時。

 

「ま、待って!」

 

 臨戦態勢に入った二人の間に割って入る声がした。

 

「あ?」

 

「んー?」

 

 片や不機嫌、片や不満そうに声がした方に顔を向ければ、前髪で左目を隠した紅梅色の髪の少女がいた。

 

 白地のタートルネックニットに黒と白の太い横縞の入ったカーディガンを羽織り、黒のジャンパースカート着たその少女は、左手を胸の前に当てて切羽詰まった表情を浮かべていた。

 

「円と華織が二人のところに来たのは、私が原因なの……!」

 

「どういうことですか、(しおり)さん」

 

 夏世の問い掛けに、栞と呼ばれた少女は申し訳なさそうに話し始めた。

 

「夏世ちゃんたちがみんなから離れた所で何か話してるのが見えたから、気になって。でも二人とも深刻そうで、とても聞きに行ける雰囲気じゃなくて、だから諦めようとしたんだけど……」

 

 そこで栞は、とても言いにくそうに華織の方をちらちらと見て。

 

「私が二人の様子が気になってることに気づいた華織ちゃんが、代わりに自分が聞きに行ってあげるって……」

 

 里津と夏世が同時に華織を見る。

 当の本人は、ひび割れて壊れそうな曲を口笛で綺麗に吹きながら三人から顔を逸らしていた。

 が、お面を回収して戻ってきた円が

「もー里津姉! お面放り投げるなんてヒドイじゃん───って、ぶはは! な、なにその顔ー!! あはは、お腹痛いー!!!」と笑い転げてるのを見るに、相当ふざけた顔をしていることだけは分かる。

 

 しかしその内心は。

 

(……おいおい、こいつはかーなり深刻みたいだなぁ)

 

 変顔で円を笑わせながら、気取られぬように里津たちの方を盗み見る。

 

 華織がやろうとしたことは、所謂『良い警官・悪い警官』だ。自分をこの場にいる全員にとっての共通の敵と認識させ、里津たちが話していた内容を栞に明かさせるつもりだった。

 

 だが、結果はどうだ。

 

(オレに話さないのは当然として、栞にも話さないってことは()()()()()()()ってことだ)

 

 ごめんなさいと頭を下げる栞に、気にしてないと言葉を掛け、けれども肝心の内容については語らない二人を見て、華織はそう結論づける。

 

 栞は口が堅い。他人に知られたくない秘密はもちろん、仮に里津たちが誰かしらにサプライズの類を計画していたとして、栞が偶然それを知ってしまったとしても、彼女は決して口外しない。当然、里津たちもそのことを把握している。にも関わらず、内容を共有しないということは。

 

(栞個人に知られたくない話か、もしくは39区(ここ)の存続に関わる話のどちらか、か)

 

 華織は思考を回す。

 

(栞にだけ知られたくない話だった場合、恐らく、というか確実に母親関連だよなぁ。会いたがってる……は、流石に無ぇか。産んだのが赤目だったから虐待して捨てたっつう、どこにでもいる()()()()らしいからな)

 

 むしろ呪われた子供たちを化け物としてではなく、人間として接する連中の方が異常だと華織は思っている。

 癇癪でも起こせば人間など容易くミンチに変えられる存在を、人として、ましてや庇護対象として扱うなど、イカれているのでなければ危機管理能力が欠落したただの阿呆である。

 

 もっとも、華織はそういう()()()()()()のことが嫌いではないのだが。

 

(でなきゃ、死んだか? いや、それならはっきりそう言うか。なら考えられるのは、やっぱり39区(ここ)そのものに関することか?)

 

 カネキや松崎の取り組みで、今の39区にはそれなりの人数の呪われた子供たちが生活している。もしここが無くなるようなことがあれば、それはただ住む場所を失うだけに(とど)まらない。

 

 華織の視線が、蓮太郎たちの組み手を楽しそうに、興奮気味に応援している子どもたちを映す。

 例えばあの子、それに向こう側にいる子や、あっちの子も。

 みんなと一緒に笑って、騒いで、今を心から楽しんでいるように見える彼女たち。けれど夜になると、布団にくるまって啜り泣いていることを華織は知っている。そして以前は、あんな風に感情を表現することすら出来なかったことも、知っている。

 

(……仮に、39区(ここ)が無くなるなんてことをガキ共が知ったら、また昔に逆戻りか、それか完全に潰れちまうかもなぁ)

 

 とは言え、だ。

 

(そもそもどうやったら39区(ここ)が無くなるなんて事態になるんだ?)

 

 華織は目を細め、思いつく限りのことを脳内に列挙していく。

 

(立ち退き? わざわざ外周区にまで出向いてするメリットがどこにある。なら赤目狩りか? 可能性はあるが、連中の情報があるんならこっちから先に仕掛けて潰すなり脅すなりすれば問題ないはずだ)

 

 が、どれも即座に反論が浮かぶほど根拠に乏しい。

 

(あと何かあるとすれば、そうだなぁ……東京エリアが滅びるとか?)

 

 なかなかに()()()シチュエーションだが、如何せん現実味がない。蛭子影胤テロ事件みたいなことが、数ヶ月に一度のペースで起こるはずもない。自分で考えておきながら、荒唐無稽すぎると思わず白けてしまう。

 

「華織姉、どうしたの?」

 

 円の声に視線を戻す。自身を見上げる小柄な少女の瞳に反射するのは、興醒めした己の顔。

 

「ハハァ、何でもねーよ」

 

 しかしすぐにその顔は、いつもの飄々としたものに戻る。

 

(まあ、何にせよだ)

 

 円を連れ立って、会話にひと段落ついた様子の里津たちの元へ歩を進める。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ケーキ屋の店内から、モナはガラス越しにテラス席を見る。

 そこには、自分と奏音に店内から出ないようにとだけ告げて、謎の女と向かい合って座るカネキの姿があった。

 

「何の話してるんだろう……」

 

 思い返すのは、女に話しかけられてからのカネキの表情。あんなに怖い顔を見たのは、彼と出会ってから初めてだった。

 

「分かんないっスけど、穏やかじゃないのだけは確かっスね」

 

 モナと同じように、横目でテラス席を見ていた奏音は最悪の事態を想定しておく。

 

 コーヒーとケーキの準備をして、自身の横を通り過ぎようとした柿池と目が合う。柿池が店の奥に目配せをし、その意図を察した奏音が頷く。

 

 柿池が店を出るのを見送りながら、奏音は口を開いた。

 

「モナ、いざという時は『力』を使って全力疾走で裏口から逃げるっスよ」

 

「え?」

 

「多分っスけど、先生が私たちにここに残るように言ったのは、万が一あの女の人と戦うことになった時に私たちが巻き込まれないようにするためっス。だから、いつでも逃れるように心の準備だけはしておくっス」

 

「逃れるようにって……先生や、それに柿池さんを置いていくってこと!? できないよ!」

 

「冷静になるっス。先生がわざわざ私たちから離れたのは、もしもの時に私たちが近くにいると()()()()()()()()()

 

 邪魔になる。それがどういう意味なのか、モナにだって分かっている。それでも。

 

「……納得できないよ、そんなの」

 

「合理的に考えるっスよー。私たちは子どもなんだから、何よりもまず生き残ることを優先しなくちゃ」

 

 それが先生や長老たちの望みなんスから。

 

 奏音はそう言って笑った。それに、モナは何も言えなくなった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ケーキ屋のテラス席。そこでカネキと女は、向かい合うように座っていた。

 テーブルの上には、女が注文したケーキが一つと、淹れたてのコーヒーが一杯ずつ置かれている。

 

「口コミを見たことがあるから知ってはいたけど、本当に喋らないんだね、ここの店長は」

 

 終始無言で、手際良くケーキとコーヒーカップをテーブルに置くと、一礼し、そのまま店内に戻っていった柿池の姿を思い返しながら、女はコーヒーに口をつける。

 

「さて、まずは自己紹介といこうじゃないか」

 

 コーヒーカップを静かに下ろすと、女は薄く微笑みながらカネキの目を見つめる。

 

「私は高槻泉。作家だ」

 

 女───高槻の言葉に、カネキは僅かに瞠目する。

 

「……貴女が、高槻泉?」

 

「お? もしや私を知ってるのかい?」

 

「知ってるも何も……」

 

 高槻泉。その名を、カネキはよく知っている。

 

 処女作である『拝啓カフカ』は50万部の売り上げを誇るベストセラーで、新作が出る度にテレビやネットで取り上げられるほどの人気作家。同時に、その素顔は元より、本名・年齢・性別など一切の情報が不明という謎多き人物でもある。

 そして何より、カネキは『拝啓カフカ』を始めとした彼女が産み落としたすべての作品を愛読している。

 

「その反応から察するに、青年は私のファンだね? あ、サインとか要る?」

 

「……それで、その高槻先生が一体僕にどんな用が?」

 

 高槻泉の直筆のサイン。正直、欲しいかどうかと訊かれれば欲しい。だが今は、彼女の得体の知れなさへの警戒心がその欲求を握り潰していた。現にカネキは、高槻の一挙手一投足に目を光らせ、いつでも先手を打てるように赫子を服の内側に忍ばせたままだ。

 

「つれないなぁ、貰えるモンは貰える時に貰っといた方が得だぜ? ほい、スラスラ〜っと」

 

「勝手に手袋に書かないでください……」

 

 そんなカネキの警戒を他所に、高槻はテーブルに身を乗り出してカネキの右手を無造作に掴むと、手袋の甲にペンを走らせる。弱々しい抗議の声を上げたが、内心ちょっと嬉しかったのは秘密である。

 

 高槻はサインを終えると、ドカッと椅子に座り直した。

 

「ふい〜……ところで、君は自己紹介してくれないのか?」

 

「どうせ知っているんでしょう?」

 

「ああ。だが私は君の口から聞きたいんだよ、青年」

 

 外向きの笑顔を浮かべるカネキに対して、高槻は本心の読めない微笑みを向ける。

 

「金木研です。民警をやっています」

 

「それから?」

 

 彼女が何を促しているのか、何を言わせたいのか。カネキは即座に理解した。

 

「───僕は喰種です」

 

 カネキの表情に笑みはない。しかし、高槻は変わらず笑みを浮かべたままで。

 

「そして、『黒い死神』です」

 

 その言葉に、高槻は満足そうに目を細めた。

 

「奇遇だね。実は私も喰種なんだよ」

 

 動揺は無かった。高槻が接触してきた時点で、カネキは彼女が機械化兵士か喰種の可能性があると予測を立てていたからだ。

 

「そして」

 

 だが。

 

「───私が『梟』だ」

 

 続けられた言葉に、カネキの心臓が一際大きく跳ねた。

 

 ───まさかとは思うが、お前が言ってるのはドイツで暴走した『梟』のことか? アレは裏の人間が喰種の情報を占有するために流した作り話(カバーストーリー)だぞ。

 

 脳裏を過ぎるのは、初めてクロと対峙した日に、彼女から聞かされた言葉。

 

 ───今ごろその『梟』とやらはどこかの組織に雇われて大暴れしてるか、研究材料にされてるかのどちらかだろうな。

 

「そう殺気立つなよ青年。何度も言うが、私は君と話がしたいだけなんだ。だからそろそろ、()()()()()()()()()()()()()

 

「……………」

 

 暫しの逡巡の後、カネキは服の内側で赫子を霧散させると、眦を鋭くしたまま口を開いた。

 

「貴女と、一体何を話すって言うんですか」

 

「単刀直入に言おう。青年、君に手伝って欲しいことがあるんだ。もちろん、今すぐにという訳じゃない。少なくとも、君の考える『最期の仕事』が終わってからの話さ」

 

「……貴女に、僕がこれから何をするかなんて分かるんですか」

 

「分かってしまうんだよ、作家だからねぇ───と、言いたいところだが、情けないことに大筋しか分からない。君が何やらコソコソやってるのは知ってるが、それが君の目的とどう繋がっているのか、()()に至る過程は皆目見当もつかないよ」

 

「……………」

 

「君がその過程を教えてくれれば、それを手伝ってもいい。代わりに私の頼みも聞いてもらうがね」

 

「……貴女も言ってるじゃないですか。『()()の仕事』だって。僕はそこから先のことは考えてない。貴女の頼みを聞く時間なんて残されていません」

 

「それはどうだろうなぁ」

 

 高槻は愉快そうに、嘲るように微笑む。

 

「臆病で、優柔不断。他人のことを考えるフリをして、結局のところ自分のことしか考えていない。君みたいな目をした人間はね、大事なものを散々取りこぼした挙句に最後にはこう言うんだ。"なんでこんな事になってしまったんだ"ってね」

 

 ぐちゃり。ぐちゃり。

 

 高槻は、敢えて弄ぶようにフォークを雑に使ってケーキを小分けにしていく。皿の上に、形の崩れたケーキだったものの塊が、7つ出来上がる。

 

「何かを選んだような気になっているだけでその実、君は何も選んじゃいない。ただ状況に流されているだけだ。君は人を救うことに拘っているようだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ケーキを完食すると、高槻はコーヒーを飲み干し、椅子から立ち上がる。

 

「近いうちに戦争が起きる。東京エリア全体を巻き込んだ、大きな戦争だ。犠牲は避けられない。『連中』と我々、どちらが勝とうが街は血に染まることになる。だが我々が勝たなければ、この世界は未来永劫、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 スッ、と高槻は自身の名刺をテーブルに出し、カネキの方に寄せる。

 

「ま、詳しく聞きたくなったら連絡するといい。───せいぜい後悔しないようにな、青年」

 

 渡された名刺に目を通し、カネキが再び顔を上げた頃には、すでに高槻の姿はどこにもなかった。

 

「……何を言われても、関係ない。僕にはどの道、()なんて無いんだから」

 

 そう自分に言い聞かせるように呟いて、カネキも席を立った。

 

 

 

 

 




麻山 円(マヤマ マドカ)
・8歳
・Blood type:A
・Size:126cm/21kg
・Gastrea model:モンキー
本名とは別に『魔猿』という通り名(自称)を持つ。年少組からは妙に人気があり、素の性格を知っている同年代や年長組からは微笑ましく見られている。心に重い病気を患っている。

那日 華織(ナビ カオリ)
・10歳
・Blood type:A
・Size:149cm/46kg
・Gastrea model:???
・Like:血と暴力
・Hobby:殺し合いと嫌がらせ
自らの欲求を満たすために東京エリアの治安の悪い地区を、内地や外周区を問わず転々としている。各地区でたまにぼろぼろの幼い呪われた子供たちを拾っては39区に預け、39区には彼女たちの様子を見るために時折訪れている。将監との相性は最悪。里津とは彼女が荒れていた時期からの顔見知り。
華織「すっかり丸くなっちゃってまあw」
里津「殺す」

皐月 栞(サツキ シオリ)
・10歳
・Blood type:A
・Size:136cm/29kg
・Gastrea model:ドラゴンフライ
前髪で隠した左目は因子の影響でトンボの複眼になっている。夢は小説家。誕生日にカネキから原稿用紙と万年筆をプレゼントされる。左眼を理由に親に虐待され捨てられた過去から前髪で片目を隠すようになった。カネキを含めた外周区の住民に彼女の左目に忌避感を抱いている者はいないが、当人は「みんな優しいから口にしないだけで、本当は心の中で気味悪がられてる」と、親しいからこそ信じられない状態に陥っていた。そんな中、延珠や木更たちとの顔合わせの際に「宝石みたいで綺麗」と言われたことで、(まだ左目を晒す勇気は持てないが)少しずつ自身の容姿へのコンプレックスを払拭しつつある。
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