『ペルソナ』という言葉がある。元々の意味は古典劇などで役者が用いていた『仮面』で、スイスの心理学者であるユングが提唱した概念である。ペルソナとは、簡単に言えば「人間には複数の
全員がそうだとは言わない。仮面など着けず、自分らしく生きている人間だって世の中にはいるだろう。だが、そんな生き方が出来る人間はほんの一握りだ。
もしも本音を言って相手に嫌われてしまったら? もしも本当の自分を否定されたら? そんなリスクを負ってまで仮面を外す必要があるのかという
では、その不安を乗り越えられない人たちは一生仮面を着け続けるのかと問われれば、答えは否だ。彼らが仮面を捨て去る方法は存在する。要はそのブレーキを取っ払えば良いのである。言うは易いが具体的にはどうするか? 簡単だ。
「だからさぁ、俺ぁ脳筋なんかじゃねえの分かるぅ?」
「いえ、将監さんが脳筋なのは否定しようのない事実です。一度ご自分の人生を子宮にいた頃まで振り返ってみてください」
夏世から辛辣なツッコミを入れられるが、良い感じに酔っている将監の耳には届いていないらしい。
「どいつもこいつも人を見てくれで判断しやがって……。悪人面? 眼つきが悪い? 生まれつきなんだよ直しようがねぇんだよ俺にどうしろってんだよ!!?」
「その気持ちよく分かるぜ。俺もよく不幸面とか、目が死んでるとか色々言われるからな」
「やめろ、俺に同情するんじゃねぇ! お前みたいな幸薄そうなガキに同情されたら俺にまで不幸が
「テメェさっき人を見た目で判断するなって言ったばっかだろうがッ!」
「まあまあ。蓮太郎くん落ち着いて」
ドリルのように高速で手のひらを返した将監に、二つ隣の席から全力で叫ぶ蓮太郎。そしてそれを、彼らに挟まれるような位置に陣取るカネキが困ったように笑いながら宥める。
「ええ!? お主らも天誅ガールズを見ておるのかぁ!?」
「む、その反応から察するにもしや延珠さんも?」
「え、マジ!? 延珠も天誅ガールズ見てんの!?」
「へ、へぇー……。天誅ガールズ……みんな天誅ガールズが好きなの?」
「「「もちろん(です)!!!」」」
男性陣の向かい側では女性陣が(一名を除いて)共通の話題を発見したことでテンションが急上昇。普段は冷静で落ち着いた物腰の夏世ですら、今は年相応にはしゃいでいる。
ここに至るまでの経緯を説明しよう。カネキと里津は蓮太郎たちと防衛省で一旦別れると、日が沈み始めるまで外周区で時間を潰し(約束通りケーキも献上した)、その後、蓮太郎と延珠、木更の順に自宅を訪問。食費を削ってまで
将監を視界に捉えた瞬間、ぎょっとした表情を浮かべる蓮太郎と木更に構わず、カネキは彼らの席に足を運んだ。
まるで友人のようなやり取りを交わすカネキと将監に、蓮太郎たちは困惑した。そして、カネキが連れてきた蓮太郎たちに気づいた将監も困惑した。そこでようやく彼らが防衛省で揉めたことを思い出したカネキは両手で顔を覆った。
料理が運ばれてくるまでの間、険悪とはいかないまでもそれなりに気まずい空気が場を支配した。だがそれも、
「蓮太郎ぅ、ちゃんと飯食ってるかぁ? ほら俺のピザやるから、しっかり食わねえとでっかくなれねえぞぉ」
「ほっとけ! つかアンタ、
蓮太郎は酷く戸惑っていた。防衛省で会った時はチンピラみたいな雰囲気だったのに、今はまるで世話好きな近所のおじさんだ。
「口答えするんじゃねぇ! そんなモヤシみてえに細ぇ体で民警が務まると本気で思ってんのか!?」
顔を赤くした酔っぱらいがいきなり何を言ってるんだという言葉を、蓮太郎はぎりぎり飲み込んだ。将監の目が場違いなほどに真剣だったからだ。
「だいたいよぉ、俺ぁガキが民警やってること自体が反対なんだよ」
「……随分と上から目線だな」
「あぁ? ったりめえだろが。大人がガキの心配して何が悪い」
そう言って将監はもはや何杯目かも分からないビールを飲み干す。
「命張るのも、痛ぇ思いすんのも、全部俺ら大人に任せて……ガキは、ガキらしく……笑ってりゃ……」
徐々に瞼が下りていき、テーブルに突っ伏すと将監はそのまま寝息を立て始めた。蓮太郎はその様子を複雑な思いで見つめる。
「驚いた? 彼、どちらかと言うとこっちが素なんだよ」
「は?」
蓮太郎の内心を察したカネキが、穏やかに声をかける。彼自身も、伊熊将監の人柄を知ったときは非常に戸惑ったものだ。
「将監さんはああ見えて、本当は誰よりも争いごとが嫌いなんだ。そして何よりも、子どもが傷つくのを許せない。防衛省で君たちに突っかかったのは彼なりの気遣いだったんじゃないかな」
「気遣いって、アレのどこが……」
すぐさま否定しようとした蓮太郎だったが、ふと防衛省で交わした将監との会話を思い出した。あの男はなぜか終始、自分たちを部屋から締め出そうとしていた。
蓮太郎はその理由を、弱い者を見下して悦に浸るガキ大将のようだと推測していたが……。
「その顔は思い当たる節があるってところかな」
「……普通アレを一発で気遣いだと気づけるヤツなんていないと思うけどな」
「それはほら、将監さんってツンデレだから。酔わないと素直になれない人だから」
「知らねえよ。ていうか男のツンデレとか誰が得するんだよ」
「一部の層の人たちには需要があるんじゃないかな……っと、そろそろ出ようか」
カネキが時計を確認すれば、すでに午後10時を回っていた。向かいの席を見れば、3人揃ってあくびをする幼女たち。子どもは寝る時間である。
酔い潰れた将監をカネキが担ぎ、会計を済ませると全員で店を出た。
「将監さーん、起きてくださーい」
「駄目ね、完全に熟睡してるわ」
「カネキさん、将監さんは私が家まで運びますので問題ありません」
将監を起こそうと顔をペチペチと叩くカネキに夏世が提案する。人間よりも身体能力が優れている呪われた子供たちなら、大人を背負って歩くことなど容易い。
しかし、カネキはその意見をやんわりと退ける。
「いや、将監さんは僕が運ぶよ。子どもに大人を担がせるのは気が引けるからね。里津ちゃん、僕は夏世ちゃんたちの家に寄って行くけどどうする?」
「ふわぁー……行く……」
里津は眠たげに目をこすりながらカネキのコートを掴む。
「カネキくん、今日はありがとう。ご馳走さまでした」
「気にしなくて良いのに。まあ、何か困ったことがあったらいつでも連絡して。それじゃ、おやすみ」
「ええ。おやすみなさい」
◆◇◆◇
蓮太郎くんたちと別れ、将監さんの家に到着する頃には里津ちゃんの眠気が限界を迎えたこともあり、その日は急遽彼らの家に泊まることになった。
夏世ちゃんがシャワーを浴びてる間に将監さんを自室のベッドに放り投げ、里津ちゃんを客間に用意された布団の上に寝かせた。むにゃむにゃと気持ち良さそうに眠る里津ちゃんの頭をそっと撫で、静かに立ち上がる。
里津ちゃんを起こさないように足音を殺しながら部屋を出る。まだ浴室にいた夏世ちゃんには、扉越しに「風に当たってくる」と断りを入れてから家を後にした。
向かった先は近くの公園。月が雲に遮られている影響で周囲は薄暗く、深夜だからか
「そろそろ出てきたらどうですか?」
「───ヒヒッ、やはりバレていたか」
油断なく振り返ると、そこには燕尾服に白い仮面を着けた男と、黒いワンピースの少女が佇んでいた。
「こんばんは、カネキくん。また会えて嬉しいよ」
伊熊 将監(イクマ ショウゲン)
・31歳
・Blood type:AB
・Size:187cm/92kg
・Like:闘い、強さ
・Hobby:自己鍛錬、刺繍
・Hate:子どもを信じない親、権力、争い(無関係な人間も巻き込むから)
・最近:夏世に婚活を勧められる
千寿 夏世(センジュ カヨ)
・10歳
・Blood type:B
・Size:140cm/36kg
・Like:将棋、クロスワードパズル、水中、天誅ガールズ
・Hate:"家族"を侮辱する人
・Gastrea model:ドルフィン