黒の銃弾と黒い死神   作:夢幻読書

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第5話 エゴ

 

 

 

 

 

「今宵はいい夜だ。そうは思わないかい?」

 

 薄暗い深夜の公園で、カネキは蛭子親子と対峙していた。

 

「用件は何ですか?」

 

「つれないねぇ。まあいいさ」

 

 カネキの単刀直入な物言いに、影胤は鷹揚に手を広げ、嗤う。

 

「では率直に言おう。君を勧誘しに来たんだ、カネキくん」

 

 雲の隙間から月が顔をのぞかせ、まるで舞台のスポットライトのように影胤を照らしだす。

 

「勧誘、ですか」

 

 防衛省で影胤に目をつけられた時点で、この男が自分に接触を図るのは時間の問題だと思っていたが、まさかその日のうちに再び現れるとは完全に予想外だった。

 

「そうだ。君は防衛省に集まった民警の中で、唯一私の存在に気づいていたね。どうしてバレたのか不思議でたまらなかったよ」

 

 影胤の言う通り、カネキは防衛省で彼の存在を認識していた。それも気配を完璧に断っていた影胤を、だ。ではなぜ、カネキは彼の存在を知覚できたのか?

 

 理由は二つある。

 

 まず一つ目。カネキがガストレア戦争で培い、世界を放浪する過程で磨いた気配感知が、影胤の気配遮断よりほんの僅かだが優れていたこと。

 

 当たり前だが、気配を消したところでその人物が目の前からいなくなるわけではない。気配を消した状態とは、例えるなら隠し絵だ。

 

 隠されている絵がどこにあるか知っていれば見つけ出すのは容易だが、そもそも"隠し絵"であると知らない者からすれば何の変哲もない一枚の絵だ。

 

 気配感知に優れる者は言い換えれば、この隠されている絵を見つける行為に長けているとも言える。

 

 そして二つ目の理由は、カネキが原作知識のおかげで、防衛省(一枚の絵の中)蛭子影胤(隠されている絵)がいると知っていたこと。もしも原作知識が無ければ、カネキはあの場で影胤を明確に認識することは不可能だっただろう。

 

「そこで調べさせてもらった。金木研、24歳。IP序列は12万2012位。両親は10年前に他界。天涯孤独の身となった君は、両親と生前からの友人であった天童菊之丞に養子として迎えられたらしいね。里見くんと同じように」

 

 自らの個人情報をつらつらと並べられているのに、カネキは表情一つ変えない。その程度の情報なら、この男が入手していても何ら不思議ではなかったからだ。

 

 故に。

 

 直後、影胤の口から飛び出した言葉によって、その余裕は一瞬で消え失せた。

 

「───ガストレア戦争時の偽名(コードネーム)は『ハイセ』」

 

「……っ」

 

 ここにきて初めてカネキの表情に変化が現れた。それは動揺だった。

 

 『ハイセ』とは、カネキがガストレア戦争に参加することになった際に、身元を特定されると不都合だからという理由で、国から契約書と一緒に渡された偽名だ。しかしそれは、カネキと同じ部隊にいた者や菊之丞など、ごく一部の人間にしか開示されていない情報だ。

 

 それを、どうしてお前が知っている。カネキの脳内はそんな疑問で一杯だった。

 

「おや? 君が当時使っていた名前を私が知っていることがそんなに意外だったかい"黒い死神"。おっと失礼。今は"隻眼の王"なんて呼ばれているんだったね」

 

 仮面に手を添えながら押し殺すように笑う影胤に、カネキはさっと血の気が引くのを感じた。

 

 奇しくも今の状況は、原作で影胤が蓮太郎を味方に引き込もうとしたときと酷似していた。唯一、影胤が蓮太郎の秘密を知らず、カネキの秘密は知っているという点を除けば。

 

「……なにが目的ですか?」

 

「ふむ、どうやら警戒させてしまったみたいだね」

 

「パパぁ、つまんない。あいつ弱そうだよ。斬っていい?」

 

「だから部屋で天誅ガールズを観てなさいとあれほど言っただろう、愚かな娘よ。我慢しなさい」

 

 誰だ? この男の背後にいるのは一体誰だ? カネキは瞬時に意識を切り替え、思考を巡らす。今回の事件に天童菊之丞が絡んでいて、影胤と手を組んでいることは知識を通して知っている。そして、菊之丞はカネキが『黒い死神』であることを知る数少ない人物の一人でもある。ならば彼がカネキの情報を影胤に流したと見るのが自然だろう。

 

 しかし、カネキは妙な違和感を覚えた。理屈としては正しいし、筋も通る。なのに、何かがしっくりこない。

 

 漠然とした違和感について、決して表面に出さないようにしながら思惟(しい)を続けていると、娘を宥めていた影胤が再び話しかけてきた。

 

「実を言うとねカネキくん、私は君のファンなのだよ」

 

「は?」

 

 聞き捨てならない台詞を聞いた気がした。誰が誰のなんだって?

 

「君の第一次関東会戦での活躍は耳にしていた。わずか14歳で戦場に立ち、機械のように淡々と冷酷に、ガストレアを情け容赦なく蹂躙していたそうじゃないか」

 

 ───あの『黒い死神』の正体が、まだ年端もいかない少年だったという事実には驚かされたがね。

 

 一歩。影胤が踏み出す。

 

「君と私は似ている。戦場でしか己の価値を見出せない。闘争こそが私たちの存在意義だ」

 

 囁くように、されどはっきりと影胤は言い放つ。

 

「だからガストレア戦争が終っても、君は世界中を飛び回っては人間同士のくだらない争いに介入していたんじゃないのかい? "隻眼(赤眼)の王"よ」

 

 ガストレア戦争が終結して以降、カネキは世界を巡って『呪われた子供たち』を保護する傍ら、様々な戦場に姿を現した。正体を隠すためにカネキが眼帯型のマスクをしていた事と、彼が『呪われた子供たち』を率いていたなどの目撃情報からつけられた渾名が『赤眼(隻眼)の王』だった。

 

「これは私からのほんの気持ちだ」

 

 どこから取り出したのか、影胤はいつの間にか手に持っていたアタッシュケースを地面に置くと、蓋を開けてカネキに中身を見せる。

 

 ケースの中には1億円分の札束が詰まっていた。

 

「もうじき東京エリアに世界を滅ぼす災厄が訪れる。モノリスは崩壊し、ガストレア戦争が再開されるだろう! 我々は必要とされるッ! さあ!! 私とともに来い、カネキケンッ!!!」

 

 それはもはや悲鳴に近い絶叫だった。世界を滅ぼしたい男の根底にあったものは()()()()()()()()()()という、どこまでも純粋で切実な願いだった。

 

 だが。

 

「お断りします」

 

 彼の願いのために犠牲になる人がどれだけいるだろう。

 

「貴方と僕は似ても似つかない」

 

 彼のエゴのために涙を流す人がどれだけいるだろう。

 

「僕は、貴方とは違う……!」

 

 目の前にいる男の一言一句が癪にさわる。自分でもよく分からない苛立ちに困惑しながら、感情のままに影胤を拒絶する。

 

「そんなはずはない!! ならば君は何のために戦う!? 何故戦う!?」

 

 まるで子どもの癇癪のように、血を吐くように叫ぶ影胤にカネキもまた、嘘偽りのない本音を漏らす。

 

「僕はただ……"価値"が欲しいだけだ」

 

 殺気立つ影胤と、待ってましたと言わんばかりに二本の小太刀を抜刀する小比奈。二人の一挙一動すら見逃すまいと、睨むように目を細め、カネキは親指で人差し指を押すようにして鳴らす。

 

 一触即発。

 

 しかし突然、影胤が殺気を霧散させ、カネキに背を向けて歩き出した。

 

「行くよ小比奈」

 

「え? パパ、殺らないの? 斬らないの?」

 

「残念ながら時間切れだ。ではねカネキくん。次に会うときは"赫子"を出してくれることを期待しているよ」

 

 待て、そう言って足を踏み出そうとした瞬間。前触れもなく、思わず目をつむってしまうほどの強烈な閃光に視界が蹂躙される。咄嗟に右腕で顔を覆う。

 

 光の正体は、朝日だった。

 

 天へと昇る日輪に向かって、忌々しげに舌打ちする。辺りを見回しても、気配を探っても。影胤と小比奈の姿は、どこにも見当たらなかった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 勾田高校。この世界の主人公こと蓮太郎くんが在学する学校であり、僕の目と鼻の先にある建物の名前でもある。

 平日、それも昼間という時間帯だからか、校内からは活気に満ちた学生たちが奏でる喧騒が溢れてくる。

 

 結局あの後、将監さんの家に戻ると、玄関で仁王立ちした夏世ちゃんによって『随分と長い時間夜風に当たっていたみたいですね』という皮肉から始まるお説教(正座タイム)が敢行された。

 

 大人の特権『子どもは寝る時間だ』を発動した僕だったが、『モデル・ドルフィンである私は片目を閉じることで左右の脳を交互に眠らせることができます。つまり今の私は()()()()()()わけです。はい論破』と手も足も出ずに敗北した。悔しい。

 

 観念して公園で影胤さんたちに勧誘されたことを伝えたら、そのまま午前中を説教で潰された。解せない。

 

 途中で起きてきた里津ちゃんや将監さんも夏世ちゃんに加勢し、孤軍奮闘を強いられていた僕はパトロンから来た連絡を好機と捉え、昼食を作ってから伊熊家を飛び出した。眠い。

 

 「逃げんなよ?」と念押ししていた里津ちゃんたちの笑顔が怖かった。どうしよう、帰りたくない。ホームシックならぬホームショックである。

 

 ……こんなくだらないことを考えてしまうのは睡眠不足のせいか、それとも元からなのか……どっちでもいっか。

 

 あくびを噛み殺しながら校舎を見上げる。

 

「高校か……行ってみたかったな……」

 

 実を言うと僕は高校には行ったことがない。一度目の人生は13歳で幕を閉じたし、こっち(二度目の人生)ではガストレア戦争のせいで高校に通う余裕なんてなかった。

 

 受付の人に用件を伝えて玄関を通ると、黒いスーツに身を包んだ男が待ち構えていた。恐らく()()のボディガードだろう。

 

「お待ちしていました、カネキさん。どうぞこちらへ」

 

 どうやら彼が道案内をしてくれるらしい。廊下で雑談していた生徒たちから向けられる好奇の視線を、なるべく意識しないようにしながら彼に追随する。学校に部外者がいるのは珍しいから気になるのも仕方ないけど、もう少し遠慮してほしい。はっきり言って鬱陶しい。

 

 道中で教室にいた蓮太郎くんを発見したが……彼の学校生活にはどうしようもない不安を覚えた。強く生きてくれ。

 

 ボディガードは生徒会室の前まで来ると、僕に入室を促した。彼に礼を言って、ドアを4回ノックする。「どうぞ〜」と間延びした返答を受けてから扉を開けた。

 

「いらっしゃい、カネキさん。わざわざ来てくれておおきに」

 

 部屋に入ると、ウェーブの掛かった艶やかな黒髪の和服美人が出迎えてくれた。

 

「依頼したのは僕のほうですから、こちらから出向くのは当然です」

 

「もう、そんな畏まらんでええのに。ウチとカネキさんの仲やろ?」

 

 軽口を叩きながら和服姿の少女、司馬未織(しばみおり)は悪戯っぽい笑みを浮かべながらウィンクする。それに対して僕は小さく肩をすくめ、困ったように笑う。

 以前にも似たようなことを言われ、ちょっとした期待を込めてどういう仲なのか聞いたところ、「お得意様や」と即答されたのは記憶に新しい。彼女は原作と同様に蓮太郎くんにぞっこんのようだ。

 

「はい、ご注文の品」

 

 そう言って彼女は机の上に置かれていたアタッシュケースを手渡してきた。僕がここにきた用件とはつまり、コレを受け取ること。

 持ち手のスイッチを押すとアタッシュケースが床に落ち、真っ黒な長剣が現れた。

 

「修理は無事完了、ついでに改良もした。頑丈さと切れ味は以前の『ユキムラ』とは比べ物にならへん。()()()()()()()()()のコーティングもした。けど、調子に乗ってまた前みたいに無茶したらあかんで?」

 

「……善処します」

 

 笑顔なのに目が微塵も笑っていない未織ちゃんからそっと目を逸らす。

 

 彼女の言った"無茶"とは、仕事で未踏査領域(モノリスの外)に単独で長期滞在したときの話だろう。依頼人はとある研究機関、依頼内容は『ガストレアの討伐・200体』。

 昼夜問わず襲撃してくるガストレアを赫子(腰から生える触手みたいなアレ)とユキムラで駆逐し続けること4日目。

 

 瀕死のガストレアに()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いや、あれは完全に予想外だった。バラニウム侵食液を使うガストレアなんて『アルデバラン』だけだと思ってたからね。咄嗟にユキムラで防いだら刀身が瞬く間に白化して、真ん中あたりからポッキリと折れるもんだから冗談抜きで思考が停止した。

 

 その経緯を未織ちゃんに報告すると、それはもう激怒した。鬼のような形相で怒鳴られた。慌てて、悪気はなかった、わざと折ったわけじゃないと釈明したら正座させられた。

 後で聞いた話だが、どうも未踏査領域に一週間近く滞在したことが問題らしいけど……駄目だ、どうして怒られたのかさっぱり分からない。

 

「ちなみにその対バラニウム侵食液のコーティングが施された武器って量産できる?」

 

「すぐには無理やな。5年もすれば分からんけど、今はソレ一本で精一杯や」

 

 未織ちゃんに背を向け、ユキムラをアタッシュケースに収納しながら問いかけると、返ってきたのは否定だった。

 

「……そっか」

 

 それを聞き届けた途端、安堵と高揚から思わず頬が吊り上がるのを自覚する。が、それを彼女に悟られると色々面倒なので、なるべく()()()()を意識した顔を作る。

 

 それとほぼ同時に、お昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。

 

「ほな、ウチ授業あるからそろそろ行くわ。あ、言い忘れとった」

 

 扉の前でくるりと振り返ると、未織ちゃんはにこりと笑った。

 

「これからも末長く、司馬重工をご贔屓にな〜」

 

 こちらに手を振りながら立ち去る彼女を見送ると、部屋には僕だけが残された。

 

「……これからも、か」

 

 窓から差し込む陽光に目を細める。

 

「生憎だけど、僕にはもう"先"なんてないんだよ」

 

 その呟きは、誰もいない部屋に木霊し、虚空に溶けて消えた。

 

 

 

 




>菊之丞との関係
蓮太郎たちと菊之丞の関係に比べれば良好。ガストレア戦争後に日本を飛び出し、2年前にふらりと帰国した際には3時間に渡って説教されたとか。

>弱そう
殺気や敵意、闘志すら感じない。序列も低い。ついでに見た目が弱そう。以上の点から小比奈はカネキを『格下』と判断した。

>1億円が詰まったアタッシュケース
ちゃっかり回収。他人の好意を無碍にしてはいけない。




ストックが底をついたので次回からは不定期になりますが、完結までの道筋はある程度見えているので失踪はしないと思います。問題は作者の執筆速度が亀の歩みのように鈍速だということですね。それでも読んでくださる方はこれからもどうぞよろしくお願いします。

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